高架下――そこは彼等にとって『聖地』とも言うべき場所だった。
人影は四人、その内二人の人間が格闘していた。
殴り、蹴り、極める――格闘技のあらゆる要素を禁じ手なしで振るう、彼等がしていたのはそういう練習だ。
「ククク、ああ、やっぱり筋がいいぜ? お前等」
その人影の内、一際大きい男がそう言い捨てた。二メートル近い長身。鍛え上げられた筋肉。野太い笑みの似合う荒い顔の造形の男だ。
そして、何よりも特徴的なのはその頭に生えた黒い角だ。羅刹――そう呼ばれる人ならざる存在である。
「俺は弱い奴は嫌いだ、でも見込みのある弱い奴は少しは認めてやってもいい……お前等もそうだろう? ただ暴力を振るいたい大馬鹿野郎だ。だから、もう少し食いでがあるようにしてやろう」
残る三人の男は羅刹の言葉に暗く目を輝かせた。ただ強くありたいだけの連中だ、暴力に酔うだけの彼等にとってその羅刹はまさに神にも等しい存在だ。
強くなりたい――そして、強くなれば力を振るいたい。あまりにも当然な帰結だった。
「さぁ、たっぷりと強くなって思う存分力を振るってやろうぜ? それでこそ、暴力だ」
「天網恢恢疎にして漏らさず――俺の目はそんな連中を逃さない」
神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)がポーズを決めて教壇の前でそう告げた。
訳そう。エクスブレインであるヤマトの未来予測が、灼滅者の宿敵であるダークネスの行動を察知だ。ダークネスは、バベルの鎖の力による予知があるが、エクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐり、ダークネスに迫る事が出来る――ようするに、ヤマトはそのダークネスの不穏な行動を掴んだのだ。
「その羅刹は腕に覚えのある連中を集めようとしている。放置しておけばどうなるかわからない、小勢力の内に叩き潰すべきだ、そう言う判断だ。もちろん、お前達灼滅者にとってダークネスを灼滅する事こそ運命、どうか打ち倒してくれ」
ヤナトが弾き出した生存経路では深夜の高架下、連中がたむろし日々鍛えているそここそ戦場にふさわしいという。
「小さいながらも電灯がある、光源などに気を配る必要もなくそこそこ広い。戦う分にも申し分ない広さがある」
ダークネス、羅刹はただ一人だが強力な。近接の多数を巻き込む拳打と遠距離の単体を蹴りの衝撃によって叩きのめしてくる。それを使い分け戦ってくるだろう。
そして、その羅刹の配下である三人の人間もそこそこ近接の単体に強力な拳打を打ち込んで来る。雑魚ではあるが注意は必要だろう。
「未来予測の優位はあったとしても、ダークネスの戦闘力は侮れない。最後の最後で勝利を掴むのはお前達である事を忘れるな」
健闘を祈るぜ、とヤマトは締めくくり、灼滅者達を見送った。
参加者 | |
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久々宮・千秋(星霄・d00782) |
龍宮・巫女(貫天緑龍・d01423) |
氷上・冬華(凍てつきし華・d01512) |
平坂・月夜(常闇の姫巫女・d01738) |
九条・茜(夢幻泡影・d01834) |
青柳・百合亞(電波妖精・d02507) |
大鞆・兎瑚(ガラクタギミック・d02765) |
樹・瀬護(踏んで戴けると助かります・d03713) |
●
深夜の高架下でいくつもの音が響き渡る――殴る音。受け止める音。地面を蹴る音。目まぐるしい戦闘音を聞きながら久々宮・千秋(星霄・d00782)は惜しい、そう感じていた。
「強いって事の証明に暴力を振るうのは違うと思うんだけどな」
