クリスマス2013~煌めきの海、光の樹

    作者:矢野梓

     カボチャ一色のハロウィーンが姿を消せば、この国は一夜にしてクリスマス色に染まる。至るところにツリーが立てられ、夜ともなれば七色の光が洪水となって見る者の目を射る。無論、武蔵坂学園も例外ではありえなかった。大きなツリーがお披露目され、その他学園中のあちこちでリースやら柊やらがにぎにぎしい。夕方ともなればつぎつぎに灯りはじめるイルミネーションはこの時期ならではのものだろう。
    「はあ……もよとるなす」
     キャンパスを歩く度に、高村・乙女(天と地の藍・dn0100)はおのぼりさんよろしく、きょろきょろと。日に日に増えていく飾りの数々に東京のクリスマスの華やかさが身に染みてくるのだ。
    「もよとる……って何、ってぇのはもはや聞かねーけどさあ」
     あちこち見回すのやめろ――水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)は目一杯手を伸ばして乙女の襟首をつかむ。全くこの娘を野放しにおけばいつ車の前に飛び出してしまうことか。およそ小学生らしからぬ心配事を秘めた少年の心を知っているのか、いないのか、乙女はのんびりと。
    「あ~。飾るってことですよ~」
    「はいはい、だからってうろうろすんな」
     東京は車だって多いんだかんな――引き戻された乙女もここは素直にはいと頷いた……のだが。

    「んなら~、車の来ないとごならいいですか~」
    「……は?」
     その時自分がどんな表情をしていたものか慎也には今ひとつ覚えがない。だが次の瞬間差し出されたパンフレットに、唖然とした表情を作ってしまったことは確かなことだ。
    「東京タワー?」
     東京生まれ東京育ちの少年にとってはあまりにも見慣れたその風景。写真の中のそれもまた、クリスマス色に美しく彩られている。
    「え~っと、ここは展望台の中もイルミネーションがあるそうですよ!!」
     ああなるほどと慎也はあらぬ方向を向いた。確かにクリスマスにはタワーの内部も確かに凝っていたはずだ。中のイルミネーションと夜景を同時に楽しめる云々というのもこのパンフレットには謳われている。
    「いや確かに綺麗だけどもさ……」
     クリスマスで展望台とくればそこはカップル達の王道デートの場所以外の何ものでもない。
    「なら~、見に行っても~問題ないですよね」
     カフェもあるし、ちょっとしたクリスマスコンサートもあるし――乙女のほうはそんな慎也の雰囲気にはまるで気づく様子もない。
    「え~っと、それに、日本一高いタワーなんですよね~!」
     私の湖に沈めても先っぽが出てしまうくらいに――乙女は嬉々として東京タワーへのアクセスを調べ始めてしまう。
    「いや、十和田湖はお前の湖じゃないし、水深知ってる奴にしか意味ねえ表現だし……」
     そもそも東京タワーは高さ日本一ではなくなっている。慎也としても一応のツッコミみは入れざるを得ないものの、耳に入っていないのは明明白白。すっかりタワー見物を決定してしまった様子の乙女には何を告げても無駄というものだろう。
    「わかった……付き合う。クリスマスのイルミネーションな」
     これをほっといたらよそ様のおデートに何回水を差すことになるやらわからない。それならば心ゆくまで案内してやるのがもっとも平和的解決というものだろう。慎也は一人結論づける。そういう彼にしてみてもイルミネーションのデザインやら何やらには惹かれないこともないのだ。
    「ありがとうございます~。空から東京、案内して下さいね~」
    「いいってことよ。俺も来年は自分でイルミ、作ってみたいしな」
     乙女がぴょんと跳ね上がり、少年は深いため息をつく。当日はカップルで一杯になるだろう光のタワー。でもまあ時にはそんな幸せの波にもまれてくるのも悪くない。東京タワーこそ、都会にそびえる巨大クリスマスツリーと言えなくもないのだから。

