首塚の亡霊武者

    作者:本山創助

    ●首塚
     古の時代。戦場で討ち取られた名のある武将の首は、手柄として持ち帰られ、検分され、勝利の証として兵や民の前に晒された。また、罪人の処刑法として打ち首があり、見せしめとしてその首を台に乗せて飾ることもあった。そのような首を集め、死人が怨霊とならないよう供養するために建てられたのが、首塚である。
     夜。
     墓所の片隅にあるのっぺりした大岩の前に、白い炎を纏った狼が佇んでいた。
     狼の目が赤く輝き、岩から黒い邪気が立ち昇る。岩の前で渦巻く邪気は、やがて甲冑を纏った首無し武者へと姿を変えた。
     武者の周囲には、七つの首が漂っている。
     それらの首が、怒りに顔をゆがめ、一斉に怨嗟の声を上げた。
     狼は、いつの間にか居なくなっていた。
     
    ●教室
    「キミ達には、夜のお墓に行ってもらいたいんだけど」
     賢一が説明を始めた。

     都内のお寺で、スサノオが武者姿の古の畏れ引き出すんだ。どうやらこの武者は、墓場から出られないらしい。でも、放っておけばお寺の人や墓参りに来た人が危ないから、被害が出る前に、こいつを灼滅してほしいんだ。
     キミ達が現場に到着するのは、深夜、スサノオが立ち去った直後になる。武者が墓地をうろうろしながら獲物を探しているから、そこを叩いてほしい。上手く墓石の影に隠れることが出来れば、近づいてきた武者の不意を打てるかもしれないね。
     武者は、日本刀とリングスラッシャー相当のサイキックで攻撃してくる。ポジションはクラッシャーで、鋭い斬撃を放ってくるから気をつけてね。
     この古の畏れを引き出したスサノオと戦うことは出来ないけれど、スサノオが引き起こした事件をひとつずつ解決していけば、きっと元凶のスサノオにたどり着けると思う。
     そのためにも、武者退治をよろしくね!


    参加者
    巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)
    鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    服部・あきゑ(赤烏・d04191)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    風宮・優華(氷の魔女・d07290)
    天木・桜太郎(日日花・d10960)

    ■リプレイ

    ●真夜中の某区
     オレンジ色の街灯が、片側二車線の大通りを、ほのかに照らしていた。
     人や車の影はなく、辺りは静まりかえっている。
     天木・桜太郎(日日花・d10960)は、幅広の歩道を右に折れると、石畳の上を静かに駆け抜けた。街灯の明かりは、もう届かない。
     青と黒の世界。その先に、寺の門が見える。
     走る速度をさらに上げ、閉じた門に向かって跳躍する。空中でぐっと踏ん張り、もう一度高く飛び上がる。ESP『ダブルジャンプだ』。門の瓦屋根に着地して、辺りを見渡す。
     正面に本堂、右側に駐車場、左側に墓地。墓地は本堂の裏まで伸びている。寺の敷地を囲う木々は、まるで、俗界からの侵入者を拒んでいるかのようだ。
    (「うぉー、夜の墓場怖ぇー」)
     ぶるっと体を震わせ、桜太郎は空を見上げる。
     満月と、少しの雲と、一本のほうきにまたがる二人の少女の影が浮かんでいた。
     本堂の上空を横切りながら、風宮・優華(氷の魔女・d07290)は、眼下に広がる墓地を見下ろしていた。広さは、横三〇メートル、縦六〇メートル程度。大小様々な墓石が雑然とひしめき合い、迷路のような小道を作っている。
    「うーっ、寒いのじゃよー……!」
     優華の後ろに横座りする鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)が、腰に回した腕をぎゅっと絞った。優華の背中にぴたりと身を寄せ、頬を付ける。
    「そんな格好してるから」
     墓地の奥に目をやったまま、素っ気なく答える優華。珠音は、着崩した着物を直すわけでもなく、ただ、優華の体温にすがりつく。
    「温かいおしるこ、持ってきたわよ」
    「おしるこ?」
     ぱっと顔を上げる珠音。
    「……まぁ、全部終わってから、ね」
     優華は声をひそめた。最奥にある岩の前で、黒い邪気が渦を巻いているのが見えたのだ。ほうきの頭を下げ、本堂の裏側にふわりと舞い降りる。
     その二人を、すらっとしたロシアンブルーの猫が出迎えた。猫変身したソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)だ。
     ソフィリアは、桜太郎の合流を確認すると、三人の前をててててっと走り、迎撃ポイントまで導いた。
     変身ESPを持つソフィリアと他の仲間達は、体の小ささを活かして別ルートから侵入していた。今は墓地の中心部にある十字路で、息をひそめて敵を待ち構えている。
     墓地の奥から、足を引きずる音がした。
    「ゥゥゥゥ……ァァァァ……アアアア……!」
     幾重にも重なった怨嗟の声が、夜の静寂を打ち破る。
     古の畏れが、今、この世に顕現したのだ。

