殲術病院の危機~屍姫の歩みを止めろ

    作者:六堂ぱるな

    ●深夜の襲撃
     リノリウムの床の上を駆け回る人々の足音が騒々しい。
     壁も白いそこは普通、人々の治療を行うのが主な業務だが。
    「第一隔壁が破壊されました! 殲術プランを第二防衛ラインへ移行、第三隔壁を閉鎖します!」
     ナースステーションで語られていることは、あからさまに通常の院内業務ではない。あまつさえ、院外に設置した監視カメラの映像を見ている医師は、殲術兵器を手にしている。
    「避難を急がせろ。うちの規模では太刀打ちできん、籠城するしかない」
    「どうせ援軍が来るまでぐらいの備蓄はあるしな」
     もう一人の医師が、いささか呑気にそううそぶいた。

     そしてその『病院』の外では、水晶と化した髪の枝毛を探しながら、女性が退屈そうに指示を出していた。
    「どうせ援軍なんて来ないんだし、ちゃっちゃとやっちゃって~。セイメイ様に怒られちゃうじゃん……あ、髪見えないんだけど明かりない?」
     傍にいたゾンビが懐中電灯を差し出した。
     
    ●深夜に救援
     いかにも頭が痛いといった様子で、埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)が教室へ入ってきた。ファイルを開くと一同を見渡す。
    「武蔵坂と因縁のある複数のダークネス組織が、我々とは別の灼滅者組織である『病院』の襲撃を目論んでいることがわかった」
     『病院』勢力が所有する拠点・殲術病院は全国に分布し、どこかが襲撃された場合は当該病院は籠城、他の殲術病院からの援軍で撃退するという戦法だった。
     しかし今回はソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢、白の王・セイメイの軍勢、淫魔・スキュラの軍勢の三勢力による一斉襲撃を受け、各病院が孤立している。
    「今回は『病院』勢力への救援に向かってもらいたい」
     
     地図を広げて、玄乃は一点を指した。北海道、海に近い街の郊外。時刻は深夜だ。
     外側の殲術隔壁は全て破壊され、最終隔壁前に眷族たちが到達している。押し寄せているのは一人のノーライフキングに統率されている眷族、その数40体。
    「それは正面からぶつかったら、俺たちも勝負にならないよな?」
     宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)の指摘に玄乃は頷いた。
    「肝は指揮官であるノーライフキングが『病院』の外にいるという点だ」
     山と海に挟まれた狭い立地だ。ノーライフキングの女性は駐車場にある車の上にいる。彼女の位置は懐中電灯で明らかだろう。山側の林からの奇襲が望ましい、と玄乃は語った。
     彼女さえ倒せば、『病院』の灼滅者たちも眷族撃破の為に出撃してくる。協力しあえば眷族の掃討は容易い。
    「もしダークネスを倒すのに失敗して、眷族の群れに逃げ込まれたら危険だ。その場合撤退も余儀ないものとする」
     これはダークネスと『病院』間の大規模戦争だ。
    「救援が間に合わず、陥落する『病院』があることもわかっている。諸君らはなんとか成功させて、全員無事に戻ってくれ」
     玄乃はそう言うと、一同へ頷いてみせた。


    参加者
    東当・悟(紅蓮の翼・d00662)
    椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)
    楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)
    下総・水無(少女魔境・d11060)
    岬・在雛(現スクルージ・d16389)
    イーニアス・レイド(楽園の鍵・d16652)
    アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)
    江里口・剛之介(無能なボケ老人・d19489)

