猪苗代湖を背負う馬鹿

    作者:飛翔優

    「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり……」
     滋賀県琵琶湖のほとりで、一体の強力なご当地怪人が復活を果たした。
    「我、目覚めたり。そしてスキュラよ、サイキックエナジーは受け取った。
     我はここに、『日本全国ペナントレース』の開催を宣言する!
     その身に大地と人の有り様を刻む怪人共よ、我、安土城怪人が元に参集せよ」
     琵琶湖から放たれた大量のサイキックエナジーは、様々なご当地へと降り注ぎ、新たなご当地怪人を生み出した。
     ご当地をその身に刻む者、すなわち『ペナント怪人』である。

    「安土城怪人様のお呼びである、いざ、琵琶湖っ!」

     日本各地に現れたペナント怪人達は、一斉に琵琶湖に向けて走り出したのだった。

    ●放課後の教室にて
    「マリィアンナさんが危惧していたことが現実となってしまいました」
     マリィアンナ・ニソンテッタ(聖隷・d20808)が危惧していたこと。
     それは一昔前、観光地のお土産の定番だったペナント怪人が、日本各地に一斉に出g年してしまったのだ。
     ペナント怪人は頭部が三角形のペナントになったご当地怪人で、頭部に書かれた阿蘇山とか京都とか摩周湖などに由来するご当地攻撃をしてくる模様。
     更に、ペナント怪人は、その地に住む郷土愛豊かな一般人を強化して、ご当地黒子とする力を持っているらしく、複数人を配下として引き連れている。
     ご当地黒子は全身タイツの姿で、頭部にご当地の名前が書かれた姿の強化一般人。ご当地に由来する攻撃を仕掛けてくるが、KOするか、ペナント怪人を灼滅すれば、なんやかんやで元の姿に戻るだろう。
    「つまり、ペナント怪人を倒せば全て解決! というわけですね」
     前置きを語り終え、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は一度息を吐く。
     改めて灼滅者たちへと向き直り、概要説明へと移行する。
    「ペナント怪人たちは、滋賀県の琵琶湖を目指して移動しているみたいです。更に、道すがら、他の地域の名物を発見すると、それを破壊しようとするみたいなんです」
     つまり、ペナント怪人のご当地から滋賀県の琵琶湖に向かう間にある地域の名物が、ペナント怪人に破壊されてしまう。それを阻止するため、ペナント怪人を撃破し、名物を護ると同時にご当地黒子とされてしまった人々を救い出す。
     それが、今回の概要となる。
    「そして肝心要、今回皆さんに相手してもらうペナント怪人ですが……」
     場所は福島県、猪苗代湖。
     怪人の名は、猪苗代湖ペナント怪人スワンイナワシロ!
     破壊しようとしている名物は、栃木県のいちご! 農家を襲撃し、いちご畑を無茶苦茶にしようとしているのだ!
    「皆さんが赴く当日は、お昼すぎのこの畑、ですね。ですので、畑の前で待機して迎え討って下さい」
     幸い、畑の近くには大きな道がある。戦う分に支障はないだろう。
    「続いて、戦闘能力について説明します」
     スワンイナワシロ、力量は八人ならば倒せる程度で、破壊能力に優れている。
     技は、スワンボートを召喚してぶつける大ダメージ技、イナワシロボート。腕から水流を放つことで防具を無効化するイナワシロスイリュウ! そして、地面に水をバラマキ技と滑ることで避けづらく威力の高いスライディングを放つイナワシロスライディング!
     また、従えているご当地黒子は四体。力量は低いが、防御能力に優れておりスワンイナワシロを護るように行動する。更に、エネルギーを他者へ注ぐことにより治療・浄化を行うこともある。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「放置してしまえば、被害に合うのはいちごだけではありません。猪苗代湖も、その名を汚されてしまいます。ですのでどうか、全力での灼滅を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    ハイナ・アルバストル(愚弄の火・d09743)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)
    三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)
    宿木・青士郎(ティーンズグラフティ・d12903)
    齋藤・灯花(麒麟児・d16152)
    片桐・ほの花(花紺青・d17511)
    猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)

