彼方へのカルテット

    作者:時無泉

     金の長髪が弾むように揺れる。その背中には真赤なヴァイオリンケース。
     フランツィスカは片手でキャリーバッグを転がし、もう片手に買ったばかりの和菓子の入った袋を提げて、国際空港を歩いていた。
     無事に演奏会も終わり、後はオーストリアに帰るのみ。
     彼女は込み上げてきた欠伸を噛み殺せずに、そのまま大口を開けながら、仲間三人の待つロビーへ向かう。
     久々に会えた日本の友人に、いつものメンバーでの演奏。
     慣れない土地のせいか疲れは溜まっているような気もするが、それ以上に彼女は充足感でいっぱいだった。
    (「……それにしても」)
     かつかつと足音を鳴らし、彼女は気持ち頬を膨らます。
    (「せっかく日本に来たんだから、他の皆もお土産の一つや二つ買えばいいのに」)
     興味がないからか何かは知らないが、仲間は皆待っておくと言って動こうとせず、結局フランツィスカ一人で土産を見ることになったのだ。
     そんなことを考えつつ、ふとフランツィスカは足を止めた。
     見れば他の三人が座っていたはずのロビーの長椅子が空いている。
     ――あれ、どこに行ったのかしら?
     楽器を持つ三人組だ、目立たないというわけではないはずだが――彼らの姿はない。
     フランツィスカはくるくると辺りを見回してから、空の長椅子へ一つ、ため息をやった。

    「皆さん、シャドウの一部が日本から脱出しようとしているということはご存知ですか?」
     教室に集まった灼滅者達へ、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はそう声をかけた。
     日本国外ではサイキックアブソーバーの影響によりダークネスが活動することはできない。しかしシャドウは、日本から帰国する外国人のソウルボードに入り込み、国外に出ようとしているというのだ。
    「シャドウの目的は現時点ではわかりません。さらにこの方法で実際にシャドウが国外に移動できるかどうかも不明です。ですが……」
     日本から離れた事が原因でシャドウがソウルボードから弾き出され、国際線の飛行機の中で実体化する可能性があるという。
    「有り得ないと言いきれない以上……危険です」
     実体化してしまったシャドウが飛行機という閉ざされた場所で、どのように行動するかわからない。乗客がパニックに陥ることは避けられないだろうし、最悪の場合には飛行機が墜落することも考えられる。
     そうなってしまえば、乗客の命はいよいよ保証できない。
    「ですから、皆さんにはこのシャドウの日本国外への移動を阻止していただきたいんです」
     姫子は丁寧に頭を下げると、詳しい説明へと入った。
    「フランツィスカ・バイヤーさん。彼女のソウルボード内にシャドウが潜んでいます」
     オーストリア、ウィーン出身のヴァイオリン奏者だ。
    「日本のあるアマチュアオーケストラの演奏会で弦楽四重奏をしてほしい、ということで彼女の四重奏のグループがその演奏会に招待されたみたいですね」
     そのオーケストラのある一人とフランツィスカらとは親交があり、それで今回の演奏が決まったのだとか。
    「彼女のソウルボード内は、特に何かが起こっているわけではありませんが……」
     そこには彼女の故郷の古き良き街並が広がっており、そしてその街は音楽で満ちている。
     奏者や楽器を目にする事はできないが、弦を始めとした様々な楽器が、街のあちらこちらでクラシックの音色を響かせているのだ。
    「ソウルボードの中に入れば、そのうちシャドウは侵入者の排除のために皆さんの前に現れるでしょう」
     シャドウは黒色で、ピクトグラムのように簡易な人の形をしており、シャドウハンターと縛霊手のサイキックを使ってくる。
    「シャドウとの戦闘もですが、おそらく今回問題になってくるのは、ソウルアクセスをするに至るまでだと思います」
     件のフランツィスカを一人で眠らせなければならないからだ。
    「彼女は四重奏のメンバーの方三人と一緒に日本に来ていましたが、フランツィスカさんがお土産を買いに行ったときに、その方々とはぐれてしまいます」
     まず、はぐれている状況の彼女を人目のつかない場所へ誘導しなくてはならない。
     空港内のロビーにはそれなりに人がいるため、人目のない場所を探す、もしくは用意する必要がありそうだ。
     さらに彼女をうまく誘導できたとしても、彼女に何らかの不安が残るままでは自発的に眠ることはまずないだろう。その対策も考えなくてはならない。
    「彼女は音楽がお好きなようです」
     それから和菓子も好きなようだと、姫子は視線を上に向けながら言う。彼女との話の種が必要ならば、この辺りが使いやすいかもしれない。
     ちなみに、フランツィスカは簡単な日本語を聞き取り理解することまではできるが、日本語を話すことはほとんどできない。
     彼女の母国語はドイツ語。だが英語では問題なく会話できるようだ。
    「彼女の乗る飛行機は、幸い離陸まである程度時間がありますが……あまりにもたついてしまうと、間に合わないこともあるかもしれません」
     険しい口調でそう忠告した後、姫子は頬を緩めて微笑んだ。
    「どうかよろしくお願いしますね」