     なりゆきまかせ、かぜまかせ。ともあれ今年のクリスマスの予定は決まった。あとは乙女がミニスカサンタだのなんだのコスプレをしないよう、せいぜい気をつけておくことにしよう――はしゃぐ乙女の背を見守りつつ、歩みを進める慎也。武蔵坂の街に師走の風が吹き抜けていった。


    ■リプレイ

    ●光の塔
    垣根には冬のバラ、見上げれば塔の先には金の月。この時期東京タワーは大都会のツリーにも似て、天まで届かんとするばかり。高所恐怖症の玉兎には登れまいと響生は苦笑半分空を仰ぐ。
    「……手」
     玉兎の方からコートの裾を引かれた時には響生も驚いたけれど、今日は年に1度の特別の日。ならば出かけよう――自分達だけの星を探しに。
    「いやはや、今年ももう少しで終りですねぇ」
     恋人達が散ってゆくのを横目に流希は1人晴々と光の塔へ。今夜のイルミネーションはどんな物語を紡いでくれるだろう。
     店から店へ品から品へ。蝶々の様に千冬は綾人の腕をとり。そんな綾人が見つけ出したのは硝子の熊。腕にはベルを背には天使の羽を負い。
    「ボクをプレゼントにどうですか?」
     突然の熊の声真似に銀の瞳は零れんばかり。だがやがてはそれも静かな笑みへ。
     光の塔が人の作り出す宝樹ならば奏恵と桜子が目指すのはこの星が生んだ宝物。
    「さーやは誕生日2月だよね?」
     アメジストは……と店内を見渡す奏恵の隣で桜子は9月の誕生石を。だが流石にサファイヤは高嶺の花。
    「星座の石っていうのもあるのね」
     互いに見立てあう石の数々。友が自分の為に逡巡してくれる夜だから今夜位は豪勢に――選ぶ幸せはまだまだ続く。
    「これは! かつての我が眷属」
    「大天使の首飾り。まさかこんな場所で……」
     クリスマスにベタなイルミネーションとくれば狂夜とイヴリンの厨二設定もより一層の磨きが。まして今日が彼女の聖誕日なら贈る銀のネックレスも返す指輪も只事ではない光を放ち。
    「「次に逢う時まで貴様に預けておくとしよう」」
     締めの科白もぴたりと決めて朗らかな笑いが光と弾けた。さて一方、姫君シュニルは万鬼をお供に従えフットタウンを満喫中。
    「小腹空きやせんかい? 鯛焼き? 喜んで!」
     恭しくも甲斐甲斐しく駆け回る万鬼にこの日下賜されたのはガーネット色のコート。
    「そしたらそれをきてもっとあるこう!」
     欣喜雀躍狂喜乱舞。姫の言葉がこれ程の歓喜を以って報われるという場面もそうないに違いない。

    「にしてもデカいツリーだな」
     シーゼルの呟きもさもありなん。巨大ツリーは今光のショーの真っ最中。祭りならば何でもござれのこの国にキースもまた嘆息する。そんな彼の右手が不意に温もりに包まれた。握った当人の手首には見覚えのあるブレスレッド。その刹那どちらがより幸せだったかは神のみぞ知る。
     すっと差出されたココアは暖かそうな湯気を立て。指先が凍えるのは案外早いと東雲・羽衣は思う。
    「あんまりはしゃぎ過ぎて怪我すんなよ」
     郁はといえば大はしゃぎで先を行く誘宵に満面の笑みを向けていた。
    「大丈夫だよっ!」
     返ってくるのは大きく振り回される手。羽衣もふわりと道行の袖を振って見せれば、すぐ近くでくすりと零れる郁の笑み。
    「綺麗ですね……こうして3人で見られて今年の聖夜は今までで1番です」
     そんな囁きにも頷きは深く返される。
    「ね、ね、記念に写真とろう?」
     茅の手のスマホに帳は軽く肩を竦めた。『ツリーの写真なら』と強調はしてみたものの果してカメラの向く先は……。溜息が聞こえていたに違いないのに、茅はつい先刻買ったばかりの手袋越しに帳の手を握り。
    「……今日だけは」
     よしとしますよ――つれなくも聞こえる帳の声。だがその特別な響きを聞き逃す茅ではない。

