螺旋滑落

    作者:君島世界


     いくら手を洗っても血の跡が落ちないなんて、そんな馬鹿げた話が自分にも起きるとは。
     荒廃した公衆トイレの、かろうじて生きている蛇口を開けて、男――袴田・恭造は手を見た。冷たい流水が指先の感覚を削り取り、それでも手の甲にべったりと染み付いた血の汚れは、落ちない。
     何日前のことだったか。抗争相手の兵隊を殴り倒して、その時の返り血が拳にへばり付いたのは。あれ以来、血の跡は鮮やかすぎる赤色を保ち、それどころか最近は、『刺青』のようになってきているようだ。
    「チ……」
     ここでの手洗いもやはり無駄と見えて、恭造は水を止めた。今夜も抗争……残党狩りだ。これさえ終わらせれば、しばらくは自分たちのチームも安泰だ。適当な医者にかかる余裕もできるだろう。
    「こんなイライラも、今夜で終わりだッ!」
     陶器の洗面台が粉々に砕ける。
     恭造は、これまでのストレスの何もかもを、このマンハントで晴らそうと思った。
     
    「と、止めろよ! 恭造くん、ヤバイって!」
    「バカヤロウ、あんな……あんなの、俺らにどうしろってんだよ!」
    「けけ、警察呼……オブッ!」
     チームの仲間が一人、恭造の手によって『垂直に押し潰され』た。零れ落ちた携帯電話を踏みつけ、恭造は周囲を睨む。
     しかし実際の所、恭造と呼ぶべき人物は、そこにはもういないのだ。あれこそが恐るべきダークネスである『羅刹』であると、この場の誰が知れよう。
     しばらく前までは、恭造は恭造だったのだ。夜の公園に集合し、敵対チームの生き残りが集まるガソリンスタンドに乗り付けて、……そこまでは。
    「足りぬ! 我が力、何処にありや! 汝等か!」
    「ひ……ゲエッ!」
     男が二人、羅刹によって一薙ぎに吹き飛ばされた。羅刹は壁に増えた赤いシミに近づくと、ぐちゃぐちゃの肉塊に手を伸ばし――。
     

    「刺青を入れてる人が羅刹化するという事件が、最近よく発生してるんだよ」
     と説明を始めたのは、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)だ。まりんは手にしたファイルを教卓に置き、ぱらぱらとめくる。
    「今回みんなに頼みたいのも、その事件のうちの一つ……なのかな。羅刹になっちゃう人は、名前を袴田・恭造(はかまだ・きょうぞう)っていうんだけど、腕とか背中とかにそれっぽい刺青は元々なくて、かわりに返り血の跡が手にこびり付いちゃってるの。それが時間が経つにつれて刺青のように変化した、っていうことみたい」
    「血が、刺青のように変化、か」
     教室に居合わせた柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)が、ふと己の手を見た。落ちない返り血というのは、なるほど、想像しやすい。
    「――なんでこういう事になっちゃったのかはよく分からないんだけど、この事件の裏には、強力な別の羅刹がいるのは確かだよ。とにかく、人に被害を出すダークネスを放置はできないから、皆に灼滅をお願いするね。
     それで、その為の作戦なんだけど――」
     
     袴田・恭造は、完全な羅刹になる前に攻撃を加えてKOすることで、羅刹として復活するという特性を持つ。これを利用し、闇堕ち前の恭造が一人になるように仕向けてから、こちらの手で闇堕ちを誘発することで、周囲の被害を最小限に抑えることができるだろう。ただ、対象である恭造自身には、一般人を対象とするESPは効果が無い。
     エクスブレインの予測により、ダークネスとなる前の袴田は、『公園』と『ガソリンスタンド』の二箇所に寄るということが分かっている。午後九時頃に公園でチームの仲間十数名と合流し、その三十分後、バイクでガソリンスタンドに行き別のチームとの抗争を起こすらしい。場所はどちらを使っても、あるいは移動中を狙ってみてもいいだろう。
     羅刹となった恭造は、『神薙使い』と『無敵斬艦刀』に相当するサイキックを使用する。闇堕ちして間もないとはいえ、その実力は学園の灼滅者八名程度に匹敵している。
     
