●
街を飾る金と銀、赤や緑。
どこからともなく流れゆく賛美歌や、定番のメロディー。
1年に1度の特別なその日を、誰もがうきうき、そわそわと胸躍らせて迎える。
すなわち――クリスマス。
天高くそびえる武蔵坂学園の『伝説の樹』も、この日は色とりどりに飾り付けられ、きらびやかなクリスマスツリーへと変身する。
そしてクリスマス当日、ツリーの前では盛大なクリスマスパーティーが開かれるのだ。
会場に用意されたたくさんのご馳走を食べたり、ダンスをしたり、楽しみ方は人それぞれ。
「だがな、今年は一味違うぜ!」
バァン! と勢いのあるポーズを決めて教室に現れたのは、なんだかすごく上機嫌な神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)だった。
なんだなんだと生徒達が顔を見合わせる中で、ヤマトは片手に持っていた紙を高々と掲げる。
「今年のお前達は……そう! 伝説を作るんだ!!」
そこには、
『出現! 巨大クリスマスケーキを攻略せよ!』
――と、とても勢いのある筆跡で記されていた。
●
「今年のクリスマスケーキは凄いぞ! まず、とにかく大きい!」
どのくらい、と誰かが問うた。想像もできないほど大きい、とヤマトが答えた。
ていうか、それ、答えじゃないし。
「……いや、ブーイングするのは少し待ってくれ。実のところ、俺も詳しくは知らないんだ」
額に滲んだ汗を手の甲で拭い、ヤマトは再びきりっとした表情で口を開く。
「現時点で判明している情報は、3点だ。
1つ目は、ケーキは大・中・小の3段重ねになっている、ということ。
1段ずつ味の違うケーキになっているらしい。食べ続けても飽きずに済むぞ!
2つ目は、先ほども言ったが、とにかく大きいということ。
恐らく、人間の背丈はゆうに超えてくるだろう。
……そして、3つ目は」
ヤマトがごくり、と息を呑んだ。
つられるように、彼に注目している生徒達も同じく息を呑み、次の言葉を待つ。
「このケーキをクリスマス当日に完食するのは、ほぼ不可能に近い……ということだ」
学園から用意されたクリスマスケーキ。
その大きさは、灼滅者として危険と隣り合わせの生徒達を労う気持ちの表れなのか。
それとも、イベントにかこつけた単なるサプライズなのか。
はっきりとは分からない――が。
「……不可能を可能にしてみたいとは思わないか?」
きらーん、と。ヤマトの瞳が、不意に鋭い光を帯びる。
「お前達は武蔵坂学園の生徒、こういうのは何よりも得意なはずだ!
だから、やってやろうじゃないか!
不可能を、可能に……このクリスマスケーキを、当日中に食べ終えて!」
ぐ、とヤマトが固く握った拳を掲げた。
「お前達の手で、新たな伝説の1ページを刻むんだ……!!」
巨大クリスマスケーキを攻略し、見事完食するためには、ある程度の計画性が必要だ。
まずは、ケーキをとにかく切り分ける必要がある。
残った際はお持ち帰りすることになるため、ケーキの本体へやみくもにフォークを突き立てるような真似はご法度だ。
次に、切り分けられたケーキをただひたすらに食べること。
これに関しては深く考える必要はない。ただ、己を信じてフォークと口を動かせばいい。
甘いものが苦手という生徒にも、協力できることはたくさんある。
切り分けられたケーキを配って回るもよし。
より多くのケーキを食べるために、胃酸の分泌を促進するコーヒーや紅茶を配るもよし。
食べ過ぎで具合を悪くする生徒がいるかもしれないので、その救護に走る機会もあるだろう。
「お前達が協力すれば、どんな困難にも打ち勝つことができるはずだ。
だが……あまり無茶なことはしないでくれよ。
ケーキはあくまで、皆で美味しく食べるために用意されているものだ」
つまりのところ、とヤマトは笑う。
「楽しくやろうぜ、ってことだ! なんたって、クリスマスなんだからな!!」
●12月24日、晴天。
きらびやかな星とクリスマスオーナメントに彩られ、『伝説の樹』はクリスマスツリーへと姿を変えた。
輝く天の川を泳ぐ、オーナメントの魚達。
2つの星が頂点に飾られた樹の下、パーティー会場には様々な料理が並ぶ。
その中の一角に用意されたクリスマスケーキに、集まった生徒達は完全に言葉を失っていた。
「お、大きい……」
思わずそう呟いたのは小太郎だった。普段はわりと表情を変えない彼が、目の前の光景に唖然としている。
だが、無理もない。ケーキの大きさは既に、人間の背丈をはるかに超越していたのだから。
背後にそびえる『伝説の樹』に比べればもちろん小さい、が。
「これ、本当に食べ切れるのか……?」
ぽつぽつ漏れる不安に返るのは、「弱気になるな!」の大合唱。
そう。怖気付いている場合ではない。むしろ楽しめ! 思いっきり!!
