殲術病院の危機~陳腐、否、王道

    「こちらの被害状況はどうだ」
    「今のところはほぼありません。内部への侵入は全て阻止しています……ですが」
     非常灯の下、白衣に不似合いな日本刀を携えた女医が表情を曇らせた。
    「数が数……か。しかし、そのおかげで敵をすぐ捕捉できたのも確かだな」
     くい、と肩をすくめる壮年の医師。それに気付いた女医が小さく笑う。
    「ええ、まったく」
    「ゾンビのこの臭気にはどうも慣れん、薬漬けにしてやりたいくらいだ」
    「劇薬漬けの間違いではありませんか」
     女医の言葉に、壮年の医師は周囲を憚ることなく大きな声で笑い出した。
    「とにかく、今のところは殲術隔壁でも引っ掻かせておけ」
    「――大変ですッ!」
     2人の元へ、1人の青年が駆け寄る。
    「ゾンビ達の一部が回り込んでいたようで――」
     壮年の医師は報告を待たずに、殲術道具を手にして歩き出す。
    「……正面の指揮は、君に一任する」
    「どうか、ご無事で」
     言葉を投げる傍ら、彼女もまた刀を抜いて戦場へと駆けていた。

     ――大量のゾンビ達の後方、ベンチに腰掛けた1人の女が退屈そうにため息をつく。
    「ゾンビの襲撃に対しての籠城戦術……まあ、往々にして死亡フラグよねー」
     風になびいた黒髪の隙間、小さな額に白く水晶が煌いていた。
    「1つでも穴が開けば……はい、おしまい。うーん、王道だけど、悪くないかもね」
     若きノーライフキングは、ちびちびと缶コーヒーを啜った。
     
    「複数のダークネス組織が、我々とは異なる灼滅者組織『病院』への襲撃を企てている」
     科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)はいつにも増して強い口調で述べた。
     ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢、淫魔・スキュラの軍勢、そして白の王・セイメイの軍勢。
     病院勢力は全国に『殲術病院』という防衛能力に長けた拠点を保持しており、たとえ1つの殲術病院が襲撃されたとしても、籠城している間に援軍が駆けつける……という戦いを得意としているらしい。
     しかし今回は3つの勢力により、ほとんどの病院が一斉に襲撃を受ける事になるため、援軍が望めない孤立無援状態での籠城をするしか選択肢が無い状況に陥っている。
     放置すれば、病院勢力が壊滅するのは避けられない。
     
    「諸君らに救援に向かってほしい病院は……ここだ」
     リオンが地図を広げ、周囲に森の広がる山間部、小さな病院を指差す。
    「現在は全ての殲術隔壁を閉じて籠城しているが、おそらくそれも長くは続かないはずだ。多勢に無勢とはまさにこの状況にふさわしい言葉だろう」
     この病院を襲撃している敵はノーライフキング1体と、その眷属であるゾンビが4、50体。
     もちろん、まともにやりあえる数では無い。
    「病院側と戦闘している隙を突いて、指揮官であるノーライフキングを灼滅する事ができれば……残るのは知能の劣るゾンビ達のみ。病院側の戦力と協力すれば撃滅する事も可能だろう」
     しかし逆に、ノーライフキングが眷属の主力達と合流してしまった場合には手出しする事が困難となり、撤退をもやむを得なくなる。
     
    「このノーライフキングは護衛としてゾンビ8体を残し、他全てを病院の殲術隔壁の破壊へと送り込んでいる。我々からの予期せぬ攻撃を受けたからといってすぐに呼び戻すような事はしないだろうが、それも状況次第だろう。少なくとも、長期戦は避ける必要がある」
     病院側からの狙撃等を避ける目的だろうか、病院からはかなり離れた位置に控えているが決して無防備なわけではない。周囲に控えるゾンビ達は精鋭と呼ぶに相応しく、戦闘能力に限って言えば武蔵坂学園の灼滅者にも匹敵する。
     広く、見晴らしのいい位置に陣取っているため、気付かれずに接近する事も難しい。
     ノーライフキング自体は闇堕ちして間もないためかそれほど特異な能力は持ち合わせていないが、単純な戦闘能力は灼滅者の比にはならない。強いて特異な点を上げるならば、眷族の回復に重点を置きたがる傾向がある、といったところだろう。
    「意図的か、偶然かはともかく、短期決戦を目指すうえで大きな障害となる条件が重なっているのは紛れもない事実だ。それぞれ、何らかの対策が必要となってくるだろう」
     
