ざくり、ざくりと暗い山道を、ひょろりと背が高く痩せぎすの青年が歩く。懐中電灯のささやかな光のみが頼り。その足取りには迷いがあり、その顔は不安に満ちていた。周囲に満ちるのは虫の音と、おそらく小さな野生の獣だけ。懐中電灯を握る手は自然強くなり、汗ばむ。
どれくらい歩けば人里にたどり着くだろう。
何のしるべもなく青年はとにかく足を止めることをしなかった。その甲斐あって、突如視界は開け、彼はひなびた山村にたどり着いた。夜であるのに、電気がついている家は一軒もなかったが青年は構わず、まろぶように一番手前の家へと近づいた。
やっと孤独から解放される!
青年は気付かない。村の手前で獣達の気配が途切れたことも、うるさく鳴いていた気の早い鈴虫の声すら聞こえなくなっていることに。
雨戸を叩こうとした青年の手は目的を果たすことなく、地に落ちる。
青年が手を伸ばすよりも先に雨戸を突き破った腕が、容赦なく青年に襲い掛かったのだ。
青年の絶命の声を聞く人間は誰もいなかった。
「どうせ声を掛けるなら、どこか遊びに行く約束がしたかったんだけど……」
そんなことも言ってられない、と須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は顔を引き締め、皆の顔を見る。
「ずーっと山奥の村にゾンビがいるの。数は10体だよ」
戦場となるのは、山側に面した縁側の前。
殺された青年はたまたまそこから村へ入ったわけだが、そもそも村への道はとうに閉ざされ、比較的歩ける道というのがそこしかないのだ。
縁側の前は、手入れをする人間など当然おらず、荒れて草も伸び放題ではあるが、開けた土地だ。きっと人が住んでいた頃であれば、車を4,5台は停められただろう広さ。
「足元には十分気をつけてね。草も伸び放題だけど、石ころだっていっぱい転がってるよ」
隠れる場所は、点在する家の中しかないが、1体のゾンビが暴れ始めれば、間違いなくその場へ全員出てくることだろう。
「この中でボスが1体いて、一度掴まれると強い力で叩きつけられることになるから気をつけてね」
他のゾンビは普通に襲い掛かってくる。知性的な行動を取らないのが救いといえば救いかもしれない。
「気をつけていってらっしゃい! みんななら絶対大丈夫だよ!」
事件を解決して無事帰ってくると信じて、まりんは笑顔で送り出した。
参加者 | |
---|---|
虚神・祢音(中学生ダンピール・d00846) |
玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882) |
宮廻・絢矢(アンハッピーバレット・d01017) |
二神・雪紗(ノークエスチョンズ・ビフォー・d01780) |
藤枝・丹(六連の星・d02142) |
クロエ・マトーショリカ(夜と朝の境界・d02168) |
風見・遥(眠り狼・d02698) |
火倉・紅姫(優しいヤンキー・d05484) |
●静かすぎる道を抜けて
一人ぼっちの青年の歩いた後を辿るように、それぞれが手に光を持ち、暗い山道を抜け村へと辿りつく。
「こない寂し所やけ、皆で集まったんかな」
玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)はひとりごちる。村へ通じる道はとうにないことは元より承知。けれど、道中、この先に本当に人が住んでいたのか、と思えるほどに人がいた形跡が見当たらない。
「イチ先輩、あそこじゃないっすか?」
続いて山から出てきた藤枝・丹(六連の星・d02142)は、手前に見える家を指差した。
風見・遥(眠り狼・d02698)は、ベルトに下げた懐中電灯の位置を確認する。
「――ん、それじゃ往くか」
周囲を警戒しながらゆっくりと家へと近づいてゆく。二神・雪紗(ノークエスチョンズ・ビフォー・d01780)も、いつ何時襲われるか分からないと警戒を怠らず、陣形に気を配りながら進んだ。
朽ちかけた家の縁側の前、一部分だけ不自然に草が踏みしだかれているのが、暗がりの中でもわかった。あえて進めば、その中央に変わり果てた青年の姿。
火倉・紅姫(優しいヤンキー・d05484)は短く黙祷すると、青年を戦場となるであろう場から遠ざけた。
携えた光と星あかりだけが頼り。虚神・祢音(中学生ダンピール・d00846)は、土を蹴り、足を摺って足場を確認すると適当な場所に電池式のランタンを置いた。そろりとした動作には初仕事を気負う様子が見られた。
それにしても、とクロエ・マトーショリカ(夜と朝の境界・d02168)はアンニュイな溜息を吐く。
