屍が外壁を叩く音は、誘惑にも脅迫にも聞こえる。
消毒用アルコールの鼻をつく臭い。それにかすかに腐った死体と血の臭いが混ざり、それらはまるで無色の毒ガスのように当てもなく宙を漂っている。
病院内は夜だというのに最小限度の照明しかなく――いや、むしろ夜だからこそ最小限度の照明しかつけないのか、とにかく院内は薄暗かった。
そして、その暗い院内を慌ただしく速足で歩む初老の男の姿があった。彼は白衣を翻し、真っ赤に光る瞳を微塵も揺らすことなく、ただ前を見つめている。
東側隔壁が破られた――その連絡が男の元に来たのはつい先程だった。
「平井先生、僕も行きます」
誰かが男を呼びながら駆け寄ってくる。白衣を纏った、手指が枯れ枝のように細長い男だった。彼は平井の隣に並ぶと、彼と歩幅を合わせるようにやや小走りになった。
「先程連絡番を代わっていただきました。アンデッドが侵入したと聞きましたが」
彼の言葉に、平井は足を止めずに頭だけを縦に振り、肯定する。
「東だよ。壁が破壊され、穴が開いている状態だそうだ。近くに数体のアンデッドがいるようだが、入ってきたアンデッドはまだ一体と聞いている。東側には第二班がいるはずだから、我々も加勢すれば今ならまだ立て直せる。……ところで羽野先生、援軍の方はどうなった?」
平井が彼を横目で見ると、途端に彼は下を向いた。
「近隣の病院には連絡がつきません。ですが、隣県の病院からこちらに連絡がありました。ハルファス軍の襲撃あり、至急援軍を……との事です」
「なるほど、互いに援軍どころではないようだね」
平井は苦笑した。
二人は階段を一階まで駆け降りていく。途中、人の声がした。上からの奇襲部隊だろう。
「日本中の病院が一斉に襲撃されていると、そう考えた方がいいようですね。連絡がつかない病院は、おそらく、もう……」
震える声に平井が隣に目をやる。一瞬、非常灯の緑の光が羽野の怯えた表情を照らし出した。その言葉の先を彼が言うことはなかったが、何を言わんとしているのか平井にはわかった。
「ハルファス軍か。ここのアンデッドもハルファスと手を組んだ者が寄越したんだろう。……不自然に動きがないとは思っていたが……」
「他の病院からの援軍を望めないとなると、かなり厳しい戦いになります。どうしましょう?」
「どうするも何も、ここで耐えるしかない。心配ないよ、病院は元々守りには秀でているし――」
「先生! 平井先生、大変です!」
突如、金切り声と共に弓を手にした看護師が、正面から彼らの足元にすがるように転がり込んだ。
「正面玄関の方で、アンデッドではない者を発見しました……ダークネスです! 今は様子を伺っているようですが、もし彼が攻撃してくるようなら、もう正面は……持ちません!」 羽野と平井は顔を見合わせた。羽野はいつにもまして青白くなっている。
二人の足はそこで完全に止まった。
「うーん、あとちょっとで入れると思うんだけど。僕はただ、友達になってほしいだけなのに。どうしてみんな出てこないんだろう?」
痩せ型のひょろりとした青年が、病院から少し離れたところで、アンデッドの群がる正面玄関を見つめていた。
ふいに青年は細い片手をあげ、手のひらを病院へかざす。
すると彼の傍らにいた数体のアンデッドはふらふらと動きだし、病院へと向かっていく。
その様に、青年はぎこちなく右の口の端を上げた。
「心配しなくてもみんな殺してあげるから大丈夫。だから死んでよ。ね、そして僕の友達になってよ」
その間、彼の左顔面は無表情のままぴくりとも動かない。
それもそのはず、青年の左頬から首にかけて――そこは人間の身体ではなく、既に水晶へと変化していた。
「……病院が襲撃されるようです」
園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は開口一番、そう発言した。
病院。それは武蔵坂学園とは別の灼滅者組織。そこが複数のダークネス組織に襲撃されるのだという。
「ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢。そして白の王・セイメイの軍勢。最後に、淫魔・スキュラの軍勢。……これら三つの組織が、病院を狙っています。三者とも、武蔵坂学園とは関係がありますし……このまま放っておくわけにも、いかないかと思います……」
槙奈は俯き、最後の方はほとんど聞こえないくらいの大きさで言った。
「……病院勢力は、殲術病院という拠点を全国に持っています。今までにも何かしら襲撃はあったようですが……そのような場合には、殲術病院の防御力を生かし、病院に籠城している間に、他の病院から援軍を送って襲撃を退けていたようです。ですが、今回の場合は……」
ダークネス三勢力によりほとんどの病院が一斉に襲撃された為、互いに援軍を出す事ができない。病院は孤立無援となっているのだと槙奈は説明した。
「このままでは、病院勢力は壊滅します」
同じ灼滅者である勢力が、今後手を取り合えるかもしれない仲間が、滅ぶ。
「……病院の危機を、救ってください。お願いします」
槙奈は教壇で、深く頭を下げた。
「みなさんに向かってほしいのは、この病院です」
地図を黒板に貼り付けてから、槙奈は地図の中のある一点を示した。
「こちらの病院も籠城しダークネスに対抗します。……ですが、それも時間の問題です」
いつまでも籠城できるわけではない。それにはやがて限界が訪れる。
「敵はノーライフキング一体と、それの使役するアンデッドが三十体ほどです」
槙奈の言葉に、教室は急にざわつき始めた。敵の数は今までの比ではない。多すぎる――その雰囲気に、槙奈は視線を下に向ける。
「……確かに、まともにやりあって勝てる状況では、私もないと思います……ですが」
言いにくそうに、何度も唾液を飲み下しながら、しかし少しずつ槙奈はある提案を口にした。
「敵の関心は病院に向いています。その間に……指揮官、つまりノーライフキングを倒してしまえば、アンデッドには隙が生まれるはずです。アンデッドの数は多いですが、指揮官を失った兵は、統率を失います……」
また、ノーライフキング自体も、他と比べれば力は弱く、灼滅者達が勝つ可能性がないわけではないという。
「それに……ノーライフキングを倒せば、病院側も勝ち目があると考えるはずです。みなさんという援軍もいるわけですし、おそらく籠城をやめ、アンデッドを倒しに来ると思います」
要するに、初めにノーライフキングを倒し、その後病院と協力しアンデッドを倒す。槙奈はそう説明したのだった。
それから槙奈は地図の隣にすらすらと図を書き始める。
「アンデッドは大体病院を包囲するような形でいますが、最もアンデッドが群がっているのは、南側の、正面玄関です」
そこにアンデッドが十体はいるという。
「その次にアンデッドが多いのが、東側です。……そして、ここが最初に破壊され、アンデッドに病院内へと侵入される場所です」
東側には五体のアンデッドがいる。
「ノーライフキングは、正面玄関から少し離れた所で様子を見ています。……自分が手を加えるまでもないと思っているのかもしれませんね。ここにアンデッドが七体待機していますが、みなさんが最も安全にノーライフキングに接触できるのは、その待機しているアンデッドのうち五体が病院側へ移動してしまったときです」
二体は正面玄関へ、三体は東側へと移動する。そうなるとどうしても病院への負担が大きくなってしまうが、こればかりは武蔵坂がノーライフキングを倒すまで、病院が耐え抜いてくれるのを信じるしかない。
加えてもし武蔵坂がノーライフキングを倒せなかった場合、彼はアンデッド達を集めて身を守ろうとするだろう。そうなってしまえば、撤退しか方法はない。
「言い方は少し悪いかもしれませんが……彼らが病院側に気を取られている隙にでないと、ノーライフキングは倒せません」
彼女はそうはっきりと言い切った。
