「はあ、はあ、はあ……」
グシャン、といくつもの湿った音が響き渡る。高速道路の高架下、時折走る車の音がその音を掻き消していた。
「こ、ろし、た……殺した、ぞ……」
その場に尻餅をつき、男はかすれた声でこぼす。血塗れのその手は、青と赤に染まっていた。赤はその足元に転がる、かつて人だったモノが流したモノ。青は、異形に変化した男の手だった。
「俺は、まだ、俺だ……俺だ……」
かすれた声に混じるのは、嗚咽だ。それは、魂の奥底からの恐怖に踊らされた者の声だ。そこに、自分の意志はあっても自由はない。
殺しているのか? 死なせているのか? もはや、そんな境界線さえ曖昧な『作業』を終えて、男はフラフラと歩き出した。
「俺は、化け物、に……なりたく……ない……! 殺して、殺して、生き抜いて、やる……!」
「……救いのない話っすけどね」
眼鏡の奥、その目を細めて湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は口を開いた。
今回、翠織が察知したのはとあるデモノイドロードの存在だ。デモノイドロードになったそのきっかけはわからない。しかし、その男は悪の心と同じだけの人間としての心もまた残していた……本当に、それだけの悲劇なのだ。
「自分が人の心を失いたくないから、他人を犠牲にする……もう、破綻が見えた相手っす。何としても食い止めて欲しいっす」
夜、その高速道路の高架下にデモノイドロードは現われる。ただ、このデモノイドロードは狡猾であり、慎重だ。単独の、無力そうに見える得物だけを狙って殺してくる。
「……たとえば、末成年とかっすね。だから、みんなの内の誰かが囮になれば、引っかかるっす」
しっかりと囮役を決めて、他の人間も身を潜める手を考えるべきだろう。
その上で、デモノイドロードは強敵だ。加えて、その狡猾さから自分が不利な状況になれば逃げの一手を打ってくる、こうなるとただ戦うよりも厄介だ。
「あんまり、気分のいい手じゃないっすけどね? ……こいつの罪悪感を利用するのも手っす。必死に目を逸らしていたそれを自覚してしまえば……ただのデモノイドになっちゃうっすから」
そうなれば、後は理性もなく暴れ回りだけだ。逃亡の恐れはなくなるだろう。
「同情すべき点はあるかもしれないっす。でも、その後に自分可愛さに人の命を奪い続けたのならば……そこ『だけ』は、違うっす。悲劇をここで終わらせるために、きっちりと処理してきて欲しいっす」
お願いするっすよ、と翠織は、真剣な表情で締めくくった。
参加者 | |
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槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) |
柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232) |
城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478) |
海藤・俊輔(べひもす・d07111) |
竜胆・山吹(緋牡丹・d08810) |
鈴木・昭子(そらとぶゆめ・d17176) |
唯空・ミユ(藍玉・d18796) |
白河・陸奥(食鬼人・d19594) |
●
高架下――頭上では、時折走り抜ける車の音がした。それに何とはなしに耳を傾けながら、竜胆・山吹(緋牡丹・d08810)は歩いていた。時間は夜、学生鞄を手に制服姿で歩くその姿は、部活帰りか塾帰りに見えるだろう。
「――――」
カツン、という足音がして、山吹は後ろを振り返った。高架の柱、その影から姿を現わした男が、そこにはいた。
異様な男だった。中肉中背。どこにでもいそうな男だった。しかし、頬はこけ、目は見開いて血走り。その表情からは生気が感じられない。死相というものがあれば、こういうものを言うのだろう、山吹は脳裏にそんな考えがよぎった。
「う、あ、あ――ああああああああああああああああああああああ!!」
男が、駆け込んで来る。その右腕が、異形に変形していく。それを転がりながら何とかかわして、山吹は声を震わせた。
「止めて下さい。私は、死にたくない」
