くるくるだんすすたじお

    作者:黒柴好人

     どことも知れぬ不気味な、いややっぱりそこまで怪しくもないごくありきたりな深夜のダンススタジオ。
     普段ならば既に周囲と共に闇夜に溶け込むレッスン部屋にはまだ明かりが灯っていた。
    「はぁぁぁあ……せいやァァァァァアアア!!」
     部屋にはただ一人、少女が大声を出しながら何かを行っていた。
     よく磨かれた床を、おお、見よ!
     とてもゆっくり、とてもゆっくりな動作で前転を――つまりでんぐり返しを一発かましているではないか!
    「これで、どうだあああああああああ!!」
     今、つむじが床に接触した。手はまだ接地したままである。
     その手を離し、少女の脚は中空を舞う……。
    「うああああああッ!!」
     なんたる失態。
     舞う、事はなかった。
     それは地を蹴り、今まさに飛翔の時と思われた時である。少女の体は真っ直ぐに、その先にある栄光の未来へと続く床ではなく、90度は逸れたかという穿った暗黒の世界へと転げ落ち、側面から体を強打してしまった。
    「ぐは……ッ!」
     一瞬にして肺の中の空気が吐き出される。
     苦痛が彼女を苛むが、今表情を歪めたのは自分の体たらくに対してだ。
    「な、なんで……他のダンスは完璧なのに……どうして、どうして『前にころん』だけできないの……!」
     今回彼女が歌って踊る曲の肝は前転にある。パートの要所要所で前転を要求されるのだ。
     幼い顔立ちがウリのアイドルとして絶賛売り出し中の彼女――その名は『くるん』――だが、こんな拙い所を見せてはファンに失望されてしまうのではないか。
     もっとも、実年齢は幼いと言うほどでも……。おや、何だろう。来客だろうか。
    「でももっと練習すれば絶対成功するはず!」
    「そんな練習に意味はないわ」
    「誰!? 少し開けた扉に背中を預けて核心を突く妖しい女性であるあなたは!!」
    「私が誰か何て、今はどうでもいいわ。後で重要になるから」
    「後でなら教えてくれるんだ」
    「それよりあなた、ラブリンスターのところの子よね」
    「……それが?」
    「あれの下にいる以上、あなたは上達しないわ。そう、例えばこんな動きは一生できないでしょうね」
    「そ、それは……その構えは!」
    「秘技、超高速スキュロール大回転!!」
    「うわあー! どんな理屈かしらないけどその場ですごく速い前転を何度も何度も繰り返しているぅ!?」
    「フフフ……さあ、見るのよ。見続けるのよ」
    「なにそのハリネズミもびっくりな動き……は……あ、あれ……なに、この感じ……」
    「そもそもラブリンスターって時代遅れじゃないの? 自分でCD歩き売りしたり。やる事が真っ直ぐすぎて昭和かって感じね」
    「う、ラブリンスターさまの悪口を……言うなんて……」
    「最近は灼滅者に擦り寄ってる様子もあるし、感じ悪いじゃない。そんなヤツの下についていたら一生底辺アイドル、いえアイドル(笑)よ!」
    「…………ら、らぶりんすたーさま、は……」
    「そこでこちら。福利厚生、活動環境最高の素晴らしいスキュラ様のもとへ移籍してはどうでしょう! 今ならスキュラ様のサイン入り複製原画をプレゼント!」
    「……な、んで……あやしげな……かんゆう、っぽく…………」
    「そして何よりも、スキュラ様パワーで前転が出来るようになるわ」
    「……」
    「開脚前転も可」
    「わ、わらひ、すきゅらしゃまのところにいきまふ~」
    「イエス、カムヒア」
     
     武蔵坂学園の校舎、その最上階に位置する教室に集められた灼滅者たちはツインテールを揺らし頭を下げるエクスブレインの少女、高見堂・みなぎ(中学生エクスブレイン・dn0172)に迎えられた。
    「……高いところまでご足労いただき、ありがとうございます。わたしは高見堂・みなぎ。新参者ですが、どうぞよろしくお願いします」
     表情ひとつ変えずに簡潔な自己紹介を終えたみなぎは、
    「……しかし武蔵坂学園は流石ですね。色々とハイレベルにまとまっているようで……」
     灼滅者たちをまじまじと見つめながら満足気に頷いた。
