Illumination Love

    作者:飛翔優

    ●輝きは闇の内に閉じ込められ
     夜の街を色鮮やかに飾り立てるイルミネーション。クリスマスに向けて笑顔に満ちる街の人。
     冷たい風をかき分けて、少女は一人歩いて行く。
     本当なら、傍らには彼がいた。想いを通じ合わせたはずの、彼がいた。
     今となっては昔の話。数時間前に終わった話。
     自分に魅力がもっとあれば、ふられずに済んだのだろうか?
     ――そのための魅力、試してみない?
    「……」
     心が疼く、立ち止まる。
     空を仰いで白い息を吐き出した。
     星のない空。ただひとつ、おぼろに輝く白い月。
     薄雲に覆われているさまは、いつ頃からか感じるようになった心の闇のようで……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな面持ちで説明を開始した。
    「ダークネス、淫魔に闇堕ちしようとしている少女がいます」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識はかき消える。しかし、彼女は闇堕ちしながらも人としての意識を保ち、ダークネスになりながらもなりきっていない状態なのだ。
    「もしも、彼女が灼滅者としての素養を持つのであれば、救いだしてきて下さい。しかし、完全なダークネスになってしまうようならば……」
     そうなる前に、灼滅を。
     葉月は地図を広げ、都心部の繁華街を指し示した。
    「当日の夕方六時頃、件の少女……星宮三奈子さんが一人、歩いています」
     星宮三奈子、高校一年生。本来は明るく元気な、みんなを笑顔で照らしているような女の子。一方で惚れやすいという性質があり、当日も彼氏とデートをしていたばかりだったとか。
    「しかし、夕方を前にしてふられてしまう。そのショックで、街中を一人歩いている……といった状態です」
     惚れやすい性質が原因か、少し前から淫魔として目覚めかけていた彼女。このまま放置してしまえば、淫魔として完全な覚醒を迎えてしまう。
     そうなる前に、説得する。
    「方法や言葉は任せます。そして……」
     説得の成否に関わらず、淫魔と化した三奈子との戦いとなる。
     三奈子の淫魔としての力量は、八人ならば倒せる程度。
     妨害能力に秀でており、スマイルによる魅了、投げキッスによる麻痺、ダンスによる武器封じ……の三種を使い分けてくる。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「もうすぐ訪れる、クリスマス。できるだけ、色んな人が笑顔で迎えたいですよね。ですのでどうか……全力での行動を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)
    海堂・月子(ディープブラッド・d06929)
    廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)
    楓・十六夜(氷狐蒼葬・d11790)
    如月・花鶏(フラッパー・d13611)
    城田・京(ワームグレー・d20676)
    九重・雪羽(雪青藍・d21478)
    ラツェイル・ガリズール(ラビットアイ・d22108)

    ■リプレイ

    ●イルミネーションに抱かれて
     街を飾るイルミネーション、クリスマスに向けて賑わう恋人たち。
     幸せに彩られたはずの街中へと、灼滅者たちはやって来た。
     軽く周囲に視線を巡らせたが、どこもかしこも笑顔ばかり。街を彷徨い歩いている星宮三奈子の姿など、何処にもない。
     きらめきから逃げるように暗い場所へと向かっているのか。たまたまこの場所にはいないだけなのか。
     アイティア・ゲファリヒト(見習いシスター・d03354)は小さなため息を吐き出して、夜を白で彩っていく。
     振られて闇堕ち。好き嫌い同行というのはよくわからないけれど、笑顔が明るくて素敵な子だとは聞いていた。
     それが、ダークネスに黒く染まってしまう。そんなところなんて、絶対に見たくない。
     だからこそ顔を上げて三奈子を探す。幸せの中、心を闇に閉ざした少女を救うため。
     人混みをかき分け、車を避け、イルミネーションの中を探ること数十分。手袋を嵌めた手ですら少々冷たく感じられるようになってきた頃。大型娯楽施設の壁に背を預け、星のない空を眺めている少女を発見した。
     外見的特徴から三奈子であると断定し、海堂・月子(ディープブラッド・d06929)は仲間に視線を送っていく。
    「それじゃ、三奈子ちゃんに元気になって貰いましょうか!」
    「そうだねっ! きっと、人の良い所を見つけやすいいい女の子なんだろうし、暗い顔は似合わないよねっ」
     如月・花鶏(フラッパー・d13611)が呼応して、力を合わせて人払いを始めていく。
     程なくして力ある者のみが……三奈子を救う意思を持つ者のみが足を踏み入れることができる空間が完成した。
     後は、三奈子の心を救うだけ。
     灼滅者たちの計画した第一段階は……。

