血の雨小僧

    作者:陵かなめ

     リィン。
     鈴が鳴る。
     草の根を分け、現れたのは一匹の獣だ。
     特に特徴の無い街中の踏み切り前。獣が現れるには、ずいぶん不釣合いな場所だった。
     いや、獣と言ってしまってよいのだろうか。その獣は、夕日を浴び、荘厳な雰囲気を醸し出していた。全身の毛は白。姿はオオカミのようだ。
     リィン。
     白毛のオオカミの耳に、飾り鈴が光った。
     ざわざわと、草木が揺れる。
     オオカミは辺りを一度だけ見回し、静かに去っていった。

     次に姿を現したのは、子供のようなモノだった。
    「ほぉら、雨が降るよぉ。まっかな、雨が、降るよぉ。きゃはははは」
     唐傘を手に、ソレは踊り出す。
     じゃらじゃらと鎖が鳴った。
     鎖で地面に繋がれているようだ。
     そんな事お構いなしに、『古の畏れ』はケタケタと笑った。
     
    ●依頼
     くまのぬいぐるみを抱えた千歳緑・太郎(中学生エクスブレイン・dn0146)が、教室に現れた。
    「さっそくだけど、依頼なんだ。スサノオにより、古の畏れが生み出された場所が判明したんだよ。皆には、この古の畏れを倒してきてほしいんだ」
     街中の踏み切り前に、唐傘を手にした子供のような古の畏れが現れると言うのだ。
    「妖怪雨降り小僧って知ってる? 雨を降らせて、人間を困らせるって言う妖怪なんだけど」
     太郎は首を傾げながら、困ったような表情を作った。
    「現れた古の畏れが降らせるのは……血の雨なんだよ。持っている傘で通行人を攻撃して、いじめるんだ。血の雨小僧ってところだね」
     それに、近くには踏切がある。電車が通れば、線路に放り投げる事もあるようだ。
     見た目はかわいい子供だが、起こす事件は陰惨だ。
    「血の雨小僧は、踏み切り前にやってきた通行人を狙って攻撃を仕掛けて来るんだ」
     その攻撃方法は二つ。
     傘で刺すか、線路に向かって投げるかだ。
     鎖で地面に繋がれているため、他の場所におびき出して戦う、と言うことはできない。
    「通行人を装ってその場所に通りかかると、血の雨小僧が現れるよ。全員で通りかかってもいいし、何人かは近くに待機してもいいかもしれないね」
     全員で戦闘を開始し、力で押すか。
     背後から強襲し挟み撃ちにするか。
     それは、相談で決めてほしい。
    「最後になるんだけど、この事件を引き起こしたスサノオの行方は、予知がしにくい状況なんだよ。けどね、引き起こされた事件を一つ一つ解決していけば、必ず元凶のスサノオにつながっていくはずなんだ」
     だからこそ、まずはこの事件の解決を。
     太郎はくまのぬいぐるみと共にぺこりと頭を下げ、皆を見た。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    天上・花之介(連刃・d00664)
    葛木・一(適応概念・d01791)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    安土・香艶(メルカバ・d06302)
    赤秀・空(死を想う・d09729)
    鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)
    鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247)

