失われていく贖罪の行方

    作者:相原きさ

     彼女は楽しげに、その書類を受け取った。
    「わーありがとう、山崎さん。とっても助かっちゃった」
     その台詞は、どこか情も何も感じられない棒読みのようで。
     ここは、とあるオフィスの休憩所。今は何故か彼女と、その山崎さんしかいないのは、気のせいなのだろうか?
    「あ、あの……私、他にも仕事が……」
    「でね、次にこれやってもらいたいんだよね。いいでしょ?」
     彼女の言葉に山崎さんは、辛そうに俯いて。
    「……でき、ません……」
    「いいのいいの。あなたの仕事、やらなくていいの。私の仕事だけしてれば」
    「でも……上司に怒られてしまって、そのっ……」
    「やらなくていいっていってんだろがっ!!」
     彼女の剣幕に押されて、山崎は泣き出しそうな顔でがたがたと震えている。
    「ね、私、褒められちゃったの。よく出来てるって。だから、ぜひ、またやって欲しいの。お願い、聞いてくれる?」
     泣く泣く、しぶしぶといった表情で、山崎は頷いた。
    「じゃあ、今度の資料はこれね。データはこのメモリーに入ってるから」
    「で、でも……」
     にこにこと、彼女は続ける。
    「そうでないと、あなた、もっと孤立しちゃうよ? せっかく、がんばって入った会社なんだよね?」
    「ううっ……」
     おろおろしている様子に彼女は悦に入る。
    (「ああ、この顔がたまんないのよね。それに私よりもデキる相手なんて、ちょっとムカつくじゃないの」)
     だからと、心の中で呟いた。
    「いじめてあげる……」
     その彼女の言葉は、逃げるように去っていった山崎に届くことはなかった。
     
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、教室に入ってきた灼滅者達を確認してから、口を開いた。
    「皆、来てくれてありがとう。その前に……『病院』の灼滅者さん達とはもう会ったかな? 今回は、その『病院』の灼滅者さんからもたらされたダークネスの陰謀について、皆にお願いしたいの」
     言葉を区切り、印象付けるかのようにまりんは告げる。
    「贖罪のオルフェウスというシャドウが、ソウルボードを利用して、人間の闇堕ちを助長しているみたいなの……」
     話によると、どうやらオルフェウスは、人間の心の中の罪の意識を奪い、奪った罪の意識によって闇堕ちを促進しているらしい。
    「で、今回、皆が助けて欲しいのは、その……月宮椿さんって人なんだけど、入ってきたばかりの新入社員を孤立させて、自分の仕事を押し付けたりして、いじめてるみたいなの」
     最初は罪悪感もあっただろう。だが、今はオルフェウスのソウルボードの影響によって、歯止めが効かなくなっているようだ。
    「二人の関係は最悪な感じなんだよね……」
     まりんは続ける。
    「とにかく、月宮さんは、この地図にあるマンションに住んでるよ。2階に住んでいて、戸締りは気にしないみたいだから、潜入には問題ない感じだね。彼女が寝ている夜に潜入して、彼女の夢の中に入ってね」
     また、夢の中は神前に懺悔するかのような場所になっているらしい。
    「皆はその懺悔を邪魔して欲しいんだけど、ちょっと注意点があるの」
     まりんがいうには、そのまま何もせずに邪魔すると、椿がシャドウのようなダークネスもどきとなって、皆を襲ってくることになるらしい。その力はシャドウとほぼ変わらぬ力のようだ。
     しかし、邪魔するだけでなく、罪を受け入れるように説得することができれば、被害者とは別にシャドウのようなダークネスもどきが現れる。この場合のダークネスもどきは、シャドウよりも格段に弱くなるが、被害者を守らなくてはならなくなる。また、この状態で庇うことができずに、攻撃を受けてしまえば、即座に強力なダークネスもどきになってしまう。戦う際は、注意が必要だろう。
    「そうだね、強力なダークネスもどきは、巨大な刀を振り回してくるわ。かなり強力な打撃を与えるから、あまり攻撃を受けないようにしたりとかした方がいいかもね。それと、シャドウの力も使ってくるから気をつけて」
     そして、次に弱体化した相手についても説明を施す。
    「弱体化したときは、全体的の能力が下がって、打撃的な力はないけど、相手に嫌な攻撃をするようになるみたい。ただ、椿さんを執拗に狙ってくるから気をつけてね」
     それと、もう一つとまりんは付け加える。
    「説得に成功した場合はいままで犯した罪の意識に苛まれるかもしれないから、何らかのフォローが必要になるかも……。説得せずに戦った場合は、これまでの罪の意識を失ったままだから、人間関係などの問題は解決しないと思う。とはいっても、他人が下手に手を出した方が、悪化する場合もあるから……あまり深入りはしない方がいいかもしれないね」
     とにかく、とまりんは、今までの説明を聞いていた灼滅者たちを見つめた。
    「助けなきゃいけない相手に変わりないから、みんな、よろしく頼むね?」
     そういって、出かける灼滅者達を見送ったのだった。