    「いえ、こちらの話です。さて、では不慣れではありますがお仕事の話をしていきましょう。……不慣れな方が好きという方もいらっしゃると思いますしね」
     一体何の話をしているのだ。
     そうツッコミを入れる間もなくみなぎは本題に入った。
    「……先日の芸術発表会、わたしも陰ながら閲覧させて頂きました。芸術、いいですね。その日、皆さんは大変ご存知であろうラブリンスターが来ていたのも既知の事と思います」
     芸術発表会に訪れたラブリンスターは、とても楽しんでいたらしい。
    「淫魔ながら、いえ、淫魔だからこそいいものを持っているようですね。この目でしかと捉えたいものです」
     ラブリンスターもある意味芸術的である。
     それはともかく。ラブリンスターは何か『お願い事』を残していったという。
    「風真・和弥(真冥途骸・d03497)という方が危惧されていた事態が実際に行われているとの事です。つまり、スキュラの配下がラブリンスター配下の淫魔を強引に寝返らせようとしている……と」
     スキュラ勢は暗示だとかふしぎなオクスリだとか、そういったものを用いて当人の正常な判断力を鈍らせ無理やりにでも勧誘し、人材、もとい淫魔材を引き抜いているのだという。
    「……いくら友好的といえど、ラブリンスターは淫魔です。そう安々とお願いを聞くというのも灼滅者さんたちの立場からすれば難しい問題でしょう」
     しかし、とみなぎは続ける。
    「……スキュラの勢力とわたしたちは明らかに敵対関係にあります。その戦力が増えるのを阻止すると考えれば、話は変わります」
     同時にスキュラ配下の淫魔も灼滅するチャンスでもある。
     ダブルでオトクというやつだ。
    「……現状ですと、妙ちくりんな催眠洗脳によってスキュラ配下の淫魔……ああ、名前はホシミというそうです。一見するとシャキっとしたロングヘアの女性で、おっぱいは小さいです」
     最後の情報は必要あったのか。あんまりじゃないのか。
     敵ながら若干の同情心が湧かなくもなかった。
    「で、そのホシミによってラブリンスター配下の淫魔、こちらはくるん。見習いアイドルらしくて頭の横で髪をひとつに縛っていて、得意なものはダンス、苦手なものはでんぐり返し、そしておっぱいのカップはEを超えるでしょう」
     最後の情報は必要あったのか。具体的やすぎないのか。
     そしてよりホシミとの格差がまたどうにも非情であった。
    「……まあとにかくくるんがオトされそうになっているわけです」
     このままだとスキュラ側の淫魔が2体になってしまう。
     しかし、状況は変える事ができる。
    「これを阻止するには、正常な判断ができなくなってしまったくるんに対し、ラブリンスターを褒めちぎってみたり……あるいはスキュラを蔑んでみたりすると正気に戻ってくれるかも、しれませんね」
     ようはホシミとは逆の事をすれば良いのだ。
     グッとくる説得を試みてもらいたい。
     正気に戻すことに成功すると、くるんは灼滅者との戦闘を回避してくれるだろう。
    「……では失敗するとどうなるのか。勿論両方と戦う事になります。ちなみにラブリンスターからは寝返ってしまった淫魔は「哀しいけど灼滅されてもしょうがないですよね」てな事を言っていたようなので、さっくりやっちゃって構いません」
     どちらか一方を灼滅すればもう一方は撤退すると考えられるが、かなりの苦戦を強いられる事だろう。
    「まあ……これは色々な意味で最悪の場合になりますか」
     気になるスキュラ側淫魔、ホシミの戦闘能力だが、主にナイフを使った近接戦闘を得意としているようだ。
    「ホシミがやっている事は地味ですが……それ相応の戦力を有しています」
     小物っぽくあれど、油断してはならないとみなぎは釘を刺す。
     だが、そういった痛いところを狙えば油断を誘えたりするかもしれない。
    「……さて、こんなところでしょうか。それにしても前転ですか……」
     ふむ、とみなぎは顎に手を置き、
    「スカートで実施した場合……そしてそれを正面から捉えた場合……」
     窓の外に視線を送った。
    「……淫魔とは、恐ろしい存在ですね」
