阿用郷の鬼

    作者:立川司郎

     阿用郷の鬼。
     古くは出雲国風土記に記された、鬼の伝承である。

     人の途絶えた時間を狙ったかのように、ぽつんと狭い参道をケモノが立っていた。片耳が千切れては居るが、白く気高い毛並みを持ち冬風になびかせ、石段を上がっていく。
     見上げた社は、木々に囲まれてぽつんと建っていた。
     田畑と山が囲む、のどかな田園風景が社の周囲を包み込んでおり、古き自然を残した郷。
     ケモノはしばしの間じっとたたずんでいたが、やがてすうっといつの間にやら姿を消していた。
     いつからその社は、そこに在ったのだろう。
     いつから人を見続けたのだろう。
     ケモノが去って、次にランドセルを背負ったままの小学生の男の子が二人やってきた。
     ケモノが居たことには気づいてはいない。
    「あよさとのおに」
    「ちがうよ、あよのさとのおに、だよ」
     言い換えて、少年が言った。

     その一つ目鬼は……人を食らう。
     
     道場に座した相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は、無言で一冊の本を出した。
     それは、出雲国風土記という本を訳したものであった。
     隼人は硬い面持ちで、今回の事件について語り出す。彼女が話したのは、スサノオに関するものであった。
    「スサノオにより古の畏れが生み出された場所が判明した。……場所は島根だ」
     古き伝承の残る場所。
     古き風土。
     隼人は、そこで一体の古の畏れが目を覚ますのだという。
    「阿用郷の鬼、という伝説があってな。一つ目の鬼が現れ、畑仕事をしていた男を両親の目の前で食らうという残忍なものだ」
     一目というのは、鍛冶の神である天目一箇神を想定させる。多くの場合こういった一目妖怪は人畜無害であるといわれているが、この鬼は人を食うのである。
    「現れるのは、阿用神社という場所だ。近くに小学校もあるし、時間帯が夕刻……巻き込まれるのは避けたい。ただ、林に囲まれているから人払いは容易だろう」
     阿用の鬼は一体で出現するが、身体能力は高い。
     何故か年少の者から襲う傾向にあり、炎を操るという。隼人の言った話しと関連があるのか無いのかは不明だ。
     おそらく調べても何も分からないだろう。
     とても古い伝承の存在。
     それだけ分かればいい。
    「この事件に関わっているスサノオの行方はこっちでも追っているが、どうも予知がしにくい。……鬼に聞く訳にもいかねェしな」
     頭を掻きながら、隼人はため息をついた。
     遠く島根に、不安を抱きつつ隼人は送り出した。


    参加者
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    ベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)
    石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)
    花凪・颯音(花葬ラメント・d02106)
    天羽・桔平(信州の悠閑神風・d03549)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    清水・式(王室パティシエ・d13169)
    神楽・武(愛と美の使者・d15821)