何故なら今日、これから、この場所で。
「お前達は、新たな伝説の1ページを刻むんだぁぁぁっ……!」
ヤマトの絶叫に、集まった学生達は「応!!」と拳を振り上げ、一斉にケーキへと突撃した。
●生クリームの野望
「不可能と聞けば、挑戦したくもなるよねぇ」
青空の下、そびえ立つケーキを眺め、理一がぽつりとそう呟けば、
「理一。ほら、胃薬飲んどけ。……あぁ? 苦いって、そりゃ当然だろ」
嘉市は念のために、と持参した胃薬を無理矢理飲ませる。
「好みの味じゃないのは、きーちくんに押しつけよう……」
「何か言ったか?」
「ん、なぁんにも?」
にこやかに返す理一と、怪訝な顔の嘉市。2人で顔を見合わせて。
「さて、それでは」
「とにかく、食うとするか」
「ふぉぉぉ、おっきーい!」
巨大ケーキを見上げ、深愛は盛大な歓声を上げた。
「新たな伝説を刻む……なんか浪漫ってカンジで燃えて来るんだよう!」
「この大きさ、今のうちに写真に残しておきたいな」
深愛とイヅナをケーキの横に並ばせ、イヅルはぱちりと記念撮影。
小柄な2人と比較してみれば、ケーキの大きさがよく分かる。
「サポートよろしくね、イヅル」
甘いものが苦手な双子の弟へ、イヅナがにっこり笑えば、
「任された。2人とも、心行くまで食べるといいさ」
イヅルもまた笑顔を浮かべ、解体の始まったケーキへと走り出す。
今日、ここにいられることに。3人とも、なんだかすごくわくわくしていた。
ケーキが切り分けられるのを待つのは、井の頭2Gの面々。
風花はただいま準備運動中。これから食べる量を思えば、どれだけ体を動かしても足りない。
「ふふ、女子中学生のケーキ女子力を甘く見ないことね……」
「よしっ、行こうクラレットちゃん、アリスティアちゃん!」
やがて、小柄な体に元気いっぱいな奈穂を先頭に、ケーキ目掛けて走り始める。
「やあ、お帰り。紅茶を淹れておいたよ」
たくさんのケーキを持ち帰ってきた彼女達を、新が淹れたての紅茶と共に出迎えて。
「ん……、香り良く、飲み易い紅茶ですね……」
紅茶の香りを楽しみつつ、アリスティアはケーキの皿を次々と空けていく。
仲間達に紅茶を配る律も手を休め、ほっと一息。手元にあるケーキを見つめ、
「マジパンサンタは1人ずつ、愛嬌のある顔をしているね」
そんなことを考えたものだから、少し食べづらくなってしまったり。
「まず、1段目のケーキを全て切り分け、次に足場をこちらへ……」
巨大ケーキの元、公平の指示があちこちへ的確に飛ぶ中。
「おっお姉ちゃん……そっそれは、まだ、だめだよ……」
ケーキを間近で見上げていた翠の隣では、栞が無言でフォークを突き立てようとしていた。
「……冗談、です……」
と、栞は翠の頭を優しく撫でる。まあ、実は本気だったのだけれど。
一方。ケーキの傍らに陣取り、黙々と1段目を切り分けるのは貴耶だ。
「イフリート型に切ってくれ!」
弟の瑛浬からのリクエストには、さすがに無理だと首を横に振り。
「来年までには練習しておく」
そんな一言と共に差し出されたのは、ひよこ型にカットされたケーキ。
その後も次々と可愛らしいのケーキが並ぶ。
「腹ごしらえのついでに来てみたけど、これは見事だな」
「見て楽しみ食べて楽しむ! 見事だな! ……おかわり!」
見守る秋沙と百合が、わっと歓声を上げた。
「兄ちゃん……こんな可愛いのじゃ食えねえだろ!」