    ●生首
     平安時代の昔より、兵士たちは、兜によって頭が蒸れるのを防ぐために、額から頭頂部にかけて髪を半月形に抜き、あるいは剃り落としていた。これを月代(さかやき)という。時代劇などでおなじみの丁髷(ちょんまげ)姿は平時のものであり、戦場にて兜をかぶる際には、髷をほどいておかっぱ頭になった。これを童髪(わらわがみ)という。
     墓石の影から、銀色の蛇が首を出した。蛇変身の逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)である。地を這うアングルから、こちらに向かってくる亡霊武者を見上げる。
     青白い光を放つ体が、ぼろぼろの甲冑を身にまとっていた。首から上はない。代わりに、白い炎をまとった七つの生首が、火車のように回転しながら、武者の周りを浮遊していた。月代が綺麗に剃られているものもあれば、中途半端に伸びているものもある。ただ、どの生首も兜をつけておらず、長く伸びた童髪を振り乱しながら、白濁した瞳を怒りにゆがめていた。
    (「やっと眠りにつけたのに、起こされるなんて、……な」)
     奏夢は、そんな武者の姿に、静かな眼差しを向けた。
     子犬に化けた服部・あきゑ(赤烏・d04191)は、墓石を背に、じっと耳を澄ませていた。
     向かいに目をやると、小道を挟んで銀蛇が首を出しているのが見える。その銀蛇が、首を引っ込めた。
     鉄の焼けるような臭いと共に、石畳を踏みしめる音と、呻き声が近づいてくる。
    (「悪いのはあんたじゃない、あんたを悪にしたスサノオなのだから……」)
     墓石を挟んですぐ後ろに、武者の気配を感じる。
     あきゑは息を止めた。
     武者は歩調を変えず、歩いて行く。
    (「……だから、あんたを悪霊に仕立て上げたスサノオは、絶対に許さない」)
     武者の背中を見つめながら、あきゑはゆっくりと息を吐いた。
     小石が、石畳を跳ねる。その音が、武者の足を止めた。
     十字路の真ん中で、辺りを伺う生首達。
     いつの間にか、周囲は赤い霧に包まれていた。
     ――いまだ!
     あきゑが地を蹴った。
    「ン」
     最短、最速、万能の単音が、あきゑの姿をくノ一に変える。
     突風のように、霧の底を駆ける赤髪。
     生首が一斉に振り向く。
     一閃。
     武者の左アキレス腱から上がずるりと滑り、楕円形の切断面から骨と肉が覗いた。
     よろめく武者めがけて、炎が弧を描き、杭と槍が交差する。
     桜太郎、ソフィリア、優華の連係攻撃だ。
     武者の左肩から袈裟切りに火が噴き、両足を貫いた杭と槍が武者の動きを縫い止めた。
     七つの生首は、再度振り向いて、納刀する桜太郎を睨む。が、そのうちの一つは、奏夢の左裏拳を脳天に喰らい、地に叩きつけられた。
     その頭を踏み台にして跳びかかるのは黒猫――いや、空中で変身を解いた巴里・飴(砂糖漬けの禁断少女・d00471)だ。
     オーラを宿した両拳が、武者の胸を、肩を、腹を、甲冑ごと瞬時に貫く。
     着地。そして離脱。
     後に残るのは、血を噴きながら両膝をつく武者と、尾を引きながら消えてゆくオーラの残光のみ。
    「ギャァァァァァァッ!」
     生首達が一斉に叫んだ。
     武者の体が、ぼろぼろになって崩れ落ちていく。
    「え、やったの?」
     振り向く飴。
    「は? なんだよ、あっけねえな」
     回復準備をしていた赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が、ぽかんと口を開ける。が、すぐにその口を閉じ、宙に浮く生首達の動向に注目した。
    「いや、そう簡単に終わるわけねえか」
     奏夢が叩き落とした生首が、黒い邪気となって地に溶け込んだ。すると、まるで逆再生でもするかのように、武者の肉片が集結し、体を再構築しながら、重力に逆らって起き上がった。
     刀を抜いた武者が、下段に構える。
     六つの首が、六方を向き、自身を取り囲む灼滅者を見据えた。

