殲術病院の危機~反転挟撃

    作者:小茄

    「スキュラ配下の淫魔だと? 数は? ……ふむ、その程度か?」
     殲術兵器を手にした長身の医師は、看護士からの報告を聞いて緊張をやや緩める。
    「近隣の病院に連絡を取り、援軍を要請せよ。奴らを挟み撃ちで殲滅してくれるわ」
    「……な、何だって?!」
    「どうした」
     部下の一人が思わず声を裏返したのに眉を顰め、聞き返す長身の医師。
    「それが、近隣の病院も……いえ、連絡を取った全ての病院が敵の襲撃を受けています!」
    「何だと!? おのれ……」
    「ど、どうしますか?」
    「静まれ! 当院の戦力のみで対応する! 総員戦闘配置! 隔壁を閉鎖しろ!」
     かくて殲術病院は、未曾有の危機に曝される事となったのである。
     
    「ちょっと厄介な事になっていますわ。私達とは別の灼滅者組織『病院』に対し、複数のダークネスが一斉攻撃を目論んだ様ですわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明に寄れば、ソロモンの悪魔・ハルファス。白の王・セイメイ。そして淫魔・スキュラの勢力が一斉に各地の病院を襲撃しているのだと言う。
    「これまで病院勢力は、いずこかの病院が攻撃を受けたとしても、周囲の拠点と巧みに連携を取ることで敵の攻撃を退けてきたようですわ。ダークネスも過去のそういった経験を踏まえ、今回は一斉攻撃と言う戦法を取ったと言う事のようですわね」
     このままでは、各地の病院はそれぞれに壊滅させられ、病院勢力自体が滅ぶのは必至と言って良いだろう。
     そうなる前に、同じ灼滅者として立ち上がらねばなるまい。
     
    「あなた達に救援して頂きたいのは、この殲術病院ですわ。殲術隔壁を閉鎖して籠城を試みていたけれど、既に何カ所かの隔壁は突破され、白兵戦が始まっている様ですわ。長くは持たないとみた方が良いでしょうね」
     指揮官の淫魔1体に加え、眷属が30~50と言ったかなりの兵力であり、我々だけで全滅させるのは不可能だ。
    「けれど幸い、指揮官は病院の外で高みの見物を決め込んでいる様ですわ。護衛も僅かに数体だけの様ですの」
     まずは病院外に居る淫魔を倒して指揮系統を崩壊させ、混乱した敵を病院勢力と共に挟み撃ちにするのが最も理想的な形だろう。
    「淫魔を打ち損ね、眷属達にがっちり守られるような形になってしまうと……それ以上の作戦遂行は不可能ですわ。包囲されないうちに、撤退して下さいまし」
     それはすなわち、作戦の失敗と病院の陥落を意味する。
     
    「既にいくつかの病院施設は陥落したとの報せが入っていますわ。これ以上被害を出す事なく、何とか救援を成功させて下さいまし!」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)
    黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    ゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    人形塚・静(長州小町・d11587)

    ■リプレイ


     その殲術病院は山の中に在ったが、外観はかなりの威容を誇り、町の総合病院にも引けを取る物では無かった。
     しかしその病院も、今は落城間近の山城が如き様相を呈していた。
    「第28隔壁、突破されました!」
    「第8、第9小隊、通信途絶!」
     防衛戦を指揮する司令室に届く報告も、絶望的な物以外は皆無といった状況。
    「もう少しの辛抱だ! 程なく援軍が……持ち堪えていれば援軍が来るはずだ! そうなれば、敵を挟み撃ちに出来る!」
     白衣を纏った長身の医師は、メインモニターを凝視したまま怒鳴ると、拳の中で爪を食い込ませた。
     これまでは敵の侵攻を受けたとしても、他の病院拠点との連携を取ることで、敵を包囲、挟撃し拠点を守ってきた。しかし今回は、ほぼ全ての拠点が同じタイミングで攻撃を受けてしまったのだ。どこの病院も防衛に手一杯で、援軍など出せようはずも無い。
    (「万事休す……か……」)
     この司令室に敵がなだれ込む瞬間も、そう遠い事でもないだろう。オペレーターの看護士らの傍らにも、既に殲術兵器が備えられていた。