    ●黄昏のシャンパンゴールド
    「何か、空飛んでみたくな」
     エレベーターの中でさえアンナを捕えているのは不思議な浮遊感。このまま箒に乗ればすぐさま飛び立ってしまえそうな程空は近かった。
    「確かにこうして見れば中々どうして」
     宇佐見・悠はどんどん遠くなる地上に視線を向ける。アンナに飛び出していって貰いたくないのが本音ではあるけれど、大地と空と、今宵は余りにも美しい。
    展望台の金色の中に到着するや否や、鷹也のダッシュはスプリンター。
    「うお、そない引っ張らんでもイルミネーションは逃げへんで!」
     右九兵衛が引戻そうとしても心には既に翼が生えているらしい。何とも子供っぽくもあるけれど、それは彼の誘いを心から楽しんでくれている証左でもあり。右九兵衛は小さく笑って足を速めた。
     賑やかな場所は苦手なんだがな……エレベーターを降りて蓮司は軽く息をつく。話があると言ったのは流惟だ。蓮司は腰に目を落した。そこには十字架のシルバーアクセサリ。彼にとっては大切なお守りだ。
    「己を顧みずに俺の手助けをした阿呆から……貰った物だからな」
     誰に聞かせるともなく呟いて蓮司は目指す方向に1歩を踏み出した。小さなツリーの傍らで流惟が手を振っているのが見える。彼は再び腰の十字架に目をやった。これと流惟との関連を今日辺り思い出語りする事になるのだろうか。
    「じっくり見るのって初めて!」
     光の木々よりも輝く瞳で殊は伊織を振返る。その仕草が愛らしすぎて伊織はそっと肩車。
    「ほら、こうしたらもうちょいよく見えますぇ」
     この上サプライズのイヤリングを渡したらどんなテンションになるのやら。下の店で殊が目を奪われていたそれは今伊織のポケットに。その瞬間を思い描くのもまた楽しく、空への散歩は暫し続くだろう。
     去年とはうって変って、舞依は輝く塔をはしゃぎ回る。今年の光は明るく妹を照しているだろうか。熾は跳ね回る妹を見守ったまま。
    「お兄様、見てみてー」
     両腕を広げれば指の先迄が金に縁どられてきらきらと。今の舞依は正に光の子。家に帰ればお互いへの贈り物も待っている。だがこの妹の姿こそ兄にとっては最高の贈り物となるのだろう。
     展望台はカップルばかり。少しばかり居心地が悪い気がするのは何も将真だけではないけれど。
    「この間の試験勉強では世話になったし……クリスマスだしな」
     差出したタイミングは不自然ではなかったろうか。京音がこちらを見てくれたのは一瞬。すぐに俯かれてしまった身としては空の手も泳ぐばかり。
    (「いつもとちょっと違う将真くん、カッコイイかも」)
     京音には京音の事情はあれど、それを知る日はいつの日か――。イルミネーションの中にイルミネーション。そんな中で洵哉が取出したのは掌に載る小さなツリー。飾られているのはラインからの贈り物。
    「わざわざこの為に?」
    「僕達だけのイルミネーションです」
     貴女が好きです、大好きです――最後の飾りは何よりも輝く言葉になって。Ich habe dich gern――故国の言葉で告げる想いは光の夜によく似合う。

