グリフィンマスク、推参!

    作者:九連夜

     汗が飛び散る。
     向かい合い、鍛え込んだ身体をぶつけ合うショートパンツの男二人が立つのはロープが張り巡らされたリングの上、とある地方都市の公共体育館に設営されたプロレス興行の会場だ。
     大入りとはとても言えない数の客がそれぞれに試合を楽しむそのなかに、場違いともいえる二つの人影があった。一つは猛禽を象った緑色の覆面をつけた大柄な女。もう一つもそれによく似た、おそらくは鷲がモチーフの仮面の壮漢。いずれも身に纏った外套の上からでもわかる鍛え込んだ身体の持ち主だ。
    「いまいち盛り上がりに欠けるな……頃合いか」
     壮漢が呟くと、女がじろりとその横顔を見た。
    「何度も言うけど、相手が強かろうと弱かろうと関係無しに面白い試合にするのよ? 勝敗にこだわり過ぎるのはあんたの悪い癖、今度また客を無視してしょっぱい試合をしたら……」
    「わかっているさ、姐さん」
     警告に短く答えた男のマスクの下の眼差しは、あくまでもリング上に据えられている。片方のレスラーが鋭い蹴りを繰り出したのを見届けると立ち上がり、同時に纏っていた外套を一気に脱ぎ捨てた。
    「どうだか」
     緑覆面――ケツァールマスクの呟きを背に、凄まじい筋肉に覆われた全身を露わにした壮漢は軽いジャンプで花道に躍り出、何事かと驚く観客たちの視線をよそにそのままリングに向かって疾走を開始した。
     
    「……そして試合をしていたレスラーたちは、『グリフィンマスク』と名乗るこのアンブレイカブルに完膚無きまでに叩きのめされることになります」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者たちへの未来予測情報の説明を、そんな言葉で締めくくった。よくあるといえばよくあるダークネスの御乱行なのだが、この事件を引き起こす元凶である幹部級アンブレイカブル「ケツァールマスク」は自ら闇のプロレス団体を率いる穏健派だ。殺戮ではなくあくまでも「試合」にこだわるために、一般人の犠牲はほぼ無いと考えて良いのだが。
    「とはいえ、放ってはおけません。乱入者に叩きのめされたレスラーの方々のプライドも問題ですが、それ以前に団体の経営が危機に陥りかねないのです。突然乱入してきたレスラーに好き放題にやられてリベンジマッチも行えないのでは、いくらプロレスとはいえ団体の評価ははがた落ち……バベルの鎖のおかげで大々的に悪評が広まることはないはずですが、試合を見ていた観客に見放されるだけでも大打撃でしょう」
     巡業で地方回りをする零細プロレス団体の経営は常に火の車だ。固定客が離れてしまえばその地区での興行はもう打てなくなる。最悪、それがきっかけとなって団体解散という事態にもなりかねない。
    「そうならないように皆様に対処をお願いします。具体的には、グリフィンマスクの挑戦を代わりに受けて闘って下さい」
     どうやって? という点については、主催が零細団体だということもあって、灼滅者の持つ各種の能力を利用すればかなり柔軟な手段がとれるだろう。相手の顔を立てた上でエキシビジョンやスペシャルマッチと主張すれば内容が多少はプロレスから逸脱していても大丈夫だし、最悪、乱入に乱入をかぶせるという手もある。当然バベルの鎖効果でケツァール側も灼滅者の動きを察知することになるが、試合という体裁さえ守る限りは、また観客が喜びそうな仕掛けである限りは特に対策はせず、むしろ積極的に受けて立つだろう。
    「問題はこのグリフィンマスクという相手で、簡単に言えば強敵です。8人の灼滅者をまとめて相手にしてなお上回りかねないほどの……。圧倒的な耐久力をベースに、プロレス技のなかでも実戦向けに近い技を中心に試合を組み立ててきます。アンブレイカブルの、つまりストリートファイターの技とコスチュームに仕込んだ縛霊手相当のギミックから繰り出される技以外には特殊なものはありませんが、その分、一対一の戦いでは圧倒的な実力を発揮します」
     『レオンキック/グリフィンニールキック(鋼鉄拳相当)』
     『スープレックス各種(地獄投げ相当)』
     『グリフィンライジングラリアート(抗雷撃相当)』
     『イーグルウィングフェイスロック/イーグルハンギングクロー(縛霊撃相当)』
     姫子はチョークで技の名を黒板に書き記すと、真顔で灼滅者たちに向き直った。
    「さらに難しいことに、グリフィンマスクはケツァール派のアンブレイカブルの中ではやや珍しい、勝敗にこだわるタイプです。いわゆる格闘技志向のレスラー、『プロレスこそ最強の格闘技』という、昭和の一時期に流行った主義主張の持ち主なのですが……」
     当然、それはボスたるケツァールマスクの流儀とは微妙に異なる。基本的には手を出さずにエプロンサイドで試合を見守るケツァールの主義は三つ、『観客に危害を加えない』『ギブアップした相手は攻撃しない』『つまらない試合はしない』だ。最初の二つは問題ないとしても、悪い形でグリフィンマスクに引きずられて盛り上がらない試合をすれば、幹部級アンブレイカブルである彼女の介入を招いて悲惨な事態になりかねない。だが、その一方で勝負を度外視して過度なアピールや見せ技に走れば、そのまま叩き潰されて終わる危険がある。絶妙なバランスが要求されるのだ。
    「その意味で、グリフィンマスクのみならずケツァールマスクも、さらにはお客さんの反応まで会場内の全てが注意すべき敵であり、同時に味方ともなり得ます。見る者の目を否応なしに惹き付ける、そんな試合が求められているとお考え下さい」
     そう告げると、姫子は灼滅者たちに向かって深々と一礼した。
    「非常に困難な依頼だと思います。ですが、プロレスに敬意を払って『プロレスラーとして』リングに上がっていただければ、自ずと道は開けると思います。皆様のご健闘を期待させていただきます」


