有田市の黒神山山頂にあるその岩は、天童岩と呼ばれていた。遙か昔に大蛇が巻きついていたと民話に残る岩だった。
真夜中の星がきらめく中、岩の上には狼がいた。すでにこの国には生存していないはずの狼は、たなびく白い炎で覆われており、ときおり蝋燭の火のように赤みがかった色に染まりながら風にゆらめいていた。
スサノオと呼ばれるそれは、新宿で滅ぼされた巨体とは比べるべくもなく、せいぜい大型犬と言った程度の大きさだが、その存在感は圧倒的だった。
そのスサノオが顎を上げ、夜空に大きく吠える。
聞く者がいたら寒気を覚えるその吠え声が天に響き、大地に染み込んでゆくと、帯状の影が現れ、ゆっくりと山を這い登ってくる。
影はやがて形を取り、漆黒の姿から真っ白な体が浮き上がってくる。そして、かつての民話のように岩肌に何重にも巻きつく大きな白蛇へと姿を変えていった。
大蛇は頭を垂れるようにしてスサノオに向き合っている。何らかの意思疎通があったのか、大蛇は長い舌をちらつかせながら目を伏せた。
「畏まりました、主様」
そう言うと、体をうねらせ、鱗で岩肌を擦りながら山を下り始める。大きな体を木々の中に埋もれさせて麓へと降りて行き、大蛇はやがて姿を消した。
しんと静まりかえった山の山頂。天童岩の上にはすでにスサノオの姿はなく、いずこへと消え去っていた。
「えっと、みなさん小型のスサノオがいっぱいいるというお話はもう聞いていますか? そのスサノオ達が『古の畏れ』を呼び出して事件を起こし始めているんです」
神立・ひさめ(小学生エクスブレイン・dn0135)は不安そうに話を切り出した。
「そう言ったひとつが佐賀県有田市の黒神山に現れることがわかりました。『古の畏れ』とは大地に刻まれた記憶をスサノオに呼び起こされた、いわば都市伝説のようなものなんですけど、今回のは黒神山に伝わっている大蛇伝説が畏れとなって姿を現し、放っておいたらスサノオのチカラとするために、町に降りて一般の人をいっぱい殺しはじめます」
事前に調べたノートを見ながらひさめは続ける。
「民話では生け贄となる女の人が囮となって白川池で待っていると蛇が現れ、そこで領主と朝廷の軍勢に退治されるというお話なんですが、この蛇も同じようにしておびき出せるみたいなんです。池は今だとダムの貯水池となっているんですが、陸続きの小島があって、来週の水曜朝6時にそこに女性がいれば蛇はやってきます。大地の記憶から生まれているので着物とかを着ていなくても現代に女性と伝わっている姿なら大丈夫です。ある意味女装の男性でも問題ないと思います。ただ、戦いになるときにその囮の人に怒りを覚えて標的にされやすくなるみたいで、ちょっと危険です」
少し不安そうな表情を浮かべながら、説明を続けた。
「伝説では蛇は岩山を7周半も巻き付くほどの大きさでしたが、まだ生まれたばかりなのか、今は10メートルないくらいです……それでも十分大きいですね。毒の牙で噛みついたり、体で巻きついたりして攻撃してきます。あと、地面を削るようにして尾で飛ばして来ますので気をつけてください」
説明を終えると、ひそめは顔を上げて仲間達の顔を見つめる。
「他の事件もそうみたいなんですが、これらのスサノオの行方や動向は未来予測でも予知しづらいみたいなんです。ただ、どうも続けて事件を起こしてゆくみたいなので、それを追って解決していけば、いつか必ずスサノオの所にたどり着けると思います。続く被害を防ぐために、どうかみなさん、よろしくお願いします」
参加者 | |
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東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152) |
四季・銃儀(玄武蛇双・d00261) |
紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358) |
帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872) |
笹勑・由燠(紅影幻夜・d11049) |
クロエ・アマガセ(森の言葉・d20336) |
魅咲・貞明(捻くれてそして笑っている・d21918) |
興守・理利(明鏡の途・d23317) |