     カフェの小さな卓には香り立つ珈琲。窓の向うは光の海。それが互いの髪を飾るのを静かに愛でていく。
    「ありがとう、お誘い受けてくれて。1度こうしてみたかったのよ」
     漸く紡がれた逢紗の言葉にレニーも静かに笑む。
    「僕でよければいつでも歓迎だよ」
     どうして僕をとは今は聞かない。ただすぐ近くの微笑に乾杯を――。近くの卓でかちりと涼しげな音が聞こえた。ラルフはそっとカップを雅の眼前に掲げて見せる。小さく笑んで雅もまたカップに手を。琥珀色の紅茶の上にも光は踊り、2人の口から零れ出るメリークリスマス。
    「らるる、あの……手、繋いでくれたら嬉しい、のです」
     今度きらきらに出る時は――たった1つの小さな願い。
    「お安い御用ですヨ、雅嬢」
    ラルフはそっと雅の左手に自らの手を添えた。窓辺に最も近い卓に並んで人とオリキアはココアの香気と金色に注ぐ光を堪能していた。
    「えへへー♪ とっても綺麗だねー」
     窓の外に目をやる度に赤いリボンに光が踊る。
    「だけどオリたんの方がもっと綺麗やでっ」
     そう返すのは最早古典ともいえるお約束。人が軽くリボンを整えてやるとオリキアはそっと肩を寄せ。ふんわりと優しい彼女の香は人に幸せの意味を教えてくれる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
     まだ熱を帯びた缶をかちりと合わせれば、夕の頬に朱が昇る。
    「結城さんには感謝しています……少しは前向きにもなれましたし」
     遊びに行ったりフォークダンスをしたり、振返ってみれば多彩な1年だったかもしれない。ありがと――消え入りそうな夕の声。結城にはそれさえもが愛おしい。
    「今迄で最高のクリスマスですよ」
     無論返す言葉は今迄以上に甘かった。

     あれから1年。またこの季節が巡ってきた。今年はウルスラと空の上――由良はそっとお茶の杯を取る。失恋に告白に思えば色々な事の詰まった1年だった。そして事ある毎に話を聞いてくれたのはこの友だ。
    「拙者も、ユラのクラブに入りたいって思い切って言えてよかったデース」
     ウルスラの声は明るく心地いい。大事な仲間、大切な友。優しい時間が静かに流れていく。さてこちらも親しい友と過すクリスマス。ライラの選んだドレスに身を包み光の渦の前に立ってみれば、そこには見た事のない自分が映っていた。
    「夜景もイルミネーションも綺麗。翡翠もドレスはとても似合って綺麗よ」
     いつもなら照れてしまう言葉も今日はさらりの胸に沁み。頬は夏のように熱いけれど今日はきっと特別な日。
     夜が更けてゆけば光の海は益々深くなってゆく。15分毎に点滅を繰返すシャンパンゴールドを黎嚇達はもう何度見送っただろう。
    「綺麗ですわね。来てよかったですわ」
     そして香撫がこう呟くのも。
    「でも、かなでちゃんのが綺麗で可愛くて羨ましい」
     くすりと寧々音が爆弾を落せば、黎嚇も軽く援護射撃。効果は覿面、真っ赤な頬で反論する香撫は外の景色に勝るとも劣らず。一瞬見惚れた黎嚇を勿論寧々音は見逃さなかったけれども、さて今はこちらとあちら、どちらを愛でるべきなのか。
    「地上の星空は、暖かいですねえ」
     眼下に広がる光の海は優しく軽く羽千子の目を射る。あの灯りの1つ1つに人の営みがあるかと思えば、人工的な輝きでさえもが愛おしい。尤も今日の彼女にはそれ以上の存在が傍らに。
    「今1度……だけ、言わせて……ほしい……好きだ」
     贈り物と共に届く朔夜の言葉。ならば自分も。ポケットには贈り物、そして心には魔法の言葉私も貴方が好きです、と。
     金色に揺れる光の中を星子と旭は静かに歩む。内にも外にも綺羅の星は限りなく。だが旭にとっての星といえば手を伸ばせば届く星なのだ。
    「今の言葉、本気で受取っても、いいですか?」
     振り仰いだ星子の瞳にもシャンパンゴールドは映り込む。
    「……冗談では言わないさ」
    本気で受取って貰えると嬉しいよ――そこから先は星が最高に輝く時。無論旭の一番近くで。
     天井から零れる光を全身に浴び、足元には都会の星々。だが慧樹の瞳に何よりも可愛く映るのは彼の贈り物を身につけている雪片・羽衣。照れ隠しにイヤーマフをつつけばするりと絡む指と指。ずっと一緒に、居れたらいいなぁ――彼だけに聞こえる声で紡がれる言葉の数々。その全てを手放したくはない。
    「飲み物、買ってきてやろーと思ったけど、やめた!」
     一緒に行こうどこまでも――。

