紅葉の宴

    作者:飛角龍馬

    ●紅葉
     紅く色づいた木の葉が、麗らかな日差しを浴びて揺れている。
     モミジやカエデが見事なこの日本庭園は、知る人ぞ知る紅葉の名所である。 
    「うむ、見事なものよ。これは来た甲斐があったというものだな」
     地面に敷かれた筵(むしろ)の上で、座布団に座りながら感嘆するのは、紅い長髪を後ろで結った着物姿の少女。
    「しかしだ」
     名を狩野・紅葉(かりの・くれは)と言う彼女は、感動も束の間、表情を一変させて、従者である三人の和服美人に不満をぶつけた。
    「これほどの用意があるというのに、宴を囲むのがたった四人とは何事かっ!」
     敷き物の片隅には、確かに、人数分を遥かに超える量の重箱や飲み物が用意されている。
    「困りましたねぇ。見物客の方々をお誘いする予定だったのですけれど」
     どこかのんびりとそう応えたのは、三人の従者の中でもリーダー格の女性、月夜だ。
     古い家柄ゆえの厳しい教育に縛られ、小学校も半ばを過ぎた今まで、共に騒げる友達さえ作れないできた紅葉の、数少ない理解者が、家の使用人である彼女達だった。
     幸か不幸か、そうこうしている内に、庭園に見物客らしい数人の青年達が現れた。
    「おお、そこの衆。よい所に来た。こちらへ来て宴に加わるがよい」
     紅葉が青年達に声をかける。戸惑う青年達を説得したのは、三人の従者達だった。
     美女三人に誘われたとなれば、青年達も断る理由がない。
     間もなく、彼等も交えて、紅葉の宴が幕を開けた。
     青年達は飲み食いして楽しんだが、一体何人が気付いただろうか。
     紅葉と呼ばれる少女の頭に生えた、鈍く光る黒曜石の角に。
    「月夜、月夜。舞いを見せよ」
     命じられるまま、従者達が見事な舞いを演じて見せる。
     青年達は三人の舞踊に見とれてしまった。舞いが終わっても、彼らの興味は三人の美女だけを向いていた。
    「――詰まらん」
     呟いたのは、顔にさっと影を落とした紅葉だ。
     構ってくれない客など、要らない。皆殺しにしてしまえ。寂しさが負の衝動を呼び、沸き上がる黒い感情に支配された紅葉は、遂に理不尽な怒りを爆発させた。
    「詰まらん詰まらん詰まらん詰まらぁぁぁぁん!!」
     暴虐の力を解き放った紅葉は異形と化した腕を振るい、青年達を一人残らず撲り殺した。
     
    ●序幕
    「紅葉狩りの宴と言えば風流だが、このままでは犠牲者が出る」
     武蔵坂学園の教室で琥楠堂・要(高校生エクスブレイン・dn0065)が灼滅者達に告げた。
    「紅葉シーズンは終盤だけれど、まだ見頃の場所もあるのよね」
     言ったのは窓際の席についた橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)だ。
     要は彼女の言葉に首肯してから、
    「事件を起こすのは、狩野・紅葉――小学生の少女だ。由緒正しい名家の娘らしく、厳格な教育を受けてきたが、その余りの窮屈さから歳相応に遊ぶこともできず、悲哀を募らせて闇に呑まれてしまった」
     闇に堕ちかけている紅葉は、我がまま放題に振る舞い、数少ない理解者である数名の使用人に力を与え、従えている。
    「闇堕ちした一般人は、通常、すぐさまその意識をダークネスに乗っ取られる。しかし、紅葉はまだ彼女自身の意識を残している」
    「救える可能性は残されている、ということね」
     レティシアの言葉に、要は我が意を得たりと頷いて、
    「紅葉は従者三名と共に、日本庭園で紅葉見物を行う。すぐ戦闘を仕掛けても構わないが」
     紅葉の意識が、まだ残っている以上、それに訴えかけることが望ましい。
    「紅葉は大勢で盛り上がりたいのか、庭園に姿を見せた者を宴に誘う。よって諸君には彼女の誘いに応じて、ひとまず紅葉見物の宴に加わって頂きたい」
    「そこでうまく彼女の心に寄り添えれば、救い出しやすくなる……ということ?」
    「ご明察だ。紅葉の心に寄り添い、宴を盛り上げることが説得に繋がり、彼女の力を削ぐことにもなる。もちろん、単に彼女の欲しいままにして済ませるというわけではない」
     闇堕ちしかけた彼女のこと、始めは良くても、我がままが通らなければ怒りだすだろう。
     ひとしきり宴を演出した後は、紅葉と戦闘を交えることになる。
    「紅葉は神薙使いと縛霊手相当のサイキックを行使する。従者のリーダー格である月夜は日本刀、あとの二名は妖の槍相当の力を駆使して来るだろう」
     闇堕ちから救い出すための必須条件は、紅葉を戦闘でKOすること。
    「彼女はきっと、友達を求めているのね。本音で話したり、笑い合えるような」
     ぽつりと言ったレティシアに、要は一際深く頷き、全員に告げた。
    「僕からの説明は以上だ。諸君の力で、一人の少女を孤独と悲哀の闇から救い出してくれ」