     言葉とは裏腹に、その声はどこか楽しそうに聞こえた。


    参加者
    蓮華・優希(かなでるもの・d01003)
    相良・太一(土下座王・d01936)
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)
    二十世・紀人(虚言歌・d07907)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    御門・美波(堕天使アストライア・d15507)
    フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)

    ■リプレイ

    ●ざ・せっとく
    「その勧誘、ちょっと待ったー!」
    「!?」
     くるんの陥落も秒読みと思われた刹那、閉ざされた扉が物凄い勢いで開くとともに何かが転がり込んできた。
     そう、文字通り『転がり入って』来たのだ。
    「なんて威力の前転……誰!?」
    「俺か? 俺は――」
     部屋の真ん中付近まで転がった一・威司(鉛時雨・d08891)は徐に立ち上がり、服に付いた埃を軽く払うと、
    「いや。俺たちは、と紹介した方がいいな……」
    「おいおい、いきなりイイところ見せてくれるなァ、一!」
    「挨拶代わりとしては十分じゃな」
     続いて入ってきた二十世・紀人(虚言歌・d07907)や八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)をはじめとした7人の仲間たちに視線を送った。
    「大挙して押し寄せて一体何を……まさか、灼滅者!?」
     ギョッとするホシミに天峰・結城(全方位戦術師・d02939)は「理解が早くて助かります」と皮肉っぽく頭を下げる。
    「まさか私を邪魔しようとしているのかしら。別に『悪さ』はしていないと思うけど?」
    「それはごもっとも。しかしそれを許すと私達にとって面倒になるものですから」
     結城の言葉に同意するようにコクンと頷くフィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)は、ふと首を傾げる。
    「……勧誘するのは……スキュラの……戦力……足りてないから……かな……?」
    「単に可愛い子を引き抜いているだけ、で納得して貰えないかしら」
    「スキュラは芸能事務所の社長なの?」
     しれっと適当な事を言うホシミに蓮華・優希(かなでるもの・d01003)は呆れたような眼差しを向ける。
    「たとえそうだとしてもやり方が卑怯だよね」
     御門・美波(堕天使アストライア・d15507)もまた、軽蔑の感情を交えてホシミを目線で射抜く。
    「どこが卑怯なのかしら。こうして同意を得ているというのに?」
    「ふやぁ~」
     くるんの顎の下を撫で、悦に入ったような笑みを浮かべるホシミ。
    「ま、まさかお前ら……そういう関係なのか!?」
     ゴクリと喉を鳴らす相良・太一(土下座王・d01936)。
    「さて、どういう関係かしらね。それじゃそこをどいて貰えるかしら? それとも、私たち2人を相手にやり合おうっていうの?」
    「そうじゃな、その話じゃとわしらが苦境に立たされる可能性もあろうの。もっとも、話の内容は変えさせて貰うのじゃが、な」
     扇を開き、笑む口元を隠す源一郎。
    「他にどんな選択肢があるって……」
    「くるん、といったよね」
     自分ではなくくるんに話しかける優希を見て、ホシミは心底不思議そうな顔をした。
    「本当に、君は彼女と行くの?」
    「……ふぇ?」
     優希の声に反応した。それならまだ間に合うだろう。
    「ラブリンスターも君ならできると信じているから、要所要所に前転を入れたのじゃない?」
     ラブリンスターという言葉にぴくりと肩を揺らすくるん。
    「あんな姑息な手で言いなりになるなんて、それでも貴女ラブリンスターの淫魔なの?」
     それを見逃してなかった美波は、少しきつ目にそう言い放つ。