    ■リプレイ

    ●侵略者はいちご畑にやってくる
     澄み渡る空気に満ち満ちている栃木県。陽光を照り返す大きなビニールハウスに抱かれて、冬を越えようとしているいちご畑。
     人々が午後の仕事へと赴いていくお昼すぎに、灼滅者たちはやって来た。
     さり気なく警戒する様子とは裏腹に穏やかな雰囲気を漂わせながら、片桐・ほの花(花紺青・d17511)は一人想い抱く。
     琵琶湖へと向かう道中、ついでとばかりにいちご畑を破壊していくのだという猪苗代湖ペナント怪人、スワンイナワシロ。
     もしもいちごを破壊されてしまったなら、いちごのショートケーキが食べられなくなってしまう。いちご大福に、いちご牛乳も……!
    「こ、これは由々しき事態です……!」
    「そうだね」
     一人戦慄するほの花に、虹真・美夜(紅蝕・d10062)が頷き返していく。
     美夜も思いは彼女と同じ。
     これからが美味しいイチゴのスイーツが出てくる時期なのだから。
     だから、新たな気配に素早く反応して振り向いた。
    「大人しく、湖で白鳥に餌でもあげてなさい」
    「っ! な、なんだお前たちはシロ!」
     四人のご当地黒子を従えたスワンイナワシロが、驚いたように体を仰け反らせる。
     素早くハイナ・アルバストル(愚弄の火・d09743)が畑の反対側へと移動して、スレイヤーカードを引き抜きながら口を開いた。
    「あんたを倒しに来た者だ」
    「とぼけた相手だが、放置しておくわけにもいかねぇからな」
     続けて宿木・青士郎(ティーンズグラフティ・d12903)が言い放ち、スレイヤーカードを開放した。
    「……せめて、手応えのある戦いになることを祈ろうか。ククク……糸クズの一本も残さんぞ……」
     雰囲気すらも塗り替えて、スケボーに足を乗せていく。
     呼応するように、スワンイナワシロたちも身構え始めていく。
    「……何をしたいかは分かったシロ。なら、お相手するシロよ……この、猪苗代湖ペナント怪人スワンイナワシロ様がシロ!」
    「会津がほこるみずうみを、よごさせるわけにはまいりません! ……行きます!」
     会津生まれのご当地ヒーロー、齋藤・灯花(麒麟児・d16152)が剣を抜き、切っ先をスワンイナワシロへと突きつけた。
     両者の間に一枚の枯れ葉が落ちた時、いちご畑と猪苗代湖の名誉を護るための戦いが開幕する!

    ●猪苗代湖ペナント怪人スワンイナワシロ
     ひと気のないビニールハウスの一群、青空を翔ける鳥達を観客に、三味線屋・弦路(あゝ川の流れのように・d12834)は舞踏する。
     緩やかに、穏やかに。
     刻みゆくリズムの間に、先頭に位置するご当地黒子を打ち据えて。
     神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)の握る不可視の剣を導いて……!
    「っ!」
     振りぬく直前で腕を引き、わざとかわさせた上で煉は素早く体を捻る。
     ご当地黒子に背中を見せた後、一歩踏み込みながら横一文字に切り裂いた。
     仰け反るご当地黒子を横目に捉えつつ、灯花がスワンイナワシロへと吶喊する!
    「ほんとうにご当地をあいするものであれば!!」
     盾越しの体当たりをぶちかまし、押さえ込みながら睨みつける。
    「よそのご当地だってだいじにできるはずです!!」
    「戯言を……シロ!!」
     跳ね除けられながらも、灯花の気概は削がれない。
     直後に放たれたスワンボートも、爆風ごと盾を掲げて跳ね除けた。
    「灯花ビーム!!」
     声を張り上げ一筋の光を発射して、スワンイナワシロの胸元を打ち据える。同じ地域を愛しながら相容れない想いで火花を散らし、負けられない戦いを挑んで行く。
     引く姿勢を見せない灯花に、猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)が力を送り込んだ。
    「拙者が治療するから安心するでござる」
     浄化の力には優れぬが、治療の技は一級品。
     前線を担う仲間たちを支えることで、この戦いを勝利へと導くのだ!