ぶつぶつ文句を言いつつも、瑛浬は翠と共にケーキ片手に近くの席へ。
2人仲良く分け合ったジンジャーティーも、貴耶のお手製だ。
「ん、ちょっと生クリーム甘すぎる気ぃもするけど、まあ美味しいな」
クマの形にカットされたケーキを頬張りながら、翠は兄弟の親密さに笑みを零す。
男2人でケーキって、と抵抗感があったことなど、すっかりどこかにいってしまった。
可愛くカットされたケーキを手に、ミルドレッドと朱美も並んで座り。
「……はい、あーん」
朱美にひと口、ケーキを差し出す。同じ味だけど、乗っているフルーツが全然違うから。
でも、頬張る直前にフォークを引っ込めて。
「あーん……って、むぅ、ミリィちゃんのいじわる」
朱美は可愛らしく頬を膨らませたけれど、目が合えば、自然と笑みが零れる。
「いっぱいあるし、まあいっか」
まだまだ、先は長いのだ。
「これって……食えるんだよな?」
マジパンのサンタを摘んだアキラの傍らでは、飴莉愛が顔を輝かせる。
「アキラお兄ちゃん、早く食べよう? いりあ、お腹すいちゃったよ」
「おう、ちびーら! でも、残したらダメだぞ。『もったいないオバケ』が出るからなっ!」
「うんっ! ……えへへ、あま~い♪」
「ふふ、おいしい」
エイダも、可愛く飾り切りされたケーキをひと口。
ふんわりと微笑んだその姿に、青士郎は内心、安堵を覚えていた。
2人にとっては、これが初めてのクリスマスデート。楽しんでもらえるか、なんて。
「余計な心配だったな。……ほら、アディ。あーんしろ」
「……ぇ、と……」
恥じらいながらも素直に口を開ける恋人が、愛しくてたまらない。
もっとも、次の瞬間、青士郎自身も恥ずかしくなってしまったのだけど。
「甘いものに飽きちゃったときは、食べさせ合いっこすればいいんだって!」
自習室の面々も、ひとつの卓を囲んでケーキ攻略の真っ最中。
ケーキを食べる手を休め、紅茶を飲んでいた迦南がそう言うと、
「ふむ、それは面白そうだ。……はい、あーん」
微かな笑みと共に、けいが真言へフォークを差し出す。
「……らしくないな。何考えてる」
「食べさせ合い、だよ。キミがケーキ、ボクはキミの血をね」
「それは……少し違う気がしないか?」
見つめる真言の背中に、冷や汗。
「はい、あーん……なぁんて、ね?」
と、愉快そうに微笑したのは夜宵だ。
「ぬくくく、か、からかって楽しいか?」
「ええ、勿論」
むっとしたヴァルケへ見せ付けるように、夜宵は艶やかな仕草でケーキを口に運ぶ。
「お兄ちゃん、あーん!」
環が差し出したフォークの先には、カットされたままのケーキ。
縁は乏しい表情の中、若干の戸惑いを見せるも、
「……あーん」
せっかくのクリスマス。がぶりとケーキに齧り付けば、顔のあちこちにクリームがべっとり。
「レオンさん、これ美味しいですよ?」
頬にクリームを付けているのは、近くに座る紅花も同じで。
「……掻っ込むな、胃が驚く」
無邪気に笑うその頬を、レオンはそっと拭ってやる。
――大切な人と過ごすひとときは、何物にも代え難い。
一方。ケーキから少し離れた場所に集まるのは、むにー+αの面々。
「むにー民による伝説設立とわんこちゃんのお誕生日をお祝いして、派手目にがんばりましょう!」
「マショウ! ……ア、無茶はしすぎちゃだめデスヨ!」
火華とドロシーの号令をきっかけに、切り分け班が一斉に動き出す。
