少年は幼い頃、毎日のように泣いていた。
「またイジメられたの? おまえの瞳は変じゃないのにねぇ。ばーちゃんは綺麗と思うよ」
少年の瞳の色は緑色であった。その瞳の色だけが周りと違うという事実で、疎外されたのだ。
「男は泣いてばかりじゃなくて強くならないと。どんな時でも、ばーちゃんは味方よ」
祖母が居てくれたから強くなろうと思った。泣く事が無くなった頃には苛めも減った。だけど、その時から内なる獣に気付いた。
何もかも壊して食べたくなる。
数年間、必死にその衝動を押し殺していたが、ある時に爆発してしまった。
「っ、ば、化け物……」
「ッッ!?」
少年の異形の姿に、祖母は本能的に恐れて口走ってしまう。
「あ、……おまえ……っ? ま、待って……!!」
少年だと気付いた祖母は手を伸ばし引き止めようとするが、既に遅かった。
山から下りて町に辿り着く頃には、理性も頬に流れる涙も炎で蒸発していた。
「ある中学生が闇堕ちしてイフリートになろうとしてるの!」
須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、集まった灼滅者達の顔を見た傍から第一声を上げる。
「あ、ごめんなさい。実はだね、ある中学生が自分のおばーちゃんの前でイフリートに成り掛けちゃったの。今ならまだ理性が残ってるけど、ずっと我慢して所為か、山を下りる頃には完全な闇堕ちしちゃってイフリートとして、山の麓の町で暴れちゃうんだ」
だからその前に、どうか止めて欲しい。灼滅者達の目を真っ直ぐ見ながら言う。
「手段は問わないよ。救い出せるなら救い出して欲しいけど、もしも駄目なら……止めてあげてね」
まりんは一度深呼吸し、説明を続ける。
「時刻は夜22時頃。彼はハイキングコースから、休憩所に辿り着く。此処だったら場所も広いし、此処で待ち伏せすれば良いと思う。彼はダークネス化を拒もうとしてる所為か下りてくる速度は遅いよ。寧ろ歩いてくるんじゃないかな。目立つので分かり易いし」
但し、みんなの姿を確認すれば襲い掛かってくるので注意だね、と付け加える。
「この中学生はイフリートに成り掛けているだけあって、ファイアブラッドと同じぐらいの力を持ってるよ。それと殺人鬼の力も持ってるみたいで、普通に強敵だと思う」
彼はおばーちゃんが大事だった。だから、
「だからこそ化け物扱いが相当堪えたみたい。それでも彼は、おばーちゃんには手を出さなかった。……声が届くのならば、おばーちゃんの事とかなら届き易いかも」
説得出来ればイフリートの力は弱まると思うよ!と、声を上げる。
「弱体化しても、油断は出来ないけどね。後はそうだね。おばーちゃんに言われてた所為か、女の子より男の子を優先的に狙うみたい」
きっと、おばーちゃんに女の子に手をあげたら駄目だと教わってたのかもしれないね、と笑う。
「彼は強いし、救い出す事は簡単じゃないかもしれないけど……」
良い報告を待ってるよ!と、まりんは灼滅者達を励ますのであった。
参加者 | |
---|---|
東当・悟(紅蓮の翼・d00662) |
神虎・闇沙耶(闇の塵を護る悪鬼獣・d01766) |
洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096) |
リラ・シャンテ(花の匂い・d03464) |
城・漣香(焔心リプルス・d03598) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213) |
北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495) |
●獣の通り道
夜22時になろうとしている時刻。幾らハイキングコースがあって、休憩所があっても、普通はこのような時間に登山や下山する人は少ない。ましては今は真冬で、空気は身を切るほどの寒さ。
それでもは灼滅者達は、この休憩所で待っていた。
「この時期になると流石に寒いな。雪、降ってこなきゃいいけど。……アイツはまだか?」
北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)が用意したライトを弄りながら体を震わせハイキングコースへと目を向けるが、彼等が待っている人物はまだ現われる様子は無い。
「そろそろ時間だよね」
