美しき狗たちよ

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     ある都会にそびえるマンションの一室。一人暮らしでは持て余しそうな家の扉をゆっくりと開き、壮年を少し過ぎた風体の男が中に入っていった。
     清潔なスーツに、きっちりと締められた無地のネクタイ。眉間に刻まれた皺と引き結ばれた唇。いかにも仕事一筋の真面目人間、といった人物像が、神経質そうな雰囲気から思い描かれる。
     この部屋の主である大上伊知郎は、そのような男であった。

     トト、トトトトト、という軽い足音が、廊下の奥から玄関へ、弾むようなリズムで近づいてくる。
     大上のような男が飼うにはおよそ似つかわしくない、可愛らしい茶色の豆柴が彼の足もとまで駆けてきた。飼い主の帰宅を喜んで出迎える飼い犬という、心温まる構図に見える。
     だが。
     大上は、豆柴の小さな身体を思い切り蹴り上げた。
     壁にぶちあたり、キャンと叫び声をあげる豆柴を放置し、大上は奥のリビングへ向かう。掃除機を手に玄関へ戻ると、おもむろに電源を入れ、廊下を掃除し始めた。
    「……抜け毛が酷いな。幾ら馬鹿犬の躾けのためとはいえ、餌を与えなすぎたか」
     ぶつぶつと文句を言いながら、うずくまる豆柴の顔に掃除機を押しあてたまま、強引に隅へ追い込んでいく。
    「汚い」
     男はひどく冷たい眼をして、雑な手つきで掃除機を滑らせている。
    「どけ。そこにいられては掃除ができん。……どけと言っているのが分からないのか!」
     掃除機が振り上げられ、がつ、と嫌な音が響いた。
     よく見れば傷だらけの豆柴は、おびえて身体を丸め、嵐が過ぎるのを待つ。大上はさして満足そうな顔もせず、その姿をいつまでも冷淡に見下ろしていた。
     
    ●warning――ろくでもない夜の終わりに
    「『贖罪のオルフェウス』……って知ってる?」
     江楠・マキナ(トーチカ・d01597)は、集まった面々にそう問いかける。
    「『病院』の人たちが話してくれた、新しいダークネスの事だね。んー……夢の中で悪いことをした人を懺悔させて、『贖罪』することで罪の意識を奪っちゃう、みたいな話であってるっけ?」
    「はい。それで闇堕ちを促しているそうです。早々に情報提供頂けて助かりました」
     鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)はそう言い、マキナに一礼した。そんなに畏まらなくていいってと苦笑を返し、彼女は話を続ける。
    「大上・伊知郎……あの人の罪は『繰り返し動物を虐める』ことなんだって。仕事のストレスを解消するために、ペットの豆柴を虐待してるみたい」
     その豆柴――名前をタロウというのだが、知人宅で大量に産まれた仔犬を一匹もらい受けてきたもののようだ。すくすく成長し、先日までは元気な姿を見せていた。
     だがある日鳴き声にいらいらして、つい手をあげてしまった事が発端となり、それ以降大上の虐待は日に日にひどくなっているという。
    「なんか『躾け』とか言っちゃっててさ、良心の呵責とか全然なくなってるっぽいんだー」
     助けた方がいいよねぇ、とマキナは言う。
     『助ける』対象が犬のことなのか、大上のことなのかは、わからない。
     
