ヒイロカミと喪服の屍王

    作者:御剣鋼

    ●矛と盾
     ――新宿殲術病院。
     灼滅者組織『病院』の新宿拠点だったこの病院は、白の王セイメイによる侵攻を受け、瞬く間に陥落した。
     先の戦争でもここに拠点を敷いたセイメイは、灼滅者達の奮闘により配下のアンデッドと共に何処かに去ったとされている。
     けれど、新年を明けた頃。
     人の気配が消えた廃墟と静寂の中に、ブーツの足音がコツンコツンと静かに響いた。
    『ユーリウス様が倒され、セイメイ様も……何処へ去られたのだろう』
     喪服を着た銀髪の少女は足を止めると、そっと碧色の瞳を閉じる。
     か細くも華奢な手足は水晶に覆われており、胸に抱き抱えるのはシンプルな儀式剣。
     少女――ノーライフキングがぎゅっと口元を結んだ、その時だった。
    『ノーライフキング、ミツケタ!』
    『――!!』
     反射的に後方へ跳躍した瞬間、ノーライフキングが居た場所を躍動した炎が爆ぜる。
     瞬時に肉薄した襲撃者が繰り出す斬撃を少女は受け流し、反動で更に距離を取って。
     襲撃した側も深追いはせず、相手を伺うように距離を保ったまま、声を張り上げた。
    『オマエ、イマ……「セイメイ」ッテ、イッタナ』
     ノーライフキングを襲撃したのは、少女より頭1つと半分小さな、半人半獣の少年。
     けれど、煌々と纏った炎からは覇気が感じられ、あどけない双眸は殺意を帯びていて。
    (『イフリート? なぜこんな街中に……?』)
     今は思考を巡らせている時ではない。
     小さくも強力な炎を纏う炎獣を前に、少女は眉一つを動かさず左足だけを下げた。
    『セイメイ様に敵意を剥けるイフリートの噂は聞いたことあったけど、子供だったのね』
     剣を持つ右手を前に、左半身は後ろに逸らして。
     あたかも呼吸をするように迎撃態勢を整えた少女を前に、ヒイロカミも剣斧を構え直す。
    『グルル……ガイオウガノ戦士、コドモ、オトナ、カンケイナイッ!!』
     明確な敵意を示すように獣のような唸り声を上げる、ヒイロカミ。
     対する少女はごめんなさいと口元は微笑んだけど、その双眸は刃の如く研ぎ澄まされて。
    『戦う気はなかった。けれど貴方は放置できない……いいえ、してはいけない気がする』
     刺すように殺意を纏ったノーライフキングに、ヒイロカミも高らかに答える。
     絶対逃がさない。その意思を貫くように、ただただ真っ直ぐに――!
    『オレハ、ヒイロカミ! ガイオウガノ戦士ダ!!』
    『私はシューネ。セイメイ様の盾になるため、日本に来たの』
     互いの名を知った2人のダークネスが睨み合う。
     その刹那。先に躍動溢れる動きで素早く駆け出したのは、ヒイロカミ。
     シューネも瞬時に儀式剣を横にし、迎え撃つように強烈な炎撃を受け流した。
     ――そして!
     両者の激しい接戦は廃墟だけに止まらず、周囲の街にも甚大な被害を被ることになる。

