殲術病院の危機~spectrum-split

    作者:那珂川未来

    ●スペクトルスプリットのニシキヘビ
     すっかり紅葉も終わった北国の山。ひっそりと聳える白亜の建造物へ、突如目に眩しいほどの色彩が弾けて。
     敵襲に、慌ただしく白衣を着た者たちが駆け回る。見るからに医師や看護師に見受けられるが、手に持っている物は医療器具とは無縁のもの。銃器や刀の類だ。
    「院長! ハルファス軍の襲撃です! すでにエントランスホールの中に眷族数体」
    「久しく動きがないと思えば――総員戦闘配備についてください。特に事務局、特別医療区の守りを念入りに。第一、第二防護隔壁展開、許可します! 迎え撃ちなさい。近くの病院へも至急増援の連絡を」
    「了解です」
     てきぱきと指示を下す女院長と、それに従う看護師たち。
    「い、院長! 近隣の病院全てに打診しましたが、どこも同じく援軍要請。これは日本中の病院が襲撃されている可能性が!」
    「なんてこと……しばらく動きがない理由はこのため……」
     さすがに動揺を隠せなかった院長だが、しかしすぐに持ち直し、
    「総員後退! これより籠城します! 全隔壁展開許可! 繰り返します――」
     激しい伝令とサイキックが飛び交う混沌とした病院を、太い木の枝に腰掛けながら艶やかな喜色の目で見下ろす一人の少女。
    『キャハハハ! 中にはどれくらいオモシロいモノがあるのカナ~!』
     七色のボーダーニット、やけに長い袖をふりふりと揺らし、反して短いスカートから突き出す足は、宝石類がインプラントされていて。舌は割れ、ピアスで拡張した耳たぶ、部分肥大させた額は角が生えたように。
     身体改造と艶やかな色彩にまみれた少女は、ソロモンの悪魔。ハルファス軍の一人、ユルルン・グルン。
    『灼滅者が、一丁前に何かしているみたいだけどサー。アタシの身体改造の方がよっぽどキモチイイのに』
     含み笑いを浮かべながらちらと見る、己が配下の強化一般人。目に痛いほどの、乱れた色彩纏う輩。着衣もそうだが、肉体そのものが個性的だった。
    『ホラホラ、隔壁なんかにいつまで時間かけてるのサー。ちっとは役に立ってみなさいよブリキの兵隊。アタシが力貸してやっからサー』
     無造作に、萌え袖一振り。解き放たれた色の光線。
     夜の安寧を、騒がしい音と色で塗りつぶしてゆく。 
     
    ●壊滅の危機
    「大変なことが起きたみたいだ。複数のダークネス組織が武蔵坂学園とは別の灼滅者組織である『病院』の壊滅を目論んでいる」
     挨拶もそこそこ、すぐに説明に入る仙景・沙汰(高校生エクスブレイン・dn0101)は、机に全ての資料を広げて。
     結束したと思われるダークネス組織。
     一つは、ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢。
     一つは、白の王・セイメイの軍勢。
     最後は、淫魔・スキュラの軍勢。
     それぞれ、武蔵坂とも因縁のある相手だから捨て置くわけにはいかないだろう。
    「どうやら、病院勢力は、殲術病院という拠点を全国に持っているらしい。その防御力は高く、どこかの殲術病院が襲撃されても、殲術病院に籠城している間に他の病院から援軍を送って撃退するという、かなり密な連携と持久戦に優れた戦いを得意としていたみたいなんだが……」
     しかし、今回は、ダークネス三勢力により、ほとんどの病院が一斉に襲撃された為、互いに援軍を出す事ができずに孤立無援となっている。
    「同じ灼滅者組織だ。見捨てるなんてできない」
     どうにか彼らの危機を救ってほしいと、沙汰は言った。
    「皆に救援に向かってほしい病院はここ」
     北国の山間に存在するこの殲術病院は、殲術隔壁を全て下ろし、閉鎖して籠城しているようだ。だが、既に幾つかの隔壁が破損し、長くは持たないと思われる。
    「攻めてきている敵は、ハルファス軍のソロモンの悪魔の一人、ユルルン・グルン。その配下、強化一般人が45体。」
     どう見積もっても、今いる八人の灼滅者で勝てる人数では無い。とはいえ増やせば、ユルルン・グルンのバベルの鎖に引っかかりやすくなってしまう。
    「だから、ソロモンの悪魔の一群のすきを突いて、指揮官であるユルルン・グルンを撃破する」
     指揮官さえ倒してしまえば、病院の灼滅者達も籠城よりも反撃の好機であると判断してくれる。
    「ユルルン・グルンは、見た目も派手で頭軽そうな奴に見えるけど、ソロモンの悪魔らしく狡猾だ。口も悪い」
