夢見の姫君

    作者:飛翔優

    ●少女はお姫様になる力を得た
     ガラスの靴、七人の小人、紡ぎ車……。
     古今東西、様々な形で語り継がれているお姫様。少女たちが幼心に憧れた存在を、彼女は今なお夢見ていた。
     夢が夢で終わってしまう事は、小学三年生を迎えた今となっては重々承知している。諦めきれなかったのは、想いが強すぎたからだろうか?
     だから、誘われた。
     心の声に。
     力を用いて人々を魅了し、新たな王国を作り出せば良いのだと。自分の手で姫となってしまえば良いのだと。
    「……」
     少女は首を横に振る。
     そんなことはできないと心の声に抗った。
     人の心を操るなどできないし。何よりも、お姫様とは自分でなるものではない、誰かに見初められてなるものなのだから……。

    「……夢を捨てきれず……なのですね」
     教室にて、メモを眺めていた織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)。静かな息を吐くと共に立ち上がり、落ち着いた足取りで歩き出していく。
    「私に何ができるかわかりませんが、それでも……」
     エクスブレインへと伝え、この一件を解決へと導くために……。

    ●放課後の教室にて
    「それでは葉月ちゃん、後をよろしくお願いします」
    「はい、柚姫さんありがとうございました! それでは早速、説明を始めさせていただきますね」
     柚姫に軽く頭を下げた後、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちへと向き直った。
    「場所は東京都西東京市。ここで、淫魔に闇堕ちしようとしている少女がいます」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての力を持ち、人間としての意識はかき消える。しかし、彼女は闇堕ちしながらも人間としての意識を持ち、ダークネスにはなりきっていない状態なのだ。
    「もしも彼女が灼滅者としての素養を保つ場合、救いだしてきて下さい。しかし……」
     完全なダークネスと化してしまうようならば、そうなる前に灼滅を。
    「続いて、闇堕ちしようとしている少女……姫川小麦さんについて説明致しましょう」
     姫川小麦、小学三年生の女の子。利発な少女で、少々きつい事を言ってしまう節はあるものの、根底にあるものが優しさから来る指摘なためか友人との関係は良好。クラスメイトからも頼りにされているらしい。
     しかし、そんな彼女は人に言えない夢を持っていた。
     幼いころ絵本で見た、お姫様になりたいと思っていた。
     そんな事は不可能だと分かっていても……。
    「あるいは、そんな思いが折り重なった結果、淫魔として闇堕ちしてしまったのかもしれません」
     いずれにせよ……と、葉月は地図を取り出した。
    「当日の三時頃、小麦さんはこの公園で一人過ごしています。ですので、接触そのものは簡単でしょう」
     接触の後は、説得を。
     そして、説得の成否に関わらず戦闘となる。
     小麦の淫魔としての力量は、八人ならば十分倒せる程度。
     妨害能力に秀でており、相手を魅了するプリンセススマイル、静止を命じるプリンセスワードを用いてくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「お姫様、女の子の憧れ……あるいは、いつかは卒業しないと行けないのかもしれませんが、それでも、大切な想いに違いはありません。ですのでどうか、手遅れになる前に救いだしてきて下さい。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    周防・雛(少女グランギニョル・d00356)
    ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)
    烏丸・奏(宵鴉・d01500)
    織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)
    ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)
    ライン・ルーイゲン(レーレザイテ・d16171)
    九条・雪音(紅玉姫・d16277)
    久瀬・隼人(反英雄・d19457)

    ■リプレイ

    ●お姫様にはなれなくて
     遊んでいた子どもたちがしばしの休息へと向かっていく午後三時。降り注ぐ陽光が紅葉を色鮮やかに照らす中、灼滅者たちは東京都西東京市の公園へとやって来た。
     公園の片隅で思い悩む、姫川小麦を救うため。
     夢を見失った少女へと、再び夢を届けるため。
     周防・雛(少女グランギニョル・d00356)は仲間たちと呼吸を合わせ、静かな声を響かせた。
    「あぁ、王子様。貴方をずっとお慕い申しておりました。どうか今宵はヒナをダンスに誘って頂けますか…?」
     仲間と共に演技の練習を装い、小麦の興味を引くために。
     コーンやテープで封鎖され、力によって小麦以外が退けられた公園で。晴れやかな空が、優しく冷たく見守る中……。

