伝承から招かれた畏れ

    作者:波多野志郎

     夜、その山間の村に一匹のオオカミが姿を現わした。
     美しい、白い毛並みの獣だ。もちろん、自然の獣ではない。その身には、青く鮮やかなオーラをまとい、軽やかに駆ける姿は自然の生物ではない。
     スサノオ、そう呼ばれる存在だった。
     そのスサノオが訪れたのは、一つの祠だ。そこは、かつて巨大な猿の妖怪が暴れ回り旅の僧によって封印された――そう伝えられる場所であった。
     スサノオはその場を一周、二周と回ると再びその場から駆け出した。そして、ソレは姿を現わす。
    『キィキィ!!』
     体長は三メートルほど、鮮やかな緋色の大猿だ。その大猿が天を仰ぎ吼えれば、右足首の地面に繋がった鎖がガチャリとなった……。

    「スサノオが古の畏れが生み出した場所がわかったっす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)が、そう切り出した。
     その古の畏れは、昔に猿から妖怪変化へと成り果ててその山村の周囲で暴れ回り旅の僧に調伏――倒され、封印されたという伝承を持つ存在だ。今もその山村では、祠は大切に祭られている――時折、村人の信心深いご老人が掃除に来るのだが……。
    「そうなると、古の畏れによって犠牲者が出てしまうっす。そうなる前に、対処して欲しいんすよ」
     不幸中の幸い、祠があるのは村の外れだ。今からなら、十分に犠牲者が出る前に終わらせられる。
    「小さな村っすからね、へたの巻き込んだりしないように夜に挑んで欲しいっす。念のため、ESPも使っておけばより万全っすね。それと夜っすから、きちんと光源を用意して欲しいっす」
     倒すべき古の畏れは、一体のみ。体長三メートルほどの大猿だ。ダークネスほどの戦闘能力ではないが、油断すれば思わぬ損害を被る事になるだろう。しっかりと作戦をたてて、対処にあたって欲しい。
    「の事件を引き起こしたスサノオの行方は、ブレイズゲートと同様に、予知がしにくい状況っす。スサノオの目的は一切見えないっすけど、だからこそ一つ一つ対処していく他ないっす。それが、必ず事件の元凶にあるスサノオに繋がるはずっす。どうか、よろしくお願いするっすよ」
     被害が出るかどうかの瀬戸際だ、翠織は真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)
    砂原・鋭二郎(中学生魔法使い・d01884)
    嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)
    雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    渡世・侑緒(ソムニウム・d09184)
    ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)