    ●ヒイロカミと喪服の屍王
    「まさか、こんなことになるなんて」
    「ええ、年末年始と冬休み、サイキックアブソーバに通い詰めていたかいがございました」
     灼滅者達の目に入ったのは、真剣に顔を潜めた仙道・司(オウルバロン・d00813)。
     彼等に気付いた里中・清政(中学生エクスブレイン・dn0122)が、神妙に口を開いた。
    「わたくし、司様からヒイロカミの動向を調べるよう、依頼されておりましたが……」
     ――ヒイロカミが街中で、セイメイ派と対決することがあるかもしれない。
     そう司から依頼を受けていた執事エクスブレインは、バインダーから資料を取り出す。
     そして、廃墟と化した新宿殲術病院で大きな争いが起きることが分かったと皆に報せた。
    「ヒイロカミについては存知の方もおられると思いますが、屍王は初見でございますね」
     名を、シューネ。
     先の戦い『新宿防衛戦』に間に合わなかった、セイメイ派のノーライフキングだろう。
     それでも黙祷だけは捧げようと、他勢力を刺激しないよう、単身で足を運んだ、結果。
    「新宿を徘徊していたヒイロカミと遭遇してしまった、そういうことでしょうか?」
     イフリート「ヒイロカミ」とノーライフキング「シューネ」。
     この2人の争いで、新宿殲術病院近辺が甚大な被害を被る未来が予知されたのだ。
     双眸を険しくさせた司に視線が集まる中、執事エクスブレインが再び口を開く。
    「はい、正確に言いますとヒイロカミは、ふて寝していたとのことでございます」
    「「寝正月かよおおおおおおお!!」」
    「「謝れ! 全イフリートとファイアブラッドに謝ってこいッ!!」」
     ヒイロカミが何処で『新宿防衛戦』の話を聞きつけたのかは、わからない。
     けれど、少年が意気揚々と駆けつけた時は、既に市街地は平和モードだったわけでして。
     やる気を無くしたヒイロカミがゴロンと丸くなったのが、廃墟近くのビルの屋上だった。
    「無用心すぎるっていうか、よっぽどショックだったのかな?」
    「何とかと煙は高いところが好きって言いますし――うわっ!!」
    「謝れ! 全イフリートとファイアブラッドに謝れええええいっ!!」
    「ごめん! 本当にごめんなさいっ!!」
    「それでもノーライフキングに気づいた所だけは、賞賛に値するわね」
     ヒイロカミ自身についても、分からないことはたくさんある。
     前回の接触からすると、短絡的な思考の持ち主であるけれど、純粋であるとも言える。
    「幸い、今回の事件は偶発的なものでございます」
     なので、今回の依頼は2人の接触を阻止することが最優先になる。
     それができれば灼滅の有無なく依頼は成功になると、執事エクスブレインは微笑んだ。

    「阻止する方法は、大きく2つに別れます」
     1つめは、ノーライフキングより先にヒイロカミに接触すること。
    「ヒイロカミにつきまして、別の場所へ連れて行くことも可能でございますね」
    「え、そんなことが出来るの……!」
     目を瞬いた司に、執事エクスブレインは初めて緊張を崩した微笑を浮かべた。
    「はい、皆様の健闘の結果、ヒイロカミは灼滅者は敵ではないと認知しております」
     ヒイロカミだけでなく、他の若いイフリート達の暴走を止めたことも忘れてはならない。
     成果は多々に渡るけれど、どれもクロキバ達の機嫌を損ねるものではなかったのだろう。
    「言葉より、子供が興味を持つ行動やモノのほうが、誘いやすいかも……」
     ヒイロカミと接触した司も頷く、ヒイロカミは難しい言葉を苦手にしているとのこと。
     戦闘以外では子供そのものなので、それを生かした誘いには直ぐに食いついてくる筈だ。
     反面、難しい言い回しや質問は飽きてしまったり、機嫌を損ねてしまう可能性が高い。
    「2つめですが、ヒイロカミより先にノーライフキングに接触することです」
     ノーライフキングの少女がセイメイ派だということは、わかっている。
     彼女は黙祷のために足を運んだだけだが、その後はセイメイ派と合流するのは明らかで。
     配下を連れていない単身のノーライフキング……それは灼滅のチャンスでもあった。
    「上手く灼滅できた場合、セイメイ派の戦力を削ることにも繋がりますね」
     ――イフリート「ヒイロカミ」に接触するか。
     ――ノーライフキング「シューネ」に接触するか。
     どちらにしろ、少なくとも接触から10分以上は強く釘付けにする必要があるという。
     二手に分かれて接触した場合、双方に勘付かれ易くなって接触を助長する恐れがある。
     そう、執事エクスブレインは付け加えた。
    「ヒイロカミは雑居ビルの屋上で、シューネはとある公園で接触することが可能です」
     どちらも、新宿殲術病院の近く。
     けれど、どちらかの興味を自分達に惹きつけて時間を稼ぐことができれば、2人は出会うことなく街の被害を防ぐことが出来る。
     そして最後に忘れてはいけないことがある、どちらもダークネスだということだ。
    「大胆かつ慎重に……で、ございますね」
     ノーライフキングについても戦闘以外の方法もありえるが、難易度は高めになるだろう。
     シュネーの行動から、おそらく彼女は武蔵坂の灼滅者と新宿で起きたことを知っている。
     屍王といえどダークネス。仲間の敵を前に10分以上も冷静でいられるとは限らない。
     そしてそれは、ヒイロカミも似たようなものだ。
    「この前の依頼は成功しましたが、ヒイロカミは加減しても建物を半壊させるほどでした」
     よほど苦かったのだろう、司は唇を強く噛みしめる。
     ちょっとした言葉でムキになって全力を出し、けれど瞬時に掛けた言葉で加減をする。
     理性が乏しいヒイロカミと接するのも、薄氷の上を渡ると同じようなもの……。
    「もう一度申し上げます、今回の任務は『街の被害を防ぐ』ことでございます」
     まずは、確実に2人を接触させないこと。
     それを最優先に知恵を絞り、行動して欲しいと執事エクスブレインは灼滅者達を見回す。
    「その上で、勝算があるのでしたら、接触した方の灼滅を狙うことも可能でございます」
     どちらも強力な力を持ったダークネス、灼滅できればそれだけ勢力を削ることになる。
     全ては現地に赴く灼滅者次第になるだろう、執事エクスブレインは深く頭を下げた。


