棄老伝説の山

     深夜。人里から若干離れた山道を、一匹の獣が駆けていく。左側の耳に噛み千切られたような古傷があることを除いては、ただのオオカミのような姿をしていた。
     獣は周囲の匂いを嗅ぐような仕草で探索をすると、満足したように山から去っていった。
     ――その直後、ひと気のなかったはずの山中に突如老婆の姿が現れる。
     老婆は悲哀と怨嗟の込められたうめきをあげながら山道を下りようとする。しかし足に繋がれた鎖によってこの地に縛られているのか、人里へと至ることは叶わなかった。

    「諸君、スサノオによって古の畏れが発生しているようだ」
     教室へとやってきた宮本・軍(高校生エクスブレイン・dn0176)は、毅然とした声音で灼滅者たちへと告げる。
     そして軍は地図を広げると、事件の現場である山を示した。
    「場所は、かつて養えなくなった老人を遺棄していたという伝説の残る山らしい。そこで遺棄されたとされる老婆の姿となって、古の畏れが発生しているようだ」
     この山を下りて少し行くと、小さな集落がある。古の畏れは下山することはできないようだが、万が一住人がこの山に入ってしまわないとも限らない。
    「被害者が出てしまう前に、なんとしてもこの事態に対処してほしい」
     次に軍は、古の畏れとの戦闘についての説明を始めた。
    「敵は先ほども述べたように、老婆の姿で現れる。そして怨嗟のうめきを放って、君らを蝕むだろう」
     老婆のうめきはサイキックと化しており、バイオレンスギターや護符揃えに類似した能力を有しているようだ。
    「戦場についてだが、入り組んだ山中となる。それ相応の準備はしておいてくれ。
     それと到着する時間帯は関係しないようなので、諸君らが戦いやすい時間に向かえばいいだろう」
     人はほとんど踏み入らない場所のようだが、念のために人払いはかけておいてもいいかもしれない、と軍は語る。
    「最後にこの事件の原因となったスサノオについてだが、どうやらその行方はブレイズゲートと同じく、我々の能力でも予知が困難となっているのだ。
     よって当面は、一つ一つの事件について対処していってほしい。そうすれば、いずれ原因であるスサノオにも行き着くことができるだろう」
     軍の言葉を受け、灼滅者たちは行動を開始した。


    参加者
    アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)
    レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)
    王華・道家(ピピピピピエロ・d02342)
    城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    御門・心(ねがいぼし・d13160)
    フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)
    櫻井・椿(鬼蹴・d21016)

    ■リプレイ


     古の畏れが発生したとされる山へとやってきた灼滅者たち。日中だというのに薄暗い山道を進んでいく。
    「身体を動かすのは嫌いやないけど、こう登山となるとしんどいもんや。それになんや、空気も淀んでる気ィするわ。
     養えへん老人を遺棄していた山ね……けったくそ悪い」
     邪魔にならない程度の荷物で身軽そうにしながら、列の後方を歩いている櫻井・椿(鬼蹴・d21016)。僅かに息苦しそうなのは登山のせいか、あるいはこの山から感じられる悪意によるものか。
    「とんち話とかなら、捨てられる老人の知恵で村が救われて……なんてものがあるけど、そんな幸せな話ばかりじゃないよね。伝説ならなおさらさ。……捨てられる気持ちって、どんなものなんだろうね」
     椿の言葉に応じるのは、前方を歩くレニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)だった。微かに雪の積った山道を、しっかりとした登山靴で踏み締める。
    「この古の畏れって、昔聞いた怖い話そのまんま……だよな。今回のは怖い話っていうか悲しい話だけど」
     そう言うのは、最前列を進む越坂・夏海(残炎・d12717)である。仲間たちの言葉に応じながら、かつて学校で習った姨捨て山の逸話を思い起こしていた。
    「なんだか、考えると可哀想な気もします。でも、どうしようもないですもんね」
    「なんにしても……スサノオの……畏れ、すごく……迷惑……ね。……さっさと……倒しちゃおう」
     列の中間ほどを並んで歩きながら言葉を交わしているのは、級友同士で仲の良い御門・心(ねがいぼし・d13160)とフィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)である。
    「なんだか都市伝説を無理やり実体化させてるみたいな感じっす。伝説をなぞってるだけなのか、伝説が実体化するのを助けているのかどっちなんすかねー」
    「その辺のことも含めて、スサノオについては個人的にも気になる存在だね、この前の戦争で相対したきりだし。
     けれどその足取りをつかむためにも、まずは目の前の敵を片づけないと」
     アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)の言葉に、城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)が応じる。
     前回の戦争にて、葵はビハインドをスサノオによって撃破されている。そのため、スサノオに対しては思うところがあるのだった。
    「なんにせよ、スサノオも古の畏れも放ってはおけないNE! イケナイお婆ちゃんは即・退治☆」
     陽気な口調で言う王華・道家(ピピピピピエロ・d02342)。衣装は山道に合わせた迷彩柄のピエロ服だが、白い化粧と赤花が目立っていた。
     そうして山道を進む灼滅者たちの耳に、呻き声のようなものが聞こえてきた。
    「敵は近いな……。みんな、注意して進もう」
     夏海の言葉に応じ、灼滅者たちは戦闘に備えつつ声へと近付いていった。