    参加者
    星祭・祭莉(彷徨える眠り姫・d00322)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    森田・依子(深緋の枝折・d02777)
    有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)
    ハイナ・アルバストル(愚弄の火・d09743)
    雨来・迅(見定められた雷の宮護・d11078)
    銃神・狼(ギルティハウンド・d13566)

    ■リプレイ

    ●誰がための贖罪
     色とりどりのステンドグラスから、暖かな光がその部屋に注がれている。
     その場所に、立ち膝で両手を合わす女性がいた。椿だ。
     椿の前には、聖母を思わせるような美しい女性の像が置かれ、椿はその像へと懺悔を告白する。
    「今日もまた、哀れな子羊を苛めてしまいました」
     感情のこもらない声。けれど、このまま続ければいいのだと、椿は感じていた。
     そう、このまま懺悔すれば、この苦い気持ちも消えて……。
    「こんにちは。今、告解した心は、吐き出し捨てていいもの……じゃないですよね」
     その森田・依子(深緋の枝折・d02777)の声に驚き、椿は声の方へと顔を向ける。
    「あ、あなた達、いったいどこから!?」
     椿は突然現れた少年少女達に、苛立ちと困惑の色を浮かべていた。
    「懺悔の前に、ちょいと話を聞いてくれるかな? 君が山崎さんを追い詰めているお話についての助言さ」
     そう前置きして口を開いたのは、ハイナ・アルバストル(愚弄の火・d09743)。
    「相手を嫌って、ぶつかる事自体はそう悪いことじゃない。それもまたひとつの関わり方だからね。でも……君は一方的に追い込んで追い込んで、あまつさえその行為に対する罪悪感すら忘れようとしている。そんな逃避は君自身だって傷つけるぞ」
     いつもは不真面目なことばかりしているハイナであるが、今回ばかりは真剣にこの問題を解決しようと取り組んでいるようだ。そんな彼にも他人には言えない贖罪があった。椿のようになれたらとさえ、思っていた。けれど……彼はそれを選ばなかった。だからこそ、彼女の前に出てくることを選んだのだ。
    「ここで吐き出したかったことを、私達に聞かせてください。はじめはしんどかったのかもしれません。同じだけ努力しても、報われなかったり、より良く見られる人がいたら……悔しいってことは、ありますから。でも、人にぶつけ発散するのは、それをするほど自分の首を絞めてしまう」
     依子も優しく諭すかのように問いかける。
    「そ、それは……」
     言いよどむ椿に。
    「他人を妬み、自分のすべき事を押し付ける。それが貴女自身の積み重ねを否定する事だと気付くべきだ」
     アルディマ・アルシャーヴィン(継承者・d22426)もそう告げる。
    「で、でも……」
    「お姉さん、それって、立派なハラスメント。虐めなんだよ」
     幼い星祭・祭莉(彷徨える眠り姫・d00322)にそうズバリと言われて、椿は苦い顔を浮かべる。
    「キミが新人だった時、助けてくれた人はいなかったの? どうしてキミはそうなれなかったのかな?」
     有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)に言われて、椿はなにかに気づいたようだ。