「みなさんの中には病院について気になるところや、思うところがある人もいるかもしれませんが……今回はノーライフキングとアンデッドを倒し、病院の危機を回避することだけに集中してください。……病院側も、援軍がなければ孤立してしまう身ですから、みなさんに協力してくれるはずです」
「ノーライフキングは、エクソシストと咎人の大鎌に似たサイキックを、アンデッドは解体ナイフに似たサイキックを使用してきます」
また、ノーライフキングの近くの二体のアンデッドは、ノーライフキングを守るように行動してくるようだ。
「元々ノーライフキングは高い戦闘力を持っています。今回の彼が比較的弱いとは言っても、油断はしない方がいいかと、思います……」
言いながら、槙奈は持っていたチョークをぐっと握りしめた。
「それから、病院内の人間は合わせて二十三名いるようです。天星弓のサイキックが使える方、クルセイドソードのサイキックが使える方、ガンナイフのサイキックが使える方がいるようですね」
槙奈は手元の資料をぱらぱらとめくった。
「えっと……ちなみに、なんですが……」
彼女によると、病院側の灼滅者は、どこかが異形である者がいたり翼や角がある者がいたりと、まるで闇堕ちした灼滅者のような風貌をしているという。
「……ですが、能力的にはみなさんと変わりません。むしろ、みなさんの方が力は上かもしれません……。それで、何が言いたいかと言うと」
槙奈は一度口をつぐみ、真剣な瞳で集った灼滅者達を見回した。
「……病院が救えるかどうかは、みなさんにかかっています」
こんなことを頼んでしまって、本当にすみません。
槙奈はそう呟いて、また俯いた。
「……危険だということは、私もわかっているつもりです。なので」
本当に気をつけてください。
編んだ髪の先が床に付きそうなほどに彼女は頭を下げ、灼滅者達の無事を祈った。
参加者 | |
---|---|
椎葉・花色(夜の花嫁・d03099) |
新崎・晶子(星墜の鎚・d05111) |
琴鳴・縁(絹を裂く・d10393) |
乾・剣一(紅剣列火・d10909) |
廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834) |
三和・悠仁(嘘弱者・d17133) |
宮武・佐那(極寒のカサートカ・d20032) |
ノア・アークィッド(無垢な空・d21891) |
●
それは薄曇の夜だった。
月はその薄く伸びた雲のせいで輪郭を失いぼんやりと浮いている。月が溶けたような夜空は妙にほの明るい。
打つべき鼓動を失った人影の向かう先は、わざわざ目で追う必要もなく分かり切っている。新崎・晶子(星墜の鎚・d05111)ははあと白い息をこぼし、宮武・佐那(極寒のカサートカ・d20032)は唾を飲んだ。
「死者を従える悪い子誰だ――こんばんは、灼滅者です」
廣羽・杏理(トリッククレリック・d16834)が丁寧に会釈して、微笑む。
一方、対面する青年、ノーライフキングはきょとんとした表情だった。
「えっ……どういうこと? 誰か来るって僕、聞いてないんだけど」
水晶に一部を覆われたその頭が傾げられる。が、彼の横に控えていた二体のアンデッドは腐った手に握ったナイフを灼滅者達へ向け、前に進み出てくる。
椎葉・花色(夜の花嫁・d03099)はふと乾・剣一(紅剣列火・d10909)の方を振り返った。目が合い、彼らは互いにこくりと頷く。
「美味しくいただきますよ」
「……貪れ」
琴鳴・縁(絹を裂く・d10393)と三和・悠仁(嘘弱者・d17133)が力を解放する。ノア・アークィッド(無垢な空・d21891)はその場でガトリングガンと大型ライフルを構え、その銃口を青年に向ける。
傾いたままの屍王の顔の半面が、突然にいっと笑う。
直後、足が地を蹴る。
「これ以上やらせるワケには行かねー!」
剣一が叫んだ。相手に対して、他にかける声などなかった。
