乙女の涙は蜜より甘く

    作者:温水ミチ

     生クリームを泡立てて、ケーキにたくさんの苺と砂糖菓子の動物を飾り付け。パウンドケーキには林檎を混ぜようか。クッキーはトランプのスートを型抜きして、色とりどりの飴を流し込んだらオーブンへ。
     ――おかしいな。私、悲しいのに。どうしてお菓子なんて作ってるんだろ。
     乙女は首を傾げながらもその手を止めることはしない。ただ悲しみを溢れさせながら、プリンにババロア、マカロンにシュークリーム、甘くて美味しそうなお菓子を作り続け。
     ――おかしいな。おかしいよなあ。どうして涙が止まらないんだろう。
     乙女の涙は甘い甘い砂糖になって、さらさら、さらさら、とめどなく流れ続ける。
     気の抜けた電子音がクッキーの焼き上がりを告げた。ミトンをはめて天板を取り出せば、焼き立てクッキーの香ばしい匂いが辺りに満ちる。
     乙女は気づかない。焼き上がったばかりのクッキーをひょいとつまむ影に。
     影はその口にクッキーを放り込むと、ガリ、と飴を噛み砕き笑みを浮かべた。
    「さあて、お耳を拝借。お前さん達に、ちょっとばかり頼みがあるのさ」
     尾木・九郎(若年寄エクスブレイン・dn0177)は眉間に皺を寄せたまま、不機嫌そうに黒皮の手帳で教卓をパンと叩いた。
    「頼みってのは単純明快。とある乙女を苦しめてるシャドウをとっちめて欲しいんだよ」
     乙女の名は小泉・レイ(こいずみ・-)という。都内に住む女子大学生だ。
     九郎の予測によれば、レイは夢の中で泣きながらずっとお菓子を作り続けているのだという。レイの涙は流れるそばから砂糖へと変わり、お菓子を作っても作ってもなくなることはない。
    「彼女の涙の理由は……うん、付き合っていた男と別れたばかりらしいねえ」
     九郎は困ったように眉尻を下げて、手帳に目を走らせる。
    「彼女、女の子らしいのが苦手なんだね。だけど、その別れた男ってのは可愛らしいのが趣味だったと」
     レイは付き合っている間、つい無理をして恋人の趣味に合わせてしまっていた。可愛らしい服、可愛らしい仕草。本当は嫌いだけれども、彼に嫌われたくない。
    「恋は人を変えるって言うけれどねえ。やっぱり無理をするのは身体に毒ってもんだよ」
     九郎の言葉通り、レイは次第に男の趣味に合わせることが苦痛になっていった。そんな彼女のストレスを発散する手段が、お菓子作りだったのである。それなら男の理想を壊さないし、自分も楽しく気分転換することが出来る。レイはいつしか毎日のようにお菓子を作るようになり、デートの度に男へとお菓子をプレゼントしていた、のだが。
    「あー、これが悲しい話でねえ。……その男、実は甘いもんが苦手だったのさ」
     これぞ悲劇、である。男はある日レイにその事実を告げると、趣味の不一致を理由に一方的に彼女の元を去っていってしまったのだ。よりによって、趣味の不一致が理由とは――レイはもう、呆然自失の状態。そこへ追い打ちをかけるように、シャドウが彼女の夢を侵したのだ。
     夢の中でお菓子を作り続けているレイ。舞台は彼女の両親が経営する喫茶店だ。レイは自分でも何故お菓子を作り続けているのか分かっていない。けれど溢れる涙が砂糖へと変わり続けるから、それを使ってしまわなければと思い手を止めることが出来ないでいる。
    「そこでねえ、彼女に思い出させてやってくれないかい? お菓子作りは楽しみながらやるもんだってさ」
     一緒にお菓子を作るでもいい。彼女の作ったお菓子を食べて「美味しい」と声をかけるでもいい。彼女の涙を止めてあげて欲しいのさと九郎は灼滅者達に言った。

