殲術病院の危機~美醜の果てに

    作者:星乃彼方

    「――ああ、醜いわね」
     女は目下に広がる戦いの場を眺めてため息をつく。
     下での戦いは阿鼻叫喚である。病院を取り囲む強化一般人たちとその病院にいるであろう医者や看護婦や入院患者たちが抗う光景。現在は拮抗しているが、長期戦になれば間違いなく病院を取り囲む勢力が勝利する。そうなれば、次第に病院を守る彼らに宿る光はあっという間に消え失せてしまうのだろう。
     女は思う、自分が今あの場に立ったら彼らはどのような表情を見せてくれるのだろうか。
     恐怖か、絶望か、諦めか、それとももっと「別のもの」か……
     しかし、その「別のもの」を見せてくれる人間は本当に一握りでそれ以外のほとんどがそれ以前のものしか見せないことを女は経験でわかっていた。
     でもだからこそ、もしかしたら自分が出る事によって求めるものを見せてくれる者がいるのではないかという淡い期待が女の胸のうちに膨らむ。
     失望と期待の天秤に揺られながら女は戦場をただ眺める。
    「――ベレーザ様」
     脇にひかえる強化一般人の女が物思いにふける主人の名を呼んだ。
    「なに」
     ぶっきらぼうに返されるが、女は気にする素振りもなく答える。
    「戦況は均衡しております。長期戦になればこちらが有利となりますが、今後はいかがなさいましょうか」
    「ふん、いかがもなにももうじきしたら私が出るわ。それよりもあいつらに言ってやって頂戴。『もっと美しさを見せなさい』と、何のために私が毎日、美しさについて講義をしていると思っているの」
     呆れた様子のベレーザは隣にひかえるもう一人の強化一般人にワインを注ぐように命じる。
    「ふん、ハルファスのやり方よりも私の方がずっと美しくできるわ。どいつもこいつも美しさがわかっていないわね」
     ぶつぶつと文句を言いながらベレーザは出来立ての血のワインを一気に呷るのであった。