「ゾンビが相手なんて、なんだかロマンチックじゃないわねぇ? ……ま、被害が広がる前にアタシ達でブッ倒しましょ!」
ぐっと振り上げても優美さが欠けることない逞しい腕。その想いに応ずるように皆頷いた。
不気味な静けさを放つ村の雰囲気に中てられ、ドキドキと脈打つ己の胸の鼓動を聞く。宮廻・絢矢(アンハッピーバレット・d01017)はぶるりと身体を震わせた。山奥の廃村なんて、ホラーゲームみたいだなぁときょろきょろと周囲を見回す。
「大きな音を立てたら来るって言うなら歌ってみましょうか?」
冗談めかして言うクロエに、このドキドキが終わるならいいかなぁと思った瞬間、ぎしっと床の軋む音が聞こえた。
緊張が高まる。八つの光が縁側の前にあり、誰も家には上がっていない。確かめる間も縁側はぎしぎしっと軋みを立てている。移動速度はなかなかに早いようだ。視線を向ければ、闇の向こうで黒い影がぞろりと動くのが見えた。人影のようではあるが『人』でないことを肌が訴える。
「わああああ! 出たあああ!! ……って何だゾンビか!」
勢いのままに絶叫して、頭を振る絢矢。ヘッドライトがまるでサイレンのようにちかちかと動く。しかし、その正体を見極めてすんなり落ち着きを取り戻した。幽霊は苦手だが、倒せる相手に恐れはない。
●秘めた力を解き放て
「さぁ、死神の時間だ!」
祢音はスレイヤーカードに封じ込めた力を解き放つ。ひらりと闇をさらに深く染めた漆黒のコートを翻し、罪深き大鎌を一閃する。
「おののけダークネス、私は貴様らの天敵だ」
差し迫るゾンビに宣言し、高揚から口元に笑みを刷く。そこには村へ入った折りの不安の色はもはや見えない。
「見おおせ」
低い呟きとともに一浄は力を解放し、家屋からようやく出てきたゾンビを鋭く見据える。数は8体とまずは同数だ。この中にボスがいるかどうかまだわからない。
「ほんまに団体さんや、これは忙しなぁ」
「さっさと出て来いよ」
思いのほか短かったかくれんぼ。ベルトに結わえた腰の鈴を鳴らす。丹達の下へ誘う明確な導として、かしましく鳴り響いた。待ちわびていた敵に放たれるのは先制の矢。凝縮された魔法の矢はあやまたずゾンビを襲う。その一撃を皮切りに戦闘が始まった。
「そっち行くよ!」
びっくりしたのは間違いだ、と言わんばかりに絢矢は機敏に動く。一斉に襲いかかってこようとするゾンビ達が横一列に並んだ瞬間を見逃さず、バレットストームをお見舞いする。銃弾の嵐をものともせずゾンビ達の攻撃の手は緩まない。
しかしそれは灼滅者達も同じこと。
あたかも燕が飛ぶように。一浄の放つ手裏剣が迫り来るゾンビの足首を切り裂く。
「距離、問題無。……トリガー」
素早く照準を合わせ、後衛に控える雪紗がトリガーを引く。苛烈な光がバランスを崩し倒れ落ちそうなゾンビを撃つ。
「10時方向の敵。ダメージが蓄積している。止めを刺したまえ!」
「刀の錆になるとヤだから、サクっとやられてくれるー?」
「ぐぉおお!!」
雪紗の指示を聞き、遥はかかってくるゾンビをあえて引き込むように柳のようにゆるりと躱し、すかさず腱を断つ。
「一気に潰してやらぁ!!!」
ライドキャリバーに騎乗する紅姫が吼える。彼の周囲に漂う光の輪が目にも止まらぬ早さで動きを止められたゾンビを両断する。
山にこだます歌声は地上のものとは思えず、心のさらに奥底の心を震わす。心を失くし、何も感じぬはずの存在にすら訴えかけ、子守唄のように眠りに誘う。
「さァ、気を引き締めていくわよ……!」
眠りに落とし込みながら、クロエは戦いはこれからだと鼓舞する。
「私の咎よ、闇を切り裂け!」
祢音の喚び声に応じ、闇より浮かび上がる無数の刃。その刃は命なき者を屠るために振るわれる。
●潜むボスを探して
小さな灯りだけが頼りの闇の中、人と人であった者達が戦っている。
初手の優勢がいつまでも続くわけではない。単調ではあるが、がむしゃらに向かってくる者を相手取るのは、理性がある者を相手にするより遥かに困難だ。
「ちっ」
乱戦の中、誰が舌打ちしたかも分からない。
後衛が十分に警戒をし不意を突かれることはなかったが、村のいずこからかやってきたゾンビもすでに参戦していた。
のしかかってくるゾンビを蹴り飛ばし、丹は日本刀を上段から振り切る。素早く重い剣戟でぶった斬った。
「まだまだ終わりじゃないから――穿て!」
「死んだ後も迷惑かけるなんて悪い人達だねぇ、もう一回死ね」
酷薄な響き。絢矢はしつこく起き上がろうとするゾンビを睨めつけ、止めとばかりに燃え爆ぜる魔力の弾を連射する。
「ぐあっ! へっ、おもしれぇ!」
強烈な一撃を見舞われ、紅姫はあとずさる。
「おら、次はおめぇだ! もっと楽しませろ!」