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午前5時過ぎ。まだ日も昇らない暗い木々の隙間を慎重に音を立てないようにしながら進んでいる人影があった。まだ年若いその男女達は、声をひそめながら獣道や茂みなどを探索している。
「空撮地図ではこの辺に隠れられそうな場所がありそうだ」
紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)はいくつか用意してきた地図を吟味している。仲間達よりも早い時間からこの周辺を探っていた興守・理利(明鏡の途・d23317)が少し離れた茂みから姿を現し、手振りで合図を送る。
「この辺りがよさそうです。ここからだとあそこもよく見えます」
指し示した先には水辺に面した開けた空間が広がっている。囮役が待機する予定の場所だった。
「古の畏れを呼び出す……か、あの戦争で戦ったのは何だったのかしら?」
同じように早めに現場に来ていた東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)はつい疑問を口にしたが、現状では推測する材料も限られており、答えにたどり着くことは難しいことも自覚していた。
魅咲・貞明(捻くれてそして笑っている・d21918)はESPで18歳の姿になったまま、霊犬『ガルム』と一緒に待機場所に身を潜める。
「クロエは大丈夫ダヨ。みんなヲ信じてるカラネ」
薄衣を身に纏ったクロエ・アマガセ(森の言葉・d20336)が元気な口調で言いながら笑顔を向けた。『古の畏れ』として具現した大蛇は、エクスブレインの話ではこのダム湖の小島に囮として待機していればおびき出せると言うことだった。その囮役がクロエに任されたのだ。
微笑み返した帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)は早朝の水辺の冷気にコートと手袋で冷気から身を守っている。持参した保温ポットを取り出して、フタをコップにして湯気を立てるアップルティを注ぎだした。
「やっぱり寒いね、今のうちにお茶でもどう?」
みんなに配られていく暖かいお茶を四季・銃儀(玄武蛇双・d00261)も受け取りながら寒さに身を震わせた。
「……つーか、寒ぃ上に眠ぃ~ッ」
コップを両手に持って温もりを噛み締めながら、ゆっくりと温かいお茶を口に流し込んだ。
「蛇が現れるまで犬変身で身を潜めるつもりだから、なんなら抱いててもいいぜ?」
冗談交じりにそう言う笹勑・由燠(紅影幻夜・d11049)。
「カカカッ、それも悪くないな」
2人のそんなやり取りに、それなりに緊張していた空気がほぐれ、8人の灼滅者は気持ちを新たにして配置につき、言い伝えから具現した大蛇が現れるのをじっと待ち続けた。
黒髪山と空との境界線にうっすらと輝きが浮かびだした頃、木々の深い奥から何かの音が伝わって来始めた。
ずるずると言う何かを引きずる音と、金属の擦れる不快な音が鳴り響いていた。
ダムの池を通り過ぎて町の方へと移動するその音の主は、不意に動きを止めてくねらせながら進んでいた体を起こして木々の上に顔を出す。
普通ではない大きさの真っ白な蛇は鎌首をひねり、舌を時々ちろちろと出しながら鼻孔をついたにおいの元を探そうと首を回し、かつて白川の池と呼ばれた場所にその存在を見つけ出した。
邪魔な若木をへし折りながら大蛇は動きだし、池の中央にある島へと進み出した。じゃらじゃらと不快な音を立てて引きずっている黒光りする鎖は、黒髪山の方へと伸びている。遠く伸びたその鎖は、大地の中に溶け込むように奥深くつながっており、『古の畏れ』をその土地から逃れられないくさびのように、大蛇をその地に縛りつけていた。
大蛇はずるずると進んでゆき、池に面した広場に少女を見つけ出した。薄衣に身を包んだその少女はそっとたたずんでおり、大蛇が姿を現して目の前に迫っても動じる様子はなかった。
大地の記憶から具現した大蛇は伝承通りのその状況に抗うことができずに、生け贄として現れた少女を前に語り出した。
「うら若き乙女よ、猛きこの蛇に御身を捧げ賜え」
人の言葉でそう言いながら、真っ白な大蛇はゆっくりと口を開きながら少女に迫っていった。
●
大きく開いた大蛇の口から舌先が伸びでクロエに触れようとしたその時、うつむき気味に頭を垂れていた生け贄の少女が不意に顔を上げて閉じていた目を開き、蛇に向かって語り出した。