    ●つわものども
    「戦場の匂い……血の匂い。ここが最後の戦場じゃよ! いざ勝負!」
     右手を突き出し、珠音が叫ぶ。その指先は赤く濡れ、滴る血が赤い霧をさらに濃くしていた。
    「これで恨みが晴れるとは思わねーけど、真剣勝負で手合わせ頼んます」
     桜太郎が、居合いの構えをとった。
     武者は、刀を下げたまま、じっと様子を伺っている。
    (「なるほど。あの構え……戦場では理にかなっているかもしれませんね……」)
     ソフィリアは、武者との間合いを測りながら、頭の片隅でそう思った。
     刀を下げれば、それだけ体力を温存できる。視野を広く保てる。重心が低く、体勢も崩れにくい。最も防御の薄い足下を守りやすく、そして、最も防御の薄い足下を攻撃しやすい。
     些細な傷が致命傷になるのが戦場である。瞬間的な一対一の勝負では軽視されがちな守りの要素が、長丁場の戦場では死活問題になるだろう。
    (「さて、どう攻めましょうか」)
     ソフィリアが、じりじりと間合いを詰めた、その時。
    「そらよっ!」
     布都乃が右手にマテリアルロッドを具現化し、予備動作もなく突き出した。
     カンッ!
     武者の刀が、マテリアルロッドが跳ね上げる。
     返す刀は、横一文字の斬撃波。飴、優華、布都乃の肌を切り裂く。――否、布都乃は無事だ。間に割って入った奏夢が、歯車型のシールドで斬撃をはじいていた。
    「なんの、これしき!」
     流れる血もそのままに、飴が武者の懐に飛び込んだ。異形化する右腕を振りかぶる。そこに割って入る漆黒の円盤。鋭く突いた飴の右腕は、円盤に押しとどめられ、ぴたりと止まった。
     瞬間、飴は寒気を感じ、飛び退いた。
     武者の腹の辺りに、高速回転する黒円が見える。
    「っ痛――」
     腹部に手をやると、ぬらりと滑った。腹を切られ、血が、あふれている。
    「甘かったかー」
    「キノ!」
     奏夢の声に反応し、霊犬『QUINO』が飴に浄霊の瞳を向ける。スッパリ切れた飴の腹が、みるみるうちに塞がった。
     いつの間にか、生首は三つになっていた。そして、浮遊する黒い円盤が三つ増えている。
    「首が円盤になった」
     状況を注意深く観察していた布都乃が言った。
    「ガチガチに守りを固めやがって……。これならどうだ!」
     布都乃が両腕を振った。
     武者をかばう黒円が、衝撃に震える。逆十字の赤い印が浮かび上がり、黒円が粉々に砕け散った。
    「ギャァァァァッ!」
     三つの首が顔を歪めた。
     その隙を突いて、ソフィリアが一気に間合いを詰める。
    「厄介な盾ごと、この一撃で撃ち抜いて見せます!」
     ボッ、と空気を裂いて繰り出されたソフィアの拳が、黒円ごと武者の腹をぶち抜いた。
     一つの生首が絶叫と共に霧散し、腹の傷を癒やす。続けてソフィアへ刀を振り下ろすも、オーラを纏ったあきゑの両腕でガッチリと受け止められた。
     武者は、寄らば斬るの構えで灼滅者達に応戦した。守りを固め、不用意に近づいてきた者に手痛い反撃を喰らわせるのが狙いだ。
     しかし、灼滅者達の作戦とチームワークは、武者を完全に上回っていた。
     あきゑ、珠音、奏夢のディフェンダー陣が、敵の鋭い斬撃を分散しながら受け止めた。その傷はキノと布都乃がすぐに癒やす。足りなければディフェンダー陣自らが癒やす。これで、敵の攻撃はほぼ対処できた。
     敵の守りは桜太郎とソフィリアが打ち砕き、飴と優華が着実にダメージを重ねる。
     戦況は、灼滅者達が圧倒していた。