    「既に救援が間に合わない殲術病院の存在も複数確認されている。諸君らに向かってもらうのは、辛うじて生き延びている殲術病院だ。これ以上彼らの犠牲を容認するわけにはいかないが、当然諸君らの犠牲も容認するものではない。一番に、自分の身を案じる事を忘れるな。私からは以上だ」


    参加者
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    三上・チモシー(牧草金魚・d03809)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    小早川・里桜(黄昏を背に昼を抱く・d17247)
    焔宮寺・花梨(ボンクラーズ珈琲・d17752)
    柳生・七威(黯の根源・d19864)

    ■リプレイ


    「援軍の望めぬ籠城かー……」
     黒髪のノーライフキングは、わざとらしく眉間にしわを寄せた。
    「やっぱりちょっと見ておきたい……が、いや待てしかし、指揮官が前線を覗きに行くのはジンクス的にもよろしくない。そう思うだろゾンビ君」
     ポン、と傍らに立つ男の背を叩く。ゾンビには不似合いな整った顔。唯一生気を帯びない唇だけが、それが死体であることを示唆していた。
    「……」
    「もう、なんとか言ってよー」
     ぐりぐりと背をなじられているのも気に留めず、首を回したゾンビはノーライフキングの頭越しに彼方へと視線を向ける。気付けば、他のゾンビ達も同じ方向へ揃って首を向けていた。
    「……ん?」
     くるりと振り返ったノーライフキングの視線の先で、突如火の手が上がった。
    「がんほー! がんほー! 討ち入りでござるーなのですよー!」
    「一番槍、行かせて頂きます!」
     日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)と望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)が先を争うように芝を蹴る。
     ゾンビ達が一斉にナイフを抜き、灼滅者達の前へと立ちはだかる。
     頭を狙って振り下ろした小鳥の刀が、ナイフに触れて火花を散らす。逸れた刃がゾンビの肩口へと深く食い込み、芝生に赤黒い肉片を飛ばした。
     肩を抉られながら、逆手に持ち替えたナイフが小鳥の喉元を狙う。
    「……ッ!」
     首を浅く裂かれ、僅かに声を漏らす。
    「ほぁた!!」
     かなめの拳がゾンビの頬を打ち抜くと同時。肩を抉っていた小鳥の刃がゾンビの腕を断ち切った。
    「……掃滅させてもらうぞ、亡者共」
     小早川・里桜(黄昏を背に昼を抱く・d17247)と対峙したゾンビとの間で、火花と鮮血が舞う。
     里桜が体勢を崩しかけた瞬間、入れ替わるように柳生・七威(黯の根源・d19864)がゾンビの前へと立ちはだかり、サイキックエナジーを込めに込めた鞘をまっすぐ前へと突き出した。
     薙ぎ倒されたゾンビの彼方にノーライフキングの姿を捉えた七威は、僅かに唇を噛んだ。
     飛び交う火花を呆然と眺める黒髪のノーライフキングが、その手からコーヒーの缶を落とす。
    「ちょっと……どういう事!」
     ノーライフキングの声はうわずり、微かに震えていた。
    「話が、全然違うんだけどー!」
     蹴飛ばされた缶コーヒーが天高く舞い、たっぷり残ったコーヒーをそこらじゅうにぶちまけた。
     