     演技が一段落ついた頃、雛はベンチに腰掛けている小麦が視線を向けてきていることに気がついた。
     仲間と顔を見合わせ、頷き合い、改めて小麦と向き直る。
     驚いたように肩をビクつかせた彼女の元へ、静かな足取りで歩み寄った。
    「ボンジュール、お嬢様。うふふ、ヒナ達はお芝居をしていたの。お姫様の劇よ」
     スカートの端を摘んで丁寧に一礼。倣いお辞儀をして来た小麦へと、小首を傾げて問いかけた。
    「あら……そのお顔、もしかして?」
    「え……」
     小麦が抱いている思いを語らせるため。
     語らずとも、羨望に輝く視線が教えてくれた。
     だから小さく頷いて、大きな仕草と共に伝えるのだ。
    「素敵な夢じゃない。素敵な王子様と、綺麗なドレスを着てお城で……お姫様の真骨頂じゃない! 憧れちゃう!」
    「……あこがれだけ、ですよ」
    「あら、それで十分、無理に夢を諦める必要なんてないわ。憧れの存在があってこそ、人生は鮮やかに色を持つもの」
    「……」
     無邪気に明るい雛とは対照的に、暗く沈んでいく小麦。
     反応を見せてくれたのは、恐らく夢を諦めたくはないからだろう。
     だからこそ、反応を見せてくれている内に繋ぎ止めると、ライン・ルーイゲン(レーレザイテ・d16171)は言葉を重ねるのだ。
    「みんなのお姫様って憧れますね。でも相手が本当にそう思っていないのに言わせても寂しくなりませんか……?」
    「……はい、その通りです。そんなのお姫様じゃありませんし、そもそもお姫様なんて」
    「それでも、あきらめることもないです」
     否定の言葉を塞ぐため、静かな声音をかぶせていく。ぼんやりと揺れる瞳を見つめ返し、優しく微笑みかけていく。
    「少しだけ勇気を出すことができればたったひとりのためのお姫様にはなれるんですよ。心から好きな、そして自分のことを好きでいてくれる人にはそうなれるんです」
     王子様に見初められて誕生する、お姫様。
     もしかしたら、そんな人はすぐ近くにいるのかもしれない。
    「わたしと一緒に来て、そんな王子様を探してみませんか?」
     手は伸ばさず、ただ訪ねてみた。
     小さく悩む素振りを見せてくれた。
     ……まだ、結論に早い。
     悩むため、答えを導くため、言葉を重ねていく時間。
     ラインからバトンを託されて、織凪・柚姫(甘やかな声色を紡ぎ微笑む織姫・d01913)が正面から小麦を見据えていく。
    「姫川ちゃんがお姫様に憧れる気持ちはわかります。でも、その力を利用し人の心を操って、新しい王国を作ってお姫様になっても虚しいだけ……というのも、わかっておいでなのですよね」
    「……はい」
    「だったら……うん、そうですね。物語のお姫様っていうのは誰か恋しい人がいて、その方と少しでも話したい……近づきたいと思って頑張って努力をしてないかしら?」
     灰かぶりは、苦難に負けず日々の勤めを果たしていた。
     白雪は迷い込んだ先、小人たちの生活に彩りを与えていた。
     あるいは、だからこそ王子様に見初められたのかもしれない。
    「人は努力を惜しまない健気な姿に心惹かれていくんだと思います。どうか心の声に負けないで、姫川ちゃんが憧れたお姫様を思い出して……!」
    「……」
     小麦の中に収められているだろう、彩り様々なお姫様。きっかけになった物語は何なのか、お姫様は誰なのか。それこそが、夢の源となっているはずなのだ。
     一つ、一つ確かめるように頷いていく小麦。
     思慮の果て闇を掘り当ててしまわぬよう、ナハトムジーク・フィルツェーン(黎明の道化師・d12478)は釘を刺す。
    「そうそう、自分から国作ったらそりゃ姫じゃなくて女王だよね。どんな物語でも女王って割りと孤独な悪役の方が多いんじゃないかね?」
     悪役を任じられているからなのか、あるいは元々そういう存在なのか。女王様の悪評はすぐ浮かぶ。両手などすぐに埋まってしまう。
    「あとは、ま、自力で色々やらかすアグレッシブな姫相手には王子様も中々出てこない、って感じかな」
     冗談めかして伝えたなら、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
     小首を傾げて耳を済ませるも、風に紛れて聞こえない。否、一瞬のみで消え失せた。
     改めて小麦へと向き直る。
     俯き瞳を細めながらも、頬を僅かに緩めていた。先ほどのさえずりは彼女が奏でたものなのだろう。
     静かな息を吐き出して、ナハトムジークは次の仲間にバトンを渡す。
     お姫様の覚醒は、近い……。