    「――刺青と羅刹の関係は判っていないけど、この羅刹を巡って別の強大な羅刹が動いてるかもしれないから、この事件はできる限り秘密裏に解決してほしいんだよ。この羅刹との戦いに時間をかけすぎたり、まわりの注目を集めたりしすぎると、思わぬ強敵が現れる可能性が、ないとは言い切れないからね。
     ……だいじょうぶ、みんなならきっとできるよ! 大変なことが多い最近だけど、一つ一つ、一緒に乗り越えていこっ!」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    ルビードール・ノアテレイン(さまようルビー・d11011)
    宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)
    花宮・真琴(晴々天真爛漫・d15793)
    狩生・光臣(天樂ヴァリゼ・d17309)
    シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)

    ■リプレイ

    ●騒乱の夜
     夜の公園。本来なら人気もなく、静かに眠るだけのその暗がりを、不良青年たちが乗り入れたバイクのランプで乱雑に切り裂かれていた。その尖ったピースの一つに、まず硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)と柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)とが身を屈めて潜り込む。
     低い植木の陰から、静かに周囲の状況を伺った。響斗は後ろに控える7名の仲間の位置を確かめると、並んだ泰若に決行タイミングの指示を渡す。
    「情報通り、ここに集まっているようだねー。じゃ、泰若ちゃんはよろしくだよ!」
    「ええ、右サイドは任せて。響斗さんは左からということで」
     と、泰若が開いた手の平を差し出した。指折りのカウントダウンを待ち、ゼロと同時に左右へ駆けだす。
    「『パニックテレパス』!」
     若者たちのいる広場に躍り出た両名は、間髪入れず精神波を一斉送信した。現れたのが少年少女たちだけということにも関わらず、不良たちはろくな反応もできずに浮き足立つ。
    「みんな、逃げるんだよー! このままここにいると、こわーい怪物がやってきちゃうよ!」
     怪物、などという他愛のない言葉にも関わらず、不良たちは完全なパニックに陥った。何人かが慌ててバイクのアクセルを吹かす爆音を、シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)が『サウンドシャッター』で封じ込んでいく。
    「ん……ご近所迷惑……に、なっちゃう……し……ね」
     シエラは不良たちの殺到する流れに逆らい、ゆっくりとした足取りで広場の中央に歩いていった。その先に一人、他の者ほどではないが戸惑った様子の男がいる。
    「お……おい、お前ら! いったい何のつもりだ、コレは!」
     男は狼狽しながら、近くを逃げる別の不良の肩に手を伸ばそうとした。しかしその上着の袖を、ルビードール・ノアテレイン(さまようルビー・d11011)が下から引いて止める。
    「お兄さんが……袴田・恭造さん、ですね……?」
    「ッ! は、離せ、この……ッ!」
     男――恭造は腕を離そうとするが、灼滅者であるルビードールとでは力比べにもならない。その場に釘付けにされた恭造に、宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)が歩み寄った。
    「御機嫌よう、袴田さん……。つかぬことをお聞きしますが、時々、自分が自分でなくなるような感覚に、あなたは襲われたことがありますか?」
    「……はあ?」
     その問いに、恭造はまともな答えを返せない。庵自身も、何かしらの情報を得たいとは殆ど思ってはいなかった。
     庵のこの行動は、ただの時間稼ぎにすぎないのだから。

