血を求めしは赤子のため

    作者:飛翔優

    ●全ては赤子を
     その昔、惨劇が繰り広げられた長屋があったとも言われている住宅地。今となっては様々な人々が住んでいる場所で、まことしやかにささやかれている噂がある。
     ――斬首の美女と首だけ赤子。
     深夜零時を迎えた頃、本来なら人も寄り付かない裏通りに、刀を携えた和服美人が現れる。
     和服美人は血を求める。負う赤子の、首しかない赤子に血を与えるため。
     首だけ赤子が生き返ると信じて。
     血は、飲んだ先から全てこぼれ落ちて行ってしまうのに……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちは出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな溜息を紡いだ後に説明を開始した。
    「とある住宅街で、次のような噂がまことしやかにささやかれています」
     ――斬首の美女と首だけ赤子。
     纏めるなら、深夜零時を迎えた裏通りに、首だけの赤子を背負う和服美人が刀を携えやってくる。
     赤子に飲ませる血を求め、人々を斬り殺して回るのだ。
    「はい、都市伝説ですね。ですので、退治してきて下さい」
     葉月は地図を広げ、住宅街の裏通りを指し示した。
    「午前零時過ぎ、この裏通りを歩いていれば都市伝説は出現します。後は迎え撃ち、討伐するだけですね」
     斬首の美女の力量は八人を相手取れる程度。
     破壊力に優れており、握る刀から繰り出される流麗な斬撃は避けることすら難しい。赤子の鳴き声が近づく者の動きを止めることもある。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「実際に、この辺りで何が起きたのかはわかりません。しかし、人々に危険が迫っている事に違いはありません。ですのでどうか、全力での討伐を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    橘・瞬兵(蒼月の祓魔師・d00616)
    夕凪・千歳(黄昏の境界線・d02512)
    西海・夕陽(日沈む先・d02589)
    川西・楽多(ダンデレ・d03773)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    物集・祇音(月露の依・d10161)
    ルエニ・コトハ(小学生魔法使い・d21182)
    朝田・芽衣子(のんびりだんぴーる・d22082)

    ■リプレイ

    ●終わることのない業に終幕を
     心すらも凍えてしまいそうな、夜零時を迎えた住宅街の裏通り。ちらほらと明かりが灯っている窓とは対照的に、深く冷たい暗闇に包まれている場所に、灼滅者たちはやって来た。
     用意してきたライトを灯し、車一台分ほどの道を照らしていく。
     誰が合図をするでもなく深火神・六花(火防女・d04775)を送り出していく中、西海・夕陽(日沈む先・d02589)は一人思い抱いた。
     深夜に、首だけの赤子を背負った日本刀和服美人。
     字面だけでもホラーな存在。時期が時期ならば格好の心霊スポット。
    「……冬でよかったかも? 夏なら肝試しで一般の人が集まっていたかもしれないし……」
    「起きるはずのない子の為に、人を襲う母親。悲しすぎますね……」
     呟きが呼び水となって今宵の敵を思い浮かべたのか、物陰に隠れる川西・楽多(ダンデレ・d03773)が静かな溜息を吐いて行く。
     ため息に混じり、背後の方角から仲間のものとは違う足音が聞こえてきた。
     振り向けば、抜身の日本刀を携えている和服美人。背には勿論、血に汚れた赤子の生首……。
    「御許に仕える事を赦したまえ……」
     小さく、橘・瞬兵(蒼月の祓魔師・d00616)が定められたワードを呟いた。
     瞬く間に武装を整えて、物陰から飛び出し走り出し――。

