殲術病院の危機~ノンフィクション・パニック

    作者:君島世界


    「総員に告ぐ! 一体ドコのダレを襲っているのか、やつらに思い知らせなさい。
     ここは『病院』で私たちは『灼滅者』よ! 事態解決まで、持ち場を死守!」
    「はい!」
     各々の殲術兵器を持ち前線へ向かう者と、ストレッチャーに乗せられ治療室へ向かう者とが、ナースステーション前でめまぐるしく交差する。今ここに医師と患者との区別はなく、戦うものとしての気概が、等しく彼らをつき動かしていた。
    「交戦中の敵戦力、白の王セイメイの手勢と確定! 現在エントランスホールに防御線を引き、第二波と推測される攻撃をしのいでいます!」
    「負傷者の後方搬送は? ……いいわ、訓練を思い出して、手際よくね!」
    「婦長、援軍要請です! 近隣の……いえ、日本全国の『病院』が、現時刻をもって攻撃を受けている模様!
     敵勢力による同時多発襲撃と予想されます! この数は……クソッ!」
    「落ち着きなさい。あなたも那須の一件は覚えているわよね? ここを同じ目に遭わせるわけにはいかないわ。長期の籠城を覚悟しなさい!」
    「巡回班より緊急発報アリ、裏のボイラー室に敵性ゾンビ発生です!」
    「戦力を回して! 迂回してくるなら、巡回の強化も必要かしら……?」
     婦長と呼ばれた人物は、短くない時間を思考に費やす。もし撤退を余儀なくされたとしても、こちらの被害を最小限に済ませるために……。


    「ゾォーンビィー、パニッケストォ! あはっはははァ!」
     病院の全貌を望む位置で、ノーライフキング『スタブフィンガー』は両腕を広げてあざ笑った。ひとしきりそれを終えると、水晶化した右手人差し指に、愉快そうに口づける。
    「いいかいお前等。ゾンビの基本は『どうしてこんな所に!』だ。『どうしてこんな所に!』、ちょっと繰り返してみ? せーのっ」
    「アア……オオ……アウア……」
    「わかってるわかってる! 悲鳴を上げるのは人間で、ゾンビはやっぱり意味不明じゃないと! あれ、それを率いる私って、もしかしたらもっと意味不明かしら?」
    「……、……」
    「ごめんごめん指示待ちね? そーね、2階行っとく? 壁とかよじ登ってさ!」
     スタブフィンガーの指示に従い、組織化されたゾンビたちが別働班を形成していく。スタブフィンガー自身も、いくらかの護衛を連れて病院の外観を検分し始めた。
     この病院を陥落させるとして、どこから攻めればより多く殺せるかだろうかと、邪悪な思索を巡らせる……。
     

    「白の王セイメイ、ハルファス、スキュラ。この三つの強大なダークネスが、どうやら手を組んだようですわ。どれも武蔵坂学園と因縁のある勢力ですから、これを放置すれば私たちにとっても大きな障害となるでしょうが……」
     教室に集まった灼滅者たちを前に、鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)は説明を開始する。そして仁鴉の口をついて出た名称は、彼らにとっては意外なものであった。
    「今回、ダークネスたちは武蔵坂学園ではなく、別の灼滅者組織である『病院』を襲撃するようですわ。病院勢力は『殲術病院』という拠点を全国各地に構えており、単発的な攻撃であれば、戦力を融通することでかなりの防御力を発揮できる……はずだったのですけれど」
     いくつかの矩形と、それらを相互に繋ぐ線とが、仁鴉の手によって黒板に描かれる。と、仁鴉はチョークの色を変え、多数の矢印を矩形それぞれに書き加えた。
    「三勢力は数の利を生かし、それらのほとんどに同時の襲撃を行いましたの。ネットワークの守りを得られなくなった殲術病院は孤立し、陥落してしまう所も、おそらくは……ですの。
     同じ灼滅者の組織として、彼らの危機を見逃すことはできません。皆様のご尽力を、お願いいたしますわ」
     