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)
    館・美咲(影甲・d01118)
    黒田・柚琉(常夜の蝶・d02224)
    青山・莉瀬(蒼い超新星・d05761)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    エリ・セブンスター(ジャーマンさん・d10366)
    香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)

    ■リプレイ

    「出てらっしゃい、グリフィンマスク! 勝負よ!」
     薄水色のコスチュームに身を包み、コーナーからトップロープに足をかけて。青山・莉瀬(蒼い超新星・d05761)の威勢のいい言葉が響き渡る。
    「貴方の相手は私たちよ! さあ、盛り上げていきましょう!!」
     隣で凛とした声を放ったのは香坂・澪(ファイティングレディ・d10785)、その人差し指が会場の一点を指す。臨時に設営されたプロレス会場……レスラーらしからぬ少年少女の入場に首を傾げていた観客たちも、指された先を見て納得の声を上げた。
    「やはり出て来たか、灼滅者」
     応えるように鷲を模した仮面の壮漢が立ち上がった。緑の仮面の女――ケツァールマスクが、妙に愉快そうな表情でその背を叩く。
    「ご指名よ。いい試合をしてきなさい」
    「ああ、見てろ姐さん!」
     答えるなり花道に躍り出た男は疾走し、跳躍して二人の前に降り立つ。
    「な……」
    「ここは赤コーナーだ。お引き取り願おうか」
     赤コーナーは王者又は格上の場所。そう思い出す間もなく莉瀬の胸元に強烈なエルボーが叩き込まれる。
    「うぁっ!」
     吹き飛ばされた莉瀬はとっさに空中で回転、片膝でマットに着地する。
    「くっ!」
     腹を蹴られた澪は逆に身体を大きく反らせて逆立ちで接地、バク転で立って敵を睨み返す。早速の技の応酬に会場が一気に盛り上がった。
    「ふむ。これで運営側の懸念も消えたかな」
     青コーナーの江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)は冷静に呟いた。数日前、興業を主催する零細プロレス団体を訪れて出演交渉を行ったのは彼だったが。
    「若手でも力のある奴らと、それに見合う仕掛けも用意した」
     その言葉とプラチナチケット、さらには黒田・柚琉(常夜の蝶・d02224)の『王者の風』で交渉はまとまったものの、相手が気にしていたのはまだ見ぬ敵役の実力だ。
    「ただいまより、グリフィンマスク対武蔵坂学園学生レスラー有志8名、変則タッグ四番勝負を行います――」
     解説にしばし聞き入り、次いでグリフィンマスクは八重華たちを見た。
    「2人ずつ4組、か。全員でこなくて良いのか?」
    「へえ」
     柚琉が声を漏らした。挑発に沸く観客を観察しつつ興味深げに頷く。
    「なるほど。こうやって会場を盛り上げるわけだね」
    「どうかな。単にヤツの地かもしれないぞ」
     不敵な微笑に闘志を込めて答えたのは七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)。
    「うむ。あれ好きにやっているだけとみた」
     場内のライトに大きなおでこをキラリと光らせ、館・美咲(影甲・d01118)が腕組みをして頷く。
    「どっちにしてもアタシたちはいい試合をするだけだよ」
     エリ・セブンスター(ジャーマンさん・d10366)は軽く掌と拳を打ち合わせる。
    「クク、思いっきりやらせてもらえそうです」
     西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)は大鎌の刃を軽く撫でた。
    「もう一度聞く。まとめて来なくて良いのか?」
    「くどい! 一番手、青山莉瀬!」
    「同じく香坂澪。来なさい!」
     莉瀬が構え、澪は首を掻っ切る仕草で全身に闘志を込める。
    「よかろう。グリフィンマスク、推参!」
     カン。
     巨体がマットに降り立つと同時に、ゴングの音が響いた。

