殲術病院の危機~其の鐘は誰が為に

    作者:緋月シン

    ●茨城県北西部山間
     夜の病院を、慌しい空気が流れていた。廊下を走り回る音や誰かが叫ぶ声、或いは重たそうな何かを運ぶ音など、様々な音が方々より響いている。
     重症患者が大量に運び込まれてきた、というわけではない。そもそもが、そこは確かに病院の外見をしてはいるものの、所謂普通の病院ではなかった。
     それを証明するように、走り回っている者は医師や看護士だけはなく、患者もであった。さらにその中には明らかに人ではない外見をしている者も居る。
     そこは一部の者達から、『病院』などと呼ばれている場所であった。
    「くそっ、ハルファス軍の襲撃だと? 何故ここが襲撃された?」
    「さあな、ともかく考えるのは後だ。今は敵を撃退するのに集中しろ……! 第一種戦闘配備、防護隔壁展開!」
     その一角より放たれた声に、皆が一斉に動き出す。驚きや不安などはあるものの、皆自分達が今やらなければならないことは理解していた。
    「敵の数と種類は?」
    「て、敵の数……凡そ五十! うち一つを除きアンデッド……ノーライフキングです!」
    「おいおい、マジかよ……まともにやったら勝ち目なんてねぇぞ?」
    「そんなことは分かっている! 援軍が来るまで何としてでも持ちこたえるんだ……!」
    「それはいいけどよ……その肝心の援軍は何時になったら来るんだ? このままじゃジリ貧だぞ……?」
    「それも分かっている……! 連絡はまだか!?」
     襲撃が発覚した時点で既に援軍の連絡は行なっている。それはいつも通りの流れであり、だからこそ軽口じみた言葉のやり取りも出来ていた。
     しかし。
    「れ、連絡来ました……! で、ですが……」
    「どうした、はっきりしろ!」
    「え、援軍は来ません……いえ、来れません!」
    「来れない? どういうことだ!」
    「こ、こちらに来た連絡は以下の通りです。『当病院に襲撃あり、援軍を求む!』」
    「襲撃があったのはここだけじゃないってことか?」
    「ちっ、よりにもよってこんな時に……他の病院からは!?」
    「お、同じです……! 近隣だけではありません、全ての病院から同様の連絡がありました!」
    「なん……だと……?」
     『病院』というものは、一つ二つのものを指すわけではない。それは数十を数え、それらは日本中に散らばっている。
     それが一斉に襲撃されたとなると……。
    「あれから動きが無いと思っていれば……まさかこれを狙っていたのか……!?」
    「ど、どうしますか!?」
     援軍は来ない。現状の戦力では凌げない。
     まさに絶体絶命である。
     だが。
    「どうするもこうするもない……俺達がやることは変わらない。耐え続けろ!」
    「援軍は来ないのにか?」
    「来ないと決まったわけではない。諦めなければ、きっと突破口は開けるはずだ!」
    「そう上手くいくかね……まあ俺も諦めるつもりは最初からないけど。とりあえず了解だ」
    「りょ、了解です!」
    「来るなら来いハルファス軍……殲術病院の意地を見せてやろう……!」

    ●深淵の屍王
     その病院の外。そこを取り囲むように、複数の影があった。
     その数は総勢で約五十。ノーライフキングと、その眷属のアンデッドだ。
    「ふっ、汝らの生の本当の意味も知らずに抗う愚か者達よ……既にその命運は尽きた。せめて我が手にかかることを光栄に思いながら、永劫の闇に飲まれるがいい!」
     大仰な言葉に続き、その腕が掲げられる。それを合図として、アンデッド達が一斉に病院へと向かい始めるのだった。