     仁鴉は黒板に地図を広げ、とある地点についたマークを指差した。ここが、今回この教室にいる灼滅者たちが担当する殲術病院である。
    「皆様が向かうことになる殲術病院では、既にいくつかの防御線、殲術隔壁による閉鎖が突破されてしまっていますの。白兵戦を行っている箇所までありますから、物量で上回るダークネスとその眷属相手では、長くは持たないものと思ってください。
     それは、私たち武蔵坂学園とて同じことですの。この殲術病院を攻める敵勢力は、ノーライフキング『スタブフィンガー』とゾンビが40体以上。これら全てまともに戦っては、勝ち目はありませんわね」
     では、どうすればよいのか。仁鴉は落ち着いて話を続ける。
    「ですので、病院とノーライフキングとの戦闘の隙をついて、まずは指揮官であるスタブフィンガーを撃破するのが有効と思われますの。指令系統を破壊すれば、病院の皆様も籠城をやめ、協力して眷属を掃討できるようになりますわ。
     ただ、ダークネスの撃破に失敗した場合は、眷属の集団に逃げ込まれ、以後の手出しが難しくなります。そうなってしまえば、施設の放棄と撤退もやむなしかとなりますわね……」
     続いて、概略図と注意書きされた模造紙が展開される。衝突する凸字が施設内に描かれ、施設の外側を周回する別働隊も別個に表現されていた。
    「皆様が到着する時点では、病院とノーライフキングの戦いは、施設内の入口付近、エントランスホールを中心としていますの。スタブフィンガーはその戦いには加わらず、6体ほどのゾンビを連れて殲術病院の周囲を検分しています。そこを強襲して撃破、後はゾンビ掃討に合流するという流れになるでしょうか。
     護衛のゾンビは、専ら『WOKシールド』に似たサイキックを使うディフェンダーとして動き、スタブフィンガーは『エクソシスト』と『契約の指輪』に相当するサイキックを、クラッシャーとして使用してきますの。スタブフィンガーが病院の陥落前に離れる心配はありませんから、見つけ次第戦闘に持ち込むことができると思いますわ」
     
    「病院の皆様との、その場の共闘以上の協力関係構築については、のちほど学園として正式に行う予定ですわ。ですが、こちらもあちらも灼滅者ですから、少なくとも戦いにおいては、スムーズな合流を期待してもよいと思いますの。
     ただそれも、無事に敵ダークネスを排除できれば、となりますわ。先ほどすこし話題にしましたが、この影響で陥落する殲術病院もいくつか出てきますの。それほどに危険な戦いであるということをご理解いただいた上で、油断なく取りかかっていただきますよう、どうかお願いいたしますわ」


    参加者
    巴里・飴(舐めるな危険・d00471)
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    病葉・眠兎(年中夢休・d03104)
    片月・糸瀬(神話崩落・d03500)
    リヒト・シュテルンヒンメル(星空のミンストレル・d07590)
    九重・木葉(贋作闘志・d10342)
    上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)
    天草・七花(聖眼の灼滅姫・d22008)

