冬の夜、とある町に1匹の獣が現れた。
大型の犬――否、白い炎のような体毛を纏った狼だ。
狼は長い尾を鞭のようにしならせて駆けてゆく。その脚が止まったのは、赤い鳥居の前だった。
町の住人たちに親しまれている、この神社のご神体は「河童だ」と言い伝えられている小さな生き物のミイラである。
狼は鳥居の前で少しの間、白い尾をゆっくりと左右に振っていた。よく見ると、尾の先には金色の鈴が結びつけられていた。壊れているのか、音は鳴らない。
そして狼は尾を翻し町を去った。
異変が起こったのは、そのしばし後である。
ぺたり……ずるり……ぺたり……。
境内に響く湿った足音。
その主は、背中に甲羅、頭にお皿、手足に水かきのついた、河童だった。
河童の足は、地面に鎖でつながれている――。
「スサノオにより、古の畏れが生み出された場所があります」
祝乃・袖丸(麻呂眉小学生エクスブレイン・dn0066)は、教室に集まった灼滅者たちに向けてそう切り出した。
「夜、とある神社の近辺を通りかかると『相撲を取ろう』と等身大の河童が襲い掛かってくるようになります。
どうやら、その神社に伝わる河童の伝承に端を発するようですね」
河童は小柄な大人くらいのサイズだが力が強く、一般人が相撲の相手などしたら命の危険がある。
「幸い、今から出発すれば古の畏れが神社の境内から出て行く前に現場に到着できます。
事件を起こす前に倒すことができれば被害は未然に防げます。よろしくお願いします」
袖丸は皆に向かって一礼してから、続いて敵の能力についての説明に入る。
「伝承と見た目のまま、投げ技と体当たりがメインの攻撃になります。
それから、四股(しこ)を踏むとダメージを回復できるようです。
相撲の相手、というよりは人間相手の戦いが大好きといった感じなのでしょうか、攻撃をしかけると喜んで戦闘に応じてきます。
姿はかわいいと言えなくもないですし、言動も無邪気なものなのですが、とてもタフですし、投げ技は強力です」
見た目や雰囲気に油断せず、全力で倒しにかかって欲しい。
「油断さえなければ、勝てる相手かと思います。
河童との勝負を終えた後は、近くにコンビニがありますので、何か暖かいものを買い食いして帰られるのも良いと思います。
肉まんとかピザまんとか餡まんとかカレーまんとか」
一通りの説明を終え、袖丸は「中華まん限定かよ!」と突っ込まれて「もちろんおでんもいいですよね」と返し、灼滅者たちを送り出したのだった。
参加者 | |
---|---|
由津里・好弥(ギフテッド・d01879) |
楯縫・梗花(なもなきもの・d02901) |
森村・侑二郎(宇治抹茶金時・d08981) |
弘瀬・燈弥(深紅星・d16481) |
リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973) |
シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370) |
真波・尋(高校生ダンピール・d18175) |
大江・春(高校生ストリートファイター・d22987) |
●湿った足音
冬の星空の下、灼滅者たちは神社の鳥居の前に立つ。
「寒い、寒すぎる……!!」
真波・尋(高校生ダンピール・d18175)は、くせっ毛のショートヘアを収めた愛用の帽子をできるだけ下げて、マフラーの隙間から風が入り込まないように、コートの襟をぎゅっと握っていた。
12月末の夜、空気は厳しく冷えている。
けれど大丈夫、激しい運動が待っているのだ。
……ぺた……ぺた……。
湿った足音の聞こえてくる境内に踏み込み、用意してきたランプ等で照らせば、果たしてそこには人影。否、河童影。
「きゃー妖怪世界の生臭いアイドル、河童さんですよ」
由津里・好弥(ギフテッド・d01879)の、普段は感情を大きく表すことの少ない端正な顔に、満面の喜色が浮かんだ。どうやら大の河童好きらしい。
「日本の……妖怪……なの……ね。ん、覚えた……」
「まさかこんな形で出会えるなんて感激ね」