    「あははは! ここを攻めろ! あそこを攻めろ! 一人残さず蹴散らしてやんな!」
     露出度の高いパンクゴシックに身を包んだ茶髪の女は、ただただ愉快そうに高笑いをし、指揮を執る必要も殆ど無い様な圧倒的有利の戦いを楽しんでいた。
     カスミと名乗るその淫魔には、この病院を陥落させる事でスキュラ勢力における一定の立場を約束されていた。スキュラの軍を借り、この病院を攻め落とすだけで大きな見返りを得ることが出来る。それはまさに美味しい話。
     その周囲にはほんの数体のピンクハートちゃんが存在したが、それは護衛というよりも予備兵力であり、抵抗の激しいポイントに適宜追加投入する為の兵力。背後からの攻撃はもとより考慮していない陣形であった。


     七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)は手元の地図を確認し、予定のルートから逸れていない事を繰り返し確認する。そしてその後ろには、同様に足音を殺しながら静かに進む灼滅者達の姿。
     外からの攻撃を無い物として考えて居る淫魔部隊は、戦力の殆どを院内に投入しており、背後を取る事は比較的容易いはずだ。
     エクスブレインから得た情報と、鞠音のスーパーGPSを頼りに、予定の奇襲地点へと急ぐ一同。
    「……あれ、ですね」
     はたと足を止めた龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)の呟きを聞くまでも無く、建物の中からここまで聞こえてくる戦闘音。いくつかの窓にはちかちかと光や炎も見て取れる。
    「う~ん……病院さんは商売敵だけど……このままにしてはおけないもんね……」
     片手にギターを持ち、もう片方の手で霊犬のピースを撫でつつ、喜屋武・波琉那(淫魔の踊り子・d01788)。
    「でも今後に備えて……必ず仲良しさんに……」
     ここで彼らの窮地を救っておけば、これからの関係にプラスになる事は間違いない。ゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)が言う様に、協力関係になれる可能性も十分あるはずだ。
     現状武蔵坂は巧みな立ち回りで戦果を上げてはいるが、ダークネス達とて今回のように連携を取り始めているのだ、独力でいつまでも戦える物では無い。
    「張り切らない道理がありません。さあ、全力で行きましょう」
     いずれにしても、淫魔を倒し、彼らの命を救う事を躊躇う要素はない。加奈氏・せりあ(ヴェイジェルズ・d00105)はクルセイドソードを握る拳にぎゅっと力を籠め、仲間達と目配せし合うと、一斉に木陰より走り出す。


    「行け行けぇ! 余所より早く叩きつぶせ! アタシの隊が最強だってとこをスキュラ様にお見せするんだ!」
    「集団で押しつぶすように戦うのは好みではありませんね」
    「っ?!」
     背後から聞こえた声。カスミが振り返るより早く、黒曜・伶(趣味に生きる・d00367)のガンナイフはピンクハートちゃんに痛撃を与えると共に、膨大な魔力を流し込む。
    「折角だ。その首貰うぜ、淫魔」
     ――バシュッ!
     更には闘気を帯びた御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)の拳が眷属を貫き爆散させる。
    「な、何だお前達は!? どこから……」
    「部下達を呼び戻して助けて貰った方が良いんじゃない? 任務なんかより命の方が大切でしょう?」
     迎撃の態勢も整わぬ内、人形塚・静(長州小町・d11587)の刀が新たな獲物を死角より斬り付ける。
    「チィッ! どっかの間抜けがヘマでもしたのか……けど、アンタ達まさかそれっぽっちの数で援軍を気取るわけじゃないだろうねぇ?」
     思わぬ奇襲に少なからず浮き足立ったカスミも、しかしその敵が10名足らずである事を確認すれば、再び勝ち気な笑いを取り戻して言い放つ。
    「無理しないで部下に泣きつけ。イジメられたから助けてー、ってな」
    「ぎっ……余程苦しんで死にたいみたいだねぇ……慌てなくてもアイツらなら中の連中を皆殺しにし次第戻ってくるよ。もっとも……その前にアタシが片付けるけどねぇ!」
     ――キィン!
     静と白焔の挑発に表情をこわばらせると、腰のナイフを抜き放って振り下ろすカスミ。
    「掛かりましたね」
     鞠音はカスミが病院内に逃走せず、留まって戦う事を確認し、妖の槍をピンクハートちゃんへと向ける。
    「予定通り……」
    「まずは護衛から!」
     鞠音の攻撃に呼応し、ゼノビアが手のひらに集中させたオーラを射出すると、続けざまに光理も凝縮した魔力を矢に換えて放つ。
     ――ピギィィッ!!?
     集中砲火を受けた眷属は、触手をうねらせながら地面へと墜落する。


