おショウガツはニホンがいいデース

    作者:聖山葵

    「ミラ、今年の新年はおじいちゃん達と過ごすわよ」
    「エ」
     何気ない母親の言葉に、少女は固まった。
    「ちょっと待テ下サーイ、何デ、何デですカー?!」
    「発音おかしくなってるわよ? 驚く事じゃないでしょう、毎年夏の長期休暇には帰ってるじゃない」
     二十秒ほどおいて再起動を果たした少女は顔を青ざめさせ母親に掴みかかったが、掴みかかられた方はそれのどこに問題があるのかと行った態。
    「カガミモチ、カガミモチはドウなりますカ?」
    「鏡餅? ああ、いつも新年に飾ってるあの丸い……いいじゃない、今年はあっちで過ごすんだから」
    「よクありまセーン!」
     グラマラスな身体を精一杯使って抗議する少女にとって、拘りようからするとそれは譲れないものだったのだろう。
    「そもそももう飛行機のチケットもとっちゃってるんだから。聞き分けて頂戴」
     だが、明らかに母親の方は娘のこだわりを軽く見過ぎていた。
    「……嫌、デース」
    「な、何」
    「嫌モッチァァァッ!」
     そう、少女の心の天秤が均衡を保てなくなるほどの事だとは娘が変貌し出すまで気づかぬほどに。
    「ああああああっ」
     身体を包んでいた衣服がはじけ飛び、少女の身体は急速に膨らみ出す。
    「あぁぁぁっ」
     引き締まったウェストが徐々にくびれが減ってゆき、ゆるみ、たるんで複数の段状態になれば、腕も足もどんどん太くなって行く。
    「モッッチィィァァァ!」
     はち切れてしまった衣服のかわりにどこからか出現した紙垂としめ縄飾りを化粧まわしの様に身に纏い、段になったお腹の上や見えては拙い場所へちょこんとミカンや橙が乗った。
    「もっと大きく、大きくなれば飛行機には乗れないもっちぃ」
    「なんて……こと」
     ブツブツと呟くもうSUMOUレスラーと言った方が良さそうな体型の娘に母親は衝撃を受け立ちつくす。まぁ、たった数分で実の娘がここまで変貌してしまったのだ、無理もないかもしれない。
    「この時期ならもうお店で鏡餅も売ってるもっちぃね。ガッツリ食べてもっと太れば日本を出ることは不可能もっちぃ、むぅん」
    「ああぁ、ミラが……私のミラが」
     だから出来たことは、とんでもないことを言いつつガラス戸をぶち破って外に飛び出したご当地怪人の姿を見送るだけだった。
     
    「一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしている。今回は鏡餅だな」
     座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)が付け加えた一言で、聡い者と以前似通った相手と対峙した事がある者は、相手がご当地怪人であろう事を悟る。デジャヴを感じた者も居るかもしれない。
    「まさかこういう闇堕ちの仕方をするとは思いませんでしたけどね」
     とは、問題の鏡餅が好きな少女を見つけてきた秋風・紅葉(大人への階段昇りかけ・d03937)の談。
    「ともあれ、通常ならば闇堕ちした時点で人間の意識はかき消えてしまうところだが、まだそうはなっていない」
     つまり、ダークネスの力を持ちつつもダークネスになりきっていない状況なのだ。
    「故ににもし少女が灼滅者の素質を持つのであれば、闇堕ちから救い出して欲しい」
     それがかなわぬ時は完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を。
    「救える者は救いたいと思うのだよ、私は」
     腕を組み、窓の外を見ながらはるひは言う。
    「問題の少女の名は、ミラ・グリンネル。取り乱すとカタコトになってしまう癖がある高校一年生だな」
     名前からも解るとおり日本人ではないが、闇堕ちの理由もそこに起因する。
    「大好きな鏡餅と無縁の新年を過ごさねばならないことを告げられた絶望からミラは『ご当地怪人鏡モッチア』へと変貌し、屋外へと飛び出す」
     この時、外で待ち伏せていれば鏡モッチアのもつバベルの鎖に補足されないよう接触出来ると言う。
    「屋内にはミラの母親が居るが、周囲には他に誰も居ない」
     故に、人よけは母親についてのみ考えておけば良いらしい。
    「問題はご当地怪人になったミラがその場を立ち去ろうとしていることだな」
     闇堕ち一般人と接触し、人の心に呼びかければ戦闘力を低下させることも出来るのだが、話を聞いて貰うに鏡モッチアの興味を惹く必要がある。
    「一応餞別に鏡餅を用意しておいた。必要があれば使ってくれて構わない」
     言いつつはるひが教卓に置いたのは、掌にのるサイズの小さな鏡餅が飾りとプラスチックの橙付きで二セット。
    「ミラを闇堕ちから救うには、戦ってKOする必要がある」
     まず、鏡餅で気を惹き、説得して弱体化したところをいつものようにフルボッコする流れが無難かもしれない。
    「むろん、実際に救うのは君達だ。君達のやりやすい要にしてくれて構わない」
     ちなみに鏡モッチアは戦闘になるとバトルオーラ及びご当地ヒーローのサイキックに似た攻撃で応戦してくるとのこと。
    「拳での殴打が張り手になったり、キックのかわりにジャンピングヒップアタックをしかけてきたりとアレンジは加わっているがね」
     相撲取りっぽい攻撃か重量級のボディを活かした攻撃になっていると考えれば間違いはないか。
    「戦場は壁に囲まれたグリンネル邸の庭になるだろう。門は一カ所」
     家の明かりと門に備え付けられた明かりがある為、時間は夜だが明かりの心配は不要ともはるひは言う。
    「新春なので鏡餅のご当地怪人が誕生、などという事態は歓迎出来ないのでね」
     宜しく頼むよとはるひは君達に頭を下げた。
      