周りに確認するように崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)は、立ち上がり呟く。
「歩いて下りるらしいから、見落としは無いだろ」
「ここは一本道だしね。寒いなら、どうぞ?」
洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)もランプを用意して周囲を照らしながら答え、エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が、事前に調べた事を思い浮かべながらポットに入れた熱い紅茶を仲間へと振舞う。
「あ、ありがとうございます……」
リラ・シャンテ(花の匂い・d03464)もまた、おずおずと受け取りお礼を言い、一口飲み、少しでも体を温める。此処は休憩所と言っても、屋根があって座る事ぐらいしか出来ないのだ。
「やっぱ山だから風が時々な。っと」
体にライトを着けて山を見上げた城・漣香(焔心リプルス・d03598)が突風に髪を乱され顔をしかめたが、その風が急に止んだ。
「来た、ようだな」
神虎・闇沙耶(闇の塵を護る悪鬼獣・d01766)が狐の面の奥から、くぐもった声で言いながら広場の真ん中へと移動する。灼滅者達は続けて移動し、山を下りて来る人物を発見する。
灼滅者達の前から、ゆっくりと足を引き摺るように下りて来る中学生。彼等の目的の人物だ。その中学生を見つけ、灼滅者達はそれぞれ身構える。
しかしその人物は中学生と言うには、異形過ぎる。四肢どころか体中から炎を吹き出し、炎の尻尾まである。まるで炎が体毛に見え、炎自体が生きてるような威圧を放ち夜を赤く染める。
「な、グガ……ガぁ……にげ……アアアアアアアアアアアッ!!!」
獣のように呻き、既に人の顔を無くした異形の少年が目の前の8人の姿を見た途端に威嚇するように咆哮する。辛うじて見える緑色の瞳が、苦しそうに訴えるように、歪ませる。
何故、こんな場所に人が居るんだ。早く逃げてくれ。そんな言葉にならないような叫びを掻き消すような獣の咆哮が山に響き渡る。
少年が身を屈ませて灼滅者達へ突撃しようとすれば、東当・悟(紅蓮の翼・d00662)が示し合わせたかのように、少年の死角へと踏み込んで鋭く斬り上げる。
少年は反射的に避けて距離を取り、改めて灼滅者達と対峙する。本能的に覚ったのだろう。彼等は獲物では無く、自分と戦う存在なのだと。警戒するように、じりじりと距離を詰めようとする少年に、目の前の灼滅者達が少年に向かって言う。
「俺は東当悟や! 迎えにきたで!」
「……お兄さんと同じような人たちが集まる学校から、助けに来ました」
その言葉に少年は身を竦めるように動きを止めるが、少年は周囲に炎を撒き散らし、灼滅者達の方角へと地面を抉り駆け出す。
灼滅者達を襲おうとしているのか、それとも灼滅者達の横を通り過ぎようとしているのか、それは分からない。
だが、灼滅者達は少年を見逃そうとせずに迎撃する為に武器を構えた。
●獣と人の心の狭間
「Are you ready?」
葉月が青色の瞳を瞬かせてスレイヤーカードを起動させ、WOKシールドのエネルギー障壁を大きく展開する。しかし少年は、その障壁を食い破ろうと速度を緩めない。
「君が……いや、今は武で語ろうか」
闇沙耶が仮面の奥の緑色の瞳を閉じ、【Schutzengel】の黒い刀身を輝かせ、少年へと強烈な斬撃をカウンター気味に浴びさせると同時に、白い輝きを身に纏う。
「ウグ、ッ」
一瞬だけ怯んで着地すれば、その少年へと静流が契約の指輪から魔法弾を放つ。軽く身を捻り避けた少年が自分を攻撃した方を見れば、
「この腕を見れば【化け物】って思うよな。でも大好きな身内だったら、驚くけど受け入れてくれるはずだ。お前のおばあさんだって、理解しようとしてくれようとしたはずだ。怖がらず、向き合ってみないか?」
紺色の瞳を細め、鱗に覆われた巨大な異形の腕を少年に見せながら問いかける。微かに驚いたかのように、腕を見る少年。
「大事な人に怖がられて、否定されたみたいで……悲しかったですよね」
少年は今度は違う方向から、神秘的に奏でられる旋律に乗せられた歌声と言葉。その歌声に穿たれるように振り向けば、青色の瞳を物悲しげに潤ませながらリラが歌声を紡ぐ。
「おばあさんを傷つけたくなかったから、逃げてきたんですよね? でも、このまま、もう二度と会えなくなってしまうのは悲しいです……」