    ■リプレイ

    ●囮と伏兵
     踏み切りの警報音が最後に鳴り響いたのは、ずいぶん前になる。
     日が傾き始め、空は夕焼けに染まっていた。
    「スナノオさんも厄介な事をしてくれますね……」
     踏み切りの様子を窺いながら鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)が呟いた。
     予知が難しい以上、後手後手で対応していくしかないのだろうけれど、これ以上の凶行が起こらないよう必ず辿り着いてみせなければならないだろう。
     コンクリート壁で身を隠すようにかがむ。周辺の地図を確認して決定したこの場所は、血の雨小僧が現れる踏み切り前が良く見えた。
    「血の雨を降らせるだなんて、物騒な話だ」
     同じく身を潜めている天上・花之介(連刃・d00664)も付近を窺う。
    「雨降り小僧という妖怪は聞いたことが有りますけど、そのお話を改変させられてしまったのでしょうか?」
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)が小首を傾げた。
     鳳仙・刀真(一振りの刀・d19247)もまた、その視界に囮班を捉え様子を窺う。
     灼滅対象に興味はない。
    「……が、放置するわけにもいかんしな」
     小さく独り言ちる。
    「血の雨が降る前に早々に退場してもらおう」
     まだ古の畏れは現れない。
     伏兵班として行動している赤秀・空(死を想う・d09729)は、旅人の外套を使用し、付近の民家の敷地内に潜んでいた。
     同じ班の仲間は、皆うまく身を潜めている。
    「間違っても先に気取られないようにしないとね」
     囮役の仲間も動き始めたようだ。
    「私が小さい頃は、雨の日に傘を持って出歩くのは好きでしたけど……これは一寸、ね」
     傘を片手に踏み切りの前を歩く。
     睦月・恵理(北の魔女・d00531)が言うと葛木・一(適応概念・d01791)が頷く。
    「雨の日って別に嫌いじゃないけど血の雨とかは勘弁してほしいな」
     ここを通れば、血の雨小僧が現れるだろう。
     ならば、さっさと呼び出しちゃいますかと言う算段だ。
    「きゃはははは」
     その時、声が聞こえた。
    「きゃはは。雨が降るよぉ」
     じゃらじゃらと鎖が鳴る。
    「よぉ、おいでなすったぜ」
     安土・香艶(メルカバ・d06302)がスレイヤーカードを構える。
    「ほぉら、雨が降るよぉ。まっかな、雨が、降るよぉ。きゃはははは」
     唐傘を手に、子供のような姿をしたソレが愉快に声を上げた。
     ぐるぐると、血の雨小僧の傘が回る。
    「そぉれ、みんな、串刺しになっちゃえー!!」
     楽しく舞い踊るように軽快に、血の雨小僧は傘を繰り出してくる。明るい口調とは裏腹に、確実に身体を突き刺すような攻撃だ。
     一般人が相手なら、確かに血の雨が降っただろう。
     だが。
     灼滅者達は、血の雨小僧の初撃を避けるように、一斉に飛び退いた。
     戦場の音が漏れないよう、香艶がサウンドシャッターを使う。
     互いが互いを敵と認識し、戦いが始まった。

