紫炎の残照~首なし地蔵と剣豪

    作者:遊悠

    ●獣
     獣がいる。
     獣が悠然と夜の街を歩いている。
     遠巻きに見るならば大型の犬のように見えるその獣は、しかし明らかに尋常ならざる様子を漂わせている。鋭い爪と牙はただ獲物を狩るには、如何にも獰悪すぎた。標的を見定めるはずの強かな眼光は、墨汁を零したような空虚の眼孔だった。そして何より――白く美しい体毛にへばりつくような紫の炎が、夜の街に残照となって照り映えていた。
     はた、と。
     異形の獣は足を止め暗黒の眼で空を見つめた。
     そして吠える。空へと向けて。空に浮ぶ下弦の月へと向けて。虚しき遠吠えは、建物から建物へと残響する。
     獣の遠吠えは『畏れ』を好む。古の時代より忌み嫌われ、時に禁忌として語り継がれる『畏れ』を好む。
     遠吠えに見初められたこの地の『畏れ』は、地縛の鎖を纏いながらこの世に顕現する。畏れの放つ言葉なき慟哭は、現世に対する呪詛が秘められている。
     チンッ――と鍔鳴りの音と共にそれは形を成した。
     古い時代の浪人のような立ち姿。『三尺左五平』――それが『畏れ』の名。
     『畏れ』の顕現を背に紫炎を纏う獣は、やはり悠然と街を去り行く。
     ――獣は『スサノオ』と呼ばれていた。


    「ある地方の首なし地蔵に纏わる伝承――みんなは知ってる?」
     教室に現れた汀・葉子(中学生エクスブレイン・dn0042)は――何故か肩身狭そうに小さくなりながら――いきなり本題を切り出した。
    「仙台の街には首なし地蔵っていうのがあって、その昔伊達藩の剣豪『本田左五平』という人が、妖怪退治を行っていたんだけど。妖怪を斬ったと思ったら、それが実はお地蔵様の首だった――とか、おおまかに言えばそんな感じの伝承よ」
     スパッ。
     葉子は首を斬るかのような動作を仰々しく行う。
    「お地蔵様の悪戯だったのか、妖怪が変わり身にしたのか。事の顛末は解らないけど、『お地蔵様の首を斬り落とした』っていう結果だけが畏怖の対象として語り継がれられているみたいね」
     葉子は言葉を並べながら、黒板に絵を描く。よく解らない毛むくじゃらだ。
    「それが『古の畏れ』として仙台の街に産み落とされたわ。その原因は新宿でみんなが闘った、スサノオちゃんって奴の同類みたいなのよ」
     謎の毛むくじゃらはスサノオを描いたものらしい。
    「古の畏れの名は『三尺左五平』さん。さっきも言った伊達藩の剣豪さんね。彼は首なし地蔵に近づく一般人の人に襲い掛かるの――本来は高潔で立派なお侍さんよ。でもその豪胆さが畏怖の対象となってしまった。だからそれを怒り、暴走しているのね」
     スサノオに呼び起こされなければ、そんな事もなかったろうに。遣る瀬無く葉子は首を振る。
    「彼は一振りの日本刀と共に有無を言わさず襲い掛かってくるわ。たった一人でね。だから、全員で掛ればそこまでの脅威はないかも知れないけど……彼は古の剣豪――それも居合の達人なの。お地蔵様のようにいきなり首を刎ねられる事なんて無いと思うけど、注意が必要ね。怒らせたり、卑怯な真似をするとちょっと厄介な事になるかも知れないわさ。正々堂々が一番って事ね」
     あ、そうそう――と葉子が思い出したかのように付け加える。
    「今回は香川のご当地ヒーロー、荒木うどん琢磨先輩も同行するって言ってたわ。ご当地怪人が相手じゃないけど、ご当地の危機には駆けつけるぜッ!……だって。皆で巧く扱ってあげてね」
     宜しくお願いします、と葉子は集まった面々に頭を下げた。
     不意に――ある一つの疑問が葉子へと提示される。『古の畏れもそうだが、その元凶は放っておいてもいいのか?』――と。
    「うーん。確かにそうなんだわさ。でも、この子何だか予知しにくいのよね……勿論、スサノオは武蔵坂学園にとっても大きな脅威となるから、放ってはおけないわ。だからこそ、一つずつ足跡を辿って行く事が大事なんじゃないかしら。そうすれば、きっと皆はスサノオへと辿り着けるはずよ。だから、ね。頑張ろう、頑張って、灼滅者!」
     葉子は景気よく発破をかけた。