手こずってるとは思えないほど生き生きとした様子で紅姫は戦う。鋭い眼光をさらに鋭くし、ゾンビの背後に回り込み、無防備な背を斬り裂く。
「目標のダメージを深刻と確認……これにてQEDだ」
バスターライフルを構える雪紗は、静かに確実に仕事をこなす。弾に込められるのは、これまで深く閉ざし凝っていた心。想いを解き放つように漆黒の弾丸が放たれ、ゾンビを貫いた。
「ほぉら、逃さへんよ」
赤い燕が鮮やかな軌跡を描きながら滑空する。宿していた残りの力を僅かばかり糧にして滅ぼす。
着実に敵を減らし、そろそろボスを特定したいものだと灼滅者達は戦いの中、それらしき存在を探す。すでに10体出揃い、残すは5体となっている。
「燃えろっ!」
祢音の短かな裂帛。炎を纏った大鎌がゾンビを切り裂く。大鎌を伝い炎はゾンビを包み込む。
燃え盛る体にまるで怯え暴れるゾンビの前に、遥が立ちはだかる。
「くっ……!」
持ち前のバランス感覚も文字通り死に物狂いの相手には通用しなかった。振り回される腕を受け、それでもなんとか堪えて踏ん張る。
「ぐぉおおお!!」
本能が教えるのか隙と読み、最後の一撃を繰り出すゾンビ。遥は大きく振りかぶられた腕の内側に踏み込み、目にも止まらぬ斬撃で斬って捨てた。
「回復はアタシ達に任せて頂戴!」
そろそろ正念場。ここで誰ひとり倒れるわけにはいかない。クロエの清らな歌声が傷ついた仲間を癒す。
「親分はんや、気ぃつけてなぁ」
「あいつだよ!」
一浄と絢矢の声が重なる。二人は視線を交わし、絢矢のブレイジングバーストが火を噴く。まるで目印のように炎がまとわりつく。
●この苦しみを終わらせて
戦闘の中、知らず緩んでいた空気が一瞬にして引き締まる。
祢音はゾンビ達の様子を一瞥し燃えるボスを睨む。すでに目標の半数は撃破している。大鎌をひと振り。現れたのは赤く輝く逆十字。ボスと認定したゾンビを引き裂きにかかる。
「最後にとっとく必要もないな」
丹はニッと笑い、祢音に倣う。ペキペキっと夏の暑さもまだ残る中、氷結の音が響く。元より温度など感じないゾンビたちの反応は鈍い。周囲の熱が唐突に奪われようと気づくことはなく、身体は凍結させられていた。
こうまでしてもまだ倒れないボスに警戒し、雪紗は他の3体への攻撃を優先した。たとえ1体でも、こちらへの攻撃が軽減されれば良い。支援に徹し、バスタービームで狙い撃つ。
遥はトラウナックルでボスの更なる弱体化を狙う。刃に宿る影がこのゾンビに何を見せるのか、それは誰にもわからない。
パキンっと音が弾け、横合いから遥が殴打される。ディフェンダーとして打たれ強いとはいえ、強撃であったことに変わりない。
「おい、大丈夫か?」
焦る声で紅姫から小さな光輪が放たれ、遥の守りを固め、受けた傷を癒した。お互い頑張る青少年。守ってやんよとは言わない。
掴みかかってこようとするボスに一浄はにこりと笑んだ。
「そない焦りなはんな。ちゃあんと終わらしたるさかい」
さらけ出された横腹を斬り裂いた。
ボスは倒してもまだ気を抜けない。残りの3体が力を削ぎ落とされながらもまだなお動いている。絢矢は一気に片を付けるとばかりにガトリングガンを連射した。雪紗もバスターライフルを構え、撃ち込んだ。最後まで気を抜かず丹は大地を蹴り、雲耀剣で最後の1体を切り伏せる。
長いようで短い戦いは終わった。
「これでお仕舞い……俺が、鎮魂歌で送ってやるな……」
クロエの歌声が響く。報われぬ人々へのせめての手向け。黄泉路へ送る祈りの歌を──。
「久しぶりに体動かしたぜぇ」
紅姫は腕を回して伸びをする。
「まあ、なんつーか夏の終わりの肝試しみたいな?」
満身創痍になりながら、誰も大きな痛手を受けず、倒れることも闇落ちすることもなく終わったことに丹は安堵の息をつく。
「埋葬とかいるかねぇ?」
戦いの最中に漏らした言葉に偽りはなく、懐紙で刃を拭い払う遥。殺された青年や倒したゾンビ達の遺骸を見る。
「あそこまでひどいと『走馬灯使い』も使えないなぁ」
損傷がひどく青年を街へ帰すことも出来ない。話し合い、全員の埋葬をするのは骨が折れると軽く土をかけるだけに止めた。それが終わると遥は縁側に、この村までの地図を置いておく。願わくば盛大な迷子が訪れませんように。
「此処じゃ送り火も焚いたれへんけぇ。これで堪忍なぁ」
一浄は岩間に白檀の香を一本供える。
ゆるくとたなびく白い煙を見送った。
作者:黒井椿 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 11
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