駅前ではイルミネーションの準備が始まり、商店街に流れるBGMはクリスマスソング。店はこぞってサンタクロースやスノーマンにちなんだ商品を飾りたてる。
武蔵坂学園の校門をくぐり、伝説の樹を見上げた草薙・彩香(小学生ファイアブラッド・dn0009)はそれが巨大ツリーに変わる日までを指折り数えて唇をほころばせた。
「すっかりクリスマス一色ですね」
「うん。さっき、かわいいリボン見つけたから買ってきちゃった」
挨拶をしてきた隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)を振り返り、小袋から幅広のリボンを取り出して見せる。
「フランチェスカに結んであげるの」
せっかくのクリスマスだから、かわいくしてあげなくちゃ。
今にも相棒のマテリアルロッドを取り出しそうだった彩香が、ふと視線を巡らせた。誰かのナノナノが楽しげに鳴いている。
「ナノナノもかわいいよね。クリスマスが楽しみ」
頬を緩める意味を図り損ねた小夜彦が首を傾げ、一拍置いてから「あぁ」と頷く。
「伝説のナノナノさま、でしたか?」
クリスマスイブの1日、学園中にどこからともなく多数のナノナノが現れる。
その中でも1匹だけ特別なのが『伝説のナノナノさま』。ナノナノさまに祝福された2人はその愛を永遠のものにできるのだとか。
だけど学園内のどこに、いつ現れるのかはわからない。見ればわかると言われてはいるけれど。
「かわいい上にロマンチックなんて素敵だなあ」
「クリスマスのいい思い出になるでしょうね」
クリスマスイブの奇跡はきっと笑顔をくれるはず。
ナノナノさまに会えなかったとしても、祝福してほしいと思える相手と過ごす時間が幸せでないわけがない。お祭りムードの学内を2人で探し歩いたり、あるいは静かな場所で待ち続けたり。その間にどんな話をして、何を思う?
「俺は残念ながら一緒にナノナノさまを探してくれる相手はいませんが」
「ナノナノさまに会えなくても、当日はたくさんナノナノがいるから、きっと楽しいよ!」
両手を広げてその場でくるりと一回転。マーガレットの髪飾りが青空の下で踊る。彩香は学園内に現れたナノナノと遊ぶ気満々だ。
「それも素敵ですね」
校庭に、校舎に。学園中のいたるところでナノナノ達ははしゃいでる。
お菓子を食べていたら甘い匂いにつられてくるかも。かけっこや鬼ごっこ、遊ぼうって誘ったら小さな羽根を羽ばたかせてくれるに違いない。
くいしんぼ、悪戯っ子、恥ずかしがり屋に元気っ子。色んな子がいるだろう。だけど皆、楽しいクリスマスを過ごしたいのは一緒だから。
「ナノナノにもリボン結んであげようかな」
頬を緩めた彩香が空を仰ぐ。
ナノナノと過ごす武蔵坂学園のクリスマスイブ。さあ、どうやって過ごそうか――?
