見捨てられた傷跡に。

    作者:雪月花

    「あれ下田さん、上靴見付かったの?」
     取り巻きを連れた気の強そうなクラスメイトの登場に、汚れた上靴を洗っていた少女は身を竦める。
    「何してるの?」
    「――あぁ、坂口さん。下田さんが上履き見付かったみたいだから」
     振り向いたリーダー格の生徒が、少し驚いたように坂口と呼ばれた生徒の顔を見た後、軽く説明した。
    「かずみちゃん……」
     上履きを洗っていた少女は声を震わせる。
    「可哀想だよね、下田さんばっかり色々隠されて」
    「ほーんと、誰が盗ってるのかなぁ」
     坂口・和美はニヤニヤしている彼女達を追い越して行った。
    「みっともないね、美央」
    「か、和美ちゃ……」
     蔑みの視線に射られ、下田・美央は泣きそうになる。
    「誰に盗られたか分かってるのに、文句のひとつも言えないなんてさ」
    「あっ……!」
     やおら美央の髪を掴んだ和美は、流れっ放しの水に彼女の頭を突っ込んだ。
    「ぅぶ……っや、やべで……!」
     パァンと威勢のいい音が響く。
     誰も動けなかった。
     びしょ濡れで倒れた美央の頬は、真っ赤に腫れていた。
    「あー、やんなっちゃう。苛めてる奴も苛められてる奴も、ウジウジウジウジしちゃって。あんた達も影でコソコソやってないで、もっと堂々としたらどうなの?」
    「え、ぁ……」
    「一回やってみれば慣れちゃうって! 前、私にやらせたみたいにね。ほらほら、早くやってみなさいよ」
     和美は突っ立っていた生徒の手を強引に引っ張り、美央のところへ連れて行く。
    「や、やめて……やだぁ!」
     泣き叫ぶ美央に、和美はせせら笑っていた。
     
     天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)は灼滅者達に笑顔を見せた。
    「みんな、集まってくれたんだね! 早速依頼の話をしたいんだけど、途中でトチらないようにがんばるよ」
     カノンは深呼吸し、真剣な顔をする。
    「私達『病院』が戦っていたシャドウ・贖罪のオルフェウスについては、もうご存知かと思いますが……サイキックアブソーバーのお陰で、またオルフェウスの足跡を見付けることが出来ました」
     オルフェウスは人のソウルボードを利用し、心の中にある罪の意識を奪って闇堕ちを助長している。
    「彼の手に落ちてしまった人々は、罪の意識を忘れて悪行をエスカレートさせていきます」
     今回オルフェウスの標的と判明したのは、ある地方に住む坂口・和美という中学2年生の少女だという。
    「和美さんは下田・美央さんという幼馴染がいて、2学期の始まりくらいまでは仲良しだったようです。でも、大人しい美央さんがいじめを受けるようになって、和美さんもいじめっ子に加担を強いられたのです」
     始めは無視などを強要され、いじめグループに逆らえず従ってしまった後悔が、オルフェウスに付け入られたのだ。
     良心の呵責を忘れた和美は率先して美央をいじめるようになり、いじめグループも引いてしまうくらいの状態だという。
     
    「和美さんは通っている学校から徒歩10分くらいの一軒家にお住まいです。お部屋は2階ですが、戸締りのゆるい田舎なので、和美さんが夜眠っている間にベランダから忍び込めるでしょう」
     和美のソウルボードに入ると、彼女は体育館の舞台に向かって懺悔しているという。
    「懺悔を普通に邪魔すると、和美さんは醜いセーラー服姿のお化けのようになってしまい、皆さんを攻撃してきます。なので、忘れてしまった罪を受け入れるように説得して頂けますか?」
     そうすれば、和美とは別にシャドウのようなダークネスもどきが現れる。
    「この状態なら、ただ邪魔した時より敵の戦闘力も下がって戦うのも少し楽になります。でも、相手は和美さんを狙ってくるので、守りながら戦う必要があります」
     和美がダークネスもどきに殺されてしまうと、モドキに吸収されて敵は本来の力を取り戻してしまう。
    「セーラー服のお化け状態の場合、かなり凶暴で汚れた上履きや教科書を投げつけてきたり、相手の頭を掴んで振り回したりします。和美さんを説得出来た場合は、威力や暴れ方がちょっと大人しくなるようですね」
     説得に成功した場合はモドキから和美を守る必要が出てくるが、それにも注意が必要だ。
    「この夢の中では、和美さんを庇うという想いが一番強い人が必ず庇うことが出来ます。ただ、庇った時に受けるダメージは通常の2倍になってしまうのです」
     説得に成功した場合、目覚めた時に今までの罪の意識に苛まれる可能性がある。
    「……何かフォローをしてあげられると、良いんじゃないかな? でも、説得出来なかったり夢の中で和美さんが倒されちゃうと罪の意識をなくしたままだから、その場合は下手に手を出さない方が良いかもね」
     素に戻ったカノンは、ちょっと心配そうだ。
    「気を付けるのはこれくらいかな。あ、みんなミーティングしてから出掛ける? ならお菓子でも食べながらがんばってね! なにかあったかな~」
     カノンは仁左衛門に備え付けの冷蔵庫を漁り始めた。