    ●光の樹 雪の粒
    人目を避けてアレクセイと月夜は箒で空を――見下ろせば流れ星にでもなった気分。但し寒さも相当だけれど。
    「僕は大丈夫ですから……」
     ふわりと掛けられたマフラーを月夜はすぐさま彼の首にも巻き返す。
    「こうするともっと良いと思うのですよー?」
     ぴたりと身を寄せれば互いの温もり。今日は互いに贈り物をしあう筈。だが最初の贈り物は今この空の上。

    2人ならそこには風さえもが邪魔できず。夜兎とナオの目を惹いたのは星宛らの銀の輝き。弾かれる様に入った店の中、2人が行きついた先には指輪のコーナー。
    「折角だしどお?」
     ナオが問うた時の夜兎の表情は長く忘れられないだろう。薄紅の頬とそっけなくも響く声音と――そこから始まる指輪探しは正しく至福の時だった。
     誠士郎と傑人は競い合う天地の光の狭間。真下から見上げれば確かにこれは天地を貫くかの如く。
    「俺の隣にも見上げる程大きいものが居るのだがな」
     誠士郎の不意の呟きに傑人は軽く目を瞠ったが、それも一瞬の事。2人での夜歩きも久々なのだ。もう少しだけこの光の群れと戯れながら店を巡るのも悪くはない。
    「「寒くない?」」
     一言一句狂いなく重なったその刹那、ささやかな白が舞う。
    「雪、好き……」
     吐息の様な囁きに誘われるかの如く、壱は依鈴の銀の髪をかき分けた。贈るヘアピンはライラックの色。似合うよ――と続ける事はできなかった。
    「壱先輩の事も、大好き」
     雪に添えたかの如きさりげなさの為に。だがもたらす喜びは永遠に互いだけのもの。
    夜の色は益々濃く、光は一層鮮やかに。眼前には贈りあったばかりのマグカップ。お日様柄は烏芥へ、お月様柄は朔之助へ。互いを想って選んだ品に今熱いココアの湯気が立ち。それは朔之助がツリーに気を取られた一瞬の隙に。
    「乾杯」
     これで飲んだなら何でもきっと美味しいよ――柔らかな声に湯気の向うで朔之助の笑みも花と化した。
    「これぞ都会のクリスマスって感じだね」
     ココアで手を温めながら茉莉花は聖誕祭の樹を見上げ。煌めきの粒が青いオニキスに引きたてられた彼女の肌を照し、光は我知らず見惚れてしまう。
    「あれ、マリーの顔に何かついてる?」
    「ううん」
     一緒に過ごせて嬉しいな――言葉の続きは肩を寄せ、大切な大切な人だけに。
    「ねぇねぇ、ほらこっち! 見てみてー!」
     繋がったままの手を座草・悠に引かれるまま彼らは建物の外に出た。ギャラリーに買い物にと火照った頬を冬バラの香のする風が冷やしてくれる。ルーファスは自らのマフラーをふわりと悠の首に。そっと引寄せれば柔らかな髪の匂い。
    「あったかい」
    心を擽るその声はやはり心に近かった。

