埼玉焼肉戦争

    作者:空白革命


    「ブシューッシュシュシュ!(笑い声) 貴様は所詮その程度かァ!?」
    「くっ、負けない。埼玉の……男子を舐める、なよ……!」
    「おおっとその手はダメだギュー!(語尾)」
    「やめっ、やめろ……俺が焼いたお肉食うなあああああああああっ!」
     うあーと言いながら顔を覆う埼玉男子。
     そんな彼を前に、黒い牛のようなご当地怪人が高笑いをした。
     手には箸。
     箸の先にはほどよく焼けた黒毛和牛の霜降り肉が!
    「ブシューッシュシュシュ! 貴様の焼肉道には信念が無いギュー! そんなやつの肉は、この埼玉黒毛和牛怪人が美味しく頂いてやるギュー!」
    「「ブーッシュッシュッシュ!」」
     笑う怪人の後ろでは、牛のマスクと黒いはっぴを着た男たちが腰に手を当てて笑っていた。……笑ってるのか? 上向いて肩を揺らしてるからきっと笑ってるんだと思うんだけど。
     たまのごちそうにと一人焼き肉をかまそうとしていた埼玉男子はテーブルに突っ伏している。
     怪人は満足げに立ち上がると、手を合わせて店を出て行った。
    「ごちそうさまだギュー。さあ野郎ども、次の店に行くギュー! 信念の無い埼玉男子たちを、調教してやるんだギュー!」
    「「ブーッシュ!」」
     

    「焼き肉を美味しく食べる。ただそれだけのことが、実は奥深い」
     鉄板の上でじゅわーっと音をたてる肉。
     赤身が僅かに消えた段階ですぐに裏返し、あとはじっくりと待つ。
     必要最低限に火の通った肉を箸でつまみ上げれば、表面を肉本来の油がすぅっと伝った。
     そのままではきっと熱い。
     きらりと光るご飯の上に一度置き、再び持ち上げる。
     息を吹きかけ、そして思いっきり頬張る!
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は……そんなテレビ映像を震えながら見ていた。
     夜10字の出来事である。もうちょっとしたテロだった。
    「焼き肉に決まったルールは無い。しかし、美味しく食べるというその一点だけは守られるべきだと主張するご当地怪人がいる。それが今回察知した『埼玉黒毛和牛怪人』だ」
     
     埼玉黒毛和牛怪人、通称ブッシュマンはもともとは良き焼肉道を広めるべく埼玉を中心に活動していたヒーローだったそうだが、食べ放題ブームを境にあまりにテキトーな肉の喰い方をする連中が増え、悲しみの余り闇に堕ちてしまった男だと言われている。まあ定かなところは分からないが、いま焼肉道に拘っている状態を見るに納得できなくも無い話だった。
    「彼は埼玉の焼肉店舗を回っては、他人の焼肉の食い方につっかかり、場合によっては肉を全て食って帰ってしまうという悪行を働いている。普通なら出入り禁止になりそうなものだが、店長にそっとお金を払ったりフリーペーパーに宣伝広告を載せるなどの細やかで地道な気配りをするせいでわりかし受け入れられているという有様だ。もはや一部の店舗は怪人に支配されていると言っても過言では無いだろう……」
     右手でエア焼き肉を食べながら、ヤマトは訥々と語った。
    「奴を倒す方法は二つ。力でねじ伏せるか、焼き肉で解きほぐすか……だ」
     目を瞑るヤマト。
    「どちらでも構わない。お前の信じた肉を焼け!」


    参加者
    ウルフラム・ヴィーヘルト(鋼鉄のウルフライダー・d03246)
    居島・和己(さらば金欠の日々・d03358)
    十七条・法権(戦闘風紀委員長・d12153)
    夢野・ゆみか(サッポロリータ・d13385)
    結城・麻琴(陽烏の娘・d13716)
    フレナ・ライクリング(お気楽能天気残念ガール・d20098)
    中島・優子(僕らは黒ストを待っていた・d21054)