    ●別離の刃
    「そこをどけ! どけよォ!」
    「うわっととと。……危ないねー、もう」
     障害となる物を蹴飛ばして逃げる不良たちを、後方に控えていた花宮・真琴(晴々天真爛漫・d15793)がひらりと避ける。真琴が見間違えていなければ、今のが最後の一般人だったはずだ。
    「大丈夫、なんとか全員逃げてくれたよ。……みんなの方は?」
     と、真琴も広場に踏み込むと、仲間たちに包囲の指示を出す狩生・光臣(天樂ヴァリゼ・d17309)が彼女を手招きした。
    「ああ、花宮さんは……ひとまずあのあたりかな。スナイパーだよね」
     真琴を案内する光臣は、しかし恭造から目を離さない。今はまだ、それこそ態度が宜しくないだけの、ただの一般人なのだが……。
    「お前、俺をチーム『ヘルタースケルター』の袴田と知ってのヤンチャか? おいッ!」
    「っ……」
     さすがに場慣れしているのか、恭造は三影・幽(知識の探求者・d05436)最も与しやすいと見て、集中的に怒声を浴びせかける。幽はきょろきょろと周囲を見回して、近くにいたアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の背後に隠れた。
    「ね……、『殺界形成』は?」
    「だいじょうぶ、です。……すいませ」
    「何を二人でコソコソやってやがるッ!」
     アリスと幽が小声で会話しただけで、恭造は息巻いて一歩を前に踏む。その勢いはルビードールがやはり抑えるが、反動で恭造の手の甲から手首までが完全に露になった。
     男の袖裏から弱い月光に晒されたのは、それでも鮮やかな紅とわかる、血色の刺青模様。
     その場に立ったまま、アリスは光剣『白夜光』を抜く。
    「これで確定ね。――こんばんは、袴田・恭造さん」
    「あ?」
     白の斬光が、恭造の胸を一息に薙いだ。
    「そして、さようなら。……さようなら」
     抵抗なく振り抜かれたアリスの光剣を追うように、恭造の胸から返り血が一瞬だけ吹き出る。力を失い倒れる若者の袖を、ルビードールは手放した。
    (「この人の、刺青を……!」)
     逆の手のチェーンソー剣で分離できるかと、倒れる前の一瞬で自問するが、この立ち位置からでは成功するビジョンが見えてこない。仕方なく、ルビードールはその場から退く。
    「『魂に』……『どうか』……『安らぎの』『眠りを』……」
     地に落ちた男の体に、シエラの聖歌が被さっていった。何も分からないといった表情のままで、恭造はしかし安らかに、瞳を閉じる。
     その刹那、光臣は血相を変えて走り出した。

    ●鬼の孵化
    「よう見抜いたものよ。慧眼慧眼」
    「ぐ……あぁあっ!」
     庵と入れ替わるように敵の至近へ脚を踏み込んだ光臣が、まるで紙吹雪のように吹き飛ばされる。広場を二度三度と転がっていく彼を視線で射抜きながら、『羅刹』は目覚めた。
    「は――ははっ! 心地よい目覚めであった。出迎えの儀ご苦労である」
    「挨拶は結構よ、羅刹さん」
     居丈高に構える羅刹に、泰若が銃を向ける。無造作の発砲が、戦場にいくつかの動きを呼んだ。
    「フン!」
     羅刹が腕を大きく外に払うが、泰若の銃弾が蛇のようにくねって腕を巻き上がっていく。肩口に食い込んだ傷を、しかし羅刹は意にも介さず上腕を膨らませた。
    「――ッ! 行き、ます!」
     拳を射出するそのタイミングにこそ、幽が割り込んでいた。駆け上がる勢いに任せ、幽はWOKシールドごと全身をぶつけていく。
    「愚人に灯を……!」
    「そちらかアッ!」
     ドォン!
     接触に備えて固めた肘が、それでも衝撃にびりびりと震えた。構えた半透明の光盾ごしに、羅刹の笑みと巨大な腕とが幽を威圧する。
    「かっ、勝手はさせないよ!」
     と、真琴が反射的に声を挙げた。必至で狙いを定め、カミの力をさらに引き出していく。羅刹はそんな真琴を一瞥すると、額の角を揺らして笑った。
    「ふふ、愉快愉快。今宵は食い放題か」
    「違い、ますよ……。私たちが、全力であなたを潰すんですから!」
    「戯言を――」
     羅刹の一撃が、幽にとっては狙い通りに彼女を弾き飛ばす。仲間を傷つけられたその瞬間、真琴の目が見開かれ、思考が白熱した。
    「ッ! 風の刃よ、かの者を切り裂きなさい!」
     無我夢中のまま、真琴は神薙刃を開放する。羅刹は腕を交差し、バツ字の防御を構えた。
    「――抜かす、か」
     風刃に刻まれた下腕を、羅刹は軽く一撫でする。指で血を玩ぶ羅刹に、アリスが掌を向けた。
    「改めてこんばんは、羅刹。早速だけど、もう一度虚無へ沈んでもらうわ」
     言うが早いか、その端々に白い魔弾が灯る。羅刹は眉をしかめ、腰を落とした。
    「性急性急。命乞いの声が上がるうちは、遊んでやらんでも無いぞ」
    「美学の無い敵は嫌いなのよ……。容赦なく、名前も覚えず、灼滅するわ」
    「おお、ならば言うて聞かせよう。我の名は」
     アリスの指先の魔弾が数倍の大きさに膨らむ。その全てが、一斉に射出されていった。
    「古き叡智よ。破邪の矢となりて昏き闇を穿て!」
     魔弾は殴りつけの軌道から炸裂し、雨となって羅刹の全身に降り注ぐ。ヂヂ、と敵の肉を焼く雑音めがけて、さらに庵が畳みかけていった。
    「目に焼き付けなさい! これが、カミの力です!」
     雨粒の最後尾を、跳躍した庵が追い落ちる。その体躯を超える鬼神変が、自由落下以上の速度で振り下ろされた。
    「「せえええやああぁっ!」」
     奇しくも同じ形の叫びが、庵と羅刹の口を突いた。交錯し、足音も軽く着地した庵は、余裕を誇って眼鏡をクイと押し上げる。
    「正直、あなた方と同質の力だというのは虫唾が走りますが。それでも、貴方より巧く使える自信はありますよ?」
    「……チ」
     舌打ちをした直後、羅刹の気配が膨らんだように思えた。羅刹は怒りに体温を上昇させたのか、下の人間が着ていた服の上からも、熱に炙られた蒸気が立ち上っていく。