    ●第一試合
    「さて。相手は格上だし、周囲を回って隙を窺うのがセオリーだけど」
     澪は後輩に励ますように告げた。
    「出し惜しみ無しで全力でいくよ!」
    「はい、澪せんぱいとのタッグなら絶対負けませんっ」
     二人が同時に走り出し、揃ってマットを蹴る。ダブルのドロップキックが仁王立ちするグリフィンマスクの胸板に突き刺さるが、小揺るぎもしない。
    「ではこちらも行くぞ」
     巨体が動く。速い、と思った瞬間には莉瀬の腰に腕が回されていた。
     サイドスープレックス。
     かろうじて受け身を取るが、強烈な衝撃が莉瀬の全身を貫く。
    「まだまだ!」
     飛び起き、ロープに跳ぶ。頭を狙ったフライングクロスチョップは、しかし軽くかわされ。
    「ハッ」
     バックドロップを狙った澪も即座に振り払われる。
    「……技、受けないんだね」
     大概の試合でレスラーは相手の技をわざと派手に受ける。莉瀬の問いに巨漢は静かに答えた。
    「レスラーは最強でなければならない。それだけだ」
     鷲の仮面が宙に浮いた。鉈のような蹴りは斜め上から。
     グリフィンニールキック。
    「ぐっ……あっ。でも! あなたの全ての技を受けきるまで、私はまけないっ」
     直撃を受けつつ莉瀬は叫ぶ。それから三つの肉体が何度も何度もぶつかり合い、ロープがうねり、マットがたわんだ。体力が削られる中で澪と莉瀬が目を見交わす。
     タックル。
     相手のそれに澪は身体を沈めて下に潜り込んだ。右腕で太股をロック、巨体を抱え上げる。
    「澪せんぱいっ、二人でいきましょう!」
     叫んだ莉瀬がトップロープに駆け上がるのを見ながら反転、抱えた身体を逆さに立てる。コスチュームが純白に輝き観客の目を吸い寄せた。
    「ノーザンライトボム!」
    「はぁっ!」
     澪の左腕に固定されたグリフィンの脳天がマットに突き刺さる。同時に跳んだ莉瀬が脚の上に着地、二人分の威力がまとめて叩き込まれ巨体が大きく跳ねた。
    (「やった!?」)
     手応えを感じた刹那、澪の腰に手が伸びた。反応する間もなく背後から巨腕に抱え込まれる。
    「いい技だ。返礼しよう」
     ジャーマンスープレックス。
     凄まじい威力に澪の意識が飛びかける。
    「……まだ! まだよ!」
     腕を振りほどき、立ち上がりざまに肘を打ち込む。当たった、と思った瞬間こめかみを襲った衝撃に澪は崩れた。続く一撃――強烈無比な肘打ちは莉瀬も襲う。
    「終わらないっ!」
     四つん這いで伏し、顔だけ上げた莉瀬の背から炎めいたものが吹き上がる。それは翼の形をとって広がった。
    「ぅぁぁぁっ!」
     突進。跳躍。片翼がうねり脚を包み込む。
     鈍い音が連続で響いた。振り抜かれた脚が相手の喉仏を直撃した音。至近距離から放たれたラリアットが莉瀬の顎を跳ね上げた音。そして小柄な身体が崩れ落ちた。
    「楽しめたぞ」
     横たわる二人をグリフィンマスクは満足げに見遣り、レフェリーがKOを宣言した。

