ひそけき庵に涙落つ

    作者:温水ミチ

     今もなお、昔からの姿を残し続ける山があった。
     古くから『御山』と人々に崇められる、とある地方の霊山である。

     ある夜、『御山』の奥の、そのまた奥深くでのこと。
     冷たい冬の水が流れる川辺に、白く輝くオオカミが姿を現した。
     いや違う。オオカミではない。――それは、スサノオ。
     白い毛並みはちらちらと、まるで青い月の如く、冷たく燃えていた。
     瞳は闇夜のように真っ暗で、今はそこに川辺の小さな庵を映している。
     と、スサノオが不意に短い咆哮を山に轟かせた。
    『淋しや……苦しや……』
     気がつくと、庵の前には真っ白な着物をまとった美しい少女の姿が。
     ほろほろと泣く童女の左足と、庵の柱とは荒縄で固く繋がれている。
     スサノオはその童女をじっと見つめ、やがてどこかへと去っていった。
     そして川辺には、暗い悲しみに涙を流す童女がひとり――。

    「さあて、お耳を拝借。……どうやら、スサノオによって古の畏れが生み出されちまったようだ」
     黒革の手帳を開いた尾木・九郎(若年寄エクスブレイン・dn0177)は目を細め、自身が書き殴った悪筆を追っていく。
    「霊山として崇められていた山の中にね、それは惨い風習があったみたいでねえ」
     九郎の口から語られるのは『御山』と呼ばれる山で行われていたという惨劇。
     何でもその山では昔、麓の村の豊作を祈って幼い女の子を生贄にする『御遣い童』という風習があったらしい。山の守り女神を世話するための女の子を捧げることで、人々はその年の豊作を約束されるのだという。
     生贄の女の子は白い着物を着せられ、山奥の川辺にある庵に荒縄で繋がれる。水を飲むことはできても庵に食物はなく、誰も庵を訪れることない。――そんな女の子の迎える最後は。
    「そんな風にひとりぼっちで死ななきゃならなかった子達のさ、悲しみや苦しみはどんなに深かったことか……」
     九郎は俯き呟くと、眼鏡を押し上げ真っ直ぐに灼滅者達を見つめた。
    「だけどねえ……古の畏れとして現れてしまった以上、お前さん達には御遣い童の灼滅を頼まなくちゃならない」
     伝承として語り継がれてきた『御遣い童』達はスサノオによって『古の畏れ』となった。童女の姿をした『古の畏れ』は、淋しさと恨みから灼滅者達をその場に留めようと襲いかかってくるようだ。縋りついてきたり、荒縄で自由を奪ったり、また悲しげな声で恨みを歌うこともある。
     その哀れな姿には、攻撃を躊躇ってしまうかもしれない。思わず庇ってやりたくなってしまうこともあるだろう。だが、倒さなければ『古の畏れ』となった童女は庵に繋がれたまま。それは悲しみを長引かせることに過ぎない。灼滅者達が成すべきは、童女を倒してその心を呪縛から解き放つことだと九郎は告げた。
    「古の畏れを生み出したスサノオの行方は、どうにも見えにくくてねえ……」
     ブレイズゲートみたいなもんさとぼやいた九郎は、だけどねえと言葉を続ける。
    「とにかく目の前の事件を片付けていけば、物事ってのは必ず元凶に繋がるもんだよ。今回にしたって、心を強く持てばお前さん達がやられることはないはずさ。……どうか死んでいったっていう女の子達のためにも、ひとつよろしく頼んだよ」
     九郎は静かに手帳を閉じ頭を下げると、灼滅者達を見送ったのだった。


    参加者
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    貳鬼・宿儺(双貌乃斬鬼・d02246)
    草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622)
    柳城・和紗(花守・d03639)
    佐倉・朔(中学生ダンピール・d05839)
    火継・美秋(白炎の九尾・d17406)
    クレイ・モア(ポンコツ野郎・d17759)
    甲斐・司(陰陽六芒の魔法剣士・d22721)