     三奈子が立ち止まってしまっていたため、少々予定を変更した。
     城田・京(ワームグレー・d20676)は三奈子の側に歩いて行くや、何かに躓いたかのようによろめいて、三奈子の真横の壁に頭から激突する。
    「てて……」
    「だ、大丈夫ですか?」
     痛む頭に響いた言葉は、己を心配する少女の音。
     闇堕ち仕掛けの相手に力は通じぬから、涙混じりの笑顔を浮かべつつ真っ直ぐに向き直っていく。
    「あはは、心配してくれてありがとう。このくらいなら大丈夫ですよ」
    「でも、すごい音がしましたよ」
    「……あなたは優しいんですね」
     柔和な笑顔で誘惑し、三奈子の意識を惹きつける。
     頬がほのかに染まった気がしたから、躊躇わずに新たな誘いを投げかけた。
    「こうして出会ったのも何かの縁です。どうです、一緒にお食事でも」
    「え……」
     光が戸惑いへと代わり、深い沈黙が訪れる。
     世界がクリスマスソングに満ちていく……。

    ●恋に敗れし少女の心は
     沈黙を破り、三奈子は首を横に振った。
    「素敵なお誘いをありがとう。でも、ごめんなさい。今夜はそんな気分にはなれなくて」
    「……いや、こちらこそいきなりだったね。ごめん」
    「おーい」
     誘い断られたと見るや、離れて見守っていたアイティアたちが声を上げながら駆け寄ってきた。
     京が待ち合わせ場所に来なかったから探しに来た。そう装った上で、アイティアは三奈子に向き直る。
    「それにしても……どうしたの?」
    「え?」
    「なんだかね、元気が無さそうに見えたからほっとけないなって」
     指摘を受け、悲しげに目を伏せていく三奈子。
     構わずアイティアは胸を叩き、明るい声音で言葉を投げかける。
    「だってほら、私は見ての通りの超! 敬! 謙! なシスターだから親切の押し売りが得意技なの」
    「……シスター?」
    「そうだよー」
     腰に手を当て胸を張るも、三奈子は小首をかしげたまま。構わぬ、押し通すという勢いか、アイティアは若干声を潜めた。
    「でも、なんだか少し悲しそうに見えたのは本当。普段関わりが無い私達にだからこそ、出来る話もあるんじゃないかな?」
    「……」
     相談に乗ってくれるもの、との意志は伝わったらしい。
     ぽつり、ぽつりと三奈子は語りだす。
     恋した事、恋焦がれていたこと。今日、その人に振られたこと……。
     話の終わりに俯いた瞬間、楓・十六夜(氷狐蒼葬・d11790)が言葉を注ぎ込む。
    「……そう落ち込むな。ようは気の持ちようだ」
    「……気の持ちよう?」
    「ああ。こんな夜だからな、落ち込んでいる理由はだいたい分かる」
     三奈子は恋人を失った。
     クリスマスを一緒に過ごすはずだった相手を失った。
     しかし……。
    「……お前は自分を愛してくれない奴を失った。だが、相手は自分を愛してくれる奴を失った。そう考えるとどうだ? 愛してくれる奴を失う方が辛くないか?」
     視点を変えれば、気持ちも変わる。
     心が軽くなれば世界も広がると伝え、三奈子の返事を待っていく。
    「……」
     三奈子は力なく首を横に振る。
     小さな言葉で、返答する。
    「強いんだね。でも、私はそんなに強くはなれない……かな」
    「でも、淫魔の力を手に入れても彼が出来るとは限らないわよ?」
    「……?」
     心に穿たれている楔を認識させるためだろう。月子が言葉を投げかけて、滑るような動作で耳元に唇を寄せていく。
    「そもそもアナタ、自分の魅力が解っていないと思うわ」
    「……」
     反応は、ない。
     ただただ悲しげに瞳を伏せ、力ない光で地面を見つめるだけ。
     だからだろう。廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)がさらなる言葉を伝えていく。
    「淫魔の力を使って相手を魅了してその人に自分を好きになってもらうのは、ホントにあなたの事を好きになったからじゃない……仮初の気持ちなんだよ」
     三奈子を、淫魔の呪縛から救うため。
     新たな仲間として、武蔵坂へと導くために。
    「自分に魅力がないだなんて思わないで。三奈子さんは今のままでも十分ステキな人に見えるんだから! まやかしの自分じゃなくて、ホントの自分を好きになってくれる人……必ず現れてくれるよ」
    「……」
     ゆっくりと、三奈子は否定した。
     力ない瞳のまま顔を上げ、涙に濡れた笑顔で口を開く。
    「ごめんなさい。知らないのに、私のことを思って言ってくれている事は十分わかる。けど、私は……」
     ……振られたばかりの弱った心。未来の光へと向かうには、今だ宿した力が足りず。
     街中のイルミネーションとは裏腹に、力によって穿たれた世界は暗い沈黙に落ちていく。雑踏が、ひたすらに虚しく響いていく……。