    ●『病院』
    「『病院』。そう言えば、私がこれから言おうとしていることが分かるかしら?」
     四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はそう言って話を切り出すと、皆の反応を眺めるように周囲を見渡した。
     その言葉を聞いた瞬間、皆の気が引き締まったように感じたのは気のせいではないだろう。それまでも緩んでいたわけではないが、その言葉が発せられるということはまた別の意味を持っている。
     『病院』。それは武蔵坂学園とは異なる灼滅者組織。皆が欲していただろうその情報が、ついに手に入れられたということなのだから。
    「もっとも私が口にしたことから分かる通り、いい知らせとは言いづらいわ。私が予知したのは、彼らが襲撃される場面。それも、それを予知したのは私だけではない……全員異なる場所でのそれを、ね」
     端的に結論を述べるならば、複数のダークネス組織が『病院』の襲撃を目論んでいるようなのである。
     一つは、ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢。
     一つは、白の王・セイメイの軍勢。
     最後に、淫魔・スキュラの軍勢。
     それぞれ武蔵坂とも因縁のある相手ということもあり、捨て置くわけにはいかないだろう。
    「『病院』は殲術病院という拠点を全国に持っているらしいわ。その防御力は高く、何処かの殲術病院が襲撃されても籠城している間に他の病院から援軍を送って撃退する、という戦いを得意としていたようね」
     しかし今回は、ダークネス三勢力によりほとんどの病院が一斉に襲撃されてしまった。その為、互いに援軍を出す事ができずに孤立無援な状態となってしまっている。
     このままでは、『病院』は壊滅してしまうだろう。
    「あなた達にして欲しいのは、これの阻止よ。同じ灼滅者としても、放ってはおけないでしょうしね」
     さて、では肝心の戦況だが。
    「あなた達に向かって欲しいのはここよ……茨城県北西部、その山間にある病院ね」
     鏡華は地図を広げると、件の場所を指し示しながら説明を続ける。
     この殲術病院は殲術隔壁を閉鎖して籠城しているが、既に幾つかの隔壁が破損してしまっている。白兵戦になっている個所もあり、長くは持たないだろう。
    「敵の数はノーライフキング一体に眷属のアンデッド五十体……言うまでもないとは思うけれど、まともに戦えば勝てる相手じゃないわ」
     故に、まともに戦うことはしない。
    「この状況でまずやらなければならないことは、指揮官でもあるノーライフキングの撃破よ。そうすれば『病院』の灼滅者達も籠城をやめて眷属を倒すために外に出てくるでしょうから、後は協力して残る眷属を撃破すればいいわ」
     だがノーライフキングを倒すのに失敗し眷属の中にでも逃げ込まれてしまうと、手出しが難しくなる。
    「その状況で下手に手を出せばこちらが危なくなってしまうわ……もしそうなってしまったら、撤退も視野に入れる必要があるでしょうね」
     襲撃が行なわれる時刻は夜。皆が到着するのもその頃だ。
    「到着した時点で既に病院は襲われているけれど、ノーライフキングは病院の攻撃に参加していないわ。アンデッドを指揮するために少し離れた場所に居るはずよ」
     病院が山間部にあるため周囲は木に覆われている。それを上手く利用すれば背後から奇襲を仕掛けることも可能だろう。
    「敵はノーライフキングだけれど、堕ちたばかりらしくそれほど強力な存在ではないわ。奇襲に成功しさえすればあなた達ならばそれほど苦労せずに倒せるはずよ」
     勿論それでも相手はダークネス。あくまでも奇襲に成功したらの話だ。
     それが第一条件である。
    「能力としても特に秀でたものはないわね。攻撃そのものは、灼滅者で言うところのエクソシストと似たようなものを使用してくるわ」
     尚、月の光が地上を十分に照らしているため、戦闘の際には光源などは特に必要が無い。
    「さて、伝えることはこんなものかしら。……でもそうね、最後に一つだけ」
     今回はダークネスと『病院』の大規模戦闘に介入する危険な作戦になる。
    「作戦が上手くいけば問題はないでしょうけれど……あくまでも上手くいけば、よ。失敗してしまえばどうなるかは、言うまでもないわね?」
     救援が間に合わないと判断された殲術病院も存在している。
     今回救援に向かう場所が、そこに含まれるようになってしまうかどうか。
     それは。
    「あなた達次第よ」


