観夜の誕生日~この佳き夜に観る星々~

    作者:若葉椰子

    ●Many Many Twinkle Little Stars
     みんな、じぶんで土星のわっかを見たことはある?
     おっきなアンドロメダ銀河とか、夜空いっぱいの天の川。朝焼けと夕焼けの時にちょっとだけ見える、金星。
     すこしまえにみんなが話してた彗星はなくなっちゃったけれど、他にもまだまだたくさんの彗星があるんだ!
     それからそれから……うう、言いたいことがいっぱいありすぎて、ぜんぜんおさまんないや。
     もっとみんなと、ゆっくりおはなししたいよね!
     
    「みんな聞いて! 僕、ここに入学してから初めてのおたんじょうびがくるんだ! 七さいになるんだよ!」
     自分の成長が嬉しいせいか、いつもより更に元気いっぱいな声で名木沢・観夜(小学生エクスブレイン・dn0143)はそう切り出す。
     武蔵坂学園の、というよりも小学校の児童となってから初めての誕生日。興奮するのも頷ける話だ。
    「それでね、せっかくのおたんじょうびだから、僕のだいすきな星空をいっしょに見られたらいいなあっておもったんだ!」
     観夜が提案したのは、夜空の下で行う野外パーティー。都会の喧騒から離れた千葉の南部で、灼滅者達とささやかな食事を楽しみながら思う存分夜空を眺めたいという。
     気温が低く太平洋側では湿度も低いこの時期、昼夜問わずよく晴れる空と冷えて澄み切った空気で、観測には絶好の条件なのだ。
     光害を考えて照明こそ控えめだが、それが逆に幻想的な風景をもたらしてくれるだろう。
    「僕もみんなもいつもいそがしくって、あんまりおはなしできないから……こういうところで、なかよしになれたらいいな」
     そう話す観夜の顔は、灼滅者達と過ごす夜への期待で満ち溢れていた。


    ■リプレイ

    ●それは素敵な星の夜
     井戸のつるべを落とすように早く、冬の夕暮れは終わりを告げる。
     いよいよ長い夜へと差し掛かったその時を待ちわびたように、そこには幾人かの人が集まり始めていた。
    「手持ちのカメラだとちょっとレンズが古すぎて、星の写真には向いてませんねー」
     大荷物となった観夜の機材を少し肩代わりし、佐祐理は愛用のフィルムカメラについて話している。
     良い天体写真を撮るにはなにかと専用機器が必要だ。今回はラフに楽しむという事もあって、今回は実用品を持参している。
     特に光害を抑える赤いセロハンは好評で、参加者の電灯に余すところなく使われていた。
    「観夜ちゃんこっちこっち! 一緒に木星探しましょ」
    「オリオン座の上って聞いたけど、わかる?」
    「うん! えっと、こんやの木星はオリオンの右ひじのさきだね!」
     観夜を呼んだ狭霧と壱は、今夜一番見応えがありそうな天体、木星を探していた。
     惑星は星空の中でころころと位置が変わるものの、夜半の明星と称され一際強く輝くこの星を見つけるのはそう難しくない。
     さしたる時間をかける事もなく、晴れ渡った夜空に発見を喜ぶ三人のハイタッチが響いた。
    「占星術だと、木星は幸福の象徴なんだって。だから、木星の形容詞jovialでも『幸せな』、『愉快な』って意味が……って、あれ、壱センパイ大丈夫?」
    「や、慣れない本とか星座盤とにらめっこしたせいか、知恵熱?」
     狭霧の話を興味深げに聞く観夜とは対照的に、学術的なものへ白旗を上げる壱。
     確かに、専門的な話についていけない人も多いだろう。一区切りとばかりに差し出された狭霧の紅茶を飲みつつ、その後はゆるやかな談笑が続いた。
    「さて、この季節さそり座は……やっぱり見えませんね」
     自らの守護星座を探す静穂だが、残念ながらこの時期は早朝までずっと地平線の下に沈んでいるようだ。
    「オリオンがよく見える時は、サソリのいない時ですからね」
     そのつぶやきに反応した優歌が、バックライトの照明を最小限にした電子書籍を交えて会話に加わる。
     いわく、素行の悪さから神々の怒りを買ったオリオンはサソリによって毒殺され、その功労でさそり座が出来たのだとか。
     同じくオリオンも天空に輝く存在となったが、さそり座を恐れて正反対の位置となる。さそり座が出てくる時には、オリオン座が沈んでいくのだ。