     沈黙を、白い溜息が打ち破った。
     九重・雪羽(雪青藍・d21478)が小首を傾げながら、ただ静かに問いかけていく。
    「一つ聞きてーんだが」
    「……」
    「闇の力に頼った淫魔の魅力って奴は本当にてめー自身の魅力か? 本当の魅力っつーのは自分のくじけねー心だと思うぜ」
     心を蝕み始めている、闇。
     闇に落とされれば、本来の魅力など塗りつぶされる。全て、淫魔に覆われる。
    「そういう奴は本当に輝いて見えるが、あっさり闇に心を受け渡すような奴はカッコわりぃわ。魅力を得たいなら努力すんのが人間ってモンだ!」
    「本当の意味での魅力っていうのは、与えられたり試すものじゃないと思うんだよ!」
     明るい声音で、花鶏も重ねていく。
    「好みだって千差万別なんだしねっ! 仮初の力には、仮初の満足感と仮初の相手しか手に入らないよ! そんなパチもんの力に頼らなくたって、貴女は今も、そしてこれからももっと魅力的になれるよ!」
     負けるな! と、三奈子を駆り立てる。
    「でも……」
    「それに、さ」
     もっとも、ここまでだけでは先と同じ。絶望から引きずり出すには足らないから、花鶏は更に手を伸ばす。
    「惚れっぽいっていうのもさ、言い換えればそれだけ人のいい所を見つけやすい人、ってことなのかもしれないよ? それはそれで、とても素敵なことだと思うなっ! だって、短所より長所を見つけるのが上手ってことだもんねっ!」
     虚を突かれたかのように、三奈子が顔を上げていく。
     掴んだ手は離さぬと、ラツェイル・ガリズール(ラビットアイ・d22108)が畳み掛けていく。
    「そう、人に好意を抱きやすい……それそのものは悪い事ではないのでしょう。それだけ、人の良い所を見ることが出来るという事でしょうから」
     今のままで良い部分、変わらなくても光り続けていく魅力。
     しっかりと言葉で伝えた上で、さらなる道を示していく。
    「ただ、誤解を受けやすいという事も、踏まえなければならないと思います。だから……魅力のせい、魅力があれば等と囚われないで下さい。そんな力がなくても、貴女は十分素敵な方だと思いますから」
     変わらないままでも良い、落ち込んだ心にとってすごい努力をする必要もない。
     ただ、少しだけ気をつければ良い。ただそれだけで、新たな道へと進めるはず。
     三奈子の瞳から涙がこぼれ、地面を熱く濡らしていく。
     抑えた口元からは嗚咽が漏れた。
    「私……そんなこと、考えたことも……なかった……。だって、いつも、いつも長続きしなくって……ただ、私に魅力がないだけ、って……それでも、今回は一杯、いっぱい頑張って……」
     それでもなお言葉を紡ぐのは、灼滅者たちへの感謝なのだろう。
    「私、このままでも良いのかな……ううん、努力はする、いっぱいする。でも、私は、私のままで……!」
     最後まで紡がれ行く前に、三奈子が表情を歪めていく。
     淫魔の到来だと、十六夜はスレイヤーカードを引き抜いた。
    「……Das Ende der Welt des Todes」
     惚れた腫れたは難儀なモノ。面倒以外の何物でもないが、灼滅者としての素質があるのならば話は別。
     打ち倒し、灼滅者として覚醒した三奈子を救うのだ!