    ■リプレイ


    「ダークネスなら、よっぽど腐った臭いがするはずよね……。今の所、それらしい感はないわ」
     と、先頭を行く上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)が呟く。病院の敷地を、大手を振って歩くアンデッドども……張り巡らされた視線から、灼滅者たちは身を隠してダークネスの探索を行っていた。
     容易いことではない。が、それを可能としたのが、灼滅者としての身体能力と、彼女の『DSKノーズ』による(本来の目的とはすこし違っているが)接近探知だ。美玖は清書された概略図を懐にしまい、ふと遮蔽物の植え込みから頭をのぞかせる。
    「っと、結局肉眼で発見。あっち」
     およそ50メートルほど先だろうか。それらしきゾンビの一団を、傍らの天草・七花(聖眼の灼滅姫・d22008)も同時に見つけている。
    「地下搬入口……でしょうか。こちらには気づいていないようですね」
     薄く開いた七花の瞳は、奴らの動きを正確に捉えていた。
     シャッターをゆっくりと破壊しているダークネスこそ、『スタブフィンガー』に間違いない。配下のゾンビたちは、その周囲を目的なくうろついているようだ。
    「では、以後は打ち合わせ通りで大丈夫ですね。この植え込みを慎重に伝って可能な限り接近。半円型の包囲を行って、敵の退路を断つ、と」
     巴里・飴(舐めるな危険・d00471)は、仲間たちを顔を突き合わせて言う。仲間たちの頷きがあり、そして彼らは、ほふく前進で植え込みの横を進んでいった。
    (「――となれば、今度は先輩たちと俺が前を行くのがエチケット、と」)
     片月・糸瀬(神話崩落・d03500)は、互いに没交渉のままで同じ行動を取った男性陣を見回した。こういう時の無言の連帯感は、なんだか楽しい。
     リヒト・シュテルンヒンメル(星空のミンストレル・d07590)も似たような感想を抱いたようで、こちらに淡く微笑んでいた。九重・木葉(贋作闘志・d10342)の方はと言えば、素っ気無い表情で前をぼんやり見ているらしい。
     目印の植木に到着した糸瀬は、『鬼神変』の前準備をしながら美玖の判断を仰ぐ。スタブフィンガーの『業』の匂いに顔をしかめた美玖が、しかしこくりと頷いた。
    「さあ、行こう――!」
     木葉は合図を受けて、灼滅者たちの周囲を魔力の霧で包み込む。その紅幕を切り裂いて、病葉・眠兎(年中夢休・d03104)が一番槍として駆けだした。
    「反相の音よ、兵の叫びを呑み諸共に消えよ……!」
     続く灼滅者たちのなかで、小さく歌うリヒトが『サウンドシャッター』を発動する。眠兎はひたむきに無言で、槍と己とを前方に衝き込んだ。
    「…………シッ!」
     彼女の視界が、速度そのものとなっていく。その中でずるりと振り向いたスタブフィンガーは、眠兎を見ると嬉しそうに笑った。
    「アハ、そうこなくっちゃ♪」
     ギィイイイイイイン!
     その水晶化した『人差し指』は、眠兎の渾身の攻撃を文字通り指一本で止めた。肉体部分にヒビが走るが、スタブフィンガーは構う様子を見せない。
    「オォオオオオ……」
     ゾンビの対応が早い。乱雑に襲い掛かろうとはせず、スタブフィンガーの周囲を固めようとするそれらに、久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)が躍り出た。
    「まずは、前衛から確実に……ッ!」
     流水の如き一閃が、しかしゾンビの体を抜ききれず、奥側の肋骨で止められる。切っ先を押し返す気味の悪い手応えに、撫子は柳眉を微かにしかめた。
    「よーしよし、よく落ち着いてやれたねお前等。その調子その調子」
     ゾンビどもの背後で、スタブフィンガーはぱちぱちと手を叩く。その人差し指は、邪悪な紫色の光を放っていた。
    「ゾンビの基本は『どうしてまだこいつが!』だ。速攻で型にハメるよ!」