アンデッドから一体ずつ倒す。彼らの認識としてはそれで一致していた。
剣一が最初に炎で焼き尽くした右側のアンデッドに、悠仁が続けざまにフォースブレイクを叩きこむ。その間、病院の方から別のアンデッドを呼ばれぬようにと屍王を狙うのは佐那。晶子は霧を自身を含むように展開させ、力を溜めてから攻撃に臨む。
「君達、何しに来たの? 僕の邪魔?」
「友達になってあげようと思ってね。……そこの護衛と君だけで僕達に勝てたらだけど」
だからがんばってごらん。アンデッドのもたらした毒の風に対抗するように、聖なる風を吹かせながら、杏理はまるで本物の友人を励ますかのようにその言葉を口にした。
「……へえ」
青年の口端がひくついた。縁は自身のシールドを後方に広げ、敵の攻撃に備える。
突如、黒の幾本もの筋が上から槍のごとく降り注ぐ。花色は反射的に剣一を押し飛ばした。光条、そう呼ぶべきものが先程まで剣一がいた場所で、花色を貫く。彼女から炎が燃えて散った。
「さっすが椎葉さん」
花色はそんな剣一に親指をぐっと立てて見せ、シールドで勢いよく屍王を殴りつける。
「友達になるにはやっぱり遊んでからじゃないとね。君もそう思うでしょ?」
それを見て剣一は彼女に負けじと閃光百烈拳でまずはアンデッド一体を打ち倒す。
屍王は巨大な十字架を生み出し、残るアンデッドは霧の中に隠れて対抗してくる。しかし灼滅者達がやることは変わらない。
「叩いて潰す、簡単なお仕事ですよっと」
晶子のマルチスイングがアンデッドを二度目の眠りにつかせたのは、戦いが始まって数分後のことだった。
青年は再び首を傾げる。
「おかしいなぁ。もうちょっと耐えると思ってたんだけど」
その言葉は彼の素直な心情の吐露にも、皮肉にも聞こえる。
どちらの意味だったにせよ、事実であったのは控えるアンデッドがいないこと。そして、青年が病院の方へちらりと視線を動かしたこと。
「お人形さんが恋しいですか? そりゃ居なければ碌にお遊びもできないんじゃ恋しいですよねぇ」
縁は可笑しそうに笑う。霊犬の清助も、主に同意するように吠えた。
「ダークネスって強敵揃いだと思ってたんだが……お友達がいないと俺らとまともに戦えないやつもいるんだな……。なんか、拍子抜け」
悠仁の口からこぼれたのは本音交じりの挑発。ぴくりと、青年の片頬が引きつる。
「そんなことないよ……一人でできるんだから! 待ってて、ここにいるみんな僕の友達にしてあげる」
●
一撃の重さが、ひしひしと肉に、骨に響いてくる。
たった一発の攻撃すらも、今や当たり所が悪ければ致命傷になりかねない。
集った八人が今なお誰も気を失っていないのは、主に花色を初めとした守りの者がそれを受け止めていたからだ。
彼女らはできうる限りの力で戦場を駆け回り、攻撃をその身に受ける。
それゆえに負傷は大きく、縁のシールドリングと杏理のジェッジメントレイはひっきりなしに前衛に飛ぶ。
(「思ってた通り、結構キツイ勝負だ……」)
勢い付けた拳を叩きつけようとした剣一は、青年が膝を使って体をぐっと屈めたのを見て、咄嗟に轟雷を呼んだ。
その判断は当たっていた。雷が彼の頭から足までを真っ直ぐ抜ける。
剣一に続けて悠仁と晶子が、青年を挟んで両側から攻撃。が、青年は重力に逆らうかのように真上に高く跳躍。二人をかわして着地すると一気に後方に詰め、放つは刃に似た無数の衝撃波。すぐに花色が跳んでいくのが視界に入り、けたたましいキャリバーのエンジン音が鳴り響く。
目を閉じ、剣一は自分の中の思いを探る。意思に同調するように、自身から炎が湧き昇る。
(「他の灼滅者組織に無様な姿は見せられねーしな! ここでやってやる!」)
かっと見開いた目の奥に、薄く笑う青年の姿が焼きついた。
悠仁はその青年の姿を、唇を噛みしめて見つめていた。
敵にはまだ余裕があると、その動きを見て悠仁は感じた。こちらの呼吸は耳にうるさいほど荒くなっているというのにもかかわらず。