    参加者
    村上・光琉(白金の光・d01678)
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)
    東屋・紫王(風見の獣・d12878)
    相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)

    ■リプレイ


     夜。月明かりに照らされた山間を、しかしそれらを避けるように動く人影がある。
     灼滅者達だ。その数は、合計で四。
     数が半分と少ないのは、あくまでも『人影』だからである。四人に紛れるように存在しているのは、四つの小さな影。
    (「初めて使ったがどうにも落ち着かん。こんな状況でただ身を任せるというのも……むう」)
     心の中でそう呟きながら唸っているクラリス・ブランシュフォール(蒼炎騎士・d11726)は、その中の一人である。
     ちなみにその言葉を現在口に出そうとすると、にゃーん、という鳴き声に変換される。そう、クラリスは猫変身を使用することで、その姿を猫へと変えているのだ。
    「なぁーん」
     と、ふとそのすぐ隣から間延びした鳴き声が響く。そこに居たのは、短い曲がり尻尾の日本的な白黒ぶち猫。
     クラリスと同様猫へとその姿を変えている、相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)だ。
     そんな二人――本来は二匹というべきだが――であるが、二人は今自分の足で歩いてはいなかった。二人が今居るのは、一人の少女の腕の中である。
     そしてその少女は、皆を先導する形でその先頭を進んでいた。
     暗闇でさえ目立つピンク色の髪は暗い色の帽子に全て纏めて入れられ、さらに暗い色のマントを羽織ることでその姿を闇に溶け込ませている。
     望月・心桜(桜舞・d02434)だ。二人を落とさないよう気をつけて抱えているその眼前で、木々が独りでに曲がり安全な道を作っていく。
     その心桜をナビゲートするのは、戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)の役割だ。手元には周辺の地図があり、そこには鏡華より教わった病院や屍王が居るだろう凡その位置が書き込まれている。
     そこに記される現在位置を示すマーカーを確認しながら、病院からは正反対の方向、屍王の背後から接近するための最短ルートを伝え、足音に細心の注意を払いながら気配を殺し、移動を続けていく。
     その後ろを続くのは、少し緊張している様子の村上・光琉(白金の光・d01678)だ。
     とはいえ本格的な夜戦は初めてということや、失敗したらここの病院が壊滅してしまうという重大な責任を負っていることを考えればそれも仕方のないことだろう。
     だが緊張しているからといって、臆しているというわけではない。
    (「絶望的な状況でも誰にも消せない希望を僕たちで勝ち取るんだから」)
     負けないよう、気合を入れながら進んでいく。
     そして最後尾を進むのは、蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)。ただし一人というわけではなく、その手には小さな影が二つ抱えられている。
     クラリス達同様猫……というわけではない。それは蛇であった。
     より正確に言うならば、蛇に変身した新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)と東屋・紫王(風見の獣・d12878)だ。
    (「一斉攻撃とはやってくれます……が、そう簡単には行かないことを教えてあげましょう」)
     七波はそのようなことを考えながら、紫王と共に滑り落ちないように気をつけつつ運ばれていく。
     そうしてどれほどの時間が経過したか。不意に、先頭を進んでいた心桜の足が止まる。
     振り返る心桜。その肩越しに、建物のような影が視界に入った。
     心桜の視線の先に居たのは蔵乃祐だ。蔵乃祐は地図と現状とを見比べれると、頷きを返す。
     それが示す意味は一つだ。心桜も頷き返すと、視線を前に戻した。
     それから歩みを再開させるが、先ほどまでとは異なり、目の前の木々が勝手に曲がるということはない。その影に身を潜めながら、さらに慎重に、それでいて出来る限り急ぎつつ歩を進めていく。
     やがて。その視界内に、その姿を捉えた。
     一層の慎重を期しながら進み、とある地点まで辿り着いたところで再び心桜はその足を止める。振り返った先に居たのは、徹太だ。
     徹太はその視線に頷くと、七波と紫王をそっと地面へと下ろす。二人の姿が元に戻り、心桜の腕より下ろされたクラリスと貴子の姿も戻った。
     それから屍王へと視線を移した徹太は、しかし一瞬だけ遠くの建物へと意識を向ける。
    (「ゾンビにぺろはむされるエンドなんて嫌すぎる」)
     見捨てることなんて出来ない。自分達が突破口を開くと、そう思い。
    (「だから後少しだけ誰も死なせず持ち堪えていてくれ。病院のヤツらも一緒に帰るんだ、日常に」)
     腰の蛙を握り、手袋の上から咬む。集中していく。
     直後、その周囲の音が外界より隔離された。
     そして。
     徹太の手より漆黒の弾丸が放たれるのと、皆が一斉に飛び出したのはほぼ同時だった。