「ッ! う、うるさい、うるさいうるさいうるさい!!」
男が腕を振りまわす。かすでもすれば、人間なら一撃で死にいたるだろうそれを山吹は振り返らずに逃げ出した。
そう、振り返る必要はない。後ろからは、言葉にならない怒号がついて来ているのだから。
「来た、みたいです」
その臭いに眉を寄せながら、鈴木・昭子(そらとぶゆめ・d17176)は高架から下を見下ろした。ひどい臭いだった。殺して、殺して、殺して、たくさんの命を奪い業に塗れた者の臭いだ。
「逃避で殺す。気に喰わんが、理屈としちゃ有りだな」
昭子の横で、白河・陸奥(食鬼人・d19594)はそう言い捨てる。
「だがこれじゃやってることはデモノイドになっても変わるめえ。殺していい理由が出来た以上は介錯して、喰った方がいいかね」
ガキン、と歯をかみ合わせ陸奥は唸る。誰も、それが例えではない事には気付かない――だからこそ、海藤・俊輔(べひもす・d07111)は同意した。
「許せねーけど、分からくもないんだよなー。オレらも見方を変えれば灼滅者であるために、ダークネスを倒してるんだかんなー」
生きるために殺す、それは生物の基本――あるいは、それこそ正しい意味での『業』だ。化け物なりたくない、心が死にたくない、その考えは確かにダークネスになりたくない灼滅者と通じるものがあるだろう。
「死でも殺しでも……他者の命を奪う事実は変わらないと思うんだ……ボク達があの男性を灼滅させる事も、同じだとは思うけど……放っておくわけにはいかないから」
使命感と遣る瀬無さ、その複雑な心境を隠すように城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478)がキャスケット帽を被り直す。
その時だ、高架下に犬の咆哮が鳴り響いたのは。それに、柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)はすかさず高架から跳び下りた。
山吹が、高架の柱を背に立ち止まる。それを見た男は、その青い異形の腕を持ち上げた。
「殺す、殺してやる……!!」
男が山吹へ襲い掛かろうとしたその瞬間、高架下に犬の遠吠えが鳴り響く。反響するその声に、反射的にビクリと男が動きを止めたその時だ。
「ヒーロー参上だ覚悟しな!」
破邪の白光に輝くクルセイドソードを、体重を乗せて高明は繰り出した。エアライドを利用した、頭上からの奇襲。それに深々と切り裂かれた男は、よろけながら駆け出そうとした。
「ひ……!」
次々に降りてくる人影に、男は戸惑ったように悲鳴を上げる。それに加えて、その足元に滑り込んだ一匹の蛇が瞬く間に少女へと姿を変える――唯空・ミユ(藍玉・d18796)だ。ミユの異形の怪腕、鬼神変の一撃に男は大きく後方へ飛ばされる。そして、ジャ! と靴底を鳴らして着地した。
「悪ぃな。これ以上、好きにはさせねえ! ぶっ飛ばす!」
犬変身を解除した槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)の言葉に、男の表情が変わる。逃げるためには、この乱入者達を突破しなくてはいけない――決意でも覚悟でもなく、そうなのだと受け入れた、そんな絶望の表情だった。
「くそ、くそ、くそ! 邪魔、しるな! 俺は、俺は殺さなくちゃ――!」
「理由はともあれ人殺しは罪よ。貴方はその手で人を殺したのよ。だからその罪を清算してあげるわ」
言い捨てる山吹に、男が肩を揺らす。笑った、というにはあまりにも痛々しく口の端を歪ませ、吐き捨てた。
「コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル――!!」
ミシリ! と青い異形の巨躯、デモノイドへと変身した男は咆哮を轟かせる。その咆哮は禁呪となって爆発を巻き起こした。
●
デモノイドのゲシュタルトバスターが、風に吹き消されていく。昭子の清めの風だ。
「あなたはほんとうに、あなたですか。……ほんとうのあなたは、殺したくて殺しているのでしょうか?」
「ああ!?」
語りかける昭子に、デモノイドは声を荒げる。構わず、昭子は続けた。
「自由なく生きている「だけ」では、ひととして生きているとは、言えません。ひとのかたちを保っていても、誰かを思いやることが出来ないのなら――それは、ただのばけものです」
