雪降る常夏の島

    作者:卯月瀬蓮

    「ねぇ、まだ行かないの?」
     昼下がりの国際空港。ロビーのベンチで両足をブラつかせつつ、カレンは隣の母親を見上げた。鞄の中を整理していた母が顔を上げる。
    「北海道からの便が遅れたでしょ? だから、元々乗る予定だった飛行機に乗れなくなっちゃったの。今、パパが新しいチケットを取りに行ってるけど……」
    「そんなぁ~……ぁふ……」
     嘆きの語尾に小さな欠伸が加わって。眠そうに目を擦る娘の黒髪を優しく撫でながら、母親が笑う。
    「ふふ、毎日雪遊びで忙しかったものね。ママの故郷を気に入ってくれたみたいで良かったわ」
    「うん、スキー面白かったし! でも……グランパたちが『雪かきが大変だから雪はほどほどでいいんだ』って言ってたのが分かった気がするー」
     溜息を吐いて見やった窓の外は、数時間前までいた北の大地とは全然違う。
     穏やかな冬空の下でのスキーやかまくら作りは寒くてもとても楽しかったのに、北海道を発つ日になって天候は荒れ出した。数メートル先の電柱も見えない雪は、南の島で生まれ育ったカレンにとっては異世界のようで、怖かった。なのに、空港に送り届けてくれたバスも、滑走路をテキパキ除雪してちゃんと飛んだ飛行機も……まぁ時間は大幅に遅れてしまったけれど、やっぱり凄いと思う。たくさんの思い出とお土産をくれたグランパたちも、今頃は雪かきとやらに精を出しているのだろうか――。
     ……と。聞きなれた声がした気がして、母子は揃って辺りを見回した。
     ロビーの向こうから片手を上げてやって来る金髪碧眼の男性は、カレンの父親である。
    「はぁ、とりあえず何とかなったよ。……取れたのは夜の便だけどね」
    「お疲れ様。仕方ないわよ、覚悟を決めて待ちましょ」
     労う妻の隣に寄り添うように座った父と交替して、カレンはベンチから立ち上がった。
    「じゃあ、ワタシ、ちょっとその辺見てくる!」
    「こら、あんまり遠くに行くなよ。すぐ迷子になるんだから」
     ほとんど駆け出しそうな勢いの背中に掛かった父親の声に、カレンは振り返って手を振った。
    「大丈夫、ちゃんと戻ってくるよー!」

     ――父の心配が的中するのは、その十数分後のことである。
     
    ●雪降る常夏の島
    「あの……皆さんは、一部のシャドウが日本から脱出しようとしている……という話をご存知でしゅ、ですか?」
     ちょっと噛んだのをとりあえずなかったことにして、七宝・ヴィオラ(小学生エクスブレイン・dn0048)は腕に抱いていたカメのぬいぐるみを丁寧に机の上に置いた。
     替わって取り上げたのは、資料と思しき数枚のコピー用紙。差し出されたそれを各々受け取った灼滅者たちが、紙面に視線を落とした。国際空港の館内平面図と、余白には幼いが丁寧な文字で救助対象の一般人に関する特徴が纏められている。
    「シャドウは日本から帰国する外国人のソウルボードに潜み、日本国外への脱出を試みようとしています」
     サイキックアブソーバーの影響により、日本国外でのダークネスの活動は制限されている。だと言うのに、あえて国外に出ようとするのは何故なのか。目的は今もって不明である。
     ついでに、この方法で本当にシャドウが国外に出られるのかすらも、未知数だったりする。最悪、日本から離れたことでソウルボードから弾き出されたシャドウが飛行機の中で実体化……なんて可能性も否定できない。もしそうなれば、大惨事は必至だ。
    「その可能性を摘むためにも、どうかシャドウを撃退してください」
     
     今回、シャドウが潜んでいるのは、カレンという名前の10歳の女の子のソウルボードだ。彼女は両親と日本に――主に北海道に旅行に来て、乗り換えのためにこの国際空港に立ち寄っているという。
    「カレンさんは……その、ちょっと迷子になりやすいタイプみたいで、今回も……」
     土産物屋を冷やかしているうちに方向を見失ってしまうらしい。
     どのみち彼女のソウルボードに入るためには、ソウルダイブが必要だ。周囲からの邪魔が入らないように、迷子の彼女を上手く人目のないところに誘導するのが得策だろう。
     