    参加者
    仙道・司(オウルバロン・d00813)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    攻之宮・楓(攻激手・d14169)
    九葉・紫廉(ヤクサイカヅチ・d16186)
    幸宮・新(揺蕩う吾亦紅・d17469)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)

    ■リプレイ

    ●二度目の邂逅
     そこに在るだけで、疎まれた。
     自らも制御出来ない力を持て余して、涙し、そして全て失った。
     けれど、そんな己の炎と力を全て受け止めてくれる、居場所に出会った。
     圧倒的な力と炎だけでない。心に渦巻く殺戮欲と闇も、全て――。

    「ヒイロカミさんみーっけ! これから遊びに行くけど、ご一緒にいかが?」
    「美味しい物一杯御馳走したいのですっ♪」
     飛び上がるように目覚めたヒイロカミの視界に入ったのは、8人の少年少女達。
     簡単に自己紹介した小圷・くるみ(星型の賽・d01697)が、先日の御礼にご飯でもと誘うと、仙道・司(オウルバロン・d00813)が遊びに行こうと続けて。
     良くみると揃って丸腰。呆気に取られたヒイロカミは、思わず剣斧を落としてしまう。
     偶然を装って声を掛けたのもあって、特に理由を詮索することなく、重い瞼をこすった。
    「シンネンカイみたいなものだ」
    『シンネン、カイ?』
     眉を寄せたヒイロカミに、神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)は堂々と言い直す。
     新年会とは正月の娯楽、仲良しで集まって一緒に楽しむこと、だと。
    「君がヒイロカミ? 聞いてた通り、立派なタテガミで強そうだね」
     真直ぐ真摯に話し掛けたオリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)に、ヒイロカミも背伸びするように向き合い、周囲に視線を巡らせる。
     九葉・紫廉(ヤクサイカヅチ・d16186)も笑顔で自己紹介をし、刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)も皆に合わせるように相槌を打って。
     屋上にいるのは自分と8人。それ以外の気配は感じられず、少しだけ警戒を弱める。
    「せっかくここまで来たなら、ちょっと人間の街を見て回ったりしてみない?」
     街を守るため、何としても接触を避けないと……。
     幸宮・新(揺蕩う吾亦紅・d17469)は屍王がいる公園とは逆方面を指差す。
     ヒイロカミを他の場所に連れ出し、極力戦闘を避けることが皆で決めた方針だった。
    「街に出ればこういう物がたくさん食べられますよ♪」
     ヒイロカミは司の誘いもそっちのけで、用意された菓子とジュースに目が止まっていて。
     今でも涎を垂らしそうなヒイロカミに、オリヴィエが唐突に口を開いた。
    「ね、ケバブって知ってる?」
     突然知らない言葉を掛けられたヒイロカミは、不機嫌そうに頬を膨らます。
     肉が沢山で美味しいらしいと分かりやすく言い直すと、一変して瞳を輝かせた。
    「一緒に食べに行かない? ご馳走するから」
    「似合いそうな服も持ってきてみたから、ちょっと着替えてみてよ」
     オリヴィエの言葉に乗せるように、新も興味を誘っていく。
     ヒイロカミは新が見せた服を凝視し、左手を腹に添えた。
    『ハラガヘッタラ、タタカエナイナ』
     照れを隠すように姿勢を正したヒイロカミが「案内しろ」と短く告げる。
     けれど、嬉しそうにパタパタ動く尻尾に、攻之宮・楓(攻激手・d14169)は吹きだしそうになってしまって。
    「なんだか、弟ができたみたいで面白いですわね」
     ちょっとやんちゃそうで。
     でも、男の子はこのぐらいの方がいいと、お爺さまなら言いそうだ。
    「気取られると危険だし、どうせ遊ぶなら楽しく接したいよな」
     少しだけお姉さん気分になった楓が瞳を細めると、紫廉も頷く。
     街を壊されるのは癪だけど、楽しむことも心掛けていこう、と。
    「元気になって下さるかしら?」
     遊びでないことは重々承知しているのは、くるみも同じ。
     いざという時は、重傷も闇堕ちも辞さない覚悟だ。
    「向こうはふてくされて寝ていたのだ、気晴らしが必要だろう」
     本人が参加できれば尚良しと、摩耶も小さな背の後に続いた。
     