「う、るさい!!」
その言葉から逃れるように、デモノイドが地面を蹴る。しかし、それに小さな影が追随する――俊輔だ。
「人を殺したその時に、あんたは既に化け物になっちまったんじゃねーかな? でもまだ心に後悔を残してんならさー、もー止めよーぜ?」
「黙、れ!!」
ヴォン! とデモノイドが右腕の刃を振るう。それを俊輔は跳躍でかわし、刃を足場に更に跳躍。デモノイドの顎を雷を宿したその拳で撃ち抜いた。
「オレ達が責任持って、あんたを人として送ってやるからさー。人として死ぬか、正真正銘の化け物として死ぬか、だぜー?」
「どっちも、ごめんだ!」
デモノイドの左腕が振りかぶられ、俊輔の胴体へと放たれる。しかし、俊輔は防御しようともしない――陸奥が、背後から回り込んでいたからだ。
ガリッ! とデモノイドの太ももが千切られる。口の端を持ち上げ喉を鳴らしながら、陸奥は駆け抜けた。デモノイドが体勢を崩し拳が空を切ったその直後、山吹が長い黒髪をなびかせて懐へと潜り込む。
ヒュオ! と雷をまとった拳が風切り音をさせ、下から上へ弧を描いた。鋭い右のアッパーカット、抗雷撃を受けたデモノイドが大きくのけぞる。
「人を殺したことが貴方の罪。殺された人は死にたくなかった人ばかり。なら『死なせた』のではなく、『殺した』のよ」
「殺したが、どうした!?」
デモノイドの裏拳をダッキング、しゃがむ事で回避。山吹はそのまま横へと跳んだ。
「殺した人は貴方から見て弱い存在だったんじゃないの? だったら計画的殺人よ。裁判員裁判でも貴方は死刑になるようなことをしたのよ」
「強いも、弱いも、あるか! 俺は、死にたくない! 化け物になりたくない、それだけだ!!」
「そんなんだから、ぶっ飛ばされるはめになるんだよ!」
真っ直ぐ突込み、康也はシールドに包まれた拳を叩き込む。体重と想いを乗せた拳だ、それに一歩ふらつくもデモノイドはすぐさま構え直した。
「何だ!? お前らだって、わかるだろ!? こうなれば! 死にたくない、消えたくない、自分でないものになりたくない――それを他人を殺す事で免れるなら、お前らだって、絶対に同じ事をしたはずだ! 違うか!?」
「……有嬉」
こみ上げる想いを押し殺すように、予記はその名を呼んだ。答え、ナノナノの有嬉は、ふわふわハートで俊輔を回復させる。それを見るでなく感じながら、繁る葉の様な形状の影を操り、予記は斬影刃を放った。
真っ直ぐに、予記はデモノイドから……男から、目をそらさない。その姿と想いを真っ直ぐに受け止めるように、予記の青い瞳には強い意志が宿っていた。
「正当化してんじゃ無ェ! 自分の為に他人を犠牲にする事に何も思わなくなっちまったら……もう既にバケモノなんだよ、お前は」
ライドキャリバーのガゼルの機銃掃射に紛れ、死角から高明がシャドウゲイルを繰り出す。太ももの一部を千切られたそこを、影が漆黒の疾風となって切り裂いた。
そして、右手をかざしたミユがその手を握り締めた瞬間、影がデモノイドを絡め取り、締め上げる。
「くそ、どいつも、こいつも、自分勝手な事、言いやがって……ッ!」
怨嗟の声と共に、デモノイドはその右腕を異形の刃に変えて地を蹴った。
●
――これは、悲劇であり救いのないお話だ。その事を、誰もが――もしかしたら、デモノイドロードとなった男もまた、知っていたのかもしれない。
「てめぇの理屈、分からんでもない。己の為に殺すのは俺も変わらんさ」
「ほら、見ろ! 人殺しめ!!」
ギギギギギギギギギギギギギン! と陸奥とデモノイドの、二振りの異形の刃が火花を散らした。一歩も退かぬ乱打戦――だからこそ、好機とばかりに陸奥は言葉を紡ぐ。
「だがてめぇが人であろうが化け物であろうが、どっちにしろもう殺めなきゃにっちもさっちもいくめえよ」
「お前等に、関係ないだろう!? 放っておけよ!」
一合、二合、三合、どれだけ刃を重ねただろう? 陸奥は、頬についた血を舐める。自分のものか、敵のものか、わかりはしないが飢えは少しは癒された、そんな気がした。
「引導を渡してやる」
胴を薙ぎ払う一閃、陸奥のDMWセイバーを受けてデモノイドは膝を揺らす。デモノイドは、そのまま必死に駆け出した。逃走する気だ、その目の前に山吹は立ちはだかり、巨大化した右腕で殴打する!