     夢の中の大上は、いかにもな雰囲気の夜の廃墟に立ち、神に己の罪を懺悔している。この懺悔をやめさせようとすると、敵が出現する。
     ただ妨害すると、大上はその場でシャドウそっくりの半獣の怪物に変身する。配下として獰猛な犬を呼び出し、高い攻撃力と堅牢な守りで灼滅者たちを追い詰めるだろう。
     しかし、もしだ。
     灼滅者たちの説得により、大上が己の罪を受け入れたなら、シャドウもどきは大上とは別に出現する。この場合敵は本来より弱体化しているものの、代わりに大上を守らねばならないというハンデがつく。
     大上が殺害されれば、敵は本人と合体し、本来の力を発揮してしまうからだ。
     敵もそれを理解しており、大上を優先的に狙ってくる。
    「もしも君達に、『こいつを庇いたい』という強い意志があるなら……最も強くその思いを抱いている者のみ、身体が動くかもしれない。本来ならこのような事は起きえないのだが、夢とは不思議なものだな」
     ただし、代償は大きい。大上を庇って受けたダメージは、通常の倍となる。
    「悪人を庇い、余計に痛い思いをする、か……心中察するぞ。まぁ、犬にとってはそうでもないようだが」
    「うーん、だといいけど」
     首を傾げるマキナの顔を、鷹神は一瞬だけ不思議そうに眺めた。
     そして、一拍間を置き、いつものすれた笑みで続ける。
    「大上さんの説得と、変なのの撃退。両方を達成できれば、彼は罪の意識を取り戻す。そうだな……もし気になるなら一声かけてやれ。但し、夜中だからご迷惑になるので、滞在は一時間が限度……あの、江楠先輩どうしたんですか?」
    「あ、ううん、大した事じゃないから!! たださ、こういう話聞くと、ダートは私の事どう思ってるかなって……やっぱちょっとは考えちゃうかな」
     相棒であるサーヴァントの名を口にし、マキナは思案顔で首をひねる。しかし切り替えの早い彼女らしく、最後は集まった面々を見渡し、笑みを向けた。
    「ま、それは置いといて。とりあえずはさくっと、その変なのを穴だらけにしにいこっか」


    参加者
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    江楠・マキナ(トーチカ・d01597)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)
    七生・有貞(アキリ・d06554)
    雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159)
    モーガン・イードナー(灰炎・d09370)

    ■リプレイ

    ●1
     月灯りが、朽ちた石壁を闇に仄暗く浮き上がらせる。犬頭の神像の前に男が跪き、一心に祈りを捧げている。
    「毎日お仕事お疲れ様です」
     皆に先立ち、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)が男に歩み寄った。日頃の苦労をねぎらい、敬うような柔らかい声音に大上伊知郎は振り向き、はっと祈りの体制を解いて、立ち上がる。
    「……誰だ。私を知っているのか」
    「はい……。暴力を振るっても躾になりません。ただの虐待で怯えて顔色を伺う様になるだけ」
    「っ……! 煩い、そんな事は分かっている!」
     怒鳴りつけられた香乃果は、紺青の双眸を哀しげに細めた。大上は針で胸を突かれたような、鈍い狼狽の表情を浮かべている。
    「それでもタロウが帰宅した大上さんを出迎えるのは、きっと貴方が好きだからです」
     彼女の真摯な言葉に大上は息を呑み、苦しげに石壁を叩いた。
     宿敵が奪った彼の罪悪感が、夢の中では痛いほど伝わる。やはり、この人も被害者だ――そう感じ、香乃果はくっと瞼を伏せる。
    「好きな人からの暴力は凄く辛くて悲しくて、だからこそ、懺悔しているのですよね……」

     ソウルボードに沈黙が降りる。
     江楠・マキナ(トーチカ・d01597)は一瞬、傍らのサーヴァントにちらと目をやった。
    「大上さん、会社で責任ある立場の人だよね。部下は沢山いる?」
     問いに大上が頷くのを見て、七生・有貞(アキリ・d06554)が一言呟いた。
    「会社の『犬』が飼い犬に当たるってか。なんか悪循環だよなぁ」
    「……両親から口の利き方を教わらなかったのか」
     犬は好きだ。言葉少なになるのは、憤りの表れだった。一方、まだ大人への希望を捨てきれずにもいた。ふてぶてしい物言いに大上は眉をひそめたが、有貞は意に介さず淡々と言葉を繋ぐ。
    「まぁ毎日ケナゲに頑張ってんのに、『飼い主』に邪険にされてたとしたらそりゃ悲しいか」
    「若い人を教育したり失敗の責任を取ったり、苦労も多いだろうな。タロウも同じように失敗したり言うこと聞いてくれなくてイライラする事あると思う……わかるよ」
     マキナの手は無意識に、ダートのサドルに添えられる。
     初めて出会った時と同じように、ダートは言葉を発さず、そこに居る。無言でついてくるのが煩わしく、よく蹴ったりしていた頃があった。
     ……同じだ、と思う。
     皆の言葉は耳に、大上の様子が胸に刺さり、マキナの面持ちを神妙にした。向き合う二人の肩に、八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)がぽんと手を添える。
    「ま、人生思い通りいかんことも多いよな」
     十織は持参したみかんと、有貞の家でとれた干し柿を床に下ろした。仲間達が周りに座りこむ。
     ナノナノの九紡が、みかんを剥く十織の手をじっと見ている。幼い日、自分の過ちで家族を喪ったその日から、九紡はずっと十織と一緒にいてくれる。
    「甘いモン食って、話でもしようや。偶には頑張ってる自分を認めて甘えるのもいいんじゃないか?」
     九紡の口にみかんを入れ、十織は大上ににっと笑う。絡まった感情を解す大らかさが、そこにあった。