    「みなさん、集まっていただけましたね」
     いつも優しげな雰囲気をもつ五十嵐・姫子(高校エクスブレイン・dn0001)だが、今日は少し様子が異なる。
    「複数のダークネス組織が武蔵坂学園とは別の灼滅者組織である『病院』の襲撃を目論んでいるらしいのです」
     姫子の言葉に集まった灼滅者たちはざわめきをおこす。
    「ダークネス組織は全部で3種類が確認されています。1つは、ソロモンの悪魔・ハルファスの軍勢。1つは、白の王・セイメイの軍勢。最後は、淫魔・スキュラの軍勢。どれも武蔵坂と因縁のある相手ですから、放置するわけにはいきません」
     姫子の話によれば、病院勢力は、殲術病院という拠点を全国に持っており、その防御力は高く、どこかの殲術病院が襲撃されても、殲術病院に籠城している間に他の病院から援軍を送って撃退するという戦いを得意としていたらしい。
    「しかし、今回は、ダークネス三勢力により、ほとんどの病院が一斉に襲撃された為、互いに援軍を出す事ができずに孤立無援となってしまっています。このまま何も手を打たなければ、病院勢力は……壊滅するでしょう。そうならないためにも、病院の危機を救ってほしいのです」
     同じ灼滅者である。姫子の言葉に仲間たちが頷きを返す。それを見て安心したように姫子は話を続けた。
    「皆さんに向かってほしい病院は山間部にある病院です。この殲術病院は、殲術隔壁を閉鎖して籠城していますが、既に幾つかの隔壁が破損して白兵戦になっている個所もあり、長くは持たないと思います」
     攻めてきている敵はダークネス1体と40体近くの眷属なので、まともに戦えば、勝てるような相手ではない。
    「まずは、殲術病院との戦闘中の隙をついて指揮官であるダークネスを撃破する必要があります。指揮官のダークネスさえ倒してしまえば、病院の灼滅者達も籠城をやめて眷属を倒すために外に出て、こちらと協力をすることができるはずです」
     しかし、それは逆に言えばダークネスを倒すことに失敗し、眷属の中に逃げ込まれたら、手出しが難しくなる。もしもそうなってしまったのならば、撤退も視野に入れて考える必要があるだろう。
    「そして、指揮官のダークネスのことなのですが」
     姫子は少しためらった様子を見せてから口を開く。
    「美醜のベレーザがその任にあたっています」
     その言葉に更にどよめきが起こる。
    「美醜のベレーザは配下の強化一般人たちに指示を出しながら、その戦況を退屈そうに眺めています」
     ベレーザが持つ配下の強化一般人のほとんどが病院への攻撃を行っており、ベレーザの所には二人の強化一般人しかいない。居場所は病院全体を見渡すことのできる少し高い丘の上だ。
    「おそらく、病院を攻撃する様子を見ながら、時間が経てば自分も丘から降りて戦場へ参戦するつもりなのでしょう」
     もしそうなってしまえば、ベレーザに接触することは非常に困難になってしまう。そうなる前に接触を図る必要がある。
    「ベレーザへの接触の方法は、彼女の性質を考えて二通りあります」
     姫子は過去にあったベレーザに関するレポートを見ながら解説をする。
    「一つは、奇襲攻撃です。一般的な方法であり、成功すればベレーザにそれなりのダメージを与えることができると思います。ですが、奇襲するために隠れる木々は多くあってもかなりの強さを持つダークネスです。いくつかの工夫をしないと奇襲攻撃の成功は難しいと思われます」
     もう一つは、と姫子が指を立てる。
    「正々堂々と正面に立って戦いに挑む方法です。奇襲攻撃をしないぶんこちらが少し不利ですが、彼女の価値観からすると正々堂々と挑むのは決して醜いものではないと考えられます。この方法をとった場合、彼女の興味の対象は病院側よりもこちら側に引きつけることができ、ベレーザ自ら戦場へと向かう可能性が低くなることです」
     どちらの方法も一長一短であり、どちらの方法で接触を図るかは灼滅者同士でしっかりと確認をとっておく必要があるだろう。
    「いずれにしても、ベレーザは己の価値観に従って動く節が見られます。皆さんと戦っている最中でも、興味を失ってしまえばあっさりと病院を壊滅させる方に力を入れるかもしれません」
     どのように接触をし、どのように戦うか、どちらにせよ一筋縄な相手ではないことは確かである。
    「ベレーザの能力についてですが、ソロモンの悪夢の能力に加え、契約の指輪のサイキックに準じた能力を使うことができるようです」
     これらを踏まえた上で戦いに挑んで欲しいが、注意したいことがあると、姫子は付け加える。
    「ベレーザとの因縁に決着をつけたいのは山々でしょうが、戦力的には厳しいかもしれません。また、ベレーザに接触しようとする別勢力の気配もあり、予断は許されません。ですがベレーザ自身はこの作戦に乗り気ではないようなのです。ですから、うまく立ち回れば、殲術病院の救援に利用できるかもしれません」
     言い終わると、姫子はペンギンのノートを閉じる。
    「今回は第一に病院の救援です、ですが、ベレーザ相手に無事に事が終わるとも考え難いです。ですから、どうか油断をせず気を引き締めてむかってください」
     そう締めくくって、姫子は灼滅者たちを送り出すのだった。


    参加者
    科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)
    風音・瑠璃羽(散華・d01204)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    アシュ・ウィズダムボール(ディープダイバー・d01681)
    奥村・都璃(焉燁・d02290)
    明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)
    マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)
    朱鷺崎・有栖(ジオラマオブアリス・d16900)

    ■リプレイ

    ●邂逅
    「あら、あなたたちは……」
     ソロモンの悪魔、美醜のベレーザ・レイドは正面からやってくる集団に目を細めた。
    「ハーイ、お久しぶり~。元気してたぁ~?」
     旧友との再会のように近づく明石・瑞穂(ブラッドバス・d02578)にベレーザは不快な顔をする。
    「そこまで馴れ馴れしくされる覚えはないわね」
     ギロリと腐りかけた半身が瑞穂を捉える。
    「久しぶり、阿佐ヶ谷以来だね」
    「また会ったな。今日は倒しに来たぜ、ベレーザ」
     アシュ・ウィズダムボール(ディープダイバー・d01681)と科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)もベレーザに挨拶を交わす。
    「阿佐ヶ谷……そう、あのときの人間ね」
     納得、とベレーザは3人を順に見て一人で頷く。
    「私とは羅刹の村の時以来だよね。あの時の借りを返しに来たよ」
    「ナノ!」
     マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)とそのナノナノの菜々花も自信満々でベレーザの前に立つ。
    「そう、そんな所とも繋がっているのね」
     ふうんと、ベレーザはワインを飲みながら灼滅者たちと対する。
    「そんな、武蔵坂の方が何用かしら」
    「わたし達が動いている、という事は察しが付くと思うけど……」
     守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)の言葉にベレーザはまあねえと頷く。
    「……私を止めにきた、それでいいのかしら」
    「私達が相手になる。病院より、此方をお相手願おうか」
     奥村・都璃(焉燁・d02290)がすいと進み出る。
    「大切なものを守る事に繋がるなら私は諦めたりしない……この戦い私達が勝つ!」
     闘気を纏い、刀を構える風音・瑠璃羽(散華・d01204)に、何も口にはしないが人一倍の殺気を放つ朱鷺崎・有栖(ジオラマオブアリス・d16900)がベレーザに向かう。
    「ふふ、面白い。いいわ、病院の余興として相手をしてあげる」
     ベレーザは手にしたグラスを宙に放り投げた。高く舞い上がるグラス。
     体を包むように折りたたんでいた翼を広げ、ベレーザは灼滅者に掌を向ける。
    「きます!」
     マリーゴールドの声と同時に周囲の温度が急激に下がる。グラスが砕け散る音、空気が凍り付く音、それが戦闘開始の合図となった。