    ■リプレイ

     魔が出る刻、と石上・騰蛇(穢れ無き鋼のプライド・d01845)が静かに言った。
     忍び寄る闇に染み渡るような、冷たく静かな声であった。人が去る刻、闇から逃れて家に戻り身を潜める刻。
     そこに出る存在を、呼び起こしたモノがある。
    「残照消え入らんとする黄昏を逢魔が時、と呼びますが……まことに鬼が出るとは」
    「スサノオも物騒な『モノ』を呼び起こしてくれたもんですね」
     花凪・颯音(花葬ラメント・d02106)がそう言うと、それに清水・式(王室パティシエ・d13169)はさらりとした口調で返した
    「大丈夫、鬼退治は慣れてるから」
     緊張を解きほぐす為でもあっただろう、式は比較的リラックスしているように見える。本を読みながら歩いているベルタ・ユーゴー(アベノ・d00617)に気付き、足下に気をつけてと促した。
     ふ、と顔を上げて頷き、ベルタは再び本に熱中する。
    「阿用郷の鬼、って鍛冶師さんとかの伝承なんやな~」
    「鍛冶師の伝承だっけ? 食べられちゃった話だよね」
     天羽・桔平(信州の悠閑神風・d03549)が首をかしげて、思い返す。
     たしか、両親がおびえて隠れている目の前で鬼に食われた男の話である。見捨てられたと思った男は、隠れている両親に声を掛ける。
    「そう」
     ベルタは読んでいた児童書を、ひょいと桔平に見せた。
     一つ目鬼は、鍛冶の祖神である天目一箇神と何らか関係があるとする見方がある。一つ目の妖怪が比較的人を襲わないというのも、仕事に徹した鍛冶師の性質を受け継いでいるからかもしれない。
     面白い事に、島根にはまだ一つ目鬼ノ話がある。
    「のうま、って言うのも島根の話やで。この辺、鍛冶師多い所なんちゃうかな。この神サマ信仰してたのかもしれへんね」
     遠い昔に思いを馳せるように空を見上げながら、ベルタは本を横から見ていた神楽・武(愛と美の使者・d15821)に手渡した。ベルタは竹竿を担いだまま、先頭を歩き続ける。
     竹竿の先には目籠と柊の枝が付いており、何だか妙な格好である。
    「それ、何なの?」
     武が聞くと、ベルタは振り返りつつ笑った。
    「魔除けなんやて。一つ目小僧が来うへんようにするお呪いや……こっちの方でも効くか知らんけどな」
     一つ目妖怪の伝説は、いくつもある。
     そして鬼の伝説もまた、日本中に幾つも点在していた。この伝承の時には、一体幾つの鬼が居たのだろうかと颯音は考えていた。
    「阿用郷の鬼は日本最古の鬼と言われています。そんな鬼に、たとえ仮に呼び起こされたものだとしても、目籠が効果を成すでしょうか」
     騰蛇は、籠の効用に疑問を投げるように言った。
     これが最初の鬼って事っすか、と颯音が聞くと騰蛇は考え込んだ。少なくとも、確認出来る最古であるのには違いない。
     逃げたら逃げたで困るっすねと十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は笑っているし、ベルタは効かぬとも効くとも言いはしない。明るい調子でそう言う彼らに肩をすくめ、騰蛇は視線を上げた。
     木々に囲まれた社が、すぐそこに。
     細い参道を上がると、古びた社がぽつんとある。夏は風通しもよく、日陰になって涼しい所なのだろう。
     桔平はじっと社を見ていたが、ざわざわと吹く風に身を任せて目をそっと伏せる。この地の力が、桔平に力をくれるようにと祈りを捧げる。
    「この地に生まれた子が、鬼に食べられちゃう事がないように……」
     社に手を叩き、桔平は頭を下げた。
     周囲を見回っていた刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)が何かに気付き、騰蛇を呼ぶ。
    「この社、スサノオが祭神らしい」
    「偶然……ですか。他の依頼でスサノオに関係する場所はなかったと思いますし」
     スサノオが祭られた社で、スサノオが鬼を呼び起こす。
     これもまた、この場所における因果なのかもしれないと刃兵衛は心中で感じて居た。ふと顔をああげ、風を感じる。
     周囲に何かが潜んでいるような、そんな気配を感じる。
    「来るか」
     刃兵衛が言うと、ざわりと木々が鳴った。
     鎮座した社の向こうから、何かが音を立ててやってくる。木々を慣らしているのは鬼に食われた男の両親……ではない。
     そこに居るのは、遙か昔に生まれた鬼の残り香。
     地に轟く咆哮を上げ、鬼は巨体を現した。
     狭霧が音を防ぎ、武が殺界形成を行う。
    「子供の未来を摘むようなお馬鹿さんは、このアタシがベッコベコにしてやろうじゃない」
     武はオーラを漲らせて身構えた。