    ●Imitation Love
     三奈子の意思が強いのか、淫魔は何も語らない。
     ただ、イルミネーションを纏うように舞い踊り、鋭い一撃を前衛陣へとぶつけていく。
     受け止め、されど揺らぐことなく、月子は一歩踏み込んだ。
    「溺れる夜を始めましょう?」
     艶やかな笑みを浮かべながら影を放ち、触手状に分裂させて淫魔を捉える。
    「激しいのがお好みかしら?」
     言葉と共に意思を送り込み、淫魔の表情を僅かに乱した。
    「彼、見る目が無いわね。アナタみたいな子を振っちゃうなんて」
     直後、触手を振りきったため淫魔がどのような表情を浮かべたのかは伺えない。
     問題無いと、十六夜が淫魔の周囲に魔力を送り込む。
    「……凍て付け、氷哭極夜」
     言葉と共に空気を凍てつかせ、肌に霜を与えていく。
     一旦退いた月子はアイティアと視線を交わし、優しい合図を投げかけた。
    「合わせていくわよ? 3、2、1……今!」
     影を同時に解き放ち、淫魔を再び捉えていく。
     されど淫魔は引きちぎり、再び舞い踊り始めていく。
     しかし……全力を出せない身では、やはり八人を相手にするのは無謀。灼滅者たちが攻撃を重ねるに連れて、動きがどんどん鈍くなる。
     表情も、よりつらいものへと変わっていく。
    「祓いたまい、清めたまえってな!」
     戦況を盤石なものとするために、雪羽は清らかな風を巻き起こした。
     仲間たちを包み込み、全力を出せる状態を整えるのだ。
    「IS……その熱を奪い凍てつけ」
     促されるまま、ラツェイルが大気を凍らせた。
     寒さに震える淫魔へと、京は巨大な杭を突き出していく。
    「さっきまでのあなたのほうが綺麗に見えました。今のあなたのその姿は、かえってあなたを貶めています。だから、さっきのあなたに戻ってください。大丈夫、私も手伝います」
    「もうすぐだよ! もうすぐ助けだしてあげられるから……だから、頑張って!」
     揺らぐ淫魔に、アイティアが魔力を込めた杖を打ち込んだ。
     魔力が爆裂し揺るがす中、燈の影がその体を縛り付ける!
    「これ以上、暴れないで……!」
    「今だ!」
     雪羽が大気を凍てつかせ、淫魔の表皮を凍らせる。
     促されるままに跳躍した花鶏は、遥かな空から轟音響く雷を打ち込んだ。
     後を追うように着地して、倒れこむ三奈子を抱きかかえていく。
    「ふぅ……何とかなったな」
     得物をしまう雪羽の呟きが示すように、三奈子は安らかな寝息を立てていた。
     起きるまでの短い時間、風邪など引いてしまわぬよう、安全な場所へと移動しようか。

     ベンチの上、コートに包まれ、目覚めた三奈子。
     起き上がろうとする体を軽く支え、燈が優しく問いかける。
    「大丈夫?」
    「あ、はい、大丈夫です。このたびは、本当にありがとうございました」
     ペコリと頭を下げて紡ぐ言葉に、迷いはもう伺えない。
     だから、十六夜が改めて言葉を告げる。
    「……まだ生きたいと願うのなら……此方へ来い。俺達がお前の存在を認めてやる」
    「……?」
    「今度は自分自身の力で好きな奴を手に入れろ。頑張れよ、ってことだ」
     雪羽が力強い言葉を投げかければ、しっかりと頷き返してくれた。
     明るい笑顔も見せてくれたから、ラツェイルは微笑み返していく。
    「大丈夫です。その明るい笑顔があれば、きっと前に進めます。それに、まだまだこの先、出会いなんて沢山あるのですからね?」
    「はい!」
    「それでは、お食事にでも行きましょうか。色々と話したいこともありますしね」
     京が、最初のだますようなやり取りを心のなかで謝罪しながら手を伸ばせば、暖かな手で握り返してくれた。
     イルミネーションが導くまま、三奈子は新たな道を歩き出す。
     今宵、自分というものを教えてくれた灼滅者たちとともに……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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