    「台詞も見通しも甘いですよ! スタブフィンガー!」
     飴が対抗して言う頃には、既に灼滅者たちは包囲を終えている。抜け目なく逃げ道を確保しようとしていた別のゾンビにも、先回りしていた眠兎が妨害に入った。
    「……喰らいつけ」
     壁に映された眠兎の影が、見る間に厚みを増していく。がぱ、と大きく口を開いた影業が、立ち止まるゾンビを横から丸呑みにした。
    「うん、それで?」
    「次はこうするんですよ!」
     気のないスタブフィンガーの促しに、飴は気力のギアを上げて瞬発する。空いた場所に詰める味方を抜け、異形巨大化させた腕を振りかざした。
    「――フフ。甘いのはどちらかねえ?」
     飴の轟腕が、眠兎の捕らえたゾンビを叩き潰す。するとすかさず、スタブフィンガーが腕を大きく振り回した。
    「アアアアアアア!」
     残ったゾンビが二隊に別れる。片方が硬化サイキックを使い、もう一方は七花に殺到した。
    「私を、狙いますか」
     七花は危うく切り抜けるが、その首筋を形のない瘴気が伝っていく。喉と口を押さえ侵食を堪えようとする七花に、リヒトが掌を向けた。
    「夜明けの風が悪霧を払う、朝(あした)の光に誘われて――」
     詠唱が暖かな光条を呼び、七花にまとわり付く瘴気を拭う。リヒトの霊犬『エアレーズング』も、浄霊眼で主の治療を手伝っていた。
    「あーあ、残念。したり顔を少しは崩せると思ったのに」
    「スタブフィンガー……!」
     不敵な微笑みを見せる宿敵に、リヒトは心を重くする。両者の間に散る見えない火花を、撫子の槍がするりと斬り捨てた。
    「屍王と軍勢は、速やかに仕留めます。バックアップは任せましたよ?」
     微笑を置いて、てん、と足を踏み出す。撫子は続く一歩でしゃらりと回り、その舞に見とれもしないゾンビの足首を、斜に薙ぐ。
    「――お粗末」
     箒払いに似た構えは一瞬、刃先が深い谷を描いて跳ね上がった。のけぞるゾンビを、木葉が強引に引き倒す。
    「ゴ、オオォォ……」
    「アンタに用はないよ。オヤスミ」
     大きく波打つ影業が、踏みつけの足裏から立ち上がった。形を得た影は、元の場所に戻ろうと荒れ狂う。動きを封じられたゾンビは、なすすべもなく――。
    「私言ったよね、ゾンビの基本が何なのかってさあ!?」
     ――スタブフィンガーが、水晶指で倒れたゾンビを指し示した。すると、大部分をズタズタにされたゾンビの体が、見る間に修復されていく。
    「チ……!」
     無意識のうちに舌打ちする木葉。ゆっくりと立ち上がったゾンビが、濁った目で敵を睨んだ。
    「とはいえ、大事を取るかな……と。ローテ掛けろ!」
     と、スタブフィンガーがゾンビどもに指示を出した。件のゾンビが後ろに下がり、メディックとして己を立ち直していく。
    「これは……!?」
     前衛に立つゾンビが4体にまで減ったこの状況は、灼滅者たちの狙いと半ば合一する。ゾンビの数を優先するか、一網打尽の好機を取るか。
     迷う暇はない。
     七花は前者を最善と判断した。
    「原則通り、排除を優先します!」
     クルセイドソードを鞘にしまい、空いた手をもって裁きの光を射出する。その余韻が消えないうちに、糸瀬が結界を重ねて編み上げた。
    「乗ったぜ、その判断!」
     縛霊手内から展開する祭壇が、その稼動を最大のものとする。後列に退いた一体の動きが目に見えて鈍くなったことに、糸瀬は拳を強く握り締めた。
    「あーもー、ああ出ればこう返すって……あらら?」
     スタブフィンガーが宙を見上げる。そこにあるのは、無敵斬艦刀とともに落ちる美玖の姿だ。
    「たあああああぁぁぁっ!」
     音速超過の衝撃波すらねじ伏せて、美玖は広範囲斬撃を叩き込んだ。盾代わりにされたゾンビは、スタブフィンガーが指を差し込むより速く、完全に形を失う。
    「私の攻撃は、簡単には癒せないわよ……!」
     斬艦刀を背負いなおした美玖は、砂煙越しにスタブフィンガーと目を合わせ……。


