影よ眠れ、その塚の下で

    作者:温水ミチ

     へえ、アンタ『忍び塚』を調べにきたのかい。わざわざご苦労なことだねえ。まあ、お茶でもおあがりよ。よかったらお茶請けにあの塚のことを話してあげる。何、アタシはずっとここに住んでるからね。あの塚のことも年寄り連中からよく聞かされたもんだ。
     そう、あの塚は『忍び塚』って言ってね。元々あそこには、昔々の領主様のお屋敷があったんだってさ。いつの時代の話かはアタシも忘れちまったけど、お侍が刀を振り回してたくらい昔なのは確かさ。
     ある時ここらで大きな戦が起きてね、その領主も兵を挙げることになったんだよ。出兵の迫ったある日、領主は内密にはぐれもんの忍びを雇ってね。忍びは領主の命で敵軍の食べ物に毒を盛ったのさ。結果、領主が兵を引きつれ押し寄せた時には敵はすでに虫の息。その首を容赦なく落として領主は手柄を上げたんだ。
     あぁ、酷い話だろう。当然、当時の人々だってそう思ったはずだ。だから、領主はその手口が人々に知れるのを恐れ――忍びにも毒を盛るとやっぱり首をはねちまった。口封じって奴さ。
     そこからが恐ろしい話で、それから数か月の間に病や事故で領主の一族は次々に亡くなったのさ。ねえ、祟られているとしか思えないじゃないか。領主の息子もそう考えて、あの塚を築いて忍びを祀ったんだけどね。まあ、その息子も程なく火事で屋敷ごと焼けて結局一族は絶えちまった。
     これがあの『忍び塚』の言い伝えさ。どうだい。よくある昔話だが、子供の時分はやっぱり怖くってね。今でも塚の辺りには近づかないよ。
     ――そうかい、行くのかい。あの塚を調べるなんてアンタ、物好きだねえ。そろそろ日も暮れてくるし、気をつけていくんだよ。いいかい、決して長居はしないことだ。年寄り達の話が万が一真実だったらアンタ、あの塚の下の忍びに祟られちまうからね――?

    「ときにお前さん達、時代小説は好きかい?」
     教室に集った灼滅者達に尾木・九郎(若年寄エクスブレイン・dn0177)が楽しげに尋ねる。九郎はベストの胸ポケットから黒皮の手帳を取り出すと、いそいそとページをめくった。
    「乃木君が小耳にはさんだって言う噂をさ、ちょいと調べてみたんだけれどもねえ」
     乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)が九郎へと伝えたのは、とある村で語り継がれる『忍び塚』についての噂だった。村人達が『忍び塚』と呼ぶその石塚には、かつて村の領主に裏切られ死んだ忍びが祀られているらしい。
    「だけどね、忍びのうらみつらみは祀られたところで消えやしなかったんだとさ」
     そして今も恨みに囚われたまま、忍びの怨念は塚に近づく者を無差別に襲うのだとか。言い伝えを信じている村人達は『忍び塚』のある村はずれの雑木林へ近づこうとしない。
    「ところがね、どこかの大学の学生さんが近々フィールドワークで村へやってくるようなんだよ」
     民俗学を専攻しているらしい学生は『忍び塚』の言い伝えに興味を持って村へとやってくる。学生は村人の忠告を聞き流し『忍び塚』を訪れ、そして消息を絶つことになるのだ。
    「歴史の影に生き、歴史の闇に消える忍びの者……いやあ、いい。正直僕もこういう言い伝えの類は大好きでねえ。是非その石塚も拝んでみたいもんだけれど、やっぱり祟られちゃうかねえ?」
     ふふ、と楽しげに呟く九郎。だが彼はすっと目を細めると、だけどさと続けた。
    「これは忍びの祟りなんかじゃない。人々の心が生んだ都市伝説さ。犠牲者を出せば、噂は伝播して次の犠牲者を呼び寄せる。それを見過ごすのは如何なものかと思ってねえ」
     九郎の言葉通り『忍び塚』にこれから起ころうとしている怪異は決して祟りなどではない。言い伝えから生じた都市伝説の仕業なのだ。
    「そういう訳でね、お前さん達にはその忍びと戦ってもらいたいんだよ」
     九郎によれば『忍び塚』へ近づくと、黒装束の忍び達が音もなく現れ襲いかかってくる。忍びは全部で4人。苦無や手裏剣、煙幕を武器にしているようだ。
    「しかしまあ、流石忍びというか……ねえ」
     忍びの一撃一撃に、大した威力はない。だが毒を使いじわじわと追い詰めてくるので少々厄介かもしれないと、九郎は困ったように苦笑した。
    「まあ、そこらへんにきっちり備えていけばお前さん達の敵じゃあない。さて、忍びの怨念を綺麗さっぱり消し去っちまっておくれよ」
     ひとつよろしく頼むねえと九郎は微笑み、灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)
    大業物・断(一刀両断・d03902)
    緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)
    アーナイン・ミレットフィールド(三途の川の渡し守・d09123)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)
    オリシア・シエラ(桜花絢爛・d20189)