    ●終わっていたこと
    「見せかけだけのおどしなんて、こわくないの」
     ついに本性を露にした羅刹に対し、ルビードールはしかし、一切態度を変えなかった。人間だった恭造を抑えていた時と同じように、……冷静さに微かな悲しみを添える。
     これが彼の宿命だったのかという、答えの見つからない問いを飲み込む。
    「――こわく、ないの」
     すう、と夜気を裂き開くように、ただ、前へと踏みこんだ。切っ先が地を舐めるほどに低く構えたチェーンソー剣を、火花ごと振り上げていく。
    「汝等の目は悉く不愉快だ、小童ァ!」
     羅刹が回した右裏拳が、ルビードールの斬撃に食い込んだ。かちあった鋼鉄と拳骨とが、それぞれ歪んだ音を立てる。
    「終わった物を見る汝等の目が不愉快だ! 我は力を取り戻し、取り戻して……!」
    「事実だからしょうがないよねー、君に先が無いってことはさ」
     と、さらりと言ってのけたのは響斗だ。手にした魔導書『白亜の禁書』は既に封が解かれており、起動を待つのみとなっていた。
    「君がどうしてそうなったかは分からないだろうし、聞いても無駄だと思うから。
     ……早く、君を解放するねー」
     響斗は開いた頁に手をかざし、魔力を高めていく。それを黙って見過ごす羅刹では、ない
    「莫迦なことを! その蒙昧、地獄で悔いるとよいわ!」
     負傷をまるで無視し、羅刹は再度右腕を異形化させた。内側から盛り上がる肉が拡大を繰り返した結果、数倍の大きさとなった拳を握りこむ。
     ボロボロだった恭造の上着が、これで完全に形を失った。極度の緊張にぎちぎちと震える肉塊を、羅刹は瞬く間に爆発させる。
    「ずあああああァァァァァァッッ!」
    「いけない……てぃんだちゃん……!」
     暴力圏の外にいたシエラは、だからこそその恐ろしさを誰よりも理解した。目の前で起こりつつある大きな被害に対し、シエラは即座に善後策を講じる。
    「ぐ――あっ!」
     防ぐ隙もなく、羅刹の強烈なボディーブローが響斗に叩き込まれた。その痛みが彼を完全に支配するよりも速く、シエラは歌の始めを響かせる。
    「ら……、るぅ、ら……ぁ」
    「…………!」
     彼女の霊犬『てぃんだ』は、主の歌を妨げないようにと、近くで短い脚を伸ばし伏せていた。その姿勢のまま浄霊眼で照らし、震える響斗を共に回復させていく。
    「ありがと、ね。シエラちゃんにてぃんだちゃん……はあぁっ!」
     立ち直った響斗の持つ魔導書が、輝きを増した。否定の光が羅刹の肉体を貫く。
    「ああァああああッ! こ、これは! 我の力が……!」
    「――痛いのか? まあ、僕もさっきは痛い目に合わされたけど」
    「お前は……チ、仕留め損なったか」
     サイキックの余力を失った羅刹が膝を付いた所を、光臣が見下ろした。彼が負ったダメージは浅くはなかったが、数度の集気法をもってその大部分を癒し終えている。
    「もう、ここまでにしよう。介錯するよダークネス」
     光臣は、震える手でかろうじて影業を編み上げた。その触手は四肢をはじめに、全体像が見えなくなるほどに羅刹を縛り、閉じ込める。
     操られる影業は、光臣自身にも内側からの抵抗を伝えていた。命を奪う事の重み、恐れ……光臣は大きく深呼吸をして、決意する。
    「……どうか僕の手よ、震えないで」
    「ま、待て」
     彼は、待たなかった――。