     美玖の喉下に激痛が走った。
    「くあ……ッ!」
     それを馬乗りになりつつある敵の仕業と見破るも、美玖は抗いようもなく押し倒される。辛うじての前蹴りを、スタブフィンガーは踏みつけて反発した。
    「追いつめられた気になるのは、まだ早い!」
     跳び下がるダークネスに、先の硬化サイキックが集中する。幸運なことに、後列ゾンビがここで僅かに出遅れていた。
    「その隙、逃しません!」
     それに気づいた撫子は、一足跳びに位置をずらして射線を確保する。急停止で流れる黒髪に構わず、槍を袈裟掛けに振り下ろした。
    「ゴ……オ……」
     神速の氷刃が、後衛ゾンビの額に突き刺さる。そこから花咲くように広がった氷の欠片が、ゾンビの全身を動かぬ氷像に変えた。
    「やってくれるじゃない……、演出家気取り!」
     と、美玖は麻痺に緩む腕に強いて、懐から符を幾つか取り出す。ともすれば力を失いそうになる体を、意志の力で繋ぎ留めた。
    「でも、調子に乗るのもここまでなんだから!」
     宙にばら撒かれた符が、自律して五芒星の結界を張る。びくんと痙攣するゾンビに、糸瀬が剣呑な視線を向けた。
    「さて、こっからが削りあいだぜ」
     糸瀬が数回手を叩くと、その背後に輝く十字架が光臨する。その神々しい様には目もくれず、糸瀬は便利な攻撃兵器を使うように、指のスナップで合図を出した。
    「そら、なぎ払え!」
     十字架が半壊し、内部から光を爆発させる。糸瀬の『鬼神変』による自己強化は、それに更なる破邪の力を分け与えていた。
    「せっかくの守護が……ったく、もったいないなあ!」
    「心配しなくとも、直に全て失うことになるよ」
     硬化の力をいくらか失ったスタブフィンガーに、薄く笑う木葉が話しかける。木葉はその時、手近なゾンビに刀を沈めているところだった。
    「フウゥ……」
     木葉は大きく息を吐いて、一思いに刀を抜き取る。頬の笑みがすこし、深くなっていた。
    「余所見などする暇が!」
    「!」
     一瞬の不意をついて、七花がスタブフィンガーに斬り掛かる。肉ではなく魂を断つ無形剣が、滑らかにダークネスを裂いた。
    「――腐肉を操って悦に浸るあなたの指は」
    「ッ……んあ? 私の自慢がどうかしたって?」
    「道を示して人を導くものからはまるで遠い。その名の通りに『後ろ指を差される』ような、浅ましい存在だ、あなたは」
    「あはは、今更だよそんなことは」
     スタブフィンガーは一瞬で間合いを離し、水晶指を舐め上げた。てらてらと濡れ光る指を、不意に耳横で立てる。
    「生意気の責任、誰に取って貰おうかなっ?」
    「いやいや、よくぞ言ってくれたってものですよっ!」
     その真正面へ、飴が躊躇なく踏み込んでいった。叩き込まれるアメ色の拳を、スタブフィンガーはなんとか受け止め、しかし。
    (「あれ、押し込まれてる?」)
     スタブフィンガーの上腕が、徐々に裂けていく。飴は嬉しそうな表情を隠さない。
    「どうしました? 手加減は無用ですけど?」
    「しないほうが良かったなら、言ってくれればいいの、っに!」
     水晶指が輝くと、飴が腕から弾き飛ばされた。二、三度転がされた飴がそこを見ると、石化が徐々に侵攻している。
    「――憂いに抱擁を。抱擁に熱を。熱に優しさを」
     体勢を立て直せずにいる彼女を、ふと柔らかな風が包み込んだ。聖剣を抜くリヒトを中心に、それは味方全体にまで広がっていく。
    「優しさに祈りを。祈りは決意を。そして決意は、其の憂いを取り除く!」
     リヒトの祝福が、灼滅者たちの背中を支えた。暖かさに緩む口元を、眠兎は俯いて隠す。
    「…………ッ!」
     鉄火場への突入が、眠兎の意思を否応なしに研ぎ上げた。初手の一撃よりもさらに鋭くするために、己から刃以外の要素を摘み取っていく。
     一本の槍が、スタブフィンガーをついに貫いた。彼女の腕は手下のゾンビの方に伸び、しかし届かずに崩れ落ちる――。