    ■リプレイ

    ●塚の下に眠る者
     常緑樹と葉の落ちた裸木が混じり合う、澄んだ冬の空の下。もう長いこと足を踏み入れる者のなかったという雑木林は、気の向くままに伸びる枝葉や生い茂る草花で鬱蒼としていた。地面も降り積もる落ち葉で覆い隠され、一面の枯茶色。そこに道が通っているかも定かでない。
     だが、迷いなく真っ直ぐに進むオリシア・シエラ(桜花絢爛・d20189)の前に、木々はその身を曲げ、草花は首を垂れて道を開いていく。
    「村の方はただ真っ直ぐと仰っていましたが……。本当に長いこと、人の行き来がなかったのでしょうね」
     辺りを見渡した村上・忍(龍眼の忍び・d01475)は先程、通りすがりに村の老人から聞いた話を思い返しながら呟く。「言い伝えの関係者」を名乗った忍に『忍び塚』について快く語ってくれた老人。――そうして長い間語り継がれた故か、都市伝説となってしまった忍び達。
    「それにしても、近づいた人間を無差別に殺害するなんて無慈悲な都市伝説もあったものですね。……いや、無慈悲というなら彼らの主の事でしょうか」
    「それについては色々思うことはあるが……。領主の所業の目的は自分の名声だったのか、それとも民を守りたい一心だったかによるよな」
     オリシアの言葉に、考え込むようにして洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)が答えた。
    「この都市伝説は危険……。それがしたちがきっちり……ここで退治する……」
    「同じ忍者としては、負けてられないですよねっ! 昔悲しいことがあったのは分かりますけど、それはそれこれはこれです! がんばりますよーっ!」
     大業物・断(一刀両断・d03902)が前を見据えてぼそりと呟けば、鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)も明るく言って拳をかかげた。
    「忍者が暗殺されるのはちょっと締まらないよね。せめて最後は戦いの中で、心残りが無いように。そうしてあげたいな」
     そう言った緋梨・ちくさ(さわひこめ・d04216)が「そういえば」と後ろを振り返った。
    「乃木さん、よく忍び塚なんて知ってたね」
     一行の後方、何か遠いものを思うような面持ちで周囲を眺め歩いていた乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)は「ああ」と呟いてちくさへと視線を移した。
    「噂を聞いたのは偶然だけど……闇に生きた忍びを、俺達が再び闇に葬る。そういう縁だったのかもな」
     真相は知れないが、今回の噂を耳にしたのが聖太であったと言うのもまた巡り合わせというものなのかもしれない。聖太がそう告げれば、ちくさも「かもね!」と笑って頷いた。

     朽ち始めた枯葉を踏みしめ進むこと、しばらく。オリシアのすぐ側を歩いていたアーナイン・ミレットフィールド(三途の川の渡し守・d09123)が「皆様、あれを」と行く手を指し示した。その指の先には、雑木林の中にぽかりと開けた空き地があった。
    「言い伝えではここに領主の屋敷があったらしいが……跡すら残っていないんだな」
     静流の言うように、空き地には言い伝えに残る『お屋敷』の名残などは存在せず、ただぽかりと雑木林の中に空間ができたような場所だった。――だが、空き地の奥にはひっそりと築かれた石塚が確かにある。
    「あれが忍び塚か……」
     苔むし、雨風に晒され脆くなった石塚は今にも倒れそうに見えた。空き地の手前で足を止めた聖太は石塚を眺めながら、静かに戦場の音を封じ込める。
    「……うー、こっちに来るなー。……絶対くるなー」
     同時に、虚空を睨みながら断が殺気で辺りを満たした。村人は足を踏み入れないと言うが、この『忍び塚』を調べに来るという学生のこともある。万が一にも誰かを巻き添えにはできない。
    「それでは……始めましょうか。……いざや」
     封印を解除したアーナインが、塚へと一歩踏み出したその時だった。ピシリ、と何かが割れるような音が響き、次いで地中の奥底から人の呻くような声が滲み始める。
    「みんな気をつけてくださいっ! 忍び塚が変ですっ!」
     伊万里が声を上げた瞬間、灼滅者達もまた異変に気付いた。そう、塚が――『忍び塚』に亀裂が走り、塚の根元が地割れている。呻き声はそこから聞こえ、さらには黒い影のようなものも溢れてきていたのだ。