    ●輝きはクリスマスレッド
    「うわー、たかーい! それに綺麗ー♪」
     って去年もやったね、これ――忍の歓声に陽菜もまた光の窓に一直線。折よく始まったライブの歌声を遠くに聞きながら海へと続くイルミネーションを眺めやる。硝子に映るのは肩を寄せ合う小さな小鳥。来年も一緒に……再びの約束が何よりも嬉しかった。
    めくるめく高さも両の手を聖と柚に握っていて貰えば不安はない。
    「良ければ、その、貰ってくれるか?」
     聖にはイヤーカフ、柚にはペンダントをヨダカが差出すと、柚もおずおずと犬猫の文房具セットを。
    「め、めりー、くり……すます?」
     とぎれとぎれの言の葉に聖とヨダカは笑みを交し合う。聖もまた贈り物を取出せば腕には互いの想い。それはこの地のどの光よりも美しい。
     空中散歩はどんな場所よりもゆっくりと。無数に重なる光の上に千波耶の笑みが重なるのが何よりも綺麗だから――決して言葉にはしない葉ではあるが、その目元が優しさに和むのは紛れもない事実。
    「祝福が、街に降ってるみたいじゃない?」
     硝子越しに視線を合せ、千波耶もまた笑みを深め。確かに硝子に映る2人には限りない祝福が降り注いでいる。
    「フィオ、イルミネーションの隣に立ってみてくれないっすかねー?」
     言われるままにフィオレンツィアはツリーの横に。折しもワインレッドが輝きを増したその瞬間。レンズ越しに晴夜は軽く息を飲んだ。
    「ここから見える景色は綺麗ね。星々の輝きみたい」
     今はまだ友達でもなく恋人でもない微妙な距離の2人だが、光の川はそんな彼らの障壁も少しは流してくれるだろうか。
    「けっこー凝ってんな」
     雨の如き光の粒に慎也はあんぐりと天井を仰ぐ。
    「気になるなら近くで見てれ来ればいいのに」
     あすかは小さく笑うと少年の肩を叩いた。そうですよ~と尻馬に乗るのは人の気を全く察しない高村・乙女(天と地の藍・dn0100)。因みに全身赤ずくめ。
    「オマエな」
     開いた口が塞がらないと言った風情の慎也を宥めにかかったのは円と伏姫。サンタ気分全開の乙女には今更何をかいわんや。
    「神田の、十和田のは面倒を見ておく故」
     伏姫は笑って少年の背を押した。丁度ベイブリッジが見ものでな、皆も1つどうか――無論乙女も他の面々にも異論はない。ま、飲物でも奢ってやるからと円にも気遣いを貰えば慎也もそれ以上遠慮しなかった。