    ■リプレイ

    ●想像せよ、肉の焼けるあの音を。
    「いらっしゃいませーい!」
    「「らっしぇーい!」」
    「あ、予約してた居島っす」
    「はい、お席ご案内しまーす。階段急なんでを気をつけくださーい」
    「どーもー」
     店員に案内されるままに、老舗焼き肉店の二階へとやってくる。
     通路を曲がって右の部屋に入ると、大きなテーブルが並んだ座敷席が用意してあった。
     既に炭の焼ける臭いがする。
     そのことを尋ねると、店員がどこか不思議そうに言った。
    「先におつきのお客様がいらっしゃいましたので、既にお料理を運ばせて頂きました」
    「え、俺たち外で合流したんだ……け……ど……」
     部屋に入り、居島・和己(さらば金欠の日々・d03358)は全てを察した。
    「ふむ、遅かったではないか……灼滅者たちよ」
     テーブルに座り、鉄の串で炭を調整する埼玉黒毛和牛怪人。
     背を向けていた彼は、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
    「ブーッシュシュシュ、不思議か? だがプラチケを翳しながら『予約してた者ですが』と言えば自動的にこうなるのだ。まさか予約者が灼滅者だとは思わなかったがな」
    「俺も、まさか先回りされてるとは思わなかったぜ。へっへっへ」
    「肉は既に注文してある。さあ来い、あとは肉を焼くだけだ」
    「氷水につけて低温を保っているだろうな?」
    「無論」
    「よかろう」
     流れるような動作で下座にスッと座る十七条・法権(戦闘風紀委員長・d12153)。
     今更だが、到着時点で怪人が背を向けていたことからわかるように、彼もさりげなく下座で待っていたらしい。他人の席に混ざることに対する最低限の礼儀ということだろうか。
    「所で……最高級の食べ放題コースを頼んでいたようだが、稼ぎのある歳には見えんぞ。金はあるのか?」
    「え、そりゃあほら……」
     お金シグナルを出す和己だが、よく考えたら持ち合わせとかはない。今時『ツケ』もないだろう。
     すると横に控えていた中島・優子(僕らは黒ストを待っていた・d21054)がここぞとばかりに扇子を開いた。
     いや、扇子ではない。
     それはなんと……!
    「大量の札束……だと……!?」
    「『忘れられし錬金術(マネーギャザ)』の底力、とくと見るがいい。っていうか私もビビったんだけど、なにこれ。誰の金なのこれ」
    「その金額をなくしても気づかないって、どれだけ持っていたんでしょうね」
     テーブルに座り、おしぼりで手を拭き始めるアルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)。
    「恐い種類のお金じゃなかったらいいんですけど」
    「誰も不幸になってないならそれでいいですよぅ」
     同じくちょこんと正座する夢野・ゆみか(サッポロリータ・d13385)。
    「……あれ、ポテトないんですか?」
    「埼玉にポテトサービスはないのよ」
     割と上座のほうに座る結城・麻琴(陽烏の娘・d13716)。
     その様子を観察していた怪人と法権は互いの顔をちらりと見合った。
    「この中で、本格的な焼き肉店が初めてという者、もしくは適切な焼き方に自信が無い者はいるか」
    「また、上手には焼けないが自分の焼き方を貫きたいという者もだ」
     言ってから頷き会う二人。
     麻琴はおしぼりをそっと脇へ置いた。
    「焼くのは任せるわ」
     そう言いながら、メニュー表をそっと自分の後ろへ置き、不要なトレーなどを床に下げ始めた。暗黙の内に皿の片付け係を申し出ているのである。
     その様子を感心した目で眺めるフレナ・ライクリング(お気楽能天気残念ガール・d20098)。
     ワァオとか言ってた。
    「片っ端からじゃんじゃん焼くのはmistakeデス? ゴーにインすればゴーに従えデス、teach me!」
     ぱちぱちと手を叩くフレナ。
     ウルフラム・ヴィーヘルト(鋼鉄のウルフライダー・d03246)もまた、同じようにぱちんと手を合わせた。
    「YAKINIKU……正直にいって初めてだ。遠き異邦の民である私に、ご教授願い無いか。君の熱い魂をだ」
    「ふむ……」
     顎を撫でる怪人。
    「彼女らは外国人なのか?」
    「フレナの外人キャラは嘘くさいが、少なくともそうだ。聞くに、ウルフラムも焼き肉を日本版のバーベキューだと考えていた節があるらしいからな。寿司やラーメン同様、仕様を教えるべきだろう」
    「ブーッシュッシュッシュ。おもしろい。貴様らがどこまでの焼肉魂を持っているか、そのレクチャーから観察させてもらうとしよう」
     怪人は高らかに笑うと、法権へとトングを渡した。
     暗に『焼き係り』を譲ったのである。