    ●挟み撃ち
    「真っ赤な雨じゃその後に虹も出来ないわね……大雨になる前に、確り雨対策をさせてもらうわ」
     恵理は、カードを構えその言葉を口にする。
    「NeverendingStory」
     戦う姿を現し、影で作った触手を伸ばした。
    「えぇぇぇ?! ナニこれぇ?!」
     絡めとるように影を巻きつけると、血の雨小僧は苦しげな声を上げる。
    「さぁ、血の雨を降らせたいんだろう? ココにでっかい的があるぜ?」
     声を出し注意を引きながら、香艶はマテリアルロッド◆Grootslang◆を右掌に隠すように構えた。
     血の雨小僧の横腹をめがけ、払いをかけるように殴り倒す。
    「……っ」
     体勢を崩した相手が、小さく舌打ちした音が聞こえた。
     だが、血の雨小僧はすぐに地面を蹴り、香艶との距離を取る。
    「よそ見してんなよ、一緒に遊びましょって言ってんだろ!?」
    「言われなくったって……!」
     挑発するように声をかければ、鋭い傘の突撃が飛んできた。
     守り固めているとはいえ、攻撃を受けるとそこそこダメージを感じる。
    「ふっ」
     香艶は思わず楽しそうに口の端を持ち上げた。
    「鉄っ、お前はメディックだぞ!」
     霊犬の鉄に指示を出しながら、一も走る。
     香艶を守るように分裂させた小光輪を飛ばし、傷も癒した。
    「イニシエと違って怖がるだけじゃないんでね、物語の住人のまま綺麗に逝かせてやるよ」
    「なにさ、もっと怖がればいいのにっ!!」
     一の言葉に、血の雨小僧が顔をしかめる。恵理と香艶の攻撃を受けたはずなのに、まだまだ余裕があるように見えた。
     仲間が戦い始めたことを確認し、伏兵班も動き出す。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     解除コードを唱えると、翡翠は無敵斬艦刀を構えた。
    「雨の日は嫌いじゃないですけど……こんな雨は遠慮したいですね」
     敵の位置を確認し、飛び出す。
     翡翠は体から湧き上がる炎を斬艦刀に乗せ、めいっぱい振り抜いた。
    「貴方の雨はこれ以上降らせません!」
     勢いよく炎を叩きつければ、血の雨小僧が反対側の壁まで吹き飛んだ。
    「降らせるのは恵みの雨だけで良いんだよ。血の雨? そんなモノは要らねえ」
     そこで攻撃が止まることは無い。
     武器を手に、花之介が走りこんで来た。
    「だから、その鎖ごと断ち切らせてもらうぜ」
     繰り出した強烈なクルセイドスラッシュが、ちょうど立ち上がったばかりの血の雨小僧を捉える。
    「がっ……」
     じゃらじゃらと鎖を鳴らし、血の雨小僧が地面を転がった。
    「きゃははは。ひどい人たち。許さない、許さないっ」
     よろよろと立ち上がった敵は、憎悪の目を灼滅者達に向けた。
     本気になったのか、今まで以上に素早く強く、突撃をぶつけてくる。
    「……ぐっ」
     それをまともにくらい、花之介がよろめいた。
    「へっ、飛ばされて、つぶれちゃえ!!」
     さらに花之介の襟首をつかみ、血の雨小僧が投げの姿勢を取る。
     だが、その一瞬。血の雨小僧の動きに隙が出来た。
    「この隙を、逃す手はありません」
    「灼滅者が投げつけられたら、電車の方が横転するかもね」
     そのタイミングを見計らい、刀真と空が姿を見せる。
     まず刀真が敵との距離をぐんと詰めた。
     花之介に気をとられていた血の雨小僧は、踏み込んできた刀真に対応できない。
     結果、刀真は、血の雨小僧の急所を迷い無く絶つことが出来た。
    「なっ……」
     敵が愕然とする様子を眺めながら、空も攻撃に移る。
     潜んでいた民家の敷地から一気に壁を飛び越え、身体をぶつけるようにして打撃を繰り出した。同時に、霊力を網状に放出し敵を縛る。
    「あぁ……っ」
     血の雨小僧が苦しげに呻き、花之介をつかんでいた手の力を緩めた。
    「おとなしく投げられるほど、甘くねぇよ」
     花之介は身体をひねり、するりと血の雨小僧から逃れる。
    「ああっ、なんだよ、皆して、いじめるの?!」
     血の雨小僧が目を吊り上げ、大きく足踏みした。
    「浄霊眼で回復をお願いします」
     霊犬・レイスティルに仲間の回復を指示しながら、智美も姿を現す。すでに殺気を放ち、人払いは完了した。後は敵を挟み撃ちにして、この初動で大きくリソースを奪うことが出来れば。
    「えぇ?! まだ居るの?! ずるい……っ」
    「失礼致します」
     あせった声を上げる敵に、智美は真っ直ぐ向かった。
     己の片腕を巨大化させ、勢いのまま殴りつける。
    「う……あっ」
     血の雨小僧が、吹き飛び地面に叩きつけられた。
     踏み切り前に居た囮役だけを狙った血の雨小僧は、背後から真横から伏兵班の奇襲を受け、今度こそ大きなダメージを受けたようだ。
    「多分、あなたも都市伝説と同じで誰かにそうあれと生み出された存在なんでしょうね……だから、気の毒とは思う。祈ってもあげる。でも、容赦は出来ないわ」
     恵理の言葉通り、決して容赦しない。
     灼滅者達は、休むことなく攻撃を繰り返した。