    「ゾンビ相手に籠城して穴が開いておしまい……は、王道じゃないよね!」
     三上・チモシー(牧草金魚・d03809)がゾンビとの鍔迫り合いの最中、不意に微笑んだ。
    「そこからの援軍登場、無事生還こそ王道だよね!」
     チモシーが刃を返し、ゾンビの手からナイフを弾き飛ばす。一瞬遅れて、ゾンビは宙を舞うナイフへと腕を伸ばした。
    「させんっ……!」
     武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)のレーヴァンテインが、ナイフへと追いすがるゾンビの手首を叩き落す。即座に、踵を返したゾンビが顎を大きく開いて勇也へと向き直らんとしたその瞬間、ゾンビの顔面にねじ込まれた勇也の拳が、下顎を派手に叩き割った。
    「……あんた達、一体どういうつもり! 私のゾンビになにすんの!」
     ノーライフキングが崩れたゾンビを抱え上げ、ヒステリックに叫ぶ。
    「名乗りこそ遅れたが、正々堂々といかぬは互いの事。祓魔の騎士、ハルベルトの名に於いて汝を討つ……覚悟!」
     フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)が名乗りと共にその背に炎の翼を大きく広げ、灼滅者達の姿を赤々と照らし出す。
    「覚悟するのはそっちでしょ! こっちは忙しいの!」
     ノーライフキングが乱暴に手を振り上げる。ゾンビ達はナイフの切っ先を灼滅者達へと向けたまま、大きく間合いを離してノーライフキングの周囲へと集ってゆく。
    「あんたもホラ、シャキッと!」
     抱きかかえていたゾンビを無理やり立たせ、その背を強く蹴飛ばした。
     ゾンビは今にも千切れそうな首を左腕で強引に押さえ、黒く濁った瞳を灼滅者へと定める。
     その後方。まだまだ叫び足りぬ、という様子でノーライフキングはまた声を張り上げた。
    「コーヒーだって、口つけたばっかりだったのにー!」
    「コーヒーを駄目にしてしまった事は、お詫びします」
     焔宮寺・花梨(ボンクラーズ珈琲・d17752)の急な謝罪に、ノーライフキングは驚いた様子で一歩身を引く。
    「ですが、それとこれとは話が違うと思います。ですから……ごめんなさいっ!」
     花梨は顔を上げると同時、その手の魔導書から、無数の紋章がゾンビ達へ向けて解き放たれた。
     

    「必殺! 徹甲爆砕拳ッ!!」
     かなめの徹甲爆砕……もとい鬼神変を、交差したゾンビの腕が阻んだ。
    「このくらいで……受け止めたつもりなのですかっ!」
     骨の砕ける音と共に、ゾンビの膝が地面へと叩き落される。直後、激しい音と共に立ち昇った砂埃がかなめの視界を覆い隠した。
    「……ッ!」
     砂埃の中から飛び出したナイフの刃先がかなめの頬を捉え、少し遅れて鮮血が首筋を伝う。
     かなめは頬の血を拭い、ニヤリと不敵に笑った。
    「そう、こなくては……!」
    「さあ、獲物を存分に喰らい尽くせ……黒豹ッ!」
     砂埃を突っ切り、影の獣がゾンビの喉元へと喰らいつき、そして食い破る。
    「ほら、そこ! 何やってんの! そこ、寝るなー!」
     腕を失い、地面を貼っていたゾンビの襟元を掴んだノーライフキングが、そのまま戦場のど真ん中目掛けて放り投げた。
     七威のレーヴァンテインが、空飛ぶゾンビのボロボロになった頭を真横に薙ぐ。
     飛び散った火の粉を掻い潜り、閃光を伴った小鳥の拳がさらにもう一撃、ゾンビを打ち抜いた。
     激しく欠損したゾンビが、仰向けに芝の上へと滑り落ちる。
     直後、チモシーの放ったデッドブラスターが、ノーライフキングの黒髪を揺らした。
    「現場を手下に任せっきりで自分はくつろぐのも、死亡フラグだと思わない?」
    「くつろいでないじゃない! もう、くつろがせてよ!」
     ノーライフキングがナイフを抜き、そしてチモシーへとその切っ先を突き付ける。
    「こいつらだって、スペック的にあんたらなり損ないに劣るはずないのに!」
    「覚悟の……違いだ!」
     勇也を中心に黒い霧が這い、塵殺領域が広く展開されてゆく。
    「影に裂かれて、闇へと沈め!」
     フランキスカが剣を振るうように放った影の刃が霧の中を潜行し、ノーライフキングへと迫る。
    「くそっ、なんであたしが……!」
     ノーライフキングは大きく身を翻して振るったナイフで影の刃を弾き、地面へと叩き落した。
    「とはいえ、所詮はなり損ない! あたしの相手じゃ――」
     ノーライフキングが振り返ったその時、その視界を爆炎が覆い尽くしていた。