    ●街中散策
     一行が最初に向かったのは、新宿駅近辺。
     ここならシューネの居る公園や新宿殲術病院と被らず、ケバブの美味しい店もある。
     人通りが少ない場所は楓と摩耶が細心の注意を払いながら、ルートを厳選していく。
    「い、田舎物ではありませんわよっ! 見聞を深めているのです!」
     実は、都会のド真ん中に来るのは楓も初めてのこと。
     キョロキョロと視線が慌ただしいのは、好奇心もいっぱい詰まっている証し。
     ちょっかいを出しそうな人々がいれば、遠地の観光ピーアール関係者を装った渡里が、近付かないように注意を促した。
    「子供扱いはしないわ、私も嫌だもの」
    「僕も顔色窺われるの、やだから」
     混雑が予想される場所は、事前にガイド誌や口コミを確認していたくるみが予約をし、待ち時間のストレスを極力減らすように勤めていて。
     少ない待ち時間の間、オリヴィエも真直ぐヒイロカミと向き合っていた。
    「カッコイイ男ってのはな。暇を楽しむ心の余裕を持ってるもんなんだぜ」
     戦争や闘争心を煽るような話題は避け、セイメイの名を出さないように注意を払って。
     紫廉の的確なフォローで癇癪を起こすことなく、揃って美味しいケバブにありつけた。
    『クダモノタベタイ、オイシイ、キイタ!』
    「近くに美味しそうなすいーつのお店がありますわ、予約しておきますわね」
    「個人的にはアパレルショップも捨て難いですね」
     司が普段どんな物を食べたり遊んでいるか訪ねると、楓も合わせるように相槌を打つ。
     ぶらり再発見でフルーツパーラーに立ち寄った一行は、アパレルショップへ向かう。