    ●受け止め
     甲高い警報音が鳴り響く。直に次の電車が踏み切りを渡るだろう。
     薙ぎ、払い、撃ち、穿ち。戦いは続いていた。
    「お前はこんな事やって、何したいの? 人間襲う妖怪んなざ沢山いるけど、お前はそうじゃなかったろ? 思い出せよ!」
     魔力を宿した霧を展開し、仲間を癒す。
     そうしながら香艶は血の雨小僧に問いかけた。
    「そんな事、しらないよ。まっかな雨が降ったら楽しいよ! きゃはは。ほぉら、だから、ぼくが楽しいから、血の雨降らせてよ!!」
     古の畏れが吼える。
     突き出された唐傘を香艶がするりと避けた。
     そのまま勢いに流されるかと思ったが、血の雨小僧は傘を地面に突き立てその場に留まる。
    「きゃはは。そうだよ、狙いは最初から、こっち!!」
     敵は急速に進む方向を変え、刀真に掴みかかった。
    「くっ……」
     遠くから電車の近づく音が聞こえてきた。
     血の雨小僧は、タメの間を作らず刀真を投げ飛ばす。その動きは俊敏で、隙を突いて引き離すことは出来なかった。
    「ならば……!」
     宙を舞いながら、刀真は鋼糸を伸ばす。壁? 地面? 葉? 流れるような風景から、糸を巻きつける何かを探す。目に入った民家の庭木。すぐに判断し、糸を絡ませる。
     飛ばされる方向は、どうなったか。
    「大丈夫、届くわ……っ」
     最初に飛び込んできたのは、恵理が伸ばした手だ。
     空飛ぶ箒で飛び、宙で受け止めるつもりで回り込んだのだ。
    「手を!」
     伸ばす、掴む。勢いが逸れ、身体が止まる。
    「よっしゃぁ!」
    「大丈夫でしょうか?」
     二人を受け止めたのは、一と智美だった。
    「ありがとうございます」
     すぐに体勢を立て直し、刀真が三人を見る。
    「私達はともかく、電車の方で大騒ぎになると困りますから……」
    「線路側に、飛ばされないでよかったです」
     恵理と智美が頷き合う。
     踏み切りの警報音と電車の過ぎる音が重なった。四人の背後で、何事も無く電車が過ぎていく。
    「鉄、ばーんと回復してやって!」
     一は敵を良く見ていた。血の雨小僧の攻撃力は中程度。ディフェンダー以外がまともに食らえば、一度では回復できないほどには強い。だが回復の手は無く、受け止めに人が抜けても大丈夫だと、判断した。
    「私もお手伝い致します」
     智美もオーラを癒しの力に換え、刀真の傷を癒していく。
     一は鉄に回復を指示し、敵の近くに残った仲間に檄を飛ばした。
    「支えてやっからどーんと行っとけ」

    ●全てが止む時
     警報音が止む。
    「……止まない雨は有りません」
     雨も、いずれ止む。
     翡翠が無敵斬艦刀を構え直した。
    「じゃあ、また降らせばいいんだよぉ」
     ケタケタ、雨降り小僧が嗤う。
     それを無視して、全力で斬艦刀を振るった。
    「そ……」
     古の畏れが吹き飛ぶ。
    「ここで逃がさないようにしたいよね」
     空がバイオレンスギターを構えた。さらにダメージを重ねるべく、激しくギターをかき鳴らす。不慣れなため酷く大雑把だが、雨降り小僧はのけぞり返った。
    「う、ぁ、ああああああ」
    「捉えたぞ。死の中心点」
     敵の叫び声を遮るように、花之介の声が貫く。
     間合いを一気に詰め、バベルブレイカーを敵の首にぶち込んだ。
    「血の雨が降るのは、これで最後だ」
    「きゃは、……は。あ、か、い……」
     最後は赤い、雨が一筋。
     古の畏れはケタケタ笑い消えていった。

    「古の畏れってのは、古い妖怪の事みたいだね」
     敵は消えていったが、一応、空は周囲を警戒する。
    「実体化出来る位の畏れが溜まると言う事は、多分昔からその元があったと言う事ですよね……」
     踏み切り周辺には、何か史跡でもないだろうか。
     恵理が辺りを見回した。
     同じく、智美も霊的なものがないかと辺りを窺う。
    「踏み切り周辺で起きた事故とかでサイキックエナジーが集まってたとかじゃねぇのかね?」
     一が首を傾げた。お互いの言葉を聞き、まだまだ未知の部分が多いと感じる。
     スサノオが通った痕跡を探せるだろうか。刀真もまた、辺りの捜索に思いを馳せる。
    「この辺りに、鎖が繋がれていましたよね」
     翡翠が身をかがめ、その場に花を添えた。
     夕日が落ちる。
     次の電車はまだ来ない。
    「今回は、終わったんだな」
     香艶が言うと、
    「ああ、そうだ」
     花之介が頷いた。

    作者:陵かなめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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