荒魂を醒ます者~一族を滅ぼす蛇神~

    作者:魂蛙

    ●荒魂を醒ます者
     真夜中の山中を、音もなく駆ける獣がいた。
     犬とも狐ともつかぬその獣を、山狗と呼ぶべきだろうか。今宵の月明かりの様な寒気を覚える青白い炎を朧の様に纏い、他の脚より一回り大きな左前脚には刀剣の如き鉤爪を持った、異形の山狗。
     山中の目的地に辿りついた山狗は、そこに突き立てられていた古い木柱に歩み寄り、無造作に押し倒した。
     山狗はゆっくりと円を描くように歩き、それから1つ遠吠えする。
     と、山狗の鉤爪の食い込む地面が、陽炎の様に歪む。山狗の声に応えるように、地面からずるりと蛇が這い出した。1匹、2匹、3匹。まだまだ這い出てくる。
     鎖に繋がれ、頭に捻くれた角を冠した大蛇だ。地面から伸びる鎖は大蛇をこの地に縛り付けるかのように、大蛇の尻尾に繋がれている。
     山狗は暫しの間大蛇を見つめ、やがて何処かへと走り去っていった。

    ●蛇神
     教室に灼滅者達が集まると、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は早速説明を始める。
    「先日の新宿防衛戦で戦ったスサノオは覚えているよね? スサノオが呼び出した古の畏れが、事件を起こそうとしているんだ」
     新宿で戦ったあのスサノオとは別個体のものだが、あの新宿防衛戦が今回のスサノオ出現のきっかけとなっている、と考えるのが自然だろうか。
    「現れたのは、頭に角が生えた蛇みたいな姿をした古の畏れだよ。行動範囲はある山の中と、その麓にある町に限られているんだ。普段は山を徘徊して出会った人間を襲うんだけど、1度誰かを襲うと、古の畏れは町まで下りてその家族や親戚を狙い始めるんだ」
     行動範囲こそ限定されるが、血の繋がりのある者を全て滅ぼすまで、古の畏れは執拗に狙い続ける。
    「山の中でお爺さんを襲った古の畏れは今、町に下りてそのお孫さんを狙おうとしているんだ。これ以上の被害者を出さない為に、みんなに退治をお願いするよ」
     古の畏れを呼び出したスサノオの事も気になるが、とにかく今はこの事件を解決するのが先決だ。

    「古の畏れは群れで行動して、ある男の子を狙って町中を徘徊しているんだ」
     少年の名前は深川・葉一(ふかわ・よういち)。8歳の男の子だ。
    「午後3時過ぎ、葉一君が公園で1人でいるところを狙って、古の畏れは襲いかかるんだ。みんなには葉一君の近くにいてもらって、襲われそうになったところで、助けに入ってもらうことになるよ」
     葉一に話しかけたりしても問題はない。ただし、古の畏れの襲撃より前に葉一が公園から出たりすると、古の畏れが襲ってくるタイミングがずれたり、別の血縁者に狙いを変えるといった危険性があるので、先に逃がしたりすることはできない。
    「古の畏れは全部で5体。ポジションは全てキャスターについて、解体ナイフの3つに似た攻撃をしてくるよ」
     古の畏れは都市伝説に近い性質を持っており、はぐれ眷属の群れのボスに相当するような個体は今回はいない。5体は全て同程度の能力を持っており、全てを灼滅する必要がある。

    「スサノオも気になると思うけど、ブレイズゲートみたいに予知が遮られて、行方が分からないんだ。でも、1つ1つ事件を解決していけば、きっと元凶のスサノオに辿り着けると思うんだ」
     まりんは励ますようにそう言って、灼滅者達を送り出すのであった。


    参加者
    源野・晶子(うっかりライダー・d00352)
    神楽火・國鷹(鈴蘭の蒼影・d11961)
    四季・彩華(蒼天に咲く舞白雪・d17634)
    駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)
    雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)
    東横山・寧々音(次世代型痴女・d22883)
    鬼灯・紅(カガチ鬼・d22900)
    田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)