    「本陣を留守にするとは、ずいぶん考えが甘いですよ」
     言葉と影が襲ったのは、漆黒の弾丸が突き刺さった直後だ。七波は鋭い刃と化したそれで驚愕の表情を浮かべる屍王を斬り裂きつつ、病院への退路を断つように回り込む。
     その拳を握りこみ、しかし追撃を放つのよりも先に、屍王の身体には別のモノがめり込んでいた。
    「闇堕ちから手を引いて助けたかったけど、ごめん。今日は殺しに来たんだ」
     紫王である。その言葉の通りに、容赦なく無敵斬艦刀を振り切った。
     そのまま脇を抜けていくが、当然の如くそこで攻撃が終わるわけはない。
     差し込んだ影。
    「お命っ、頂戴っ!」
     貴子だ。大跳躍によって宙を舞ったその身体が、狙い通りに屍王へ向けて落ちて行く。
     手が伸びるのはその背中。背負われた凶悪なフォルムの斬艦刀――UD。
     間合いに入った瞬間、全力で振り下ろした。
     上から下への唐竹割り。そこに合わされるのは、横一文字の斬撃だ。
     貴子の霊犬てぃー太である。
     十字の傷を与えられ、しかしそれに屍王が反応するよりも先に、その眼前には錫杖が迫っている。担い手は光琉。
     直撃より数瞬後、流し込まれた魔力が体内で爆ぜた。
     屍王がよろめき、そこでようやくその口が開かれる。
    「っ、貴様ら、一体……!? このようなこと、我らの予定には……!」
    「さて、僕達のような者が来ると知らされていないのなら、所詮お前もその程度の駒ということだろうよ」
     だがそれは攻撃が止んだということを意味するわけではない。その時には既に、剣状のそれが振り被られていた。
     その名は魔杖剣ミョルグレス。形状こそ剣と同様ではあるものの、それは斬り合いなどに向いているわけではない。
     では何の為に用いられるものなのか。
     それを示すかの如く、ミョルグレスを通じて流し込まれた魔力が爆ぜた。
    「……っ!」
     しかし相手は屍王。いつまでもやられるばかりではない。
     爆発によってその身体が再びよろめくが、その腕はしっかりと前方へと向けられていた。その先に居るのは、今しがた自身へと攻撃を加えた者。
     クラリスだ。
     広げられた掌の先に、何かが集まっていく。それはすぐ傍にある暗闇よりも尚深き闇。
     攻撃直後の硬直の中に居るクラリスに、それを避ける術はない。
     だが。
    「ここあ!」
     それが放たれる直前、その眼前へと現れたのは一匹のナノナノ。心桜の言葉に応えたここあが代わりにそれを受け、吹き飛ぶ。
     しかしその甲斐あって、その間にクラリスは後方へと退く事に成功していた。
     だが只では逃さぬとばかりに、再度屍王の腕が伸ばされる。集まりだす闇。
     そしてそれが放たれる――その直前。集まった闇は放たれることなく、そのまま霧散した。
     その原因は、屍王の体内を襲った三度目の爆発。
     踏み込んでいた心桜によるものだ。
     しかし攻撃を遮ることには成功したが、それでも屍王はまだ倒れていない。伸ばされていた腕は、そのまま心桜へと向けられる。
     だが屍王が何かするよりも先に、その身体が無数の弾丸によって貫かれた。
     発射元は徹太。その手に持たれたファイナルディファイ、そこに搭載された四番目の砲身。
     さらに後方へと飛び退る心桜と入れ替わるように、一つの影が走りこむ。盾を構えた蔵乃祐が、そのまま屍王を殴り飛ばした。