     灯花らと刃を交わすスワンイナワシロを庇おうと、動き始めたご当地黒子たち。
     動くことすらも許さぬと、青士郎が結界を起動する。
    「我が結界の中では自由に動けまい……」
     自身は空飛ぶスケボーを操り自由に周囲を飛び回りながら、ご当地黒子たちの動きをけん制する。
     なおも動こうと、あるいは深い呼吸で抜けだそうとしていたご当地黒子の一人、もっとも消耗している個体には、発火の呪詛を注ぎ込んだ。
    「所詮腕力のみの力などこんなものだ……我が魔術の前には赤子同然」
    「っ!」
     すかさずハイナが向きを変え、ほの花の影から飛び出した。
    「次はこいつを狙うよ」
     閃光を宿した拳を振るい、次に狙うべき相手を定めていく。
     了解、との言葉の代わりに、美夜は逆十字を刻んでいく。
    「さあ、覚悟なさい!」
    「そうやすやすとはやらせないシロ!」
     反撃とばかりに、スワンイナワシロが水流をほの花に向かって放ってきた。
     避けきれぬさまを見て、ブレイブがすかさず力を送り込む。
    「……」
     さなかにスワンイナワシロを観察し、静かな想いを巡らせる。
     美味しいいちごを踏みつぶそうとしていたスワンイナワシロ。
     もしも放置していたならば、あまいいちごが食卓から消えてしまっていただろう。
    「……」
     思考を巡らせるたびに、苛立ちは募る。
     戦い前に抱いていた怒りが、ふつふつと煮え始めていく。
    「……お前を海の藻屑というやつにしてやるでござる!」
     沸き上がってきた怒りのまま。
     前衛も反撃を避けてくれたタイミングだったから、ブレイブはご当地黒子に向かって八つ当たり気味に影を放った。
     暗き闇へと包んだ後、もう、そのご当地黒子は動かない。
     一般人へと戻ったご当地黒子を戦場の端っこへと運び出し、ブレイブは改めて仲間たちへと目を向ける。
     治療役の任を果たすため、細やかな観察を再開する……。

     程なくして、三人目となるご当地黒子も撃破。
     残り一人になった……との報を効き、スワンイナワシロと相対するほの花は静かに目を細めていく。
    「この調子ですよ、えだまめ」
     霊犬えだまめの放つ小気味の良い返事を聞きながら、冷たき影を解き放った。
     弾かれ、反撃のスワンボートを前にして、ほの花はそういえばと思考を巡らせる。
    「うおお、懐かしいですスワンボート……! 私、幼少期にどうしても乗ってみたくて祖父にねだったのですが結局ぐおっ!」
     想い出に浸っている間に強打を受け、えだまめがどこか呆れたような表情を浮かべながら治療へと向かっていく。
     自身も呼吸を整えながら礼を述べ、次なる攻撃に備えて身構える。
    「次はこれでも喰らうシロ! イナワシロスライディング!」
     スワンイナワシロが水をバラマキ駆け出した。
     えだまめが水の上で遊び始め、スライディングでふっ飛ばされた。
    「えだまめ、何をしておるのですか……」
     主に似た……かどうかはさておいて、抑えることはできている。
     故に迷いなく、元々乱れもなく舞踏しつつ、弦路は三味線の糸を張り巡らさせていく。
    「……」
     言葉なく、ただ舞い踊るがままに指で弾き、スワンイナワシロごとご当地黒子を縛り付けた。
     もがくスワンイナワシロに、ご当地黒子に流し目を送りながら、更に強く、更にきつく締め上げる。
    「今だ」
    「ああ」
     短く答え、煉がご当地黒子の懐へと入り込んだ。
     下から切り上げ、肩で押しのけ、在るべき姿へと戻していく。
     残るは、スワンイナワシロただ一人。静かな息を吐きながら、煉は向き直る。
     愛が故の暴走か……ご当地を愛する思いはふさわしい。名物をより多くの人達に知ってもらおうという情熱と心意気。直向さは見習うべきところもある。
     しかし、他の名物を壊しても良いということにはつながらない。
     郷土を愛する人を巻き込むなどもっての他。ブームが過ぎ去ろうとペナントを大切な思い出の品として大切にしている、そんな人達の思いを、そして猪苗代湖と栃木の苺を護るため、ただただ剣を振るうのだ。
    「皆の思い出とともに安らかに眠れ!」
     大地を蹴り、瞬く間に懐へと入り込む。
     糸から抜け出し何かを放つ気配を感じたが、問題はない。
     体を捻り、横に薙げば、スワンイナワシロは慄き後ずさる。
     全身のバネを活かして後退し、避けるのに十二分なほどの距離を確保した。