    参加者
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)
    四津辺・捨六(想影・d05578)
    黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)
    赤城・影司(剛炎の治癒者・d19791)
    佐見島・允(タリスマン・d22179)

    ■リプレイ


    「よし、人払いは大体こんな感じか?」
    「それじゃあ、お願いします。僕は日本語話せない方だと戦力外なので……」
     某空港内、展望デッキ出入口付近。
     そこにはプラチナチケットで空港関係者を装い、粗方人払いを終えた中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)と森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)の姿があった。
     心太の足元に立てられているのは「清掃中」の看板。
     展望デッキは、最上階という位置からかはたまた時間の関係からか、人はそこまで多くはなかった。また、余裕はあるとはいえフランツィスカが飛行機にのるまでという一応の時間の縛りもあり、ゆっくり場所を探すには少々不安な面もある。始めから目星をつけていた展望デッキが誘導するための場所として無難な所だろう、そう彼らは判断した。
    「戦力外ってことはねぇと思うけどよ。いいぜ、伝言は任された!」
     歯を見せて笑い、自身の胸をどんと叩く銀都。
     言葉の通り、彼らは誘導場所を用意すると同時に、あと一つ空港関係者としてやらなければならないことがあった。
    「それにしても、まだ海外逃亡しようとするしゃどうが居たんですね。結局何が目的なんでしょうか?」
    「まっ、逃げるにしろ増援呼ぶにしろ、見逃すわけにはいかねぇからな。キッチリけりつけてやるぜ、俺の正義の心で!」
     そんな心太と銀都のやりとりの後。銀都はデッキを離れ階段を降りて行き、その姿を見届けた心太はおもむろに携帯電話を取り出した。
    「もしもし、四津辺先輩ですか。……はい、一応場所が確保できました。展望デッキです、接触組の方々に伝えてください――」

    「ヤベェ……マジでヤベェ……」
     所変わって出発ロビー。普段より小綺麗な服装に身を包む佐見島・允(タリスマン・d22179)の表情は硬く、ひどく青ざめていた。
    (「いくらESP使うつったって、嘘ついてナンパ? ……俺マジでうまくやれんのか?」)
     頭を抱えてひたすら深呼吸する様に彼がいかに緊張しているかを伺える。
    「まあ、かなり緊張する依頼だな。いろんな意味で」
     東堂・秋五(君と見た夕焼け・d10836)も允ほどではないが不安気に頭を抱えていた。
    「だけどとりあえずは黄瀬乃がいてよかった。男だけだと本当にただのナンパになるところだったし」
     そんな苦笑いの秋五の言葉に、黄瀬乃・毬亞(アリバイ崩しの探偵・d09167)はにこりと笑う。
    「私紅一点ですからね。でも男の方って頼りになりますから、安心ですよ」
     小学生らしい笑顔に反し毬亞はかなり落ち着いた振る舞いを見せていた。
     そこにつかつかと金髪の女性が現れる。フランツィスカだ。
    (「オーストリアのブロンドバイオリニストか……こういう事でもねぇと絶対に接点なんかねーだろーな」)
     彼女の背中の赤いケースを見ながら、允は自分も四角いケースを肩に背負ってから短く息を吐きだす。深呼吸の成果かいくらか表情もほぐれてきたようだ。
     と、ふいに秋五が携帯電話を取り出し画面を覗いた。
    「ちょっと待ってくれ、接触の前に……四津辺から連絡だ。展望デッキに誘導してくれ、だと」
    「ん、わーった」
    「展望デッキですね、わかりました」
     頷く二人。そして誰からともなく目配せし合うと、彼らはフランツィスカの方へと歩み寄った。