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    赤倉・明(月花繚乱・d01101)
    篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    流鏑馬・アオト(蒼穹の解放者・d04348)
    出雲・八奈(赤瞳・d09854)
    佐見島・允(タリスマン・d22179)
    蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)

    ■リプレイ

    ●死線
     木枯しの吹き荒び、木々はサワサワと寂しげに鳴る。
     首無し地蔵のある境内には、三尺ほど――一メートル弱の――小さな影が存在した。その影は大地から伸びる鎖に繋がれて、木枯しに揺られていた。
     ジャリ、ジャリ。
     風の音だけだったはずの世界に、玉砂利を踏む小気味良い音が入り込む。そして境内に九つの影が差した。
    「わっ、本当に小さい……」
     待ち構えていた小柄な存在に驚き声をあげるのは篠原・小鳩(ピジョンブラッド・d01768) だ。その後から、流鏑馬・アオト(蒼穹の解放者・d04348)が持参したランプを照らし、影の正体を明らかなものとした。
     三尺ほどの背丈を持つそれは、一見すれ時代劇に出てくる――少々みすぼらしい――侍のような井出達をしている。それが異質なものに思えるのは、腰に携える刀が背丈よりも随分と大きい為だ。鞘の先には滑車のようなものがついている。
    「……今宵の獲物は、また豪勢のよ」
     しゃがれた低い声は木枯しよりも寒く感じられた。
    「さあ、参れ。末成り童が束となった処で何程の事やあらん。首の落とし甲斐もないわ!」
     左五平は徐に居合いの構えを取ると、灼滅者の悉くに凄まじい殺気が向けられた。ただ一歩踏み出す事が、死地へ赴くかのような重圧に思える程だ。
    「あらま、問答無用ってわけっすねぇ――ま、解ってた事っすけど。殲具解放!」
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が戦闘態勢に入ると、灼滅者達は左五平を取り囲むように広がる。
     が――近づけない。
    「(踏み込むことは容易い……だが、不用意に近づけば斬られる。皆そう感じているんだ)」
     そう述懐する森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)も、初手を指しあぐねている。左五平は不動の像と化したまま、殺気と緊張感だけが辺りに充満していく。
     その中で赤倉・明(月花繚乱・d01101)が仲間に目配せを行いながら、前へ出た。
    「我が名は赤倉明。互いの刃に誇りを賭け、いざ勝負」
     刀を構えながらの正々堂々とした名乗りだ。しかし、その背にはじっとりとした汗が滲み始める。幼き頃から剣の道の身を寄せていた明だからこそ解る、互いの間合いに潜む魔の存在。見誤れば――。
    「末成りどもの集まりと思うたが、女しょうの剣士が潜んでいたか。面白い」
     不動の左五平を、明は注意深く観察する。その時間は数秒程の短さだったが、剣筋の間合いを計るには充分な時間だった。
    「(これなら、斬り込める――)」
     そう確信した明は、じわりじわりと間合いを詰める。如何に相手が早業の使い手だろうと、身長差はそのまま間合いの差となる。距離外から機先を制すれば、先に一太刀打ち込むのは自分であるはずだ。
     距離が縮む程に、緊張の糸は張りに張る。そして――。
    「我が一太刀、受けていただきます」
     緊迫が弾ける。ここはもう自分の間合い。渾身の初太刀、雲耀剣――だが、明は驚くべき光景を目の当たりにする。小柄なはずだった左五平の身体が、一瞬で膨張したように見えたのだ。
    「(跳っ――!?)」
     左五平の小躯が明へ向けて跳躍した――彼女がそう気づいた時には、既に一太刀の機会を逸していた。明が仕掛けるまさにその瞬間を狙い、左五平は自らの跳躍と奇策を以って、自身の間合いを大きく広げると共に、絶妙だったはずの仕掛けを狂わせたのだ。
     このまま打ち込むか止まるか、それとも退くか? 明は迫り来る死線の刹那に、選択を強いられ――!
     ――パチンッ。
     明の首元に、横一文字。炎の華が狂い咲いた。