「蛇ヨ蛇ヨ。眠りを醒まサレ魔に堕チタ蛇の精霊ヨ。木々の声を聞ケ。森の言葉ヲ聞ケ。再び眠レ。三度眠レ。この地に伏シ、この森を護レ」
不思議と無視できないその語り口に、大蛇は少し下がりながら動きを止め、生け贄をじっと見つめた。
そのわずかな時間に、身を伏せていた仲間達が一斉に飛び出してきた。ESPで犬に変身していた由燠が真っ先にたどり着き、変身を解いてキリングツールを開放し、身構える。
陥れられたことに気がついた大蛇が自分をだました生け贄に怒りをぶつけようとしたが、素早くその間に立ちはだかった優陽が全身から炎を噴き上げ、その炎を拳に集約させて鱗に覆われた蛇の体に叩きつけた。
「やっぱり襲うなら女性っていうのは定番なのかしら?」
大蛇の反撃に備えながら疑問を口にする優陽に、残り続ける炎に身を焦がしながら蛇は見下しながら答えた。
「生命を宿す女とは大地に属するもの。故に供物として土地に祀るにふさわしい存在よ」
「へぇ、そうなのね。でもちゃんと答えてくれるとは思わなかった……感謝するわ」
そんなやり取りの間にも攻撃の手は止まらない。殊亜はサイキックソード『真光の剣』に意識を集中した。身構えた剣を大蛇に向けて突き出すと、刀身の光が輝きを増して一気に放出され、蛇の鱗を所々剥ぎ飛ばしながらその身に突き刺さった。
「弓はないけど…光の矢だ!」
黒髪山の大蛇伝承を意識した殊亜の攻撃に、大蛇は痛みに身をくねらせる。
「……来るッ! 土飛ばしてくンぞッ!!」
銃儀は大蛇から警戒の視線を外さないまま仲間達に身振りで合図する。
その言葉通りに大蛇が仰け反らした尾を地面に叩きつけた。えぐられた地面の石つぶてが散弾銃の弾のようにクロエへ飛んでくる。
彼女のビハインド『マッドマン』が身替わりとなって石つぶてを受け止めた。同じようにそばにいた貞明も自らの霊犬に守られながら大蛇に反撃をしようと身構えていた。
カカカッ、と独特の笑い声を響かせながら銃儀が胸元にトランプのマークを具現化する。体の内に秘めた闇の一部を開放し、破壊的なチカラを呼び覚ましていた。
フリルのついた真っ白なドレスをひらめかせながら夜好が前に出た。契約の指輪を着けた手を高々と上げてチカラを集約し、振り下ろすようにその指先を大蛇に突きつけると、凝縮した魔力が弾丸と化して飛び出し、蛇の首元に突き刺さる。
「今は貴方の生きる時代ではないわ、さぁ…またお眠りなさい」
のたうつように尾を振り回す白蛇に、夜好は言い放った。
「食らえ!」
由燠が大蛇の懐に飛び込んで、手に持ったガンナイフを巧みに利用した格闘術で、翻弄しながら確実に蛇の肉を鋭い刃でそぎ落としていく。
追い打ちをかけるように、理利がナイフを片手に距離を詰めた。独特な形状に変化したナイフの刃が大蛇の肉をえぐり取り、血が噴き出した。
血飛沫を避けながら後ろに下がった理利は戦闘に意識を集中しながら思わず疑問を漏らす。
「スサノオは一体何を企んでいる?」
由燠はガトリングガンを開放して持ち直しながら、その疑問に肩をすくめてみせながらまた意識を大蛇に戻した。
大口を開けた大蛇がすさまじい早さで襲いかかるが、その毒の牙は素早く交わされることで空を切った。
尾を振りながら上から見下ろす大事の威圧感は以前衰えず、傷ついたことなど意に介さないまま白い大蛇は幾度も襲いかかってくるのだった。
●
幾度目かの大蛇の尾が鉈のように振り下ろされて、吹き飛んだ土や石が前に立つ3人に襲いかかった。
「く、痛ぁッ!? さすがに古の存在、やるわね……」
痛みに眉宇をひそめながら影業で攻撃を繰りだす夜好のそばから彼女のナノナノが飛んできて、空中をうろうろと飛び回った。
「ナノナノ~」
緊迫した場に不釣り合いな愛嬌のある声で叫んだ途端、ナノナノの体からピンク色のハートが放出されて、1番傷ついている優陽の体を癒し、動きを阻害する大蛇のサイキックの影響を消し去った。
「ありがとう」
感謝の言葉を靴にした優陽は自らの影を長く伸ばして大蛇に絡みつかせる。長く伸びた影は幾重にも大蛇を縛り、ぎりぎりと締めつけた。
「蛇ニハ負けナイヨ」
回復の合間にクロエは、弓矢で右目を打ち抜かれたという言い伝えを意識して天星弓で矢を放つ。なかなかうまくは当たらないが、それでも大蛇の体には何本かの矢が突き刺さっていた。