惜しいと思うのはその気概だ。強くなるために努力を重ねる、それ自体は決して悪い行いではないのだ、千秋はそうどこか冷めた視線で戦う二人とそれを眺める大男を見やった。
「あれが羅刹……大きいですー!?」
「大丈夫よ、平坂くん」
思わず膝が震える平坂・月夜(常闇の姫巫女・d01738)に九条・茜(夢幻泡影・d01834)が励ますように笑みを向ける。その笑顔に月夜は一つうなずき、震える足で踏み出した。
「……何だ? お前等」
岩をすり合わせたような重い声が灼滅者達の耳に滑り込む。明らかに威圧して来る大男の言葉を真正面から受け止め龍宮・巫女(貫天緑龍・d01423)が答えた。
「人をたぶらかす悪い鬼さんを退治しに来たのよ」
「……ほう」
大男が目を細める――その口元には、確かな笑みが浮かんでいた。
「その男の頭の角を見たことないのか? あれは羅刹という鬼だ。いつか、お前達も人で無くなってしまうぞ」
樹・瀬護(踏んで戴けると助かります・d03713)の言葉に、三人の配下の男達は顔を見合わせる。瀬護の表情は真剣だ――しかし、男達の一人が暗い瞳で言い捨てた。
「強くなれるのなら、鬼でも構わねぇ……!」
「ククク、だ、そうだぞ?」
配下達の言葉に、大男――羅刹の顔に浮かんだのは楽しくて仕方がない、そんな笑顔だ。瀬護もその男達の反応に眉根を寄せる。
大鞆・兎瑚(ガラクタギミック・d02765)も呆れたように肩をすくめた・
「力があれば振るいたい、単純明快な答えや。でもな? 理由も何もない暴力なんて暴走するに決まってるんやで?」
「まるで、暴力に理由が必要な言い方だな?」
兎瑚に羅刹がそう言い返す。ゴキリ、とその巨大な握り拳を作り前へと突き出すと、羅刹は歯を剥き笑い、言い捨てた。
「力を振るうのに理由を探してどうする? 殴りたい、蹴り飛ばしたい、踏み砕き、蹂躙し、思うさまに振る舞いなすがままあるがままに生き抜く――それがお前達の言う鬼の生き様だ」
「力が欲しくて力に溺れて力に酔うのは……まぁ、一つに執着しすぎてるだけと思えば解らなくもないですが、暴力に頼るのは私には理解できません。痛いことは嫌いですので」
羅刹の言葉に真っ向から否定を返し、青柳・百合亞(電波妖精・d02507)は相棒である咎人の大鎌、鎌之助を構えて言い放つ。
「が! ――見ていて不愉快な暴力はとっとと潰すに限ります」
「そうか? お前達なら理解してくれると思ったんだがな?」
残念だ、と言うその羅刹の表情にはむしろ晴れやかな笑顔さえある。配下の男達へ向け、羅刹は言った。
「実戦だ、思う存分楽しめ」
『おう!』
身構える羅刹と三人の男達を見て、氷上・冬華(凍てつきし華・d01512)が静かに言い捨てる。
「さあ、鬼退治を始めましょう……」
灼滅者達も身構える――ここに、人知らず戦いの幕が切って落とされた。
●
羅刹とその配下はただ殴るために間合いを詰めてくる――灼滅者達はそれに対して陣形を組んで応戦した。
前衛のクラッシャーに巫女、ディフェンダーに千秋と茜、中衛のキャスターに百合亞と瀬護、ジャマーに冬華、後衛のメディックに月夜、スナイパ-に瀬護と言った布陣だ。
「まずはお前達がどれほどのものか――試させてもらうぜ!」
ダン! と地面を踏み締め羅刹が前衛へとその間合いを詰めた。岩塊のような拳が振り下ろされ、振り回され、突き上げられる――その拳は巫女と千秋、茜の急所へと的確に叩き込まれた。
「その拳、邪魔よ」
「カカッ!」
言い捨てた巫女の頭上、輝ける十字架からいくつもの光線が放たれる。セイクリッドクロスのその輝きを羅刹は笑いながら振り払った。
「少し頭を冷やしたらどうかしら?」
そこへ冬華がフリージングデスを繰り出し、羅刹とその配下達の体温を急激に奪っていく。
「――こっちだ」