     上司、部下、顧客。三者に挟まれ苦労は絶えぬ日々で、夢も趣味もない。己には仕事しかないと騙し騙し会社に尽くしてきたが、本当は疲れていたのかもなと、大上は正座をして溜息を落した。
    「なあオッサン、もしかして昔もこんなことしてた?」
     有貞が尋ねる。彼の隣に座る雑釈谷・ヒョコ(光害・d08159)は干し柿を一つかじった。甘さの中に、わずかな渋味を感じる。
    「……嫁に手をあげた事はない。『今の貴方は厳しすぎるし、会話もろくにない。一緒に居るのがつらい』と言い、彼女は私の元を去った」
     鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)はお汁粉の缶を握ったまま、どこか寂しげに呟く壮年の男をじっと眺めていた。
    「一度は独りになったあなたが、どうしてタロウを貰い受けたんですか?」
     頼まれて仕方なくですか。鬱憤をぶつける相手が欲しくて、ですか。小太郎は首をふる。
     緑と金の不思議な瞳は眠そうに半分伏しているが、その奥に何かを求める輝きが宿っている。
    「……温もりを求めたんじゃありませんか」
     小太郎自身も知ろうとしている『情』というもの。
    「……君の言う通り、だろうな」
     それが大上の中にもあるなら、思い出して欲しい。
    「俺がタロウだったら、あんたに近付きたくないと思う。でもタロウは傍に居ようとしてる。もう一度言うけど、あんたの事が好きだからだよ」
     桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)の発言のあと、ヒョコは暫く考えこんでいた。そして漸く言葉を見つける。
    「……されたことがいやだから嫌いになるっていうことじゃないんだよね。その人についていかないっていう選択があることを、そもそも知らないんだもん」
     自分の世界には自分とこの人しかいない。タロウもきっとそう思っていると、思う。
    「急にいやなひとになったとしても、またそのうち元のいいひとに戻るんだって思って、ずっと待つだけ」
     タロウも、待っているのだと思う。じっと痛みに耐えて――。
     それをうまく言葉にするのは、慣れない。それでもヒョコは自分の気持ちを伝えようと頑張った。モーガン・イードナー(灰炎・d09370)は彼女の言葉を聞きながら、幼い頃共にいた愛犬の姿を思い出していた。
    「犬という奴はその気になれば牙を剥いて主人を大怪我させることもできるのに、それをしない。何故かって、主人以外に頼る相手がいないからだ」
     今は、愛犬の名を受け継いだライドキャリバーのミーシャが共にある。戦いで何度傷ついても、ミーシャは常に傍にいてくれる。信用されていると、自惚れていいのだろうか。
     言い切る事は出来ない。が、大上には伝えるべきだと思う。
    「あんたのとこのタロウも、あんたこそが主人だから牙を剥かないんだ」
     あんたこそ。
     その言葉に、大上は唇を噛み結ぶ。小太郎と十織が、静かに問いかける。
    「今、タロウの家族はあなただけなんです。それはあなたも同じでしょう」
    「世間じゃ年重ねるほど背負うモンも大きくなるらしいが、力抜いて周り見りゃ結構共に荷を抱えたいってヤツもいるもんだ。アンタにとってのタロウはどうなんだ?」
    「……馬鹿な。今更」
     家族などと、都合のいい事は。そこで南守が立ち上がり、顔を歪める大上の両肩を掴んだ。
     ――お前なんか来なければよかった。
     孤児院から里子に引き取られた家で、義兄に言われたその言葉は、絆創膏で隠した頬の傷と共に今も心に爪痕を残したまま。里親達に歩み寄る勇気は、もう無い。
     暴力なんて、最低だ。
     そう思う。けれど大上とタロウには自分のようになって欲しくないし、変われるとも思っていた。
    「タロウを貰ってきた時の事を思い出してくれ。触れた時、暖かかっただろ? 殴りつけるよりずっと、気持ちを癒してくれた筈だよ。自分の傍に居てくれる存在を、大切にしてやってくれよ!」
     自己満足だ。それでも信じているから、心の底まで響くよう、懸命に訴える。
     ひどく恐ろしいものを思い出したように、大上の眼がわなないた。なにかを言いかけたその時、月光に照らされた犬の像がどろりと溶けた。
    「シャドウ……もどき」
     香乃果がはっと目を見はり、声をあげる。南守は一瞬、力をもらうように帽子の鍔に触れる。
     そして顕現させた歩兵銃を構えた。銃口の向く先は、影絵の狗。皆の言葉が、大上の壁を貫いた証。
    「絶対やらせねぇ……この人には、待ってる奴が居るんだよ!」

