殲術病院の危機~凄まじき大狼

    作者:真壁真人

    ●四日市殲術病院
     白の王セイメイ、ソロモンの悪魔ハルファス、淫魔スキュラの3勢力による、日本各地の殲術病院への一斉攻撃。
     各地の殲術病院を舞台に戦闘が繰り広げられる中、三重県四日市市に建てられた殲術病院の周辺でも、『病院』に所属する灼滅者と、ハルファス軍との戦闘が行われていた。
     攻め寄せたハルファス軍の攻撃を耐え凌ぐ四日市殲術病院の灼滅者達だが、そんな彼らに衝撃を与える事態が発生する。
     攻め寄せていた悪魔達と別の方面から、新たなダークネス達が姿を現したのだ。
    「ハルファス軍の増援か!?」
     青い外皮に覆われた巨躯のダークネス、デモノイド達の出現に、『病院』の灼滅者達がにわかに動揺する。
     その隙を逃さず、ソロモンの悪魔達は『病院』の灼滅者達への攻撃を再開した。
     新手のデモノイド達の多くは悪魔達を援護するように射撃を開始し、少数のデモノイドが主戦場と反対側の外壁を破っていく──。

    「もっとも、拙者達はハルファス軍ではござらんが」
     『朱雀門高校』のデモノイドロード、ロード・クアンはそう嘯いた。
     壊れた外壁から侵入した彼は、暴れるデモノイド達をよそに人間の姿を取って通路を進んでいた。『病院』の灼滅者達の意識の隙を突いた形だ。
     表で戦っている連中は、新手のデモノイドがハルファス軍所属であると誤解している。
     クアンにとっては狙いの範疇で好都合だが、ハルファス軍でないことが露見しても別に構いはしない。ハルファス軍と『病院』の灼滅者達との戦力はほぼ拮抗しており、決着がつく頃には双方とも消耗は免れないだろう。
    「勝った方を温存したデモノイドで叩く。難しくない仕事でござるな」
     勝ちの目が大きいのは『病院』側か。もし闇堕ちして生き残った者が出れば、朱雀門高校にスカウトしてみてもいい。ロード・クアンはそう考えながら、鼻をひくつかせる。
    「さて、那須殲術病院の通信に映った女性はここにはおらぬようだが……?」
     魂の奥、デモノイド寄生体に上書きされた、根深いところに眠るものが訴えていた。
     この殲術病院には、『何か』がある。
    「拙者にとって、吉と出るか凶と出るか……こちらでござるな」
     やがて分厚い扉を開けたクアンは、そこに地下に通じる階段を発見する。下からの風に自分を呼ぶ『何か』を感じ、階段を降りようとしたクアンは、廊下を駆けて来る足音を聞いた。
    「止まって。その先は立入禁止よ!」
    「では止まるでござるよ」
     女性の声に足を止めたロード・クアンは、瞬時にデモノイド形態に戻りながら振り返った。見慣れない殲術道具を構えた黒いナース服姿の女性が驚愕を顔に浮かべるのを眺めつつ、右手の爪を振り上げる。
    「理性あるデモノイド……デモノイドロード……!?」
    「侵入者がデモノイドだけと思っていたのが運の尽きでござる」
     血しぶきが上がった。
     ナース服を血で濡らした女性が立ち直らないうち、クアンは配下のデモノイドの1体を呼び寄せ、女性に差し向ける。ダークネス1体と灼滅者1人ではまともな戦いになるはずもなく、たちまち女性は追い込まれていく。
    「やはり、この場所には何かがある。拙者の大願を果たさんが為、全てを頂いていくでござる!!」
     蒼き雪嵐の如く地下への侵攻を開始するデモノイドロード。
     その往く手を阻む者は、もはや誰ひとりとしていなかった。

    ●凄まじき大狼
    「三重県四日市市の殲術病院に向かって!」
     エクスブレインの須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、集まった灼滅者達に開口一番そう告げる。
     四日市殲術病院は、本来『病院』側がハルファス軍の攻撃を凌ぎ切ると目されていたのだが、ここに来て風向きが変わった。『病院』が攻撃を受けることを察知した朱雀門高校が、デモノイドの部隊を送り込んだのだ。
    「しかも、デモノイド達を率いているのはロード・クアンみたいなの」
     ロード・クアン。
     武蔵坂学園の灼滅者、久安・雪(灰色に濡れる雪・d20009)の闇堕ちした姿だ。
     クアンはデモノイドの部隊を率い、『病院』とハルファス軍の戦闘に乗じる形で灼滅病院の内部に侵入を果たす。このままいけば、四日市殲術病院は彼の手に落ちるだろう。

