侵略者は鋼系

    作者:飛翔優

    ●彼女は自然系
     地方都市の地下クラブ。ライブの前座を終えたラブリンスター配下の淫魔アイドル・リリィがバックルームで休息を取っていた。
     草花をモチーフにした衣装を纏うリリィ。前座とはいえ無事に終えられた事、喝采……とまではいかないものの拍手と労いをもらえた事に、頬を緩めたまま涙を拭い……帰るまでの僅かな時間、高揚する心を余韻で満たしていた。
     しかし……。
    「ん?」
     不意に扉をノックされ、リリィはその場で問いかけた。
     店員です、店長が帰る前に一息ついて行けって……と差し入れを持って来た旨を伝えてきたから、特に疑う事もなく招き入れる。
     差し入れはスポーツドリンクの缶。リリィはやはり特に疑うこともなく受け取り、蓋を開け飲み始めた。
    「……」
     喉を通る音が響いた時、その場で眺めていた店員が素早く制服を脱ぎ捨てる。
     サイバネティックな衣装を露わにし、妖しく艶めかしく微笑んだ。
    「ほんと、簡単に騙されるものですね」
     目の前で繰り広げられている変化に反応を返すこともなく、虚空を見つめているリリィ。
     静かに歩み寄り、元自称店員は囁いていく。
    「あの程度のライブで喜ぶ必要なんてありません。淫魔の力を使えば、もっと、もっと歓声を浴びられます。こんな地下クラブなんて来る必要ありません。もっと良い舞台で歌えます。そのための舞台を用意してくれないラブリンスターなんて……?」
     ひと通りラブリンスターをこき下ろした後、決め台詞のように告げるのだ
     ――それに引き換え、スキュラ様は……。
     ……そう、彼女もまた、淫魔。スキュラ配下の淫魔……。

    ●放課後の教室にて
     集まった灼滅者たちと挨拶を交わした倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな声音で切り出した。
    「芸術発表会にラブリンスターさんがやって来たのは、皆さん知っていますよね? 彼女も、芸術発表会を楽しんでくれたみたいですよ」
     しかし……と表情を曇らせる。
    「ラブリンスターさんから、少しだけお願いをされました。どうも、和弥さんが予想していた事態が起きているようなんです」
     風真・和弥(真冥途骸・d03497)が予想していた事態とは、ラブリンスター配下の淫魔に、スキュラ配下の淫魔が強引あ勧誘をかけて寝返らせようとしているらしい……というもの。
     スキュラ配下は妖しい技を使ってラブリンスター配下を籠絡しているらしく、もしよければ、何とかしてほしいという事だった。
    「ダークネスの頼みを聞く理由はありません。しかし、スキュラ勢力は武蔵坂学園と明確に敵対しており、その戦力が増強される事は望ましくはありません」
     また、スキュラ配下の淫魔を酌滅する機会にもなるため、ある意味ちゃんとも言えるだろう。
    「それと……ラブリンスターさんからも、寝返って武蔵坂学園に攻撃してきた淫魔については、哀しいけれど灼滅されてもしょうがないという言葉を頂いています」
     そのため、場合によっては両方の淫魔を灼滅する作戦を取ることもできるだろう。
    「色々慌ただしい中ですが、手が空いているようであれば、どうかよろしくお願いします」
     頭を下げた後、葉月は地図を広げ本格的な説明へと移行する。
    「現場となるのはこの地下クラブ。ここで、ラブリンスター配下の淫魔・リリィはライブの前座を行いました。そこそこ盛り上がったみたいで、バックルームでその余韻に浸っていた時、スキュラ配下の淫魔の策略に嵌ってしまいました」
     このままでは、ラブリンスター配下の淫魔はスキュラ配下となってしまう。
     阻止するためには勧誘されている状況で乱入し、ラブリンスター側に留まるよう説得する必要があるだろう。
    「そのためには……ラブリンスターの良い所を宣伝したり……つまり、相手のやっている事の反対をすると良いと思います」
     上手く説得できれば、彼女たちは戦闘に加わらないでいてくれるため、敵はスキュラ配下の淫魔だけとなる。
    「スキュラ配下の淫魔たちは、戦闘になると二体のピンクハートちゃんを呼び出しますが……十分に勝利は可能でしょう」
     一方、説得に失敗した場合はリリィが寝返ってしまうので、敵の淫魔が二体となってしまう。
     ダークネス二体とまともに戦うのはかなり厳しいが、どちらか一方でも灼滅するか撤退させられれば、残りの一体も撤退していく。そのため、集中攻撃をすれば撃退する事は不可能ではないだろう。
    「さて、それではスキュラ配下の淫魔について説明しますね」
     名をヴェガ。サイバネティックな衣装を身に纏っているプロポーション抜群の美女で、性格的には冷静沈着、慇懃無礼。
     力量としては八人を相手取れる程度で、妨害能力に秀でている。
     技は全て広範囲に届き、機械のように性格な音程から紡がれる歌声による魅了、あるいはダンスによる戦意の低下。衣装についている硬質なパーツを飛ばし縦横無尽に防具などを切り裂く……といったもの。
     一方、二体のピンクハートちゃんの力量はさほど高くはない。が、防御能力が高くヴェガを護るように立ち回る上、触手による治療と浄化の力も持っているということを留意しておく必要があるだろう。
    「それから……戦闘になる可能性は低いと思いますが、一応リリィさんについても説明しておきますね」
     リリィは自然をモチーフとした衣装を身に纏っている、体つき的にはやや大人しめの女性。性格的には淫魔としては心優しく、純粋といったところ。
    「この辺りを考えて、説得していくと良いかもしれません」
     力量はやはり八人を相手取れる程度に高く、治療能力に秀でている。
     優しい歌声は仲間たちを治療した上で浄化し、緩やかなダンスは守りの加護を与えていく。衣装の花々から放たれる芳香は周囲を魅了する。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「ラブリンスターさんとは色々とあるかと思います。ですが、互いの敵がダークネス……私達にとっても利があることに違いはありません。ですのでどうか、全力での灼滅を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    水瀬・瑠音(改竄四連続失敗中・d00982)
    時雨・鈴(君影草・d01621)
    佐竹・成実(口は禍の元・d11678)
    雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)
    鴛海・忍(夜天・d15156)
    クレーメンス・バウムガルト(夜に捧ぐ旋律・d19129)
    クーガー・ヴォイテク(白炎の速度狂・d21014)
    橘樹・慧(月待ち・d21175)