    「こっちの服もかっこいいと思うよー」
    『コレ、チクチクスル』
     出歩いても不自然でない着替えも用意していた新は、思わず苦笑を洩らす。
     店内では相手の性質と目的の観察に徹していた摩耶が口を開いた。
    「今回の相手には、理は通じそうにないな」
     見た目は興味津々を引くことがあっても、着心地はお気に召さなかった様子。
     司も似合いそうな服を幾つか見繕うけれど、首を横に振られるだけで。
     それでも興味はあるのだろう、腰に鮮やかな色のマフラーを巻き付けていた。
    「そのアックスソード、どこで入手されたんですか」
    『ニュウシュッテ、ナンダ?』
     ガクッと肩を落とした司の横で、ヒイロカミは不思議そうに剣斧を見上げる。
     負けじと先日の威力を褒めると『俺の一部!』と誇らしく見せてくれた。
    「人の姿をとれるなら、そちらの方が良いんじゃないか?」
     そうすれば色々美味しいモノも食べられると言う渡里に、ヒイロカミは口を閉ざす。
     人と同レベルに扱われたことが勘に触ったのだろうか……。
    「お、何だあれ。行ってみようぜ!」
     なら、別のことで興味を引こうと、紫廉が声を掛けた時だった。
     ヒイロカミが自分の頭と腿を、手早くポンポンと叩いたのは。
    『オイシイタベル、タメ!』
     頭の立派な角が消え、屈強な獣の足腰も子供らしい華奢な素足に変わっていく。
     そして、ほぼ完全な人型になったヒイロカミは、一回り小さく見えて……。
    「その姿もカッコいいです!」
     くるみの飾りのない素直な感想に、ヒイロカミの表情がぱっと晴れる。
     小柄であることを気にしていたのは間違いない。くるみの視線が楓と交差した。
    「気に食わない質問もですが、本人が面倒くさがるのも危険ですわね」
     自慢話を語って貰う方向で時間稼ぎを考えていた楓は、暫し思考に耽る。
     武勇伝を訪ねると『必殺技だな』と勘違い、仲間のことを聞くと『その仲間に聞く、一番早い』と会話にならず、機嫌も損ね易い。
    「探りを入れず、腹を割って交流する方が良さそうだな」
    「確かに特徴を褒めたり、食べ物や遊びで分かりやすく誘うのは上手くいってるね」
     先に店を後にした摩耶に首を傾げつつ、新は購入した服を綺麗に折り畳む。
     人型に変身できる力を持ちながらも、半人半獣の形態をとるヒイロカミの心情を知ったオリヴィエは、小さく笑みを隠した。
     
    ●川辺の遊戯
     街中散策に満足した頃を見計らい、一行は渡里の提案で川辺を目指していく。
    「このボタンでブロックを動かして積み上げて、列を揃えて消したら得点だよ」
    『ムズイカシイナ』
     手持ち無沙汰にならないように新が渡した携帯ゲームは少年には至難のよう。
     早々で飽きたヒイロカミに、今度は司が手品を披露してみせた。
    「はーい、花が突然咲きましたっ♪」
    「モウイッカイ、ミセテ!」
     逆に仕掛けを見破ろうと息巻くのが、子供というもの。
     布に興味を持ったことに着目した渡里が、凧を広げると……。
    『ソレ、カッコイイ!』
    「ちなみに、凧揚げはけっこうコツがいる……」
     1回失敗して凧を下ろした渡里から『オレモ!』とヒイロカミが奪い取る。
     体を動かすことは得意らしく、直ぐに要領を掴んで凧を泳がした。
    「なあ、なんでヒイロカミやクロキバは――」
     新に誉められていたヒイロカミに、渡里が言葉を投げ掛けた、その時!
    「ムサシンジャー、推参! 必殺、ウサギさん大増殖!」
     ブシューっと吹き出すカラフルな煙と爆発音。
     ヒーローショーの乗りで現れた摩耶は、ピカピカ光る派手な衣装を纏っていて。
     漆黒の髪を靡かせ林檎にナイフを滑らすと、瞬く間にウサギさん林檎が大完成!
    「ガイオウガも強そうだが、ウサギさん増やせるか?」
    『ヤルナ、ムサシンジャー!』
     高速でウサギさん林檎むきを披露しつつ、不敵な笑みを浮かべる摩耶。
     ウサギさん林檎に瞳を輝かせたヒイロカミに、オリヴィエが言葉を重ねた。
    「故郷の名乗りがあるから興味があるんだけど……ガイオウガって凄いイフリートなの?」
     他にも誇らしそうに、ガイオウガの戦士と名乗るイフリートを聞いたことがある。
     そう、興味津々のオリヴィエに、ヒイロカミは胸を張って答えた。
    『ガイオウガ、ラグナロクダークネス、ソバニツカエル、オレノユメ!』
     瞳を輝かせる様子は、夢に憧れる少年そのもので。
     くるみと楓の表情が曇る、それはあってはならないことだったから。
     重くなり掛けた空気から気を逸らさんと、司と紫廉が同時に言葉を挟んだ。
    「徳利(とっくり)の中は何が?」
    「それちょっと興味あるんだけど、俺も飲んでみていいか?」
    「あ、私も気になる!」
     司と紫廉のフォローに、くるみも盛り上げようと乗っかって。
     ヒイロカミは腰に下げていた徳利に視線を止めると、悪戯っぽく笑う。
    『タカラモノ、ミタイ?』
     宝物と聞いて、思わず身を乗り出したのが運の尽き♪
     勿体ぶった素振りでフタを取ったヒイロカミは、今度は逆さにして振ってみせて。
     中から出て来たのは宝ではなく、木の実とか虫の殻や羽ばかりッ!?
    『ノムカ?』
    「いいえ、結構っす!」
     最後に蛇の抜け皮を嬉しそうにびろーんと出す素振りは、人の子と変わらない。
     御免こうむると逃げの姿勢に入った紫廉をヒイロカミが笑いながら追い掛けた。
    「鬼ごっこでもするか」
     やる気満々のヒイロカミに渡里が簡単にルールを説明し、摩耶が補足する。
     負けず嫌いの紫廉も勝負事と聞いて、本気の鬼ごっこに挑んだ。
    「危なっかしいけど、純粋なイイコなのかも」
     既に時間稼ぎは十分出来ている。
     それでも、純粋に遊んでいた少年少女達にとっては、短過ぎるくらいで。
     もしかしたら友達になれるかもと、くるみも期待と共に駆け出した。