    参加者
    上河・水華(水能覆舟・d01954)
    一之瀬・祇鶴(リードオアダイ・d02609)
    高野・あずさ(菫の星屑・d04319)
    西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)
    吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)
    御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)
    盧木崎・愛琉(呪えない思慕・d16105)
    須磨寺・榛名(報復艦・d18027)

    ■リプレイ

    ●序
     流石に隠れた名所と言われるだけあり、枝々に揺れる紅葉は見事なものだった。
     ――紅葉ぐらい静かに眺めさせてもらいたいものだけれど、血生臭いものにするわけにはいかないものね。
     敷き詰められた筵に座って、一之瀬・祇鶴(リードオアダイ・d02609)は周囲に目を向ける。橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)を引率役に、祇鶴達はクラブ活動と称してこの場を訪れていた。誘われて宴に加わったところまでは、一先ず順調。
     クラブ名は、盧木崎・愛琉(呪えない思慕・d16105)の案で『自然研究会』としている。
    「俺は吉沢昴、呼び易いように呼んでくれよ」
     着流しを纏った吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)が自己紹介する。
    「昴か。私は狩野紅葉と言う。そちらは供の月夜――」
     紅葉もまた名乗り、従者を紹介。従者達は緩やかに一礼して人数分の弁当を並べ始めた。
    「こんな綺麗な庭園があったのですね、狩野さんは毎年ここへ?」
     高野・あずさ(菫の星屑・d04319)の問いに紅葉は首を横に振って、
    「月夜が探してきてくれたのだ。このまま我が庭としたいものよ」
     満足げながら、傲慢さが見え隠れしている紅葉の言だ。
    「わたし達は……学園の……集まり……ですけど……」
     お茶を点てる月夜に、語りかけたのは西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)。
    「あなた達は……どのような……ご関係で……?」
    「はい、私達は紅葉様の使用人でございまして」
     問いは既知の情報を引き出すばかりだったが、玉緒は和やかに会話を進めていく。
    「それより、お寒うございませんか?」
    「……慣れ……でしょうか……」
     寧ろ何というか、妙にペースの合う二人であった。
    「それにしても、四人だけで宴会を開こうとしていたのか」
     広く敷かれた筵と宴の準備を見て、上河・水華(水能覆舟・d01954)は、改めて紅葉の孤独に思いを馳せた。
    「なかなか人が集まらぬでな……他に付き従う者がいるわけでもなし」
     言葉少なながらも、紅葉がぽつぽつと身の上を語り出した。
    「とても厳格な家庭で育ったのですね……」
     話の中で、和服姿の須磨寺・榛名(報復艦・d18027)が的確な相槌を挟む。
     ――単に育てられ方の問題か、不器用さ故か。
     少し離れたところで御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)が紅葉を観察する。
     会話の端々に混じる傲慢さは恐らく、彼女が重ねてきた寂しさによるものでもあり――。
     紅葉の頭に今も確かに光る黒曜石の角を、司は見据えていた。
     やがて人数分の食事が並べられ、紅葉の宴が幕を開ける。
    「余興として、短歌の一つでも詠もうかしらね」
     そう言って立ち上がった祇鶴が、短冊に記した詩を詠む。
    「桐の葉も踏み分けがたくなりにけり――」
     誰来るあてもなく野辺に宴を張り、孤独を癒す客人を求める。それは、
    「今のあなたに相応しい詩ではないかしらね?」
    「……うむ」
     厳格な教育の賜物か、紅葉はその歌の意を解していた。
    「友達がいない、か」
     水華が呟く。彼にもまた、紅葉と似たような過去がある。
     その共感によるものだろうか。
    「よし、分かった」
     言って一つ頷くと、水華は何事かと驚く紅葉を見据えて、
    「俺が、いや俺達がお前の友達だ」
     はっきりと告げた水華の言葉に、レティシアも微笑を湛えて頷く。
     紅葉はまるで珍しいものを見たように、目を丸くしていた。
     