    ■リプレイ

    ●うつろな瞳に映る色彩は
     流れる軽やかなメロディライン、響き渡る大きな歓声。
     メインライブが開幕した地下クラブをくぐり抜け、灼滅者たちはバックルームへと到達した。
     扉を蹴り空けた勢いのまま駆け抜けて、水瀬・瑠音(改竄四連続失敗中・d00982)は虚空を呆然と見つめたまま椅子に座っている自然系アイドルリリィ、妖しい微笑みを驚きへと変えたサイバネティックアイドルヴェガの間へと割り込んでいく。
    「取り込み中ワリぃな、ちっと邪魔させて貰うぜぇ」
    「先手必勝!」
     クーガー・ヴォイテク(白炎の速度狂・d21014)は新月のように深く暗い刀身を持つ野太刀をヴェガに向かって振り下ろした!
    「っ!」
     飾りに阻まれ、肉体へ届かせるには至らない。
     問題無いと退いた後、リリィへと向かった仲間たちへ肩越しに言葉を投げかける。
    「別に、倒してしまっても構わんのだろう?」
     彼らの役目は、牽制。
     仲間たちが説得を終えるまでの。
     ヴェガの側も灼滅者たちの狙いに気付いたのだろう。忌々しげに眉根を寄せながら、金属製の飾りが施されている片手を上げ二体のピンクハートちゃんを呼び出していく。
    「想定外ですが……問題はありません。彼女の心は、スキュラ様に傾いているのですから」
     強がりか、はたまた現時点での状態か。
     壁越しに響いてくるアップテンポなアイドルソングをBGMに、リリィを巡る戦いが人々の知らぬ場所で開幕する!

