飾り珠のスサノオ~座敷童子~

    作者:相原あきと

     町外れにあるその古民家には、昔から『座敷童子』がいるとの伝説があった。
     今ではその伝説を逆手にとって、『座敷童子のいる家』として町おこしをしようとの話まで出ており、その古民家を管理する家と町長の話し合いが続いていると言う。
     そんなある日――。
     朝霧が立ちこめる早朝、白いもやの中から1匹のオオカミが現れる。
     日本狼を一回り大きくしたような体躯に、特徴的なのは左右のもみ上げ部分の毛が長く、途中に飾り珠がついている事だろうか。
     オオカミは件の古民家へ近寄ると数回遠吠えを行い、そのまま何事も無かったようにその場を後にした……そして――。
     ヒョコリ。
     誰もいないはずの古民家から、おかっぱ頭の少女が現れる。
     その足は細い鎖のようなもので大地へと繋がっているが、それ以外の外見はまさに――伝説の『座敷童子』であった。

    「みんな、スサノオについては勉強してある?」
     エクスブレインの鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)がみなを見回しながら質問する。
    「実は、スサノオによって古の畏れが生み出された場所が判明したの。今はまだ被害は出てないけど、放っておけば一般人に被害が出るわ。だからみんなにはその古の畏れをなんとかして欲しいの」
     珠希が言うには、とある町にある『座敷童子がいる古民家』なるものがあるらしく、古の畏れはそこで生まれる。……つまり、座敷童子がターゲットだと言う。
    「みんながその古民家に到着するのは、早朝の朝靄が晴れた頃よ。すでにその古民家に座敷童子がいるから、迅速に灼滅して。そうしないと……」
     その古民家は『座敷童子がいる古民家』としての伝説があり、オカルト好きがちょくちょく取材にやってくるらしい。
     珠希が言うには、その座敷童子は古民家に近づく者は無差別に呪い殺してしまうと言う。
    「家の人たちを守る座敷童子の行動なのかもしれないけど……その古民家に住んでいる人はいないわ。残念ながら説得が効く相手でも無いから……悲しいけど、灼滅してあげて」 
     珠希が唇と一度噛んで、そうつぶやいた。
     座敷童子はたった1人とはいえ霊力やオーラがかなり高く、攻撃方法は魔導書とリングスラッシャーに似たサイキックを使うらしい。相手の行動を妨害するような戦い方をしてくるので、その対処はしておいた方が良いだろう。
    「今回の事件を起こしたスサノオなんだけど、今は行方を予知できそうにないの……でも、そのスサノオが起こした事件を1つずつ解決していけば、きっと元凶のスサノオにたどり着けると思うわ。だから、今は目の前の事件を解決して、よろしくね」


    参加者
    李白・御理(アウトシェルリペアー・d02346)
    モーリス・ペラダン(鎌風怪盗・d03894)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    ヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)
    柾・菊乃(退邪鬼・d12039)
    木元・明莉(楽天陽和・d14267)
    リステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506)
    藤堂・恵理華(紫電灼刃・d20592)