    「みんなには病院内へ侵入したロード・クアンを追って欲しいの」
     指揮官であるロード・クアンを失えば、デモノイド達は本来の獣性のまま、ハルファス軍を巻き込んで暴れ出す。そうすれば、『病院』の灼滅者達も優勢に立てるだろう。
    「ロード・クアンは殲術病院に侵入して、地下に向かう時に単独行動を取るみたい」
     デモノイドを率いるクアンを説得するか、あるいは灼滅するならば、このタイミングしかない。
    「地下に何があるかは分からない……。でも、ロード・クアンに『その何か』が渡れば……すごく悪いことが起きそうな予感がするの」
     とはいえ、容易ならざる状況であることもまた事実だ。
     戦闘中の殲術病院に入ってロード・クアンに追いつくだけでも大変な上に、灼滅者達が階段に到着する頃には『病院』の女性が単身デモノイドと戦っている。
     放っておけば女性は短時間で敗北し、デモノイドはロード・クアンに合流しようとするだろう。そうなればロード・クアンへの対処どころではない。
     かといってデモノイドとの戦闘で時間を食っても、何が起きるか分かったものではない。
    「厳しい状況だけど、みんななら何とか出来ると思うから……お願いね!」
     まりんの激励を受け、灼滅者達は四日市殲術病院へと向かうのだった。


    参加者
    夢月・にょろ(春霞・d01339)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    本山・葵(緑色の香辛料・d02310)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)
    皇・銀静(銀月・d03673)
    清浄院・謳歌(アストライア・d07892)
    吉祥院・折薔薇(百億の花弁・d16840)

    ■リプレイ

    ●戦場
     灼滅者達が辿り着いた時、四日市殲術病院は戦闘の只中にあった。戦闘音が、主戦場から離れた方角にいる灼滅者達の元にまで響いてくる。
    「もう、ロード・クアンは病院内に侵入してるようですね」
     夢月・にょろ(春霞・d01339)の目に、殲術病院の外壁に開いた大穴が映る。
    「『病院』側はハルファス軍だけで手一杯。内部へ侵入した少数のデモノイドだけなら後で何とでも出来る……という判断は妥当ではあるが」
    「それもロード・クアンがいなけりゃの話だな」
     刻野・晶(高校生サウンドソルジャー・d02884)と夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)が戦況を分析する。
     ハルファス軍後方から、デモノイド達は射撃だけを行っている。たとえ『病院』側がハルファス軍を倒しても、デモノイド達が攻めて来れば敗北は避けられない。
    「陥落を阻止するには、デモノイド達を統率するクアンを撃破する必要があるってわけだ」
    「こっちは準備できたぞ」
     本山・葵(緑色の香辛料・d02310)と吉祥院・折薔薇(百億の花弁・d16840)に続き、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が導火線が切れないように注意を払いつつ駆けて来る。
     導火線の先にあるのは、敵の注意を別方面に引き付けることを目的とした打ち上げ花火だ。
    「吸血鬼共にはもう何も奪わせねぇ。行くぜ!」
     布都乃の言葉と共に、灼滅者達の姿は一斉に犬へと変わった。布都乃が犬の口で器用に導火線に火を点けると同時、灼滅者達は殲術病院の外壁に向かって駆け出した。
     迷彩模様の布を巻き、遮蔽物に身を隠しながら進む犬達を目視した敵は少ない。
     だが、その姿を一目見るだけで、灼滅者やダークネスが持つ『命中率予想力』は問題の犬が超常の存在であることをたちどころに明らかとする。
    (「まあ戦場に飛び込んで来る犬なんて灼滅者に決まってますね!」)
     飛来した銃弾が皇・銀静(銀月・d03673)の変じた犬の毛皮を掠め、血の飛沫を上げさせる。
    (「もう、動物虐待反対!」)
     清浄院・謳歌(アストライア・d07892)は内心でそう叫ぶが、口から出るのは犬の鳴き声ばかりだ。それでも銃弾をかいくぐり、灼滅者達はなんとか外壁まで辿り着く。
    「こちらにまで攻撃する余裕のある敵は少なかったようですね」
     にょろが変身を解きながら大きく一つ息を吐く。
     壁の穴から殲術病院の内部へ飛び込んだ灼滅者達は、滴る血を拭う暇もなく、彼らは即座に次の行動を開始した。
    「で、どっちだ?」
    「構造的には、この奥……ですね」
     折薔薇の問いに、銀静は建物中央部へ通じる通路を指差した。謳歌が確認する。
    「一般に公開されてない場所だよね」
     普通の病院として偽装されている殲術病院。一般向けの案内は外部情報でも確認することが出来たが、今回クアンが目指す場所が公開情報となっているわけもない。
     未知の場所を目指し、灼滅者達は殲術病院の通路を走り出した。