「わんこちゃんだけに、わんこそばのようにケーキを振舞うよ!」
と、物凄い勢いでケーキを切り分ける花火。
爽子は、サンタ姿のビハインドと共に華麗なカッティングを魅せる。
「Very Merry Xmas!! みんな、わんこの誕生日を祝ってあげてネ♪」
「……切っても切っても進まないんだけど」
一方、紫廉は早くも切り分けに挫けそうな様子。
対照的に、胡瑠はスタイリッシュにケーキを切り分けていた。なんたってニンジャだから。
「誕生日おめでとう、わんこ! 別腹がいっぱいになるほどたくさん食べるといいぞ!」
「わんこちゃん、お誕生日おめでとう!」
多久等が皆に配ったクラッカーが一斉に弾け、あたりを鮮やかに彩る。
「誕生日にケーキ食べ放題。最高ですね!!」
卓の中央には、運ばれてくるケーキに顔を輝かせるわんこの姿。
「さぁわんこ! はぴば! わんこはぴば!」
ハイテンションな新が、ケーキに年齢分の蝋燭をぶすぶすと挿した。
火を灯せば、ぽっと浮かび上がるのは仲間達の姿。
「誕生日プレゼントに、ソースとかフルーツとかは全部わんこ先輩にあげますです」
にっこり笑って、フェリスはどさどさとわんこの皿を盛っていく。フルーツとケーキを同時に食べるのは嫌いなのだ。
「むむ! 切り分け班がどんどん切ってるー!」
卓に次々盛られるケーキの山に、闘志を燃やすオリキア。
「わんこちゃん、ケーキおいひいねぇ」
優子はケーキを頬張りながら、わんこに誕生日プレゼントを渡した。
仲間達に飲み物を運んでいた一樹が、ふと思い付いたのは、集まった皆と歌うこと。
「誕生日おめでとう、わんこ」
典雅な仕草で指揮を始めれば、巨大ケーキの元、バースディソングが高らかに響き渡る。
「あれ、これは……」
と――黙々とケーキを切り分けていた芽衣子が、不意に手を止めた。
ケーキの中から現れたのは、2段目を支える台座の骨組み。つまり、1段目の解体が終わったのだ。
そして、戦いは次のステージへと移り変わる。
●ストロベリーな絶望
いよいよ解体が始まった2段目。
いちごケーキを手に、周の顔には満面の笑みが浮かぶ。
「……あ、やっべ、甘い」
だが、即効でギブアップ。見かねた徹太がコーヒーを差し出し、
「もう、2年分は食ったぞ」
そう呟きはするものの、ケーキは今も高くそびえ立つ。
「わざわざ来たのに、切ってるだけで良いのかい?」
ケーキを切り分け続けるハイキを眺め、エタンセルはつまみ食いする手を休めることなく、不思議そうにそう尋ねた。
「甘いものは苦手なの。エタンセルこそ、食べてばかりいないで、少しは手を動かしなさい。それに、貴女も……」
と、振り向いたハイキは、ビハインドが恍惚の表情でケーキに埋まる様を目撃し。
「……はぁ」
呆れた顔で、ため息ひとつ。
楽しみにしていたいちごケーキをお皿に乗せて、緋沙と御理は卓に向かい合った。
「はい、御理くん。あーんして下さい」
「ん、甘くておいしいです……。緋沙さんにも、あーんですよ」
互いにケーキを食べさせ合って、幸せそうに、にっこり笑う。
それは誰にも邪魔されることのない、2人の世界。
「お菓子の家を食べる時も、こんな気持ちになるのかしらね」
不意にそう口にした、幼なじみの千麻へ、
「オレ今あの童話がどんだけ危険だったか悟ってる」
圭はぶっきらぼうにそう返し、卓へと沈み込む。
けれど、と。差し出されたコーヒーを受け取り、ぽつり呟き。