    ■リプレイ

    ●守護の標
    「こんにちは」
     ブランコに座り静かに揺られていた深川・葉一は、不意に声をかけられて顔を上げる。そこに立っていたのは、見知らぬ女性だった。
    「……こんにちは?」
     葉一の半疑問のオウム返しに、東横山・寧々音(次世代型痴女・d22883)は微笑で答える。
     葉一の頬に朱が差し、恥ずかしそうに顔を伏せる。寧々音を警戒はしていないようだが、その表情は明るくない。
    「1人なん?」
     寧々音の問いかけに葉一はこくりと頷き、ややあってから口を開く。
    「お爺ちゃんが、帰ってこないんだ。お母さん達は忙しくて、だから外で遊んできなさいって」
    「……そか」
     帰ってこない。その意味を既に知っている寧々音は顔をしかめたが、葉一に悟られるより前に笑顔で取り繕う。
    「それじゃ、一緒に遊ぼか。おねーさんは寧々音。ねねねさんって呼んでな」
     少し笑顔を取り戻し頷いた葉一の手を取った寧々音を、神楽火・國鷹(鈴蘭の蒼影・d11961)は横目に見つつ自動販売機に小銭を入れる。
    「上手くいったようだな」
     國鷹は缶コーヒーを買いながら、自動販売機の傍らのベンチに座る駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)に話しかける。
    「あとは俺達が蛇の接近を見逃さない事、だね」
     眼鏡をかけイヤホンをつけた一鷹は、本を読むフリを続けながら頷いた。
     公園全体に散らばるように、灼滅者達は配置されている。その警戒網に穴はなく、古の畏れの接近を見逃す筈がない。
    「これは……?」
     変温動物特有の温度に乏しい気配を察知した源野・晶子(うっかりライダー・d00352)が、周囲を見渡す。生温い空気が漏れ出すような音は、公園の隅に植えられた潅木の中から聞こえてきた。
    「返セ……!」
     地の底から響くようなくぐもった声が聞こえた直後、潅木の下から角の生えた蛇が這い出す。
     5匹の蛇、怨嗟に満ちた10の眼に射竦められた晶子は一瞬怯むも、すぐさま恐怖を振り払い声を上げる。
    「東横山さん!」
     晶子の声に反応して庇う寧々音の肩越しに、葉一は古の畏れの姿を見ていた。
    「蛇……!?」
     駆けつけた晶子の背中が蛇の姿を覆い隠し、更に集まる灼滅者達が壁となる。晶子は葉一を振り返り、笑顔を作ってみせる。
    「大丈夫、全然怖くないですからねっ」
     葉一は事情は分からずとも蛇神が危険な存在だと本能的に理解し、晶子達の意志も感じ取り、そして頷く。
     一歩踏み出したのは一鷹だ。
     一鷹は怒りを湛えた目を蛇神に向けて、歩みを止めぬままに懐からスレイヤーカードを取り出した。
    「ライズ・アップ」
     光の中から、赤と黒の強化服を纏った一鷹が歩み出す。
     蛇神の一匹が鎌首をもたげて威嚇してから前に出ると、一鷹も歩みを速め駆け出して迎え撃つ。
     一鷹の両手から光が溢れ出す。握り固めた右拳の光は雷と化し、左拳からは光の刃が逆手に伸びる。一鷹は飛び出した蛇神の牙をサイキックソードで受け止め――、
    「お前達だけは……倒させて貰うよ」
     ――雷撃迸る右拳を叩き込んだ!
     その一撃を皮切りに、蛇神達が同時に躍り出る。怒りを露わに迫る蛇神の群れに身を竦ませた葉一は、見開いた瞳で確かに見た。
     ――吹き抜ける旋風。
     ――駆け抜ける白い翼。
     それらが交差し、蛇神を蹴散らす瞬間を!
    「大丈夫、絶対守るから……君のおじいさんに誓って」
     風を巻きつける薙刀を構えた田抜・紗織(田抜道場の剣術小町・d22918)が誓いの言葉を呟き、
    「ここは引き受けた! ねねねさん、その子を連れて遠くへ逃げて!」
     龍砕斧を振るって砂塵を巻き上げた四季・彩華(蒼天に咲く舞白雪・d17634)が白いロングコートをはためかせ寧々音を振り返る。
     頷いた寧々音が葉一を抱き寄せる。
    「ひんそーなお胸でごめんやよー」
     寧々音は身を竦ませた葉一に冗談めかして笑いかけてから、戦場から離脱しようと駆け出す。
    「さてっと、いっちょやりますかねっと」
    「お爺ちゃんの分も、絶対に助けなきゃねー」
     鬼灯・紅(カガチ鬼・d22900)と雛護・美鶴(中学生神薙使い・d20700)が祭壇を展開した縛霊手を、同時に地面に突き立てる。
     祭壇が鳴動した直後、地面を突き破り噴出した無数の光の柱が檻を形成し、蛇神の行く手を阻んだ。
    「返セ……!」
    「我ラノ……!」
     蛇神の前に立ちはだかった紗織が、薙刀の石突を地面に突き立てる。
    「追いたければ私たちを殺してみせなさい!」
     此処より先へは行かせない。
     突き立てた薙刀は、灼滅者達の覚悟の標だ。