    ■リプレイ

    ●今再び、童の手は伸ばされ
     さらさらと水の音が近づくにつれ、木立は少しずつ疎らになる。人目を避けるように御山へと足を踏み入れた灼滅者達が、件の川辺へと辿りついたのは夜も幾分更けてからのことだった。冬山の空気は鋭く冷たい。
     玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)は白い息を吐きながら、細かな星の無数に散る空を見上げた。
    「……寒い、とこやねぇ」
     その呟きもまた白い吐息となる。一浄が背負ってきた大きな風呂敷包みを下ろせば、足元で川原の石ころがジャリと音を立てた。その音が酷く大きく耳に響くような、ひたすらに淋しい場所である。
     そんな場所に、遠い昔『御遣い童』と呼ばれた童女達が最後を迎えたという庵はあった。草木に埋もれるようにして佇む庵は、今も誰かの手によって守られているのだろう。古びてはいるものの朽ちてはいない。
    「人柱とか昔はよく有ったらしいけど、せめてひと思いに殺して欲しいよな~。そもそもこんな暗い所で飢えて1人で、熊とか狼とか出そうな所に置き去りってどうよ」
     佐倉・朔(中学生ダンピール・d05839)は庵や周辺の様子を見回してため息を漏らす。
    「ああ、昔の風習とはいえやるせないな。これ以上苦しませない為にも、ここで灼滅してやらないと」
     草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622)も庵の方へ視線を投げながらそれに頷き。
    「スサノオはんの生み出す古の畏れ、何とかならはったらええんどすけど……。こない悲しい敵さんら相手するんも気が引けますよって」
     火継・美秋(白炎の九尾・d17406)は口元を袖で隠しながら困り顔で呟いた。
    「けどさ、スサノオも酷いな。わざわざ今回みたいな子をもう一度起こすなんてさあ。ていうか、スサノオって何したいんだろ~ね?」
     朔の問いに、現状答えられる者はいない。だが、クレイ・モア(ポンコツ野郎・d17759)はそれでも何故と考えずにはいられなかった。
    (「そう、どうして御遣い童のような子を起こしたのか。スサノオの目的はなんだ? 俺達に何か言いたいことでも……ダメだ。今はこういうことが考えられない」)
     庵をじっと見つめ、やがて思考を振り払うように首を振ったクレイからはいつもの笑顔が消えている。
    「一先ず、目先の可哀想な姫さんを何とかしたら元凶に関して、何や掴めればええなあ」
     美秋の言う通り、今唯一確かなのはスサノオによって生み出された『古の畏れ』を灼滅しなければならないということ。甲斐・司(陰陽六芒の魔法剣士・d22721)は庵から仲間達へと視線をうつし、とにかくと口を開く。
    「淋しがってる女の子を救ってあげるのは当然だよな。……でも、生きてる間だったらもっと別の救いようがあっただろうに」
    「ええ……。けれど、よみがえってしまった彼女がどんなに哀しい姿でも確りと見据えて、迷わず立ち向かいましょう」
     励ますように柳城・和紗(花守・d03639)が言えば、そうだなと答えた司の目にも強い光が宿った――その時。
    『……だ、あれ?』
     キシ、と木板の軋む音にはっと庵を見やれば、そこにはいつの間にか1人の童女が立っていた。
    「私達は……そう、貴方の苦しみを断ち切りにきたの」
     和紗は優しく語りかける――だが、童女の虚ろな瞳には誰の姿も映らず、ただその唇は淋しいとそれだけを繰り返すだけ。
     童女は真っ白な着物をまとい、黒髪は首の辺りで切り揃えられ、可愛らしい顔立ちをしている。だが肌は血の気が失せて青く、何より絶望に暗く淀んだ瞳と、左足に鬱血するほど強く結ばれた荒縄が異質だった。灼滅者達はその痛ましい姿に言葉を失くす、が。
    「退……禁足地なれど、万に一つも人が来ぬとは限らぬ故に」
     貳鬼・宿儺(双貌乃斬鬼・d02246)は躊躇いなく抜刀し、その切先を童女へと向けながら人を寄せつけぬ殺気を迸らせる。空気はさらにピリと張りつめ、冷たさを増して。
    『淋しや……。ねえ、一緒にここにおって……?』
     童女の姿をした『古の畏れ』は縋るように腕を伸ばすと、裸足で川原の石の上を駆け出した。