「おめーと一緒のことすんの、嫌いじゃねーから」
立ち上る湯気と共に、千麻の頬もふわりと緩む。
翠と沙希もまた、切り分けられ始めたいちごケーキを堪能していた。
「さっちゃん、はい、あーん」
「あーん……ふふっ」
和やかに笑みを交わしていたが、不意に。
沙希は姉の口元に付いていたクリームを指で拭い、そのまま自分の口元へ運ぶ。
「もう、お姉ちゃんったら……ん、やっぱり美味しい」
「冬でもイチゴがあるってニホンすごいなー」
いちごケーキを手に、ほんわか呟いたのは桜堤中2Cのギュスターヴ。
フランスにはないのだろうか、とか、そんな些細なことは気にしてはいけない。
「スポンジにいちごのムースが挟まってるんですねぇ。んー、美味しい」
夕月はフォーク片手にほっこりを顔を綻ばせ、
「てか2人とも、よくそんなに食えるな……」
2人のためにケーキを切り分けていたアヅマは、慄きつつも苦笑する。
「うーん、そろそろ苦しくなってきました……」
いちごケーキを2切れ食べたところで、縁樹がばたんと卓に突っ伏した。
隣に座る瞬兵は、食べるのにも飽きて、マジパンサンタをESPで複製している。
「はい、これあげる」
隣に座る咲夜のケーキに、ちょこんと乗せてプレゼント。
「あ、ありがとう……」
気持ちは嬉しいが、そろそろ咲夜も限界が近い。
でも、負けられない。ゆびとま勢最年長として。
「甘いもんに疲れたら、こんなんが良いみたいだぜ」
一はケーキをがっつきながら、そんな彼へ渋いお茶を差し出す。
「僕も、ミルクティーを持ってきたよ」
ペースを守って食べるイーニアスも、魔法瓶を取り出した。
苦しくなってきた頃、飲み比べをしてみよう、と。
「残った後の……でなくとも勘弁してもらえます? 綺麗なのをあげたくって」
ケーキを取りに行ったリュシールの手には、空の皿と密封容器。
家族にも、美味しいケーキを食べて欲しい。
そんな気持ちを無下にするような輩は、この会場のどこにもいない。
学園最速としてここは漢(おとこ)を見せなければいけない。
……と思ったのかは定かではない、が。
炎血部部長、淼はただひたすら、目の前に積み上がるケーキと格闘していた。
「さすが最速! ケーキ召し上がるスピードも早いわ!」
「あ、炎導君ケーキ持って来たから全部宜しく!」
喝采を上げながら、くるみと颯は卓へひたすらケーキを運んでくる。
「巨大ケーキ、恐るるに足らず!」
とか言ってる桜太郎は、既に1切れ目でギブアップしており。
「キミ、何しに来たんだい……」
ケーキを切り分ける手を休めることなく、法子が呆れた顔をする。
「サァンタァアアア!!」
横では、チェスターが切り分けたばかりのケーキ目掛けて絶叫していた。どうやら、マジパンサンタにご執心のようだ。
「くるみちゃん、ちょっと待って」
忙しなくケーキと卓を往復するくるみを呼び止め、唯はあーん、とフォークを差し出す。
「……ちょ、ちょっとだけですよ」
ぱく、と食べる姿の愛らしさに、思わず頬が緩んでしまった。
一方、とにかく好きなだけ食って帰ろう、と来ているのはスキマ一同。
座っているだけで次々とケーキが運ばれてくるから、千佳のテンションは最高潮だ。
なにせ、ケーキなんて普段は特別な日にしか食べられない。
「……かみさま! 校長先生さま! なむあみだぶつ!」
「それ、未来の暗示じゃないよな?」