    ●2
     石像から影へ姿を変えた『狗』は、ノイズがかった唸りをあげ、大上を襲った。
     しかし南守が飛び出す方が一歩早い。狗の爪は南守を深々と切裂き、南守は代わりにバスタービームを至近距離から撃ちこんだ。
     傷が深い。銃のボルトハンドルをひく手が、肩から流れた多量の血で染まっている。
     小太郎が前へ出て、シールドで狗を押し返した。足を地に縫いとめるように香乃果がバベルブレイカーを撃ち、その隙に十織とヒョコが大上を後方へ連れて行く。痺れに悶える狗から、マキナは再度ダートへ視線を移す。
    「……おまえは私の事、ゆるしてくれるかな?」
     やはり、答えはないけれど。
    「私の思いはわからなくても、私の仲間の事は守ること」
     その小さな囁きのあと、ダートは真っ直ぐに走り出した。横にモーガンのミーシャも並び、競うように走っていく。ミーシャに乗ってしゃぼん玉を撒くのは、十織の九紡だ。
    「大上サンは俺達に任しとけ。頼むぞ」
     皆に信を置くからこそ、己はサポートに徹する。十織は南守を守る障壁を張ると、改めて敵を注視した。大上の『贖罪』が崩れた今、狗の動きは弱弱しい。だが気を抜いてはならない。
    「これが罪悪感を食うシャドウ、か……人を人たらしめている感情の一つを無くそうとは、寒気がする所業だな」
    「私も、そう思います。……罪はちゃんと受け入れるべきなのに」
     マキナの影が鍵盤と、モーガンの影が蜘蛛となり、狗を喰う。もしも大上の嫁が今も傍に居たらどんな事態になっていたか。それを考えると、モーガンはますます悪寒を覚えた。
     己の中にも、この不気味に蠢く影が潜んでいる。全力で倒すのは、己の闇にも打ち克つため。香乃果は凛然と敵に対峙する。
    「殴っても改心しないわるものはやだよ……」
    「言っとくけどお前今日殴る役じゃねーから」
    「わかってるし!」
     振り返りもしない有貞の背にわめき返し、ヒョコは縛霊手に力をこめた。指先に集まった光は南守のほうへ飛んでいき、傷を塞ぐ。ふと南守の驚いた声が聞こえた。
    「うおっ、眩しい……!」
     別に見なくても、ちゃんとやっている事ぐらい分かる。凄まじい光の余波を受けながら、有貞も負けじと狗へ杖を振り下ろした。狗が内部から爆ぜ、再び光が廃墟をまばゆく照らす。
     大上も、やはり好きになれる大人ではないが。
    「犬のためだしな」
     その言葉に、マキナがふふと笑った。
     このメンバーなら、何の心配もいらない。自分が倒れかけても支えてくれる。相棒、ハウスの仲間、共に戦った者、初めて会う者にすら不思議な絆を感じている。