「また逃げるの? 貴方は自分が犯した罪から逃げられないのよ。人殺しさん」
「うるさい!!」
必死に受け止めたデモノイドが、血を吐くように叫ぶ。そこへ、有嬉の回復を受けた予記が跳び込んだ。
「貴方は……充分、既に化け物だと思うよ」
奉げる緑による強力な一打、縛霊撃と共に予記は強く言い放つ。それに、デモノイドは小さく呻いた。
「ち、がう、俺は、化け物なりたく――」
「怯えること、生きたいと願うことは人として正しいって、思います。でもそののちに、自分だけの都合で力の弱い者の命を奪い続け、今もまたそれをしようとしていたあなたは、一体いま「何」なのでしょう?」
静かに、表情を殺しミユが語りかける。デモノイドは、かすれた声で言った。
「俺は……化け物、じゃ、な……」
だが、そう言われた。昭子に、予記に、そして、俊輔の突き刺さっていた言葉に――人の心が、こぼれる。
「人、として、俺は、もう……死ね、ない……」
「あなたが殺してしまったのは、人です。善良な「人」たちと、あなた自身の「人の心」です」
強い断定口調で、ミユは言い切る。それは、本当の意味で現実を突きつける最後の一線を越える言葉だった。
「死なせている、なんて。そんな、意志のないことはしていないでしょう。意志をもっているからこそ、わたしたちは自分を見失わない。あなたもわたしも、選択する自由があったはずです」
「……あ、あ……そう、だ……った……」
静かに語りかける昭子に、デモノイドはその顔を手で覆った。多くの命を奪ったその手で。男は、最期に悟ったのだ。
「……俺は、もう、俺じゃ、なかったんだ……」
――ギィ、ヤ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! とデモノイドが咆哮を上げた。それは断末魔であり、産声だ。男は、気付いてしまった。殺した事を人の心では背負えないからと、ごまかし続けた現実を。だから、これはようやく本来あるべき結果になった、それだけの事だ。
「……ロスタイムのツケは、払わなくてはいけないのですよ。また、いつか。ひとであるあなたに会えますよう」
「ギイイイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
昭子の呟きに、理性を失った異形の怪物が爆炎を撒き散らした。
「難しーことはわかんねーけどさー」
俊輔は、思う。せめて、人の心を残したまま自らの意思で逝ってもらいたかった、と。だが、過ちを理解してしまえば、男の心は罪悪感に潰され残らなかったのだ。難しい事は、わからない――でも、この結果こそあの男が人の心を残していた……その証拠なんだろう、と理屈ではなく感情で俊輔は理解した。
――だから、心を失ったあの化け物を倒して、本当の意味であの男に終わりを上げなくてはいけないのだ。
「オレはお前みたいに流されるまま倒したりしてるんじゃねーぜ。いつも自分の意志でちゃんとここまで戦ってきたんだかんなー」
荒れ狂うデモノイドへ、俊輔は真正面から突っ込む。放たれる刃を跳躍一番かわし、大上段からマテリアルロッドを叩き込んだ。
「グ、ア!?」
受けたデモノイドの右肩が、内側から爆ぜる。それにふらつくデモノイドは、体勢を立て直しながら高明へとDCPキャノンの死の光線を撃ち放った。
「させるかあああ!」
それを高明は、かざした指輪の石化の呪いで相殺。バキン! と砕け散る石を踏み砕き、真正面から手四つでデモノイドと組み合った。
「高兄!!」
「おう!」
すかさず康也が妖冷弾の氷柱をデモノイドへ叩き込む。それを受けて力が抜けたデモノイドを高明が投げ飛ばすと、ガゼルがそこへ突撃、体当たりする。
ドォ! とデモノイドが地面を転がった。それを追い、予記の繁る影が植物の影にその巨体を飲み込み、有嬉のたつまきが更に切り刻んだ。
「今だ!」
予記の声を受けて、陸奥が一気に踏み込む。その咎人の大鎌を大きく振りかぶり、デスサイズの一閃でデモノイドの肉をこそぎ落とした。そして、昭子の影がギシリ、とデモノイドを強く強く、締め上げる!
そして、ミユと山吹が同時に駆け込む。ミユのオーラを集中させた両の拳が流星群のように振り注ぎ、山吹の非実体化させた刃が骨肉ではなく魂を両断する。
デモノイドが、崩れ落ちる。終わっていたはずの物語が、ようやく終わりを知った、その瞬間であった……。
●
「あなたの命を奪った私……私達をあなたはどう思うのでしょうね。でももう、怯える必要なないですから……」
ミユは黙祷を捧げ、山吹もまたデモノイドの死んだ場所で彼に殺された人に弔いの祈りを捧げる。
予記もまた、脱いだキャスケット帽を胸に冥福を祈った。終わった、なのに心に残り続けるのは重い想いだ。
一般人を守れた。間違ったことはしていない、しかし、善い事をしたのだと胸を張るのもまた違う……そんな気が、ミユはした。それは、ここにいた者の多くが抱いた想いだったろう。
男は、失われた。答えを知る者は、誰もいない。それでも、救われたのかもしれない、そんな希望を抱けた事だけが、救いだった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年12月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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