感極まって飛び出した不穏な単語に、ケーキカットに励む円理がひやりと肩を竦める。
「あ、俺いちご多めのとこ貰うわ」
「たべた!! 井達さんがたべた!!」
運ばれてきたケーキを、すかさずゲットしたのは千尋。千佳のブーイングは涼しい顔で聞き流す。
「いちごくらいで騒ぐな。他にもある」
やれやれ、と。守龍はトレイを片手に、千佳の口にいちごを放り込んで。
「……あ! わたしもいちご食べたいデスいちごいちごいちご」
それまで静かに食べていた菊志乃まで、ついには騒ぎへ加わり始めた。
満足したら、後はこっそり容器の中に入れて。
少しくらいなら、持ち帰っても文句は言われないだろう。
いちごケーキを食べ終えたところで、裕也は満足そうにひと休み。
もちろん、まだまだ頑張るつもりだが。
「……動けなくなったら、誰か運んでくれるかなぁ?」
ぽつり呟くその傍ら、共に卓を囲む天使部のドナは、と言えば。
「Oh……ダークネスを倒すより可愛らしいですけれど、やはり物には限度があるということでしょうか……」
ぐったりと、すっかり重くなってしまった腹をさする。
これは、終わったら体を動かさなければ。……気分が悪くならない程度に。
「んー、美味しいなあ」
絆部の面々で囲む卓。
育ち盛りの胃袋は底無しで、晨は口の周りをべたべたにしながら食べ続けている。
その横では、恵がそーっと席を外そうと試みていた。
「ちょ、ちょっと切り分けを手伝ってくるぜ!」
「楠木さん、逃げないで」
引き止める透夜が、口の端にクリームを付けながら一言。
「僕達、伝説を作りに来たんでしょう」
別に食べる側に回る必要はないのだが、その言葉には妙な説得力。
渋々座る恵に近付き、愛がその肩を叩く。
「はい、けーちゃんにもうひと口」
「ぐ、ぐふっ!」
むせた。
「うへー……口ん中、甘ったりぃ……」
もう限界、と脱力する悠へ、そっと差し出される味付け海苔。
「宜しければどうぞ」
咲耶のさり気ない気遣いに、胸いっぱい、ついでにおなかもいっぱい。
それに――そろそろ、いちご色の体積も少なくなってきたようだ。
●ショコラの希望
2段目の解体もなんとか終わり、生徒達の戦いはいよいよ佳境に突入した。
高々とそびえる台座の周囲には簡単な足場が組まれ、そこに鎮座するのはビターなクリームのチョコレートケーキ。飾られたフランボワーズソースの酸味が、ひたすらにケーキを食べ続けてきた生徒達の舌を、わずかばかり和ませるも。
「……だめだ、もう食えねぇー…」
一足先に、と倒れたのは蓮。いくら味が変わったところで、量的には誰もが限界に近いのだ。
とはいえ、今もマイペースに食べ続けている琥珀のような生徒もいる。
「ちょっぴりビターな感じがたまらないのよ」
眠そうな表情のまま、フォークは止まらず。卓の上には恐ろしいほどの空の皿。
「こんなにいっぱい食べてもらえると、配り甲斐がありますね」
配膳トレイを片手に、優歌は満面の笑みを浮かべる。
「さ、さすがにそろそろきつくなってきたな……」
次々と運ばれてくるケーキと向かい合い、不意に弱音を漏らしてしまった柚羽。
貫はふふん、と挑戦的に笑い、
「なんだ、俺はまだまだ平気だぜ?」
「むぅ……っと、トール、こちらを向きたまえ」
と、柚羽が口元に付いたクリームを拭ってくれた。
「まあその……ありがとな」
貫は戸惑いがちにそう告げて、2人は再び勝負に戻る。