     ただし、レイが泣き止みそうになればシャドウが姿を現すだろう。今回のシャドウは乙女の泣き顔が一番の好物という嫌な趣味を持っている。シャドウは攻撃よりもまず、言葉でレイの心を傷つけることを優先するようだ。もっとも灼滅者達がレイを泣き止ませようとすれば、影を使って攻撃をしてくることはある。威力は非常に大きいので、回復を怠れば最悪の事態も起こりうる。
    「あとねえ、シャドウは砂糖菓子のクマとウサギを引き連れているようだよ」
     砂糖菓子のクマとウサギはシャドウを庇うように灼滅者達を襲ってくる。お菓子を使った攻撃は美味しそうだが、なめてかかると痛い目に合うので注意だ。しかも動物達が持つカップの中身はホットチョコレート。それをかぶると、あの日の苦い恋を思い出して胸が痛くなってしまったりするかもしれない。
    「乙女の悲しみにつけ込みやがって、僕は今回みたいな外道が大嫌いなのさ。全く、とっとと灼滅しちまいたいがねえ。……腐ってもダークネス、こいつは深追いはしない方がいい」
     幸か不幸か、レイが泣き止んでしまえばシャドウはあっさりと去っていくようだ。残念だが現状このシャドウの灼滅は難しい。とにかくレイを泣き止ませ、シャドウを撤退させておくれと苦い顔の九郎。
    「甘いもんはね、人を幸せにするもんだ。乙女の涙が甘いわけないだろう。お前さん達、それをシャドウに思い知らせてやっておくれ」
     九郎は真剣な眼差しでそう言うと、静かに灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    白弦・詠(溟海で溺れる聲・d04567)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    御風・七海(夜啼き翡翠・d17870)
    ズィルバー・ローゼンハイム(零弦の現・d18060)
    鳥居堂・美澄(高校生シャドウハンター・d22590)
    木場・幸谷(純情賛火・d22599)