    ■リプレイ


     電車とバスを乗り継ぎ、灼滅者達は自然あふれる田舎道を歩いていた。
    「座敷童子の伝承、私の故郷にもありました」
     そのうちの1人、巫女服を着た柾・菊乃(退邪鬼・d12039)が、もうすぐ出会う事になる伝承について呟く。
    「私は……父さまが聞かせてくれる、そのお話が大好きで。よくせがんで困らせたのものです。そんな寝物語の中の存在にこんな形で……因果なものです」
    「座敷童子って福を招く妖怪ですよね。それって何か恐ろしい畏れなのでしょうか? 例えば……子どもがいて幸せだけど、それを失うことがより恐ろしくなる、その喪失への畏れ……?」
     李白・御理(アウトシェルリペアー・d02346)が口元に指をやりながら質問する。
     その問いに答えられる者はいない、ただ、モノクルを煌めかせた怪盗モーリス・ペラダン(鎌風怪盗・d03894)がヤハハと笑い。
    「もしくは、伝承自体が歪んだか、何者かに歪められたのか……デスネ」
     中々に興味深い案件デス、と。
    「解明すべき謎は多くあるけど、まずは目の前の事に全力を尽くすのみよ」
     大人のような落ちつきでヴィントミューレ・シュトウルム(ジーザスシュラウド・d09689)が皆の意識をこれからの事へと引き戻し、灼滅者たちは再び黙々と歩を進めた。
     やがて、森の中に立つ古民家が見えてくる。いつ倒壊してもおかしくないほどの古さだがなぜかぎりぎり持ち堪えている……そんな古民家だった。まさに座敷童子がいそうな雰囲気である。
    「このテの文化史が好きな身としては結構わくわくするトコもあるんだけど……」
     古民家を眺めながら言った木元・明莉(楽天陽和・d14267)が懐のカードに手を伸ばす。
    「ま、古の畏れとなると放っておけるもんじゃない」
     明莉の言葉にリステアリス・エールブランシェ(今は幼き金色オオカミ・d17506)が小首を傾げ。
    「古き畏れ? 古い、都市伝説?……ダークネスとは、違う……のかな……?」
     見た事は無いが、ここにやって来たであろうスサノオを想像しリステアリスが思考の海へと沈みそうになる。
     日本特有のダークネス? 都市伝説? それとも移動するブレイズゲート……?
    「スサノオと、古の畏れ……。狙いも、目的も、分からないの……厄介、だけど……今は、やるべき事を、やるだけ」
     横からの声にハッとするリステアリス、見れば仲間のマリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)がカードを解放し、霊犬と共に戦闘準備を整えていた。
     他の灼滅者も次々にカードを解放、殲術道具を装備し……そして――。
     ひょこり。
     古民家の玄関、扉が斜めになって開きっぱなしになっている場所から、おかっぱ頭の少女がこちらを覗いていた。着物を着た6歳ぐらいの女の子。
     即座にターゲットだと解り、それでもその愛らしく無害そうな外見に藤堂・恵理華(紫電灼刃・d20592)が「ウザいです」と毒づく。
    「近づくものを呪い殺すとか……最早悪霊の類ですよね、これ。それに、見た目が座敷童子そのものという分、本当質が悪い」
     恵理華の憤りは他の仲間達も同じだ、今からあの少女を倒さなければならないのだから……。
     スッと1歩前に出たマリアが視線を少女と合わせるようしゃがみつつ手招きする。
    「……おいで。家、汚したくは、ないでしょ?」
     座敷童子の少女は一度だけ古民家を振り返ってから、、手招きに誘われるようにタタタっと灼滅者達の元へとやって来たのだった。