    ●忍ぶれど、怨、滲み出で
     灼滅者達の目の前で、石塚から溢れる黒い影が次第に人の形を成していく。やがて現れたのは4人の黒装束――薄汚れた黒布で表情の大半を隠した忍び達。彼らは完全に姿を成すなり、その手に握っていた煙玉を地面に叩きつけた。もうもうと辺りに立ち込める、毒を含んだ煙幕。
    「また毒ですか……。他人に毒を盛るならば、己が盛られた時怨むは逆恨みでしょうに」
     忍は眉根を寄せながら、音もなく煙に紛れた黒装束達の気配を探った。と、背後から耳に届いたヒュッという音。反射的に音の方へ向いた忍の身体を手裏剣が切り裂いていく。
    「任務でもなく、狂犬よろしく誰彼構わず噛みつくなんて忍者らしからぬことをっ。いまのあなた達に言っても詮無いことですけど!」
     煙幕の中を走り抜けた伊万里が、雷を宿した拳を振りかざし忍びへと迫る。それに続いて煙の中から現れた静流が、忍び達から急激に熱を奪った。
    「目には目を、歯には歯を。21世紀の、灼滅者流の忍術って奴を見せてあげるよ」
     聖太はそう言うなり、手裏剣を次々と投げていく。毒の塗布された手裏剣をその身に受けた忍び達の口から、噛み殺すように苦悶と憎悪の声が漏れた。そんな悪意から聖太を守るように、忍の護符が飛ぶ。
    「……そんなに主が恨めしいのですか。それとも憎いのはこの世界? それとも生きている私たち?」
     忍び達に問いかけながらオリシアは魂の奥底に眠る力を忍に注ぎ癒した。その前を走り抜け、一気に忍びとの距離を詰めた断の拳が、バチバチと爆ぜながらその顎を打ち抜く。
     一方、箒に乗って煙幕の上へと飛び出したちくさは「師匠僕を見守っていてね!」と青い空を仰ぎ見――。
    「助けて僕のヒーローレッド!」
     叫びながら地上へと一直線、忍び達へと手裏剣を降らせた。同時にビハインドのレッドも霊撃を放つ。
    「……毒につきましては、アーナインめにお任せを」
     祝福の言葉を呟いたアーナインは、毒の煙から逃れた周囲の仲間達へと浄化の風を解放した。
     だが、それを見た忍び達は再び煙玉を破裂させ灼滅者達を毒の煙で巻き込む。晴れたかと思えばまたしても塗り潰された視界。忍びの放った手裏剣が今度はオリシアを襲った。――さらには。
    「また煙幕……いかにもコミック的な戦法だけど。……いや。なればこその、都市伝説、か」
     煙幕の中、冷静に忍び達について考察していた聖太の視界の端で、煙が不自然に揺らめいた。そちらを振り向くと同時に苦無を構え飛びかかってきた忍び。だが、その攻撃は横からやはり飛び込んできたレッドの身体によって防がれた。
    「成敗っ!」
     灼滅者達の攻撃が届かぬようにか、後退し始めた忍びに伊万里は両手に集めたオーラを放った。その衝撃に忍びは地面へと崩れ落ち、よろめきながらも素早く立ち上がるとさらに灼滅者達から距離を開けようとする――けれど。
    「逃げても無駄だ。……さあ、そろそろ眠るといい」
     鬼のものへと変じた静流の腕に薙ぎ払われ、忍びは再び地面へと崩れ落ちた。かすかに湿った枯葉の中に半分埋もれながら忍びは灼滅者達を睨みつけ――しかし面布から覗いていたその目から不意に光が消えると、忍びの身体はぼろぼろと朽ちた。