●魔法のはじまり
ハートを胸に小さな翼をそよがせて、どこからともなくナノナノが現れる。飾り立てられた巨大ツリー、パーティの準備ににぎわう教室、静かな屋上にいたるまで愛らしい姿に溢れる、武蔵坂学園のクリスマス。
愛を信じる心に誘われて、伝説はどこに訪れるだろう。
「ナノ隊パレード、出発である!!」
「出発なの~」
もこが高らかに宣言すると、瑞葵がナノステッキをくるりと回す。歩きだした4人はディティールの違うナノナノ着ぐるみを着こんでいる。
紫色の着ぐるみを着た雛菊はたこせんで餌付けしたナノナノを肩に乗せ、イカスミのエンジンをふかした。
「ナノナノさま会えるとええね」
「気になって出てくるくらいに楽しむで」
なの美の首に巻いた緑のリボンを整えて、智恵理は笑顔でナノナノの鳴き声を真似る。両手を広げてくるりくるり。
「あはははは、ナノナノー」
木陰から覗くナノナノがいればみことが背負った布袋から玩具の楽器を差し出して、興味津々近づいた子には段ボールの王冠を被ったもここが赤いマントを翻して「ついて来い」と背中で語る。
笑い声と玩具のラッパを響かせて、ナノ隊のメリークリスマス。
「あ、見て! ナノナノ! いっぱい!」
「これだけいると見つけるのが大変そうですね」
近寄ってきたナノナノを一樹が両手で持ち上げる。くすぐったげな鳴き声を聞きながら、別の子を追いかけるエルカの背に視線をやれば。
「わぁ、待ってー!」
追いかけっこの果てに転んだエルカが照れ笑い。逃げてたナノナノが振り返る。
「まあ、こんな姿を観れただけでも私は十分幸せですね」
お菓子を配り歩く雨情のフードで苺大福も食べカスつけてご満悦。クッキーを手に鷹育は周囲を見渡した。
「先輩はナノナノさまにお願いする事決めてきました?」
「青い鳥や流れ星探しに来てるんじゃねえんだぞ」
内容は秘密と胸を張る鷹育だが、ナノナノさまを探す時点でわかりきっている。雨情はツッコみつつ一口大の饅頭をナノナノの口へ。
幸せそうに鳴く子らに囲まれて緩む頬。
「ほら、ご挨拶しよう?」
「かわいい! リボンは好きかな?」
彩香が赤いリボンを見せれば紗の背中からヴァニラがそっと顔を出した。見上げる瞳に紗が頷く。羽ばたく姿に小夜彦も目を細め、焼き菓子を差し出した。
一般的ではないけれど、これが武蔵坂学園のクリスマスの光景だ。
クリスマスに大量発生するナノナノの謎。謎ある所に探偵あり!
「あ、直哉さんが助手っすからね!」
「そうなの!?」
力強く宣言したレミを慌てて追いかける黒猫着ぐるみ。目的は伝説のナノナノさま!
「あれ? この状態で見つけたらどうなるんすかね……?」
「!? あ、あのナノナノ可愛いぞ!」
密かな期待を誤魔化すうちは、伝説は遠いかも。指さされたナノナノが小さく笑った。
「今日こそ! 音羽に好きと伝える!!」
「さっくん、今何か言った?」
振り向かれて取り繕う英。気持ちは伝えたいけど、このパターンはない。場所とか台詞とか、あるだろう。
慌てていたら正面に陽だまりの笑顔。
「頑張ってナノナノ様探そうね♪」
やわらかな指が英の手を引いた。目を見開けば、通りすがるナノナノに笑みを向ける横顔は楽しそうで。いいや、今日はこの幸せに浸ろう。
【伽藍】の皆が探すのは隠れた九紡。
「ピンクの腹巻きがイカスナノナノ、見なかった?」
道行く子に尋ねるゆずるの隣でしまださんがご協力感謝のお菓子を渡す。ナノナノだらけの学園内、はてさてどこにいるのやら?
喬市は行く手にナノナノの群れ、に囲まれたナノ着ぐるみを発見。隠れるはずだった十織だ。
「何をやっているんだ、お前は」
見つかったものは仕方ない。ダミー発見のご褒美に着ぐるみのままでこチューすれば、もはやただの頭突きだった。目を丸くして駆け寄ったイコが正体に胸をなでおろす。ついでにご褒美ももらって。
「うふふこそばいわ」
「よし、合流するか」
九紡がいるはずの場所に向かえばもぬけの殻。ゆずるも一緒に迷子さん?