    「ラブリンスターだけじゃない。頑張ってきた昨日までの自分を裏切る価値はある?」
    「その程度の努力も出来ずに夢なんて叶えられるはずないと思うんだよ」
     優希と美波に迫られ、くるんは怯むように一歩下がった。
    「何をするかと思えば、言葉で私の洗脳……もとい勧誘を振り払えるとでも?」
    「やっぱり本人の意志無視じゃねェの?」
     紀人のツッコミに何のコトやらと口笛を吹くホシミ。
    「とにかく……ちょっと壁に当たったからと言って、すぐに別の場所に逃げるアイドルが売れると思います?」
     諭すような結城の言葉に反応したのか、ゆっくりと頭をもたげるくるん。
    「そもそもすきゅらパワーで前転が出来るだなんて……怪しい宗教よりも信憑性ないですよ」
    「その純粋さは貴重とも言えるがの」
     苦笑する源一郎は朗々とスキュラとラブリンスターの行いの違いを説く。
     スキュラのその子供のような身勝手さを、それゆえの残酷さを。
    「――つまり、スキュラの配下になれば大成する前に吸い取られて消滅するかもしれぬ」
    「……えっ」
    「とすれば、前転が出来るようになっても意味は無い気がするがの」
    「例えばスキュラは安房での戦いで『糸』を通じて配下のエナジー全部吸い取り犠牲にして八犬士を復活させている」
     これは事実だと威司は捕捉する。
    「前転ができるようになった代償が命じゃあ、どうしようもねェよな。そんな危険な力が欲しいのかアンタは?」
     紀人も肩をすくめ、安易な契約に警鐘を鳴らす。
    「ちょ、アナタにスキュラ様の何がわかるって……!」
     反論しようとするホシミを笑顔で、しかし妙な迫力で制止する源一郎。
    「古臭く見えてもラブリンスターのように地道に頑張る方が素敵だと思うがの。真っ直ぐでもよい、むしろ真っ直ぐでよいではないか」
     時代に逆行している事かもしれないが、だからこそ、ラブリンスターの姿勢は目に新しい。
     ふと、紀人の頭にひとつの疑問が浮かび上がった。
    「なあ、ラブリンスターを『やることが真っ直ぐ』だっつーことはスキュラのやることは捻じ曲がってんの?」
    「はあ!? そんなワケないですー! 勝手にスキュラ様の性格が悪いとか言われたくないんですケドォー!」
    「ガキのケンカかよ。つーかスキュラって誰だよ知らねェよんな影薄い情報非公開」
    「影薄い!?」
    「ラブリンスターの懐の広さを見習えよ。そりゃ、スキュラとかいうよくわからんぽっと出のダークネスよりもノリの良い方が面白いに決まってるよなァ」
     ムキになっているホシミを眺め、愉快そうにディスる紀人。
    「……一流アイドルに……育てるどころか……サイキックエナジーを……吸い取って……使い捨てたり……捨て駒にする……」
     フィアもぽつりぽつりと核心を攻めていく。
    「……そんなスキュラの……どこが……いいの……?」
    「使い捨て云々は貴女にも言える事だ、ホシミ」
     威司は不意にホシミへと向き直った。
    「八犬士ばかり可愛がられて、お前はこんなところまでパシリをさせられ、行き着く末路は捨て駒……」
     ダークネスながら哀れだと威司は首を振った。
    「どうだろう。ラブリンの配下になれば、くるんのように期待されアイドルになるための自己研鑽の時間も与えてくれるかもしれない」
    「こ、この私を手篭めにしようとでも言うのかしら……?」
    「スキュラの力でと言っていたけど、君はスキュラだけの力で何かを成し遂げるような事を喜ぶの?」
    「それでいて失敗したら……どうなるか自分でもわかっているんじゃない?」
     優希が、そして美波もホシミに説得を試みるが。
    「私がそう簡単にスキュラ様から離れると思わない事ね!」
     ホシミには灼滅者たちの声は届かないようだ。
     くるんの手を引き走りだそうとしたホシミの脚を、
    「惑わされるなくるん!」
     太一の大きな声が止める。
     いや、止まったのはホシミの脚ではなく。
    「ファンが求めるのは完璧なダンス、完璧な前転じゃない! アイドルくるんが見たいんだ!」
    「まさか……!」
     くるんが抵抗し、引き止めているのだ!