    ●過日の恨みは降り積む
     駈け出した童女の目から涙がぽろりとこぼれ落ちる。淋しい、という心を表すように懸命に伸ばされた童女の両腕――一浄は縋りつく童女を拒むことなくその身体で受け止めた。
    「……1人で、よう堪えたねぇ」
     放すものかと締め付ける童女の腕。ギシと自身の骨が鳴る音を感じながらも微笑みを崩さず、一浄はそっと童女の頬に触れた。その指が黒髪をさらりと揺らし――同時にズブリと童女の身体を貫いた杭。
    「ここで躊躇ったって、苦しませるだけだ」
     呟いて、振りかざされた悠斗の剣。白光を放つ斬撃に斬り裂かれた童女を霊犬の数珠丸も斬魔刀で斬り抜けば、小さな身体はよろめく。
    「切諫……割り切れ、とは言わぬ。されど戦場に感傷は無用……努々油断無き様」
     哀れな様子を見つめる仲間達にそう言い残し駈け出した宿儺。刀に宿した炎で童女が襲い、白い着物が瞬く間に燃え上がった。
     クレイは眉根を寄せ唇を噛みしめながら、それでも仲間達をシールドで包み込んだ。
    「きっとすぐに、貴方の呪縛も解き放ってあげるからね……」
     和紗は童女にそっと声をかけると心惑わせる符を放ち、霊犬の桜も斬魔刀を閃かせそれに続いた。朔は緋色のオーラで童女を穿ち、美秋をとりまく光輪も次々に放たれ。
    「俺は君達の献身には畏れを抱く。淋しさや悲しみには同情する。でも、君達の恨みを恐れはしない!」
     司の瞳に集束していくバベルの鎖。哀れな童女の姿を、左足に絡みつく荒縄をその目は捉えたが、司が揺らぐことはなかった。
     灼滅者達は前へ前へと足を進め、寄り添うように童女を包囲していく。だがそれは一刻も早く『古の畏れ』を灼滅し『御遣い童』を再び安らかな眠りへとつかせる為。童女が望むように、ここで果て共に苦しみ朽ちる為ではない。
     童女は自分を囲む灼滅者達を暗い瞳で見つめながら、ほとほと涙を溢れさせ唇を震わせた。紡ぐのは苦しみ、恨みの歌だ。
     胸を締め付けるような怨嗟の響き。しかし一浄は決着を急ぐように影を走らせ童女を絡めとった。次いで悠斗も非物質化した剣で童女の絶望に染まった魂を貫き、数珠丸も六文銭を撃ち出していく。宿儺の長剣も宙でうねり、童女の身体に巻きついた。
    (「……今の俺達が優先すべきは悲しむことじゃなくて、一秒でも早く楽にしてやること」)
     頭が真っ白になりそうなのを耐え堪え、クレイは自身の腕を巨大な剣に変えて童女を斬った。そんな複雑な胸のうちすらも癒すように、和紗は童女と対峙する前衛達に風を吹き渡らせる。
    「可哀想にな、こんな所に一人でさ。ホントなら抱きしめてあげたいんだけど、ゴメンよ」
     憂いの微笑みを童女に向けながら、朔は仲間達を励ますような音色をギターで奏で。
    「……ほんに姫さん、堪忍なぁ」
     詫びながら、美秋は燃える光輪で童女を打った。炎から逃れようと手を振り回す童女を、伸びた司の影が食らい呑む。
    『苦しや……』
     涙を流しながらも、童女は灼滅者達を恨むような目で見つめる。苦しい。どうして自分だけ。ならばいっそ道連れに。童女が放った荒縄が悠斗目がけて宙を踊った。