    参加者
    羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)
    ヘカテー・ガルゴノータス(深更の三叉路・d05022)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865)
    ラナーク・エンタイル(アウトロー・d14814)
    六道・重巳(無口な詩人・d18017)
    仁科・あさひ(明日の乙女・d19523)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)

    ■リプレイ

    ●帳の影に
     人々が寝静まり、通りの街灯だけが寂しく灯りを落とす夜。
     彼らは件の家に侵入していた。
    「(病院にはまだ疑問があるが、オルフェウスってやつの行動が掴めたのはいいことかもな)」
     家人を起こさないよう、小声で零したのはラナーク・エンタイル(アウトロー・d14814)。
     和美の部屋は女の子らしい内装だったけれど、鞄や最近使われたものは随分無造作な様子で置かれている。
     それが彼女の今の心を示しているようで……ヘカテー・ガルゴノータス(深更の三叉路・d05022)は金の瞳に思案を浮かべた。
     人は自ら思う程強くはなれないが、弱さを知る分他人に優しくなれる筈と信じると同時に、別の思いも湧き上がる。
    (「……人を堕落させるのがオルフェウスのやり方か。許し難いことだ」)
     肝心の和美は、ベッドで寝息を立てていた。
    「(こういう悲しい話、終わる日は来るんでしょうか……?)」
     穏やかに見える姿を緑の瞳に捉え、羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)は悲しげに目を伏せる。
    (「ねえ、先生……僕の苛めに加担していた彼らも……彼女と、同じだったのかな?」)
     六道・重巳(無口な詩人・d18017)は和美を見下ろしていた。
     彼は昔、低い声を種にいじめられる側の立場だった。
     守ろうとしてくれた人もいたのは救いだったけれど。
     千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)も思うところがあるようだが、変わらずゆるりと笑みを浮かべているだけだ。
    (「私は運が良かったのかな……?」)
     今までいじめられたことはなかったと、高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865)は振り返る。
    (「けど……うん、仲良し同士が引き裂かれるのはダメだから、せめて仲直りのきっかけを作ろう!」)
     小さな胸に抱いた真っ直ぐな決意に、緋月の眉がきりりと上がる。
     普段はのんびりした雰囲気の仁科・あさひ(明日の乙女・d19523)は、道中も口数が少なかった。
    「(後悔の念を消す、か。間違わない人なんていない。そこから明日を考えてこそ……だもん。なんとかしなきゃね)」
     そう呟いた彼女の胸には、オルフェウスに対する怒りがふつふつと湧いていた。
    「(……いじめってさ、加害者と被害者に分かれるものだと思ってたよ。でも今回は、二人とも被害者なんだね)」
     今回は2人とも被害者だ、とやり切れなく感じて白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)も視線を落とす。
    「(……酷いよ、こんなの)」
     それを終わらせる為に。
     重巳と緋月のソウルアクセスが、灼滅者達を導いた。