「ううん、きっとこっちよ」
イコのらぶぱわーの導きでツリーの下へ。ハートの煎餅をもらったゆずるが手を振った。
「この子は渡しませんわっ」
「ナノ~!?」
出会い頭、アリカが桐香の腕の中にいるナノナノに狙いを定めて奪い合い。いちごが慌てて間に立つ。
「まぁまぁ、2人とも仲良く。よければ一緒しません?」
桐香が頷けばアリカがこれ見よがしにいちごの腕を取った。ならばと桐香は反対の腕を絡め取ってドヤ顔。肩をすくめることもできないいちごの代わりに、ナノナノが小首を傾げた。
テディベアを抱いて、手にはマシュマロ。木陰から顔を出すナノナノに紅葉はそっと手を差し出した。
「食べる?」
ぱっと顔を輝かせたナノナノの小さな翼と指で握手。
「友達になりましょう?」
楽しげな鳴き声が耳を打つ。
クッキー、飴、チョコレート。いろんなお菓子を広げて優歌は目を細めた。戦いの場でしか接する機会はなかったけれど、ナノナノには楽しい場面こそ似合う。
フォンダンショコラを振舞うは真魔。ましょまろに乗っかるナノナノ達を記念撮影したりもふってみたり。
「Buon Natale! 素敵な時を貴方と共に」
幸せを分かち合おう。唇を綻ばせた。
「ナノナノ♪」
「わぁー、マフィン、とってもかわいいよ!!」
微笑むかおりもお揃いのサンタ帽。一緒にナノナノさまを探したかった人はいるけれど、想像つかなくもあって。今日はマフィンと楽しもう。
歩く先々でナノナノがこんにちは。
海松はナノナノさまを探すうちに結局次々出会う子らと遊んでしまう。
「やっぱり皆可愛いね。あ、もちろんローズが一番だよ?」
撫でられたローズの頭で薔薇の飾りがやさしく揺れた。
飛び交うナノナノに鋭い視線を走らせるマーテルーニェ。息抜きのために誘ったのだけれど、ナノナノさまの祝福のことは知っているのだろうか。花之介は微笑を浮かべ、1匹のナノナノを手招いた。
「お嬢様もほら」
「可愛いですけれど、わたくしも天上も何となくミスマッチな気がしますわね」
金髪を揺らせば顔を近づけるナノナノ。
「ナノナノ♪」
ぷくぷくほっぺ、つついてみない?
「自分、ナノナノ様見てへん?」
立夏の指がマシュマロみたいな頬に埋まる。やわらかい。
「…ナノナノの主成分は何で出来ているのだろうか」
真剣にむにっていた徹也が顔を上げた。
「斑目立夏。もしナノナノさまを発見出来なかった場合、この任務は来年に持ち越し可能だろうか?」
「当たり前やん。来年も再来年でも探しに行くで!」
白い歯を見せる。願いは毎年一緒に過ごすことなのだから。
●やさしい場所
小さなツリーの傍で一休み。白豆柴に変身した桜子が尻尾を振ってエアンを見上げる。隣にはぴー助もお座りしていて、両手に花ならぬ両手にもふもふ。
頬を緩めてあたたかな毛皮を堪能していたら、ナノナノも興味津々寄ってきた。
「わふ!」
「ナノナノ~」
鼻先でつつかれて白い耳がぴこぴこ揺れる。エアンも手を伸ばせば吸いつくような肌触り。ふにふに、ふわふわ。癒しのひと時。
「ふふっ、すーいかー」
「ん、どうしたフローラ」
白い体はもふもふ、口元にはクッキーのかけら。満腹のナノナノを抱きしめたフローレンツィアが突撃。抱きとめた誰歌のポニーテールが揺れた。頭を撫でて、頬を緩める。
「水筒に紅茶を用意してきてるから飲むか?」
「ええ。あなたも一緒にどう?」
「ナノナノ!」
カップから立ちのぼる湯気はいい香り。心ぽかぽかティータイム。
なの子も混ざって騒ぐ中心には千冬の取り出したカップケーキ。
「俺も千冬のケーキ食べたいなぁ」
「あ、勿論あーやの分もちゃんとあるのよ」
妹分から差し出されたハート型ケーキに切なくもありがたく綾人が口を開ける、と。
「ナノナノ~!」
突撃してくるくいしんぼ達。瞬く間に出来たナノ布団に笑いがこみあげて。
「あっぶね。千冬も食べる?」
死守したココア味を半分こ。