    ■リプレイ


     山から吹き下ろす、雪まじりの冷たい夜風が目にしみる。既に葉も落ちた木がゆっくりと道を開けると、山中にぽつりと建つ「病院」が見えた。
     スーパーGPSで導いてきた下総・水無(少女魔境・d11060)が音をたてないように地図を畳んで一同を振り返る。植物たちに道を開いてもらい、進軍を援けてきた東当・悟(紅蓮の翼・d00662)は唇を噛んだ。風に乗ってかすかに、何かを殴打し破壊する音が響いてくる。
    (「絶対助けるで」)
     牛頭丸を随行させてきた江里口・剛之介(無能なボケ老人・d19489)が、長かった山歩きの終わりに安堵の息をつく。
     「殲術病院……同盟なんかを組めるといいかもね」
     一同の気持ちを代表するように岬・在雛(現スクルージ・d16389)が呟く。
     それには病院前の駐車場に陣取るものが邪魔だ。車の上に横座りしている若い女性。その巻き髪は透き通る文字通りの水晶で、彼女が屍王だと証だてる。傍に懐中電灯の灯りを向けるゾンビがおり、彼女の周囲を他に5体が固めているのが見てとれた。
    (「今は、あのノーキン女をシメねえと。いざとなったら……」)
     密かな決意が拳を握り込ませる。宿敵を目の前にしたイーニアス・レイド(楽園の鍵・d16652)はうすい笑みを浮かべて、かすかに囁いた。
    「ふふ、今日は救うべき魂が沢山あるね」
    「あの人嫌い……虫唾が走る。一度死んだ以上、それで人の命は終わるのに……それを無理やり生き返らせるなんて」
     冷静なイーニアスとは対照的に、アイリ・フリード(紫紺の薔薇・d19204)が吐き捨てた。他人の生命を弄び、手足のように使う様は不愉快だ。
     二階建てのそこは診療所、と言った方がしっくりくる。ゾンビが40体もいたのでは、今だって中でどれほどの被害が出ているか。楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)が小さな声で解除コードをもらす。
    「僕が必ず、守ってみせるから」
     それは手の届く限り、助けようという誓い。
     圧倒的な数差を覆すための話し合いは可能な限りを尽くした。どんなに厳しくても突破口は必ずあるはずだ。だから椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)は怯まない。
    「始めよう」
     宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)が囁き、灼滅者たちは布陣のための移動を始める。周辺哨戒を買って出た若宮・想希は、悟にたった一言を告げた。
    「行ってらっしゃい」
     余計なことは言うまい。無事に帰ってくると信じている。
     同様に哨戒にきた八重葎・あきは北海道という場所柄、ゲルマンシャークや他の軍勢が出張って来ないかと懸念していた。
    「少しでもみんなのお手伝いをするよっ!」
     元気いっぱいを装う彼女の傍らで、ミリー・オルグレンも哨戒へと向かう。増援の可能性はもちろん、万が一付近に一般人でもいたらたいへんだ。
     全員が解除を終えて隊列を整えると、灯りを消して可能な限り接近する。幸い屍王である柘植・佳澄は懐中電灯を使っており、病院の周辺は少ないとはいえ常夜灯がある。
     あとはもはや、限られた時間で敵を圧倒しきれるか。
     唇を結んだイーニアスが仲間によく見えるよう、手を掲げてカウントダウンを進める。
     三、二、一。