    参加者
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    秋風・紅葉(大人への階段昇りかけ・d03937)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    四津辺・捨六(想影・d05578)
    西園寺・奏(天使の落とし子・d06871)
    黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)

    ■リプレイ

    ●庭先で出会う
    「うーん、鏡餅単品が好きっていうのも珍しい……いや、別にそれが悪いって訳じゃないけども」
     闇堕ちしてダークネスになってしまうなら別だと、月村・アヅマ(風刃・d13869)はグリンネル邸の門前へ向かって歩きつつ思う。
    「まぁ、あのお母さんの為にもきっちり助けないといけないよな」
     家主が居るからか、鍵のかかっていない門を開けてくぐれば、窓からちらりと女性の顔が見えた。
    「お餅って恐ろしいですよね。喉に詰まらせながら食べるものですよね?」
    「はい?」
     三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)の発言をスルー出来ず振り返ってしまったのは、ツッコミ属性持ちの性か。
    「え、普通そうはならないんですか? えぅ……」
    「あー、うん。むしろ普通がそれとか問いただしてみたいような怖いような……」
     説明によってリャーナの誤解は解けただろうが、アヅマの顔は若干引きつっていて。
    「よクありまセーン!」
    「そもそももう飛行機のチケットもとっちゃってるんだから。聞き分けて頂戴」
     屋内から聞こえる言い争いは、エクスブレインが説明したとおり。おそらく、ここから問題の少女がご当地怪人と化すのだろう。
    「それにしてもお餅好きな方はどうしてこうも怪人になる率が高いのでしょうね?」
    「それは違うよ」
     庭に侵入し、ご当地怪人を待ちながら龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)の口にする疑問に前提条件が違うと言ったのは、秋風・紅葉(大人への階段昇りかけ・d03937)。
    「今回も、私がそんなこともあるんじゃないかなって思って探したから見つかった訳だし」
     お餅好きを見つけたとしても闇堕ちしない事例なら灼滅者を呼ぶ意味がない。確率が高く感じるなら闇堕ちするケースのみが語られているからであり、単なる錯覚である。
    「そろそろ、来ます」
     だから、今すべきことは闇堕ちの危機にある一人の少女を救うこと。
    (「……助け出したいな。そして、友達に」)
     仲間達に注意を促した西園寺・奏(天使の落とし子・d06871)の視線は相撲レスラーの巨体でも通れそうなガラス戸に注がれ、動かない。救いたいという気持ちは、普段の人見知りを忘れるほどだったのか。
    「あ」
    「もっちぃい」
     じっと見つめていた戸のガラスが一瞬で砕け散り、中から現れたのは餅のような白い肌をもつ巨体。
    「なんということでしょうとか言いたくなるような変貌っぷりだな。近頃はマシュマロ系女子とやらが流行ってるらしいけどこれは……」
     元の体型がどのようなものか知っているからこそ、四津辺・捨六(想影・d05578)は数秒、丁度良い名詞を探して言葉に迷う。
    「……誰、もち……ぃ?」
     一方の元少女も自宅の庭で待ち受けていた灼滅者達に面を食らい、視線を巡らせた。同時に口にした誰何の声が途中で途切れかけたのは、ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)が鏡餅のかぶり物をしていたり霊犬のマカロが頭にミニ鏡餅を載せていたからに他ならない。
    (「放っておいたらミラさんの意識は消えちゃう。何とか救い出さなきゃ」)
     少なくとも、鏡モッチアの足は止まった。黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)が口にするのは、胸中の声ではなくスレイヤーカードの封印を解く言葉。
    「SweetsParade」
     カードの封印が解け、殲術道具の重みが手の中に戻る。
    「そっちは任せるぜ」
    「よろしくなのです」
     戦いが始まるのだ。ファルケとリャーナがあんず達へ声をかけるなりモッチアが割れたガラス戸から屋内へ姿を消し。
    「とりあえずどうぞ」
    「私に? ありがともちぃ」
    「随分お冠みたいですけど、なにかあったんですか?」
     柊夜が差し出した鏡餅を受け取ったのを見届けて、アヅマは問いかけた。