    ■リプレイ


     山の夜と言うのは、ただ暗闇があるのではない。天に月が輝けば、それだけで薄い光源となる。それは、無数の影を作るのだ。その影が折り重なるように積み重ねられ、深い深い層のような闇が生み出される――それが、夜の闇の正体だ。
    「自然が豊かな場所は好きですがスカートやショートパンツだと、葉が軽く触れただけで足が傷だらけになるのが女性としては困ります。でも『隠された森の小路』のおかげでファッションも妥協せずに歩けて助かりますね」
     クルリ、とそう敢えて明るく言うステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)の言葉に、仲間達の間から小さな笑みが漏れる。過度の恐れや緊張は能力発揮を阻害する――ステラのさりげない配慮だった。
    「一難去ってまた一難、という訳でもないが、面倒事は減らないものだな」
     光源でも見通せない暗闇を見回し、顎を撫でながら嵯神・松庵(星の銀貨・d03055)がこぼす。それに、雪柳・朝嘉(影もぐ・d04574)もうなずいた。
    「元凶のスサノオを探して倒さないと似た事件が続きそうだね。でもすぐには見付けられないみたいだし一つづつ確実に対処して被害を減らしてかないとね!!」
    「古の畏れ……新宿防衛戦で遭遇したばっかりの、まだ武蔵坂学園に戦闘記録が少ない相手。どんな性質をもっているかわからないから、用心深く注意して挑まないと」
     元気に言う朝嘉に、山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)も表情を引き締めて呟く。
    「まー、折角掃除に来てるじーさんばーさんが被害に合わないように退治しないとなー」
     歩を止めず振り返り、海藤・俊輔(べひもす・d07111)が笑って言った。この道は村の外れ、そこそこ昇った場所にある。その道を歩きながら掃除にやって来るお年寄りが危険なのだ、確かに守るべき存在を再確認した。
     ステラが、小さく微笑む。自分の言葉でわずかに弛緩した空気が、また引き締められていく――しかし、そこに気負いはない。むしろ、負けられない戦いに挑む心地のよいぐらいの緊張感だ。
     不意に、闇が薄れる。影となる木々が急激に減った――広場に出たのだ。
    「……赤い、な。忌々しい色だ、あの色を見ていると胸がざわつく」
     伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)の言葉と同時、灼滅者達が反射的に身構える。黎嚇の言うように、吹き出したばかりの鮮血のような禍々しい緋色がそこにいた。
    『――――』
     猿だ。ただし、ただの猿ではない。その体長は、三メートルはある。見上げるばかりの、大猿だ。
    「狼が呼んだ鎖に繋がれた大きな猿かー、なんか昔話みたいだなー。あ、そっかー、昔話みたいなのが元になってんだっけー」
    「大猿がまた暴れまわる前に何とかしないとです」
     あ、と自分の言葉で思い出した俊輔に、渡世・侑緒(ソムニウム・d09184)が小さくうなずく。
    『キィ、イイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――ッ!!』
     大猿の咆哮――長い両腕も利用して地を蹴った大猿に、砂原・鋭二郎(中学生魔法使い・d01884)は淡々と唱えた。
    「灼滅開始」
     スレイヤーカードから引き抜いたマテリアルロッドに絡み付いていく――そして、護符揃えを弾倉に引き金のない長銃を作り出した鋭二郎が構える。