    ●まつろわぬ神
     灼滅者達は蛇神の行く手を阻む壁となりながら、間合いを詰めて包囲陣を狭めていく。
     鎖に繋がれた尻尾で地を打った蛇神が、口を開く。吐き出す毒は瘴気の風となって灼滅者達に襲いかかった。
     並の人間なら一呼吸で肺が腐りかねないその風に、後退を余儀なくされた一鷹に蛇神が追い縋る。
     瘴気の中を泳ぐように這う蛇神が一鷹に飛びかかる。が、蛇神が食らいついたのは割り込み一鷹を庇った彩華の腕だった。
     蛇神を振り払った彩華に紅が駆け寄り、清めの風で瘴気を吹き払う。
    「ただのでかいだけのカガチ風情が、面倒くさいことしてくれんじゃねーよ」
     守りきらねばならないからこそ、守勢に回るべきではない。國鷹が前に出ると、その意図を汲んだ一鷹と晶子が追随する。
    「旧きものよ。貴様の理を、俺は否定する」
     國鷹が天星弓のアウレア・ディーウァに矢を番えると、攻撃を察知した蛇神達が周囲に光を通さぬ黒い霧を撒き散らす。
    「駿河、源野。手筈通りにやるぞ。一体ずつ仕留めるんだ」
    「いつでも行ける!」
    「わ、分かりました!」
     ライドキャリバーのゲンゾーさんが先行して、機銃を霧の中目掛けてバラ撒き牽制する。
     國鷹は蛇神が出てこないと見るとアウレア・ディーウァを天に向け、限界まで引き絞った矢を放った。
    「隠れたつもりだろうが……無駄だ」
     天空から光の尾を引き飛来する矢が霧のど真ん中に着弾、爆光を撒き散らす。
    「狙って――」
     たまらず飛び出した蛇神の前に一鷹が回り込み、ゴルフスイングよろしくマテリアルロッドを振り抜き蛇神を打ち上げる。
    「――源野先輩!」
    「はい!」
     バスターライフルを構えた晶子の指輪、トランスミッションから溢れる魔力がライフルに充填されていく。晶子は打ち上げられた蛇神を銃口で追い、蛇神が最頂点に達した瞬間にトリガーを引く。
    「外さない!」
     撃ち出された魔力弾は精確に蛇神を捉え、被弾した脇腹から蛇神を石化させていく。
    「狙い撃つ……!」
     間髪入れず、國鷹が二の矢を放つ。
     落下する蛇神を追って飛ぶ光の矢は命中と同時に炸裂し、蛇神を打ち砕いた。
    「返セ……!」
     同胞の死に対する怒りか、蛇神達が鎌首をもたげて声を上げる。
    「我ラノ地……!」
    「返セ……我ラノ地……!」
     さざめくような蛇神の言葉に、蛇神の正体を察した紗織がその名を呟く。
    「ヤトノカミ……」
     或いは、この古の畏れを生み出した怨念の主たる者達、と言うべきか。
     蛇神は無数の恨みを瘴気に換えて撒き散らす。立ち込める瘴気の中を蛇神達が跳梁跋扈し、灼滅者達を追い詰めていく。
    「まだ、倒れるわけにはいかないんだ!」
    「無茶はすんなよ!」
     彩華が蛇神の牙を斧で受け、膝を着きそうになる脚を紅のエンジェリックボイスが支える。
    「何とか押し返さないと……!」
     美鶴が祭霊光で瘴気を払うも、蛇神達が無尽蔵に撒き散らす風が相手ではキリがなかった。
     決して弱気になったわけではない。逃げ腰にもなっていない。
     だが、彩華がほんの一瞬の隙を突かれ、気付いた時には禍々しい毒牙が眼前に迫っていたのは事実だった。
    「くぅっ?!」
     ガードは間に合わない。彩華はただ耐え抜く覚悟を瞬時に決めて、直後に来るであろう牙の衝撃に備える。
     瞬間、冷気が瘴気を劈いた。
     空間を冷気が支配する。凍れる空気は時さえも止めてしまったかの如く、蛇神を氷結させた。
     蛇神を凍てつかせる絶対零度の魔法を放ったのは――、
    「みんな、待たせてごめんな!」
     ――寧々音だった。
    「葉一くんはもう大丈夫やさかい!」
     フェンスを蹴って公園に飛び込んだ寧々音が、再度のフリージングデスで蛇神を完全に氷結させる。
    「だったら、後はこいつらを片付けるだけだな!」
     紅が縛霊手を地面に突き立て、祭壇から溢れる光を打ち込む。直後、凍った地面を割って天を衝いた光条が、蛇神を串刺しにした。
    「今だ、彩華!」
    「うん!」
     紅に応えて、彩華は冷気と結界の間をステップを刻みながら駆け抜ける。彩華は上体を深く捻転させ龍砕斧を振りかぶりつつ踏み込み、蛇神を封殺する光の柱ごと――
    「やァああああっ!!」
     ――叩き斬った!