     賽は投げられた。


     柘植・佳澄は完全に虚を突かれた。
     ダメージを底上げする霧が立ち込めると同時に立ち上がった梗花が放った、死をもたらす氷の魔法がゾンビをとらえる。死角へ入り込んだ悟の斬撃が前衛のゾンビの腱を切り裂くと、ふわふわしたパフスリーブの制服を身につけた紗里亜が重い打撃を加える。流し込まれた魔力で更なる衝撃が襲う間にも、剛之介の槍が螺旋を描いて突き刺さった。
     がくりとゾンビが傾くのを見て初めて、屍王から悲鳴がもれた。
    「何?! なんで半端者がまだ外にいるの?!」
     答える義理はない。敵は宿敵、死者を操るもの。
     だからイーニアスは祈りと共に宣言した。
    「カミサマ、この命あなたのために!」
     繰り出された槍が空気を裂いて神の敵を穿つ。
    「勝負しようかタフガイ共!」
     体勢を立て直すより早く、在雛の槍からは妖気の凝った氷柱が撃たれた。がくりとゾンビが膝をつき、動かなくなる。
    「何するのよ!」
     佳澄が苛立ちの叫びをあげると同時に、美しく輝く透き通った十字架が現れてまばゆい光を放った。かわしそこねたイーニアスは悟が、剛之介は牛頭丸が庇い、在雛の前へはラズヴァンが滑り込む。身を焼く光線に苦鳴がもれた。さすがに成りたてとはいえ屍王。
     しかし突破口もまた、見えていた。彼女の壁は削りきれないものではない。
    「ノーライフキングは気に入らないんですよね、殺し屋的に。死人に歩き回られちゃあ全く商売あがったりです」
     二人になった前衛の片方へと杖を捻じ込みながらの水無の言葉は辛辣だった。アイリも微笑みながら縛霊手を起動させる。展開した祭壇から放たれた除霊結界が、後列にいるゾンビたちの身動きを封じようと唸りをあげた。
    「さあさあ、あなた達は僕といっぱい遊ぼ? 楽しませてあげる」
     その支配から逃れたゾンビの手から、毒のつむじ風が吹きつける。まともに受けたラズヴァンが咳き込み、在雛を庇った悟が息を詰まらせた。しかしもう一体は足が麻痺したのかぎこちない動きを見せただけ、もう一体の攻撃も笑みを浮かべたイーニアスがかわす。
    「勘弁してくれよ」
     手斧を振りかざしてくるゾンビを軽い足取りで在雛があしらい、切りつけられかけた剛之介の傷はラズヴァンが引き受けた。牛頭丸がエンジンを噴かして回復に努める。
     代わるように踏み出すサポートの辰峯・飛鳥の妖の槍が、手斧を持ったゾンビを穿った。
    「状況開始!」
     その声に応じたのは巳葦・智寛だった。離れた木陰から目にも鮮やかな光条が、飛鳥の前のゾンビを撃ち抜いた。
    「よし、こちらも状況を開始する」
    「了解。例によって援護射撃、よろしくね」
    「点灯!」
     ランタン、懐中電灯、ランプ、そして流れた悟の炎をあげる血の雫。
     一斉に駐車場のそこここで灯りがともる。闇の中に浮かび上がったのは前線に立つ8人の他にその倍を超える数、「病院」救援の為に戦いに身を投じることを惜しまぬ者たち。
     後方支援の為に残った3人がいることも思えば、驚くべき戦力が揃っていた。


     包囲に気付いた佳澄はまなじりを吊り上げた。
    「なによ、半端者がこんなに群れて……!」
     身を守るのは普通より少しばかり強いゾンビが5体。殲術病院を攻めさせているゾンビたちを全て呼び戻さなくては。その間にも、灼滅者たちは手を休めない。
    「1人でも多くの方を助ける為、微力ながら、お手伝いさせてもらいますね」
     ヴァン・シュトゥルムが清浄な風を吹かせれば、 立ち上がる力を呼び起こし、身を蝕むすべてを浄化する風輪・優歌の歌声が戦場に響きわたる。
     前衛を務めるゾンビへは万事・錠の放つ除霊結界や漣・静佳のセイクリッドクロスが襲い、佳澄の周りを固めるゾンビたちの仮初の命を玄鳥・一浄の殺気が削ぎ落す。
    「そこの枝毛。セイメイの元に誰が帰すかコノヤロー!」
     在雛の宣言に同意の声が続いた。