    ●赤子のために血に汚れ
     仲間に先立ち、一人道を歩いていた深火神・六花(火防女・d04775)は、振り向き静かなため息一つ。
    「お母さん……か……」
     都市伝説の姿を眺めた後、彼我の距離を確認。
     隠れている者達が奇襲できるほどの距離はないが、一気に間合いを詰められてしまう距離ではあった。
    「炎神! 輪壊!!」
     柏手を打ち、武装を整え日本刀を抜き放つ。
     白刃に静かな炎を宿らせながら、一撃目を加えるために走り出す。
     突き出した切っ先は、振り下ろされた刃によって叩き落とされた。返す刀も受けてしまい、六花はよろめきながら一歩、二歩と下がっていく。
    「子を思うその心、その力、見事……なれど!」
    「援護します!」
     追撃をさせぬため、朝田・芽衣子(のんびりだんぴーる・d22082)は和服美人の足元を狙い打ちながらライドキャリバーを走らせた。
     ライドキャリバーがドリフトしながら和服美人の前方へと回り込んだ時、夕凪・千歳(黄昏の境界線・d02512)が背後へと到達する。
    「っ!」
     螺旋状の回転を加えた刺突を放つも、後方に突出された切っ先に行き場をそらされかすめさせることすら敵わない。
     即座に一旦退いた千歳の目に映るのは、うつろに虚空を見つめる赤子の瞳……!
     同様に赤子に見られながらも、物集・祇音(月露の依・d10161)は虚空にナイフを振り下ろす。
     悲劇の有無はわかりはしない。
     しかし、和服美人がどれだけ人を殺めても、赤子が泣き止むことはないのだろう。
     母として赤子を護りたかった思いの果て。子を想う母の思いを知っているから、教えてもらったからこそ、躊躇いなく戦うことができるのだ。
     生み出されし斬風が赤子の胴体があったであろう場所を切り裂いた時、霊犬の菊理もまた駆け出した。
    「六花の治療を頼む! それから……」
    「っ!」
     菊理が治療に向かう道すがら和服美人が再び刀を構え直す。
     即座に楽多が飛び込んで、展開した盾を掲げ身構えた。
     刃は盾の横へと軌道を変え、右腕を深く、深く切り裂いていく。
    「ぐ……ですが……受けきってみせましょう!」
    「大丈夫ですか!? 今、治療します!」
     痛みを堪え押し返していく楽多に向けて、ルエニ・コトハ(小学生魔法使い・d21182)が光輪を投げ渡す。
     守りの加護を抱き治療を受け、なおも消えない腕の傷。滴り落ちる血液の量が、あるいは和服美人の思いの強さなのだろうか?
     ルエニが瞳を細め治療への意識を強める中、千歳は槍の穂先に炎を宿す。
    「炎の渦に焼きつくされてみるかい?」
     惨劇があったとも言われている裏通りに生まれた、和服美人に首なし赤子。悲しい事件が起こったことは容易に想像できる……が。
    「君達のお陰で第二の首なし赤子が出ると困るんだよ。……子供を失っても受け入れきれない気持ち、お前ならわかるだろう?」
     炎を拒絶するかのごとく刃を振るう和服美人に、千歳は槍を突き出した。
     硬質な音が響き、穂先は遥かな空を突く。
     刀の切っ先も、星のない夜空を指し示し――。
    「菊理!」
     すかさず懐へと入り込んだ祇音が、肥大化した拳をみぞおちへと叩き込んだ。
     菊理は横合いから飛び込んで、しばし動けぬ和服美人の体を斜めに切り裂いていく。
     されど、和服美人はすぐさま動きの精彩を取り戻し、彼らから距離を取って身構えた。
     月明かりと淡い電灯に照らされながら、ただただ血に濡れた刃を払っていく……。

     千歳へと向けられた斬撃を、夕陽が間に割り込みオーラを巡らせた肉体で受け止めた。
     されど滴り落ちる腹部の血を抑えつつ、巨大な剣に揺らめく炎を宿していく。
    「此処は引き受けたっ、てかなり痛いっ」
     おどけながらも一歩前へと踏み込んで下から切り上げていく。
     新たな明かりが暗闇に染まる裏通りを炙る中、瞬兵は夕陽を柔らかな光で照らしだした。
     灼滅者たちに刻まれた傷は、恐らくは和服美人の思いの強さ。
     亡くなった我が子のために母親が必死に手を尽くす。並べてみれば、階段や説話の中でも割と定番のお話だ。
     概ねハッピーエンドで終わることは少なく、苦め、切なめの事が多い。
     もっとも、今回の相手は本当にそういう母親の霊ではない、
     その伝説で生まれたただの影。躊躇う必要は、ない。
    「輝く御名の下、荒ぶる母神に鎮魂の光を……」
     楽多が斬撃を避けていくさまを確認するや、瞬兵は鋭き光で和服美人を撃ち抜いた。
     光のもとにライドキャリバーが吶喊し、禍々しき毒の風が後を追う!
    「瞬兵君たちが頑張ってるんです、私も……」
     担い手は、初めての戦闘と行っていた芽衣子。
     皆の方が強いのはわかるけど、ルエニや瞬兵といった小中学生を戦わせるのには複雑な思いを抱いていた。
     だから彼らが無事に帰る事ができるよう、自身も全力で技を放つ。
     敵の動きを制限し、毒を撃ち込み削っていく。
     担う役目を果たすため、ライドキャリバーにも指示を飛ばすのだ。
     対する和服美人。多少動きが制限されたところで力量の差は覆せぬとも言うかのように、夕陽の胸元を切り裂いた。
    「っ……だが」
     夕陽は引かない、退かない。
     体中の傷跡から炎を燃やし、和服美人すらも飲み込んだ。
    「一撃で仕留めるには……まだ不足っ」
     直撃を受けてなお耐え切れたのは、和服美人の動きが淀んでいたから。
     少しずつ、縛めが功をなしてきたからだろう。
     和服美人は炎に飲まれたまま、中々抜け出すことができていない。
    「炎血・煉獄陣……!」
     重ねるなら今、この瞬間だと、六花が白刃に炎を宿す。
     炎の中心へと、鋭き切っ先を差し込んだ。
     更に激しく高鳴る熱。
     揺らめく夜の裏通り。
     霊犬の菊理が夕陽の治療に向かう中、祇音は静かに腰を落とす。
     和服美人が炎の中から抜けだしたタイミングで飛び込み、ナイフで複雑な軌跡を描き出した。
     一歩、二歩と下がっていく和服美人の足元を、芽衣子の弾丸が打ち抜いていく。
    「今です!」
     促され、ライドキャリバーが機銃を連写した。
     動きの自由を奪われて、和服美人は動けない。
     代わりに、泣いた。
     赤子が声高らかに泣き始めた。
     戦いの音以外は聞こえぬ裏通りに、それは深く高く響き渡り……。