シエラ・ヴラディ(迦陵頻伽・d17370)が好弥の言葉で目の前にいるモノについて一つ詳しくなり、リリー・アラーニェ(スパイダーリリー・d16973)は古来より伝わる日本文化(?)を目の前にしてやや高揚気味の様子。
「お! ニンゲン!」
河童のほうでも灼滅者に気付いた。全身緑色で、頭にお皿、顔にクチバシ、背中には甲羅という、そのまんま「河童」な姿は、異形ではあるがどこか愛嬌がある。
「確かに一見可愛い……スサノオもやりにくい物を実体化してくれて」
弘瀬・燈弥(深紅星・d16481)が、思わず率直な感想を零した。
「足音も、かわいい、と言えばかわいいですね」
森村・侑二郎(宇治抹茶金時・d08981)は燈弥に頷き、物音でたまたま通りかかった者の気を引いたりすることのないよう、サウンドシャッターで音を遮断する。
「ワシと相撲をとろうぞ、ニンゲン!」
河童はぴょこぴょこと駆け寄ってきた。足の鎖は行動に支障を与えないらしくその足取りは軽やかだ。
「スモウ・レスリング……これも日本の文化よね。リリー知ってるわ」
リリーは美しい紫色の瞳の輝きを深めつつ、中衛のポジションで油断なく身構える。
「風雅じゃな」
大江・春(高校生ストリートファイター・d22987)は呟いた。相撲の技術で迎え撃つ心算だったが、しかし河童の様子や構えは春の知っている現代の相撲とは大分イメージが違う。
組み合って戦うことを、広く相撲と呼ぶこともある。恐らく、河童は現在の国技としての相撲のルールに則った試合をしたいというわけではないのだろう。
「かかっておいで!」
楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)が、一般人が近づいてこないよう万全を期して殺界形成を展開した後、河童に向けて戦いの意思のあることを示した。
「よし! やろう! やろう!」
嬉しそうに飛び跳ねると、そのまま河童は前衛へと突進してくる。
「僕が必ず、守ってみせるから」
梗花はディフェンダーとして背後の仲間たちを庇うように立ちふさがりながら、指先でそっとカードに触れて、解除コードを口にした。夜の境内に、桔梗色の狩衣が翻る。
●力一杯、目一杯
「流石は、この神社の神様、っていうところかな……」
梗花は河童の体当たりを縛霊手でがっつりと受け止めると、お返しとばかりに足元から影業を放った。
「相撲だ! 相撲だ! 負けないぞー!」
河童は影に縛られながらも嬉々としている。
「さぁーて、やりますか」
尋は愛用のロケットハンマーを構えながら、自分自身と前衛の仲間たちをヴァンパイアの魔力を宿した霧で纏った。狙うは大破壊。相棒であるライドキャリバーは、クラッシャーの尋をフォローするような位置でディフェンダー役に就いている。
ぴょんと後ずさって梗花から距離を取った河童の腕を、掴んで投げようとした、春の手が空を切った。「おっとっと」と河童は無邪気なものだが、先ほどの突進の勢いといい、一般人がこんな河童を相手に取れば、命を失うことに間違いはない。
「河童と相撲を取りに行って負けた、という話なら、なんとも酔狂な話で済むがのう……」
春は次の行動に向けて体勢を立て直しながら、河童を見据える。折角の日本古来からの風雅を感じさせる状況も、犠牲が出てしまっては締まらない。そうなる前にカタをつけるのが、灼滅者としてだけでなくこの河童にとっても、良いことだろう。
「では尋常に相撲をとりましょうか」
好弥は、ゆらりと槍を構える。
「相撲と言いつつかなり大胆に堂々と刃物を」
「……どすこーい」
侑二郎の視線をよそに、好弥はツッパリっぽい構えで槍を前に突き出す。雷のように波打った穂先が螺旋を描き、河童に向かって突き込まれた。
そして、侑二郎を好弥は真顔で振り向く。
「どすこいの他、ちゃんことかごわすとかも言っておけば何やっても相撲っぽくなりますよ」
「あーハイ、わかります。俺もそう思います、ハイ。……でごわす」
侑二郎はイエスマンと化し、自分も真顔で堂々と、腰の日本刀を鞘から抜き放った。その刀身が炎を纏い燃え上がる。河童はひるむどころか「さあ来い」の構えだった。
「ほら見てくださいあの河童さんの満足そうな顔」