    ●いちご畑の守護者たち
     しかし……と、ほの花は改めてスワンイナワシロの容姿に思いを巡らせる。
     曰く、シンプルながらも光る何かを感じると。
     見目も中々どうして、ご当地怪人は皆センスが良いではないかと。
    「けれど倒します! スワンイワナ、スナン、スワンイワ」
    「スワンイナワシロだシロ!」
    「行きます!」
     きちんと呼ぶのは諦めながらえだまめと視線を交わし、左右からスワンイナワシロににじり寄る。
     水流をチャージしていると思しきスワンイナワシロに、交錯する斬撃を。
     エックスの軌跡を刻みつけ、続くハイナを導いた。
     ハイナは素早くスワンイナワシロの状態を確認し、杖を中心へと叩きつける!
    「っ!」
     魔力を爆発させたなら、スワンイナワシロが一歩、二歩と退いた。
     自身も素早く距離を取り――。
    「っと!」
     ――軽やかなサイドステップで横に抜け、後方へと回り込む。
    「っ! ならばお前にシロ!」
     灯花に水流を放っているスワンイナワシロの背中へと、一撃、二撃と硬い拳をかましていく。
     件の灯花も、ただただ水流を受けているわけではない。
     思いの強さを光に変えて、あえて水流へと撃ち出した。
     勢い陰らぬとぶつかり合わせ、互いににらみ合い……爆ぜる!
    「ぐ……」
     打ち破られたスワンイナワシロが、一歩、二歩とよろめいた。
     すかさず集う攻撃は、スワンイナワシロを混乱させるには十二分。
     もはやまともな狙いも定められぬのだろう。
     前方に位置する者たちの合間を抜け、後方に位置する美夜へと水流を放ってきた。
     避けきれず、体中が水浸し。艶やかな黒髪に伝う水滴を弾きながら、美夜は静かな笑み一つ。
    「女の子に水をかけるなんて、良い度胸じゃない」
     ダメージを受けている様子など露ほども感じさせぬまま、トリガーを連打しスワンイナワシロの足を撃ち抜いた。
    「シロっ……このままでは……」
    「……」
     よろめくスワンイナワシロに近寄るは、舞を紡ぎ続ける弦路。
     緩やかに、流れるように、反撃のスワンボートを受け流し、スワンイナワシロへとにじり寄る。
     前触れもなく三味線の撥を振り上げて、よろめく体を切り裂いた。
     更に動かんとするその体を、青士郎の結界が拘束する。
    「……閉じ込められ果てろ。貴様にはそれがお似合いだ」
     結界の中、スワンイナワシロは動きを止めた。
     ただただ前だけを見据えたまま、絞りだすような声を出していく。
    「い……イナワシロに栄光あれシロー!!」
     倒れることもできずに爆散し、後には何も残らない。
     灼滅者たちは静かな息を吐いた後、ご当地黒子にされていた一般人の解放へと移行した。

     解放も治療も済み、一息つけるようになった灼滅者たち。
     煉がほっと息を吐いた後、仲間たちへと向き直る。
    「さて、折角此処まで来たんだ。皆でイチゴ狩りでもしてから帰らないか? 時期は外れるけどハウスが有るから大丈夫だろう」
    「まことでござるか! いちご……いただきたいでござる……」
     いち早くブレイブが目を輝かせ、煉の提案に乗っかった。
     否を唱える者もいない。彼らは周囲を調べた後、イチゴ狩りへと繰り出した。
     今回守ったもの。その形を、確かな形で心の中に刻むため……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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