    「『今のキミ』は確かに弱い。でも、『本当のキミ』は『今のキミ』が思うより、弱くはないさ。『負けたくない』という想いがあるならね。過ちを認めるのも強さの形さ」
     そう、へるは奮起を促す。
    「新人をいたぶり、その手柄を横取りする……確かに今はそれでよいだろうが、それもいつかは崩れる砂上の楼閣だ。今ならまだ引き返せる。山崎に謝る事も出来る。大丈夫。月宮さんにはそういった謝れる心はあるはずだ。だから、自分の心を思い出せ」
     クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)も強く訴える。いや、へるやクラリーベルだけじゃない。
    「自分より要領のいい山崎が憎らしいか? 他人を貶め妬むよりは彼より要領良く立ち回ればいいじゃないか。それは正しい競争意識だ。いじめられ、自分の仕事を奪われたらどう思う? そういう思いやり、罪悪感、それは捨てちゃいけない人間性そのものだ。今からでも戻り、やり直せる、それが人間の強さだ!」
     銃神・狼(ギルティハウンド・d13566)もまた、彼女を奮い立たせようとしていた。
    「大丈夫。悔やむ気持ちが大切ですよ」
     そう優しく声をかけるのは、雨来・迅(見定められた雷の宮護・d11078)。
    「反省してるなら、まだ戻れるんだよ」
     にこっと微笑んで、祭莉は手を差し伸べた。
    「まだ間に合う。自分と向き合うんだ。今やり直さなければ、君は人じゃなくなるぞ」
     ハイナも手を差し伸べる。
    「引き返すなら、今の内だ。どの道、私のやる事は変わらない」
     アルディマだけでなく、皆が手を差し伸べる。
     最後に手を差し伸べたのは、頼子。
    「あの、ですね。このまま続ければ、あなたが持つ素敵な部分も見えなくなりますよ。すっきりした後……そこに、何が残りますか? もう止めませんか? 戻れなくなる前に、本当はどう在りたいか、心に聞いて、山崎さんのこと、ちゃんと知ってみませんか?」
     その言葉に、椿の心が揺れ動く。
    「山崎のこと……知ってみる……」
     思わず復唱してしまうほどに。
     言われてみれば、椿は何もかもここに捨ててきた。
     抱いていた罪悪感、迷っていた心、全て。
    「皆、何か来るっ」
     その異変に気づいたのは、椿の様子をつぶさに観察していた祭莉だ。
    「私……」
     椿が口を開こうとした、そのとき。
    「グオオオオオオオォォォォ!!」
     存在を誇示するかのように、新たなシャドウが現れたのだ。
     真っ黒に染まった黒椿。いや、闇のような影が椿を覆っているといった方がいいか。
     目に輝きはなく、吸い込まれそうな黒に彩られている。
     それが、現れたシャドウだった。
     片手に巨大な剣を持ちながら、ゆっくりと狙うのは……本物の椿。
    「我が名に懸けて!」
     アルディマのカードを声をきっかけに、皆も武装し。
     ガキイイイン!!
     シャドウの剣をPassifloraを使って、依子が受け止めて見せる。
    「椿さんには、指一本、触れさせませんっ!!」
     そして、力強くシャドウを押しのけた。その間に灼滅者達が壁のように立ちはだかる。
    「安心しろ、月宮さん。あんたは俺達が救う。ここで、守ってみせる!!」
     狼の言葉に、椿は初めて安堵の笑みを見せた。
     人らしいその表情に灼滅者達は、これから自分達が成そうとしていることの正しさを感じたのだった。