     突進する鬼の体からは炎が巻き上がり、咆哮とともに吐き出した。
     式を守るように前へと出たビハインドの神夜は、炎を浴びながらも一歩もその場から動かない。鬼の行く手を阻み、式を守るのが今の神夜の役目である事が分かって居るのだろう。
     式は落ち着いて影を操り、鳥を模るそれを鬼へと差し向ける。
    「行って、鳥たち」
     細い手から送り出された鳥が鬼へと襲いかかり、視界を遮る。
     だが鬼は、ぐるりと周囲を見まわして拳を握り締めた。無骨な腕には鋭い爪が付いており、口から覗く牙は鋭い。
     ぎょろりと動いた目が捕らえたのは、やはり式……そしてベルタ。
    「年齢が見えている訳じゃなさそうだね」
     式が言うと、影を放ちつつ武がにっこりと笑った。
    「少なくとも、アタシは対象外ね」
     炎に焼かれる神夜とベルタを見て、武が風を起こす。厳つい容姿ながら、風は緩やかに柔らかく。仲間にまとわりつく炎を吹き消すように、境内を流れていく。
     しばらくは風が必要ね、と呟いて武は治癒を式と息を合わせる。
    「風だけじゃ足りないワ、治癒は頼んだわよ」
    「分かったよ、こっちは僕の方が得意そうだ」
     縛霊手を蠢かせ、式が答える。
     荒々しい鬼の攻撃を、何とか躱すようにと狭霧が立ち回っていた。誘うように、右に左へと攻撃を見ながら動く狭霧。
     しかしスピード、パワーともに上回る鬼を見切るのは、中々容易ではない。
     ぐんと伸ばした腕が、弾こうと振り返した星葬をも押し返して狭霧を切り裂いた。
    「さすがに重いっすね」
    「あんたの相手はこっちやで!」
     狭霧の代わりに、ベルタが声を上げた。鬼のターゲットがかわり、ベルタを包むように炎を吐き出す。
     幾度にも重なる炎は、武の風があっても徐々に体を焼いていく。
     糸を操り、鬼の攻撃に耐えながらベルタは攻撃の態勢を見せた。糸を張り巡らせたベルタが、鬼の突進の正面でにらみ返した。
     飛びだそうとした騰蛇は、ベルタの影がわずかに動いたのを見逃さなかった。
    「突っ込むだけじゃ、勝たれへんよ」
     ふと笑いを浮かべて、ベルタは影を食らいつかせた。
     細い糸の影に隠れ、地を這い忍び寄った影による攻撃は鬼の目を上手くかいくぐる。その影が作り出した鬼のトラウマは、一体どんなものだっただろうか。
     鬼が殺した男か?
     それとも、鬼が殺された古代の灼滅者か。
    「ねえ、自分が食われるってどんな気持ち?」
     狭霧は笑いながら言い、また自身も影を繰り出して鬼に食らわせる。更に鬼の心を抉るように、影が二重に絡みつく。
     さあ、もっと声を聞かせてよと狭霧が話す。
    「あよ、あよってあんたが食った男のようにさ」
     狭霧が言い終わるかのうちに、颯音が飛び出した。鬼を凝視したまま、拳を繰り出す颯音には怒りすら感じる。
     ただ無言で攻撃を続ける颯音を見た狭霧は、思わずその腕を掴んでいた。
     引き戻された颯音は、鬼を睨み付けたまま声を出す。
    「あよ、ってどういう意味だったんでしょうね」
     颯音が呟くと、狭霧が答えた。
     あよとは動くという言葉の古い言い回しであるという。
     両親が隠れている竹叢の竹が動いている事を警告する為に、鬼に食われながらもあよと叫んだと言われている。
    「助けを求めていたのか、それとも助けようとしていたのか……どっちなんでしょうね」
     颯音は低い声で言った。
     颯音がどちらを思っていたのか、狭霧はその横顔からは察する事が出来なかった。むくりと起き上がった鬼の拳が、颯音を吹き飛ばしたからである。
     蹲った颯音を見た武と式が、縛霊手から霊力を放つ。
    「代わった方がいいかしら?」
     武が声を掛けると、颯音は首を振った。
     呼吸を整えた颯音の視界で、狭霧は相手を引きつけるようにベルタとともに鬼の前へと飛び出していた。
     騰蛇が禍津月を構えると、刃兵衛もまた風桜を構える。
    「二人がかりで斬り付ければ、いかに鬼の硬い皮膚であろうと切り裂く事が出来よう」
     刃兵衛は、ふと笑うように唇を動かす。
     呼吸を整え、騰蛇に合わせて飛び出した。ベルタの横を抜け、狭霧を背に庇い鬼の不死元に飛び込む刃兵衛。
     左右から刃兵衛と騰蛇は飛び込み、二刃は交差するようにすり抜けた。
     刃は、風を切り鬼の体を切り裂く。
    「畳みかけろ!」
     更に飛び込みつつ、刃兵衛が叫んだ。
     咆哮を上げた鬼の炎が、頭上から降り注ぎ刃兵衛の黒い髪に燃えつく。一刃を振り払うと、ちりりと焦げた臭いとともに炎がかき消えるが、体にはまだ炎が絡みついていた。
    「頼もしいね」
     桔平はにんまり笑い、紅桔梗・天を構えた。
     愛刀に阿用の地の力が込められている事を感じながら、桔平も斬りかかる。二人が足止めする間、鬼の炎を浴びて刀を振り下ろす桔平。
     まとわりつく騰蛇、刃兵衛、そして桔平をうっとうしそうに見やり、鬼が腕を払った。強打は騰蛇が受け止める。
     ビリビリと痺れる程の腕力に、騰蛇は目を細めた。
    「既に、相手を選ぶ余裕すら無くなりましたか」
    「さすが伝説の鬼、でも僕らは負ける訳にいかないんだよ!」
     振り下ろす桔平の刃は、夕陽に輝いてキラリと光る。
     ガイアの力を受けた刃は、鬼に防げるものではない。恐れず、立ち向かう桔平の刃は鬼の首に突き刺さると、貫いた。
     桔平を掴んだ鬼の手は、ずるりと崩れ落ちていく。
     静かに見下ろしながら、桔平は笑う。
    「出雲の神サマの力を貰ったパワー、思い知ったか」
     からからと笑う桔平は、鬼退治の桃太郎のようだった。
     ふ、と微笑して刃兵衛が息をつく。
     ……それは、御利益がありそうだと。