    「間に合ってくれ……!」
     生々しい傷跡の残るエントランスを駆け抜けながら、木葉は息が詰まるような感覚を必死で押さえ込む。角を曲がり、廊下に溢れるゾンビどもの姿を見つけると、無我夢中で刀を振り下ろした。
    「あ……あぁ……!」
    「助けに、来たよ! 生存者は!?」
     木葉は死体を挟んで、頭を抱えてうずくまる少女に声を掛ける。と、別の男の声が、廊下最奥に積み上げられたテーブルの裏から叫んでいた。
    「――何をしている! バリに急げッ!」
     追いついた飴は、反射的に少女の手を取って駆け出す。……その時。
    「あちらですね! 急いで合流しましょう」
    「バアァッ!」
     ゾンビが天井板を破壊して落ちてきた。だがその奇襲は、美玖にはお見通しであった。
    「……そう、凄く変な場所にいるのよね、あいつの手下」
     美玖はゾンビに着地すら許さず、空中にいる間に影業で絡め取る。それでも触手の隙間から腕を伸ばすゾンビを、続けて飴の大鎌が両断した。
    「殲術、道具……」
    「ですよ。ダークネスを倒すために存在する、私たち灼滅者の装備です」
    「と、いうことは……!」
     飴の笑顔を受け、少女の表情が絶望から喜びに変わっていく。一度強く瞳を閉じた彼女が、また目を見開いたときにはもう、勇猛な戦士の顔つきに戻っていた。
    「そっか……いたんだな、俺たち以外の灼滅者!」
     思わず破顔した糸瀬は、バリケードへと突っ走っていく。道中にうろつくゾンビどもに、その勢いのままで乱入した。
    「おおおおおおおっ!」
    「たああああああっ!」
     糸瀬が開いた突破口に、七花が全身を滑り込ませる。それは敵陣に対し無茶とも言える深さで、しかし七花は、これが可能であることに一片の疑いも持っていなかった。
    「これこそ好機だ、一息に蹴散らせ!」
     双剣の閃きが、病院の灼滅者たちのサイキックに修飾される。総崩れとなったゾンビの群れを、そして炎の渦が蹂躙した。
    「グ……グォ……ォォ」
     熱の揺らめきの中で、ゾンビどもは灰にまで焼き尽くされる。撫子は掌を引くと、凛と通る声でこう宣言した。
    「私たちは武蔵坂学園の灼滅者です。あなた方の救出に参りました!」
    「武蔵坂。武蔵坂と言ったか!」
     と、バリケードを押しのけて、一人の女性が姿を現す。身構える撫子に、警戒を解くように手の平を見せ、しかし厳しい表情で語り始めた。
    「歓迎しよう、だが今は状況が状況だ! 指揮下に入れとはこの際言わん、手を貸してくれ!」
     その強い語調の言葉に、眠兎が恭しく一礼する。
    「喜んで。あなたたちのご健闘に、敬意を表します」
    「有難い。では――私が出よう!」
     これ以上の問答は不要と、女性は唐突に駆け出してこちらとすれ違った。それについて行くのではなく、選択の結果として、眠兎もまた踵を返す。
    「力の使い方を、間違えないこと……!」
     リヒトはそう呟くと、傍らのエアレーズングを供に、新たな戦いへの一歩を踏んだ。とてつもなく疲れているはずなのに、何故だかその足取りは重くはない。
     さしあたってはこのよく動く足で、仲間たちに十分な癒しを与えようと、そう決めたからだ。

     そして――この病院の最後のゾンビが倒れる瞬間まで、リヒトは、灼滅者たちは、決意の通りに戦い続けたのであった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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