     ここへきて、焼き肉に肩肘を張ったうっとうしい食べ物だという気持ちを抱いた方はおられようか?
     十年ほど前に酪農技術や肉貿易の発達により焼き肉の食べ放題店が増加し、日本の焼肉マナーは無きに等しいものとなった。
     しかし――。
    「肉を美味しく食べる時、いかなる人類も幸せでいられる。しかしそれが生焼けであったり、失敗して焦げた肉であった時、人々から笑顔は喪われるだろう。『ただ焼いて喰えばいい』だの『まずいのは店の肉が悪いから』だのと言い、憎しみの連鎖が広がっていく。それを是正するのが、我が使命なのだ……そのために他人の肉を奪うのは、つらかった」
    「そうだろう。焼き肉とは本来幸福であるべきもの。炭火焼きの煙で涙がでることはあっても、悲しみの涙があってはならない」
     本来の焼肉における『焼く係』とは、一般的に言えば接待役である。場の求める肉を適切に焼き、リクエストに応える。それも相手の好みを予め把握し、何も言わずとも好みのコースが皿にのっているという状態がベストだ。
     同じ立場の人間が集まったならばそれは交代して行なうか、それぞれ勝手に焼き合うだけでいい。
     しかし誰か一人がその立場を買って出たならば、肉の味や焼き加減は一任され、場の全員が幸せになれるかどうかの鍵が託されることになる。
     法権が今握っているのはトングだが、希望もまた同時に握っているのだ。
    「今日は若者や初見も多い。序盤はカルビやロースを多めに焼かせてもらう。だが油を炭へ落とすことを考えて、カイノミを加えておこう」
    「ふむ……」
    「KAINOMI……?」
     首を傾げるウルフラムに、法権は饒舌に語った。
    「おおまかに言ってバラとヒレの中間……より正確に言うならナカバラヒレ側の隅にあたる。非常に希少な部位で、油の濃厚さが特徴だ」
    「炭火で焼いている以上、食べる順番によって火の上り具合や香りの付き方がかわる。随分と、激しい焼き方をするではないか。ブッシュッシュ」
    「他にリクエストがあれば聞いておこう」
    「えっと、タン塩食べたいですぅ」
     おずおずと手を上げるゆみか。
     が、手を上げた時には既に法権のトングが彼女の更に肉を置いていた。
     油ののったタンがそのまま、である。
    「あれ? お塩お塩……」
    「いや、試しにそのまま食べてみてくれ」
     はじめは調味料を探したゆみかだったが、そう言うのならと食べてみる。
     そしてびっくりした。
     油の甘みにである。
     人は塩分を混ぜることで本能的に甘みに対し敏感になる。タンに塩を合わせるのはそれが故と言われることもある……が、新鮮なタン肉を冷水で引き締めておき、急激な油でサッと焼いた場合塩の必要性は皆無となる。
    「ゆみかは北方の生まれだったな。人は寒いと油を欲する。アイヌの血には油の甘みが遺伝子レベルで刻み込まれているとも言われ、非常に敏感だとも……どうだ? この先が楽しみになる味わいだろう」
    「おおう……私、タンそのままって初めてなんだけど、正直驚いたわ。焼き方一つで変わるものね」
     麻琴は麦茶を片手に低く唸った。
    「そうだ、マルチョウお願いできる?」
    「ふむ、店員に言えば……む、もうあるのか」
     肉の皿に円柱状の肉が沈んでいるのを見て、目を見張った。
     マルチョウとはモツ……つまり小腸部分の肉のことで、スーパーなどで市販されている開かれた状態のモツをコテッチャンやコプチャンと呼び、開かずに表裏をひっくり返しただけのものをマルチョウと呼ぶ。作業工程の面倒くささから、事前に言っておかねば出てこないケースもあるという。
     それが既にあるということは、麻琴が予約時点で既に伝えていたという可能性に至るのだが……そんなそぶりは少しもみせていなかった。
    「貴様、やりおるな……お互い、ビールが飲めない年齢なのが惜しまれるところよ」
    「ふふ。今度一緒にホルモン焼きでも行きましょ」
    「これがYAKINIKU……言葉にできないほどの、一体感……ブッシュマン、君が伝えたかったのは、これなのか?」
     静かに微笑む麻琴たちを前に、ウルフラムは心の震えを感じていた。