    ●泣き声は響く、空に心に
     泣き声を心で受け止め、ルエニは静かに目を細める。
     生き返ることができないのに、生まれたばかりの赤ん坊の姿で、他人の命を求める。泣き続ける、赤ん坊も、和服美人も救われない哀しい都市伝説。
     寒いのは温度だけのせい? それとも悲しいお話を聞いたから?
    「……」
     首を横に振り、祇音は泣き声を鎮めるかのような優しい風を巻き起こした。
     今は、ただ倒す。何も考えず。
     淡い輝きを照り返す凶刃が、人を殺めてしまわぬ内に……。
     凶刃は、暗闇を切り裂き肉を裂く。
     いくども繰り返されてきた光景。重ねられた縛めによって鈍った動きでは、見切ることも容易いか。
     楽多が今宵初めて、完全な形で和服美人の斬撃を受け止めた。
    「……その刀と僕の炎、どちらが強いか比べてみますか……!」
     痺れもない腕に力を込めて、盾を炎で染めていく。
     炎を背負わされし和服美人に突き出して、さらなる熱を与えていく。
     盛る業火に身を焼かれ、和服美人の頬は煤けていた。赤子の血も止まっていた。
     あと少し。総攻撃の背中を押すために、瞬兵は優しき風を生み出した。
    「この調子で、一気に行こう!」
     言葉と風に身を委ね、千歳は駆ける。
    「おとなしく、眠って」
     語りかけながら炎の斬撃を描き出し、和服美人を三歩分ほどよろめかせた。
     よろめきながらも振るわれた斬撃は、夕陽が容易く受け止める。
    「一意奮闘っ殴りとおぉぉぉる!」
    「終わり……ですっ!」
     閃光放つ拳が退かせた和服美人を、楽多が力強く受け止めた。
     かと思えば眼前に炎を灯らせ、目を奪わせた隙に高く、高く投げ飛ばす。
     ――背中から落下しなかったのは楽多の意志か、はたまた和服美人の切なる願いか。
     地面にうつ伏せに叩きつけられた和服美人は、闇に溶けるかのように消えていく。
     赤子の泣き声も、もう響くことはない。静寂を取り戻した裏通りには、あるべき冷たい風が差し込んで……。

    「お疲れ様」
     ひと通りの治療を終えた後、祇音は菊理の頭を一撫で。温もりを感じながら、静かに思いを通わせる。
     千歳はしばし、惨劇の慰霊碑がないか周囲を探った後、肩を軽く落としながら空を仰いだ。
     同様に、ルエニも空を仰いでいく。静かに瞳を閉ざしていく。
     人のうわさから生まれた物なのか、悲しいことがあってこうなってしまったのか。
     どちらにしても、ゆっくり休んで欲しい。そう、願い……。
    「それではそろそろ帰りましょうか。あ、温かいお茶もありますよっ」
     しばしの沈黙の後、芽衣子が帰還を切り出した。
     暖かなお茶で心を暖めながら、手を繋ぎ楽しい会話を交わしながら帰路を辿れば、きっと夜もゆっくり眠れるだろう。
     もう、赤子の泣き声が聞こえることはない。
     血に汚れることもない。
     怪談は、怪談のまま終幕したのだから……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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