そして配下の一人へと間合いを詰めた千秋がサイキックによって生み出された光の刃を横薙ぎに一閃、男の脇腹を斬り裂いた。
「正直殴り合いは好きじゃありませんが――野放しも気分が悪いですからね」
そこへ重ねるように百合亞の神薙刃の風が放たれ、配下の男は肩を切られ膝を揺らす。
「砕け散れ! 鬼神変!」
続くように茜がその右手を振りかぶる――異形化し巨大な腕となったその右手を配下の一人へと振り下ろした。
「足止めさせてもらう」
「行くで? 思う存分、やりあおう」
瀬護の掌から放たれた炎の奔流が、兎瑚が降らせた矢が羅刹と配下へと降り注ぐ。そして、月夜が清めの風を招き、前衛の仲間達を癒していく。
「前衛、来ます!」
後衛から月夜の警告が届く。配下の男達が前衛の三人へそれぞれ踏み込み、拳を繰り出したのだ。
体重の乗せ方、打撃点、どれもが武術の理にかなった拳打だ。
「多芸な事だがな? だが、それだけを鍛えさせたそいつらの拳は軽くないだろう?」
「――それをまともな方向へ向けるのなら褒めてあげてもよかったけどね」
右手の妖の槍を構え直し、巫女は軽口で切って捨てた。確かに研鑽を積み、その技を得た努力は褒め称えていいものなのかもしれない。
「それでも、やる事が暴力を振るうだけってのは――その技が泣くだろうぜ?」
「そこは意見の違いだな。俺の拳は嬉し泣きしてるぜ!!」
言い放つ千秋に、羅刹は再び拳を振るう――そうして、戦いは加速して行った。
●
おぼろげな街灯がそこにいくつもの薄い影を生み出す。
最後の配下の男の踏み込みを茜は横へと掻い潜った。確かに配下の男達の拳は鋭い――だが、それも幾度も繰り返されれば見切る事は難しくない。
「デスサイズ」
茜の振りかぶった咎人の大鎌が横一文字に振り抜かれる――腹部を大きく切り裂かれた配下の男へ千秋は袈裟懸けにサイキックソードを振り下ろした。
「手加減するのって意外と難しいな」
崩れ落ちた配下の男を見て千秋が思わずこぼす。そこへ突然衝撃が襲った。
「そんな余裕があるのか? ああ?」
羅刹の蹴りによる衝撃波だ。その羅刹へ魔法弾が放たれる――冬華の制約の弾丸だ。羅刹はそれを振り向き様の裏拳で弾き落とした。
「それはあなたこそ、でしょう?」
「吠えるじゃねぇか、小娘!!」
冬華の言葉に羅刹が不敵に笑う。配下の三人は倒れた――だが、この状況こそ面白いと羅刹の表情が語っていた。
「俺はお前が怖い」
「あぁ?」
不意に告げられた瀬護の言葉に羅刹はつまらなそうに眉をひそめる。だが、続く言葉がその表情を劇的に変えた。
「だが、今、逃げたら誰かが悲しい思いするんだ。その時、俺は後悔する。すごく悲しくなる――だから闘う!! お前と、同じ自分のためだ」
「……おお、そうしろ。お前達が力を振るう理由も、俺が力を振るう理由も自分でさえわかってりゃあそれでいい!」
「腕っぷしだけ強なっても心がついてかな、いつかきっと負けてしまうんよ?」
相手を、そして自分を戒めるように兎瑚が告げる。
「うん、今、みたいに、な」
「ならば、そいつを力で証明してみせろ!!」
羅刹が吠えて踏み込んでいく――そこへ兎瑚と百合亞の神薙刃が叩き込まれた。
「とっとと終わらせて田舎でお婆様方と井戸端会議に花咲かせてもらいますよ!?」
「カカカカカカ!!」
言い放つ百合亞の言葉に羅刹の笑い声が被さる。自身を切り裂く風の刃にも羅刹は怯まない――それを真正面から巫女が迎え撃った。
「お望み通り、力で教えてあげるわ」
巨大な異形の拳――巫女の鬼神変と羅刹の拳が激突した。
(「うぅ……本当に怖いです……」)
癒しの矢によって千秋の傷を癒しながら月夜はその身がすくみあがるのを感じていた。羅刹はまさに人の形をした暴力そのものだ――ただ暴れ、破壊し、命を奪う。他者とは破壊する対象にすぎず、その区別も壊し甲斐のある相手か否か? その程度でしかない。