    ●闘争
    「この病院以外にも私達の仲間が救援に向かっているんです、ここでお前が頑張ったって病院は壊滅しないんだから、頑張るだけ無駄骨ですよ~っだ!」
    「ナノナノ~!」
     マリーゴールドの放つ爆炎の弾丸と菜々花が放つシャボン玉が同時に配下の強化一般人に襲い掛かる。避ける暇は与えないと日方と瑠璃羽の斬撃が強化一般人を追い詰める。他の灼滅者も同じく強化一般人への攻撃を集中させる。
    「わたしと遊んではくれないのかしら」
    「楽しみは後にとっとくタチなんでな、逃げンなよ?」
    「まあ、その楽しみはすぐにやってきそうね」
     見させてもらうわ、とベレーザの瞳にはバベルの鎖が集中する。その間に配下の一人が倒れる。
    「病院は俺達が守る。ベレーザの出る幕はないよ」
     緋色のオーラをナイフの部分に集中させたアシュは目の前の配下を切り払う。目の前の敵に集中をしながらも、意識はベレーザに向ける。ベレーザもそれを感じているのだろう、だから好奇心に満ちた目で配下との戦闘の行く末を見守っている。
     アシュに続いて都璃が斬艦刀で横に薙ぎ、結衣菜が破邪の聖剣で縦に割る、そして二人の肉体は聖戦士化される。配下も反撃をしようと手にしたナイフを振り上げる。
     しかし瑞穂が放った極太の魔法光線が配下の腕ごと飲み込む。そこで後ろに仰け反ったところを狙いを澄ましていた有栖が配下の頭部を魔法弾で撃ち抜き、配下にとどめをさす。
    「お見事!」
     灼滅者の連携の鮮やかさにベレーザは素直に賞賛をおくる。しかしその笑顔は一瞬だ。
    「希望に満ちたその表情、魅せてくれそうね、私が求める美しさを」
     獲物を見つけた顔をするベレーザの右手に魔力が集まる。
    「覚悟なさい、そして魅せてごらんなさい。あなたたちの希望を! 絶望を!」
     その言葉と同時に放たれた魔法弾は聖戦士化した肉体をもつ都璃の身体を簡単に貫く。その威力に思わず声をあげそうになる都璃だが、歯を食いしばってそれを堪える。すぐさま瑞穂が傷を癒した。
     ざっざっ、とベレーザが土を踏む音がやけに大きく感じられる。まとわりつくような空気が灼滅者の呼吸を浅くする。それでも、それは少しの間の話。
    「お前は灼滅する!」
     改めて自分を奮い立たせ、アシュが引き抜いた銃の先を見て嬉しそうに目を細めるベレーザ。
     あの時、倒す力を持っていなかったことは悔いている。ベレーザと相対してその強大さを改めて感じる。
     しかし、それでも――戦える。
     その原動力はまだ見ぬ仲間のため。ここで強大な力に屈してしまえば犠牲が出る。
     それはさせない。
     その意思がアシュの握る手を強くする。
     日方は小さくけれども深く呼吸する。頭の中で浮かんでは消える恐怖の種を無理やり身体の奥底に閉じ込めてやってベレーザの正面から飛び込む。
    「緊張も絶望も私にはないよ、あるのはただ――希望だけ!」
    「ナノナノ~!」
     マリーゴールドも日方と共にベレーザへと飛び込んだ。
     正面からの攻撃にベレーザは嬉しそうに両手を前に突き出した。そして、二人の攻撃を受け流す。
    「同じ医者として病院には妙な親近感を覚えるのよねぇ」
     だから、負けるわけにはいかないのよぉ。と瑞穂は改めてポンプアクション式のライフルを構え、引き金をしぼる。身体に馴染みきった動作は強敵が相手でもよどみない。
    「いいわ、希望は大きいほうが潰し甲斐があるわ」
     間合いを詰めたマリーゴールドにベレーザは腕を振り上げる。長く伸びた爪がマリーゴールドに振り下ろされる。しかし、それは彼女の目前で止められる。
     ベレーザの腕に絡みついたのは黒き影。瞬間、ベレーザはその影の元へと目を移す。
    「一緒に輝きましょう、美しいまでに醜悪な貴女」
     髪を掻き払った有栖は妖しく笑う。
    「戦いの美しさとやら、私達にも教えてはくれないか」
     都璃はベレーザと刃を交えながら言う。
    「いいわよ、まずは相手をよく見る――そして」
    「下がって!」
     結衣菜が気づくよりも早く菜々花に突き刺さり、菜々花の体が消えていく。
    「一番脆いところを突く、肉体的にも精神的にもね」
     ベレーザはマリーゴールドに視線をやる。しかし、マリーゴールドはただ強い意志でベレーザを見る。
    「いいわね、その緊張や絶望とは無縁な顔……壊してみたいわねえ」
    「そんなことはさせません!」
     ベレーザの欲望を結衣菜は強い口調で否定する。その背後から瑠璃羽が飛び出す。
    「さあ、いらっしゃい!」
     ベレーザに応じて瑠璃羽が上段から素早く振り下ろす。あえなくそれはベレーザの翼に遮られるが、ベレーザの背後には有栖が立っている。
    「貴女を花のように咲かせてあげるわ」
     有栖が持つ杖の先に魔力が集中する。それに気づいたベレーザはそちらに集中しようとするが、瑠璃羽と都璃の攻撃に阻まれ、狙撃手の眼を持った有栖がベレーザの背中を穿った。
    「――ッ、悪く、ないわね」
     低い声でベレーザは妖しく笑う。戦いはそろそろ中盤へと移り始めていくのであった。