    「失敗したっていいじゃない、むしろ萌え要素!」
     太一は拳を握り、あるいは腕を払い、力強く訴えかける。
    「ありのままの……キミでいいんだ!」
    「わ、わたし、は……」
    「肩入れするつもりもないんだけどね……ていっ!」
     美波は円盤状の何かをくるんへと放り投げた。
     それは上手い具合に、何故だか知らないが胸の膨らみの上に着陸した。
     CD、それもラブリンスターの歌が収録されたものだ。
    「本当に、アイドルが、ラブリンスターの事が嫌になったのなら、壊せばいいじゃない」
    「らぶ、りん……?」
    「いけない!」
     焦るホシミはくるんに乗るCDを引っ手繰ろうと腕を伸ばし――。
    「あ、あとスキュラにつくとせっかくのEが萎むんじゃね?」
    「「「は?」」」
     太一の一言に一瞬にして場の空気が凍りついた。
    「はっ!?」
     止まった時の中、少女淫魔の短い声が響いた。
    「あれっ、ここはドコ? わたしはスーパーアイドルを約束された存在くるん」
    「過大評価しすぎじゃない?」
     察するにくるんは自分を取り戻したようだ。
    「ん? これはラブリンスターさまのCD!? わーい、貰っとこー」
     美波が投げたそれを胸元のスロットに収納するくるん。
    「なにあれ収納できんの!?」
    「……普通は……やろうと……思わない……」
    「うん、そうだね」
     テンションが上がる太一に冷静に返すフィアとやけにフラットな笑顔の優希だった。

    ●ざ・せんとう
     灼滅者たちはくるんを下がらせると、
    「Sie sehen mein Traum,Nergal」
     フィアをはじめ、それぞれ殲術道具を展開した。
    「おっと、そう簡単に通すわけにはいかぬよ」
     源一郎たちを撃滅し、くるんを再び我が手にすべく懐からナイフを取り出し飛び込むホシミ。
    「なかなかどうして、真っ直ぐな攻撃のようだの。なら、わしもひとつ正面からいかせてもらうとしよう」
    「くっ!」
     ナイフの一撃を片手のクルセイドソードで受け流し、もう片腕を異形化して殴り飛ばす。
     源一郎の拳は綺麗に叩きこまれたように見えたが、衝撃をうまく緩和していたようだ。
    「少しは動けるみてェだな、惚れそうになるぜ!」
     紀人の軽口にこれといった反応を見せず、隙無く構えるホシミ。
    「スルーはスルーで悲しくなるなァ。それじゃ、俺とダンス勝負でもしてみるか?」
     と、紀人はとんとんと軽いステップから大鎌を振り回しながらのブレイクダンス、そして。
    「あ、あれは!?」
    「あれが使えるのが奴だけではないと知らしめたか……。二十世、考えたな」
     身を乗り出そうとするくるんを抑えながら威司は小さく唸る。
     紀人はパッショネイトダンスに前転を組み込んだのだ!
     着ている装備が妙にぱっつんぱっつんなのが気になるが……。
    「まだまだ回っていくぜェー?」
    「ぐぬぬ!」
     回転の奔流から抜け出したのも束の間、
    「そのナイフを収めて。まだ、間に合うから……」
     待ち構えていた優希はなおも説得を試みるが、
    「私にはスキュラ様がいる! それで十分よ!」
     返ってきたのは情を無下にする言葉と、ナイフの一閃。
     優希はそれをシールドでかわしながら残念そうに瞳を伏せた。
    「そんなにスキュラがいいの? 卑怯な手を使わなきゃ、信仰者を集められない淫魔なんてお笑い草だよね?」
     優希の後方に位置する場所から美波が飛び出し、トンファー状のマテリアルロッドを打ち付け、爆散させる。
     研ぎ澄まされたトンファー捌きと美波自身のしなやかな身体能力が織り成す流星のような一撃に態勢を崩すホシミ。
    「そうだと知ってもまだ心が囚われているのは、悲しい事だね」
     美波のトンファーに重ねるように優希もサイキックソードを繰り出し、攻撃の連鎖で包囲する。
    「うッ、これ以上は……!」
    「……逃がさない……」
     下がるホシミを、しかしフィアは許さない。追いすがり、両手に持った日本刀を振りかざし体に下げた幾本もの鋭利なナイフが涼やかな音を奏でていて――。
    「って、それはなんちゃら&なんちゃらのナイフ!?」