     そんな、濃厚な会話が展開されているテーブルのすぐ横。
     人数の問題で分けられたこちらでは、また別の焼肉ムードが展開されていた。
    「おばさん上ロース二皿……いや十皿持ってきて! もーねおばちゃんのきめ細やかな肌見てたら食欲沸いちゃって。え、おだててもマケてくんない? やーだなもー肉多めに乗ってんじゃん! おばさんツンデレ!」
     和己はにこにこしながらトングで肉をガッととって網にグワー乗せてジュゥーワー焼いてバーッと喰っていた。
     擬音語だらけ意味が分からないと思う方もおられようが、現状をこれほど適切に表現できた文章も無い。
     それほどのアバウトさであり、豪快さであり、気前の良さである。
     なにせ肉は高級肉。霜降りどころではないきめ細やかなロースとカルビが、これでもかと言うほどに網へぶち込まれていくのだ。
    「やー、やっぱ焼き肉は皆で食うに限るよね! 呑んで喰って呑んで喰って……ほいサンチュ追加! ユッケ来たよユッケ! 誰のー!?」
    「ククク、その『早すぎた黄昏(フライング・ラグナロク)』は私が召喚したものだ……あ、ついでに醤油とって」
    「ほいよ」
     やっほーユッケだぁーと言いながら卵と肉をかき混ぜる優子。
     ちなみにメニューには『肉と卵を一緒に出しておりますが火を通してお食べください絶対だぞ絶対火を通すんだぞ』と手書きされており、つまり『押すな押すな』ですね分かりますってなモンである。
    「条例をグレーゾーンでクリアしつつ、自己責任でユッケを喰う……そんな時代になっちゃったねえ。あ、『煉獄の落とし子』いる?」
    「れん……なんです?」
    「キムチだキムチ」
    「あ、いただきます。白米頂いてもいいですか?」
     只管お肉を食べ続けていたアルベルティーヌだが、貰ったキムチを少しだけお茶碗に盛った。
     さりげにご飯二杯目である。
    「麦飯あるらしいけどどうする?」
    「ではそれで」
    「オッケオッケ。あ、戦闘員さんも食べてるー? じゃんじゃん喰ってほら」
    「ブーッシュ!」
     先輩に奢って貰う若手芸人の如く首をこくこくさせながら肉を食らう戦闘員の皆さん。
     その中に混じって、フレナはきょろきょろと周りを見ていた。
    「盛り上がってきたデスねー。それじゃあワタシ歌っちゃいマスよ!」
     割り箸片手に立ち上がるフレナ。
     手を叩いてやーやー言う和己と戦闘員たち。
     どう聞いても騒音でしかない歌をバックに、全員身体を揺らしてノッていた。
     ふと気づいてカメラ目線になるアルフェルティーヌ。
    「皆さんが呑んでいるのは麦茶です。そして全員『場酔い』しています。未成年の飲酒喫煙、ダメぜったい……さ、今日はオールで行きましょう」
     サンチュに肉とキムチをまきまきしつつ、アルベルティーヌは目を光らせた。

     翌朝。
     焼き肉店は大変なことになっていた。
     来る人来る人和己が招き入れるもんだから会場内は赤ら顔のおっさんだらけになり、戦闘員たちは『隠し芸、ピラミッド!』とか言ってはしゃぎ出すしフレナは踊り出すし優子は『秘技、つばめ返し!』とか言って焼き肉をひっくり返し続けるしゆみかは〆の冷麺を数え三倍は食ってるしで大変なカオスができあがっていた。
    「いいのよいいのよ、焼き肉を美味しく……楽しく食べられるのが一番じゃない。格式ばるのもマナーを守るのも、全部そのためでしょ」
    「然様……」
     肩を並べて水(水だよ!)を煽りつつ、麻琴と怪人はしみじみとミノをつついていた。
    「ホーケンも食べるデース。肉肉野菜肉野菜デース!」
    「心配はいらん。それより野菜に拘るな。肉だけ食べていればいい。これだけ上質な肉の場合、栄養バランスは既に整っている」
     そこから流れるようにイノシン酸にまつわるうんちくを述べつつ肉をひっくり返す法権であった。
     そして場はさらなるカオスへと流れ込む。
     集まったおっさん連中がやけくそにお金を放り投げていくせいで資金があふれ、当然肉もあふれ、店側がもう肉がねえよと言うまで食い尽くした。
     その後元気の余った灼滅者と怪人は二次会のカラオケへと流れ昼まで歌って騒ぎ、最後は蕎麦屋でさっぱりしたものを食べてから解散と相成った。
     ちなみにこの『解散』のところで戦闘が行なわれ、聞くにゆみかが体得した『武州ダイナミック』が決め技となった模様である。
    「肉を囲み、一体となる。これが伝えたかったんだね、ブッシュマン……いや、灼滅者『埼武・州斗』」
    「然様。その証拠に、今貴様の身体からは焼き肉を愛する者のオーラが立ち上っているはず」
    「はっ……確かに!」
     肉と炭の臭いが服に染みついただけともとれるが、そうではない。そういうオーラである。
     頷く埼武・州斗。
    「我が使命は『焼き肉による世界平和』へとシフトした。可能なのだろう、その……武蔵坂学園でなら」
    「フ、当然」
     ここぞとばかりに決めポーズで応える優子。
     彼女の差し出した手を握り、州斗は頷いた。
    「さ、東京へ帰って……焼き肉だ!」

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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