グルルルッ。と苛立ちが混じるような獣の鳴き声に怯えながらも、その瞳を逸らさず歌い切る。
少年は戸惑うように、警戒するように、窺うように、灼滅者達を睨んだまま身を低くして動きを止める。
「化け物って言われてショックかもしれないけど、其れはあんただって最初は気付けなかったからだろ?」
更に畳み掛けられる言葉。その言葉を掛けてるのは、
「でも直ぐに変わり果てた姿のあんたに気付けた。其れってどれだけ凄い事だと思うのさ。それだけ、あんたを大切に思ってるって事だろ!」
黒色の瞳を大きく広げ、精一杯声を上げながらWOKシールドで突撃する、來鯉。
「オ、マエら、は……なん、で……ドウ、シテ……」
突撃が直撃しても少年は軽くよろけるだけで、聞き取り難い言葉を搾り出す。
「今までずっと衝動に抗い続けた事は本当に凄いと思う。まだ、今なら間に合う、助ける事も出来る……だから話を聞いて欲しい」
青色の瞳を少年の瞳へと合わし、エアンは高速の動きで踏み出し、斬り裂く。
「咄嗟に出た本能の言葉は重い……。だけど、ショックを受けているのは、お祖母さんも同じなんじゃないだろうか? だからこそ、君のお祖母さんを安心させてあげる事が出来るのは、君次第だと思う」
少年は荒い息を吐きながら、聞きたくない。と言わんばかりに頭を振る。
「オレもお前と一緒だよ、最初は親戚からすげー怖がられた」
ピンク色の瞳を細め、ぎこちなく笑う漣香。
「多分親もそうだったと思う。あの時は悲しいやらなんやらで頭ん中ごっちゃでさぁ! ……でも今じゃ受け入れてくれたんだ、勿論オレの祖母ちゃんもな」
ほら、一緒だ。と炎を体から噴出して、武器に纏わせ斬り掛かる。少年は目が離せないように硬直したまま、自分とは違う炎に包まれる。
「解る。聞こえぬ位の声、食欲の苦しみ、一緒や」
影を刀に変えた悟は瞳を藍色に変化させ、同じく武器に炎を纏わせ一歩踏み出し、空いている手の中の指輪を握り締める。
「食う前に戻したる。絶対に」
強く断言するような声に対して、弾けるように顔を上げる少年。
「……ソウ、だ。……オレ、……スベテ……コワ、シ、……食べた、イ……!」
その言葉に灼滅者達は身構える。
「だけ、ド……イ、や……ダ!! ……バア……ちゃ……に、……ア……タ、イ……ウガアアアアァァァアアッ!!」
前足に成り掛けている右手で顔を覆い、少年は拒否と願いを言葉にする。だけど炎の獣は苛立ちを露わにして慟哭する。
所詮は自分は理性も無い化け物だと証明するように、今度こそ明確に牙を剥いて灼滅者達に襲い掛かった。
●少年に届く言葉は
灼滅者達は相談の内から、トラウマに関するサイキックは止めて置こうと決めていた。それは正しいか判断は出来ないが、彼等の優しさは言葉と共に少年に届いている。
イフリートに成ろうとしていた少年は、8人の灼滅者達とサーヴァント達相手に引けを取らない。少しでも回復の手を弛めば、そこから討ち崩れていく。だが、何故かリラが居る後列には攻撃しようとしないのだ。今は未だ、だが。
「グルァァァガアアアア!!」
少年は炎を吹き荒らして、闇沙耶と葉月へと炎を浴びさせる。斬艦刀やグラジオラスで受け止めようとするが、白い輝きや障壁まで突き破り、2人は炎に襲われる。
「君は化物かもしれない。しかし君は立派な人間であり、男だ。おばあさんとの約束を守り、今も守っている。これが何よりの証だ」
炎の中から飛び出し、逆に炎を纏わせた剣で斬り返す。君はまだ間に合う。失っていない。と、言い聞かせながら闇沙耶は一歩も退かない。
「良い炎じゃねぇか。寒かったから丁度良いぐらいだぜ!」
同じく炎を受けた葉月もグラジオラスを非物質化させ、霊魂も壊す斬撃を放つ。
「お前、綺麗な瞳の色じゃないか。瞳の色の事で笑う奴らの方がおかしいって!」
「同意だな。綺麗な目の色じゃないか。普通の人と違うと言うなら、俺たちは大半が普通と違う色をしてるぞ。俺は自分の目が気に入ってるが」
「つーかお前偉いよ。『女の子をいじめない』って言いつけ守ってんじゃん。色ー? オレ、元からピンクだぜ?」
静流が同意しながら石化の呪いを放ち、漣香が、緑とかむしろかっけぇじゃん……。と、不貞腐れたように呟いて、続けて爆炎の弾丸を発射する。
少年の四肢が徐々に石して行き、連射された弾丸が少年の体を貫き炎上させるが、しかし少年は動きを止めずに漣香を睨み反撃しようとすれば、ビハインドの煉は、主人の冷たい言葉に反応しながらも庇うように前へ出ながら霊障波を繰出す。