    ●夢のあと
     武者の刀が、横一文字に閃く。
     珠音は踊るように回転して、それを避けた。長い黒髪が扇のように広がる。その一部がスッと伸びて、武者の手首を絡め取った。
    「久々登場、黒髪縛り――蟷螂! 切れ味鋭いよ!」
     巻き付いた黒髪がハラリと解け、武者の手首が地に落ちた。
     最後の生首が絶叫と共に霧散し、手首が再生する。
     残るは黒円一枚と、首無し武者の体のみ。
     優華は少しうつむき、槍を握る手に力を込めた。
     眼鏡の反射光が、彼女の表情を覆い隠す。
     目の前の亡霊武者は、被害者かもしれない。だが――。
    「悪いわね、さっさと成仏させてもらうわ」
     顔を上げる優華。その瞳に迷いはない。
    「桜太郎、円盤」
    「任せとけ!」
     優華と桜太郎が並んで突撃する。
     割って入った黒円に、白い直線が入った。振り抜かれたのは、桜太郎のサイキックソード。
     真っ二つになった黒円を押し開くように神槍『雪華』が伸びる。
     その先端から射出されたツララが、武者の心臓を射貫いた。
     硬直する武者。
     もう、誰も叫ばない。
     凍り付いた武者の体は、倒れると同時に、ガラスのように砕け散った。

    「さーて、後片付けでもすっか」
     布都乃が墓石に歩み寄り、脇に避けておいたお供え物を、綺麗に元に戻した。迎撃ポイント付近のものは、あらかじめ待避しておいたのだ。
    「墓石は無事だね。卒塔婆も折れてない。よかった、よかった」
     十字路付近の墓石を確認した飴が、ほっとした表情で言った。灼滅者達は墓石などに被害が及ばないよう、注意して戦っていたのだ。
    「おしるこ!」
     思い出したように、珠音が言った。
    「はいはい」
     優華が『迷いにゃんこおしるこ』を取り出した。肉球型のおもちが可愛い、あったかおしるこである。それを、布都乃と飴と珠音に配った。おしるこは全員分用意してある。残りは後で配るつもりだ。
     珠音は満面の笑みでそれを受け取ると、首塚の方へと小走りに向かった。
     のっぺりした大岩の前に、灼滅者達が佇んでいる。
    (「今度こそ、静かに眠っていておくれ?」)
     あきゑが首塚に手を合わせた。
    (「ちっとは恨みが晴れてるといいな」)
    (「どうか、どうか安らかにお眠りください……」)
     桜太郎とソフィリアも、静かに黙祷を捧げた。
    (「次はちゃんと眠れるといいな」)
     奏夢は首塚に花を手向けた。そして、傍らに寄り添う霊犬の頭を撫でる。
    「ありがとう、キノ」
     キノはたった一人の家族だ。無事でいてくれるだけで嬉しい。
     珠音は、あらかじめ用意しておいた金平糖と『迷いにゃんこおしるこ』を首塚にお供えした。お腹が空かないようにしてあげよう、という心積もりである。
     じっと手を合わせる珠音。
    「お疲れ様。もう戦は終わったんじゃよ。ゆっくりお休み……」
     皆の祈りと珠音の言葉は、のっぺりした大岩に、静かに染み込んでいった。

    作者:本山創助 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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