    ●剣戟
    「か、はっ――!」
     明は間一髪で背後へ跳び退いていた。だが首元の薄皮は一文字に裂かれ、そこからは傷の証である炎が噴出している。もしも判断を誤っていたのなら――目の端にとまるのは、首の無い地蔵の姿。明の背筋に寒いものが走った。
    「ちょっ……何今の。全然見えなかったんだけど。三尺の人間の動きじゃねーぞこれ!」
     何時の間にやらお札や数珠を取り出している佐見島・允(タリスマン・d22179) は左五平の剣捌きに舌を巻く。
    「本田の居合い、白刃を曝すは無粋の極み。鍔鳴りのみにて――」
     パチン――パチンッ。
    「失敬」
    「っ――あっ……!?」
     続け様に、明に十字の炎が刻まれるように見えた。
    「アレやべぇって、オイあらきー!」
     允の声を聞いた荒木・琢磨(高校生ご当地ヒーロー・dn0018)は即座に回復の体勢に入る。
    「任せておけ! 技を借りるぜ後輩!――必殺! 凱旋門ヒーリングでございありまするでしょう! こうか!?」
     奇妙な日本語を操るフランス国籍らしい後輩から授かった戦術至難を、琢磨は自分なりに噛み砕いて使用しているが、効果の程は定かでは無い。
    「何故、凱旋門……」
     小鳩の突っ込みは尤もなものだったが、今は追及している余裕はなさそうだ。
    「つ、ぅ……やはり、簡単にはいきませんね……」
     繰り出された琢磨とアオトの回復によって、明は辛うじて膝を付かずにいた。しかし既に満身創痍と言っても過言ではない。
    「剣士はこちらにもいましてよ!」
     このままではいけないと、蔵守・華乃(レッドアイ・d22909)は左五平の前に躍り出て、斬艦刀を振り下ろす。
     ――パチン。
     だが鍔鳴りの音と共に、刃の軌道が逸らされた。灼滅者達の目に止まらなかった為定かではないが、抜き打ちをそのまま剣戟とする無茶な事をされたのだろう。だが結果として左五平に反撃の好機を与えてしまう。
     パチィ――ン……。
     再び鍔鳴りの音が響くと――そこには両断された水牛の影が存在していた。
     咄嗟に影喰らいを目晦ましとして使って事なきを得た華乃は、たまらず一歩退き体勢を整える。
    「凄まじい剣の腕だね。だけど俺の弓だって負けてないよ流鏑馬の家で代々伝えてきた弓術なんだ。それに――」
     華乃が退いたのと同時に、アオトのキャリバー『スレイプニル』が突撃を仕掛ける!
    「そっちが武士道なら、こっちは騎士道精神に溢れる頼もしい相棒がいてね!」
     アオトは弓矢の援護を交えて、左五平の動きを止めるためキャリバーとの連携を行う。
     ――パチッ、パチチチッ……ィン。
     だが、その連携も鍔鳴りのみで寄せ付けない。弾き飛ばされたスレイプニルは、ギャリギャリと土と噛み地蔵に激突した。
    「スレイっ……狙い定めたわけじゃないけど、飛んで来る矢を刀で弾くって何さそれ……!?」
    「本田の剣はいくさ場の剣。いくさ場の矢は、雨の如く降り注ぐでな」
     左五平の居合いは、結界と呼んでも差し支えない程に冴え渡っていた。明らかに人間の成し得る範疇ではない。これが古の畏れとしての力なのか。
     その“結界”と、左五平自身の軽業が相俟って、一行は決定打らしい決定打を与えられずにいた。放たれた小鳩のフォースブレイクも足を殺ぐには至らない。
    「どうにかして、動きを止めないと……」
     小鳩の呟きに呼応したかのように、傷ついた明を守っていた出雲・八奈(赤瞳・d09854)は高らかに叫んだ。
    「お侍さん、斬るべき化生が此処にいるよ」