「伝説云々より、好きなだけ食べていいんだってことが大事なのよね」
いつもより饒舌に話すのは、優志と卓を囲む美夜。
楽しそうな恋人の姿に、優志は笑みを隠せない。
「こっちのチョコレートも結構いけ、る……」
と、不意に美夜の口元に付いたクリームに気付いて、ぱくり。
「……ん、これが一番美味い」
「……お、上手く切れたかな?」
包丁をくるくる回しながらケーキを切り分けていた蓮が、不意に笑みを浮かべた。
1段目からずっと続けていたケーキの飾り切り。最初こそ簡単な形しか作れなかったものの、ついにウサギ型のカットに成功したのだ。
「浅木君、新しいのを……と、これはまた見事だね」
ケーキを取りに来た作楽は、思わず感嘆の声を上げる。
「うんうん、これは食欲が出そうです! 浅木先輩、凄いです!」
BeginnerSの先輩へ、蓮もまた尊敬の眼差しを送った。
コーヒーと紅茶で口の中をリセットしてから、もう一戦。
終わりは、すぐそこまで見えている。
「この勝負、もらったな……!」
平然とした面持ちで黙々とケーキを食べ続ける直人が、ぐ、と拳を握った。
股旅館の面々は燃えていた。
文化祭で攻略した巨大パフェを思えば、巨大ケーキなど怖くはない――と。
「……だめでしたあー!」
ストレリチアの小柄な体が地面に転がった。甘いものは大好き、でも物には限度ってものがあるの。
「お肉……食べたいですわ……」
「し、しっかりしろー!」
ふらふらとケーキから遠ざかろうとするストレリチアを引き止める式夜は、ここに来て盛り返し。
「洋菓子がちょっと苦手な俺にも3段目のチョコならば食べれる! 食べれるぞー!」
伝説に近付くべく、ラストスパートを掛け始める。
「うーん、ケーキをこんなに贅沢な食べ方が出来るなんて幸せなのだな!」
「ホントこれ美味いっすねー。これだけ食べてもまだまだ食えるっすよ!」
同じ卓を囲むのは、一貫してハイペースのくるりと、いまだ余裕を見せる虎次郎。
「もうフォークなんてまどろっこしいですよねっ!」
ひらりに至ってはもはや手掴みで食べている。しかも楽しそうだ。
「はい、次はフルーツ山盛り!」
そんな面々へ、安寿はわんこそばの要領でケーキを切り分け、皿に盛っていく。
「紅茶、淹れておくから。必要なときに勝手に飲んで」
と、莉都はカップを配る。予想はしていたが、仲間達の食べっぷりは見事としか言いようがない。
せめて、少しでも手伝えれば、と。
「うまああああああい!!」
ごくんと飲み込み、叫ぶ爽太の口の中、莉都はケーキを詰め込んで。
「あまああああああい!!」
再び、絶叫。……そろそろ、爽太の顔色が悪くなってきたような。
「どうぞ、コーヒーですよ……」
無表情で黙々と飲み物を配り続ける流希からコーヒーを受け取り、紋次郎はほっと一息。
「うん、美味かった。さすが、絶品と豪語するだけある」
ひと通りは味わったし、これでフォークを置くことに。
一方、腹ごなしに皆を応援していた凪流も、腕まくりをしてラストスパート。
「完食まであともう少し! 頑張るぞーっ!」
空いたお腹に、チョコレートケーキをがんがん詰め込んでいく。
目指すは、皆で迎える『ごちそうさま』。
一方、最終盤を迎えても、ロストリンク邸の面々は強かった。
「ライラ先輩、お誘いありがとうございます」