     しかし病院勢力からの攻撃を受けないよう、離れた場所で指揮を取っているからこそ、今回こちらがユルルン・グルンのみと対峙でき、撃破の可能性が見えているのだ。
    「バベルの鎖を掻い潜るには、ユルルン・グルンがいる、この大きな木から少し離れた、この朽木が積み上がっている場所へ、赤線のルートをたどって向かえば問題ない」
     地図を渡しつつ、「そして、奇襲できるチャンスは、ユルルン・グルンが、配下を鼓舞する為に第二障壁の破壊を終えた一分後」
     この時のみ、奇襲が成功する。ちょうど屋内へと強化一般人もなだれ込んだ後だから、すぐに合流できるような状況ではないから、こちらに好都合だ。
     だがこの時点で、病院の殲術隔壁は残り二つ。解析によると二十分で壊滅する恐れがある。
     それまでにユルルン・グルンを倒さなければならない。倒してしまえば、頭のいない強化一般人など烏合の衆に等しい。協力し合えるので、あっという間に壊滅させることができるだろう。
    「だが、逆にソロモンの悪魔を倒すのに失敗して、眷属の中に逃げ込まれると……もう手出しはできない状況になる」
     その状況になれば、撤退もやむをえないかもしれない。
    「今回は大規模戦闘に介入する危険な作戦だけれど。皆なら大丈夫だよね」
     そう。もうすでに壊滅しているところもあるのだ。
     せめて予知に捉えた病院を、同じ灼滅者の仲間を救うために。
    「ここで、帰りを待ってるよ」


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    山城・竹緒(デイドリームワンダー・d00763)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    有馬・由乃(歌詠・d09414)

    ■リプレイ

     闇に慣れた瞳に写る真黒な木々の羅列。天を走る幾つもの枝が、乱雑に編み込まれた針金の籠のようだと――そんな何気ない闇夜の山に、無機の監獄を錯覚して。逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)は、表情は平静としたまま、左手で霊犬・キノが潜む、スレイヤーカードを忍ばせた胸元に手を当てた。
     目標までの距離もあと僅か。そろそろ本腰入れて侵入を試みなければならない場所。
     ルート確認を最小限で済ませられるよう、頭の中にしっかりと。チームをミニマム化するため、半数の者たちが猫変身し、使えそうな小物は事前に用意。
     今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)は暗視スコープで進路を確認。一般向けの物であるが、緑光に浮かぶ世界は結構鮮明に見えた。
     戦闘ではすぐに壊れそうな物品も、移動のみ使用前提の今回ならば、有利に働きそうである。紅葉は用意できてよかったと安堵しつつ、猫変身の為一旦しまおうとしたら、暗視スコープは付けれるものが付けた方が効率もいいだろうと奏夢。ならと、六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)が進み出て、
    「ここは、私が使わせてもらってもいいですか?」
     隠された森の小路を使用する自分が使えば、ルートを辿るのに誤差を最小限に抑えられだけでなく、早期到達もできるだろうと思ったから。
    「お願いするのね」
     紅葉も、変身を繰り返すことによる行動の無駄を考えるとそれが一番だと判断し、静香にそれ託して。
    「さって、皆さん用意はいいッスかー?」
     ここからは失敗は許されないッスよと、高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)。
    「必ず成功させましょうね。病院の灼滅者たちの為にも」
    「やっと会えるかもしれない仲間だもの。見捨てやしないわ」
     混沌とした場所へ赴く前に。自分に、そして仲間達に、勝利を誓う様に、花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)が拳を固めれば、もちろんよと衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)も決意新たに。有馬・由乃(歌詠・d09414)と山城・竹緒(デイドリームワンダー・d00763)は、闇の中でも、全員で戻ろうねと誓いと笑顔かわしあった。