    「見てくださいイコさん、空も地上もお星さまだらけです」
    「わぁ、すごいわ。地上にも星がたくさん……!」
     平原の片隅でちょっとした水場を発見したなこたが、少し遅れて追いかけるイコと霊犬のたまを呼び寄せ、三人そろってその光景に見入っている。
    「僕、昔の記憶がカラッポですから、じっくり星を見上げるのは初めてかもです」
    「からっぽ、ですか。それなら、これからいっぱい詰め込みましょう」
     何も知らないのなら、これから知っていけばいい。これから先、それこそ星の数ほどの思い出がきっと出来る事だろう。
     勿論その中には、この空もきっとある。二人の見上げた先、牡牛座の目として赤く輝くアルデバランのように、明滅しながらずっと残るに違いない。
     寒空の下で、凍えた身体をスープがじんわりと温めていく。さっき見た星と同じ、赤色のミネストローネだ。
     三人で囲む団欒なら、たのしさも三倍。そう思わせてくれる空気が、その場を優しく包んでいた。
    「お誕生日おめでとう、素敵な夜になるといいねぇ」
    「誘ってくれて、ありがとうございます。これ、プレゼントです」
    「わ、氷雨君ありがとう! 天球儀だー! 里月君もたくさんおかしもってきてくれたんだね!」
     里月と氷雨が持ってきたのは、沢山の甘味と誕生日プレゼントの天球儀及び万華鏡。
     プレゼントを大事そうに鞄へと仕舞い、その場で嬉しそうにクッキーを一つ頬張った観夜から小さい双眼鏡を借り、二人は少し離れた場所でレジャーシートを広げた。
    「やはり、里月さんと一緒に、空をゆっくり眺めるのは落ち着きますね」
     何の邪魔も入らない静かな場所で、ゆっくりと流れる時間。天球いっぱいに輝く星々を知己の人と見上げるのは、まさに至福と言えるだろう。
     里月が手作りのクッキーやスコーンを並べた後、氷雨もしっかりと保温された自前のハーブティーを注ぎ、手渡す。
    「あ、美味しい。氷雨君ありがとう」
     冷え込む夜に、温かいものが身に染みる。そこに人の温かみがあれば尚更だ。
     二人はそんな幸せに感謝しつつ、その幸福が自分以外にも長く続くよう願ったのだった。
    「誕生日おめでとう、今年も幸多い一年になるといいね」
    「お正月のお礼も込めて、こちらをどうぞ」
    「ありがとう! こんぺいとうって、びんにはいってると星空みたいだよね!」
     慎一郎と由乃の差し出した金平糖を両手で受け取り、元気よくお辞儀した観夜は二人の邪魔をしないよう次の場所へと向かう。
     二人の眼前に広がるのは夜の闇と、それをほのかに照らす無数の星々だ。
    「普段は見えないだけで、こんなに沢山の星が空にはあるんだね」
    「はい、中々見られるものじゃないですよね」
     澄み切った空へと広がる、満天の星空。二人は感動のあまり、言葉も忘れて見上げる。
     しばし時を忘れていた慎一郎だったが、冷えた指先を不意に包み込む温かい感触に目を移す。
    「私のでは、小さいでしょうか」
    「ふふ、確かに小さいかも。……有難う」
     その正体は、由乃の付けていた手袋。お互いに片側だけを身につけ、空いた方では手をつなぎ。
     二人はいつまでも、星を眺めていた。
    「綺麗……見てるだけで癒されるなぁー」
    「お、あれ星座じゃないか? 名前はわかんねぇけど……」
     感嘆の声と共に白い息を吐きつつ、時には冷えた身体を温かいコーヒーで温めつつ、壱琉と亮の二人もこの時間を満喫していた。
     気温は既に氷点近く。けれど、それを補って余りあるほど魅力的に、沢山の星が瞬いている。
     普段は忙しい学園生活も、この時ばかりは一休み。たまにはこんな時間も悪くない。
     ひとしきり楽しんだなら、二人が向かうは主役の元。幸い、あちこちを駆け回る姿はすぐに見つかった。
    「よ、楽しんでるかー?」
    「観夜ちゃん、誕生日おめでとう! 実はね、クッキー焼いてきたんだ!」
    「わ、ちゃんとほしがたになってる! おいしそうだね、ありがとう!」
     二人で作ったという星形のクッキーを受け取り、満面の笑みでお礼を返す観夜。
     お互いが良き一年となりますように。その祈りは、きっと空へ届いただろう。
    「観夜が誘ってくれて良かった、涼砂と星を見に行くって約束してたからな」
    「ん、おぼえていてくれてうれしい。はふ」