    ●白煙よ天へと昇れ
     逃がさないとばかりに幾重にも巻きついた荒縄が悠斗を力一杯締めつける。もがきながら荒縄を振り払い苦しげに咳き込む悠斗を、数珠丸はその足元に寄り添い浄霊眼で癒した。
    「ありがとう、数珠丸。大丈夫だよ」
     再び真っ直ぐに童女を見つめた悠斗は影を揺らめかせ、童女の身体を食らう。吐き出された童女を一浄が斬れば、魂を裂く痛みに童女は悲痛を叫び訴えた。
    「煌刃……黄泉路の灯火、燈し往く故疾く歩め」
     泣き叫ぶ童女。宿儺は刀を上段へ構えると、その叫びごと断ち切るような一撃を放つ。刃の重さに童女が膝をつけば、追い打つようにクレイの巨大な刀が空気を裂きながら迫り童女を枝葉のように軽々と薙ぎ払った。
    「ずっと独り……辛かったね。嗚呼、貴方の苦しみまで癒せたらどれ程良い事か」
     桜の刀に斬り裂かれ、すすり泣きながらもまだ立ち上がることを止めない童女へ和紗は尚も優しく声をかけ、同時に悠斗へと防護符を放つ。
    「そうだよ、よく頑張ったね。いい子だよ。でももう独りじゃないから、安心してお休み、ね」
     朔も和紗の言葉に重ねるように言うと、緋色のオーラを大輪の花の如く輝かせて童女へと放った。さらに美秋の射た矢も煌めきながら夜空に尾をたなびかせ、童女を貫く。
    「恨んでくれても良い。でもきっと、君達の時代の人達は君達に感謝してたはずだ。だから、ありがとう」
     どうか届けと言葉を尽くしながら、司は童女の心へと深く剣を突き刺した。
     童女は今にも崩れてしまいそうな儚い雰囲気で、それでも手を伸ばすとクレイへと縋りついた。折れそうなほどに強く縋りつかれたクレイは唇を噛み、しかし振り切るようにして童女の腕を振り払う。
    「これ以上痛いんも苦し事も長引かせんでええやろ。……ほら、もう寝んねの時間ですえ」
     一浄の瞳に、かすか情の色が浮かんだ。だがそんな自分に苦笑しながら、一浄は躊躇いなくその影で童女を食らう。悠斗も童女の苦しみに決着をつけるべくその魂を斬り払い。
    「鋼……元より我が身は鐡の剱。なれば如何な姿、如何な相手であろうと対峙するならば斬るのみ。……とは申せ、戦友らに斯様な冷血になれとは言えぬ」
     ジャリ、と石ころを鳴らし一歩踏み出した宿儺が、仲間達にひとつ頷いた――そして。
    「終結……故に、止めは我が討とう」
     童女の死角へと駆けた宿儺は、一切の容赦なくその身体を斬り伏せた。焦点を失い、宙をさまよう童女の瞳。
     ゆらりと揺らいだその身体に、クレイの身体が無意識に動く。抱きとめようと伸ばされたクレイの腕に、童女もまた手を伸ばそうとしたが――空気を吐き出すような小さな声を上げ。童女も荒縄も、崩れるように土へと還った。

     戦いが終わり、流れる水音が穏やかな川辺。灼滅者達は言葉少なに庵の近く――荒縄のくくってあった柱辺りへと集った。
    「食べるだけでなく遊ぶ事も出来なかった筈だから……どうか安らかに。……おやすみなさい」
     呟いた和紗は一浄やクレイと共に、持参した花や熱いお茶にお菓子、そして羽子板に鞠といった玩具を溢れそうなほど庵へと供えた。
     それを眺めていた朔も、一浄から火を借りると童女の為にと用意した綺麗な帯に火をつける。帯はすぐに燃え上がり、川辺でパチパチ火の粉を上げた。
    「生きてる時に迎えに来て渡してあげたかったけどな。……こうしてあげれば、届くかな?」
    「届くやろ……。姫さん、きっと喜んでくれますえ」
     美秋は頷き、微笑みを浮かべる。燃える帯から立ち昇る白煙の行く先は夜空。灼滅者達の思いも、白煙に乗って童女の元へと届くだろうか。
    「スサノオ……かの災い、さて何処へ行ったか。大事の前でなければ良いが、さて」
     最後の祈りを捧げる灼滅者達の傍ら、相変わらず小さな星々で美しく輝く空を見上げた宿儺の呟きが、御山の夜に静かに流れていくのだった。

    作者:温水ミチ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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