クッキーをかじるナノナノの頭に沙月が手を乗せる。そのまま抱きしめたら、くすぐったげな鳴き声。頬を緩めて振り返る。
「華月ちゃんも抱いてみようよー」
沙月が楽しいならそれでいいのだけれど。華月は首を傾げ、けれど期待に満ちた瞳は無碍にできず手を伸ばした。
「……近くで見ると変な顔ね、こいつら」
「ナ?」
ぷっくりした頬をつついたら、小さな笑い声が耳をくすぐった。
「こうすると、よりカワイくなるだろ」
「おー、ニャノニャノって感じです」
捕まえたナノナノに奎悟が猫耳をつければ、なこたも猫尻尾をくっつける。
「あ、小夜彦さん見てください、かわいいです?」
「ええ。猫お好きなんですか?」
「サンタ服もあるぜ」
赤い服を着せたナノナノの背を叩き、奎悟が小袋を差し出した。両手で受け取って礼を言う小夜彦。
友達とずっと一緒にいられますように。目の前の笑顔に、なこたはそっと目を細めた。
メイン会場のにぎわいが風に乗って聞こえる。
無数のオーナメントが華やかなツリー。飛び交うナノナノ。華乃と美咲は弁当を広げてクリスマスの光景に胸躍らせる。
周りはカップルだらけで場違いかも、なんてナノナノの無邪気が吹き飛ばす。
「伝説のナノナノ様、見つけられた人はいるのかな?」
「きっと見つかるですよ!! だってこんなに楽しいクリスマスなのですから!!」
ナノナノを抱きしめ、美咲はとびきりの笑顔で頷いた。
「ナノ~!」
笑いさざめくナノナノ達の輪に混ざるイヴを見やって、寒さに震えていた桃の頬が緩んだ。ころころ変わる表情にイングリットの唇にも笑みが乗る。
楽しげなナノナノ。愛の祝福を求める恋人たち。風は冷たいのに空気は熱くて甘くて。
袖の端をつままれて、桃は目を見開いた。けれどすぐに手を握り、頭を彼の肩へ。赤い顔で寄り添う2人の前で、イヴがやさしく羽ばたいた。
隼鷹作のクッキーを頬張るナノナノにはしゃいでいたサリィが不意に静かになった。最後のひとかけをナノナノが口に入れたのを見送って、隼鷹の左腕を持ち上げる。
「おい」
「……しばらくこうしていて」
自分の肩を抱かせて、頭を預ける。近すぎる距離にこの鈍感男でも少しは思う所があったのか、返事はないまま視線はナノナノ達へ。
サリィが目を細めた。今はただ、このままで。
ざわめきを遠く聞きながら、心は静かに。
ロズウェルはふと、ナノナノを撫でていた手を朔羅の頭に伸ばした。藍の瞳が瞬く。
「オレをなでてもご利益はないぞ?」
「いえ、ご利益とかじゃなくて……ただ、貴方に触れたくて」
綻ぶ唇が胸にあたたかな気持ちを降らせて。
「今日はご一緒してくださり、ありがとうございます」
「礼を言うのはオレの方だ。有り難う、ローズ」
置かれたままの掌に、朔羅はほんの少し頭を押し付けた。
恥ずかしがり屋に元気っこ。いろんなナノナノ達を撫でたり顔を見比べたり。たくさん遊んだら結月のカップケーキと竜生の紅茶でほっと一息。
「今年も、一緒に過ごせて、嬉しいな」
「僕も一緒に過ごせて嬉しいよ。来年もまた一緒に来たいね」
おずおず伸ばされた手をぎゅっと握って竜生は口元を緩めた。掌に伝わるぬくもり。ソレイユが2人の周りをくるりと飛んで祝福した。
「付き合いはじめてちょうど1年ですかー。早いですねぇ♪」
「伝説の樹の下で告白したのは今でも鮮明に覚えてますよ」
サクラを撫でる眞沙希に悪戯っぽく綾鷹が応じれば逃げ出す背中。だけどすぐ立ち止まったのは、目の前に金の光が降りたから。
「ナノナノ」
光を散らしてナノナノさまがあたたかく微笑む。
振り向いた眞沙希を抱き返し、綾鷹は指輪を通したネックレスを取り出した。
「まぁ、結婚はまだ早いけど、形だけでも、な」
「綾鷹先輩……」
2人の愛が永遠のものであるように。ハートの軌跡を描いてナノナノさまは高く舞い上がった。
校舎の中だって外のにぎわいに負けてはいない。
かまって! と言いたげに近づいてきたナノナノを抱きしめる。
「ふふふ、小鳥とお揃いー」