     身構えた灼滅者達に、大猿は抑える事を知らない殺気と共に振り回した右手で地面を抉る。そして、豪快に放たれた大量の礫が灼滅者達を襲った。


     ドォ!! と、衝撃が土煙を巻き上げる。何一つ小細工などない、力技だ。松庵は苦笑しながら、足元の影から伸びた刃を掴み突き出した。
    「真っ向勝負と行こうか」
    「うん、だね!」
     解体ナイフを逆手に構え、朝嘉も笑う。砂煙に混じるように、夜霧が積み重なるように展開される――その中を、俊輔が小さな体で駆け抜けた。
    「いざじんじょーにしょーぶだー!」
     パワーにはパワーで、俊輔はその右腕のバベルブレイカーを構え全体重を込めて突き出す。ドン! とドリルの回転した杭を大猿は素手で掴み、受け止めた。だが、ギュガ! と回転する杭は受け止められるのを拒むように、大猿の手を弾き飛ばした。
    「喰らえ」
     ガッ! と霧と砂煙を食い散らかし、鋭二郎が発射した影が走る。その影喰らいに、大猿は真っ向から迎え撃った。影の口が大猿を飲み込む――その直後、内側からその巌のような拳が影を打ち砕いた。
    『キィ!!』
     その瞬間、懐深く身を沈めて踏み込んだ侑緒が突き上げるように回転する杭が荒れ狂うバベルブレイカーを繰り出す。それを両腕で受け止めた大猿は、貫かれた腕を振り払い大きく跳躍――バク宙して距離を開ける。
    「今です」
     侑緒の言葉を受けて、着地の瞬間を狙ってステラと透流がガトリングガンの銃口を同時に向けた。
    「はい、お任せを」
    「大猿さんを薪にさせてもらう」
     ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! と、着地点に放たれた爆炎の弾丸の雨が大猿を襲う。自ら銃弾の中に飛び込む形となった大猿は、身を掲げてステラと透流のブレイジングバーストの猛威をやり過ごした。
     その間隙に、黎嚇が大猿の死角へと回り込む。
    「言葉が通じるとは思えないが、一つ言っておこう」
     大猿が、黎嚇の動きに気付いて裏拳を放った。だが、そこに黎嚇の姿はない。裏拳と同じ速度でザ! と地を蹴って更なる死角へ回り込んだ黎嚇は、静かに言い捨てた。
    「この時代に目覚めた事を後悔するんだな」
     十字架の片割、黒曜石の如き黒い短剣を黎嚇は横一閃に振り抜いた。大きく切り裂かれる緋色の毛並み、しかし、大猿は構わずに動いた。
    『キィイイイイイイイィィイイイイイイイイイイィイイィイイイイイイイイッ!!』
     両腕で地面を掴み、咆哮する。その吼えた衝撃を撒き散らされた。それは真っ直ぐに夜の大気を震わせ、黎嚇へ迫る!
    「させないです!」
     寸前で黎嚇の前へ回り込み、侑緒がバベルブレイカーを盾のように構えて庇う。一撃一撃が、ただ鋭く、ただ重い。その事を感じながら、灼滅者達は間合いを開けた。
    「伝承の僧は、これを一人で封じたのでしょうか? ……だとしたら、かなりの力量だったのでしょうね」
    「かつての僧では封印するだけで精一杯だったのだろうが、僕なら、いや我々であれば完全に灼滅する事ができる筈だ」
     呼吸を整えてのステラの呟きに、黎嚇はよく通る声で言い捨てる。それに、ステラは微笑み、腰の黒いリボンを揺らして構えた。
    「そうですね」
    『キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
     大猿が、地面を蹴る。それに、灼滅者達も同時に動いた。