    ●説得は内なる戦い
    「ふむ……要は外国には鏡餅が無いから日本から出たくない、と」
    「そうもちぃ、鏡餅あってのお正月だと思うもちぃよ」
     腕を組むご当地怪人は、アヅマの言葉にうんうんと、頷く。
    「鏡餅! あ」
     鏡餅を最初に渡したのが功を奏したのか、接触は比較的穏やかな雰囲気で幕を開けた。そう、頭にミカンをのせてポーズを取ったリャーナが草で滑り。
    「……えぅぅ」
    「だ、大丈夫もちぃ?」
     ご当地怪人に心配される程度には平和的に。
    「って、リャーナが居るって事は」
    「ああ、大丈夫だぜ」
     ご当地怪人と化した少女の母を眠らせに行っていたもう一人は、振り返った捨六へ主語を敢えて省きつつ頷くと始まった説得の光景へ目をやった。
    「なら持ってけばいいんじゃ?」
    「え」
    「ですね。日本以外で飾ってはいけないということもありませんから、むしろ世界に広める努力をするのはいかがですか」
    「別に外国に持って行ったらいけない訳でもないですし。いっその事、お爺さんにも教えてあげればいいじゃないですか。これは私の大好きなものだって」
     アヅマの呟きに固まった鏡モッチアに柊夜が提案し、アヅマもさらに言葉を続け。
    「そうですよ。和洋折衷ともいいますから、良いものだと思うならお爺ちゃん達に説明して飾ればいいじゃないですか」
    「鏡餅ってね、こういう可愛いのもあるの。おじいちゃんたちのとこに持っていって、日本にはこういう素敵なものがあるよって教えてあげるのはどうかしら?」
     奏が同意を示し、あんずはマカロに乗っかったミニ鏡餅を示してみせる。
    「あたしはね? 故郷の帯広から離れても、帯広のお菓子が大好き。離れてても大切に出来るし、大切にしてる。あなたはどうなの?」
    「日本でなくても、貴女の愛で素晴らしさを外国に伝えればいいと思います」
    「伝……える」
     最初から持って行くという考えが無かったのか、それとも灼滅者達の提案が心の琴線に触れたのか。
    「僕も日本の文化は好きです、けど伝えるにしても無理強いをしてはダメです」
    「日本文化というか、単に鏡餅が好きなだけに見えるが……ま、いいか」
     大人しくなったモッチアへと仲間がかける言葉へわざわざツッコミを入れる必要もないと思ったのか、ファルケはさらり流して歩き出す、鏡餅の素晴らしさを説くために。
    「今の貴女では、家族の皆さんにすら鏡餅の素晴らしさが伝わりません」
    「そーそ。『その姿は女の子として、いや人間としてどうなのか?』ってね」
     着ぐるみ姿で近づく間も、話の内容は変わる。ふくよかを通り越したモッチアの外見について。
    「こういう着ぐるみなら話は別だぞ」
     と、空いた手でファルケを指したのは、ご当地怪人へ手鏡を見せる捨六。少なくとも今の元少女に関しては、需要はあるとしても捨六の男の器では受け止めきれないものであって、超重量ボディに衝撃を受けて居たあたり少女の母から見てもあれは無かったのだろう。
    「逆に、ショックで日本の鏡餅を嫌いになっちゃいますよ」
    「も、もちぃ……私的には鏡餅っぽくて割と良いと思っていたもちぃ」
     弁解に滲み出るセンスはさておき、連続のダメ出しに少女の中のダークネスも流石に凹んだらしい。
    「見た目だけの問題ではなく健康に影響が出るし、食事制限が必要になれば好きな餅が食べれられなくなるぞ」
    「も、もちぃ」
     更に捨六が追い打ちをかけ。
    「ミラさんの気持ち、ちょっと分かるから否定しないわ。前にあたしも似たようなことしたことしちゃったもの」
     追い込みどころと見たか、俯くご当地怪人に理解を見せつつ、あんずは問うた。
    「でもね。あなたのこと大切に思ってくれるママのこと、心配させておいていいの?」
    「うっ」
     と。
    「それに……お爺さんに会いたくないんですか?」
    「っ」
     家族に言及されたのが決め手となったか、草の上に膝をついた鏡モッチアに向け、紅葉は呼びかける。
    「鏡餅は皆で鏡開きするから美味しいんだよ! だから自分を取り戻してミラちゃん!」
    「も、もちぃ」
     元少女の纏っていた威圧感が大幅に弱まる。
    「さあ、始めましょうか」
    「だな、少々荒療治だが容赦せずスリムに戻ってもらうとしよう」
     戦いを仕掛けるならばここ、とでも言うかのような柊夜の言に促され、捨六はバイオレンスギターのネックに手を添えた。