    ●祈りか、悔いか
     そこは、ありふれた体育館。
     幕の引かれた舞台を前に、跪き祈りを捧げるような体勢の少女の姿が見えた。
    (「さて、気合入れなきゃね」)
     スニーカーを履いた七緒の爪先が、体育館の床をトントンと叩く。
     音と近付く気配に、和美が顔を上げ、振り返った。
    「あんた達、何処から来たの?」
    「まぁ、落ち着いて」
     剣呑な空気を醸す和美を、七緒は柔らかく制止する。
    「僕達の話、聞いてくれないかな?」
     続けて純人が出て、視線を交わした緋月が口を開く。
    「なんで……いじめっ子の言いなりになったのかな?」
     和美は射るように緋月を凝視した。
    「怖かった? 自分もいじめられるんじゃないかって?」
    「……」
    「でもアナタが怖いってことは、美央さんはもっと怖かったんじゃないの?」
     押し黙ったままの和美。
    「……なんで、下田さんに直接謝らないの……?」
     重巳が思い切って声を上げた時、少女の顔が醜く歪んだ。
    「は? なんであたしが美央に謝らなきゃなんないの?」
    (「罪悪感がなくなると、こうなっちゃうんだ……」)
     以前なら萎縮してしまったかも知れない高圧的な態度も、重巳は静かに見ていた。
     今の彼には大切なものがあり、大切な人がいる。
    「本当に……自分の痛みを避けるために、友達を売っていいの……?」
    「売る……?」
     和美が反芻する。
    「ねぇ、坂口さん。下田さんって、あなたにとってどういう存在だったの?」
     今度は純人が尋ねた。
    「傷付けていい存在? 踏み躙っていい存在? 仲良く過ごしていた日々は、全部嘘だった?」
    「……」
    「……違うよね。あなたが初めて下田さんのいじめに加わってしまった時の気持ちを、思い出してみて。……そんなこと、したくなかった筈だよ」
     だからこそ、誘いのままに罪の意識を投げ出してしまったのだ。
    「でも、そんなの何の解決にもならない。罪を忘れたって、心が傷付くことに変わりはないんだから」
     緋月も言葉を重ねる。
    「忘れようとしたって、絶対に忘れられる筈はない!」
     最後には、大分力が篭っていた。
     和美はといえば、言われたことを処理し切れていないような表情を浮かべていた。
    「とても不安そうな、心苦しそうな顔をされてらっしゃいますね。何か打ち明けて楽になるようなことでもありましたら、お伺いしますが」
     そんな彼女に、智恵美は優しく声を掛ける。
     一遍に色々言われると感情も高ぶるだろうし、素直に受け止められないかも知れないと、彼女は聞き役になってフォローするつもりだった。
    「そんなこと言われても……」
     罪の意識を捨てた和美は、返す言葉が見付からないようだ。
     でも、なくなってしまった訳じゃない。
    「和美、本当は後悔してるんだよね。だったら、その気持ちを忘れちゃだめ」
     真剣な色を湛えた赤い瞳で、あさひが訴え掛ける。
     深く頷き、ヘカテーも言葉を重ねる。
    「誰が君を責めたてるのか。和美、君自身だろう? そんなにも後悔しているのに、まだ本当の自分から目を逸らすのか? 自分自身を見つめてみろ」
     言葉の力強さに、和美の瞳が微かに狼狽の色を浮かべた。
     ヘカテーは更に押す。
    「かつて仲良しだった美央に、今最も辛く当たっているのは誰だ?」
     固まっている和美に、緩い笑みを浮かべたまま七緒が声を掛ける。
    「誰もが強いわけじゃない。助けられなくても仕方ないよ。……いっそ自分からいじめる側に回っちゃえば楽だよね」
     言葉尻に、少し含みを持たせて笑みを深くするも、今度は真っ直ぐに和美の目を射て。
    「でも、そんな風に割り切れなかったから、ずっと悔やんでいるんでしょう? そんな気持ち捨ててしまいたくなるくらいに」
    「少しでも思うことがあるなら……『現実に』目を向けるべきなんじゃないかな?」
     皆の言葉を受けて重巳が忠告する。
    「誰だって心は弱い。だから誰かと繋がっていたい……そう思うんだ」
     小さく項垂れるように、緋月が呟いた。
     七緒は和美の本心であろう想いに、肯定を示しながら続ける。
    「君はあんな事がしたかったわけじゃない。助けたくても少し勇気が足りなくて、どうすればいいか、わからなくなってただけじゃないかな。
     ならその懺悔は、こんな所に捨てちゃ駄目だよ」
    「……」
     立ち尽くす和美に、やや焦れたようなラナークが直球を投げる。
    「お前は本当は、どうしたいんだ?」
    「どうって」
    「お前自身が、本当にいじめがしたいのかどうかっていうことだ」
     逸る気持ちを抑えながら、ラナークは続けた。
    「……あたし、別にいじめてるつもりないよ。ただ、見ててイライラするのよ。美央も、あいつらも」
     罪の意識というストッパーを失って、あんなことになってしまったのだろう。
     智恵美は優しい表情のまま告げる。
    「きっと、そのお友達は今でもあなたの救いを待っているはずですよ」
    「……救い?」
    「そいつがまだ生きてんなら、やり直せるチャンスはあるぜ」
     不思議そうに呟く和美に、ラナークは口角を上げて告げた。
    「本当に慣れちゃうとね、心が痛みを感じなくなる。想像してみて、笑ったまま誰かを傷つける自分を、誰かの泣き顔を楽しむ自分を」
     続けるあさひは、何処か寂しそうに言って。
    「……それは素敵な人だって思えた? そうじゃないなら……自分で選ばなきゃ。まだ和美ちゃんは自分のあり方を選べるよ」
    「あたしの……あり方……」
     呟く和美の瞳に、純粋な光が宿る。
    「あたし……?」
     はっと目を見開くと、その顔は青褪めていく。
    「なんで、あんなこと……」
     思わず膝を突き、震える少女に追い討ちを掛けるよう舞台の幕が開いた。
    『アハハハハ、アンタモ弱虫ダッタネェ……!』
     もくもくと立ち込めた煙が形を成しながら、ダークネス『モドキ』は和美をあざ笑う。
     セーラー服を着た不恰好なお化けが、そのままのっしりと舞台を降り、和美へと腕を伸ばした。
     しかし、その腕はヘカテーによって遮られる。
    「和美は必ず守ってみせる」
     モドキの攻撃に自動的に解放された殲術道具に身を包み、ヘカテーは不敵な笑みを浮かべた。
    「ゴミだ。掃除しなきゃ」
     とうとう現れた敵に、純人は冷たい目で呟く。
    「やり方がえげつないね? 私、今回はシリアスだよ? 怒ってんだからね!」
     眦を吊り上げたあさひが、スレイヤーカードを掲げる。
    「ready to go!」
    「私は詠う 千の詩(うた) 私は紡ぐ 万の文字」
     まるで校内暴力の塊のような敵を、それでも視線を逸らさずに重巳は灼滅者としての力と殲術道具を解放した。
    「Lame de Silver cas de res」
     その言葉を口にすると、緋月の手に二振りの愛剣『noblesse oblige』と『Noisy Silver Resonance』が握られた。
    「the die tell you die」
     笑みさえ浮かべながら、ラナークは結晶のように美しいWOKシールド『crystal radiance』を手の甲に装着する。
    「待ってたんだよ、思いっきりやれんのをさ!」
    「和美を後ろへ」
     幾分真剣さを増した瞳で、七緒が仲間達に告げる。
     すかさずスナイパーの重巳、メディックのラナークと純人が自分達の布陣より後方に和美を運んだ。