    「……」
     ヴェガを護るピンクハートちゃんたちを見据え、結界を張り巡らせていく鴛海・忍(夜天・d15156)。
     心に抱くは、前座とはいえライブを終えたリリィの事。
     観客たちの笑顔に、歓声。ささやかな喜びで胸一杯になっていたリリィを助けたいとの思い。
     同時に、スキュラに対する想像も膨らんでいく。
     勢力拡大を狙っているのか。そのための淫魔同士の構想なのか。
     いずれにせよ、為すべき事に違いはない。
     やりたいことにも違いはない!
     張り巡らせていた結界に力を送り、ピンクハートちゃんたちを閉じ込める。
     動きが鈍っていくさまを横目にヴェガを睨み、強い口調で言い放った。
    「リリィさんを強制的に配下にしようと言うなら、武蔵坂が黙っていないよ」
    「あら、それは何故ですか? 灼滅者にとって、ダークネスは宿敵のはずですが……」
    「色々とあるってことだ。ま、いずれにしろ……」
     忍の代わりに瑠音が返答し、ついでとばかりに身の丈サイズ以上の黒き剣を振り回す。右側に位置するピンクハートちゃんの触手を二本切り飛ばし、静かにヴェガを見据えていく。
    「強引な勧誘を使うスキュラはいかは汚い、ってのに違いはないな」
    「抗争に綺麗も汚いもありませんよ? むしろ、全ての手を尽くさないほうが」
    「おいリリィ!」
     まともには相対せずに退いて、肩越しにリリィへ視線を送っていく。
    「今日のライブは楽しかったんだろ? 誰かにどうこう言われようが、その感じた気持ちはお前だけのモンのはずだぜ」
    「隙あり、ってな!」
     ヴェガが口を固く結ぶ中、クーガーがピンクハートちゃんの懐へと潜り込んだ。
     体のバネを活かして跳躍し、天井すれすれまで剣を振り上げる。
     体重を乗せ、大上段から叩ききった!
    「ほらほらどうした? 粋がるのは口だけか……」
    「……頭にきました」
     着地し距離を取るクーガーに、肩を並べる三人に、ヴェガが金属製の飾りを飛ばしていく。
     縦横無尽に、彼らを切り裂いていく。
     ダメージを和らげるため、クーガーは影とオーラで己の体を包み込んだ。
     包んだまま、前も見えぬまま吶喊し、気配だけで再び高く、高く跳躍する。
    「そこだっ!」
     先ほどと同様に、天井近くから床に向かって振り下ろす。
     違いがあるとするならば、より深く、より奥に刃が食い込んだというところだろう。
    「……一体目!」
    「……」
     煙を上げて消滅していくピンクハートちゃんを前に、笑うクーガー。眉根を寄せていくヴェガ。
     勢い良く、一度で癒やしきれる程度の傷ではない点を除けば上々の滑り出し。
     ならば、後はリリィを説得できるか否かにかかっている。