     カレンのソウルボードに入ると、そこは雪景色である。
    「ハワイからいらっしゃったみたいなんですけど……」
    「っていうことは、マウナケアかマウナロア辺りの風景?」
     地理に詳しい者が声を上げるが、ヴィオラは首を横に降った。
    「南の島ってカンジの海辺、なんです」
     青い空、碧い海。元々の白さに、冷たい真白が被さった砂浜――そんな光景なのだという。
     常夏の島と呼ばれるハワイでも雪は降るが、それは4000メートル級の山々においてのこと。けれど、そこはソウルボードの世界、現実などお構いなしだ。
     さて、そんな風景の中に現れるシャドウは、雪だるまの格好をしている。頭と胴体、2段式のそれは北海道で作った思い出がカレンにとってあまりに楽しかったせいなのだろうか。ともあれ、雪景色の中、静かにポツンと佇んでいるのだが……。
    「皆さんが現れると、即、戦闘態勢に入ります」
     問答無用とばかりに邪魔者を排除しようとしてくるシャドウは、しかしソウルボードに籠もっているせいで、それほど強くはない。使ってくるサイキックは雪だるまらしく雪に因んでいるが、シャドウハンターのものと同程度。あとは体当たりでこちらを凍らせてくるくらいのものだ。
     又、倒すまで至らなくても、劣勢になればシャドウは撤退するという。そうすれば、一先ずは目的達成、安心だろう。
     
    「確かに、雪ってあんまりたくしゃん降るのはちょっと大変なのです……」
     でも全然降らないのもちょっと寂しい、と誰に言うでもなく呟いて、ヴィオラはぬいぐるみを抱き上げた。そうして、灼滅者たちに向き直って。
    「カレンさんの出発までには時間に余裕がありますが、あまり遅くなるとご両親が心配すると思いましゅ……」
     だから、ゆっくり急いで……、と。無表情な要望の中でただひとつ雄弁な瞳に信頼を宿し、まだ幼いエクスブレインは一礼したのだった。


    参加者
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    大神・月吼(戦狼・d01320)
    天城・桜子(淡墨桜・d01394)
    童子・祢々(影法師・d01673)
    比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)
    内山・弥太郎(覇山への道・d15775)
    光鷺・雪季(隠れ肉食ピュアラビット・d20334)
    時雨・翔(ろくでなし・d20588)

    ■リプレイ

    ●昼下がりの空港にて
     件の国際空港に到着した灼滅者たちは、すぐに二手に分かれて行動を開始した。
     シャドウが潜むソウルボードの持ち主であるカレンの誘導に動く誘導班は、十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)と天城・桜子(淡墨桜・d01394)。
     その後ろ姿を見失わない程度に間を空けて、待機班への状況連絡を担う大神・月吼(戦狼・d01320)が歩き出す。他者に怪しまれないように、旅人の外套も使用済みだ。
     ロビーの一角に残ったのは、ソウルアクセスをするための場所を確保する、待機班の5人。その中の童子・祢々(影法師・d01673)もまた、1歩を踏み出した。
    「少しこの場を離れますね」
     彼女は、清掃中の看板を用意する役目。闇纏いで周囲の視線から身を隠すと、バックヤードへと消えていく。
     連絡先は先ほど全員で携帯電話の番号とメールアドレスを交換したので、多少移動したところで問題はない。
     「じゃあ、私も行ってくるわね。……上手く株主の家族とか思ってくれないかしら」
     待機する3人の仲間をその場に残し、交渉役の比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)が休憩室カウンターに歩み寄った。時間が惜しいので、早速プラチナチケットを使う。
    「貸切にして欲しいのですが」
    「いらっしゃいませ、待合室をご予約のお客様ですね」
    「……えぇ」
     ――どうやら有料で貸切に出来る団体待合室の客だと思われたようだ。
     プラチナチケットで勘違いされる内容は相手次第。元々の狙いは微妙に外したものの、休憩室を既に利用している他の客に影響を出さずにまるっと一部屋貸し切り出来たのだから、結果オーライか。
     案内に立ってくれた受付嬢の後に続きつつ、八津葉は通路で首尾を窺っていた仲間たちを手招いた。