     いくつもの光源が影を刻む中、その中心で大猿が荒れ狂う。
    「おー、すごいなー」
    「動いてるから熱いし、ちょうどいいね!」
     その大猿を左右で挟むように、俊輔と朝嘉が歓声を上げた。攻撃の意志はなく、ただ腕を振りまわす。それだけでも巻き上げる風は凶悪な風切り音をなびかせ、受ければただですまないと想像させるのに十分だった。
    「よいしょっと!」
     腕を掻い潜り、横回転して加速を得た朝嘉がバベルブレイカーを繰り出す。ドン! と回転する杭が大猿に突き刺さり、肉を抉る手応えが伝わる――その使い心地に、朝嘉は笑った。
    「うん、いい感じだね!」
     そこへ、大猿は拳を振り下ろそうとする。だが、朝嘉は敢えて動かなかった。既に懐に俊輔が潜り込んでいるのがわかったからだ。
    「目には目を、追撃には追撃をってなー。国語で習ったー」
     跳ね上がった俊輔のマテリアルロッドが、大猿の顎を強打する。遅れてやって来た衝撃に、大猿がのけぞった。
    「合わせます」
    「はい!」
     侑緒とステラが、同時に動く。侑緒の足元からくまのぬいぐるみの形をした影がとことこと駆け出し、ステラの足元からは刃となった影が音もなく走った。ザザン! と侑緒とステラの斬影刃が、大猿の胸元に×の字を刻んだ。
    「ここ」
     身長ほどもある重厚で無骨な雷模様のガントレットを構え、透流が突っ込む。ロケット噴射で加速したその一撃が、大猿に刻まれた傷の中心を――。
    「!?」
     打ち抜けない。大猿が、その右拳で相殺、受け止めたのだ。互いに体勢を崩し、後ろへと下がる――しかし、大猿はその距離を助走に利用した。
    『キィイイイイイイイイイイイイイイェッ!!』
     繰り出される大猿の連打が、流星群のように前衛に降り注ぐ。ただでさえ重い一撃の連打だ、その威力は凄まじかった。
    「貫け」
     それでも構わず、影の銃床を右肩に当て鋭二郎の放ったマジックミサイルが大猿の顔面を捉える。それを受けて大猿は体勢を崩して着地するが、次の瞬間には腕を振るう反動を利用して横に跳んでいた。
    「よく、動く」
    「あぁ、体は大きくても動きは猿のそれだ」
     鋭い裁きの光条を癒しの力として使う黎嚇に、松庵はうなずいた。預言者の瞳による短期未来予測を眼鏡の裏に映し、松庵はその動きを視線で追う。
    (「厄介な相手だな」)
     ジャッジメントレイによる回復を行ないながら、松庵は内心でこぼした。実力そのものを考えるならば、そこまでの脅威ではない。ただ、その一打の重さは油断すれば一気に持っていかれる、常にその可能性をはらんだ戦況だった。
     それでも、ここまで優位に戦況を進めたのは堅実な役割分担のおかげだ。クラッシャーがダメージを稼ぎ、ディフェンダーが確実な守りを心がけ、ジャマーが戦況を着実に引き寄せ、メディックがその戦線を維持する――。
    「このまま、押し切ります――!」
     ステラが回り込み、大猿と交差する。振り返りざまに大猿は拳を握るが、それよりも早く、ステラの殺人注射器が突き刺さり生命エネルギーを吸い上げた。
    『キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』
    「穿て」
     鋭二郎の引き金の無い長銃から、影の刃が発射される。ザン! と大きく肩口を切り裂かれた大猿が、両腕で地面を掴み踏ん張った。それを見た松庵が、声を張り上げた。
    「咆哮が来るぞ!」
    『キィイイイイイイイイイイイイイイイ――!?』
     大猿が咆哮を上げようとしたその瞬間だ、大猿の視界が大きく反転する。踏ん張ったその瞬間、松庵の声に反応して一気に懐に潜り込んだ俊輔が合気投げの要領で大猿を投げ飛ばしたのだ。
    「どーん!」
     その掛け声が可愛くなるほどの轟音と共に、大猿が地面に叩き付けられた。地面がひび割れ、砂煙が巻き起こる。大猿は素早く起き上がるが、その時には既に松庵が踏み入っている。
    「この好機、逃さない」
     ヒュオン! と松庵の右腕が振り払われた。その影の刃が大きく大猿の胴を切り裂くと、大猿の膝が揺れる。
    「僕とて龍殺しの伐龍院だ、妖怪変化如きに遅れはとらない、とってはならないんだ」
     静かに、己に言い聞かせるように呟いた黎嚇が、その光り輝く右手を大猿へと突きつけた。
    「古の畏れよ、我が裁きの光を受けて闇へと還るがいい」
     ドン! という黎嚇のジャッジメントレイによる光条が、大猿を打つ。グ、と顔面の前で両腕をクロスさせて踏みとどまった大猿の足元へ、侑緒が滑り込んだ。
     タン、と侑緒が地面を掌で叩いた瞬間、影で作られたくまのぬいぐるみが跳躍。大猿の顎を、その頭突きでのけぞらせた。
    「お願いします」
     その言葉に応え、朝嘉と透流が大猿の背後から担ぐように持ち上げる。大猿は腕を振って暴れるが、既に朝嘉と透流は投げの体勢に入っていた。
    「せーのっ!!」
     朝嘉の掛け声と共に、大猿の巨体が投げ飛ばされる。そのまま、頭頂部から地面に落とされた大猿は、動かない。そのまま、断末魔もなく消え去った……。


    「祠が壊れなくて、良かったです」
    「おう、だなー」
     古ぼけた祠を見て笑みをこぼす侑緒に、俊輔も満面の笑顔で同意した。戦いが終わり、入念にスサノオの手がかりを探っていた黎嚇だったが、その成果は得られなかった。
    「結局、わからずじまいか」
    「封印って今の私達にはできないよね……私達とは違うダークネスと戦うための力がどこかに? ブレイズゲートって、ある意味封印だよね……新宿防衛戦の時のスサノオさんの姿ってブレイズゲートの白い炎の柱に似ていたらしいけど何か関連が?」
     透流は疑問を口にするが、その答えを出せる者はいなかった。わずかな沈黙が流れた後、ステラが笑顔で言った。
    「今日のところは、村の皆様が被害に合わずにすんだ。その事を喜びましょう」
    「そうだね! ついでに、 祠の掃除とかもしてあげよー♪」
     何にせよ、戦いで荒れた状況はどうにかしなくてはならない――朝嘉の提案に、異を唱える者はいなかった。
     これは、始まりの一歩に過ぎない。それでも、その一歩がスサノオへと至る道だと、灼滅者達は思わずにいられなかった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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