    「……ん、日本の妖怪? はじめ……まして」
     リステアリスが自分より小さな少女にペコリと挨拶をする。
     対して座敷童子の少女は、足に絡まる鎖を引きずながら皆の前でわらべ唄を歌いだす。
    「……日本の妖怪、よく知らないけど……ん、なんていうか……人を守る……そういう存在と、戦う……のは、変な……気分」
     リステアリスが少女に戸惑いながらも自身の剣に破邪の光りを集めようと構えた時、少女の唄が禁断の呪詛となって周囲の灼滅者に襲いかかる。そして巻き起こる炎の渦、それはまるで少女が来るなと言っているようだった。
     唄の危険性に気付いたモーリスが即座にビハインドに命じ、バロリがリステアリスを優雅に庇い、同じくディフェンダーのマリアが体力の低い明莉を庇う。
     もちろん、それで全員が庇われたわけじゃない。恵理華とマリアの霊犬は少女の炎に包まれる。
     そんな拭き上がる炎を避け座敷童子の少女へ接敵したのは御理だ。
     急に目の前に現れた御理に、少女が唄を止めて『何?』と首をかしげる。
    「畏れとは何か。都市伝説と同じ『そう振る舞うだけの力』なのか、それとも『そう生まれた命』なのでしょうか……」
     呟きながら少女の胴体を片手で掴む、それは鬼と化した御理の右腕。
     子供がおもちゃを乱暴に握り潰すかのように力込めると、少女の口から苦悶の悲鳴が響き渡る。
     思わず力を緩めそうになるが首を振り逃さぬよう力を込める。
    「ああいう悲鳴も……ウザいです」
     じと目の半眼で少女を見つめつつ、恵理華が味方の前列全てを包むようにシールドを展開、バッドステータスに対する耐性も同時に付与する。
     一方、最後尾に位置するビハインドの暗は唯一少女へ届く霊障波を放つ、だが神秘の高い座敷童子は御理に掴まれたまま声をあげて攻撃の軌道をずらして回避する。
    「だろうな」
     だが、それを予測しての動きか、暗の攻撃に気を取られた隙に近づいた明莉が雷を纏った拳で少女を殴りつける。
     殴られた衝撃で吹っ飛ぶ座敷童子の少女、その少女がむくりと起き上がった瞬間その周囲に結界が構築される。ヴィントミューレの張った霊的因子を強制的に停止させる結界に捕まり、少女が僅かに動きを止めた。
     自身に絡まる見えない糸を取ろうとするかのように、イヤイヤと手で何かを振り払う座敷童子の少女。
     やっと自由になったと顔をあげれば、目の前には菊乃が迫っていた。
    『嫌ぁぁぁ!?』
     座敷童子の少女が悲鳴を上げつつその視線が横へと流れる。
     ふと思い出す母の姿。
     菊乃はその視線から動きを先読み、少女の回避する方向に手で薙ぐと、母と同じく鬼の手へと変化した右手が、逃げようとした少女にジャストヒットし爪で切り裂く。
     着物を切り裂かれながら古民家の庭を転がる座敷童子の少女。
     外見上は弱々しい座敷童子を見ていると、どうにも心が折れそうになる……菊乃は腕を元に戻すと、母と同じ力を宿している事を確かめるよう丸太のような木刀を握り気合を入れ直す。
    『私の……家……私が守るの……だから……』
     少女が呟きながらゆっくり立ち上がり。
    『だから……来ないでーーっ!』
     衝撃波を伴う叫びは呪詛の言魂も乗り、いまだ燃えていた数人の炎が油を注がれたように激しく燃え上がる。
     見た目も行動も子供だが、その力は理不尽な程。
     もしこれが一般人に振るわれたらと思うとゾッとする。
     皆が古の畏れたる座敷童子の力を再認識したその時、少女の前にゆらりと立つはシルクハットに半仮面の怪盗モーリス。
     ステージで客へ挨拶するかのように礼をすると、どこから取り出したかトランプを扇状に広げる。
     思わず見とれる座敷童子の少女。
    「ヤハハ、ファイヤーの消失マジックをお楽しみ頂きマショウ」
     扇状のカードを一度まとめると、再び扇状に。
    『あっ』
     少女が驚く、再び扇状に開いたカードは全て白紙になっていたからだ。
     びゅう、とモーリスのステージを盛り上げるように風が戦場を吹き抜け、同時に仲間達を包んでいた炎が消える。
    「ゴッドブレスユーデスネ、ケハハ」


     座敷童子の少女との戦いは続く、少女は否定の言葉で灼滅者のエンチャントをブレイクしてくるが、単体ずつである事と、なにより少女のブレイクを上回る数のBS耐性の付与を灼滅者達は行っていた。
     炎とジグザグの対処を怠っていればすでに灼滅者側は敗走していただろうが、前中後の人数配分、キュアや耐性の用意と対抗策を準備していた灼滅者側は回復しきれぬ傷こそ増えているが、いまだ倒れる仲間はいない。
    「私の、声……聞こえる?」
     霊犬の浄霊眼で傷を癒しつつマリアが座敷童子の少女へ呟く。
    『どっか……行って……行ってーーーッ!』
     呪詛の叫びをぶつけてくる少女に、マリアは無表情のまま。
    「そう……なら……もう、おやすみ」
     オーラを拳に収束させつつ閃光の連打を少女に浴びせる。
     小さく軽い座敷童子がマリアの連打に古民家の壁際まで吹き飛ばされる。
     だが、壁にぶつかるぎりぎりで少女は耐え、家を守るよう手を広げると灼滅者を見つめる。
    「魂のような物は無くても……」
     その言葉に少女が上を見上げる、しかしその時には声の主――御理は足元へと着地し。
     プス。
     御理の注射器が少女の腕へ突き刺さる。
    『あああああっ!?』
     少女の悲鳴に顔をそむけながら、注射器を抜いて即座に距離を取る御理。
    「魂のような物は無くても……生きて居た。守りたかったのでしょうか」
     誰に言うでもなく呟いた御理の言葉。
    「ただ一人で家を守る、か」
     御理とすれ違い、ゆっくり少女へと歩いて行きながら明莉が言う。
    「もしそうなら、少し寂しいね」
     明莉が持つ銀の虎をモチーフにした銀刃刀に破邪の白光が集まって行く。
    「自我なんて無いんだろうけど……一体誰を、何を待っているのか」
     明莉が少女に向かって走り出し、それに合わせ黒死斬を打ちこむべくリステアリスも併走する。
     近づいて来る明莉とリステアリスを排除しようと、座敷童子の少女が禁断の呪詛を編み込んだ唄を歌う、再び中衛達を襲う炎。
     瞬後、焼かれながらも死角に回ったリステアリスが己が剣で少女を切り裂き、わずかにできた隙に明莉が銀刃刀で炎を切り裂く。
     明莉の剣撃によってできた道を、恵理華の影が一直線に少女へ伸びるとバランスを崩しながらも唄を歌い続ける少女を縛りあげる。
     少女は必死に影の戒めを振りほどき。
    『もう……嫌……だよぅ……』
     灼滅者に背を向け古民家へ逃げ込もうとする。だが――。
     ガッ!
     何かに弾かれるように古民家の方から吹き飛ばされる座敷童子。
     見れば少女の胴体にトランプ。
     古民家の前にはいつの間にかモーリスがおり、彼のオーラキャノンによって少女は弾き飛ばされたのだ。
     少女が大地へ転がる。
    『うう……』
     なんとか立ち上がろうとする少女だったが、その四肢を顎門のある黒き触手――菊乃の影業が噛みつき抑え込んだ。
    「あなた自身に罪はないわ。けど、これから起こる災いを無視はできないの」
     ヴィントミューレの呟きは最後の言葉。
    「今こそ受けなさい、この裁きの光を」
     降り注ぐ裁きの光条。
     ジャッジメントレイ、それは悪しきものを滅ぼし善なるものを救う光。
     光に貫かれた座敷童子の少女は、何かを求めるよう古民家へと手を伸ばし……光に溶けるように消えていった……――。