    ●第二試合
    「なかなかの腕前のようだな。では本気で参るとしよう」
     妙に低い抑揚の、悪役じみた声と共に躍り出たのは八重華。クールな表情にモノトーンで統一された服と帽子は普段のままの出で立ちだ。同時に羽織ったコートをばさりと放る。その下から現れたのは。
    「……リングに無粋なものを」
     八重華が鮮やかに抜き放ったのは日本刀だった。
    「挑まれた以上は受けるが、凶器の使用は……」
     シュッ。
     空を切り裂く音に巨体が即座に跳び退った。一瞬遅れて分厚い胸板に鮮血が滲み出す。
    「ク、クク、5秒以内なら許されるのであろう? それにこれは殲術道具に非ず、血潮で派手に見えようともダメージはあるまい」
     血まみれの栓抜き――誰歌から受け取った凶器を放り投げつつ、織久は哄笑した。
    「観客向けの余興よ。貴様にはこいつで我等の血肉となってもらおう」
     黒ずくめの衣装の背に仕込んだ刃が滑り出る。大鎌だ。
    「悪役か」
    「そうよ」
    「ああ」
     大鎌から放たれた黒い衝撃波と日本刀の斬線が重なる。慌ててレフェリーが割って入るが、織久はわざとらしく大鎌を隠す。八重華はその間にも鋭い斬撃を送り続けるが、反撃を受けてその表情が微かに曇った。
    (「やはり強いな」)
     繰り出される肘打ちの重さ、連戦でも揺らぎを見せぬ凄まじい耐久力。
    「だが」
     勝ちに拘る相手には、同じく勝ちに拘り敬意を払う。そう思い定めて放った雲耀剣がグリフィンを押し潰す。さらにレフェリーをかわした織久が飛び出し、マテリアルロッドで脇腹をえぐる。
     反撃は打撃ではなく、捕獲だった。
    「!」
     巨大な手が八重華の喉元を鷲掴みにする。救出に入った織久の炎の斬撃を避けもせず、空いた左腕で同じくその喉をも掴み潰す。そのまま両腕が上がり、二人の脚が宙に浮いた。
    「悪役は制裁せねばな」
     冷たい声に、八重華はただ中指を立てて答えた。吊されたままの二人の斬撃が腹筋のを貫き、束縛が緩む。しかし追撃の一刀を叩き込んだ八重華の視界が歪む。体力の限界だ。
    「く……!」
     一瞬の隙をラリアートが刈り取り八重華が倒れ伏す。残った織久は変わらず哄笑を上げて大鎌を振るうが、やがてスープレックスを三回受けて動きが止まる。
    「ク、クク。では我等が全力の一撃、受けてもらおう」
     その背を揺らめきが覆う。
    「ハァッ!」
     不死鳥と化した織久の突進にグリフィンが倒れる。いや自ら倒れた。織久の右足を刈り取り、体を入れ替える。一回転したあとには、右足は不自然な角度で捻られ右真横に伸びていた。
     膝十字固め。
     ビキッという音が響いた。
     折れた?
     観客席が騒然とする中、やがて織久は立ち上がった。足を引きずりつつも自らリング外へと歩み出る。無言で近寄った八重華と、互いに肩を貸し合う形になった。
    「……折れなかったか」
     心外そうなグリフィンマスクに、八重華が振り返って答えた。
    「折れてはいない。骨も、心もだ。灼滅者を舐めるな」