    「あの程度の淫魔に魅了され取り巻きになってるなんて三下以下だね」
     ――グシャッ!
     波琉那のシールドバッシュが強かにピンクハートちゃんを打ち、病院外に居た護衛はついに全滅する。
    「クソッ、だまりな小娘が! アイツらはまだ手間取ってるのかい!」
     一方、素早い身のこなしで灼滅者達の攻撃をかわしつつ、苛立ちを露わにするカスミ。
     いかに強力なダークネスといえど、腕利きの灼滅者8名を相手取れば劣勢は必至。少なからず弱気になって、病院の方を見遣る回数が増える。
    「おや、逃げるのですか。スキュラ配下になりたいとほざいた割には大したことのないですね」
    「えぇ、配下を与えられても、自分は見てるだけなんて実力が知れますね」
     ここぞとばかり、制約の弾丸を放ちつつ挑発の言葉を口にするせりあ。伶もまた、ロッドを振るってカスミへの直接攻撃を仕掛ける。
    「ふざけるなっ!」
     ――ガキィンッ!
     カスミは飛来する弾丸を切断し、ロッドを払いのけつつ怒りを露わにする。
     しかしそれこそが、灼滅者の狙い。病院内に逃げ込まれてしまえば、彼女を倒す事は極めて難しくなり、それはつまりこの戦場での敗北を意味する。敢えて逃亡の道筋を幾度も示唆する事で、カスミの反発を招こうと言う狙いなのだ。
    「……」
     とは言え、灼滅者側も決して有利な状況とは言えない。光理はシールドリングで仲間の傷を癒やしつつ、病棟を見上げる。
     こうしている瞬間にも、大量のスキュラ軍に押し込まれ、陥落への道を辿っている事は疑いない。
     もしカスミを倒したとしても、その時に病院が落ちていれば何の意味も無いのだから。
    「そろそろ……決めないと」
     その手にカミの力を降ろし、強烈な旋風を巻き起こすゼノビア。
     ――ゴォォッ!!
    「なっ、ぐぅ……」
     神薙刃の直撃を受け、さすがのカスミも表情を歪ませる。
    「そちらに、あわせます」
     白焔の視線に頷いた鞠音は、短く答えると雪風を構える。
    「思い知れ。これが殺すという事だ」
     構えも無く踏み出すと、地を這うように低く速い動きで間合いを詰める白焔。
     ――シャッ!
    「なっ……ぐっ!」
     白焔のクルセイドソードによって、足首を斬り付けられるカスミ。
    「雪風が、敵だと言っている」
     ――バシュッ!
    「ぐはぁっ……!!」
     ぐらりとバランスを崩した所に、鞠音の放った妖冷弾が直撃する。
     吹き飛ばされ倒れたカスミだったが、すぐさま上体を起こす。
    「貴様……らぁ……もう手段は選ばないよ! まずはお前達から皆殺しにしてやる!」
     攻略対象である病院ではなく、灼滅者達を最優先に殺す気になったらしく、カスミはそう宣言すると病院へときびすを返す。
    「その前に、こちらを見てください」
    「あぁ?!」
     ――ばさっ。
     呼び止めた鞠音は、隣に居るせりあのスカートをまくり上げる。
     水色のボーダー柄――であった。
     通称縞パンとも呼ばれるその柄は、アニメやゲームと言ったいわゆる二次元の世界で好んで用いられる下着の柄である。なぜその柄が人気であるのかは、腰から太ももに掛けての丸みが強調されるからとか、セクシーさよりも元気さを強調する様なデザインが大きなお友達の理想とする女性像と合致するから等々、諸説ある。
     その反面、女性からの支持を得にくい理由としては、やや太めに見えてしまう事、子供っぽく見えてしまう事などが挙げられる。
     水色と白の線がそうである様に、男女の意識もまた平行線を辿ると言った所だろうか。
    「な、なにするんだよっ!?」
     真っ赤になりつつ慌ててスカートを抑えるせりあ。
    「注意は引けました」
     一方、成し遂げた表情の鞠音。
    「覚悟……!」
     ――ザシュッ。
     静の刀が深々とカスミの胸を貫く。
    「ア、アタシの……計画が……がはっ」
     そのままどさりと崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。スカートを捲る作戦が功を奏したのかどうかは、最後まで解らないままである。
    「さぁここでぼやぼやしてられないっすよ~、急がないとお友達候補が皆やられちまうっす」
    「はい、急ぎましょう!」
     ゼノビアの手の中で、黒ヤギ人形のヴェロが言う。光理、そして皆も頷き、病院内へと急ぐ。