     座敷童子がいた古民家に向かって、略式だが心を込めたお祓いをし終わった菊乃が言う。
    「ある意味、スサノオには感謝しなければいけませんね……」
     少女が消えた場所を慈しむように見つめる菊乃。
    「感謝ですか? 私としてはあの狼、厄介な事をしやがると……そう思いますけど」
     別の意見を口にする恵理華。ウザいです、と口癖を吐く。
    「うーん、どっちが正しいのかはまだ解りませんが……スサノオに遭ってみたかったとは、思いますね」
     御理がどちらの意見に肩入れする事なく自分の意見を言う。
     だが、御理の言葉に数人が頷く。
     スサノオに直接遭ってみかたったのは御理以外にも数人いたからだ。
    「飾り珠のスサノオ……デスカ、ハテサテ、今頃何をやっているのデショウカネ」
     すっと胸から取り出したクッキーを、おどけた仕草で座敷童子が消えた場所へと親指で弾いて落すモーリス。
     その意図を仲間が組み取り、ヴィントミューレとマリア、そして明莉が同じ位置に1輪ずつ花を添える。
     それは、せめてもの慰め。
     何も解らないまま呼び起こされた座敷童子に対する――……。
     花は風に、クッキーは虫に、ここに彼らの痕跡は残らないだろう。
     それでも、この家を守ろうとした少女に何かしてあげずにはいられなかった。
    「座敷童子……人を守る……妖怪?……昔は、人を守る……ダークネスとか……いたの、かな?」
     日本の伝説に疎いリステアリスが呟く。
     灼滅者は淡々と立ち上がると、古民家へと背を向け歩きだす。
    「座敷童子っていうと『遠野物語』だよな? 気に入った家に取り憑き、繁栄を与える……けれど、座敷童子の居なくなった家は一気に没落する、扱いを間違えると正反対の事象を起こす、ってさ」
     帰り道、確認するように呟く明莉を見上げて御理が聞く。
    「なら、座敷童子がいなくなった家は、どうなるのですか?」
    「それは――」

     町外れにあるその古民家には、昔から『座敷童子』がいるとの伝説があった。
     今ではその伝説を逆手にとって、『座敷童子のいる家』として町おこしをしようとの話まで出ており、その古民家を管理する家と町長の話し合いが続いていると言う。
     森の中にあったその古民家は、誰かが去った後、静かに倒壊し砂埃が巻き上がる。
     やがて砂埃がおさまった時、そこに古民家の面影は無く崩れた廃材たちが横たわるのみ。
     何もかもがなくなっていた。
     誰かが近くに置いた花も、クッキーも……かつて聞いた少女の、屈託の無い笑い声も……――。

    作者:相原あきと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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