     続いて挨拶に訪れたのは、百舌鳥と涼砂。持ち込んだホットコーヒーを三つのコップへと注ぎ、そこへお砂糖代わりの金平糖を。
    「こんぺいとう、コーヒーのなかでおほしさまみたいにキラキラしてる! すごいなあ!」
     目を輝かせる観夜の反応は上々、顔を見合わせた三人は、全員で笑顔になっていた。
     それからしばらく。寒がって身を寄せる涼砂に百舌鳥が膝掛けを半分こし、この日のために勉強したという星の話が始まる。
     オリオンの肩で輝くベテルギウスと、おおいぬの鼻先にあるシリウス、そしてこいぬの心臓プロキオン。三つを繋げば、南東の夜空に光る冬の大三角だ。
     それぞれの星からなる星座は勿論、この空に見える星々全てに歴史があり、そしてそれを繋いだ星座には神話がある。
     百舌鳥の聞かせるその物語は長大で、尽きる事がない。この長い冬の夜を過ごすには、おあつらえ向きのようだ。
    「久し振り、観夜さん」
     ふと気がつけば、大人数の集団が観夜の近くに来ていた。集まったのはポッケニアン帝国の面々、第一声は一途のものだ。
     そのまま観夜を自分の元へと招き、防寒グッズの耳当てを装着させる。
    「……うん、少し大きいけど、すぐに成長するよね」
    「わ、あったかーい! これで、みみだけきーんってひえなくてすむね!」
     プレゼントはこの耳当てのようだ。似合っていると満足げに頷いた一途は、次の人へバトンを渡す。
    「ミヤも正座出来るくらいまで大きくなったかー! あ、いやこれは星座とかけたわけじゃ……」
     続いてはエルメンガルト。こころなしか、周囲の気温が更に下がったような気がしなくもない。
    「オレからのプレゼントはブランケットだよ、もこもこしててボタンの付いてる奴!」
     そして取り出される防寒グッズ。自信を持って言われた通り、ボリューミーな外観で非常に暖かそうな代物だ。着用した観夜は、一回り膨らんだように見える。
    「この草柄のブランケットは私が一番かわいいと見込んだものです、遠慮なくもこもこして下さい」
     更に由乃も同じくプレゼントだというブランケットを取り出し、そのまま観夜へと着せていく。
    「子供は風の子たァ言いやすが、これで安心しちゃいけねェ。そら、このブレザーも羽織っておくんなせえ、超格好よござんすよ!」
     続く三層目は夏に恋人と参加していた娑婆蔵の制服。ここまで来ると最早防寒という次元を超越している。
     ただでさえ頭身の低い観夜が着膨れしていく様は、まるで雪だるまか何かのように見えていた。
    「はいはい、それじゃにえからはこの帝国名物ぽっけちゃんマフラーをあげましょうね」
     どてらにマフラー、そしてマスクといった冬の定番風邪スタイルを踏襲した仁恵が、仕上げとばかりに首へとお揃いのマフラーを巻き付ける。
    「あー、うん、大体こうなるって知ってた。やっぱり引率が必要だよね。いても止められるか分からないけど」
     色々とアンニュイな気分で登場したのは観月さん。はい、ストッパーは必要ですね。
    「なんかもう色々ごめんね、お詫びにこれどうぞ。安物だけど」
     店員に薦められたらしき髪留めを手渡しながら、そんな事を言ってみせる。確かにこの長髪をまとめるには、髪留めの一つもあった方がいいだろう。
    「うん、たいせつにするね! ありがとう!」
     星のワンポイントが入っているというその髪留めを、観夜は笑顔で受け取った。
    「この有様じゃ、ありきたりな物で正解かもな。ほらよ、金平糖」
    「あはは……ありがとう。みんな、すっごくげんきだよね。僕もまけてられないよ!」
     すっかりもこもこ生命体と化した観夜にとって、ノーマルな贈り物はとても嬉しいものだ。祐一の差し出した金平糖をひとつ頬張り、気を取り直して星見を再開する。
    「みんなの分のココアはよし、っと。さて、俺からのお祝いは、この夜空から新しく星座を作る遊びですよ」
     湯気を立てるココアを片手に、藍を始めとしたクラブの面々は一斉に星と星を繋げはじめる。
     実のところ星座の扱いや呼び方が今の形で固まったのは意外と新しく、ほんの100年ほど前までは様々な星座が作られては消えていったのだ。
    「向こうのはぽっけちゃんで、そっちのがにえです。ほら、並んでてめちゃ仲良しっぽくねーです?」
    「あ、ちょっと猫っぽい」