     ショップとレストランが入り混じる、賑やかなフロアの一角。
     ちりめん細工などの和小物を扱う土産物屋に、カレンの姿はあった。店頭の籠からちりめん生地を貼ったボールを手に取り、矯めつ眇めつしている。
     手を滑らせて転がり落ちそうになったボールを、横合いから伸びてきた手がキャッチした。
    「大丈夫?」
    「ご、ごめんなサイ。アリガト……」
     ちょっとだけぎこちない日本語で礼を言うカレンに、声をかけた少年――狭霧が、どういたしましてと笑顔を返す。スーパーバイリンガルによる英語の響きに、少女の表情が少し和らいだように見えた。
    「こんにちは! ひとり?」
     と、少年の背後からひょこっと首を出した桜子は、自然に日本語で。年下の少女の登場に、カレンはぱちぱちと瞬きをして。
    「うん。パパとママは向こう……あれ、あっちかな……で待ってる」
     既に方向感覚が狂ってるらしいあやふやな返答に少し心配になりながら、日本人2人は顔を見合わせた。
    「私たちも飛行機遅れて探検中なの!」
    「良かったら案内しよっか? ホラ、これは『空中に投げると色が変わる』って」
     POPを英語で読み上げた狭霧からボールを受け取り、カレンが投げ上げる。
    「スゴい! フシギね!」
     それまでボールの表面を包んでいた渋い紺色の青海波が、空中から落ちてきた時には鮮やかな赤に桜の散る模様に変化している。もう一度投げると再び青海波。
     キラキラと目を輝かせるカレンに、桜子と狭霧も微笑んで。
    「あ、私ね、天城桜子。桜子って呼んで?」
    「俺は狭霧、よろしくっす」
    「えと……私の名前は、カレンです」
    「えへへ、じゃあカレンお姉ちゃんだ」
     そう言ってぎゅっと手を握ってきた自分より小さなそれに、南国から来た少女ははにかむようにして笑った。

    ●少女(密航シャドウ込)誘導作戦
     通路の壁に背を預けながら、月吼は土産物屋の出入り口を眺めていた。
     視線の先、店頭には狭霧の姿だけ。店内はなかなか混みあっているようなので、少女たちが会計に並んでいる間出てきたのだろう。
     この隙に、と月吼は携帯電話を取り出した。
    「……雪季か?」
     電話の相手は、待機班の光鷺・雪季(隠れ肉食ピュアラビット・d20334)だ。首尾を問う声に軽く頷いて、
    「あぁ、こっちはカレンと接触した。そっちはどうだ?」
    『こちらもちょうど場所を確保したところよ。ただ、最初に予定していたラウンジとは別なトコになったわ。部屋の場所言うわよ?』
     雪季の言葉に、月吼はエクスブレインに持たされたフロア図を広げる。
    「あぁ……了解、フロア図でも確認した」
    『それで、』
    『一応、今、狭霧くんにもメール送ったよ~』
     受話器の向こうにいる雪季の、更に向こう側から時雨・翔(ろくでなし・d20588)の声がする。こちらにも聞かせるためか、少し声を張っているようだ。
    「聞こえた。……気づいたみたいだな、ケータイ見てる」
     何かあったらまた連絡すると伝え、月吼は通話を終了した。

     携帯電話をポケットに戻した狭霧が視線を上げると、ちょうど少女たちが戻ってくるところだった。
     視線が合った桜子に、軽く頷いて見せる。――場所確保、機は熟した。
    「ふう、いっぱい歩いて疲れたぁ。休憩しよ、カレンさん」
    「私もノドかわいた……でも、パパたちが心配してるカモ」
     桜子の無邪気な誘いに、ちょっと迷う様子のカレン。狭霧が助け舟を出す。
    「俺たちのグループで待合室を借りてるし、歩き疲れただろうから少し休むと良いっすよ」
    「うん。……あの……アトでパパたち探すの、手伝ってくれる?」
     ちょっと恥かしそうに迷子を認めたカレンに、2人は笑顔で頷いて。
     移動を始めた3人の後を、少し離れて月吼が追っていく。

    ●常夏の雪景色
    「準備はいいか?」
     月吼が待合室に揃った仲間たちに声をかけた。
     彼らの中心に置かれた背もたれのないソファの上には、カレンが横たわっている。待合室に到着して早々、八津葉の魂鎮めの風により眠りに落ちたのだ。
     そんな彼女の夢の中――ソウルボードへと、灼滅者たちが落ちていく……。