     奇襲から逃げ道を塞いでの包囲殲滅。言葉にするのは簡単だが、実際に行うのは難しい。
     そしてだからこそ、行えたのならばその効果は絶大だ。
     七波と光琉、紫王と心桜が病院を背にその進路を阻むように布陣し、残りの皆が退路を断つように展開。眷属の増援が来ることも想定しながら、互いの行動を補い合い、屍王の動きを封殺していく。
    「成る程ねえ。質よりも量から察するに、小物かよ。同盟の体面を守る為に派遣されて来たんだろうが、セイメイのやる気のなさが透けて見えるな」
     それは明らかな挑発であった。だが今の屍王には、既にそれを冷静に考えることの出来る余裕は残されていない。
     挑発の主、蔵乃祐へと反射的に怒りを込めた視線を向ける。
     それが隙を生む行為だったことに気付いたのは、その背に光琉の異形巨大化した腕を叩き込まれた後だった。
     そしてほぼ同時に飛んだのは、オーラを集束させた拳。
    「くらえ!」
     七波だ。それによって屍王の意識が乱され、その足が一瞬止まる。それを嘲笑うかの如く続くのは、眼前よりの攻撃。
     蔵乃祐が振り回したギターによって殴り飛ばされ、さらに徹太が続く。
     振り被るのは拳。纏っているFrog-Eyeへとさらに炎を宿し、握り締める。
     踏み込みと同時、叩き込んだ。
     しかし自らの身体を燃やされながらも、屍王は最後の意地とばかりに動く。闇を生み出し集めると、周囲に展開。広げるようにして叩き付けた。
     咄嗟にここあとてぃー太が間に割り込むが、それでも防ぎきれなかった闇がクラリスを襲う。
     だがそれでクラリスが怯むことはなかった。逆にそれに挑むかのようにさらに一歩を踏み出す。
     攻撃が効かなかったわけではない。それでも回復を気にする素振りすら見せないのは、そちらは完全に仲間へと任せているからだ。
     そしてそれに応えるかのように、招かれたのは優しき風。まるで祈るが如く、心桜が皆の傷を癒していく。
     その礼代わりとばかりに、貴子が構えるのはModel 41。
    「蜂の巣になれー!」
     弾丸がばら撒かれ、さらには強酸性の液体も撒き散らされる。
     そしてその合間を縫うように、クラリスが駆けた。
    「死すらも持てぬお前達に僕達の生の意味を騙られる筋合いはない。生と死を冒涜する者よ、無に還れ!」
     その手に握られ振り上げられたその剣の名は、天剣デュランダル。
     間合いを詰めたのは一瞬。
     振り下ろした。
     しかしデュランダルが通り抜けた屍王の身体には、それによる新たな傷は一つも付いていなかった。
     だがクラリスは追撃をするでもなく、その姿より背を向ける。
     直後。唐突に、屍王の身体より糸が切れたかの如く力が抜けた。
     そしてほぼ同時に、デュランダルの非物質化が解ける。
     霊魂を破壊された屍王は復帰する事無く、そのまま地面へと崩れ落ちていくのだった。