     枯れ草や樹木に身を隠しながら、音をたてないように、出来る限り慎重に歩を進め。戦闘前に難儀な移動を強いられるが、しかし命の重さには代えられない。
    (「救う。その気持ちの、なんて重い事でしよう……」)
     静香は胸元のロザリオにそっと触れて。それが誰だからではなく、人の命と笑顔は助けたい。
     距離が迫り、猫たちが小さな体を利用し先行する。
    (「せめて鼻が良くなるとか夜目だけでも利く様になってくれれば」)
    (「いうことないのににゃん」)
     紅葉と竹緒は猫のまま小さく溜息。
     あくまでかたちを猫に変化させているだけなので、身体能力は人間のそれというのも良い様な悪い様な、である。
     どれだけ進んだだろうか、吹き上がる黒煙の量が尋常ではないことは、闇に映えるはずの星座が覆い隠されてしまったことからも伺えて。時折弾ける電光が、無残な姿をさらけ出す。
     けたたましい笑い声をあげる悪魔の姿。灼滅者達は朽木へ身を寄せる。
     紅葉は暗視スコープを使い、安全に回り込めそうな場所を探すものの。当然の如く相手に目立った隙は見受けられないし、この朽木の山から動いたら、見つかるような気がしてならない。
    (「これは……無理しない方がいいかもッスね……」)
    (「そうね。最悪だけは避けたいわ」)
     何らかの要因で見つかったら、その時点で作戦は失敗だ。
     琥太郎と七は、奇襲と共にユルルンの前へ回りこもうと提案。エクスブレインが示した先が、この朽木でストップしていることからも、動くのは得策ではないのでは、と。
     程なくして、第二殲術隔壁がユルルンの手により決壊する。
     紅葉は時間を計り、由乃はあらかじめサウンドシャッター展開。このこれだけ余裕があるなら、一手無駄にして奇襲に乗れなくなるよりは、先に展開しておくべきであると。
     このESPの優れているところは、戦場内の音は外に漏れないが、サウンドシャッターの中に居るものには、別戦闘区にあたる病院内部での戦闘音など、外の音は問題なく聞こえる、ということである。
     つまり目に見えて違和感を覚えなければ、掛けられていること自体気付かないということ。
    『キャーッハハハハ、いけいけブリキの兵隊ッ!』
     血の臭いに興奮しているユルルン。意識が完全に目の前へと集中した、その瞬間――鋭く向けられた紅葉の指先の方向へ、琥太郎と由乃が先陣切って打ち放つ。
     張り巡らされた鎖の隙間を、細氷と紅蓮、絡み合いながら潜り抜け、華美な大蛇の背の上炸裂する。
     衝撃にユルルンが目を剥いた刹那。
    「取ったわ」
    「ここでユルルンさんを倒させてもらいますにゃん!」
     七と竹緒、両名がすぐ傍まで迫っていたことにようやく気付いて、さすがにユルルンも精神的な虚を露わにせずにはいられない。
    「魔を斬り裂く黎明の剣閃を」
    「それ、僕のこの魔法の弾丸を、避けられますか?」
     体勢を立て直す間も与えないように。静香の流麗な太刀筋、マヤの指先から輝くマジックミサイルが迸る。
    「ド派手なニシキヘビ……それは自分を派手にする事で怖がらせたいのか。それとも、弱いことを隠しているのか……」
    『クッソ、まだいるのか!』
     飛びのこうとするユルルンを、側面からキノが斬魔刀で脛を打つ。奏夢がWOKシールドを展開させ、その横っ面を叩く様に振り抜いた。
     自分と配下を分断した輩が、病院の者ではないと悟ったユルルンだが、それが何者かなんて確かめるのもどうでもよかった。
    『このアタシに恥かかせやがって!』
     ただ報復を。蛇の様に鳴くと、しましま模様の長い袖を鞭のようにしならせる。瞬間、灼滅者はバベルの鎖で悟った。
     解析は覆せない。ユルルンの行動よりも後に動くことは、わかっていても無理だ、と。
     出来れば、連撃に備え回復を間に挟みたいというのがチームの願いでもあった。紅葉なりに、その瞬間を見定め役割を果たそうと努力したものの。
    (「だめ!」)
     逆に行動のタイミングを逸してしまうことになりかねなくて。咄嗟に攻撃に移ったものの、奇襲の波に乗り遅れた攻撃は、虚しく空を切る。
     氷、捕縛、武器封じ。三つの炎と二つ怒り。けれどユルルンの行動を止めるには至らない。
    『全員ズタズタになっちまえ!』
     氷柱が地面を喰い破るように幾つも突き出し、火炎は蛇の舌の様に伸びた。広範囲攻撃は、減衰していても一発が侮れない。
     自分一人じゃとても間に合わない。紅葉は夜霧を呼びよせながら奏夢にお手伝いを頼んで。キノは特に疲弊大きい七へ、除霊眼を瞬かせ。