     ピンクハートちゃんを一体撃破し、余裕が生まれた。
     静かな息を吐いた後、忍は横目でリリィを見据えていく。静かな声音で、状況も理解せず呆然としている彼女に語りかけていく。
    「リリィさんは元々花や植物がお似合いなのに、鋼系の配下になったら、こんなバリバリの格好をしないといけないのよ?」
     示すはヴェガ。
     促す忍の体は、先ほどの金属片で傷ついたまま。ヴェガの格好が凶器であることも示していた。
    「ラブリンスターがライブステージを用意してくれないなら、武蔵坂が用意します。皆ライブは好きですし喜んで準備してくれるでしょう」
     ぴくりと反応を見せたのは、ラブリンスターの件。
     瞳に宿る光が、やや陰るという形ではあったけれど。
     それでも反応を見せてくれたから、改めて時雨・鈴(君影草・d01621)は問いかけた。
    「あんたがラブリンスターを裏切ってまで手に入れたかった物って何なんだよ!」
     ヴェガの策略により心を揺さぶられ、スキュラ配下になろうとしているリリィ。本意ではないのだとしても、傾きかけているのは確かなのである。
     もっとも、返事はない。
     あるいはできない。
     今の彼女にできることは恐らく、言葉を受け止めることだけ……。
    「……」
    「無駄ですよ。彼女はスキュラ様に忠誠を誓おうとしているんです。ラブリンスターなんて無能を捨てて、才色兼備なスキュラ様に」
    「……っ!」
     刃を飛ばしながら調子の良いちゃちゃを入れてきたヴェガ。鈴は拳を握りしめ、振り向きただ真っ直ぐに駆け出した。
     言葉なく武装を整え黒い魔剣を振り上げて、勢い任せに斬りつける。
     ピンクハートちゃんに阻まれながらも、退くことはせずに怒気を放った。
    「お前……少し黙れ……!」
    「お断りします。あなた方こそお引き取り下さい。本来は関係のない方々でしょう?」
    「ラブリンスターは一生懸命頑張ってる姿が眩しかったよー?」
     図らずとも鈴が時間稼ぎに加わってくれている隙に、クレーメンス・バウムガルト(夜に捧ぐ旋律・d19129)がリリィにどこか間の抜けた調子で、けれども明るく語りかけた。
    「文化祭とかにも来てくれたし、とっても友好的で気分良かったなー……」
     内容は記憶の中にあるラブリンスター。中でも、好意的に思えた部分。
    「キミも、そんな良い人の仲間でありたくて、ラブリンスターの配下になったんじゃないのかなー……」
     問いかけるような締めくくりに、リリィが再び反応を見せた。
     顔を上げ、別の場所を見つめていく。
     バックルームを照らすライトが瞳に光を与え、一歩、こちら側へ傾いてくれたと教えてくれた。
     掴んだ手は話さぬと、橘樹・慧(月待ち・d21175)が続いて伝えていく。
    「ラブリンスターに憧れてアイドルになったんだろ。自分を好きになってもらおうって、一生懸命自分磨きを頑張ってきたんだろ」
     自分が本当に何をしたかったのか。
     思い出させるために問いかけて、閉ざされていた心を必死にノックする。
     夢に向かい、頑張っているリリィ。
     無理矢理奪って力でねじ伏せるなど、絶対に許してはならないのだから。
    「今のあんた自身、憧れに近づこうと必死に努力した姿なんだろ。それを否定するなら、今のあんた自身の姿も否定する事になるんじゃねぇの。力で無理やり相手を魅了して、自分自身も否定して。それで本当にいいのかよ!」
    「……」
     リリィの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
     宿る光も強さを増していく。
     だからこそ、佐竹・成実(口は禍の元・d11678)はきつく言い放つのだ。
    「リリィさん、淫魔であることを最大限に使えばアイドル処か大スターになるのは簡単よでも、そうしなかったのは何故? あなたはラブリンスターの何に憧れたの?」
     誰にでもある、最初の一歩。
     それさえ忘れなければ、真っ直ぐに進んでいける大事な一歩。
    「自分の絶大な力に過信せず、魅力を磨く為に研鑽を怠らない……そんな部分にあなたは惹かれたんじゃないの?」
    「……そう、私は……頑張っている姿。……いつでも必死に、前向きに、何でも笑顔でやる姿に……」
     初めて帰ってきた言葉。
     逃さない。
     言葉を途切れさせたりなどしない。
    「その調子よ。ダークネスであるあなた達の本心を窺い知ることは到底不可能だけど、今一度、今のあなたの考えがあなたの本心なのか考えてみなさい」
    「前座とはいえ自分を受け入れて貰えた事、華やかな世界の裏には地道な活動が絶対不可欠なのは俺も知っている。お前の、その部分の気持ち……よくわかるよ」
     雨松・娘子(逢魔が時の詩・d13768)もまた言葉を届け、顔を向けてくれたリリィにしっかりと頷き返す。
     静かな笑みで様子をうかがう娘子の瞳の中、リリィは瞳を閉ざした。
     涙を流したまま、それでも優しい笑顔を浮かべ、震えた声を響かせる。
    「ありがとう……ございます。もう、大丈夫です……」
    「……ちっ」
     響いたのは、抑えこまれ満足に言葉を紡げなかったヴェガの舌打ち。
     リリィを救い出した、何よりも確かな証明である。

    ●鋼色の偶像
     戦える状態ではないリリィを背に、娘子はスレイヤーカードを引き抜いた。
    「逢魔が時、此方は魔が唄う刻、さぁ演舞の幕開けに!」
     黒縁眼鏡に男性用の制服。
     性別すらも隠した地味な姿から、和装をベースにしたステージ衣装に早変わり!
     ギターの弦を軽く弾き、壁越しに聞こえてくるリズムに自身のリズムを乗せながら、明るく元気に声を張り上げる!
    「今宵の聴衆はあいどるの方々! 小さな箱にございますけれどこのにゃんこ!一生懸命唄いますれば!」
    「本職に対してずいぶんな自身ですね」
     楽しげに歌い始めた娘子を疎ましく思ったか、ヴェガが後衛めがけて飾り刃を放ってきた。
     己に刃が迫っても、娘子は無邪気に演奏を続けていく。
    「っ!」
     知っていたから。
     信頼していたから。
     継続して前線を担う鈴が、白き聖剣で叩き落としてくれることを。
    「仲間はやらせないよ……白花型!」
     別の刃を蹴り飛ばしながら白き剣で天を突き、己の身に戦神を宿していく。
     庇われた成実は小さく頷き返して感謝の意を伝えた後、体のバネを活かして駆け出した。
    「まずはさっさと、このピンクの化物倒すわよ」
    「厄介なのはキライだしねー」
     成実の杖がピンクハートちゃんの全身を激しく揺さぶったトキ、クレーメンスの唱えた呪詛がピンクハートちゃんを硬直させた。
     どこか眠たそうに細められた瞳の中、治療のため己に刺さっている触手が石化している様も映っている。
    「そう簡単にさせるとお思いですか? どうせ、私の力には敵わないでしょうに」
     強がりか、はたまた余裕の現れか。
     ピンクハートちゃんに静かな視線を送った後、ヴェガが喉を震わせる。
     揺らぎのない、きちんと調律された電子音声が如き歌声で、バックルーム中を満たしていく。
     ひと通り頭の中を巡らせた後、慧は小さく首をふる。
    「そんな歌ちっとも心に響いてこないね!」
     ライドキャリバーがエンジン音を唸らせ、歌声そのものを妨害した。
     さなかには刃に変えた影を伸ばし、ピンクハートちゃんを下から上へと切り上げる!
    「今だ!」
     直後にライドキャリバーが突撃し、ピンクハートちゃんを滅ぼした。
     一人残されたヴェガの表情は崩れない。
     代わりに、頬に流れる汗が隠し切れない心を表しているようで……。
    「それじゃ、次の歌……始めよっか!」
     これまでの戦いを全て総括するかのように、娘子がメロディを切り替える。
     壁越しに聞こえてくる音色を巻き込んで、ヴェガの歌声になど決して負けぬと明るく元気に声を張り上げて、紡ぎだすは未来への希望に満ちたシンデレラストーリー!
     仲間の心をも盛り立てて、勝利への道を目指すのだ。