    ●木石の化生
    「化生とな?」
     左五平の視線が八奈へと向けられる。
     八奈は妖然とした雰囲気で笑う。出来るだけ妖しく、怪しく、危しく。そこには何らかの考えがあるようだった。
    「私は出雲のヤナダ――勇敢なお侍さん、無辜の民を切るのがお侍さんの生き方? 違うよね」
    「おお、出雲……何だか頼もしいぜ! いい考えあるなら、早く終わらせよう、そして家に帰りたい」
     允は八奈の思惑を理解せずとも、何とかしてくれそうな雰囲気に小さく呟いた。
     くるり。
     左五平は允を見た。
    「ん……えっ」
     左五平は真っ直ぐに允に突撃してくる。
    「何。……いや、オイ、何!?」
     允は慌てて逃げる。
    「女を矢面に立たせ、何と情けなし。木石にも劣る、男の風上にも置けぬ奴。化生の前に斬り捨ててくれる」
    「ええええっ、地獄耳すぎね!? じゃなくて、もしかして地雷踏んだんじゃねーの、コレェ!?」
     パチン。
    「ぅおおーーっ!?」
     允はすぐさま追いつかれ、鍔鳴りの餌食となった。弾き飛ばされた後、どしゃりと嫌な音を立てて、境内へ落ちた。
     動かない。
    「――生温いわ。待っておれ、今胴と首を綺麗に切り離してくれる故の」
     地に伏せる允へ向けて、左五平は居合いの構えを取る――。
    「もう一度言うよ、わたしは出雲の八蛇――」
    「ムッ」
     居合いが放たれた、まさにその瞬間。允の前に八奈が立ち塞がった。
    「お侍さんが、切るべきは――わ、た……し――目を曇らせてないで――その生き様を私に魅せろ!」
     左五平の横薙ぎの一閃は、確かに八奈の身体を捕えていた。しかしそれと同時にに八つ首の大蛇のような氷の首が、左五平の腕ごと凍てつかせ、居合いの勢いを殺していた。
    「おのれ、奇怪な術を――」
    「クッ……ふフ、ふ……化生の化生たる所以は、化かす事だよ。白刃、捕まえ……た!」
     身を挺した八奈の奇策、だが彼女自身もダメージは決して小さなものではない。利で言うのであれば、未だ左五平に分があった。
    「身を餌にする気魄、見事――だが、“ゆるり”と力を入れるだけの事ぞ。それだけの事ぞ、うぬの身両断仕る」
     左五平はそのまま身体のバネと回転力を利用して、固定されたままの腕で八奈の上と下の半身を別ちにかかる。
    「ぬぐっ……!?」
     だが突如として横ッ面にお見舞いされた意識外の痛撃――脇腹を抉られたかのような斬撃――に、思わず注意を向けた。衝撃の正体は――。
    「し、死んだフリとか……寝たフリしてても良かったんだけど……や、やっぱ、やらねぇとさぁ……仲間のグ、グロシーンとか見たくないっつー……の」
     息も絶え絶えに地に伏せる、允の神薙刃だ。その一発で店じまい、と掣肘者はぱったり意識を手放してしまう。
    「――推参なり! 否、木石と侮った左五平の甘さだったかッ!」
     左五平は腹いっぱいに煮え滾る怒号を放つ――木石と軽んじた人間に致命的な隙を作られた、自分自身の甘さに怒りを覚えたのだ。
     そう、これは致命的だ。何故ならば、ここまで明確な勝機を――。
    「出雲さんと、佐見島が作ってくれた好機! 私も負けていられませんわ!」
     ――自らと同じ“剣士”達が見逃すはずもないからだ。
    「戦艦斬りなら、合わせるっすよ――剝守割砕ッ!」
     頭上から、巨大な剣を両の手で確りと構えた華乃の強襲。そしてそれに合わせ、左五平の身体を水平に両断せんと放たれたギィの戦艦斬り。迫り来る十文字の巨閃に左五平は反射的に身を翻す、が。
    「防御も回避も纏めて、叩き斬るッ!」
    『おおおおおッ!』
     灼滅者とも、左五平とも取れる雄叫びが境内に木霊し、激しい閃光が走った。