    ●破 
    「わっ、これ美味しいっ。やはり旬のものは風味が違いますね」
     螺鈿の装飾が美しい重箱から里芋の煮物を口に運んで、あずさが感嘆する。
    「その着物はなかなか似合っているな」
    「狩野さんも、モミジの柄がよくお似合いですよ」
     榛名は紅葉の傍に座り、段々と打ち解けた会話を交わすようになっていた。
    (友達なら、敬語は外した方が良いのかな……)
     思うものの、傍から見るとその遣り取りには違和感がない。
    「レティシア先輩ってほんと美人だよなー」
     自然観賞は飽きたのか、愛琉がレティシアを眺めながら言った。
     給仕の手伝いをしているレティシアを、霊犬のコセイが興味深げに見上げている。同じく給仕を手伝っていた悠花が愛犬を呼び寄せた。
    「アタシも将来あんな感じの女の人になりたいわ……無理っすかね?」
     愛琉が傍にいた昴に問いかける。
    「まあ、人には人の良さがあるからな」
    「それ素直に喜べねぇっすよー」
     月夜達の舞いが始まったのを機に、愛琉は紅葉に歩み寄った。実を言えば、愛琉は美しい庭園の景色より、同年代の紅葉に興味をそそられていたのだ。
    「なあ、紅葉っちって普段どういうもん食ってんの?」
     突然の問いに驚いた紅葉だったが、少し思案して、
    「無念ではあるが、三食の他は間食もあまり許されてはおらぬ」
     無念って何だ。突っ込みはさておいて、
    「それなら、いいもんあるぜ」
     ポケットから駄菓子を取り出す愛琉。封を開けて、中身を紅葉に差し出す。
    「ふん。私とてこのくらいは知っている。わた菓子であろう」
     手渡されるや否、紅葉は何の遠慮もなく一口にそれを頬張った。
    「あ」
     思わず声を発したのは、紅葉の様子を眺めつつ茶を喫していた祇鶴だ。
     彼女は後にこう述懐している。――止める間もなかったのよ、と。
    「みぎゃぁあぁぁ! く、くちがあぁぁぁッ!」
     小さな爆竹さながらに紅葉の口で弾ける刺激! パッケージを見れば一目瞭然なのだが、紅葉が頬張ったのは、いわゆる口に入れると激しくパチパチするアレであった。
    「あはははは!!」
     舞いを終えていた従者達が慌てて水を運んでくる。紅葉はそれを飲み、一息。
     怒るかと思えば、案外そうでもなく、
    「他に何かないのか。あるものは全て出すがよい」
     けろりとして我儘を言い出す紅葉。
    「御厨さん、お願いできるかしら」
     そんな遣り取りを横目に、レティシアが司に働きかける。
     紅葉達が気付いて見やると、その視線の先には、肌を露わにした次なる舞い手の姿。
    「記憶が……ありませんもので……何故……舞えるか……わからないの……ですけども……」
     レティシアと司の朗々とした歌声、そして気を利かせた月夜の打ち鳴らす鼓の音色が、玉緒の舞いを演出する。動く度に揺れる玉緒の豊満な肢体は、男子には少し刺激的だが、歌唱に合わせての足運びは堂に入っていた。
    「俺も刀舞なら出来るから、機会があったら見て欲しいぜ」
     紅葉の傍に移動した昴は、あるべき未来を見据えて言った。
    「お前の従者もいい人達だな」
     水華が紅葉に語りかける。
    「ちゃんと、人が傍に居てくれるのは人望があるからじゃないか」
    「……人望」
    「大丈夫だ、俺もきちんとお前を見よう」
     舞いが終わろうとしている。
     冬の陽は短い。太陽は徐々に西へ傾き、木の葉を橙色に染め始めている。
    「そうか、そういうことなのだな」
     紅葉の瞳はいつになく輝いていた。
     それは闇に堕ちかけた瞳に宿る、黒曜石の反射に似た鈍い光だ。
    「ならばもう寂しくはない。お前達も供に加えてやろう。存分に私を楽しませるがよい」
     宴を張り、日々を楽しみ、好き放題に振る舞い、付き従う者を増やして、孤独などには二度と苛まれぬように――
    「それは出来ない相談ね。そんなもの、友達とは言えないのだから」
     ――ぴしり、と。祇鶴の一声が、黒い輝きに覆われた紅葉の心に亀裂を入れた。
     見渡しても、今や客人の誰もが、紅葉を否定していた。今の紅葉を。
    「所詮、お前達もそのように振る舞うか……」
     紅葉の瞳に、今度は明らかな怒気が宿る。
     裏切り――闇に呑まれつつある紅葉にはそのようにしか捉えられない。
    「もうよい……私に従わぬ者など……この手で粉々に打ち砕いてくれる!!」
     震える腕に羅刹の力が宿る。いつの間にか武器を手にした従者達と共に、鬼人となりかけた紅葉が灼滅者達に牙を剥いた。