    ●奮闘
    「しっかし、泣く子も心不全起こす天下のベレーザ様ともあろうお方が、配下の数にモノを言わせてゴリ押しとは、また随分と凡庸な手段を取ったものねぇ」
     瑞穂はそんなことを言いながら冷静に引き金をひく。放たれる光線がベレーザの腕を撃ち抜いた。
    「ハルファスの命令よ。私だってやりたくてこんなことをしているわけではないわ」
     腕から流れる血をベレーザはなめとりながら答える。
    「辛い浮世の宮仕え、ってね。ご苦労なコトだわ」
    「そう言うならば、あなたたちが見せて欲しい所ね。美しさっていうものを」
     ベレーザが放つ石化の力が有栖の体を固まらせる。
    「あぐぅ……っ、痛い、わね」
     痛みに杖を取りこぼそうになる有栖を見てベレーザは笑みを浮かべる。
    「美しいとはいえないけれど、そそられるわ――ッ」
    「余所見は禁物だ」
     日方の急所を狙う刃とアシュの緋色の刃がベレーザの体を斬り裂いた。
    「壊れても薄汚れても、敵を叩き潰し、最後に立っていたら勝ち。それが私の美学よ」
    「それだけでは美しくはないわね」
     有栖が放った漆黒の弾丸は翼の盾によって身体までは届かない。
    「全力で戦う姿を醜いと言う権利なんか無い」
     都璃が大きく踏み込み、不可視の剣でベレーザの内面を破壊する。
    「けれど、一太刀入れるためならそれで構わない」
     有栖の攻撃に対応した隙に瑠璃羽もベレーザの間合いへと飛び込んだ。
    「くっ、近い!」
     ベレーザの鋭い爪をかいくぐって、懐までもぐりこんだ瑠璃羽だが、その間合いはベレーザの攻撃をほぼ無条件に喰らう位置だ。
    「啼きなさい!」
     瑠璃羽にベレーザが爪を突き立てる。だが瑠璃羽はベレーザとの密着状態を解こうとはしない。決死の覚悟の瑠璃羽の目とベレーザの目が交差する。
    「なるほど、肉を切らせて――」
    「そう、骨を絶つ!」
     瑠璃羽の剣がベレーザの身体を貫いた。しかし、同時に瑠璃羽の背中には一本の矢が突き刺さる。
    「わたしは倒れない、みんなを倒させないよ!」
     瞬時に結衣菜が巻き起こす風で灼滅者たちの傷が癒えていく。
    「ふうん。言葉通り、生命線というわけね」
     結衣菜が啖呵をきる様子にベレーザは笑みを浮かべ、試すように向ける。温度と共に前衛の体力が奪われる凍気。しかし、それを覆い被すように都璃の炎の翼が前衛の傷を癒やす。
    「魅せてくれるわねぇ。まだあなたたちの心は折れないのかしら」
    「俺は退かないし諦めない、絶対」
     そう言う日方の脇からは先ほどからずっと血が流れ落ちている。
    「力も知恵も足りねぇ事くらいわかってる。できる事も僅かだ」
    「そう、あなたたちだけではたかが知れているわね」
     そう言うべレーザの言葉をかき消すように日方は「だから!」と声をあげる。
    「手足の一本、二本くらいくれてやる――その代わり、相応のモン奪ってやる」
     その闘志に満ちた姿にベレーザは身体を震わせる。
    「良い、いいわ! その覚悟、最期まで見せてみなさい、私を楽しませてごらんなさい!」
     そうベレーザが歓喜の声をあげ、灼滅者たちが吼える。戦場のボルテージが最大限になったときだった。
    「――やめるのだ」
     戦場に一筋の蒼き雷が舞い降りた。