「……おそろい」
法子が振り返れば、白妙を抱えた小鳥がはにかんだ。隣に並んで手を繋ぐ。そのまま階段を上ってみるけれど。
「ナノナノ様何処なのよー!」
「法子、ほっぺひっぱったら、おもちなっちゃうの」
「……食べたら美味しいかしらね」
「ナノ!?」
目を丸くするナノナノに零れる笑い。
「今年はナノナノさまみつかるといいですね!」
笑い声が溢れる校内、千佳と光流は手を繋いで歩く。
時折ナノナノにお菓子をあげながら、ナノナノさまに会えたらお祈りしたい事、今年の思い出、来年の話。いろんなことを話題に歩く。
「いつも元気でいてくれて、毎日楽しくしてくれてありがとう」
光流に見つめられて、千佳は繋いだ手を大きく振った。
「これからもよろしくします!」
歩いていこう、このまま一緒に。
伝説のナノナノさまは一目見ればわかるって。
「今日の主役、とかたすき掛けてたりするんじゃない?」
「僕は巨大ナノナノさんが伝説さんやと思うん!」
クッキーを食べながら予想を立てる葵と斎槻。周りのナノナノにもお裾分け。小さく笑ってから、同時に包みを取り出した。
考えは同じだったみたい。もちろん三稜とむににもお揃いで。
「ありがとう」
身も心もぽかぽかのプレゼント。
「遅れてしまいました。待ちましたか?」
お手製ケーキの箱を片手に悠が扉を開いた。テーブルクロスの上には既にお菓子やティーセットが並んでいる。
「外、は寒かった、でしょう」
孤白が微笑む。カップに注ぐのはケーキにあわせてアールグレイ。立ちのぼる香りにナノナノがそわそわ耳を揺らした。
席に着いていただきます。さっそくケーキも切り分けられる。
「ナノナノってさー、おいしそうだと思わない?」
「ナノ!?」
中にあんことかクリームとか詰まってそう。新の視線につられて2人が手を伸ばせば、手触りはぷにぷに。おいし、そう?
「ほんとに食べたりしないよ?」
調理実習室は甘い匂い。綴と星花が焼きマシュマロを互いの口に押しこめば、ナノナノが尾を揺らして寄ってくる。
「ねー星花。伝説のやつ。こいつかな?」
「そうだったら、せっかくだし祈っとく?」
マシュマロを頬張るナノナノがきょとりと瞬いた。
「まー、そうでも、そうじゃなくても離れんけど!」
「……そだね」
ぷにぷにの頬を軽くつつけば、ナノナノは嬉しそうに声を上げた。
屋上に出れば風が一迅吹き抜ける。
「茉莉花、遊んできていいぞ」
羽ばたく小さな背を見送って、瑞樹は腰を下ろした。クッキーを差し出していた手を近づいた指に絡め、少し寄りかかるメルキューレ。
「伝説のナノナノ様、どこにいるのでしょうね」
「さあ……どこだろうな」
隙間なくくっついた指に互いの体温が伝わって。
「今、とても幸せです」
「――そうだな。明日も、明後日も、メルとこうしてたい」
冬の風も幸せな空気の前には形なしだ。
「ナノナノさまはラブラブな恋人の前に現れる気がするんだ。……というわけでちゅーしてもいい?」
小首を傾げる澄音が近くて、アイナーは僅かに頬を染めながら紙袋を持ち上げた。
「このクッキーでどれだけナノナノが寄ってくるか、君が賭けで勝ったらね」
ナノナノさまは口実だし、賭けは言われるがままじゃ癪だから。少しだけ素直じゃない2人への応援とばかり白い羽が羽ばたいた。
●さやかな光
統弥がまっすぐに藍を見つめ、過去を語る。心の傷をさらけ出した瞳は今は穏やかで。
「ありがとう、藍さんのおかげです」
「先輩が導いてくれたから今の私があるんです。だから」
今日を楽しいと感じるのは自身の努力の賜物なのだと微笑んだ。目を細め、統弥が手を差し出す。
「僕と一緒に”伝説のナノナノ”を探しに行ってくれませんか」
「はい」
重なる掌があたたかくて、唇が綻んだ。
飾り立てられたツリー、人気のない校舎裏、教室。歩き続けるうちにいつしか日は傾いて。
渡り廊下を外れた中庭で、しいなは胸に手を当てた。探すのではなく、あるいは。