     去年のこの日はまだ恋人じゃなかった。でも来年もここでと約束をした――覚えているのかなと律花の視線は物問いたげ。
    「流石に一年前の事を忘れる程、薄情ではないが」
     苦笑半分髪を撫でていた春翔。だが耳についた星粒を見た瞬間、余裕はどこかへ飛び立った。気がつけば息がかかる程に寄せられた顔。律花の鼓動が一気に跳ね上がる。
    「ピアス……着けてくれるのが嬉しいからな」
     耳元の一言は決定打。後は光と睦言とが繰返されていくばかり。
     夜の闇が更にイルミネーションを引き立てる頃、ステージからはピアノの調べ。コンサートが始まったのだと知るや、ウォルフは一番いい席にシュテラを。馴染みのクリスマスソングを口遊む彼女の唇は風に揺れるバラの花。
    「……いいわよね」
     艶やかな髪がウォルフの肩に傾いて。ピアノの音が狂おしく鳴ったその一瞬、2人は啄む様に互いを求めた。
     長袖のワンピースにポンチョ、去年のお守りに今年の誕生日プレゼントの手袋。沙希の懸命なお洒落に目を細め、翠もまたそっと手を取る。コンサートの歌声は細く高くキャロルを紡ぎ、イルミネーションに更なる花を添えていた。時には姉妹でこんな夜も悪くない。互いの温もりを心地よく感じながら、翠はそっと今年のクリスマスプレゼントを妹のポケットの中に滑り込ませた。
     緩やかに和やかに音楽は辺りを満たす。聞いていると魂の底から揺すぶられる様で、遥香は迦月との距離を半歩分埋めた。迦月は迦月でこれまた曲に全身を委ね。ありがとう――聞こえたか否かは判らずとも、この言葉を彼女へ。
    「さっき、何を言ってたんです? 迦月お兄さん」
    「……何かおっしゃいましたか? 遥香お嬢様?」
     2人の上を時は穏やかに流れていく。美しい夜景に静謐な音楽が重なれば、恋が生れるにはうってつけ。仲次郎も勿論それを狙って光の塔を登ってきたのだ。いつになく優しい笑顔はまぐろの心臓を早鐘にした。
    「好きです、付き合って下さい」
     伝えたい言葉が気を衒わぬものだとすればまぐろの返答もまた素直そのもの。抱き寄せる腕、触れ合う唇。後はもう心の赴くそのままに。
    高貴な赤が照すその下でかわされたのは2つのリング。結理のそれは十字が刻まれ、錠のそれにはムーンストーン。
    「有難う」
     結理は指輪を革紐に通した。すぐに左手にはめた錠は少しばかり肩を竦めたけれど。
    「お前のコト、マジ本気だから」
     逃がしゃしねーよ――今夜は新たな始まりだから。耳元に残る錠の囁きに結理もまたそっと頷く。夜の景色が綺麗すぎるから。それは寄添う理由になるのだろうか。彩歌の脳裏に閃きかけたその問を悠一は銀の指輪1つで覆す。
    「指輪は、予約みたいなもの、かな」
     いつか本物を渡すその時迄の……言葉の意味が心に落ちたその時は彩歌の頬に一筋の光。
    「私はずっとあなたのものです、悠一」
     あなたが選んでくれたその日から――幸福は今2人の上に。
    「桜音……来年もよろしくな」
     何度目かのワインレッドの点灯。意を決したように朱羽は桜音の耳元に囁いた。
    「朱君、それお正月に言う言葉だよ?」
     尤もなツッコミは彼の顔を耳まで染める。だが次の瞬間攻守は見事に逆転し。
    「これからも、俺に守らせてくれ」
     唇が触れたその刹那、この世界には唯2人しか存在しない。

    ●煌めきの海
     恋人達のさざめきに先程から騰蛇は人酔い気味。夜景にはしゃぐさなえを見つめるのは決して嫌いではないけれど、去年より大人びた横顔は一抹の寂しさをも呼び起す。
    「さなえ?」
     気づけば肩にかかる吐息、重なる掌。2人で見つめる輝きの夜の底。時が止まればいい――それは一体誰の願いだっただろう。
     ふっとライトが消えれば外の光はいや増して。殊亜と紫、紡ぎ合う言葉はいつしか未来の事へ。片やパティシエ、片や人を助けるお医者さん。
    「もしお店開いたら来てくれる?」
     紫の質問は無論笑顔で報われる。この優しい人ならばきっとどんな夢でも叶えるのだろう。人でも動物でも今夜の様に癒してくれる。紫はそっと恋人の肩に身を預けた。
     室内の光が消えれば展望台は光る海に浮かぶ小舟。窓に吸い寄せられた刃兵衛を光明は後ろから抱き竦めた。そのまま光の海に紛れてしまいそうな、そんな錯覚。
    「メリークリスマス。何時もありがとう。好きだぞ……これからも宜しくな」
     万感の思いはただ一言に。返事の代りは刃兵衛のしなやかな体が口移しで伝えてくれた。薄暗い展望室の片隅へ詠は聡士を誘った。ここならば眩しい海も大切な人も見逃す事はない。
    「……綺麗だね」
     それが景色の事なのか自分の事なのか詠にも聡士にもよく判らない。だが今夜は許されるだろう。全てを星のせいにして互いの傍にいる事を。
     再びイルミネーションが灯った時、煉火の手は確りと譲に包まれていた。マラソン大会以来のライバルの筈の彼。その隣にいたいと思う様になるのだから世の中とは判らない。
    (「そいやオレ、煉火と手握ったのも初めてじゃね?」)
     心臓はバクバク、指先は冷たく。何とも初々しいカップルではあれど今夜は少し前進を――腕を絡めて寄添えば素直なオーラが2人を包む。