     晴れ渡った青い空。
     澄んだ碧の海に、砕けた珊瑚の白い砂浜。
     『常夏の島』の呼び名に相応しい眺めだが、辺りに漂う空気は冬の如く冷たい。
     それもそのはず、晴れている空からちらちらと雪が舞い落ちてきている。砂浜が白いのも砂の色だけでなく、それを覆っている純白の雪のせいなのだ。
    「常夏の雪景色とは、まさに夢の世界そのものですね……これがソウルボードというものですか」
     内山・弥太郎(覇山への道・d15775)も思わず感嘆の息を漏らす。
     それほどに、目の前に広がる景色は幻想的で、美しかった。だが――。
     中世的な顔立ちの弥太郎だが、スッと細められた茶の瞳には鋭さが宿る。その視線の先にあるのは、誰もいないビーチにぽつりと佇む、雪だるま。
     8人の灼滅者と3体のサーヴァントの視線を一身に集めているのを、わかっているのかいないのか……。ただただ、立ち尽くしている姿には哀愁さえ感じさせる、けれど。
    「悪いけれど、ここから出て行ってくれないかな?」
     可愛い女の子に不幸をもたらす前に――。
     翔の言葉に反応したように、雪だるまがのそりと動いた。
    「来るっすよ! 気をつけて」
     漆黒のスーツに身を包んだ狭霧が、シャドウの動きに敏感に反応。体当たりをギリギリかわし様、緋色のオーラを纏わせたナイフを閃かせる。
     同時に高速の動きで雪だるまの背後に回った桜子も、凄乃桜を一直線に引いた。
    「カレンさんに、手出しはさせないわよ――っと!!」
     人間だったら踏鞴を踏んでいるところかも知れない、フラリと揺れた雪だるまを、八津葉の静かな瞳が見つめる。まるで、その海外脱出の目的を見透かそうとでもするかのように。
    「アナタ達って……もしかして、日本の上空に用事があるんじゃないの?」
     『外国』が目的なのではなく、飛行機が飛ぶ『空』そのものに目的があるのではないかと八津葉は考えていた。
     鬼神変による自己強化を行いながらも、雪だるまの顔を注意深く見つめる。が、真っ黒な炭を埋め込んだだけの単純な表情に、動きは見られない。
    (「なぜあえて日本から遠ざかるのでしょう……」)
     一連の事件、最大の謎と言えるシャドウの目的。その糸口が少しでも見えれば、と、弥太郎は仲間たちの質問に対する雪だるまの反応を見守る。雰囲気の変化さえも見落とさないように。
    「単に国外逃亡するにしてはリスクとリターンが見合わねえな。そうするだけのリターンがあんだろ? 例えば、国外のパワースポットとかな」
     月吼は自信ありげにニヤリと笑って見せるが、実のところは演技だ。確信を持っている風を装って、相手の出方を見るつもりだったのだが……。
    (「ハズレか」)
     でも、それならそれで可能性のひとつがなくなった、というだけのこと。
     軽く肩を竦めた月吼の左腕が突然、ボコリと膨れ上がる。毛むくじゃらの腕に鋭い爪を備えた人狼の腕は、鬼神変による変化。あとは思う存分戦いを楽しもうと、高揚感に唇が弧を描く。

     相手は1体、しかもソウルボード内で弱体化しているシャドウだ。戦いのイニシアチブは終始、灼滅者側にあった。
     シャドウが攻撃する間に連携でダメージを積み重ね、回復してもその分を削り取る。
     徐々にみすぼらしくなっていく雪だるまに、ラン――雪季のライドキャリバーが機銃掃射を浴びせる。
     制約の弾丸を撃った祢々に、撃ち返された雪の弾丸。仕込まれた毒が、彼女の腕に変色を広げていく。
     痛みに涙目となった瞳を飛行帽ゴーグルに隠し、祢々は雪だるまの顔を見据える。
    「……ダイヤの指示かい?」
     一定数のシャドウが行動を起こすからには、指示したリーダーがいるのではないか――。すっかり変色した腕に構いもせずシャドウの反応を探るが、あまりに薄過ぎてわからないレベルだ。
     惜しくもディフェンスが間に合わなかった彼女の相棒――ライドキャリバーのピークが、主の仇とばかりに突進していく。
     翔の霊犬・一心の浄霊眼が祢々の魂を清め、傷を癒した。もう問題なさそうだと判断し、翔が改めて口を開く。
    「ところで、結構長い間海外に出ようとしてるみたいだけど、その割にはすぐに諦めてるよね。そう出たいわけじゃないのかな?」
     現在のところ、シャドウの国外脱出はすべて『未遂』だ。灼滅者が邪魔に入れば一応の抵抗は見せるものの危険と見れば直ぐに退き、行動に必死さが見られない。
     雪だるまの表情はやっぱり動かないが、体が小刻みに震えて見えるのは笑っているのか。
    「何を笑って……!」
     弥太郎が掲げたクルセイドソードが、強い輝きを放つ。
     視界を占めた白い破邪の光は雪だるまの胴体に亀裂を入れ、自身には聖なる加護を与えて消えた。
     ジリ、と雪だるまが後退る。逃亡の気配を、けれど、ずっとその動きを注視していた雪季は見逃さなかった。
    「逃がさないわよ! トゥエンティセンチュリーペア・ダイナミーック!!」
     細身の身体のどこにそんな力があるのか……否、ご当地愛の力か。高々と持ち上げた雪だるまを、地面へと叩きつける。
     大爆発を起こしたシャドウを、月吼が追った。人狼の腕に構えた剣に闇を纏わせ、袈裟懸けに振り下ろす。
    「……!」
     次の瞬間、シャドウの姿は跡形もなく霧散した。
     手応えは確かだったが、致命傷となったかは分からない。ただ、カレンのソウルボードからシャドウが消えたことは間違いなく、さしあたり今回の問題は解決した。
     ホッと力を抜いた灼滅者たちの視界が、薄く揺らいでいく……――。