    ●夢で知る現実
     落書きされた教科書が宙を舞う。
     緋月の神霊剣が道を切り拓くように見えない敵の霊魂を切り裂き、
    (「私の役目は、みんなが和美を守っている間にあいつを倒すことよ!」)
     あさひが後を繋ぐようにバベルブレイカーのジェット噴射でモドキの懐に飛び込んだ。
     大きな杭は、狙い違わずバベルの鎖が薄い場所を打ち抜く。
     ラナークは癒しの矢を味方に向け、回復と共に命中率を高めていく。
     胸に鮮やかな紫のクラブの印を浮かべた重巳の足元に咲く影の花、『ジリオ・ネーロ』が敵に牙を剥き、モドキは奇妙な叫び声を上げた。
     純人は契約の指輪を通して、自らの魂の奥底から引き出した闇の力をヘカテーに注ぎ込んだ。
     智恵美と七緒、ヘカテーが和美を庇う中、戦いは激しくなっていく。
    「あなたは絶対に倒します」
     人の気持ちに付け込むシャドウの尖兵を強く睨み、智恵美は雲耀剣を放つ。
     許せない、その思いがたおやかな腕から苛烈な攻撃を生み出した。
     投げつけられる上履きを、滑り込んだ七緒が受け止める。
     小さく悲鳴を上げた和美に、彼は振り返った。
    「守り通してみせますとも」
     ――二人の女の子の未来と、仲間の願いを背負ってんだよ。
    「チッ、こりゃ攻撃に回ってはいられないな」
    「穢れ、早く消えろ」
     ラナークと純人は忙しくヒールサイキックで味方を癒し続ける。
    「いいもんだよね、仲間って」
     そんな彼らに支えられ、七緒は一瞬微笑を浮かべた。
    「でも……もう少しだよ!」
     相手の劣勢を見た緋月が、けたたましくモーター音を上げる『Noisy Silver Resonance』を振り下ろすと同時に、マテリアルロッドを握り締めたあさひがフォースブレイクを叩き込む。
    「……ここにてめぇの居場所はねえ」
     魔力の奔流に蹂躙されるモドキに狙いを定め、心の深淵に潜む想念を漆黒の弾丸にして重巳が撃ち放つ。
     その一撃はモドキの急所を捉えたようで、激しいダメージを受けたモドキはもんどり打ってひっくり返った。
    『ナンデ……アタシ、マチガッテナイ……』
     最後まで自分の間違いを認めないまま、モドキはどろどろと形を失っていった。
    「あ……」
     和美が顔を上げる。
     皆の視界が、白んでいった。