     悩む小麦を前に、久瀬・隼人(反英雄・d19457)は別方面から攻めてみた。
    「お姫様ねェ。お前まだサンタ信じてるクチか?」
    「……いいえ、お父さんだって事は知っています」
    「へぇ」
     可愛らしくないと思ったか、はたまた思考を切り替える必要に至ったか。
     いずれにせよ、笑みは崩さず見据えていく。
     訝しげな視線を向けてくる小麦の瞳を。
    「俺らの学園にはよ、サンタは信じねェがお姫様には憧れる、お前みてェにちょっと残念なやつらがいっぱいいる。そういうアホとかが生きやすい場所なんだろうよ」
     お姫様のままでいられる場所があるのだと、その為にここまで来たのだと伝えるため。
    「どうせ馬鹿な妄想に沈むんならここでやったらどうだ。今回みてェにおぼれても誰かがとめてくれんぜ。たぶんな」
    「……もしかして、お兄さんたちはその為に……」
    「夢破れる……それは誰しも経験するものだ、君」
     真実へと至るのはまだ早いと、ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)が声を上げた。
     瞬く間に険しい物へと変わった視線を受け止めながら、変わらぬ表情で伝えていく。
    「破れた夢は、その次の夢を追う為の糧だ。新たな夢を見、手を伸ばす為の」
     一度、あるいは何度も、小麦の夢は破れている。
     現実という壁を前にして、憧れるたびに砕かれてきた。
     けれど、夢は敗れるためにあるとポーは語る。
     夢は目の前にはられた幕の様な物で、破れる事によりまた先にある新しい夢を見る事ができる、追うことができる。
     目の前の夢を破り、次の夢を見る事で少しずつ夢は洗練されていくものだと……。
     若干険を収めた小麦に、烏丸・奏(宵鴉・d01500)が歩み寄った。
    「たしかに、絵本で見るような姫さんにはなれねぇかもしれない。けどさ、この先出会う男の子によって姫さんにして貰えると思うぜ? っと」
    「え……」
     見つめ返してくれた小麦の体を、軽い調子で抱き上げた。
     お姫様抱っこで見つめ合いながら、悪戯っぽく笑っていく、
    「こんな風に、な? 男は愛しい人の為なら王子でも何でもなれるもんなんだぜ?」
    「……」
     笑顔への解答は、頷き。
     新たな夢を、今度こそ迷うことのない確かな希望を、小麦は宿し頷いた。
     刹那、取り巻く空気が変化する。
     奏は優しく地面におろし、一歩分だけ距離を取った。
     言葉なく、小麦は淫魔へと変わる。
     偽りのお姫様へと成り代わる……。