そんな相手と真っ向から向き合えるのは仲間達がいるからだ――月夜は心の底からそう思う。見慣れた茜の背中がある。恐ろしい羅刹に果敢に挑む仲間達の姿がある。一人でないから戦える――それが羅刹にはない灼滅者の強さだ。
灼滅者達は力を合わせ、暴れる羅刹に応戦していく。その拳による攻撃に耐え切れなくなれば中衛と前衛が入れ替わり対処していった。永遠に続くのではないか? そう思う激しい暴力――しかし、晴れない嵐がないようにその暴力にも終わりがある。
「カカカカカカ! いいなぁ! 砕けろ!!」
羅刹の拳が巫女を、千秋を、冬華を、瀬護を狙う――だが、その拳を四人は紙一重で掻い潜り左右へ散った。
「そう何度も殴られてやるか!!」
高く跳躍した千秋が鬼神変の巨大な拳を振り下ろした。羅刹はそれを両手で受け止め――その動きが止まった瞬間に、中衛で茜が動く。
「平坂くん!」
「はい!」
茜が無数の刃を召喚、月夜が魔法の矢を生み出し――同時に放つ!
「切り裂け! 虚空ギロチン!」
刃が、魔法の矢が、羅刹の肩や太ももを切り裂き、貫いた。そこに百合亞が大鎌を手に風を生み出す。
「切り裂いてください!」
百合亞の神薙刃に、羅刹が両の拳を叩きつけた。ビシリ、と拳に裂傷が走り、血を撒き散らす――しかし、羅刹の顔にあるのは笑いだ。
「カカカカカカ!!」
「……救えないわね」
そこへ冬華のマジックミサイルが突き刺さる。そして、背後へと回り込んだ瀬護は己の身から噴出した炎をサイキックソードへまとわせ、横一文字に振り抜いた。
「やれ!」
瀬護の言葉と同時に兎瑚が風を手中にかざし、槍を右手に構え巫女が真正面から駆け込む!
「もう暴れつくしたやろ!?」
「あなたの我が儘に付き合うのもこれで終わりよ」
瀬護の神薙刃が大きく羅刹を切り裂き、巫女の鬼神変の拳が羅刹の顔面を殴打する――それが、止めとなった。
「まだ、まだ、もっと……あ、ばれ……」
地面へと叩きつけられた羅刹は虚空へと手を伸ばし――やがて、力なく崩れ落ちた……。
●
「うん、こっちは大丈夫みたい。よかった♪」
ニコリ、と満面の笑みを浮かべ、月夜は倒れた配下の男達の様子を見てそう言った。
「傷つけるだけの暴力はあかんよ? 力はもっと、優しく使えるんやから」
倒れた配下の男の頭をぽんぽん、と撫でる兎瑚の笑顔は優しい。確かに彼等は道を違えたかもしれない――だが、やり直せるのだ、何度でも。
「人は痛むために……産まれたんじゃないんだよ」
瀬護もそう呟く。ただ暴力に酔っただけならば、目を醒ましやり直していいのだ――でなければ、人間はあまりにも悲しすぎる。間違えない人間など、いないのだから。
「ま、帰りましょう? 本当に疲れたわ」
「ええ、そうね」
背筋を伸ばして言う巫女に冬華も声を少し柔らかいものにしてうなずいた。そこには誰も欠ける事なく戦い抜けた、その実感と喜びがある。
「お婆様方との井戸端会議のネタに出来ないのが残念ですね」
「そうね、でも灼滅者ってきっとそういうものよ」
百合亞の言葉に笑みと共に茜が返す。ふと、千秋が視線を上げて言った。
「ああ、でも、あれぐらいは話してもいいかもな」
その言葉に仲間達もその視線を追う。
そこには、白む空があった。夜の終わり――美しい朝日がそこにあった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 26/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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