     屍王を倒したことを確認すると、皆は一先ず安堵の息を吐き出した。
     しかし今回はこれで終わりではなく、のんびりしていられる時間もない。息だけを整えると、即座に病院への加勢へと向かった。
     もっとも加勢するとはいえ、彼らも今屍王を倒したばかりでその傷も癒えてはいない。さらに相手はアンデッドといえども数が数だ。まともにやれば勝ち目は薄い。
     故に必要なのは病院側と連携すること。そしてそのために、自分達が味方なのだと知らせることだ。
    「オイ、ノーライフキングは片付けたぞ! ちょっと手伝ってくれ!」
     徹太は間近の敵へと漆黒の弾丸を叩き込みながら、病院へと呼びかけていく。
     とはいえ即座に信用されるはずもないので、必要以上には近付かないようにも気をつける。しかし同時に病院勢の士気のためにも、刺激を与えすぎない程度には自分達の存在を誇示していく。
     不用意に近づいてきたアンデッドを、デュランダルに炎を宿らせたクラリスが斬り裂き、集束したオーラを纏った七波の拳が撃ち貫いた。
     そんな中、変化が訪れたのは唐突だった。病院への侵入を試みていたアンデッド。そのうちの一体の頭が、唐突に弾け飛んだ。
     直後に現れたのは、異形の人影。
    「……あれが」
     ――『病院』の灼滅者。
     その姿を目にした誰かの口より、ぽつりと言葉が漏れる。
     その姿は確かに闇堕ちした灼滅者のものとよく似ていた。事前にその話を聞いてはいたものの、戸惑いを覚えてしまうのは仕方の無いことだろう。
     だが。
    「なんかカッコいいねーー」
     貴子はその異形にも面食らわず、逆に馴れ馴れしく話しかけていた。
     その対応に逆に虚を突かれた反応を見せるものの、それは一瞬のみ。返されたのは、こちらを探るような訝しげな視線だ。
    「えっと、君達と同じ灼滅者で助けに来て……ああ、いいや。取り敢えず今はこの状況をどうにかしよっか」
     それに紫王はそう応えつつ、目の前の敵からの攻撃を捌き、鋭い刃と化した影でその身体を斬り裂いた。さすがに一から事情を説明していられる余裕はない。
     しかし。
     信じるべきか、否か。生じたのは一瞬の迷い。
     そしてその一瞬は、その状況では致命的だった。
     迫っていた一体の敵。振り上げられる腕。振り向いたその視界に映ったのは、それが振り下ろされる光景だ。
     避ける暇はない。
     ――だがそれがその身体へと届くことはなかった。
     その眼前には一つの影。
     蔵乃祐である。攻撃から庇うようにして、その場に立っていた。
     驚き目を見開く病院側の灼滅者に、しかし蔵乃祐は何も言わない。
     直後、その場に優しき風が舞い降りた。心桜が招いたそれは蔵乃祐の傷を癒し、さらには既に傷ついていた病院側の灼滅者をも包み込む。
     二人の態度は、言葉などよりも雄弁にその意思を示している。
     既に迷いは必要なかった。
     背中を任せるほどの信頼は築かれていない。隣に立つほど互いのことを知っているわけではない。
     それでも。
     光琉は手元の手帳を開くと、その中の一枚を引きちぎる。それを媒体にして放たれたのは、物体や霊体を直接破壊する禁呪。
     それに合わせ、見た目は異なる、しかし同種の攻撃が、同じ敵へと叩き込まれたのだった。

     一度大きな息を吐き出した後で、心桜は周囲を見渡した。
     視界に映るのは、七人の仲間と二匹の霊犬。少し離れた場所には病院の者達も居る。
     敵影はなく、気配もない。戦闘は終わりを告げていた。
     皆傷だらけではあったが、動けないほどの者は居ない。何より誰も堕ちずに済んだことに、いざとなれば代わりに自分の身を張ってでも防ぐつもりではあった心桜は、再度安堵の息を吐き出す。
     それから、動き出した。その場から去るために。
     ここから先のことは学園の領分である。自分達に出来ることはもうない。
     だがその前に一度。病院の者達へと軽く挨拶をしたり一礼をする皆を横目に、心桜もお辞儀を行なう。
     踵を返した。
     そして。来た時とは異なる道を、来た時とは異なる思いを抱きながら。学園への帰途へと就くのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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