    ●撤退
    「この姿だとお初にお目にかかる、か」
     ふっと戦場を断ち切るように舞い降りたのは蒼き肉体と尾をもったダークネス。
    「我が名はロード・ナインライヴス」
     その言葉に何人かの灼滅者が反応する。一瞬、せつない顔を見せた結衣菜もその一人だった。
    「なによ、今良いところなんだけれど」
     ギロリと戦いの手を止めて、ベレーザはナインライヴスを睨みつける。チャンスと灼滅者達がベレーザへの攻撃を強めようとする。しかし、邪魔をすれば容赦はしないと、ナインライヴスの腕が灼滅者たちに向けられる。
    「単刀直入に言おう。ソロモンの悪魔ベレーザよ。我ら朱雀門に来ないか」
     アシュやマリーゴールドのようにこの状況を予測した者もいたが、実際に直面するとやはり緊張する。ベレーザの返答次第で灼滅者たちの行動も変わる。八人はただベレーザの言葉に集中する。
    「わたしに裏切れというのね」
    「どうだ今の状況に不満を持っているのではないか」
     ナインライヴスの言葉に迷うことなくベレーザは頷く。
    「美しいこと――こんなつまらなくて醜いことよりも美しいことができる場をあなたは提供できるのかしら」
    「無論だ。貴様の希望を満たしてやろう」
     その言葉にベレーザの口端がゆがむ。
    「ソロモンの悪魔が別勢力の下に入るの? 悪魔の権威が落ちると思わない?」
    「権威? そんなものは私にとっては些細なことよ。私がこの世で一番見たいのは美しい世界、すべての希望が打ち砕かれる瞬間。それが見れるのなら勢力なんて些細なものよ」
     瑠璃羽の言葉を気にするそぶりもなく、嬉しそうにベレーザはナインライヴスに歩み寄る。
    「わかったわ。交渉成立よ」
    「それではここはどうする」
     ナインライヴスの言葉に灼滅者は体を硬くする。このまま二人がかりで攻めてこられたら、勝てる見込みがないことは全員がわかっていた。
    「……時間は経った。今の戦局にお前が行っても何も変わらないよ。美しさもね」
     撤退を促そうとアシュは口を開く。失敗をすればこちらの被害が大きくなるのは明白だ。自然と緊張も高まる。
    「そう、ね」
     ベレーザは横目で病院の方をみる。勝敗はまだ決していないが、病院側はそう長くは持ちこたえられないだろう。
    「次はお前の策で来いよ。その方がきっと楽しい」
     どうやらその場も与えられそうだしね。そうつけ加えられた言葉にベレーザは小さく頷いた。
    「引き上げよ! 全員わたしについてきなさい」
     よく通る声が戦場を駆け抜ける。
    「いいのか」
    「ええ、今ここで彼らを倒しても仕方ないわ。それに……やるならば、もっと美しい場でやらなくてはね」
     ナインライヴスに従ってベレーザは灼滅者たちに背を向ける。
    「今度は朱雀門の腰巾着かい」
    「なんとでも言うといいわ。私がすることには力が必要よ、そのためにならば私はなんでもするわ」
     日方がベレーザの背中に言葉を投げかけると、ベレーザは腐った半身だけをこちらに向けて答える。
    「朱雀門はやめておいた方が良いですよ、今度、私達が潰しますから」
    「ふふ、それはそれで楽しみね。待っているわ」
     マリーゴールドの言葉も軽く受けとめ、ベレーザは再び前を見る。
    「また、逢いましょう。今度はもっと美しい戦場で、ね」
     優雅に去って行くベレーザとナインライヴスの背中を灼滅者たちは見送っていく、心には再戦を誓って。

    作者:星乃彼方 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 19/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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