    ●ライヴ
    「海外であろうと鏡餅を好きな心意気は変わらねぇなら、それを貫き通せばいい教えてやろう、俺達の歌でっ」
     激しくかき鳴らされるギターの旋律をBGMに、ファルケはマイクに見立てたマテリアルロッドを握りしめる。
    「もぢっ」
     音波攻撃でもあるバイオレンスギターの生演奏で鏡モッチアが顔をしかめた直後、懐には既に拳を握りしめたあんずが居て。
    「まずは目を覚ましなさい?」
    「がっ、ぐっ、も、もち、も、っもぢっ」
     オーラの集束した両拳が弛んだご当地怪人の腹部へ連続で突き刺さった。
    「大丈夫です……来年も、再来年もチャンスはあります。一緒に日本で御餅を食べましょう? だからっ」
    「うぐっ、おのもっ」
     意気消沈していた鏡モッチアは急に始まった灼滅者達の攻撃に対処しきれず、奏から叩き付けるように振り下ろされた斧の一撃をくらってたたらを踏んだところで、アヅマのWOKシールドに跳ね飛ばされ、草の上に倒れ込む。
    「ちぃぃぃぃ?!」
     そして、転がった。体型を考えれば無理もない。
    「マカロ」
    「わうっ」
    「手伝いましょう」
    「も、もちぃぃぃぃ」
     炎の翼をはためかせる紅葉の呼びかけに応じ、マカロの撃ち込んだ六文銭と柊夜の妖冷弾で転がる巨体は更に加速する。
    「うわ、壁に跳ねてこっち来た。パス!」
    (「流石にこれは見せられないよなぁ……」)
     灼滅者達に袋叩きされているという意味でも、どう見てもボールの様な何かになってしまっている事からも、元少女の母親が眠っていてくれて良かったと、アヅマは思う。
    「おのれぇ、な、ならばこの勢いをか、借り」
    「質量の違いが戦力の決定的差でない事をぷっ」
     転がるモッチアのお尻が直撃して今度は紅葉が跳ね飛ばされ。
    「……って、痛ったーい!」
    「も、もちぃ、目が回るもちぃぃぃ」
     腰を押さえながら犠牲者が起きあがる中、加害者はまだ転がっていた。
    「……えぅ」
     リャーナも草の上に倒れていたが、此方はディフェンダー同士が味方をかばい合って起きた小さなアクシデントの犠牲である。
    「ミラさんはリャーナへ鏡餅について丁寧に説明してくれたのです」
     転んだくらいでは、己に絶対不敗の暗示が消える筈もない。
    「説明、上手だったのです。この調子でミラさんが鏡餅の伝道者になる為にも」
     殲術道具の持ち手を強く握りしめたまま、リャーナは地を蹴る。
    「歌エネルギー、チャージ完了、歌っても響かないなら、直接魂に響かせるまでっ」
     手にあったのは、ファルケが口元から離したそれと分類上同じ殲術道具。
    「刻むぜ、魂のビート。これがサウンドフォースブレイクだっ」
    「暖かい春の風よ、どうか――」
     繰り出そうとする一撃まで、奇しくも同じで。
    「くっ、なん……もちぃ? 何故海苔が」
    「そうそう。餅にはやっぱり海苔が…………って。違うし!? 影業だよ!」
    「なんだ影もちぃ、って、しま」
     身をかわそうとしたご当地怪人は、捨六の伸ばした影に絡み取られ驚きの声を上げた直後、殴りつけられて地に伏したのだった。