    「ハローおねーさん、それバイオリン弾くの? コンサートかなんか?」
     長椅子の前で立ち尽くしていたフランツィスカに、ラブフェロモンを使いながら允が声をかけ、秋五は允を指さしながらすかさずハイパーリンガルでフォローする。
    『すいません、少しいいですか? こいつが貴女のファンだとかで、どうしても貴女とお話したいそうなんです』
    『こんにちは。私も音楽は好きなので、貴女のお話、ぜひ聞いてみたいです』
     毬亞も同じくハイパーリンガルを使い話しかける。
    「出発までお暇だったら休憩がてら話しませんか」
     否定の返事を与えない、断定気味の発言にキメ顔の允。
     フランツィスカは一瞬だけきょとんとした表情だったが、すぐにラブフェロモンの効果か表情が綻ぶ。しかし手放しでは喜べないのか、やや眉を下げた形で口を開いた。
    『あらありがとう。そうね、とても嬉しいんだけど……』
    「すみません、そちらフランツィスカ・バイヤーさんですか?」
     するとそこに唐突に割って入った声。銀都だった。
    「同行者の方から伝言を承っています。時間まで他の場所でお茶をしている、とのことです」
     呆れたような、しかし安堵のような息をついた彼女を見て、銀都は元の持ち場へと戻っていく。空港関係者にしては若いとフランツィスカは思ったようだが、それは毬亞と允が「日本人は若く見えるものだ」ということで丸く収めた。彼女に残っていた不安はこの伝言で大きく解消されたことだろう。
    『ここで立ちっぱなしも何ですから、移動しませんか? 展望デッキなんか眺めもよくていいと思いますけど』
    『そうですね、せっかく空港にいますし』
     秋五の提案に毬亞がのると、フランツィスカも快く了承した。

     彼らから少し離れたところで、スマートフォンをいじりつつ接触の様子を見ていた四津辺・捨六(想影・d05578)は、歩き出した彼らを見てほっと息をついた。
     ひとまず誘導まではスムーズに進んでいる。
     彼は接触組と人払い組の連絡の中継と、接触のフォロー役を担っていた。
    (「……万が一のためのフォローとは言えものすごいあぶれた感じがするな。まあ、俺にはお似合いだろうけど」)
     いずれにせよシャドウの妨害をするに越したことはない。
    (「そうだな、誘導がうまくいったって、銀都達に連絡しておくか」)
     すいすいと画面を操作し、捨六はスマホを耳にあてがう。
    「あー、俺。誘導は成功。そろそろそっちにフランツィスカさんが行くと思うから、よろしく――」

     他にも捨六と同じく接触の成功に安堵する者達が、フランツィスカらのすぐ後ろにいた。
    「さて、儂らもついて行こうかの」
    「あとは眠らせてソウルボード……ゆうんにダイブするわけやな」
     彼女達の後を追うのは八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)と赤城・影司(剛炎の治癒者・d19791)。捨六と違いフランツィスカとかなり近い距離にいるが、旅人の外套と闇纏いによりその気配を彼女が察知することはない。
     彼らは今回の作戦において、最終手段となるだろう魂鎮めの風を使う者達だった。
    「たまにはこういう影のお仕事もええやろうな。縁の下の力持ちがワシの持ち味ってーもんだ」
     前方を歩く接触組とフランツィスカを見、何か助力することがあればと、辺りを隅々まで見渡す影司。
    「儂らが何もせんでも何事もなくフランツィスカ殿が眠ってくれれば一番良いがのう。……ふむ、移動には念のため気を付けておこう」
     柔和な微笑を浮かべる源一郎は、ゆるりと歩を進める。
     万が一にも他の人に疑われないように。また、いつでも魂鎮めの風を使えるように。
     二人は慎重にフランツィスカの後を追う。