    ■リプレイ

    ●作ろう、幸せ味のデコレーションケーキ
     誰もいない、しんと静まり返った喫茶店。蛍光灯が白々と明るい店内には1人の乙女――小泉・レイの姿が。レイはシンプルな青のエプロンをかけ、カウンターに向かっていた。その手は材料を混ぜ、型へ流し込みと無駄なく動き、次々に美味しそうなお菓子を作り出していく。――けれど、暗い顔をしたレイの目から、さらさらと溢れ続けるのは甘い甘い砂糖の涙。
    (「私、どうしてお菓子なんて作ってるんだろ。その所為でフラれちゃったのに」)
     自嘲的なことを考え、同時に『元彼』になってしまった男の顔を思い出してしまったレイの目から、ほろほろとまた砂糖の涙がこぼれ落ちる。
    「甘い匂いに誘われて来てみたら、楽しそうな事をしてるじゃないか」
     不意にかけられた第三者の声に、驚き目を丸くしたレイ。神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)はそんなレイに名を名乗ると笑顔を向けた。
    「実はレイの腕を見込んで教えて欲しい事があるんだけど……キノコを上手に使った甘味を作れないか?」
    「キ、キノコのお菓子?」
     突然の『キノコスイーツ』リクエストに、涙を流しつつも考え込むレイ。しばらくして「あ!」と声を上げ、レイは冷蔵庫から椎茸を取り出す。
    「椎茸の砂糖漬け、なら聞いたことがある、かも」
    「へえ……どうやって作るんだ?」
     椎茸を受け取り腕まくりをする煉。説明しようと口を開いたレイの腕に、今度は御風・七海(夜啼き翡翠・d17870)がそっと触れた。七海は『よかったら、色々レシピを教えて』と日記帳に書いてレイへと見せる。
     と、ちょうどその時、オーブンが呑気な電子音を鳴らしてお菓子の焼き上がりを知らせた。レイが取り出した天板には、こんがりと焼けた山盛りのクッキー。ズィルバー・ローゼンハイム(零弦の現・d18060)は漂う香ばしい香りに「ふむ……美味しそうだな」と呟いた。
    「あ……よかったら、食べて?」
     レイに勧められたズィルバーは「それでは」と素直にクッキーを1枚受け取って齧る。もぐもぐと咀嚼するズィルバーは表情こそ変えなかったが、レイに向けた「とても美味しい」の言葉は心からの感想だ。
    「わたしも食べていいかな。……あ、甘い香りにつられて来ました。鳥居堂・美澄だよ。よろしくね」
     レイの隣に立った鳥居堂・美澄(高校生シャドウハンター・d22590)はクッキーを覗き込み、ふと思いついたように「そうだ」と一言。
    「わたし、このクッキーにアイシングでデコレーションしてもいいかな?」
     首を傾げた美澄。レイは「勿論」と答えると、あっという間に完成させたアイシングを美澄に手渡した。
    「他には何を作りましょうか。折角なので色々教えて欲しいです」
     夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)もカウンターの小麦粉を手にレイに声をかける。
    「な、俺も混ぜてくれよ。この冬はクリスマスケーキに挑戦するって決めてたんだ!」
     木場・幸谷(純情賛火・d22599)はそう言って、泡立て器を握りしめたが。
    「でもケーキってどうやって作れば……た、助けて?」
     困り顔での応援要請にレイは「じゃあ、まずスポンジ作ろっか?」と助け舟を出し、炬燵に小麦粉の計量を頼んだ。
    「それじゃあ、私はこのフルーツを切ったらいいかしら?」
     幸谷、炬燵と一緒にスポンジ作りに着手したレイへ、白弦・詠(溟海で溺れる聲・d04567)も声をかけた。詠はレイの「ありがとう。お願いするね」という言葉に微笑んで、手始めに苺のカッティングを。
    「私ね、レイさんみたいに沢山のお菓子を作れるわけではないけれど。お菓子作り、時々するのよ」
     慣れた手つきでナイフを滑らせながら詠が言えば、レイは「そうなの?」と少し嬉しそうに泣き笑いの表情を浮かべた。
     レイ監修の元、炬燵の混ぜた生地はふっくらと焼き上がり、冷ましたそれにはしゃぎながら生クリームを塗っていく幸谷。詠はその上にフルーツを並べ、さらに美澄がアイシングとクッキーで仕上げた小さなお菓子の家を乗せ。
    「クリスマスケーキなら、やっぱりサンタさんがいないとね」
     呟いたレイがマジパンのサンタとトナカイを乗せれば、少々不格好なのはご愛嬌、立派なクリスマスケーキの完成である。
    「これすげーよな! ふっふっふ、どうだ俺の進歩ー!」
     幸谷を始め、歓声を上げ満足げにケーキを囲む灼滅者達。ぼんやりとケーキを見つめていたレイも、楽しそうな彼らの様子に「そうだよ、私やっぱりお菓子作りが……」と呟きさらさらと溢れ続ける涙を拭おうとしたが。
    「……来たな」
     レイの涙が止まるかと思った、その時だった。スツールに腰を下ろし周囲を警戒していた村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)は、黒い指貫グローブを嵌めると軽く手首を揉みつつ立ち上がった。その視線の先には――。
    『ちょっとさあ、ボクの邪魔、しないでくれないかなっ?』
     クマとウサギの砂糖菓子を従えた、シャドウの姿があった。