    ●誤算
    「後ろ! 危ない!」
     危険は去ったはずだったからこそ、あんずの警告に何人かが驚き、振り返る。
    「え?」
     もっとも、振り返ったところで何もない。
    「男子に見せるわけにはいかないわ。何とかしないと……」
     と、服がはじけ飛んでしまったミラの裸体を異性に見せない為の虚言だったのだから。
    「これが日本と海外の実力差デスカー」
     元に戻った筈なのにまだ圧倒的すぎる何かを見て唸り、口調がカタコトになったのは、紅葉一人である。
    「はっ……ほらほら! 男子はあっち見てなさいな!」
     我に返って、1mを10cm近くも越えている脅威を他者から見えない様にするまでにかかった時間がおよそ数秒。
    「どうも、アリガト、デース」
     あんずにかけられたコートの胸元を押さえつつ、救い出された少女は頭を下げた。
    「あの、僕は西園寺奏です」
    「あっちはもう大丈夫そうですね」
    「だな、じゃあ俺は中の方に」
     もう大丈夫だと見たのか、おずおずと近寄って声をかける奏の姿を視界の端に、柊夜とアヅマは一瞬だけ視線を合わせるとそれぞれ別方向に歩き出す。戦闘で荒れたであろう庭の地ならし、屋内で眠っているはずの女性、つまるところミラの母親の介抱、やることは他にもあったのだ。
    「沢山居るですか?」
    「そう。大丈夫だよ? ミラちゃんに負けないぐらいお餅ラブな子が、学園で楽しく過ごしてるから」
     自分が口にした手前、未だ警戒を解かないあんずの後ろでミラへ事情説明していた紅葉は安心させるように笑顔で頷き、手を差し伸べる。
    「ミラちゃんもお友達になってくれるかな?」
    「その、で、出来たら僕とも」
    「もちろんです」
     勇気を総動員して紅葉に続いた奏を含め、差し出された二つの手を少女は取った。
    「これから、よろしくです」
    「「え」」
     いや、取るだけに留まらない。捕まえた手を引き寄せて、引っ張られてきた二人の身体を思いっきり抱きしめたのだ。
    「ちょ、ミラちゃん苦し」
    「そう言えば、外国の人ってこういう時大胆よね」
     警戒するポーズを取って離れなかったら、ちらりと振り向いたあんずも二人同様の目にあっていたかもしれない。
    「となると、アヅマも大丈夫か? あっちはもっと――」
     ファルケが思わず屋内へ目をやったのは、あの娘にしてこの母ありなプロポーションを目撃していた一人でもあるから。
    「ありがと、ありがと、ほんとうにありがとございまーす」
    「遅かったぜ」
     外まで聞こえるような感謝の声と、誰かのもがく様な物音で何かが手遅れだったことを悟る。
    「えと、学園にようこそ……一緒に日本を守りましょうね?」
    「はーい」
    「さて、ちょっと良いか?」
     故に、予測出来たことでもあった筈だった。一段落したのか、奏と話す少女にそれを差し出したら、どうなるかなど。
    「これは?」
    「やるよ。これでいつも鏡餅と一緒だろ」
     ファルケが手渡したのは、鏡餅のキーホルダー。
    「っ、ありがとうございまーす」
     抱きついてきたのは満面の笑みを浮かべるまだ一部が圧倒的な少女。
    「ふっふっふ、さっきのリベンジーッ」
    「チョ、不意打ちとは卑怯デース」
     更にその少女に紅葉が後ろから抱きついて。
    「ドコ触ってるデスカー?!」
    「ミラちゃん柔らかいデース」
     混沌化するグリンネル家の庭。
    「うぐぐ、ですがスキンシップなら負けまセーン!」
    「うぇ?」
    「ノーマルですから私には惚れないでくださいよー?」
    「何よ、これ」
     何だか逆襲っぽいものが始まり、周囲を警戒していて良かったとあんずは思う。
    「ふぇ? えぅぅ……なんでリャーナまで」
     一歩間違えば不幸な誰かのように巻き込まれていたかも知れないのだから、あの混沌に。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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