     静寂の戻った社を、颯音はじっと見つめていた。
     もう鬼の気配は無く、少し離れた所にベルタが落とした児童書が落ちていた。それを拾い上げ、颯音は読み始めた。
     笹の葉が揺れている事を告げ、両親に動かぬように言ったとそこには書かれていた。
    「もし……」
     もしそれが仲間だったら、勝てないと分かって居ても自分を助けに飛び出しただろうか。そんな事を考えても仕方ないと分かって居る。
     肩に触れた狭霧の手に気付き、振り返る。
    「帰ろ、センパイ」
     何も聞かずに、狭霧はゆるりとそう言った。
     境内では、まだ式と桔平が周囲を見回っていた。ここに居たはずのスサノオの手がかりを探して見回るが、何も落ちてなどいなかった。
    「耳の欠けた狼……と聞いたけど」
     思案するように、式が視線を動かす。
     ほんとうにここに居たのが阿用の鬼だったのかと、武が首をかしげた。
    「今までの都市伝説って、そんなに古いものは出て来なかったわよネ。でもスサノオって、古い伝承をわざわざ呼び起こしてる……って事かしら」
    「古の畏れ、ってのはさっきの鬼の事だよね。なんかすっごい敵だけど、手がかりっていうとスサノオしか無いもんなぁ」
     桔平は溜息をつくと、振り返った。
     社に手を合わせている刃兵衛の背を見て、桔平も社へと引き返していく。力を借りた神サマに、お礼……と頭を下げる。
    「あ、帰りにご当地グルメ食べたいな」
    「そんな事を考えて頭を下げたのか?」
     刃兵衛が呆れたように言うと、桔平は首を振った。
     それはそれ、これはこれである。
     スサノオの一件が1日も早く片付くように、と刃兵衛は願った所だ。せっかく出雲まで来たのだから、神頼み。
    「神は祀り、鎮めるもの」
     騰蛇が、社を見つめながら言った。
     想えば、この地の鬼も強引に眠りから覚まされた被害者なのかもしれない。なるほど、畏れ……と刃兵衛が呟く。
    「そろそろ行くよ~帰られへんようになるよ!」
     手を振るベルタに返事をすると、刃兵衛と騰蛇は歩き出した。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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