「出てきて欲しいって願うことで、姿を現していただけるのでしょうか」
「祈る……か。いいな、それ」
頬を緩め、レクトが両目を閉じた。伝説のナノナノさま、どうか。
瞼の裏に映る金色は夕日か、それとも――。
空にたなびく雲はオレンジ。地面に落ちる長い影。
ベンチに並んでナノナノさまを待つ時間は気恥かしい。会話も繋げずナノナノを数えていたアイリスの耳に重巳の小さな声が届いた。
今日ここに2人で居たかった理由。
「だってほら……ナノナノって羽があってハートの模様もあって……」
キューピッド、みたいだと。
たどたどしい言葉にアイリスはナノナノの頬を突っついた。
「今日のナノナノは、仲を取り持つ天使様、だね」
「ナノ?」
伊織に手を引かれ、アリーセヴィエの頬は赤い。すれ違ったナノナノの笑顔を後に屋上に出れば、双子星を頂いたクリスマスツリーが目を奪う。
幻想的なまでの煌めきに目を輝かせたアリーセヴィエの視界が突然ふさがれた。唇に触れたぬくもりは一瞬で離れ、間近にあるのは伊織の顔。
「好きだよ、ずっと一緒に居てね」
「はい、ずっと貴方のお側に!」
衝動のまま、強く互いを抱きしめた。
熱いコーヒーをすすり、錠はフェンス越しに地上を見下ろす。
「なァ、お前はナノナノのどーゆートコがイイんだ?」
「お前は好きなもんにいちいち理由が欲しいのか?」
レンズの奥で眇められた瞳。微かに息を飲む音を横に聞き、葉は眼下のナノナノを視線で追いかける。カップの熱が掌に染みた。
「色々あったな」
変わらないもの、変わったもの。錠は祈るように目を伏せた。
太陽は地面の下に消え、風はいっそう冷えていく。空は群青、灰色の雲が星を隠した。ツリーをはじめとしたイルミネーションが輝く。
はぐれないようにと繋いだ手。
手招いたナノナノたちの頭に、修太郎がサンタ帽子を被せた。5匹並んだナノナノサンタ。一緒にくっついて写真を撮ろう。微笑んだ郁の頬が赤いのは距離のせい。
「有り難う、今日一緒にいられて僕すっげー幸せだ」
「こちらこそ、ありがとう」
湧き上がる想いのままに郁が動く。2人の周りをナノナノが一回転。
「すんげーすんげー!」
眼下には星をちりばめたようなクリスマスツリー。感嘆する誠の首に巻かれたマフラーを横目に、鶫は箒を握り直した。
「それ、あったかいでしょ」
ささやかな願いに頬を染める。気持ちは伝わっているのか否か、誠は手で風を送った。
「あー、そうだな、そうだ、このマフラーのせいだな!」
何が、とは今は聞かずに。くっつきそうな距離のまま夜景を見下ろした。
昼のにぎわいとはまた違う、静かなざわめきに包まれた校庭。昼のゲーム中に作られた雪だるまの周りをナノナノが飛んでいる。
ずっと探していたのにナノナノさまは見つからない。儚の目尻に浮かんだ涙を隼人の指がすくった。顔を上げると。
「わ、雪だよ。とっても綺麗」
輝く瞳を見つめて隼人はほっと息を吐いた。もっと笑顔を見たくなる。
「ナノナノ、本当に可愛いなー! 儚も撫でてみなよ、きっと喜ぶぜ!」
「うん。ふふ、はしゃいでる隼人くんも可愛いな♪」
素敵な日をありがとう。来年も幸せにしてね。
「うっわ、いっぱいいるねぇ」
エドアルドがお菓子と紅茶を用意しつつ、首を巡らせた。寄ってきた子の頬をつつけばぷにっぷに。シャルロッテはツリーの下におにぎりと罠設置。
「これで完璧です!」
「ナノ?」
拳を握った端から紐が気になった子によって籠は倒れるのだった。その横をカイロを装備しすぎた博明が転げまわる。
「あつ、熱ぅい……っ、ぬぉぉぉぉ!?」
「ナノ~♪」
遊びかと思ったらしい。一緒にナノナノが転がって笑う。元気な様子にレナードは追いかけっこをもちかけた。
「オレに勝ったらこのチョコケーキをあげよう」
「ナノナノ!」
「楽しそうだけど、あんまり怖がらせちゃ駄目よ?」
いざとなれば足元にお見舞いするから、と分厚い魔導書を抱えるアイリーン。だけどナノナノはやる気満々みたい。羽ばたく小さな背をこっそり一緒に追いかける。