    ●『病院』
     敵の侵入を告げる放送と警報を聞きながらの探索を開始して数分、不案内な病院内を灼滅者達は未知のエリアの奥へ辿り着いていた。
     彼らを迎えるのは、黒いナース服を纏う女性とデモノイドとが戦う光景だ。
     灼滅者達の眼前で、機銃の腕を持つデモノイドが、その巨腕を振り下ろす──。
    「殴る武器かよ……」
     銃声が聞こえなかった理由を理解しつつ、晶は冷静にビハインド『仮面』を呼び出した。強烈な一撃がナースを庇った『仮面』を叩き、幽体が大きく揺らいだ。女性がぎょっとしたような表情を浮かべながら飛び退く。
    「誰か、その人を回復して!」
     そう言い残し、愛用の魔杖を握り締めた謳歌はデモノイドへと挑みかかった。
    「おう、任せときな!」
     女性を庇うようにデモノイドとの間に立ち、集気法を使おうとした葵は、女性の視線に凄まじい殺気を感じ、制するように両手を上げる。
    「おいおい、俺達は敵じゃねぇって」
    「助けにきた灼滅者だ!」
    「ロードを止めココにある物を守る。力を貸してくれねーか」
     布都乃と治胡が続けて言った。治胡の持つ妖の槍から冷気の弾丸が放たれ、その着弾を待たずに布都乃が突進。雷を纏う拳がデモノイドの顎を下から打ち上げる。
    「協力でしたら、早く、その階段から下へ! デモノイドロードを追って下さい!」
    「ロードを止めるためにも、あなたの力が必要なんです。一緒に戦って下さい!」
     腕を鬼のものへと変形させながら、にょろがデモノイドに殴り掛かる。問答の暇は無いと判断したか、女性は一つ頷いた。葵の手に集まった気が、彼女の受けた傷を癒していく。

     女性の協力を得た灼滅者達は一気にデモノイドを撃破にかかる。
     とはいえ、相手も決して雑魚などとは言える相手ではない。
     9人と2体がかりでの攻撃を受けながらも青色の豪腕がビハインド『仮面』『熾』に相次いで直撃、サーヴァント達を消し去っていく。
    「この先には、何があるのです!?」
    「『病院』のかつて封印したダークネスです! あれを解放されるわけには……」
     銀静の創り出した赤きオーラの逆十字がデモノイドを引き裂くのに続いて女性の右腕に装着された殲術道具が轟音と共に杭を装填、撃ち出す。
    「さっさと片付けるぞ!」
     折薔薇と晶の足元から伸びる影がデモノイドを縛り上げ、動きを止めたデモノイドに向けてにょろと布都乃が槍の穂先を向ける。
     放たれる冷気の弾丸を、強引に影を引きちぎった機銃腕からの青い弾幕が撃墜。ぶちまけられた冷気に戦闘の余波で砕けた床が一瞬白く染まる。
    「手前にかかずらってる暇はねえんだよ、さっさと倒れろ!」
     懐に潜り込んだ葵が拳の連打を叩き込んだ。
     床を覆う白を塗り潰すように広がった治胡の影がデモノイドの足を捉えるも、強引に振るわれたデモノイドの腕が治胡を直撃。
    「──それだけか!」
     自分の骨の砕ける音を聞きながらも堪えた治胡の影が、デモノイドを縛り上げる。
     瞬間、流星の如く謳歌が降った。
     天井を蹴って加速した謳歌。その手に携えたレグルスの名を冠した剣が、青い巨体を貫通する。
    『G虞ル屡Rうウォァ……!』
     聞くに堪えない断末魔の悲鳴をあげ、デモノイドは灼滅された。
     だが灼滅者達が発する言葉に安堵の色はない。
    「急ごう!」
     反論する者は、一人もいなかった。