    ●畏れ敬う
    「ぐふぅッ! うぐごごごッ……」
     衝撃に弾き飛ばされた左五平は境内の石畳の上を転がった。左腕は斬り飛ばされ、身体に浮ぶ横一文字の傷痕からは紫炎が吹き上げている。身から別たれた腕は、煙をあげながら燃えカスとなって脆くも崩れ去った。ただその身を縛る、大地の鎖だけが変わらずに存在している。
    「やったか!?」
    「……いえ、まだ油断はできませんよ。うどん先輩」
     小鳩は思わず身を乗り出した琢磨の前に立ち、身長に左五平の様子を伺う。
    「なんだか、傍から見ると俺、篠原に守られてるお姫様みたいだなぁ」
    「……」
     なんだか面目が立たない琢磨の軽口を小鳩はスルーする。無情のスルーである。それもそのはずで、彼女の懸念が的中したかのように、左五平がのそりと起き上がり、片手のまま再度居合いの構えを取ったからだ。
    「首を……斬る……ッ!」
    「いやあ、そろそろ、終わりにしやしょうよ。眠っていたところ変な起こし方されたら怒るかもしれやせんが、もう一度眠り直してくれやせんかねぇ? それがお互いのためっす」
     未だ闘魂尽き果てぬ左五平の姿に、ギィは賞賛していいものやら呆れていいのやら、曖昧な態度で再度の眠りを薦める。
    「貴男は、まさに違う事無き益荒男でしたわ。ですが、引き際も肝心ではなくて?」
     華乃の言も尤もなものだった。勝敗は誰の目から見ても明らかであり、既に左五平は死に体に等しい。数刻ほど放っておけば、精根尽き果て事切れる事は明白だった。
     だが、左五平は言う。
    「此は沙汰の限り。然り。だが我は首を斬らねばならぬ。この世に、この地に、この時に。我が身ある限り、首を断ち続けねばならぬ!」
     その言葉は慟哭に近かった。
    「さあ。さあ。いざ。いざ参られい。我に挑むは誰ぞ、黄泉路への道連れも辞さんと心得る蛮勇、誰ぞあるっ!?」
    「俺の弓なら、多分射程の外からトドメをさせると思うけど……それじゃ、きっと意味がないんだろうね」
     傷が深い允と八奈の治療を行いながら、アオトは仲間内を見渡した。明も傷が深く集気法の治癒に忙しい、ギィと華乃も疲労の吐息が見て取れる。琢磨は論外として、小鳩――女性にそれを任せるのは酷か。となれば――。
    「解った。それならば同じ剣士として、俺が行く」
     アオトの視線を受けて比較的手傷の少ない煉夜が歩み出る。
    「(だが俺はあの剣士より先に、斬れるのか――?)」
     間合いの外で左五平と対峙する煉夜。だがその胸中にはいくつもの逡巡が駆け回っている。先ほどまで嫌と言う程見せられた居合いの業は、凄まじいものがあった。相手が弱っているとは言え、自分にそれを超える事が出来るのか?
     ザザザ……木枯しが迷い鳴く。
    「(――いや、違う。超えなくてはならない。斬らなくてはならない。同じ剣士が決着を望んでいるならば)」
     煉夜は左五平に一礼を行う。同じ剣士としての礼儀を尽くした上で刀を構えた。
    「俺のはあまり正道のものではないが、同じ居合いを使い手として――森本煉夜、参る」
     対峙する、古今の剣士二人。間にあるのは、旋の一つ。
     ザザ……ザ……。
     木枯しが、止んだ。

     ――パチンッ。

     境内に二つの影が交差したのは、一瞬の事だった。
    「――ッ」
     踏み込みの勢いを抑えこみ、交差を果たした煉夜は再び左五平へと向き直り残心の姿勢を取る。放たれたはずの煉夜の刀は、既に鞘へと納められていた。
    「いや、お見事」
     ギィは思わずその一閃に感嘆の意を表する。これならば――。
     左五平は暫く不動のままに思えたが、ずるり、と身体が斜めにずれるとそのまま音を立てて地に崩れ落ちた。
     やったのか――灼滅者達が固唾を呑んで状況を見つめていると、くっ、と呻きとも笑いともつかぬ声が上がった。
    「現代の剣士よ。手合わせできた事、深甚に思うぞ」
     その声は、何処か清々しさに満ち満ちていた――気がした。
     そしてそれが三尺左五平、最後の言葉となった。
     ……。
     その時、何処かから恨みがましい遠吠えが聞こえた気がした。
    「……むぅ。剣術について。―――に、ちゃんと教わっておこうかな」
     小鳩は剣士の消えた後を眺めながら、これから起こる更なる戦いの予感と、想いを寄せる人物について考えを巡らせていた。

    作者:遊悠 重傷:出雲・八奈(赤瞳・d09854) 佐見島・允(フライター・d22179) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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