貞明は後方から攻撃しながら、手が足りないときは回復の方も補助している。
「カッ、元気な小蛇ちゃんなこった」
絡め取ろうとする大蛇の攻撃を身を捻って回避した銃儀は、すれ違いざまに自分の影を膨張させて蛇の体に喰らいつかせた。大蛇の大きな体を飲み込んだその影は、顎のように噛みついて『古の畏れ』に深い傷と共に幻の敵を刻み込んだ。
クロエや他の傷ついた仲間達にシールドリングで援護し終えた殊亜に大蛇が素早く巻きついた。
「くっ!?」
大木を砕くほどの締め付けに苦痛の声をもらした殊亜は、ほどけて開放されると意識を集中して裂帛の気を放出して傷を癒した。
繰り返される攻防の中で、大量の石つぶてが由燠達に襲いかかった。
「チッ!」
苛立たしげに舌打ちをしたが、大蛇の動きは目に見えて鈍くなってきており、その攻撃にもキレ学なってきていた。地道にサイキックの影響を積み重ねて与えていた由燠は、攻め時だと判断してガトリングガンを腰だめに構えてトリガーを引き絞った。
モーター音を響かせて回転するいくつもの銃身から大量の弾丸が撃ち出され、傷つき血に染まった大蛇の白い肌に幾つも穴を穿っていった。
「おおぉ……!?」
いままで苦痛の声など漏らさなかった大蛇の口から、とうとう悲鳴にも似た声が溢れ出した。
動きの止まった大蛇に対し、理利が人差し指と中指を突き出した剣指の形に握った手を構えて、横なぎに切るようにして手を振り抜いた。
一陣の風が刃となって渦を巻きながら飛び、大蛇の首元を通り抜けた。
時間の止まったような間をおいて、大蛇の白い肌に真っ赤な筋が横に走り、そして大量の血が噴き出した。
大蛇は懸命に体を支えようとしたが、抜けていくチカラを保つことができなくなり、ぐらりとゆらめいた。
「……無念」
一言そう言うとそのまま頭から倒れて行き、大地を揺るがせて大きな体を埋めるように倒れ、は虫類特有の無機質な瞳を閉じた。
●
尾の先から粒子が崩れるように霧散してゆく伝承の大蛇は、最後にかすれるような声で言葉を残した。
「主様、御役を果たすができず、申し訳ございませんでした……」
その言葉と共に最後に残った頭が消えてゆく。蛇に絡んでいた黒光りする鎖は大蛇が消えると耳障りな音を立てて地面に落ち、そのまま大地に飲み込まれていった。
「……ふぅ~」
しばらく緊張したままだった理利は、不慣れだった実戦に勝利したとわかってやっと安堵の息をついた。
「伝説で止めを差したのは盲僧か……」
そう口にして、やっぱり少し恥ずかしくなったのか、理利は照れだした。
由燠は仲間達を見回して様子をうかがい、傷ついてはいるものの深手を負ったものがいないことに、内心で安堵していた。感情を表に出すことがないのであまり気がつかれていないが、実は心配性な所があるのだ。
「ふぅ何とかなった……このままだとあらゆる伝承の物の怪が出てきそうねぇ」
回復にまわるナノナノに感謝の言葉をかけていた夜好は、仲間達と同じように力を抜いてそうつぶやいた。それに頷いた殊亜は少し考え込む。
「……しかし直接戦わないで古の畏れにやらせるのはなんだろう。まだ戦えるほどのチカラはスサノオに無いのかな?」
推測を始めた仲間達と少し離れて、クロエは灼滅した大蛇に部族の作法で祈りを捧げていた。
「精霊とシテ、この森トこの山ヲ護ってくれるヨウニ、二度と蛇魔と成らないヨウニ」
そのそばで同じように黙祷する貞明。
優陽は昔読んだ本で白蛇は虹へ転生するという言葉を思い出し、大蛇の伝承が以前のようにこの地を守ってくれるよう、冥福を祈った。彼女達の想いは風に乗り、未だ自然のあふれるこの地の遠くまで届いていった。
そのとき、銃儀の口から大きなあくびがあふれて漏れた。
「ふぁ~……早く帰って、暖けぇ布団に包まって寝たいもんだぜ……」
そんな言葉に笑みが浮かび、徐々に大きくなって仲間達は声を上げて笑い出した。
ひとしきり笑うと、灼滅者達はその場を後にして帰路をたどり出す。未だ早い朝の山々に、狼の咆吼が一声響いたが、その声を聞いた者は誰もいなかった。
作者:ヤナガマコト |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年1月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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