    ●スサノオ
     デモノイドを灼滅した灼滅者達は、休む間もなく階段を飛び降りていく。次の戦闘に向けて陣形を組み直しながら、晶は女性に手早く武蔵坂学園のことを伝えた。
    「ところで、そちらの事はなんて呼んだらいいんだ?」
    「私は鈴森・ひなたです。気軽に鈴森君と呼んで下さい」
    「なぜ君……?」
     それを聞きつつ、葵がふと鈴森君に尋ねる。
    「そういえば、さっきダークネスが封印されてるって言ってたな。どんな奴なんだ?」
    「封印されているダークネスは『スサノオ』……古の「畏れ」を呼び起こす幻獣種です」
    「幻獣種……イフリートとは別種か」
     ファイアブラッドである治胡が眉を寄せる。
    「何であろうと構いはしません。貴方方は我らと同じ宿業の者……故に助太刀します」
    「……あまり、全て同じというわけでも無さそうですが」
     銀静に応じる鈴森君の言葉に、折薔薇は先程の戦いを思い返す。鈴森君が戦いの中で垣間見せる殺気は、灼滅者の殺人鬼が示すそれを逸脱しているようにも思えた。
    「だが、闇堕ちにしては弱過ぎる」
    「多分、鈴森君の今見せている姿も、表で戦ってる『病院』の灼滅者と同じ……『闇堕ちしたような姿』なんでしょうね」
     にょろが小声でそう応じた。元が殺人鬼なら、闇堕ちした姿は六六六人衆。大きく変異していないのも頷ける。次に謳歌が鈴森君に尋ねた。
    「ところで『詐欺師の久安』という人のことを教えて貰えない?」
    「……どこでその名を知ったのか存じませんが……『病院』がかつて交戦したダークネスです。あまり関わり合いにならない方がよろしいかと」
    「いや、それだけ分かれば十分だ」
     晶の言葉に怪訝な表情をした鈴森君だが、その表情も足元から走った震動によって打ち消された。
    「これは!?」
     咄嗟に階段の手すりにつかまりながら、布都乃が下を見る。
    「解放されようとしている……『スサノオ』が!」
     青ざめる鈴森君に続き、灼滅者達は最下部にあった扉の残骸の向こうへと飛び込んだ。

    ●大狼を望む
     辿り着いた場所は3つの色があった。
     1つ目は壁の反対側を占める巨大な隔壁。
     2つ目は、その隙間から漏れ出す炎の純白。
     そして3つ目は、扉へ巨爪を振り上げる巨体の青色だった。
    「おお……そうだ……。これこそが、拙者の……!」
     歓喜の声と共に爪を振るうのはロード・クアンだ。こちらに向き直りすらせず隔壁を破壊するクアンの背に、銀静が視線を向ける。
    「お久しぶりですね、雪さん。こんな形とは少しだけ残念ですが……」
    「邪魔立てするか、灼滅者。ならば全力でお相手仕ろう!」
     クアンの足元から強烈な冷気が噴き上がった。隔壁諸共に灼滅者達の体を蝕む冷気を、折薔薇のギターから響くビートと布都乃の縛霊手から放たれた光が打ち消す。
    「こちらもキミに……ロード・クアンには用は無い!」
    「アンタは強者に立向かったんだろ! 闇からの突破口は作る! 絶対戻ってこい!」
     クアンではなく雪へ呼びかける2人の言葉を聞きながら、謳歌の剣が非物質化。クアンの纏う氷壁を貫通した。デモノイドロードの巻き起こす雪嵐から仲間達を庇うように立った治胡が、凍り付きながらも言葉をぶつける。
    「誰かの為に使った力を奪うことに使うのか? それが『雪』の望みか!」
     灼滅者達の誰もがここまでの連戦で傷つき、しかし、それでも仲間を取り戻すことを諦めずに言葉をかけ続ける。
    「倶楽部の皆は貴方の帰りを待っています。そして……皆命を懸けて貴方を助けにきました。そろそろ応えて貰いましょうか!」
    「スサノオとやらで大願を果たしたところで、お前が帰って来なかったら悲しむ奴がいるんだ……!」
     葵は光盾を振りかざし、クアンの胴に叩き付けた。振り払おうとする巨腕にしがみつき、抗いながら告げる。
    「帰って来いよ、お前を待ってる奴らがいるんだぜ!」
    「あなたにも、きっとやりたいことがあるのでしょう。楽しい事も、嫌な事も。やらずに眠り続けるのは勿体無いです。そんなところで寝ていないで、帰ってやりたいことしましょうよ」
     氷を鬼と化した腕で打ち破りながら、にょろがそう訴えた。晶が続ける。
    「雪、『病院』が『詐欺師の久安』を探している。このままだと、殴る事もできなくなるぞ!」
    「キミは目的があって武蔵坂に来たんだろう? まだ何も達成できていないじゃないか!」
     折薔薇の叫びが、晶の言葉を後押しした。
     問題の人物が雪の父かどうかは定かでないが、今は関係ない。
    「この際、言った者勝ちだよね……父親に遭う前に死んでもいいの!?」
     謳歌の剣が氷雪を断ち、そして銀静がクアンの眼前に至る。
    「……貴方の願いは、貴方自身で叶えるべきもの。其処のござるさんではありません!」
     振りかぶった拳が、雷を帯びてロード・クアンを貫いた。
    「お、のれ……大狼に……あと一歩で……」
     体を覆っていたデモノイド寄生体が消え去り、その後に残るのは和服に身を包んだ少年の姿だ。
    「やはり、武蔵坂学園は純粋灼滅者の組織なのですね……!」
     気を失った雪の元に集まる灼滅者達の姿を見ながら、鈴森君が感慨深げに呟く。