     爆炎から逃れるように飛び退いたノーライフキングに、小鳥の刃が喰らい付く。と同時に、ノーライフキングの手にしたナイフが小鳥の肩を裂いた。
    「くっ……うっ……!」
     苦痛に顔を歪める小鳥。小鳥のビハインド、ロビンの反撃を払い除けたノーライフキングは小鳥の胸を蹴りって大きく間合いを開け、そして煤に汚れた頬をぐいと乱暴に拭う。
    「……もういいッ!」
     ノーライフキングが足元に転がるゾンビの頭を蹴っ飛ばし、そして吼えた。
    「アッタマきた! 全部、あたしが殺るッ!」
    「悪くない判断だが……少しばかり、決断が遅かったようだな」
     七威の放った癒しの矢が里桜の背を射抜く。
    「疾く滅びろ、屍の女王!」
    「得体の知れぬ野望は、容赦なく打ち砕かせてもらうのですよ!」
     里桜とかなめ、2人のオーラキャノンに撃たれたノーライフキングが体勢を崩し、肩膝をその場についた。
    「炎霊に灼かれ、その身を縛せよ!」
    「ぐっ……!」
     除霊結界に四肢を縛り付けられ、ノーライフキングが苦悶の声を漏らす。
    「……あんた達さえ居なければ、今頃おうちで寝てたのに!」
    「それは……無理な話だな」
     勇也の放ったオーラキャノンがノーライフキングの真芯を捉え、その身を大きく弾き飛ばす。
    「……負けるはず、無い……!」
     天を仰いで宙を舞うノーライフキング。額の水晶がパキリと音を立てて砕ける。
     揺れる黒髪、勢いのままに投げ出された四肢がオーラキャノンの閃光の中へ、音も立てずに消えてゆく。ノーライフキングの身体は、地面に落ちることなく、塵芥へと帰した。
    「成敗ッ……なのです!!」
     かなめが身を翻し、カメラ目線でキメ顔を決めに決めた。カメラがどこにあるかはともかく。
    「だが、まだ終わったわけではない」
     里桜が彼方へと視線を向ける。爆発音やゾンビ達の呻きが、未だここが戦場である事を証明していた。灼滅者達はそれぞれ殲術道具を構え直し、次の戦いへと駆け出す。
    「では、皆さんご無事で!」
     小鳥がその場から飛び立ち、他の灼滅者達を抜き去って1人空を駆けた。


    「見つけた……!」
     小鳥が上空から、女医を含めた数人が病院正面出入り口を背にしてゾンビ達に応戦している姿を捉えた。即座にハンドフォンによって呼びかけるが、女医達に反応らしきものは見られない。
     電話を携帯していない……いや、おそらくは戦闘以外に意識を割く余裕が無いのだろう。彼女達は皆例外無く、白衣を赤黒く染めていた。
     やむを得ず、小鳥は仲間達の元へと身を翻した。
    「――さっきよりは、楽だけど!」
     ゾンビ達の背後から、チモシー達が斬りかかる。
     背後には全くの無警戒なのか、刃が背を裂くその瞬間までゾンビ達は気付く素振りすら見せず、瞬く間に5、6体のゾンビが地面に這いつくばった。
     直後、気付いたゾンビ達が一斉にこちらを振り返る。
    「……ここから先、うまく行けばいいのですが」
     花梨が僅かに息を呑んだその時、後方に転がるように小鳥が舞い降りた。
    「は……ッ!」
     振り返ったゾンビの首を断ち切り、日本刀を構えた女が突如姿を現す。
     こちらに気付いた女医は一瞬躊躇い、切っ先を向けたまま足を止めた。
    「……敵……ではない、ですね」
     息も切れ切れに、女医は声を絞り出す。
    「貴方たちと同じ、ダークネスに抗うものです!」
     やり取りの最中にもこちらの都合などお構いなしにゾンビ達は攻撃の手を緩めようとはしない。
     女医の斜め後方、飛びかからんとしたゾンビを里桜が袈裟懸けに叩き斬る。
    「今は、ゆっくり話してる場合じゃない」
     女医は構えた日本刀をそのまま振るい、同様にゾンビの首を斬り落とす。
    「さあみんな、もう一息だよ!」
     セイクリッドウィンドが武蔵坂学園、病院の区別無く灼滅者達の間を一気に吹き抜ける。
    「……感謝します!」
     女医の血に汚れた頬を、一筋の涙が伝った。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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