さすがに3段目となればペースを落としたものの、コーヒー片手に話すレナの周りには大量の空皿が積まれ。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……」
礼奈もいまだ、目を輝かせたまま一心不乱にケーキを食べ続けている。
だが、そんな仲間達の姿も、必死のサポートを続ける静あってのこと。
「コーヒー10杯入ったぞ! まだ後つっかえてんだ、配れ配れェ!」
誰かが手を止めるようなことがあれば、すかさずコーヒーで苦味を効かせ、手の空いた隙にはちょいとつまみ食いもしてみたり。
「朱香ねえのいただき、っと」
「む……」
口直しに柴漬けを摘む朱香は、飲み物を配るついでにひょいと伸びてきた巧の手に、仕方ないなと苦笑する。なにせ巧は猫耳執事姿。可愛い、すごく可愛いのだ。
「兄さん、半分ずつ食べませんか」
と、織久は皿の上のいちごケーキとチョコレートケーキを切り分けて。
物静かな赤い瞳で見つめる先は、おっとりとした兄のベリザリオ。
「ええ、喜んで。なら、織久の好きな果物は差し上げますわね」
「ありがとうございます。……はい、あーん」
普段はこんなこと、絶対にやってあげないのだけど。
感極まった様子のベリザリオに、今日くらいはいいか、と思う。
――そして、卓の中心では。
「あぁ、至福ですわ……これほどまでに一度にたくさん食べるのはどれくらいぶりでしょう♪」
艶やかな銀の縦ロールとはちきれんばかりの胸が眩しいラピスラズリが、恍惚の笑みを浮かべ。
「……このわたしに甘味で挑むとはいい度胸。食らい尽くしてくれる」
端整な面持ちは平静を保ったまま、ライラが凄まじい勢いで空の皿を積み上げ続ける。
チョコレートケーキも、残りあと少し。
多くの生徒がばたばたと倒れていく中、2人はまるで競うように運ばれてくるケーキを食べ続けていた。
「50人前からは数えるのがめんどくさくなってましたわ」
うふふ、と余裕の笑みを浮かべるラピスラズリ。余分な栄養は全て豊満な胸にいっていると、もっぱらの噂。
「……」
対するライラは無言のまま。食べた分のエネルギーでフォークを動かし、また食べる。無類の甘味好きということもあり、こちらも食欲は底無しだ。
そのペースは落ちることなく――やがて、運ばれてきたケーキを、揃ってぱくり。
ひと口で消えたそれが、巨大ケーキの最後の1ピースだった。
●新たな伝説を刻んだ者達へ
終わった。……本当に、終わった。
全てのケーキを食べ終えて、後に残るは、それを支えていた台座だけ。
「……完食したぞぉぉぉっ!」
最初にそう叫んだのは、果たして誰だったのか。
ざわつく生徒達の声は、やがて高らかな喝采へと変わる。
「ごちそうさまでした!!」
叫ぶ者。喜び、飛び跳ねる者。安堵する者。もう何も食べられない、とそのまま地面に倒れ込む者。
年齢も性別も生まれも、何もかも違うけれど。
灼滅者として――武蔵坂の学生として、こうして集まって、力を合わせて。
ひとつの伝説が、それぞれの胸の中へと刻まれる。
彼らを祝福するように、空からはちらちらと白い雪が舞い降りた。
――メリー・クリスマス!!
作者:悠久 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年12月24日
難度:簡単
参加:118人
結果:成功!
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