    ●とある青年の弔祭
     ――かつて闇堕ちし、ダークネスとなった青年がこの場に二人いる。助からなかった一人は灰となり、それを見送った一人は重い溜息をついた。
    「君だって、救われるべきだったのに」
     それでも、光臣たちが成した『ダークネスの灼滅』という結末を、一体誰が責められよう。思い出したように彼を苛み始めた傷の痛みに、ふと柔らかなガーゼが当てられた。
    「お疲れ……様。怪我……大丈夫?」
    「え――あ、ああ」
    「ここ……だった……よね」
     我に返った光臣に、シエラは手際よく手当てを施していく。戦いを終え、熱を湛えた灼滅者たちに、すると体を冷ますにはすこし冷たすぎる風が吹いた。
    「あ、きょうぞうさんの体が!」
     恭造の体にあった刺青を見ようとしていたルビードールが、さらさらと解れていく灰を追う。無意識に伸ばされた少女の手は、むなしく宙を掻いただけで、欠片の一つも掴めはしなかった。
    「終わりね。羅刹としての彼には、これはふさわしい生き様だったのかもしれないけど」
     そう言ったアリスは、スレイヤーカードを眠らせポケットに収めた。その流れで乱れた裾を払って整え、汚れの無いことを確かめる。
     見るべきものを失った灼滅者たちは、戦いの記憶を思い返した。羅刹に張り付いていた血の刺青は、自分にはどう見えていただろうかと、自問してみる。
    「……何かの呪いとか、だったのかなあ。そうだとしても、なんか穏便じゃないって感じだけど」
     真琴は考え事をしながら、恭造が倒れていた付近にしゃがみこんだ。もはや衣服ぐらいしか残っているものは無いが、ふと思い立ちその場の土を掬い取る。
    「お墓、作ってあげよっか」
    「賛成よ。大掛かりなのは無理だけど、せめてそのくらいは、ね」
     隣に並んだ泰若も、微笑んで頷いた。一握りの土を小さなカプセルに入れ、封印する。

    「――お待たせしました。お花を、持ってきましたよ」
     と、菊の花束を提げた幽が戻ってきた。容器と積み石だけの質素な墓に、そっと彩を横たえる。
    「貴方との戦いも……これからの私を作る、大切な記憶です。……それでは」
     幽は墓前に手を合わせ、弔いの言葉を呟く。しばらくしてから立ち上がった幽と入れ替わり、庵が音の無い拍手を打った。
    「……さて、いろいろ省略せざるを得ないところはありましたが、これで滞りなく終了したはずですよ。流石、わたしですね!」
     ここまでの祀りの取り仕切りは、出自が神社である庵が見よう見まねで行っていたのだ。自慢げに胸を反らす彼女をそのままに、続いて響斗が墓に手を合わせた。
    「それにしても、恭造君はどこであの刺青を――って、考えて所でわからないよねー」
     瞑目したまま、とめどなく呟く。
    「事の真相にもよるけど……誰かの作為的な物なら、許せないかな」
     ここから先のことは、灼滅者たちが突き止め、解決していかなければならないことだろう。それを忘れずにいることを、響斗は自分に命じた。

     謝罪と、同情と、決意と約束と。それらに確固とした形はなく、誓いの焦点とされた墓碑さえ、吹けば消えるような儚いものだ。
     それでも灼滅者たちは、想いを固く守り続けるのだろう。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