好弥の言う通り、河童の瞳は輝いている。本当に、人間と勝負ができればいいらしい。
「相撲は残った方が勝ち。それで良いんだね?」
燈弥は振り上げた大鎌を、河童の頭上から振り下ろす。河童は頭の皿を庇うように腕を挙げ、手首に刃が食い込んだ。
「ケケ、そうそう、最後まで立ってたほうの勝ち!」
「長引かせたくないんだ……次はおとなしく喰らってくれると、嬉しいな!」
笑う河童から燈弥は鎌を引き、再び構える。
「ふふ。じゃあリリーは、キュアも間に合わないくらい滅茶苦茶にしてあげる」
リリーの足元から、ざわりと立ち昇った影は大小無数の蜘蛛。影業の蜘蛛たちがレーヴァテインの炎を纏い河童に襲い掛かる。
その背後でふわりと揺れたのは、黒い紗のヴェール。後衛、メディックのシエラだ。
「ん……私とも……手合せ……お願い……できる……かしら?」
シエラはリリーの背後から飛び出し河童の至近距離に一気に迫ると、長手袋に覆われた優雅な手首にWOKシールドを展開し殴りつける。
「お!? もちろん、やるぞやるぞ!」
河童は益々やる気満々の顔で四股を踏んだ。傷が癒え、バッドステータスが解除される。
前衛に守られ河童からの攻撃の届かない自分に、シールドバッシュによる怒りで河童の攻撃をひきつけるのがシエラの作戦だった。怒りを解除はされても、機を見て繰り返してゆけば作戦は後々効果を発揮すると信じて、シエラはメディックのポジションから次の行動に向けて仲間たちに視線を走らせた。
「てぃんだちゃん……浄霊眼……お願い」
シエラの命を受け、てぃんだ(霊犬)が梗花を回復する。
「ありがとう。……毒はやっぱり痛いね。皆も気をつけて」
梗花はシエラとてぃんだに礼を言うと、ひらりと舞わせるように狩衣の裾をさばき、縛霊手『愛撫』壱式を繰った。
河童はたった1体とはいえ四股を踏めば回復するし、聞いていた通りタフでもあるらしく、なかなか動きが鈍らない。
「……見た目の可愛さを色々と裏切っているな」
侑二郎は受けた毒をシャウトで解除すると、再び刃に炎を宿らせる。
何度もぶつかり合う内に、灼滅者たちの吐く息の白さが増していた。
「温まってきました。さあ、力一杯相手をさせて頂きますよ!」
尋が、元気良く高々とロケットハンマーを構える。武器飾りである灰簾石の勾玉が揺れた。
「お皿を叩き割ってしまうとどうなるか気にはなりますが……」
「まずは当てる事が大事ですね」
ちらと河童の頭のお皿を見る尋に先んじて、スナイパーのポジションから好弥が放ったオーラキャノンが河童の腹に命中する。
河童の弱点は頭のお皿だという説は有名なので、気になるのもわかる。しかし河童のほうも激しく動いているし回避もするので、意図した部位を狙うことは難しい。当てることを優先すべきなのは好弥の言う通りだと尋も思うし、それに……。
「う、可愛い。……やっぱり無理!」
尋は攻撃を受けて悔しそうに跳ねる河童の姿にほだされ、結局ハンマーを河童の頭上から振り下ろすことはせず横薙ぎに振る。お皿を狙うのをやめたつもりだったのだが、その一撃が、スコーンと河童のこめかみに当たった。
「ピギャッ!?」
「あ。お皿の水、こぼれるんだ……」
燈弥がお皿から散った水滴を見て思わず呟く。
「なんかごめん……」
尋はちょっぴり罪悪感を覚えつつ、ハンマーを構え直すのだった。
「頭のお皿の水がなくなったら、どうなっちゃうのかしらね? ふふふ♪」
脱脂綿をお皿に放り込んで干上がらせてあげようかしら?などと考えていたリリーは、衝撃を与えるだけで事足りると気付いて妖しく笑む。
「凍ったらどうなるのかな?」
燈弥は好奇心のままに妖冷弾を放った。
付与された【炎】で、じゅうじゅうという音も聞こえるし、【氷】で凍りつく軋みも聞こえる。
「クエッ! まだまだ! やろう、やろう!」
河童は皿へのダメージを嫌がるそぶりは見せるが、だからといって昔話などの通りに弱ったりはしないようで、元気一杯だ。
「負けた! もう一本!」
春に地獄投げで投げ飛ばされても、立ち上がり再び向かってくる。
「てぇい! ウケケ今度はワシの勝ち!」
真正面から組み合うことしばし、今度は河童が掬い手で春を投げた。