    ●憚り懼るるところなく
    「薙刀術は基礎しか知らないし、蛇相手の戦い方なんて思いつかないけど……灼滅者になった今なら!」
     紗織は頭上で回転させた薙刀を振り下ろし、その切先を蛇神の左目に向けて構える。
     尻尾を振って鎖を鳴らす蛇神に、紗織は飛び込み薙刀を振り下ろす。角で受けた蛇神が首を振って薙刀を捌くと、紗織はバックステップを刻みながら薙刀を払い、蛇神の牙と打ち合う。
     蛇神が弾かれるように後退すると、紗織は後足で地を蹴って踏み込み、上段から薙刀を振り下ろす。身をくねらせその一撃を躱した蛇神が、すかさず紗織の喉笛目掛けて飛び出した。
     その時紗織は既に、左手でクルセイドソードを逆手に握り、そして抜き放っていた。
    「田抜流小太刀――」
     蛇神の死角を剣閃が駆け、蛇神の体が地面を転がる。
    「――裏拍子」
     それから1拍遅れて、斬り飛ばされた蛇神の首が地面に落ちた。
     蛇神と対峙した國鷹は、鬼神変を発動させる。
    「この地にお前達の居場所はない!」
     國鷹の左腕が、鈍く光を照り返す鋼の如き異形と化していく。國鷹は軋む程に強く巨拳を握り固め、同時に地を蹴り飛び出した。
    「闇の向こうに帰れ!」
     國鷹は背中を見せる程大きく振りかぶり、振り抜く渾身の一撃で蛇神を吹き飛ばす。
    「返セ……!」
    「返せ返せと、お前達は……っ!」
     しぶとく体をくねらせる蛇神に、一鷹は腹の底から怒気を吐き出す。
    「お前達に……!」
     拳を固く握り突進する一鷹に対し、蛇神が大口を開けて飛び出した。一鷹は蛇神の毒牙に構わず繰り出した拳を蛇神の口に捩じ込み、そのまま拳を蛇神ごと地面に叩きつける衝撃が――、
    「葉一くんの大切な人を奪ったお前達に、それを言う資格はないっ!!」
     ――大地を圧し割った!!
     最後の1匹となった蛇神は覆しようのない劣勢を理解しているのか、灼滅者達を威嚇しながらも後退する。が、背後に立つ寧々音が、その逃げ場を塞いでいた。
     抗うように飛びかかった蛇神の頭を、寧々音は鬼神変を発動させた手で鷲掴む。
    「おんどれんせいで……痴女が男の子に声かける事件が発生してしまったやんかー!」
     寧々音の巨大な掌から伸びる氷の鉤爪が蛇神の角を圧砕し、容赦なく頭蓋に食い込んでいく。
    「とどめを!」
    「合わせます!」
     美鶴は前後に広くスタンスを取り、半身で構えた腰に向かい合わせた掌を添える。晶子は美鶴の掌の間の空間に銃口を差し込むように、バスターライフルを構えて蛇神を狙う。
     美鶴の掌の間にオーラが集束していく。美鶴が腕を上下に開くと、円環に形を変えたオーラが第二の銃口を形成した。
     美鶴が地面を踏み締め、同時に晶子がトリガーを引く。
    『いっけぇええええっ!!』
     撃ち放たれた光弾がオーラの円環を突き抜ける瞬間、美鶴と晶子を大きく後退させるだけの反動をもって再加速、迸るオーラの螺旋を纏って飛翔する。
     寧々音は蛇神を握ったまま巨拳を振り抜き、迫る光弾に蛇神を――
    「はァああああああっ!!」
     ――ブチ込んだ!!!