     音が響いたのは、その時だった。
     クアンの撒き散らしていた冷気に凍てついた隔壁の破片が、落下した音だった。

    ●白き炎の大狼
    「あ、あの野郎……!」
    「とんだ『全力』だな」
     ロード・クアンが対集団攻撃ばかり行っていたのは隔壁を攻撃に巻き込むためだったのだと、回復を行っていた布都乃と折薔薇は悟る。クアンは開戦時から、こちらが説得目的の耐久戦を挑むと予想していたのだろう。説得が先に成り立ったのは想定外だったのだろうが。
     隔壁の崩壊は連鎖し、亀裂の広がりと共に漏れ出す『白き炎』が、氷に覆われた空間を蝕み始める。
    「ブレイズゲート……? いや、違う!」
     エクスブレインがブレイズゲートを見たときに見えるという『白い炎』を連想した灼滅者達。
     その眼前に、無数の拘束具を振りほどきながら、巨大な存在が現れる。
    「白い炎でできた『狼』だと!?」
     隔壁を突き破って現れた存在を、晶が愕然と見上げた。
     獣の瞳が、灼滅者達を睥睨しする。
    「危ねぇ!!」
     瞬間、咄嗟に雪を庇った治胡の体が足元から噴き上がった白炎に包まれる。連戦に傷ついた体で耐え切れるものではなく、彼女は煙を上げながら崩れ落ちる。
     だが、予想外の事態はそれだけに留まらない。
    「いけない……『畏れ』が来ます!!」
    「何!?」
     鈴森君の返答よりも早く、スサノオが咆哮を上げた。灼滅者達の前に、まるで日本神話の登場人物のような姿をした3mほどの巨兵が出現。灼滅者達を庇い、即座に突進して来た巨兵の矛に貫かれた鈴森君が限界に達し、力なく倒れ込んだ。
    「かなりマズいね」
     鈴森君を折薔薇に任せ、巨兵と打ちあう謳歌の額を汗が伝う。この人数で相手をするには荷が勝ち過ぎている。
     このままでは、逃げるよりも早く確実に死人が出る。
     このままならば。
    「誰一人死なせない……仲間も……病院の人も……そして僕自身もだ!」
     その決意と共に、銀静は魂の奥に潜む闇を解放した。
     己が異なる存在へと変貌していくのを感じながら振るった剣が、巨兵を容易く切り裂いた。銀静を脅威と見てか、スサノオの注意が銀静に向く。
    「何考えてやがる、一人助けて一人闇堕ちしたら意味ないだろう!」
    「これは絶望からの闇堕ちではない……覚悟ですよ。己の闇からも逃げずに……挑む覚悟です!」
     葵の叫びに、銀静は浮かぼうとする薄笑いを噛み殺して応じた。強者と戦う喜悦が、魂の奥から止めようもなく湧き上がる。
    「だから皆も絶対に戻って来て下さい! これは終わりではありません!」
    「……退きましょう」
     苦渋の表情でにょろが告げる。銀静を一人残し、灼滅者達は撤退していった。

    ●白き炎を招く者
     強敵と闇に染まりゆく魂に抗いながら、孤軍奮闘する銀静は、スサノオの奇妙な様子に気付いていた。
    「何かを……待っている……?」
     その呟きと同時、大狼の足元に無数の漢字で構成された『魔法陣』のようなものが現れる。
    『我が元に来るのです、スサノオ。大神となるために──』
     応ずるように咆哮を上げた大狼が、陣に吸い込まれるように消失する。
    「く……今の声は!?」
     スサノオが朱雀門高校の手に渡ることは阻止できた。
     だが、また別の者もスサノオを狙っていたのではないか──。
     悪い予感の中で、銀静の意識は闇に沈んでいく。

     やがて戦いに勝利した『病院』勢と共に灼滅者達が地下に戻った時、その空間にはただ静けさと破壊の痕跡だけが残されていた。

    作者:真壁真人 重傷:夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486) 
    死亡:なし
    闇堕ち:皇・銀静(陰月・d03673) 
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 39/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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