    『そういえばあなたが持ってるの、楽器よね。……サックスかしら? あなたも音楽やってるの?』
     移動の合間、フランツィスカの方から允に話しかけてきた。
    「そ、そうなんすよ! アマチュア四人でスカバンドやってて、実費で演奏旅行っす」
     最も允のサックスは借りてきたものではあるが。
     允の言葉は秋五が通訳しフランツィスカに伝える。出身がオーストリアと聞いてからは、彼は積極的にドイツ語を使っていた。
    『楽器といえば、ヴァイオリンみたいな楽器って保存にも気を使うって話を聞きますよね』
    『そうね、でも私は特別保存を意識したことはないかしら……極端な気候とかは避けるけどね。普通の手入れしかしてないと思う』
     音楽の話から彼女が買った豆大福の話まで。彼らがフランツィスカと話す中で、彼女はすっかり気を許した笑顔を見せていた。
     フランツィスカらが最上階に現れる。捨六からの連絡を受け待機していた心太と銀都は、さりげなく清掃中の札を隠して彼らとその後ろの源一郎と影司とを展望デッキへ通し。
     捨六も少し後から展望デッキに上がり、やはり壁際で、スマートフォンを操作してフランツィスカに疑念を抱かれることのないようにしながら様子を伺う。
    『もしかして、少しお疲れですか?』
     欠伸を漏らしたフランツィスカに、秋五がデッキに設置された椅子を勧めれば、そこからはあっと言う間だった。
     彼女はその椅子に座り、伸びをする。
     そして接触組が少し彼女から離れたかと思うと、程なくして笑顔の毬亞と、手で丸を作る允の姿があった。
     もともと疲れていたのだろう。展望デッキという場所ではあったが、彼女はすっかり眠り込んでいた。
    「さてと。じゃあ行くか」
     捨六の言葉に、一同は深く頷いた。


     視界が開け、意識がはっきりしてくる。
     気がつけば彼らはウィーンの街に立っていた。
    「ソウルボードっちゅうんはここか」
     影司が辺りを見回す。
     広い石畳の通りに、並んでいるのは白い外壁の建物。それは一様に同じ形ではなく、窓の周りに細工がなされたいかにも歴史を感じさせるようなものもあれば、シンプルで現代風のものもちらほらとある。
     通りの中央には見上げるほどの大きさの像が建ち。
     さらに遠くを見れば、モザイクの様な模様の屋根と荘厳な細工の塔がちらりと視界に入ってくる。
     まるで街全体が一つの美術品のようだ。
    「……ほう」
     源一郎は興味深そうに街並を見つめる。
     そして歓迎するように街のどこかから聞こえてきたのは、軽やかながら華々しい印象を与える弦のメロディ。
    「ここが外国ですか。すごい、空気まで日本と違いますね」
     深く息を吸ってから、流れる演奏に耳を傾けた心太はぽつりと。
    「なるほど、外国では音楽が常に流れているのですね」
     心太の勘違いを察した毬亞はくすりと微笑み。允も表情を緩めた。
    「音楽が常に流れてるかってーと違う気がするけどよ。まあ確かに、いい感じの街並みと音色だよな」
     が、そんな穏やかな時間も、しなやかに建物の影から姿を現した黒によって終わりを迎える。
     現れたシャドウへ素早く槍の先を向ける秋五。
    「ようやくご対面だな。平和は乱すが正義は守るものっ! 中島九十三式・銀都参上! 出国前の身分証明書を提示してもらおーかっ」
     びしっと人差し指を突き付ける銀都。途端風が刃となりシャドウを襲い、間髪入れずに秋五が妖の槍をねじ込むように突き立てる。
    「いち、に、さん……っと」
     心太は低音の小気味良いリズムに合わせてステップを踏み、くるりと回転を加えシールドを影に叩きつける。
    「怪我せんようにの」
     そんな心太へ影司は盾の光を飛ばす。
    「シャドウ、悪いが邪魔をさせてもらおうか」
     源一郎は微笑みを崩さず両手を敵へとかざし、オーラを放つ。黒の簡易な体はオーラによりよたりと揺れるが、そのまま音一つなく飛び出すと、心太へと勢いよく黒拳を振り抜く。
    「一体何企んでるか知らないが……オルフェウスとか関係あったりする?」
     捨六の問いに影は答えなかった。元々良い返事を期待していたわけでもないゆえに、影に返答の気がないと悟ると、捨六は迷わずクルセイドソードを振るう。
     木管の伸びのある旋律を耳にしながら、その後も数回シャドウとの攻防が続く。灼滅者達八人の攻めに、シャドウは押されつつある。
     聴こえていた弦のメロディは、次第に速くなっていく。
     影司の影が鋭く立ち上がり、その切先がシャドウへ走る。足をばたつかせるようにして動きシャドウはその刃を避けたものの。
    「この魔法の矢を、避けられますか?」
     移動したちょうどそこに、毬亞のマジックミサイルが狙い違わず放たれる。
    「全く俺のフランさんに迷惑かけてんじゃねーぞこの棒人間が!」
     允はというと先程からがみがみ言いながら防護符を飛ばしている。
     秋五はそんな允にやれやれと苦笑しつつ、敵に接近、ロッドを叩きつける。刹那シャドウに流れこんだ魔力が爆発。その衝撃に黒い身体は石畳の上に倒れ込む。
     が、シャドウはすぐに立ちあがると自らの体を揺らし弾丸を生み出そうとする。
    「俺の正義が深紅に燃えるっ! 正義を示せと無駄に叫ぶっ! くらいやがれ、必殺! これが黄泉路へのパスポートだっ」
     しかしそれより早く燃えさかる銀都の炎がシャドウを焼き尽くし、ほぼ同時に異形と化した源一郎の半腕がシャドウを頭から叩き伏せた。
     ぷるぷると首を振りつつ、もたつきながら立ち上がるシャドウ。
     一瞬間が空いた、かと思うとそれは飛び跳ねるようにそそくさと街の奥へ姿を消して行った。
    「ま、これで目標達成だな」
     構えていた剣を下ろす捨六に、秋五は首を縦に振りながら静かに額の汗を拭った。