     こうなれば、逆に立て直さない利を生かす以外にない。七の鏖殺領域の衝撃を易々とかわすユルルンの着地点を先読みして、静香は黒死斬。
    『わかりやすい攻撃なんかに当たってやるか!』
     術式能力の高いソロモンの悪魔。命中精度を上げたマヤですら、その攻撃は脇をかすめてゆく。捻じ込むようにしながら槍を突き刺す琥太郎。ユルルンがマジックミサイルを打ち終えた隙に、威力重視で繰り出した閃光百裂拳。だがあっさりとかわされて。
    「由乃さん矢をきぼうだよ!」
    「オレも頼むッス!」
     術式系の攻撃はことごとくかわされる。他の命中率を予測しても、このままの調子で攻撃していたら20分過ぎてしまう懸念を、竹緒は素早く関知して強化要請。琥太郎も同じく、命中率に不安のあるサイキックの使用時を見越して。
     由乃はきりりと弦を引き、順に癒しの矢を打ち放つ。回復と命中補助、結果火力の底上げにもつながるこの矢が、一つの可能性になる様に。奏夢とキノに攻撃の手番を回す意味でも、決して悪くはないはずだと。
     ユルルンが凍気で薙いだ。紅葉は指輪に口づけを落として、どうか魔を鎮め給えと願いながら、優しい霧の力を世界へ広げて。
     静香は食い込む魔氷に苛まれながらも、
    「貴方は悪魔。上手なのは承知していますから……」
     冷たく鋭い視線を湛え、いつもの静香とは別の顔をさらけ出す。
    「少しでも、その力を削ぐ破魔の刃が私です」
     由乃が炎打つ。合わせるように繰り出す唸る刃。魔氷の食い込みと魔力の低下を助長させ。しかしそれでもまだ、ユルルンの動きは止められない。
     少しずつ形勢を取り戻しつつあるものの。奏夢とキノも、思いのほか回復に手を取られ。とにかく一度攻撃の手を緩めさせなければ勝利は見えぬと、竹緒と七は炎弾重ね。
    「僕達にも、大切な仲間の為に、負けられない理由があるのです!」
     マヤは弾丸を撃ち込もうとするものの。優れたスナイパーの命中精度以てしても、二発目にはその恩恵はないに等しく。同じ属性を使い続ければ見切られること必至。相手に見合う攻撃を用意し、柔軟な対応をしなければ、行動に無駄が多くなってしまう。
    『本場ってヤツを見せてやるよ!』
     ユルルンの魔弾によって、マヤの防具は崩壊。痛々しい傷跡が半身に浮かぶ。
    「花咲さん!」
    「しっかりするの!」
     紅葉の力だけでは足りず、由乃も癒しの矢で補助して。しかしダメージは尋常じゃない。琥太郎と竹緒は連携でリズムをかき乱そうと動き、奏夢は眼前へと躍り出て、意識を自分へと向けようと。
     甲に浮かぶ歯車が回りながら支え合い、展開する障壁。輝きを鋭い刃として振るえば、ユルルンの頬に朱が走る。
    『鬱陶しいクズ!』
    「お前は、常日頃そう言われてきたのか」
     痛み被ろうとも。奏夢は攻撃だけでなく言葉でもあおりを入れて。
    『死ねブサイク』
     冷やかな視線と抑揚の無い言葉。袖が針の様に鋭くなって。真っ二つにしてやるべく奏夢へと打ちつける。
    「ダメよ!」
     一人で背負うものではないわと、七が庇って。琥太郎が魔力を凝縮させたロッドを振り下ろしながら、
    「オレから見ればそっちの方がブサイクッスけどね! 今度はこたろーちゃんが相手してやるッスよヘビ女」
     更に追撃で足を穿ってやるが、まだまだ攻撃の意志は止まらない。
    『言ってくれるんじゃないの、チビ。でもま、アンタ達はあとでもいいや』
     牽制に打った七のブレイジングバーストはギリギリでかわされ、魔の弾丸がマヤの喉元を食いちぎるかのように穿たれて。
    「うっ……」
     鮮血が弾け、地に伏せるマヤ。同時に第三殲術隔壁が決壊する。
     苛立ち誘う奇声ごとかき消そうと、由乃より奔る火炎は、綻ぶ花の様に火影を広げ。竹緒の影が、それに重なり腹を穿つ。
    『ちぃっ!』
     ユルルンが舌打ちして。積み重なる続けた戒めに、ようやくシャウトで手を止めて。
     七割ほどの戒めを破壊され、静香が再び黒死斬。いや、黒死斬を繰り出す以外に、攻撃を繋げない事実に歯噛みする。
     役目を果たそうとするあまり、攻撃が気魄系ばかりに偏った感が否めない。しかし力を削ぐことに終始した剣技に後悔はない。
     例え刺し違えても。
     チェーンソーからの返しの刃は黒死斬。やはりかわされ、その動作の隙を狙った蛇がにたりと笑う。
     至近距離で放たれたマジックミサイルが、静香の胸に重い衝撃を響かせた。