    ●王子様を探しに
    「Zauber-Musik,Anfang!」
     定められたワードを唱え、ラインは武装する。
     勢い任せに護符を抜き、記されていたオペラを朗々と響かせていく。
     ナノナノのシャルが治療に備えて待機していく中、ポーはパイプ型の杖片手に駆け出した。
    「さて、無粋なダークネスには退場願わなければ」
     軽快な、されど隙のない足取りで近づいて、さりげない仕草で下から打ち上げる。
     インパクトの瞬間に爆裂する魔力。隠れる形で、隼人が背後へと回り込んだ。
    「ま、とめるって約束したからな」
     肥大化した腕を振り回し、裏拳をかまして駆け抜ける。
     よろめく淫魔の姿を鋭き眼光で鋳抜きつつ、奏は盾を掲げていく。
    「宵月君、彼女を抑えてくれ」
     霊犬の宵月は公園中を駆け回り、側面から淫魔に飛びついた。
     お返しか、あるいは苦し紛れか。前触れもなく形作られた作り笑いに肩をすくめつつ、ナハトムジークは剣を振り上げる。
    「ほんと、技的には女王様です本当にありがとうございました」
    「こゆき、治療をお願いなの」
     念のためなのなののこゆきにナハトムジークの治療を命じながら、九条・雪音(紅玉姫・d16277)は鞭のようにしなる剣を己に巻き付けていく。
     万全の状態でまともに動けぬ淫魔を倒すため、全力で準備を整えるのだ!

     小麦に抑えられているからか、一言も淫魔は語れない。
     笑顔だけなら見切るのも容易いと、奏はさしたる揺らぎもなく霊力を宿した拳を握りしめる。
    「宵月君、行くぜ!」
     肩を殴りつけた直後、宵月が斬魔刀で横に薙ぐ。
     されど笑う淫魔へと、雛が仮面の奥に隠した瞳を細め語りかけていく。
    「いいじゃないの、お姫様が憧れ。ヒナは今でもそうだけど……そうもいかないものでして?」
     言葉を紡ぎ終えると共に起動させた人形の繰糸が、動きを止めた淫魔の体を拘束する。
     すかさずラインが霧を起こし、シャルがハートを飛ばしていく。
     万全の状態を整え、全力で攻め上がっていくために。
    「さあ、チャンスです。小麦さんのためにも、一気に決めてしまいましょう」
    「來れり紅、踊り散れ華」
     呼応した柚姫の描いた逆十字が、淫魔を激しくよろめかせる。
     すかさず隼人が杖を振るい、背中を思いっきり強打した。
    「ま、お前の出る幕じゃなかったってことだ」
    「……」
     後一撃、最後の一撃となるだろう影を編みながら、雪音は一人想い抱く。
     昔はよくお母さんに絵本を読んでもらった。
     だから、お姫様になりたいという気持ちはよくわかる。
     けれど、お姫様になりたかったら急いではいけない。お姫様がいなかったら、王子様がお姫様を見つけられなくなってしまうのだから……。
    「……」
     思いのままに影を放ち、淫魔の体を飲み込んだ。
     こゆきが落ち着いた調子で近づいて、影を破り倒れていく小麦を支えていく。
    「シンデレラは、魔法で変身して王子様に会いに行ったけど、王子様は変身してないシンデレラ、ちゃんと見つけてくれる、の。だから、淫魔の力なんて必要ない、の」
    「……」
     雪音が投げかけた、小さな願い。
     頷き返してくれたことが、灼滅者に覚醒した……新たな未来へと歩み始めた証なのだ。

     灼滅者たちが見守る中、ベンチの上で小麦は目覚めた。
     覚束ない表情で瞳を拭っている幼き少女を、ポーは落ち着いた調子で祝福する。
    「おめでとう、君は生まれ変ったと言っても過言ではない。様こそ武蔵坂学園へ。歓迎するよ、君」
    「これは祝福だ、取っておくといい」
     頷き返してくれた小麦に、ナハトムジークはちくわを握らせた。
    「……ちくわ?」
     当たり前といえば当たり前だが、小首を傾げていく小麦。答えを求めて周囲を見回した時、どことなくそわそわしている雪音に気がついた。
    「……あの、どうかされましたか」
    「え? あ……えと、なの……」
     雪音はおずおずと切り出した。
     絵本が大好きで、童話について色々お話したいと。
     明らかに年上であるお姉さんが見せた姿に、こぼれ落ちた歳相応の明るい笑顔。はいっ、と元気な返事は公園中に響き渡る。
     風が教えてくれるのだろう。太陽は、より一層の輝きを持って世界中を包み込む。
     お姫様への夢、夢を夢で終わらせない。そう誓った彼女を祝福してくれているかのように……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