     目覚めたフランツィスカを、灼滅者達は出発ロビーまで見送りに来ていた。
     彼女が乗る予定の飛行機の時間には間に合った。ついでにはぐれていた四重奏のメンバーとは搭乗する飛行機が同じであるから、もう近いうちに彼女は仲間と合流できるだろう。
    「フランさん……お元気で」
     フランツィスカとの別れに唇を噛み締める允。
    「いつか貴女の演奏も実際に聴いてみたいですね」
     毬亞の言葉にフランツィスカはぜひ、と毬亞の手を握り微笑んだ。
    「お客様!」
     銀都が駆けてくる。そしてフランツィスカに何かを手渡した。
    「今回の旅行は楽しめましたか? ぜひまた日本に来てくださいね」
     爽やかなスマイルを浮かべる彼が渡したのは日本の風景が描かれた絵葉書だった。
     フランツィスカの表情がぱっと明るくなる。
    「Danke schön……アリガトウ!」
     その言葉と輝く笑顔は允、秋五、毬亞と銀都に、また、彼らの後ろにいた心太、ESPを解除した源一郎と影司、壁際の捨六にも届いた。
     そして彼女はひらりと手を振って。金髪をなびかせ彼らに背を向けた。
    「フランさん、いつかまた会えっかな……。次までにクラシック勉強しとくか……」
     名残惜しそうに彼女の後ろ姿を見つめ、楽器ケースを握りしめる允に、秋五はやはり困ったように笑い。
     それでも彼の様子とフランツィスカの笑顔を思えば、不思議と心の奥にくすぶっていた罪悪感も薄らぐような気がした。
    「もう普通に出歩いてもええよな、土産でも買ってこかな」
     始終周りを支えることに徹してきた影司が、こきりと骨を鳴らしてから歩き出す。
    「折角空港に来たんだし、俺も何か買って帰ろうかな」
     捨六はスマートフォンをしまいこんで、小さく笑った。

     人は知らない。
     遥か彼方ウィーンの街も、この空港も航空機も、そしてフランツィスカも。
     彼らによって守られたのだということを。

    作者:時無泉 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月26日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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