    ●第三試合
     騒然とした雰囲気が残る中、登場したのは正統派の雰囲気を感じさせるエリと柚琉だった。
    「ジャーマン、狙うよ!」
    「さてさて、楽しんでいこうかね」
     闘志に満ちたエリにマイペースの柚琉。全力でいい試合を、と望む二人になおも衰えぬグリフィンマスクがぶつかる。
    「じゃあ、いくよ」
     本来プロレスには縁のない柚琉の動きは、純粋な格闘技のそれに近い。ただ己のオーラを拳に込めて閃光百裂拳を打ち込む横からエリが突撃する。
    「もらい!」
     跳び膝に続いてローリングエルボーを打ち込み、さらには背後からのジャーマンを狙う。
    「なかなか面白いが」
     グリフィンは容赦なくエリを弾き飛ばし、柚琉の連打の合間にタックルで組み付いて投げ飛ばす。
    「レスラーとしては修行不足だな」
     冷徹な評価に、エリはキッと顔を上げた。
    「なんの、これからよ」
    「その通り!」
     柚琉は体勢を立て直すや、さらに連打を加速させる。
     倒れない。挫けない。
     蹴られ、打たれ、投げられても、二人は起き上がり喰らい付き続けた。
     プロレスらしからぬ試合展開に戸惑う観客たちも、やがて次第に引き込まれていく。
     そして。
    「簡単にKOされるわけにはいかないんだよっと!」
     上段蹴りをもらった柚琉が、膝を笑わせつつも立ち上がる。本日何度目かのジャーマンを試みたエリが振りほどかれた。
    「諦めろ!」
     離れ際の肘打ちにエリはよろめくが、なおも燃える瞳を敵に向ける。
    「勝機!」
     満身創痍の柚琉は唐突に動きを変えた。己の間合いよりさらに近く、あえて敵に捕まる距離に踏み込む。拳を解いて右手の五本の指を伸ばし、力を込める。ティアーズリッパー。
     手刀の一撃は刃を越える斬撃と化し、グリフィンのコスチュームをその下の肉ごと切り裂いた。
    「ああああぁぁっ!!」
     エリの絶叫。血煙を浴びながらもう一度組み付き、渾身の力を込めて抱え上げた。背中が綺麗な弧を描き、その軌跡を巨体が追う。
     ジャーマンスープレックス。
     文句なしの美しさと威力にレフェリーが駆け寄る。
    「ワン、ツー……」
    「させるか!」
     巨漢はエリのホールドを振りほどき脱出、同時に柚琉にラリアートを打ち込む。
     一連の攻防に観客が沸き返る中、柚琉とエリは並び立つ。
    「もう一度!」
    「了解だ」
     答えた柚琉が先行。正面からとみせてロープに跳ぶ。不意打ちの渾身のアッパーカットはしかし受け止められた。崩れた態勢に直後の蹴りはかわしきれず、柚琉は崩れ落ちる。
     その影からエリが迫った。
    「……!」
     もはや言葉も発さずただ組み付き、後方へと投げ飛ばす。さらに強烈な衝撃に巨体が震えた。
     だが。
    「……っっ!!」
     エリの右腕が取られた。肩を中心に二人の身体が一回転、逆を取って伸ばされたまま。
     脇固め。
    「ギブアップはしないだろうな。ならば……」
     霊力が流れ込み、エリの身体が動かなくなる。グリフィンが荒い息を吐き出すなか、レフェリーが勝利を告げた。