    ●急
    「切り刻め!」
     異形と化した紅葉の腕から、黒く渦を巻く風の刃が放たれる。
    「させないっ」
     風の軌跡を見切って踏み出したあずさが、手にした盾――紫玉櫻鏡で受け止めた。八重に開いたアメジストの薔薇が硝子質の連続音を響かせる。
     司が敵前面に符を投じて結界を形成。昴が総身から放った殺気で従者達を包むが、これは相手を疲弊させる意味が強い。もとより昴は、この場の誰をも死なせるつもりはない。
    「早くそっちのお姉さん達を解放してあげないとな」
     ガトリングガンを構えた愛琉が弾幕を張る。
     それでも尚、従者達は耐え切った。槍を手にした二人が虚空に刃の軌跡を描いて前衛を一閃、飛び込んだ月夜が祇鶴に斬り掛かる。
    「過保護なのもいいのだけれどね。主人の凶行を止めようともしないのは従者失格ではないかしら?」
     剣で太刀を受け止めながら、祇鶴が淡々と指摘する。祇鶴を含めた前衛の手傷は、榛名の呼び寄せた清めの風が消し去った。
     異形の剣で槍を絡め取った水華が従者の首筋に手刀を叩き込み、あずさも剣の峰打ちでもう一人を沈める。
     祇鶴は月夜の斬撃を剣で受け切り、弾いた一瞬、相手の鳩尾に拳をめり込ませた。
     三人の従者達が同時に沈み、驚きに目を見開く紅葉。その隙に間合いを詰めた玉緒は、拳を振り抜く一瞬に思う。時には厳しく接することも優しさ――で、あるならば。
     ――わたしは……全力……で……いきましょう……。
     薙ぎ払われた紅葉は、敷き詰められた落ち葉を踏みしめて着地。即座に地を蹴った。
     舞い散る紅葉の中、鬼を宿した少女が飛ぶ。
     あずさが盾を掲げて、広く前衛にシールドを展開。蛇に似た剣で防御を固めた水華が、紅葉の振るう渾身の一撃を受けて立った。
    「受け止めてやる……お前の怒りも悲しみも全部!」
     だから全て吐き出してしまえ――! 叫ぶ水華に、紅葉が泣くように叫び返す。
    「うるさいッ! そう言いながら、お前も奪うのではないか!」
     紅葉を前に、水華は気付く。
     語気とは裏腹、紅葉の攻撃には、彼を倒し得る力が込められていない。
    「本当は、ただ自分に構ってほしいだけなのでしょう……?」
     矢をつがえる榛名。解き放たれた癒しの矢は、狙い過たず水華に力を与える。
    「ガキのうちは我がまま好きなだけ言ってもいいんだってさ。でも、大切な人を傷つけるようなのはダメだぜ」
     最後には自分が傷つくもんな。終わりは呟きのように口にして、愛琉が紅葉の脳天めがけ鋼鉄拳を振り下ろす。異形の腕でそれを防いだ紅葉が、音もなく間合いを詰めた華奢な少女の霊撃でよろめいた。腰まで伸びた黒髪が目を引く少女――司のビハインドだ。
     拳を振るって追い払った紅葉は、次の瞬間、司が放った影の刃に全身を切り刻まれた。
     紅葉が叫ぶ。少女の身体から迸る闇と絶叫が、空気を、木々を震わせる。
    「素直になれって! よーするに寂しいだけだろッ!」
     愛琉の振るった槍を紙一重で避けつつも、放たれた言葉に紅葉は目を見開いた。
     紅葉の反応に司が頷いて、 
    「……それが本音だろう。力で訴えるな。何のために口がある」
    「不満があるのであれば、幾らでも私達が受け止めてあげるわ。それもまた、年長者の務めだものね」
     紅葉の拳を剣で止めながら、祇鶴は宴で詠んだ一首を思い出す。
     孤独に閉じた心。人知れぬ場所に開いた紅葉の宴。彼女の心も同じだ。
     誰も踏み込んで来はしない、閉じた心の奥。
     そこに足を踏み入れ、手を差し伸べ、傷つきながらもその手を掴もうとする者がいる。
    「大丈夫、俺達は貴方を一人になんてしない」
     紅葉が展開した拒絶の結界は、榛名が起こした風に端から消し去られた。
     悠花とレティシアの歌声が最前線で戦う仲間を癒し鼓舞する中、
    「今助けてやる……だから、お前も負けるんじゃない!」
     水華の指輪から放たれた飛翔体が、紅葉の動きを止めた。
    「刀舞を見て欲しいって、さっき言ったよな」
     内なる闇を跳ね除けたら、見せてやる――だから、
    「だから、死ぬな」
     聞こえぬほど小さく呟き、舞うような動きで昴が紅葉の身体を、否、闇を切り裂く。
    「もう寂しい思いは、させないからっ」
     叫び、踏み込んだあずさが、傷の残らぬ一撃で、紅葉が迸らせる黒き闇を断ち切った。