    ●痴女と書いてねねねさんと読む事案が発生
    「ったく、どーせ消えるんなら戦闘の痕跡も一緒に消していけってんだ」
     紅は毒づきながらも、片付ける手を休めない。
     國鷹達は戦闘の後始末をしながら、まだ分からないことの多い古の畏れやスサノオの手がかりになる物を探していた。
    「都市伝説のようなものだと言っていたが……ふむ」
     結果は、あまり芳しいとは言い難い。
     灼滅された蛇神は、遺骸の破片1つ残さず消えてしまった。それは都市伝説とも共通する点で、やはり古の畏れは都市伝説に近い存在らしい、ということの再確認に過ぎない。
    「ただいまー」
    「ただいま戻りました」
     葉一を迎えに出ていた寧々音公園に戻ってきた。晶子に手を引かれた葉一も一緒だ。
    「随分時間がかかったじゃねーか。そんな遠くまで連れてったのか?」
     紅の問いに、寧々音はそっと目を逸らす。
    「ねねねさんは……悪くないんや……」
    「あの、東横山さんが、その……警察に……」
    「あー……」
     非常に言いづらそうな晶子の言葉で大体の事を察した紅は、もう何も言えなかった。
    「……ん? どうしたのかな、葉一くん?」
     葉一が何か言いたげに前に出ると、彩華が膝を曲げて視線を合わせながら問いかける。
     葉一は灼滅者達を順に見てから、
    「お兄さん、お姉さん……ありがとう」
     お辞儀しながら小さな声で呟いた。
     少年の胸に満ちる感謝に、偽りはない。だが、葉一は全てを理解しているわけではないだろう。であれば、灼滅者達は葉一に何を言ってやることもできない。
    「……うん」
     彩華は精一杯の慈しみを込めて、葉一の頭を撫でてやるのだった。
     紗織と一鷹、美鶴の3人は、山中のスサノオが古の畏れを呼び出した場所に足を運んでいた。
    「……これが、標の梲ってやつ?」
    「かも、しれないわね」
     地面に倒された木柱を見下ろし問いかける一鷹に、紗織は曖昧な答えを返した。
     かつてそうだったにせよ、今は朽ちかけた木にしか見えない。スサノオがこれを倒して行ったことに、どれだけ意味があったのかも怪しいところだ。
    「足跡……?」
     美鶴は僅かに残っていた左と右で形も大きさも違う奇妙な足跡を見つめる。既に消えかかった足跡を、辿るのは不可能だろう。
    「スサノオの動向、早く掴めるといいんだけどね……」
     結局収穫らしい収穫は得られず、美鶴が肩を落とした。しかし、美鶴はすぐに顔を上げて、自分に言い聞かせるように呟く。
    「でも、地道にやってくしかないか」
     古の畏れを灼滅した事で、灼滅者達は確かに1歩前進した。この歩みを止めない事が、いつかスサノオを追い詰める事に繋がる筈だと信じて。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