     なお残る傷と毒を癒すために梗花の清めの風が前列を包む。更なる攻撃力の底上げを狙ったラズヴァンの霧が再びたちこめ、悟が怒りを誘う盾の一撃をゾンビに加えた。衝撃を受けて氷がばきばきと音をたててゾンビの身体を浸食する。アイリの糸が宙を流れたかと思うと、ナイフを持ったゾンビたちを絞め上げた。
     そして次の瞬間、紗里亜と水無が呼吸を合わせて放った轟雷が佳澄へと奔った。
     狙いすました恐るべき一撃を、しかし前衛のゾンビが代わりに受ける。その身体へ更に抉るような連撃を加え、イーニアスは宣告した。
    「さあ、悔い改めるがいい! 神に背いた醜い生から開放してあげよう!」
     屍王とその眷族を前に、彼は一歩も引かぬ信念と決意を誇っていた。
     死も、痛みも怖くない。神様のために生きて死ぬのだと決めたのだから!
    「おのれ!」
     佳澄が再び、輝ける十字架を呼び出して灼滅者の前列を薙ぎ払おうとする。避け損ねた剛之介を悟が庇いに入ったが、イーニアスを庇おうにも、光線をまともに受けたラズヴァンでは倒れるのは必至だ。
    「させませんよ!」
     そこへ割って入ったのは暁月・燈だった。代わりに受けたダメージは霊犬のプラチナが癒す。倒れかけたラズヴァンはもちろん、深刻な傷になり始めた悟や牛頭丸のダメージをヘキサ・ティリテスが即座に治療する。
    「ふんっ、ぶつ切りにしちゃるわい」
     剛之介の龍砕斧が、言葉通り前衛のゾンビの二体目にとどめをさす。隣のゾンビへ在雛の螺穿槍が捻じ込まれると、遅れず悟のサポートにきた黒鐵・徹が放った強酸性の液体が、ゾンビの身体を蝕んでいく。クレイ・モアの戦艦斬りが追い討ちをかけた。
     ゾンビの間に紛れながら、佳澄の逃走を警戒していた竹尾・登は時計を見た。予測通りならまだゾンビは現れない。押し切れそうだ。

     佳澄の前衛を務めた最後のゾンビが落ちたのは、次の一分だった。
     病院の内部から聞こえていた、壁を殴打するような音が途絶えている。佳澄の意を受けてゾンビが外へ出てこようとしているのだろう。佳澄の取り巻きのゾンビは残っているが、彼女を庇うものはもういない。
    「さて、猛攻を仕掛けますよ」
     皇・銀静の携えた無敵斬艦刀が夜風を、その先にいる佳澄を切り裂く。悲鳴をあげてぐらついた身体へ、水無はオーラキャノンの追い討ちをかけた。
    「手下に囲まれて安心しちゃってました? でも残念、そうやって守りを固めた人を後ろから刺すのがヒットマンのお仕事です」
     水無の言葉に眉を吊り上げる暇もなく、風間・薫のフォースブレイク、腕を鬼のそれへと変じた与倉・佐和の一撃と、攻撃が畳みかけられる。
    「枝毛どころか髪の毛一本残さず刈り取ってやろうか」
     穏やかな紅羽・流希の言葉に続いて繰り出されるのは、性格無比な大鎌の一撃。
    「セイメイ、さま……!」
     弛むことのない猛攻に耐えかね、佳澄はガラスのように砕け散った。