    ●流れる涙は極上のキャンディ
     可愛らしいペイントを施した水色の仮面をつけたシャドウは、やはり可愛らしいウサギとクマの砂糖菓子の後ろで不機嫌そう立っていた。その声は小さな男の子のように幼い。
    『キミもさあ、懲りないよねっ。頑張ってお菓子を作ったのに、その所為で裏切られたんじゃないの?』
     無邪気な声で悪意のこもった言葉をレイへと向けたシャドウ。ズィルバーはその悪意からもレイを守るように彼女をその背に庇う。
    「安心しろ。君は僕達が護る。僕達は……正義の味方だからな」
     ズィルバーの言葉を合図に、まず駈け出したのは煉だ。煉はかざした剣を非物質化すると、シャドウを守るように立ちふさがるウサギの魂を深く貫く。
    「さて……行くか」
     同時に昌利も動いた。雷を宿す拳で穿てばウサギの身体はぱらぱらと表面が削れ、剥がれた砂糖が空中を舞う。
    「愛らしい砂糖菓子も……シャドウのものだと思うと、ひとつも可愛いなんて思えないわね」
     雰囲気を一変、妖艶な笑みを浮かべた詠はしなやかな長剣を回転させて砂糖菓子達を斬り裂いた。続いて炬燵も符を放つと自らの周りに五芒星を描き、攻勢防壁を築く。
    (「想いの空回りに気付いた時って、どうすればいいか分からなくなって……辛い、よね。……レイ、助けてあげなきゃ」)
     七海はちらりとレイを見、それから目の前のクマへ螺旋の如き旋回を加えた突きを繰り出した。霊犬のカミも駆け出すと、すれ違い様に斬魔刀でバサリとクマを斬り裂く。
    『あっは、頑張るじゃんっ。でもウサちゃんとクマちゃんも負けないよっ?』
     見下すように笑ったシャドウ。その声に砂糖菓子達が反撃を開始する。ウサギは美味しそうなシュガーボンボンを作り出すと、恐ろしい力でそれを投げた。身構えた詠がボンボンを受け止めたが、堪らずその身体は吹き飛ばされる。
     またクマも持っていたマグカップをぎゅっと握りしめ突進し、ほんのりビターなホットチョコレートを七海へとぶちまけた。甘い香りの液体をかぶった七海は思わず顔を庇って目を閉じ――そして再び瞼を開けたが。七海の目は、映した。初恋の彼、最後の笑み、愛しい想い人。彼女の苦い思い出を。
    「大丈夫か、御風! ……あのさ、レイ。嫌なことは忘れろ、とか言えないけどさ。でも、楽しいのも思い出せよ。さっき一緒にケーキ作ったのとかさ!」
     慟哭し取り乱す七海に善なるものを救う光条を放った幸谷は、泣きながら怯えた顔で戦いを見つめているレイに笑いかける。ズィルバーも守りを一層堅固にすべく、破邪の剣でクマに斬りかかった。
    「恋愛だけに言える話じゃないけどさ、どちらかが凄く無理してる関係って、それってやっぱり歪だと思うんだよね」
     ぽつりぽつりと言葉を紡ぎながら指先に霊力を集め、それを詠へと撃ち出した美澄。
    「これは夢だから、思いっきり泣いて目が覚めたら。今回のこと、きっとむしろ良かったって思える日がくるんじゃないかな」
     そんな美澄の言葉を後押しするように、煉は手中の刀に影を宿すと一閃。ウサギは最後の悪夢を見ることすら出来ずに崩れ落ち、消滅した。
     一方、ぼろぼろと崩れたウサギを見たクマは、怒りを表すように手足をバタバタさせている。その仕草はやはり非常に愛らしいのだが、愛らしくても敵は敵。昌利は躊躇なくクマを掴むと勢いよく投げ飛ばした。詠も長剣を操り、よろよろと立ち上がったクマにしゅるりと巻きついた海蛇の如き剣が、その牙を剥く。
    「乙女の泣き顔が好物なシャドウなんて灼滅してしまいましょう。……でもまずは、こちらから」
     炬燵はその腕を鬼のものへと変じると、容赦なくクマを薙ぎ払った。思い切り吹き飛ばされたクマはソファや机にぶつかりながら床へと叩きつけられ――やがてさらさらと砂糖の山になって消え去る。