     帝国のシンボル、ぽっけちゃんの姿をその夜空に重ねる一同。余談だが、座る猫を表した星座も18世紀頃に作られていたようだ。迦楼羅座については……ノーコメントでお願いします。
    「ハイペリオンは、とってもかるい星なんだ! でこぼこしてて、スポンジみたいにすっかすかなんだよ!」
     星座遊びと一緒に、星の雑学も。エルメンガルトの問うた星は見えないが、由乃の持ち込んだ本がある。
     まだまだ、この面々の夜は終わらないようだ。
    「肌寒いくらいがいいんだよ、この学園は暖かすぎる」
     冬の夜に薄着で佇む絹代を見つけた観夜は、その隣にそっと座った。
     絹代は語る。先の戦争で生まれた犠牲者と、生き残った自分の話を。観夜は何も言わず、聞いていた。
    「……おっと、べらべら喋りそうになっちまったっす。誕生日おめでとう!」
     そう言った絹代が差し出したのは、石鉄隕石で作られたペンデュラムだ。
    「……うん、ありがとう! だいじにするね!」
     彼女に何があったのかは分からない。だが、素直に感謝を述べるのが一番だと観夜は思っていた。
    「おおー、寒いけど星スゲー綺麗に見えるな。こんだけ明るかったら、さすがに怖くねーぞ」
    「ここで怖いて、お前はどんだけオバケいやなん?」
     静かな夜に、虎之助と夕眞の明るいやりとりが木霊する。人気のない場所へ移った二人は、流れ星を探している様子。
    「しっかし寒いな、ちゃんと防寒はしてきたか? してきたんなら、風よけになってくれよ」
    「おう、ばっちりだ。なんなら人間カイロにでもなってやんよー」
     寒がりを演出する夕眞が、体温を求めて虎之助へと甘えつく。虎之助も満更ではない様子で、その意図をちゃんと汲んでいるようだ。
    「人間カイロ。上着脱いで俺にくれるって事やね?」
    「上着脱いだら、流石に風邪引きそうだ。……夕眞、看病してくれるのか?」
    「おい、本気にとんなよ。くっついてるだけで充分ですえ」
     心許せる間柄だからこその、何気ないじゃれあい。星空の下、二人の時間はゆっくりと過ぎていった。
    「空には満天の星、君と初めて逢った頃を思い出すよ」
    「ああ、確かにこの空は隣にいる喧しい奴との出会いを思い出させる」
     星明かりの下に佇むのは、対照的な二人の姿。腐れ縁を実感して溜め息をつく帷に、それを受けても楽しげに微笑む、茅。
     流れ星を探してはしゃぐ茅を少し疎ましげに、でも律儀に窘める帷という構図は、二人が短くない時を共に生きてきたと思わせる自然さがあった。
    「ねえ、昔二人で見た夏の大三角、覚えてる?」
     あの時は珍しく、りっちゃんもはしゃいでいたと、そう言って。
     無防備に放り出される手を、そっと握る。
    「あー……夏の大三角、か。覚えてないですよ」
     忘れましたと、嘘をつく。
     顔は背けているけれど、握られた手は、そのままで。
     ふと、帷は携帯を取り出す。カメラを動かし、フォーカスは夜空へ。
     シャッター音が響く寸前になって、茅はその画に飛び込んだ。
     そしてまた、帷の気だるげな声が響くのだ。二人仲良く帰るまで、ずっと。
    「名木沢さんは、どうしてお星様が好きなのですか?」
     パーティーも一段落。参加者に迷惑でない範囲で取材していたルエニが、観夜に質問を投げかける。
    「うーん、僕もかんがえたことないや。きっと、みんなほんとは、りゆうなんてなくってもすきなんだとおもうよ!」
     様々な人が、この場に集っていた。しかしきっと、誰もが片隅ではそう思っているに違いない。
    「……あはは、そうですよね! それでは改めて、お誕生日おめでとうございます。これからの一年がこの星空のように、きらきらしたものでありますように」
     観夜のものと同じように、使い込まれた望遠鏡と星座盤を持つルエニが、心からの祝福を送る。
     たくさんの、たくさんの、輝く星々。この夜を観に来た全ての人が、今年一年の幸多からんことを。

    作者:若葉椰子 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月30日
    難度:簡単
    参加:29人
    結果:成功!
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