     佳澄が滅びると、途端にゾンビたちは統制を失った。病院の玄関や非常口から現れるものも目的を見失ったように鈍く、しかも数が合わないところを見ると、どうやら全員出てこなかったようだ。病院内を徘徊しているのだろう。
     箒に乗った紗里亜は病院の上まで飛行すると、なるべく大きな声で割り込みヴォイスを使った。
    「え、と、聞こえますか? こちらは武蔵坂学園の灼滅者です。貴方達を救援に来ました」
     病院内からは時折物音が聞こえてくる。中で暴れているものがいるようだ。
    「ノーライフキングは倒しました。眷属の掃討にご協力下さーい」
     精一杯の訴えを続けた。ゾンビたちしかいないとは言っても、彼らの手を借りられないなら、かなりの援助者がいるとはいえ厳しい戦いになるだろう。仲間のダメージを引き受け続けた悟やラズヴァンの傷は重い。
     果たして紗里亜の数度目の訴えが終わるより早く、病院から新手が姿を現した。
     武蔵坂学園の者からすれば少々異形に見えるのは、闇堕ちした仲間を彷彿とさせる印象のせいであろうか。殲術道具を手にした一人が声をあげた。
    「救援に感謝する! 今後のことはともかく、掃討を済ませてしまおう!」
     どうやらこれが、病院の灼滅者たちの普通の状態のようだった。
     願ってもない申し出に、共同で後始末が始まる。連携も協調もないゾンビが手あたり次第に攻撃を始めるのへ、ぽつりと佐和が呟いた。
    「敵が多いのは厄介ですね……。微力ながら、お手伝いします」
     巨大化した腕で叩き伏せられたゾンビへ、飛鳥の斬撃と智寛の銃撃が重なる。とどめに静佳から裁きの光が突き刺さった。
    「これでお仕舞い、ね」
     言葉通りゾンビが動きを止める。
     サポートに来てくれた人たちばかりに任せてはいられない。服の埃を払って気合いを入れ直したイーニアスが再び、救うべき魂へと清浄な光を撃ち放つ。一番の目的だった、皆で笑顔で帰ること。それが叶いそうな状況に梗花も顔を綻ばせていた。
    「オラァ!」
     手近なゾンビを目にもとまらぬ連撃でぶっ飛ばす在雛の傍らでは、剛之介が愛機・牛頭丸に騎乗して神薙刃を放っていた。
    「病院にはお礼としてナースに癒やして欲しいのぉ、ぬっはっは!」
     普通のナースがいるか自体が謎ではあるが、期待するのは自由というものであろう。
     統率するものを失ったゾンビが壊滅したのは、それからまもなくのことだった。


     掃討が終わると、クレイは駐車場に屍をさらすゾンビに祈りを捧げた。安らかに眠れるように、そう願わずにはいられない。
     病院の者、武蔵坂学園の者を問わず、負傷者の治療が始まった。回復主体でサイキックを組んできたヴァンや、音羽・紗和と音羽・咲結の幼馴染コンビが駆けまわり、ミリーのナノナノもふよふよ飛び回る。
     仲間の盾を買って出た者の傷は深かった。これほどの支援が揃わなければ、最後まで前線を支えることはできず、隊列の入れ替えを余議なくされていただろう。それは行動を一手消費する賭けであり、誰かが倒れていても不思議はなかった。
     徹に心霊手術を施されていた悟は、治療が終わるなり駐車場を横断。周辺警戒を終えて林を出てきた想希を抱き締めた。
    「ただいま!」
    「お帰りなさい」
     左手の薬指に嵌めた指輪の誓いを新たに、二人が無事を確かめ合う。
     うっかり何度か花畑を見かかったラズヴァンも、優歌の心霊手術で癒して貰っていた。
    「ありがとう、助かった」
    「一人でも死者が減って何よりです」
     事実そうなりかけていただけに返す言葉がない。苦笑しているところへ、他の怪我人も診てきた錠が拳を突き出してみせた。
    「終わったな、ラズ」
     ちょっと瞬きしたラズヴァンが、拳を合わせて笑う。
    「助太刀サンキュー、錠」
     ひととおり怪我人の治療を終えた梗花は、やっと心からの安堵の息をついた。
     帰ったら親友に、約束のホット苺ミルク、ご馳走してもらわないとね。
     それはささやかだけれど、確かに日常に帰ったという確かな安心をくれる。

     今日はちょっと長い夜だった。
     一時的とはいえ「病院」との共闘という新たな局面も迎えた。新たな繋がりが出来れば――そう思っているのは、武蔵坂学園の灼滅者ばかりではあるまい。

     徹がバスケットに詰めたお弁当と、コーヒーの入ったマグカップを掲げて微笑んだ。
    「皆さん、夜勤お疲れさまです。差入れ如何ですか?」
    「あ、あと宇都宮ぎょうざクッキーもあるよ!」
     あきも手を挙げて今度こそ元気のいい声をあげ、笑顔が波のように広がっていった。

     身を切るような寒さの中で感じる、暖かなひとときの休憩。
     手の届く限りの生命を守りきった充足を、皆でかみしめた夜のこと。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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