    「助けるよ。タロウも、大上さんも」
     だから、マキナは安心して答えを言える。

     狗は宣言を拒むように吼え、大上に漆黒の弾丸を撃ち出した。速い。しかし小太郎は、ゴーグルの向こうにそれを捉えた。黒のスニーカーは勝手に地を蹴りあげ、身体を運ぶ。これはきっと、一人の力じゃない。瞬間的にそう思った。
    「あなたはタロウの痛みを知るべきだと思う。……でも、それは今じゃない」
     毒と弾を身体に受け入れながら、小太郎は狗の喉に剣を突き立てた。桜吹雪のような暖かい氣に包まれ、傷が癒えていくのを感じる。南守が力を送ってくれている。
     サーヴァント達の追突で撥ねとんだ狗に、モーガンが上から飛び乗り押さえこむ。杭で抉られた身体に香乃果の注射器は容易く刺さり、残る力を吸った。しおれた影に羅刹化したヒョコの腕がめり込み、ついに穴を開ける。十織の影が蔦となって穴に忍び入り、縛り上げ的を固定する。
     有貞は黙ってガトリングガンを向けた。合図はなくとも、マキナと全く同じタイミングだった。右の有貞、左のマキナから、競うように弾丸が散らされ、狗を蜂の巣に変えていく。
     けたたましい銃声と硝煙が晴れたとき、狗は跡形もなく消えていた。小太郎は仲間達にぐっとサムズアップを送る。
    「皆、あけおめ」
    「あけおめ!」
     皆で決める勝利のポーズは、新年にちなみ荒ぶる馬。ヒョコ渾身の改心フラッシュが、辺り一帯をかっと眩しく照らす。
     初日の出も霞みそうな輝きを、大上は茫然と見ていた。色々な意味で、茫然と。
    「モーガンなんでやんねーんだよ」
    「ああ、そう言えば爆発しそうな技がなかった」
    「わざとじゃないよねー!」
     仲間達の笑い声のなか、マキナは帰ってきたダートを撫でた。お前もお疲れ――小さく呟き、大上に向き直る。
    「大上さん。タロウは部下じゃなくて、家族だから。人に言えない悩みも聞いてくれるし。辛い時も側に居てくれる。言葉は通じないけど……あなたにとってかけがえのないパートナーになってくれる筈だよ」
     モーガンと十織も頷く。傍らには、それぞれの相棒の姿。
    「まだ間に合う、これからタロウの信頼を取り戻していけばいいんだ」
    「懺悔は偽者の神サマじゃなく、するべき相手へだ。本当に大切なモンを失う前にな」
     深い夜の色が白み始める。菫色に霞む景色が消える寸前、香乃果は朝の光を見た。
     私はずっと人でありたい。皆も、人であって欲しい。
     ……朝が来る。すべての罪が暴かれ、人が人へ戻るときが。

    ●3
     現実世界はまだ夜明け前だった。飛び起きた大上は、周囲に佇む少年少女たちを認め、目を見開く。
     頭が痛い。長い間忘れていた事――思い出さない方がきっと楽だった事を、漸く思い出した心地だ。
    「夢ではなかったと、いうのか……君達は一体」
     大上の質問を遮るように、マキナが抱えていたものを差し出す。
    「……タロウ」
    「あとは貴方が看てあげて」
     ESPの力で見違えて綺麗になった茶色の毛。こんなに長い間洗っていなかったのか。毛の隙間に残る傷痕を見ると、嘔吐感にも似た罪悪感がこみあげてきた。
    「私は、なんという事を……」
    「今の気持ちを忘れんなら大丈夫。タロウもこれから出会う誰かも、きっとアンタの心に添ってくれるさ」
     自己嫌悪に打ちのめされる大上へ、十織が言葉をかける。手を伸ばしていいのかも迷っているようだ。香乃果は、その背をそっと押す。
    「晴れた休日に一緒に散歩に行くと、気分転換になりませんか。どうか優しくしてあげて下さい。ずっとそうだった様に……」
     きっと、根は優しい人だと思うから。どうか二人に、穏やかな時間が戻りますように。
    「……タロウに伝えたいことはありますか?」
    「……本当に、すまなかった」
     これからまた、家族になってくれるか――大上の胸に抱かれたタロウは、まだ縮まったままだ。けれど、嬉しそうに尾を振っているのを小太郎は見つける。
    「……よかったじゃん」
     有貞はタロウの頭を撫でた。暖かい。どことなく嬉しそうな彼とタロウと大上を、ヒョコは交互に見やる。
     本当は少しだけ、タロウが羨ましい。自分は『いやな人』になった親から逃げる選択肢を知り、待てなかったから。
     けれど今、ヒョコには新しい家族がいるから気にしない。皆の顔をまじまじと見回すヒョコに、どうかしたのかとモーガンが尋ねた。
    「へへへ。何でもないよ!」

     外は目の覚める夜気に覆われ、朝はまだ遠い。それでも晴れやかな気持ちで、南守はまた帽子の鍔に触れる。きっと、彼らは歩みよっていける。
    「さ、コンビニで遅い晩飯でも買って帰るか」
     十織の言葉につられるように、八人の後ろ姿がコンビニへ消えていく。そうだ、今日は特別に、九紡の大好きな桃缶を買ってやろう。なんだかそう思いたくなる、年明けの一日だった。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 8/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