     そして彼らは、遂に古の畏れの姿を目にする。痩せ細った足で山中を徘徊しながら、怨嗟の呻きをあげる老婆の姿を。
    「よし、まずは俺がシールドを張る! 催眠は厄介だけど、耐性を外す手段を持ってないならこっちのものだ!」
     最前列で敵と対峙しながら、夏海はWOKシールドを広域に展開する。そして夏海の守護を受けた灼滅者たちが、老婆へと攻撃を開始した。
    「そんな恐い声してどこに行こうってんだい、マダム? 寂しいのなら、僕たちがお相手するよ」
     仲間が人払いのESPを発動したのを確認したレニー。片腕を鬼に変貌させながら、渾身を殴打を叩き込む。弾き飛ばされた老婆は、しかしすぐさまよろよろと立ち上がった。
    「さあみんな! ミッチーズショウの開演だよ☆」
     紙吹雪を振り撒きながら、WOKシールドを展開して仲間たちにBS耐性を重ねがけする道家。そして彼のキャリバー『MT5』が、機銃によって敵に牽制をかける。
    「いくっすよー、これでもくらえっすー」
     スレイヤーカードの封印を解き、ミニスカートとロングジャケットの魔法少女姿となったアプリコーゼ。
     彼女がロッドを天高く掲げると、地面に魔方陣が出現した。さらにその上空には、魔力による矢が形成される。そしてアプリコーゼがロッドを振りおろすことで、その魔力矢が老婆へと放たれる。
     アプリコーゼの矢を受けた敵は、反撃とばかりに深い唸り声を前衛の灼滅者へと発する。空気が揺らぐほどに強力なサイキックの攻撃を、葵とビハインドの『ジョルジュ』が防いだ。
    「いくよジョルジュ、まずは目の前の敵を蹴散らすことが先だ」
     他のディフェンダーたちと同じくシールドを展開し、仲間を守護する葵。それを霊撃によって援護するジョルジュ。
    「――Sie sehen mein Traum,Nergal」
     呟きとともに、二振りの日本刀を解放したフィア。さらにその背からは、八枚の漆黒の翼が出現した。そして彼女は宙を飛翔するが如き素早さで敵の背後へと回り込むと、敵の足を斬り付けて動きを封じる。
    「……あなたには、ここで眠ってもらいます」
     黒い片翼状のオーラを放ちながら、片腕を異形に変貌させる心。鬼の腕による殴打で敵を攻め立てる。
    「――死の幕引きこそ唯一の救いや」
     得物の封印解除のための言葉を口にする椿。出現した護符を扇状に広げると、葵へと放って彼の傷を癒す。
    「こういう頭使う武器は苦手やわ……」

     灼滅者たちから幾度かの攻撃を受けた老婆は、彼らを引き離すべく前衛の灼滅者たちに呻き声を放った。それを受け、灼滅者たちは僅かに足が止まる。
    「これだけシールドを重ねがけしたんだ、そう簡単に止められるか!」
     敵による足止めを振り払った夏海は、手の甲のシールドで敵を殴りつける。
    「ウフフ、今のはちょっとだけ痛かったよ☆ こっちもお返しをさせてもらわなきゃネ♪」
     道家もまた敵の呪縛から逃れると、全身の輝くオーラ『万天虹兆』を両手に集めた。MT5の突撃によって敵が怯んだところへ、渾身のオーラを放つ。
    「今がチャンスっすー」
     道家のオーラを受けて、弾き飛ばされる老婆。そこへ、魔方陣を展開していたアプリコーゼの、狙い澄ました魔力矢が見舞われる。
    「愛用のガンナイフもないと寂しいモンやね……。まあ回復はウチに任せて、あんたらは攻撃に専念しいや」
     普段は太股に装備しているガンナイフ専用ホルスターがないことを寂しく思いながらも、解体ナイフから発する夜霧で前衛の灼滅者たちを癒す椿。


     ディフェンダー多数の布陣で敵と対峙しつつ、着実にダメージを与えていく灼滅者たち。
     敵は執拗にバッドステータスをかけようと試みるが、灼滅者たちも強力な耐性によって対抗している。
    「ウゥァアアア――!」
     憤怒の形相を見せた老婆。一際激しい呻きを放って、さらに自身の能力をも高める。
    「悪いけど……そう簡単に君の思い通りにはさせない」
     敵の呻きをジョルジュに任せつつ、天星弓に矢をつがえる葵。そして煌めく光矢の一撃で、敵の高まった怨念を吹き飛ばした。
    「さぞ辛かったろうね。その悔しさとか怒りとか、全部僕たちにぶつけてよ」
     目の前の敵はあくまでも伝説の具現、本物の幽霊などではないと分かっていながらも、人間相手と同じように語り掛けるレニー。敵の眼前にて言葉を投げ掛けながら、強力な廻し蹴りを見舞う。
    「可哀想だとは思います。それでも、あなたには誰も傷付けさせません」
     心は、漆黒の翼の如きオーラを手許に収束させる。そして狙い澄ました一撃を老婆へと放った。
     強力なオーラを受け、敵の視線が心へと向けられた。彼女を標的にはさせまいと、フィアが一気に距離を詰める。
    「………………」
     二刀のうち一方をデモノイド寄生体へと飲み込ませ、長大な漆黒の刃を成したフィア。感情の見えない冷徹な目で敵を見据えながら斬り付ける。