    「これからもこういう風景や仲間を護れる様に頑張りましょうな」
     光の海を前にリヨノを隣に飛将は呟く。――勿論先輩も護りますよ、と。
    「それ、プロポーズみたいだね」
     リヨノの言葉に飛将はほんの僅か黙り込んだ。だがそれは本当に一瞬。
    「好きですな、先輩。付き合ってくれませんかな?」
     真直ぐに向き合って、今だけは地上の星も目に入れず。不束者ですが――そんな返事が聞こえてくるのは更に一瞬のち。
     去年は微妙だった2人の距離も今はない。去年の今日に買ったペアリングも今はごく自然に遥翔と李の指を飾っていた。
    「あっという間でしたけど遥翔君が一緒で一年間いつも楽しかったですよ」
     赤と白は永遠の愛――そんな言葉も鮮やかに蘇る。だからきっと来年も。いつでもどこでも――李の囁きは遥翔の耳を甘く焼き、彼は大切なその人を確りと抱き寄せた。
     1年という単位で考える時、これほど濃かった年もまた稀だと黒は思う。闇堕ちまでしてしまった心葉が今隣にある事をただ感謝する他はない程に。広がる東京の街などそっちのけで見つめてしまえば心葉はそっと袖を引く。
    「なぁ、黒。ボクは幸せだ」
     自分を満すこの感情のままに目を閉じれば、やがて黒の温もりが降ってきた。
     初めてのデートは光の塔のその上で。光の回廊をゆき、ちらちらと舞う雪も眺めて真咲とカツァリダは再び上へとやってきた。
    「これ。Day's eye」
     慎重に包み込まれてはいるがガンナイフだと彼女の耳打ち。
    「雛菊……花言葉は誠実な愛?」
     鸚鵡返しの問いに彼女の頬に微かな笑み。お返しにと真咲がマフラーをふわりと掛けるとカツァリダの顔が目の前に。唇の柔らかな感触は頬の上。真咲の熱が一気に上がった。
    「Ich liebe dich」
     ナーシャが口にしたのは微かに覚えている母国の言葉。一瞬の間が何とも気づまりでナーシャは半ば顔をそらして健護の手を引いた。
    「私も愛しています」
     ゆっくりと一呼吸。びくりと身を引いた彼女の手首を掴まえる。刹那頬は桜の色に上気して。ずっとこの人の傍にいたい――どちらもが抱いた願い。
    去年の夜景は学校の屋上から。そこで初めて気づいた彼への気持ち。今は指までも躊躇いもなく絡められ。けれどもっとと願ってしまうのは慧杜の我儘だろうか。
    「怜示さん、来年もイルミネーション、連れてってね」
     答えを紡ぐべき怜示の唇を慧杜はそっと撫でた。
    「うん、勿論……約束するよ」
     来年もその先も――重なった唇から言葉は出ない。来年もその先の未来も灼滅者達が不滅である限り、この煌めきが消える事はない。戦さ人達に天が与えた束の間の夜は音もなく更けていこうとしていた。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月24日
    難度:簡単
    参加:117人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 4
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