    ●目覚め
     景色が変わり、目に馴染んでいくと同時に、灼滅者達は小さな嗚咽に気が付く。
     目を覚ました和美は、ベッドの上で蹲り泣いていた。
     自分の行いに押し潰されそうな彼女を受け止め、落ち着くまで灼滅者達は見守る。
    「その後悔を忘れないで。違う道に一歩踏み出すのって勇気が要るけど……本当は皆出来るはずの事だから」
     おおらかな表情に戻ったあさひが、優しく声を掛ける。
    「……1本だけでは折れる矢も、3本ならば折れない」
     重巳の呟きは小さなものだったが、和美は視線を上げる。
    「それと一緒だよ……。一緒に戦って支えてくれる人が居れば、心強いんだ」
     その目を見る彼の小さな瞳は、純真で優しい光を宿していた。
    「……下田さんと、仲直りしてみたら?」
    「え……」
     重巳の提案に、和美の瞳が揺れる。
    「下田さんにしっかりと今の自分の気持ちを伝えて、謝ろう……? そうすれば絶対大丈夫! ……なんて、簡単には言えないけどさ」
     純人はちょっと眉を下げた。
    「でもね、その気持ちを抱えたままじゃ、きっと二人とも辛いばかりだから。下田さんのためにも、坂口さん自身のためにも……頑張って、みよう?」
    「美央には簡単に受け入れては貰えないかもだけど、邪魔は入らないと思うよ」
    「え……」
     目を白黒させる和美に、七緒は悪戯っぽくクスリと笑った。
    「今の君に物申せる奴なんていないんじゃない?」
    「あの……あなたの行動にいじめっ子さん達少しびびってたみたいですよ」
     ちょっと言い難そうに告げた智恵美の言葉に、和美は真っ赤になった。
    「きっと強気な態度で行けば、上手いようにいくと思います」
    「……ぁぅ」
    「和美はちゃんと良心を持ってるじゃないか。それを忘れなければまたきっと変われる。自分の汚さと弱さを知ってるから、もう優しさと強さを忘れない。だから大丈夫さ」
     ヘカテーはそう言って彼女の背を押す。
     皆の言葉伝わったのか、和美は目を腫らしたまま、こくりと頷いた。
    「さ、シャドウもどき退治も終わったし、他の誰かに見つかってしゃーどうしようってなる前に帰ろうか」
     あさひが明るく笑った。

     澄んだ冬の空気が頬を撫でる。
     和美のこれからを見届けることは出来ないけれど。
     彼らは取り戻し、触れたのだ……本人も見捨ててしまった傷跡に。
    (「先生……これで、いいんだよね?」)
     心で問う重巳に、緋月が笑い掛けた。
    「大丈夫だよ。きっと、美央さんとまた仲良くなれるよ」
    「あぁ、和美は根っからの悪じゃない。まだ変われる筈だ」
     ヘカテーも、静かに頷いた。
    「昔話に出来るといいよね」
     彼女達も他の経験者も、とまでは口にせず、七緒は目を細める。
    「……そうだね」
     希望的観測かも知れないけれど、重巳の胸には清々しい風が吹いたた。
     満天の星の下、灼滅者達は歩いていく。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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