    「ご自慢のナイトさんはぶっ潰したぜ、次はテメェだ!」
     瑠音は駆ける。
     傷口から滾る炎に誘われ、熱を上げていく心赴くまま。
     巨大な刃を振りかぶり、勢いのままに振り下ろし……!
    「っ!」
    「――!」
     腕の飾りで受け止めたヴェガに、歌い続ける娘子が激しきビートを織り交ぜ送っていく。
     心すらも揺さぶらんと、震えるさまを見るや更に激しく、強く、けれど楽しくリズムを上げていく!
     ステップを踏みリズムに乗りながら、成実が背後へと回り込んだ。
    「ま、色々と足りなかった……ってところかしらね?」
     様々な攻撃に対処しきれぬヴェガの背中に、鋭き拳を叩き込む。
     一撃、二撃、三撃と、拭いきれぬダメージを与えていく。
     よろめきながらも、ヴェガは声を張り上げた。
     歌声で、灼滅者たちの心を揺さぶらんと試みた。
     忍は揺るがない。
     窓いもしないし迷わない。
    「さ、そろそろあなたの出番は終わり。このライブも……ね」
     張り巡らせていた結界を起動して、ヴェガの自由を奪い去る。
     されど歌い続ける滅びへと向かっていく偶像に、新たに挑むはクレーメンス。
    「はいはーい、オレも攻撃しちゃうよー」
     得物は歌声。
     娘子の刻むメロディに合わせた、明るくのんびりとした歌詞を紡ぐ歌声だ。
     心を揺さぶられながらも、力を叩きつけられながらも、歌声絶やさぬは最後の維持か。
     静かに目元が緩んだのは気のせいか?
     クーガーが、言葉も紡がぬまま宙を舞う。
     天井ギリギリまで剣を持ち上げて、大上段から漆黒の軌跡を描き出す!
     肩へと食い込まれ動けぬヴェガに、ライドキャリバーが突撃した。
     ライドキャリバーを飛び越えて、慧がただ真っ直ぐに殴りかかる!
    「力に負けたのは、お前の方だったな」
     壁へとふっ飛ばされたヴェガが、何かを紡ぐことはない。
     糸の切れた人形のように崩れ落ち、金属の粒子へと代わり消えていく。
     娘子が最後の音を紡ぎ終え、静寂の訪れた戦場には……一つ目のクライマックスへと向かっていくライブの歌声が、優しく響きわたっていた……。

    ●選ぶことのできた道を歩いて行く
     得物をしまい、傷を癒やした灼滅者たち。
     その頃には完全に意識を取り戻したのか、リリィが静かな声を上げた。
    「あ、あの……ええと、ありがとうございました! お陰で、私が何をしたかったのか、何を目指したのか、改めて確認することができました。本当に、本当に……」
     徐々に湿っていく声音。
     こぼれ落ちる涙に誘われ、最後までまともに紡げない。
     鈴が、震える肩に手を置いた。
     優しく、元気に語りかけた。
    「さっ! ラブリンのとこへ帰ろっかっ」
    「……はいっ!」
     誘われ、最高の笑顔を花咲かせていくリリィ。
     救うことができたという事実を灼滅者たちに示していく。
     壁越しに聞こえるライブが、新たな楽曲へと進んだように、彼女も……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年11月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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