     そして灼滅者たちによる度重なる攻撃を受け、敵は目に見えて弱りつつあった。
    「かなり効いてるようだ、ここからは一気に攻めよう!」
     畳み掛けるチャンスと判断した夏海は、仲間へと声をかけつつロッドを抜き放つ。そして渾身の魔力を込めて、敵へと叩き付けた。
    「よーし、ボクもいくよ! これで、薄暗い山でもよく見えるNE☆」
     合わせた両手の間から、手品のような仕草で炎を巻き起こす道家。MT5の機銃と共に、周囲を目映い炎で照らす。
    「そうやって恨みを撒き散らすのも、もう疲れたろう? そろそろ、休むといいよ」
     柔和な表情で語り掛けながら、背から天使の羽根の如き輝くオーラを発するレニー。なんとか反撃に移ろうとする敵を体捌きで翻弄しつつ、オーラを纏った拳の乱打で、光の軌跡を幾重にも描く。
    「これで、いい加減にとどめっすー」
     ロッドを構えたアプリコーゼは、今度は魔方陣を描くことなくロッドの戦端に魔力を収束させる。そして膨大な魔力によって形成された矢が、狙い過たず敵へと見舞われる。
     矢を受けた老婆は、標的をアプリコーゼに定める。だがその背後から、葵が展開したシールドて殴打した。
    「悪いが、君の相手はそちらじゃないよ」
     葵のシールドを受けよろめく敵を、さらにジョルジュの放った瘴気が蝕む。
    「大分弱っとるな。ここはウチも攻撃に回らせてもらうで!」
     後衛から飛び出した椿は、敵との間合いを一気に詰める。片腕を異形の刃に変貌させ、鋭い斬撃を食らわせる。
     そして瀕死の傷を負う敵へと、共に黒い翼を生やした心とフィアが接近する。
    「もう、おやすみなさい」
     鬼と化した片腕を、老婆の首へとかける心。呟きと共に、心は老婆の首を握り潰した。
    「ウゥァアアア……」
     そして止めとばかりに、フィアの居合斬りが敵の首を刎ね飛ばす。
     断末魔の残響を残して消えゆく古の畏れ。その姿がこの世から消滅してしまう寸前、この地へと縛り付けていた鎖を、心は人知れず断ち切っていた。


    「どうやら、消滅したようだね。特に怪しい気配も感じられないし。
     ……耳に古傷のスサノオ、いずれ会ってみたいね」
     古の畏れが完全に消え去ったことを確認したレニーは、遠くを見据えるような目をして呟いた。
    「なんらかの情報がほしいとこなんすが、何も残ってないっすよね……」
     レニーの言葉に応じながら、残念そうにしているアプリコーゼ。
    「手がかりが掴めそうなら、少し山を散策してみてもいいけど、そういう雰囲気じゃないね」
     スサノオとの対面を多少期待していた葵もまた、手掛かりを見付けられなかったことで残念そうだった。
    「スサノオの方は予知が困難やって話やし、どないなっとるんやろうね」
    「まあ何にせよ、俺たちの仕事はここまでだ。早いところ下山してしまおう」
     椿の呟きに応じるように、夏海が帰還を促す。一切表には出さなかったが、怪談話の舞台である山に居心地が悪いのかもしれない。
    「……そう……だね。みんな……傷も大したこと……ないし」
     仲間たちの負傷度合いを確認していたフィアも、長居をする気はないのか淡々とした口調で言う。
    「ウフフ☆ それじゃあみんな、最後にミッチーとの約束だよ! お年寄りは人生の生き字引、大切にしようNE☆」
     まるで虚空に存在するカメラを意識するように、明後日の方へと目を向けながら、ポーズで決める道家。
    「さ~って、ウチに帰って次のサーカスのショ~の練習だNE☆」
     そして満足したのか、下山の支度を始めるのだった。

    「それにしてもみな様、本当にすみません……。まさか『隠された森の小路』を忘れてしまうなんて……」
     麓に向けて歩き始めたところで、心が消沈した様子で告げる。ESPの準備を任されていた彼女は、その不備を一日中気にしていたのだった。
    「まあええやん、誰も気にしとらんよ。それに古の畏れが消えたせいか知らんけど、山の空気も綺麗になった気ぃするし、悪い気分やないな」
     苦笑と共に応じながら、深呼吸してみせる椿。
    「うん、冬の登山ってのもいいものだね。気分が晴れるしさ」
     にこやかな様子で、レニーは心へと語り掛ける。
    「うぅ、みな様……、ありがとうございます……」
     仲間たちに励まされる心。フィアもまたそんな彼女を元気付けるように、そっと手を握り締めているのだった。

    作者:AtuyaN 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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