    ●乙女の笑顔を描いたクッキー
     美澄が夢だと言った瞬間、レイはどこか納得したように息を吐き出しながら頷いた。
    「そうだよね。これ……やっぱり夢なんだよね」
    『そうだよ夢だよっ。いいじゃん、だからもっと泣きなよっ。泣いて泣いて、干乾びるまで泣いちゃえっ』
     けらけらと笑いながら、シャドウは影をぶわりと広げて美澄を飲み込もうとした。だが駆け寄った昌利が美澄を突き飛ばし、代わりにその影に食らいつかれる。昌利の口から苦悶の声が漏れた。
    「レイ! 辛い事を無理に忘れる必要は無いさ。其れも立派なレイの経験なんだ。ほら、チョコと同じだよ。ただ甘いだけじゃなくて適度なほろ苦さが有った方が美味しいよな?」
     シャドウの攻撃を食らい続ければ、いくら灼滅者達でも無事でいられるかは分からない。ならば早くレイに泣き止んでもらわなくてはと、煉はレイに語りかけながらシャドウを粉砕せんと巨大な刀を振り下ろした。
    「……アンタ、こんな野郎に泣かされたままでいいのか」
     食らわれた傷から血を流す昌利も、オーラを癒しの力に転換しながらレイへと言う。
    「作る人も、食べる人も……嬉しい気持ちになるの……素敵よね、お菓子作り。だから、貴女はもっと自信を持っていいのだわ」
     詠は魔力を宿した霧を展開し、仲間達を癒しながらレイを励ます。
    「レイさんが泣き止んだら、みんなで作ったお菓子をみんなで食べてしまいたいですね。お腹がいっぱいになれば嫌なことも忘れられるでしょう。といっても夢の中なので満腹にはならないですけど、太る心配もないですしね」
     炬燵はかかげた指輪から撃ち出した弾丸でシャドウを貫き、七海の影もシャドウに食らいついた。幸谷は依然血を流し続ける昌利に癒しの光条を放ち、美澄もまた霊力を集めた指先を昌利に向けた。
    『あははっ、必死だねえキミ達! でもさあ、ボクに勝てると思う? みんな一緒に、干乾びてミイラにでもなるっ?』
     シャドウの台詞に息を飲んだレイ。だが、耳を貸すなとばかりにズィルバーはレイに言葉をかける。
    「大丈夫……騎士は決して倒れない。なあ、レイ。あんなに美味しいお菓子が作れる君は、こんな所で泣いていてはいけない。君を必要とする人は現実の中に居る!」
     ズィルバーの言葉に、レイは「そうかな」と考え込んだ。さらさらと流れる砂糖は、少しずつ勢いを弱めて。誰もがもうひと押し、そう思った。
    『もうっ、ホントに邪魔っ』
     拗ねたような口調でシャドウは言い、そしてその影を閃かせた。斬り裂かれたズィルバーの身体が沈み、鮮血が溢れ出す。だが、ズィルバーは決して膝をつかなかった。――瞬間、レイは肩を震わせシャドウを睨みつけ。
    「もうやめて! 私も、もう泣くのやめる! アンタが喜ぶことなんて絶対してやらないんだから!」
     関を切ったように、レイが叫んだ。シャドウも、灼滅者達もまた驚いたように動きを止める。
    「ここが私の夢だって言うなら、出てって!」
     喫茶店の出口を指差し、シャドウを怒鳴りつけるレイ。するとシャドウは見る見る不機嫌そうな空気を漂わせ始める。
    「良く言った。レイ程良い女なら直ぐに良い相手が見付かるさ」
     ダメ押しするように煉は破邪の剣でシャドウの魂を斬り裂く。そして――。
    「土産だ。持って行け」
     オーラを集束させた昌利の拳が、シャドウを次々と打ち抜いていった。その拳を全て受け、かすかによろめいたシャドウはそれでもごねるようにレイに言う。
    『そんな怖い顔、全然ボク好みじゃないよ。ねえ、泣きなよっ。泣きなってばあ』
     だがレイは完全に泣き止み、強い眼差しでシャドウを睨んでいる。それを見たシャドウはつまらなそうに「ちぇっ」と舌打ちすると、何とあっさり喫茶店の出口から闇の中へと姿を消したのだった。

    「あの……ホントにありがと」
     シャドウの去った喫茶店。レイは灼滅者達に微笑みを向ける。その目にはもう、涙はない。ズィルバーはそっとレイにガーベラの花を手渡した。込められた思いは『前進』そして『希望』だ。
    「無理に変わらずとも、大丈夫よ。相手を想う優しい心を……これからも、大切にね」
    「こっちこそケーキの作り方、教えてくれてありがとな。俺、楽しかった!」
    「何処かで縁が有ったら、また自慢の菓子をご馳走してくれよな?」
     詠も、幸谷も、そして煉も、微笑むレイに笑顔を返す。と、七海がそっとレイの手をとった。
    (「お菓子作りって、恋することに似てると思うんだ。苦い思いもするから、想いが本当に成就した時、甘くて素敵な幸せに出会えるんだよ」)
     触れた手から伝わる七海の思いに、レイは一瞬驚いた表情を浮かべ――そして笑った。
     悪夢から抜け出したレイはもう大丈夫。目覚めたレイは、枕元に残されたガーベラの栞を見つけてきっと微笑んでくれるはずだ。

    作者:温水ミチ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