「勝てば灼滅負ければ闇堕ち。一世一代の相撲も楽しいのう」
春もすぐに立ち上がり、格闘家の本能だろうか、その言葉通り楽しげに、歯を見せて笑う。
「……ツッパリでごわす」
「カパッパー!」
「……ごっつぁんちゃんこ」
「カパー!!」
この後も、主に好弥の発する謎相撲用語とそれに嬉しげに呼応する河童の声が、夜の境内に響き続けた。
攻撃の届かない位置にいるシエラへの【怒り】に、河童の攻撃回数は抑えられ、そのお陰もあって灼滅者たちは強烈な体当たりや投げにさらされながらも、楽しむ余裕さえもでてくる。
投げたり投げられたりが繰り返され、河童も灼滅者たちも土埃に汚れていった。
「そろそろ勝負がつくかしら?」
リリーが軽く息を弾ませながら、デモノイド寄生体と同化した青白い鋼糸をジグザグに繰る。ランプの明かりに、鋼糸はきらきらと蜘蛛の糸のようにきらめく。
「クエ……相撲……もっとだ、ニンゲン!」
河童は四股を踏むが、既にヒールもキュアも追いついていないのは明らかだった。それでも、灼滅者たちに向ける瞳は輝いている。楽しい、のだ。
終わりは近い。
「心苦しいですが、被害を出すわけにはいきませんしね」
静かな表情で侑二郎が放つは、尖烈のドグマスパイク。
(「ここは……攻撃優先!」)
ディフェンダーとして仲間を庇う行動の目立った梗花は、そろそろ立っているのが厳しくなっていたが戦いはあと少しだと思い切り、縛霊手を繰り前へと出る。
「ニンゲンと相撲……楽しいなァ……」
侑二郎たちの攻撃を受け倒れた河童の姿が、崩れ消えてゆく。クチバシから漏れた最期の呟きは、満足げだった。
境内に、しん、とした空気が戻ってくる。
「……良き結末となったかのう」
春は上がった呼吸を整えながら河童が祀られているという神社に目をやった。
「お騒がせしました」
燈弥は灯りをかざして社の中を覗き込んだ。
「あ、きゅうりがお奉りしてあります。これも、食べてくださいね……」
好弥は賽銭箱の前のお皿に気付き、自分が持って来たきゅうりもそこに加える。
「さようなら……」
リリーがそっと手向けたスパイダーリリーの細く白い花弁が、冬の冷たい夜風に吹かれて揺れていた。
●運動の後は、ほっこりと
「てぃんだちゃん……お待たせ……」
コンビニの前でいい子で主を待っていたてぃんだが、自動ドアから出て来たシエラを出迎えて尾を振った。
手に手に湯気を立てるものを買った灼滅者たちは、しばし店の前に足を止める。
「動いたから、身体あったまりましたねー」
「そうだね。コンビニの中じゃ暑過ぎた程度には」
尋と燈弥は、ホットコーヒーと肉まんを食べている。神社に向かった時と違い、2人ともコートの襟を少し開けていた。相撲の余韻が残っているのだ。
「でも、それはそれとしてあたたかい物がおいしいですね」
好弥はおでんをふぅふぅ吹いて、冷ましてからぱくりと口に入れた。
「そうね。実は日本のお料理で二番目に好きなのよ、おでん」
リリーは次にどの具を食べようかと、湯気を立てるカップの中を覗き込んでいる。
「んっ……あつ……。てぃんだちゃん……あつく……ない? 大丈夫?」
シエラは、あんまんの熱さに悪戦苦闘している。半分もらったてぃんだはと言うと、冷えたところから器用に齧っているようだ。
「皆お疲れ様。それにしても、古の畏れ……頑張らなきゃ、ね」
梗花はホットココアを両手で包み持って掌を温めながら、ふと、今後を思う。
「ええ。スサノオの全貌が、まだ分かってないだけに」
侑二郎が頷いて、からしをつけた肉まんを一口。
スサノオが起こす古の畏れの事件はこれからも起こるだろう。
しかし何事もまずは1歩から。1つの事件を解決し終えた灼滅者たちは、しばしの休息をとった後、帰還したのだった。
作者:階アトリ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年12月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 4
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