    ●遠き空へ
     変わらない、現実世界の待合室。
     目覚めた灼滅者たちはそれぞれ身体を起こしたが、その中心のカレンはまだ眠っている。
    「……夢の中とはいえ旅行に行っていた気分ですね」
     いつもの生真面目な様子に、少しだけぼんやりとした雰囲気を漂わせた弥太郎が、溜め息を吐いた。
     夢での出来事であったが、急激に環境が変わり過ぎて、旅行疲れを感じる気がする。もしもシャドウの海外への逃亡を許した場合は、現実世界でも旅しなくてはならないのだろうか――。
    「まったく……シャドウたちは何を考えているのかしらね」
     口元に指を当て、考え込む素振りの八津葉。
     仲間の質問時にじっくりとシャドウの反応を窺っていた弥太郎も、記憶を反芻して渋い顔をする。
    「結局、反応らしい反応があったのは、時雨先輩の質問だけでしたしね」
     それさえも果たして正解だったのか、単に笑われただけなのか、怪しいものだ。
    「飛行機に乗ってみたかった……なんて可愛い目的じゃないのは確かよねぇ」
     肩を竦めた雪季の冗談に、周囲から笑いが漏れる。――まぁ、例え百億分の一くらいの確率でそうだったとしても、被害が出る可能性がある限りは止めるだろうけれど。
     年齢よりも大人びた横顔の桜子が、カレンの髪をそっと撫でる。
    「さて、あとは無事にご両親と会えればいいわね。カレンさん」
    「起こすのか? じゃあ、俺は一足先に退散しとくわ」
     カレンが目覚めた時に、あんまりゾロゾロいるのも良くねえだろ、と月吼が出入口へ歩き出した。
     確かにそろそろ起こさなければ、さぞかし両親が心配していることだろう。
    「でも、1人で行動させて、また迷子になられたら心配」
     掃除中の看板を撤去してきた祢々が、カレンの小さな肩を叩く。最初は極弱く、それでは起きないとわかれば少しだけ強めて。
     固く閉ざされていた少女の瞼が、ピクリと動く。目覚めの兆候を感じ、立ち上がった祢々が身を引いた。
    「ん……、あ、あれ?」
    「気持ちよく寝てるところ悪いけれど、時間は大丈夫かい?」
     どうにか瞼を持ち上げた、という様子で寝惚けているカレンの顔を、翔が覗き込む。
     彼の言葉に、少女の意識は一気に覚醒したようだ。ハッと起き上がると、現在時刻を確認して、
    「た、大変! 私、戻らなきゃ」
    「迷子になりそうだし、ロビーまでは案内するよ」
    「うん、心配だもの」
    「約束したしね」
     冗談めかせた翔と言葉通り心配そうな祢々、笑みを浮かべる狭霧にほっと顔を緩ませて。こくりと頷いたカレンが立ち上がった。

     果たして、少女の両親はロビーに――エクスブレインが説明していた通りのベンチにいた。が、時間が経っても戻らない娘(迷子癖アリ)を心配してだろう、父親は時折立ち上がってはキョロキョロしている。
    「あー……」
     これは怒られるかも、と顔を顰めるカレンに笑いかけて、翔が背を押す。
     1歩飛び出しかけた少女はくるりと振り返ると、
    「アリガトー! バイバイ!」
     大きく手を振るのに、祢々たちも軽く手を挙げて応える。
     身を翻し、駆け出していくカレン。両親の歓声が上がった。
    「……今度は、はぐれない様にね」
     口の中で小さく呟いた狭霧の、蒼穹の瞳にひらりと羨む色。だが、一瞬で消えたそれを誰にも悟られないままに、踵を返す。
     隣接駅へと向かう仲間たちの背を追って、3人は歩き出した。

     カレンと両親は、予定通り南の島へ帰るのだろう。
     その旅路の無事を祈りつつ、灼滅者たちは空港を後にしたのだった。

    作者:卯月瀬蓮 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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