    「隔壁……最後の一枚です」
     各所を守っていた医師や看護師らも満身創痍になりながら撤退し、司令室に立て籠もり最後の抵抗を続けていた。
    「うむ……」
     長身の医師は、メインモニターを見るのを辞め、自らの殲術兵器を手に取る。ぐるりと肩を回し、来たるべき最後の戦いに備えた――その時。
    「あれはなんだ……? 逃げ遅れか!?」
    「いえ、残存部隊は全てここに集結しています」
    「援軍……?」
    「どうした、報告しろ!」
    「いえ、謎の部隊が……敵と交戦中です」
    「……」
     再びモニターを見て暫し考え込んでいた長身の医師だが、やがて意を決したように発する。
    「無傷の者は私に続け、打って出る!」

    「えっちぃのは、お断りですっ!」
    「少しでも早く倒して怪我人の手当ても必要でしょうね」
     伸ばされる触手を切断しつつ、進路を切り開くせりあと伶。司令塔を失った眷属達は、数体ずつ灼滅者に向かってきては各個撃破されると言う展開を繰り返して居る。
    「けれど、居ませんね……」
     ただ、マジックミサイルを放ちつつ光理が呟く様に、病院勢力の生き残りとの邂逅は未だ果たせぬまま。
    「まさか全滅しちゃったなんて事……ないよねぇ?」
     こちらもシールドバッシュで寄ってくる敵を撃退する波琉那。
    「お陰様で、まだ全滅はしていない」
    「っと!」
     灼滅者の前方で敵が数体消し飛び、見えるのは医師や看護師の装いをした人々。
    「我々は協力者です、深入りするつもりはありません」
    「手伝いに来ました」
     鞠音と静の言葉を聞き、見定めるように視線を飛ばしてくる医師達。
    「話は後に……残りを片付けてから」
    「同じ灼滅者として、今は信用して貰えると助かる」
    「……よし、ともかく救援を感謝する。このまま残敵の掃討に移りたい」
     ゼノビアと白焔の言葉に頷くと、そう提案する長身の医師。
    「もちろん、そのつもりです」
     頷きつつ光理。
    「さて、これからが大変ですね」
     ぽつりと呟く伶。
     大規模な連携作戦を取り始めたダークネス。そして病院勢力との交渉。考えねばならない事は山ほどある。
     しかし、兎も角も、この病院での戦いは、からくも陥落を防いだ灼滅者側に軍配が上がったのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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