後方から伸びる佐那の影が、一直線に放たれたノアの弾が、それぞれ青年の足元と肩口とを掠めていく。
――それでも、勝てない相手ではないはず。だからこそ次は確実に当てる。
(「貴重な学園外の味方……失うわけにはいきませんしね」)
踏み出した一歩はしなやかで、音一つ立てず青年の背後を取った。剣を横へ振り払う。空気を切る低い音、飛んだ肉の欠片、散った体液。
悠仁の黒の斬撃が一瞬青年の動きを止めた。
そこに飛んでくる、大きな円形の影。晶子の手にしたロケットハンマーだ。
叩いて潰す。晶子にとってやることはただそれだけ。苦しい状況であるというのに、彼女の笑顔は常とまるで変わらず、笑顔の消える気配はない。
「叩いて潰す。敵が誰であれ、同じことです」
ここで絶対にノーライフキングの灼滅を。晶子の細い身体に見合わぬ巨大なハンマーの面が、青年を弾き飛ばした。
その時花色は肩で息をしていた。
彼女は今までのほとんどの攻撃をその身に受けていた。それは彼女がただ仲間を庇っていたからだけでなく、青年の怒りが彼女に向けられていたからだ。
青年が鋭い眼光で花色を睨んでくるのは、当然と言うべきか。
幾本もの光条が花色の胸を貫く。彼女から噴出した炎は宵の中激しく猛り、しかし花色はその炎とは打って変わって弱弱しく、その場に膝をついて崩れる。
縁と杏理から、素早く届けられる癒し。そのおかげもあり、花色の意識はまだ体の内に残っている。
「……死ぬまで遊ぶよ」
自分が全て攻撃を受け切る、その意気込みで。感覚の消えかけた足で立ち上がり、彼女はなお、怒りを与えるためシールドバッシュに走る。
(「大丈夫、でしょうか……」)
佐那はひたすら屍王を狙い、バスタービームと影喰らいとを撃ち続ける。
お守りの十字架のネックレスをかけた彼のライドキャリバーのタチアナは、ちらと見るとエンジンの音を上げて自らを回復しているようだった。
相手は強い。相対していればそれはすぐにわかることだ。
しかし、彼はバスターライフルの引き金に指を掛け、小さく首を振った。
弱気になっては駄目だと。私も皆を守らなきゃ――。
(「水晶化は頭部のみ……なら脚を狙えば!」)
脚を狙ったからといって易々と当てさせてくれるような敵ではない。それでもやるだけやろう。
白い光線は屍王へと、狂いなく向かっていく。
縁は手を休めることなく、小さな光の盾を花色へと送り続ける。
自分自身の体力も厳しくなってくる頃ではあるが、合間合間に挟む挑発の効果かアンデッドが増援に来る様子はなく、さらに怒りのために後方に攻撃が来ることも比較的少ない。
(「挑発は上手くいってよかったですが……それにしても、お子様なんですね」)
そう、縁はくすりと笑んでから。
全力をつくした清助の分もと、彼女は自分の務めを果たす。
同じ回復を担う杏理は少し眉間にしわを寄せ、険しい顔をしていた。
彼もまたジャッジメントレイとセイクリッドウインドをかけ続ける。
「一人じゃ友だち、作れないのかい?」
何度も病院に視線をやる屍王に、あくまで穏やかに声をかけ気を引きながら。
――友達。
少しだけ、その言葉が脳の片隅に引っ掛かった。もしかして何か答える方法があるのではないか、と。
(「甘さ、ですね。……それに、考えごとはもっと後でしょうか」)
再び、胸の前に生まれた光を、杏理は必要としている者へとかける。
ノアは後方で、ただ射撃に専念していた。
その場に、根を張ったように足を広げ深く構えて。各手に持ったガトリングガンとバスターライフルを交互に連射する。
あえて音を絞らず、その巨大な銃身の出す衝撃音が病院へと届くことを祈って。
時折後方まで飛んでくる死の光はノアの身を激しく蝕む。しかし危険だからと言って、逃げるつもりは微塵もない。
背負うは病院。病院の人々は今現在も、戦っている。そんな人々を見捨てはしない。
「おやおや、お守りがいないとピクニックにも行けないのかい? 坊や」
ノアは挑発で病院から気を逸らさせる。自分の事を考えるのはひとまず後だ。屍王の刃を、身を固くしてぐっと耐え、ガトリングガンの連射を青年へと浴びせる。