得意顔で上昇するナノナノ。エドアルドは箒に乗りレナードはダブルジャンプで手を伸ばす。
「ナノ!?」
捕まっちゃった。すごーいと目を輝かせるナノナノを皆で撫でて抱きしめてお菓子で労って。雪の中に笑顔5つ。
「においを頼りに伝説のナノナノちゃんを探すです!」
「ジョンってにおい知ってんの?」
勢い込む山桜桃にファリスがツッコめば足元で「くぅん」としょげた声。歩き出せども噂に聞いた輝きは見えず。
「ナノナノ!」
振り向けばサンタ帽を被って電飾を巻いたシェリルの得意顔。
「ほら、うちの伝説のナノナノさまが何か言いたげだよ?」
2人だけのナノナノさまに祝福してもらおうか。
一姫が腕に抱えたナノナノの感触はもっちりふわふわ。2人でくるまればブランケットの内側はあたたかい。お菓子をつまんで時兎は空を仰いだ。
「俺と一姫だと何祝福してもらえンだろーね?」
「なんだろ。想像つかない」
「っていうかさ、この無数のナノナノ達が合体してナノナノ様にパワーアップ、とかじゃないよね……?」
意外とありそう。凝視されたナノナノがきょとり。
「ナノ?」
一か所で待つ人もいれば探しまわる人もあり。伝説のナノナノさまはいつどこに現れるのやら。
「ナノナノ様の居場所は……なんだ、腹を撫でるのか? ほら。所でナノナノ様の……」
お腹をつつかれたナノナノがもっとと身をよじった。無表情のまま応じる陽己に微笑む安寿。
「ほんとにどこにいるのかしら?」
ちらつく雪の向こうにツリーが輝く。優しい景色に頬が緩んで。
「ごめんね太治くん、ひっぱり回して」
「いや、俺も楽しかったよ」
お茶にしようと安寿は笑顔で歩き出した。
「伝説のナノナノ様は、どんな姿なんだろうか。やはり王冠などがついていたり、赤マントをつけているんだろうか」
「どんなんだろうな……光ってたりしてな」
巨大ツリーを目指すレイの隣でナノナノを撫でるシュウ。むにむにした弾力が癖になる。
「シュウ、寒くないか?」
白い息を吐きながら見上げれば、星空を纏った幻想的なツリーが出迎えた。
「……ん、大丈夫。綺麗だな」
「ホワイトクリスマスってやつだな」
視界に降りてきた白のかけらにクレイが足を止めた。手を繋ぐ力が少し強くなったのを感じてシグマの唇に苦笑が乗る。心配しているのがすぐわかる。
「ナノナノ様は諦めて帰ろうか」
案の定、振り向いた兄の台詞にシグマも笑顔で頷いた。体が冷え切る前に帰ろう。
「お前の為にケーキ、頑張って作ったんだからな!」
クリスマスはまだこれから。
「ほら、遊んでいらっしゃい」
ナノナノの輪に目を細め、瑠璃石の指輪に触れる瑠美。光と楽しげな声と。今日の学園は夜も賑やか。
「ナノ!」
「もういいの?」
微笑んで歩き出す。次は何処へ行こう?
「雪だ! 雪だよラツェくん!」
「ふふ……これはこれで、素敵なプレゼントですね」
奏恵がナノナノと一緒にくるくる回る。雪降る空を見上げてはしゃく姿にラツェイルは笑みを零した。
あれやこれや伝説のナノナノさまの姿に想像を膨らませ、会えないまま屋上まで来たけれど。2人仲良く過ごした時間が何よりの。
「うん、とっても素敵なプレゼント!」
笑顔のメリークリスマス。
●あなたの心に
誰も見ていない空のどこか。静かに舞い落ちる雪を金の光が淡く照らす。
「ナノナノ♪」
慈しみに満ちた瞳が地上の輝きを映し、微笑んだ。羽ばたきは音もなく、大きなハートをひとつ描いて高く高く舞い上がる。
今日紡いだ愛が永久に色褪せぬものでありますように――。
作者:柚井しい奈 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年12月24日
難度:簡単
参加:99人
結果:成功!
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