     虚しくも、倒れゆく自分の体。投げ出される様に空を泳ぐこの手で、確かに誰かの手を取りたかったのに。
    「六乃宮っ!」
     二人も倒れてしまった。七は悔しくて、血が滲むほど唇を噛みながらそしてその身を追撃から庇うように、けれど後ろへ抜けられぬように。
     病院から更に黒煙が上がる。最後の第四殲術隔壁も、あと五分も持たないはず。
    『ホラホラ無様に這いつくばる前に、尻尾巻いて逃げな。命だけは助けてやるよ!』
     ユルルンはシャウトして。配下が壊滅の知らせを持ってやってくるまで防戦の構えだ。短いスパンの使用が物語っている。
     どっちが負けてもおかしくないほど、切迫しているのだ。
    「ユルルンさんもまけられないんだろうけど、私たちもまけられないんだよ」
     仲間が倒れても。追い詰められても。それでも竹緒はいつもの自分のままで。口調ゆるくとも繰り出す攻撃は、威力も狙いも高いものだけ。
     まとめて潰してやると、ユルルンは凍気をぶちまけて。今度こそ倒れさせやしないと、ディフェンダー陣は必死に攻撃から仲間たちを守る。
    「皆で耐えるよ! そして勝つの!」
     紅葉はそんな彼等の頑張りを必死に支えようと、途切れることなく癒しを生み続ける。
    『テメーも、くたばっとけ!』
     それこそ庇い続けた結果の、満身創痍。数さえ減らせば勝利は近いと、ユルルンも容赦なく狙いを奏夢へ定め。
     咄嗟に主を庇うキノ。衝撃は、小さな体を完全に壊した。
    「飾ったところで、本当にお前を見てくれる奴はいなかったのか」
     キノ倒れようとも、ただ只管矢面になるべく。憐れむように呟く奏夢の歯車が、ユルルンの怒りを助長させ。
     連携繰り出され血に塗れ様とも、その虹色の腕は、呪いの如く振り抜かれた。
     貫通。
     闇に血の筋が浮く。
     紅葉は彼の意思を汲み取り、最初で最後の攻撃を。清浄なる光以て、その悪魔を打ち払おうと。
     天より振り落とす、光の槍。裁きの刃振り落ちた其処へ、琥太郎は闇夜の中を滑って。
     振り上げるロッドの煌めきは、光すら塗り潰すほど弾けた。
     衝撃に身をくの時におるユルルンへと、竹緒は大樹を猫の様な軽業で、頭の上からひっかくように矛先を振り下ろす。
    「これがねこのちからにゃん!」
     散々溜めこんだ破壊の魔力を全て放出する勢いで。垂直の一閃は強打となって。肌を裂き食い込む魔氷。砕ける氷と共に、インプラントが弾け飛んで。
     どごんと地を揺るがすような破壊音に、ユルルンの悲鳴が混じった。最後に打ちつけられた七のシールドが、ユルルンの胸にぶち当たったまま。
    「――そのセンスも、嫌いじゃなかったわ。でもそれとこれとは話が別よ」
     余波にユルルンは大きく痙攣し、目を剥き吐血する。
     顔、足。蛇の鱗の様に肌に亀裂が奔り、埋め込んだ宝石も金属がポロポロと剥がれ落ちてゆく。華美など欠片もない肉だけの顔で、ユルルンは言った。
    『……これで勝ったと思うな……いずれ悪魔の報復が……』
     不意に、病院の照明が復帰する。明らかに、戦闘を考慮してのものだった。
    「……聞こえますか? これより隔壁解放し、我々は突撃します。救援者様、どうか後方より支援を願いたい」
     有難うと、スピーカーから響く声は、病院関係者からのもの。
     この放送だけでも、病院内の強化一般人が浮足立ったのは火を見るより明らかだった。
    「救援に、向かいましょう」
    「大丈夫?」
     意識取り戻し刀を支えに立ちあがる静香を、紅葉が慌てて支えに入れば、
    「救う為の刃を奮えるのに、どうして臆して止まれるのでしょうか?」
    「後方支援なら大丈夫です」
     休んでばかりもいられないと、マヤも立ち上がる。
    「最後の最後まで、気を引き締めていきましょう」
     由乃はもう一度矢を番え、残る討伐へと地を蹴った。
     塗り替えられてゆく優勢の色。
     本当の勝利まで、あと少し。


    作者:那珂川未来 重傷:六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103) 花咲・マヤ(癒し系少年・d02530) 逢瀬・奏夢(あかはちるらむ・d05485) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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