    ●影よ眠れ、影に眠れ
     忍びの最後を横目に静流に向け護符を放った忍は、視線を残った忍び達へと戻すと静かに言葉を紡ぐ。
    「最後に唯一つ残った己の生きた証さえ汚し、暗き道からの漸くの解放を受けられぬならば……せめてこうするが、同じ忍びとしての情けです」
     忍の言葉が終わるやいなや、駆け出した聖太は影を宿した手甲を忍びを叩きつける。膝をついた忍びの目は、一体何を見ているのだろうか絶望に染まり、力を失くした身体はどさりと地面に倒れた。
     剣を正面に構えたオリシアが刀身に刻まれた祝福を唇に乗せ、毒に蝕まれる前衛達を癒す。断もまた破邪の剣を手に忍びへと迫り、白光を放つ斬撃を繰り出した。
    「……それがしも、まいる」
     断に斬り裂かれた忍びはよろめきながら、もう1人は苦無を構えながら無言で灼滅者達との間合いをとる。上空からその背後に舞い降りたちくさは、箒を下りると苦無を構え。
    「師匠直伝! クナイなげっぱなしビィィィム!」
     何故か苦無を構えたまま、狙いを定めて忍び達の周囲から熱を奪った。
    「……そろそろ、此度の戦いにも終わりが見えて参りましたか」
     呟きながら、オリシアへと護符を飛ばすアーナイン。けれど忍び達はこれで終わらせてなるものかと、半ばその身を捨てるような勢いで灼滅者達へと突っ込んできた。苦無を強く握りしめた忍びが静流へと躍りかかり、放たれた手裏剣は弧を描きながらアーナインへと迫る。
    「うー! ……仲間はやらせない。……それが、それがしの役割」
     だが、アーナインを背に庇った断がその身を盾に手裏剣を受け止め。
    「忍者は忍者らしく。影は影に、ですっ!」
     影へと帰れとばかりに、雷を纏う伊万里の強力な拳が忍びへと叩きこまれる。聖太は再び手裏剣を放ち、静流の剣は恨みに呑まれた忍びの魂を深く貫いた。
    「あなた方の気持ちは痛い程分かります。私だって同じなのですから」
     忍の影が忍びへと襲いかかり、その身体を炎で焼き尽くさんとする傍らで、オリシアは告げる。
    「ですが、この世に恨みを残す等、忍ぶ者のする事ではありません。例え誉れの無い最後だったとしても……自分の矜持を捨ててはいけないのです」
     そして放たれた魔法の矢は、空気を震わせ一直線に忍びの胸へと突き刺さった。糸が切れたかのようにぐらりと傾いだ忍びの身体が消えていく。
     残るはあと1人。すでに満身創痍の忍びの魂を断は容赦なく破壊し、ちくさのガトリングガンはこれでもかと連射され忍びを蜂の巣にした。――そして。
    「……これにて終幕で御座います」
     アーナインの符がひらりと宙を舞う。だが忍びは符を避けようともせず、最早諦めたかのようにそれを受けた。――ゆっくりと目を閉じ、立ったまま霧散していく忍びの身体。ほろほろ、ほろほろ、灼滅者達の見守る中で忍びは朽ち果て――やがて空き地には冷たい冬の風が吹き抜けた。

     気がつけば罅の入った筈の『忍び塚』は元通り、何事もなかったかのようにただ佇んでいた。そして今、枯葉や埃、苔などで汚れていた塚は灼滅者達の手によって粗方清められたところだ。
    「……最初にきれいにしておけば、村の方も綺麗にしていっていただけましょう。正しい流れ、というので御座いましたか」
     どこからか摘んできた花を手にしたアーナインは、それをそっと塚へ。断やちくさもそれに続き、忍び達を思いながら花や菓子などを供える。
    「なむなむ。どうか、安らかに眠っててくださいね」
    「好きで忍びとなる者など、幾らもおりますまいね……伝説に生み出された貴方達と同じ様に。どうか、せめて安らかな眠りのあります事を」
     花を供え、手を合わせる伊万里と忍。
    「本来の彼らがどんな気持ちだったか私には分かりません。でも、彼らは最後まで忍者として誇りを持っていた。……私はそう思いたい」
     そう言って祈りを捧げるオリシアの隣に並び、聖太もまた忍び塚を静かに眺めた。
    「闇に生きて闇と戦い、闇へと消えていく……か。まるで、自分達の行く末を見た様な気分だ。……だが、それでも」
     言葉を切った聖太はそのまま目を閉じ、塚の下に眠る者達へ黙祷を捧げ――静流の祝詞は朗々と、雑木林を越え村まで届けと響くのであった。

    作者:温水ミチ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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