     フィアはそれに答えず、ただチラチラと見せつける。
     黒く光るそれらはまさしく某&某社のナイフだった。
    「なんて羨ま……じゃなくて!」
    「……欲しいの……?」
    「くれるの!?」
    「……はい……」
    「え、ちょっと!」
     フィアは下げたナイフの1本を手にし、それを弧を描くように前方へと放り投げた。
     慌ててキャッチしようとするホシミに、フィアは容赦なく疾風迅雷の太刀をお見舞いした。
    「ぐあー!?」
    「……あげるとは……言って……ないよ……」
     まだ中空を漂っていた刃を無造作に取ると、フィアはそれを元の位置に収納した。
     それにしてもと結城は解体ナイフを構えながら疑問を口にする。
    「ヘッドハンティングするなら貴女みたいな末端でなくて頭が来るべきでしょ?」
    「え」
    「……ああ、スキュラの居場所も知らないんですか」
    「馬鹿にして!」
    「まさか図星でしたか。これは失礼」
     ナイフとナイフが衝突し、何度も金属音を響かせる。
     お互いに傷が入るが、結城の傷は隙無く威司によって治癒される。
    「助かります」
    「孤軍奮闘は結構だが、こういう時にスキュラは助けに来てくれるのか?」
     輝く光輪を仲間の正面に展開しながら威司は呟く。
    「だからそれは――」
    「最終決戦前に景気付けといくか!」
     不意に紀人が自慢の喉を披露する。これはエンジェリックボ……!?
    「なに、この怪音は!?」
    「……歌……?」
     紀人以外の全員が竦み上がり、あるいは耳を塞いだ。
     どう聞いても「ボエー」としか聞こえない。一体どういう理屈かは分からないが事実なのだ!
    「紀人のエール、受け取ったぜ!」
     それも意に介さない様子の太一が飛び出し、バトルオーラを全力で噴出させる。
    「残念だぜホシミ、あと2カップも上ならば話は違ったかも知れない!」
    「あ?」
     殺意しかない視線を向けられた。
    「このレーヴァテインで燃えるのは、俺の愛! ラブリンとくるんへの愛に焼かれろホシミ! うおりゃあああ!!」
     愛の炎で灼き尽くさんとする太一。対するは絶対零度の殺意。
     その行方は。
    「ぐ、うう……こんな所でこのカリスマが……。なぜ!?」
    「貴女の好きなスキャラ様に祈れば? そしたら」
     辛うじて生き残ったホシミを、美波はトンファーを用い、たかどうかは定かではないが組み付き投げ飛ばし、硬い床に沈めた。
    「魂だけでも彼女の元に逝けるかもね」

    「本当だ、マットを敷いたら頭が痛くなくていいかも!」
    「だろ? 前転はいけるかもなー。目指すは倒立前転!」
     紀人の指導の下、前転の練習を開始したくるん。
     どうやら堅い床で、というのが元凶のひとつであったらしい。
    「危ない所を助けてもらった上に指導してくれるなんて……ありがとう!」
    「別にダークネスと慣れ合うつもりはないんだけどね。今回は、特別」
     くるんの言葉にそっぽを向く美波。
    「危機にファンが駆けつけるのは当然さ、礼なんて不要!」
     それとは対照的に太一は真っ直ぐに見つめ、キメ顔でのたまった。
    「そ、そう? というかキミ、ファンなの?」
    「あーいやいや! どうしても礼がしたいって言うならくるんのライブチケットで! 当然前転真っ正面特等席を1枚!」
     目を見開きながら宣言する太一にくるんは戸惑いつつも、「機会があれば」と笑った。
    「あれは淫魔に籠絡されているんじゃないか?」
    「若さ、じゃな」
     威司と源一郎は少し離れた場所で腕を組み、賑やかな様子を眺めている。
    「終わったら皆でお茶でもどうかな?」
    「それはいいですね。練習組に伝えてきましょう」
     優希の提案を結城は快諾し、紀人たちのもとへと歩いて行った。
    「頑張る姿勢や努力に人も淫魔もないから、ね」
     賑やかな仲間たちの背景で、優希は歌を紡いだ。
     自分で困難を打ち砕こうとするモノにエールを込めて。

    作者:黒柴好人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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