    ●第四試合
    「四神降臨、纏え玄武!」
     興奮たけなわの中、リング上に躍り出たのは美咲だ。
    「最後は妾たちが相手じゃ!」
    「ああ。では、名乗ろう!」
     並んだ誰歌が高らかに宣言する。
    「私は誰かだ。名無しの誰かだ!」
     美咲は派手な装甲を顕現させつつ決めポーズ。
    「館美咲! いざ尋常に勝負!」
    「おお、来い!」
     手負いの魔獣が吠えた。
     乱打戦。以降の試合を形容するなら、その一言だった。
     ラリアートにキック。次々に繰り出されるグリフィンのそれに、美咲がガードもせずにカウンターの拳を合わせ、連打を繰り出す。誰歌の打撃音が響き続ける中、観客席が次第に静まっていった。試合に見入っているのだ。
    「さあ、お主の全てを吐き出せ!」
    「おお!」
     痣だらけの美咲の挑発。グリフィンがニヤリと笑い、しかし繰り出したニールキックは誰歌に飛んだ。
    「う!」
     誰が見ても致命傷、という一撃を喉に受けた誰歌が倒れる。その直前に放った左アッパーが右頬を歪め、グリフィンもまた膝を突く。
    「隙ありっ」
     美咲がコーナーに跳ぶ。だがその背後からグリフィンが腕を掴んだ。トップロープに脚をかけたまま振り返った瞬間、強烈な頭突きが命中する。
    「~~! だがオデコなら負けん!」
     叫んだ美咲は己も敵に額を打ち付ける。低い音が響き、血が飛び散る壮絶な頭突き合戦を止めたのは、倒れたはずの誰歌だった。背後から足首を掴まれ、グリフィンが動揺する。
    「な……」
     その一瞬に解放された美咲が高く高く飛び上がった、アルティメットモードを起動、全身の装甲が金色の輝きをまとう竜めいた姿へと変化する。
    「これで最後じゃ……悔いは残すでないぞ!」
     シャイニングインパクト。
     黄金と血の赤に彩られ、急降下した美咲の額がグリフィンの脳天にぶつかった。爆発めいた音が響き、二人は一緒にリング中央に投げ出される。
    「やった……かの?」
    「まだ、だ」
     振り返った瞬間、頭突きをくらい美咲は沈んだ。誰歌が代わりに立ち上がる。
    「どうだ? ひとつひとつは大して効かなくても、気付いた時には既に遅しだ……これが灼滅者の強さだ」
     巨大な敵に指を突きつけ、誰歌は言い放つ。
    「私はお前の一撃を受けて立ち上がった。お前もレスラーなら、私の技を受けて見ろ!」
    「来い!」
     両手を広げた敵に、誰歌は渾身の右ストレートを放った。
     グリフィンマスクは一歩前に出かけ、そのままゆっくりと崩れ落ちる。
    (「フォール、だったか」)
     歩き出しかけ、全身を貫く激痛にコーナーへもたれかかる。やがてゴングが鳴り響いた。10カウントKOだ。
    「そうか、それもあったな……はて?」
     顔を上げ、朦朧とした頭で美咲は周囲を見回した。観客席が妙に静かだ。
     それが一気に大歓声に変わった。

    ●テンカウント
    「ありがとう」
     歓声に包まれ、背後からの声に誰歌が振り向くと意外な顔があった。
    「ケツァールマスク……」
     女は頷いた。嬉しそうな笑顔だった。
    「久しぶりに他人の試合に見入ったよ。こいつも……」
     倒れたままのグリフィンマスクに歩み寄り、苦も無くその巨体を肩に背負う。
    「これで一皮むけるだろう。次の試合が楽しみだ」
     そこまで言うと、リング上に上がってきたエリたちに顔を向ける。
    「おまえたちはもっと強くなれ、こいつとシングルで戦えるぐらいに。そうしたら私が相手をしてやる」
    「それは遠そうだな」
     八重華が微かに笑った。
    「いい試合をありがとうございましたっ」
     意識のないグリフィンに一礼する莉瀬。
    「ええ、私はもっと強くなる……リングの星になって見せる! そのときは私の方から貴方達に挑戦するわ!」
     澪の宣言に、ケツァールが再び笑う。
    「楽しみにしている」
     そして彼女はリングを降りた。
    「……しかしみんな、ボロボロだよね」
     去りゆく背中を見送りながら、柚琉が苦笑を浮かべた。
    「クク、それも一興。ただ死合うだけが我等の楽しみではない、ということです」
     織久の笑みは不思議と明るかった。
    「こういう勝利なら、それもいいかな」
     エリは満足げに興奮冷めやらぬ観客席を見回した。
    「うむ。ではこれにて全試合、終了じゃ!」
     美咲の一言と共に、再び場内にゴングが鳴り響いた。

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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