一同にとって幸いだったのは、青年が自らの身の回復を優先すれば少しの間は攻撃が飛んでこないこと。
そして、彼が体力を回復することができても身に刻まれた異常までを癒す術を持たないことだった。
剣一が炎で満たされたロッドを青年へ振り下ろす。
「おいおい、成り損ない相手に苦戦か? お前の実力も知れたモンだな!」
青年の放った黒の波動は、花色がかばうまでもなく誰もいない方向へと飛んで行く。晶子は青年の正面に立ちはだかると、ハンマーを弧を描くように思い切り振り回す。その中で感じる、確かな手応え。
「さあ、こっちですよ!」
「僕は……命を見捨てたくはない!」
佐那とノアのバスタービームはほぼ同時に、足元を狙って撃たれる。青年が目だけを、後方へ瞬時に走らせた。
「マー、新しい友達を作るのにも腐ったお友達が必要なんですか?」
わざとらしく驚いて見せる花色。
「……君、さっきから……」
彼は片手を花色へかざす。闇に染まった裁きの光条が、花色に突き刺さる。体が、放物線を描いて跳ね飛ばされて、地面に鈍い音を立てて叩きつけられる。
だが――本来なら意識を失うはずの彼女は、体の至る所から炎による熱を吐き出しながら立ち上がる。
「イかないっつうの……!」
その彼女の姿がきっかけとなった。
杏理が祈るように目を閉じれば、屍王の足元が凍りつき、縁は緋のオーラをもって彼の胸元を深く抉った。
「じゃあな、人気者。お友達も後で送ってやるから、心配すんな」
青年の背後に立った悠仁は、彼が振り向く間も、断末魔を上げる一瞬すらも与えずにその肉体を振り下ろした剣で叩き斬った。
●
「よく頑張りましたね、援軍ですよ」
「ここは僕に任せて……!」
病院、正面玄関。
彼らは一人として迷うことなくアンデッドへ駆ける。
わかるのは正面がまだ突破されていないということ。そして今できることはただ目の前の敵を倒すこと。
タチアナの突撃の後を追い、聖剣を閃かせる佐那。
ノアのガトリングガンは激しく振動し音を発しながら、アンデッドに無数の弾を撃ちこんでいく。
「さあ今度こそ、美味しくいただきましょう?」
アンデッドが振り下ろした刃を、縁は身をひるがえしてかわすと、十字にその屍を裂いた。
杏理はずっと癒しのために使ってきた光条を、今度は敵を葬るべく操る。
輝く光の帯が、アンデッドへ降り注いだ。
「剣一さん!」
「オッケー、任せろ!」
花色が金属バットのごとくマテリアルロッドを振り回し、剣一はそれに合わせオーラを纏った拳を見舞う。
悠仁は戦場を駆け回り、アンデッドの首を切り裂く。
――いける。
感覚のない足、流れ出した血。削られ、軋み悲鳴を上げる肉体。傷口から噴き出す炎。いつ誰が倒れてもおかしくなかった。
それでも、この時彼らに漂っていたのは希望だった。
屍王を倒した今、アンデッドはただ混乱しうごめいているにすぎない。
「星の彼方まで飛んで逝け」
晶子がハンマーを一振り。アンデッドの軽い体は宙に舞い、空で消える。
そこでふっつりと辺りは静かになった。
禍々しい気配のなくなったことを、両膝に手を置いて息をしていたノアは悟った。
終わった。
彼らは顔を見合わせる。縁がすとんと膝をつき、花色は気が抜けたようにその場に倒れ込む。
危機は回避された。
剣一が、高く高く、ロッドを掲げる。それを見て、佐那は長い息を吐きながら微笑んだ。
共に掴んだこの戦いの終焉は、決して絶望ではない。
雲の合間からは、いつの間にか白い月が顔を覗かせていた。
作者:時無泉 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年12月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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