「グ、ゥルルル……ッ。……お……ヒト……好、しタチ、メ……」
その攻撃を易々と避け、少年は別の標的の死角へと駆け出し襲い掛かる。標的になった悟は避けようともせず、
「どや、肉は美味いか? 血は甘いか?」
腕で少年の牙を真正面から受け止め、派手に血を滴らせる。それでも少年の目を覗き込むように、不味いやろ! それがお前が人の証拠や。と、まるで知ってるかのように語り掛け、最後に少年の瞳が宝石のように綺麗と言う。
「バ……カ…ヤロ……お、マエ……等は……ナンデ……」
泣き笑いのような苦笑のような、確かな人としての笑い。見るからに動きを鈍らせて、少年は立ち尽くす。
「何もかも全てを壊してしまう事は容易。でも自分を取り戻せば、その力は大切な人を護る力にもなる」
大切な人と言った時に恋人の事が頭に過ぎるが、その隙を逃さず肉薄し、エアンはマテリアルロッドを少年へと押し当て、強力な魔力を爆発させる。
「婆ちゃんを悲しませるような真似するな! 自分に負けるなよ!」
「どうか……あなたの大切なもの、なくさないでください」
來鯉が至近距離でビームを放ち、ビハインドの虧月が霊撃を放つ。その隙に霊犬のミッキーが浄霊眼を、リラは指先に集めた霊力を撃ち出して仲間をそれぞれ癒して戦況を維持をする。
「……戻……レ、ル……ノカ……?」
少年が纏っている炎はまだ消えてない。その少年に、誰かが最後の一撃を放つ。
「心配してる人が居る。その大切な人の為にも戻って来て欲しい。そして同じ学校へ行こう。お前は、君は、あんたは、あなたは、大切な人を守れる強さを、これから手にしよう」
この台詞は誰の言葉なのだろう。もしかして全員の言葉なのかもしれない。自分とは違う炎に包まれ、涙を流せる事に安堵して地面に倒れようとする少年を悟は、
「一緒に帰ろや、大事な人が待つ場所へ」
と、支えて微笑んだ。
●贈る言葉と新たな門出
家の前でライトを片手に少年を探していた祖母は、少年の姿を見た途端に躓きそうになりながらも飛びつくように抱き締め、泣き出した。
「ごめんねっ! 本当にごめんね! 私は、心也に、何て事を……!」
「あ……ばあちゃん。お、俺の方こそ……ご、めんなさい……」
許して欲しい。酷い事を言ってごめん。そう何度も謝る祖母の体は小さく、体中が冷えていた。もう何時間も少年を探していたのだろう。心也と呼ばれた少年も強く抱き返し、言葉に詰まりながら謝る。
「僕たちが言った通りだね」
「そうだな。ちゃんと受け入れてくれて何より」
來鯉と静流は顔を見合わせ、同時に笑う。
灼滅者達は少年が起きた後、全員で心也を家まで送り、心也の祖母に挨拶すると約束したのだ。いや、全員では無くリラだけは物陰から、抱き締め合っている2人を少しだけ羨ましそうに見守っていた。
「あなたは、何もお話してくれないから……。思い出してあげられなくて、ごめんね……」
虧月は何も言わず、主人の傍に佇み身を寄せる。
暫くして落ち着いた祖母へ、灼滅者達は道中で心也に話した事を説明する。
「俺達が通っている学校は、俺達や心也みたいな学生が集まり楽しく暮らせる学校なのです」
エアンが筆頭に説明し、瞳の色なんて気にしないぐらい色んな人が居ると各々が補足する。大事な孫を救ってくれた、孫と歳が変わらぬ少年達。どれだけ感謝しても足りない恩人の言葉でも、直ぐに返答は出来なかった。そして返答は心也に任せて、じっと心也の顔を見る。
「……ばあちゃん。俺はこの人達から、その学園から沢山教えてもらわないといけない。この力をちゃんと扱えるようにならないと。だから、行くよ。それに、……もう1人じゃ無いしね」
こんなにも友達になってくれたんだ。と嬉しそうに話す心也を、寂しそうに、だけど誇らしげに見上げ、
「おかえり、心也。そしていってらっしゃい」
と、心也を送り出す。心也は祖母へと、
「ただいま。そしていってきます」
元気良く返し、灼滅者達へと向き直り頭を下げる。
「……ただいま。助けてくれてありがとう。これから宜しく、先輩方」
そう挨拶すれば、
「おかえり。そして武蔵坂学園へようこそ、心也」
と、新たな灼滅者を歓迎する声が重ねるのであった。
作者:猫御膳 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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