    ●撃ち滅ぼすモノ
     灼滅者達の説得のお陰で、弱体化したシャドウを呼び出すことに成功した。
     後は、椿を守りきって、シャドウを打ち滅ぼすだけである。
    「オルフェウス、お前の悪行をボクは許さないんだよっ!」
     祭莉のバベルブレイカーから放たれる、激しく高速回転された杭がシャドウの体をねじ切っていく。
    「それ以上、近づけさせない!」
     迅の周囲へと五芒星型に符を放ち、一斉に発動させ、攻性防壁を築きあげる。それと同時にシャドウへとダメージを与え、しばしの間、足止めを行う。
    「いくぞ、青薔薇っ!」
     クラリーベルの愛刀に宿った熱き炎が、煌きと共にシャドウを切り裂く。
    「グオオオ……!!」
     依子ばかりを攻撃していたシャドウが、その攻撃を分散してきた。クラリーベルへと黒に染まった弾丸を放ってきたのだ。
    「いいよいいよ。それならボクも、キミの攻撃をしっちゃかめっちゃかにかき乱してあげるよっ♪」
     小柄な体でシャドウの懐に飛び込むと、手に持った殺人注射器を相手に注入する。とたんにシャドウが苦しむかのように悶え始めた。
    「それ、毒だから。よろしく♪」
     おどける様にへるはそう、シャドウに告げる。
    「全ての罪を忘れられたら、どんなに楽だろうかなァ? それでもっ!」
     影の触手を敵に向けて放つ。絡め獲られシャドウの動きが制限される。
    「それでも、人は現実で苦しみ続けるべきなんだ」
     それに続く言葉を、ハイナはその胸の奥に秘めて、攻撃を重ねていく。
    「刻め、我が魔道を!」
     そのハイナの攻撃にアルディマも高純度に詠唱圧縮された魔法の矢を解き放つ。
     次にシャドウが目をつけたのは……やはり、依子。
     椿の前から一歩も動こうとしないその、依子が邪魔で仕方がないのかもしれない。
    「グオアアアアア!!」
    「くっ!!」
     プレッシャーを感じる強烈な一撃に、依子は思わず、足をついた。
    「ふゅーねる、回復はお前が頼りだ。俺だけじゃなく仲間達にもな」
     その狼の言葉を理解したのか、狼の霊犬はすぐさま、傷ついた依子を癒していく。それを見て、狼は指輪にキスを落とす。指輪から放たれた魔法弾は、シャドウに制約という名の効果を与えていた。
     灼滅者の攻撃は終わらない。
    「自分の罪に溺れるんだよっ!!」
     トラウマを与えるナックルで、祭莉も攻撃を重ねていく。
    (「人を妬む気持ち……確かに誰でもある。しかし、そうして妬んで誰かを押し付ける真似は結局自分の価値も下げてしまう。月宮さんにも気付いてほしい」)
     キッとシャドウを睨みつけて、剣先を向けるクラリーベル。
    「だから、それを阻むものを斬ろう」
     剣を鞘に戻し、円を描くような見事な居合斬りで、シャドウに更なる攻撃を与える。
    「そうだ! 俺はお前らのようなやつらを倒して、もっと強くなってみせるっ!!」
     最後に迅が放った縛霊撃がシャドウを縛りつけ、そして。
    「ゴオオオオオ!!」
     ゆっくりと消えていく。
     こうして、灼滅者達は、椿を守りながら、シャドウを打ち滅ぼすことに成功したのであった。

    ●あなたの未来に
     椿のソウルボードもそろそろ時間のようだ。
     灼滅者達はうな垂れる椿にそっと近づいていく。
     その気配に気づき、椿は顔を上げる。椿の視線の先には、依子がいた。
     依子は安心させるように微笑んで見せる。
    「自分の嫌な部分と向き合うのは、怖いです。でも、あなたはもう二度と同じことをしないはず。なら、悪いと思ったことはごめんだけして、その後は、あなた次第」
    「これからどうするのかと言う不安と後悔もあろう。だが、そういったモノは過去や未来に目を向けて今を見てないから感じるのだ。今、月宮さんがやるべき事は何だ? よく考えるのだ」
     クラリーベルも声をかけてゆく。
    「そうだよ。後はキミ次第。自分の良心に従って」
     最後にへるが優しく突き放すような声をかけた。
    「皆さん……その、ありがとう……」
     椿がそう言った言葉が、答えになるだろう。
     眠っている椿の部屋から、灼滅者達はすぐさまその場を後にする。
     と、椿の住む部屋を迅は見上げた。
     これから椿は、正しい道を歩めるだろうか?
     いや、きっと歩んでいくだろう。助けてくれた者達に礼を言うことができたのだから。
    「迅ー! 行くよー!」
    「ああ、今行くっ!」
     ゆっくりと明るくなる空を見ながら灼滅者達は、椿のその後を案じつつも、ゆっくりと帰路についたのであった。

    作者:相原きさ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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