     穏やかな橙色の木漏れ日の中で、紅葉は目を覚ました。
     視界に入るのは紅く色付いた葉と、そして灼滅者達の顔。半身を起こした紅葉は、自分のしたことに両手で顔を覆った。その肩に手を置いたのは、玉緒だ。
    「学園には……あなたと同じく……闇に……堕ちかけた方……が……沢山……居ます……」
     自らもその一人であった玉緒は、新たな道を示すように、紅葉に語りかけたのだ。
     似たような経緯を持つ者は、玉緒だけではない。
     祇鶴は理路整然と学園の説明を行い、
    「この手を掴みなさい。私もこうやって、誰かに手をひかれることで自分しかいない世界から抜け出すことが出来たのよ。次は、私の番ね?」
    「武蔵坂では、こんな俺でも多くの友に恵まれた。だからきっとお前だって、だ」
     肩に乗った落ち葉を払ってやりながら、水華が紅葉の耳元でそっと呟く。
     ――俺も実は似たような境遇だったんだ。
     祇鶴と水華が、揃って紅葉に手を差し伸べた。
     紅葉は物言わず呆然と二人を見上げる。
     その目尻から透明な雫が流れ、頬を伝った。
     きつく目を瞑り息をつまらせる。再び目を開いた時、その瞳は輝きを帯びていた。
    「アタシと友達になろーぜ」
     二人の手を取って立ち上がった紅葉に、愛琉もまた手を差し出す。握手を交わす。
    「きっと俺達、良いお友達になれますよ……」
     穏やかな表情を見せる榛名。少し離れたところで、司がビハインドと共に紅葉に目を向けていた。その顔にも、心なしか安堵の色が見える。
    「紅葉様を、お願い致します」
     言ったのは、二人の従者と共に、あずさやレティシアに介抱されていた月夜だ。
    「家を出て広い世界に触れるのも良い勉強。家のことは私共にお任せください」
    「月夜……」
     長年尽くしてくれた彼女ならではの言葉に、紅葉は深く頷いた。
    「改めて、飯でも食わないか?」
     辺りを掃除していた昴の提案に皆が同意し、再び紅葉の宴が幕を開ける。
     紅葉の頭には最早、黒曜石の角はなく、先程までの傲慢さもまた薄れていた。
     昴が見事な刀舞を見せる。あずさも紅葉の手をとって誘い、舞いを踊る。
     賑やかな夕映えの会は、少女の新たな門出を祝う宴となった。

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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