    ●それぞれの居場所
    「相手が元気過ぎたな」
     後は、力尽きるまで全力で遊ぶだけ。
     全力の鬼ごっこを楽しんだ渡里は、清々しい面持ちで地面に転がっている。
    「うむ、相手はダークネスだ」
     同じように摩耶も四肢を投げ、新と紫廉も楽しそうに手足を伸ばしていて。
    「やっぱり強くありませんとね」
     周辺を警戒していた楓も、仲良く転がった仲間に安堵を洩らす。
     戦いに発展するタイミングは、ヒイロカミが暴走した時だけではない。
     万が一、敵と出会ってしまったら、彼にも戦って貰う必要があったから。
    「……ね。僕達が街を壊さずに戦う理由、解って貰えるかな?」
     真似をするように大の字になっていたヒイロカミに、オリヴィエが声を掛ける。
     いいものを作ってくれる人達を傷付けたくない……同族なら尚更だと。
     そう告げたオリヴィエに、ヒイロカミも素直に頷いた。
    『街、タノシカッタ』
     無邪気な返事からは余り理解していないようにも見える。
     けれど、上半身を起こしたヒイロカミは、ぽつりと言葉を洩らした。
     灼滅者に依頼するクロキバのことが、少し分かったかも、と。
    『デモ、モットオレ達、タヨッテホシイナ』
     一見。親の心子知らずな、背伸びをしたいお年頃のよう。
     だが、目の前の子供は曲がりなりにもダークネス、イフリートだ。
     人と共闘したり助けられたりするのは、矜持を折られる行為に等しい。
     敢えて矜持を押し殺し、灼滅者に依頼するクロキバの方が、特殊なのかもしれない。
    『……箱根、ドッチ?』
     灼滅者とたくさん遊んだヒイロカミは、仲間が恋しくなったのだろう。
     楓はシューネがいそうな方角を避けるように、箱根の方を指差した。
    「ごめんなさい」
     不快な思いをさせたと謝罪するくるみ、ヒイロカミは首を横に振る。
    『オレイナイ、ミンナキット、サミシガッテル』
     強がっているけれど、ヒイロカミの瞳は示された方に釘付けになっていて。
     この様子なら街や人々に被害を出すことなく、丁重に帰ってくれるに違いない。
     摩耶は静かに瞳を細めた。
    「ヒイロカミさん、お友達になって……くれますか?」
     司の熱意と幾つもの眼差しを受け、ヒイロカミの瞳が何度も瞬いて。
     少年は嬉しそうに、首を縦にして頷いた――が。
    『闇堕チシタラ、仲間仲間! 強イ仲間、ミンナウレシイ!』
     無邪気な笑みと飾りのない言葉に、和やかだった空気が凍りつく。
     ダークネスとは相成れない。そのことを改めて突きつけられた現実に。
     ――それでもだ。
    「今日は、君と一緒で楽しかった」
     敵に見えなくて、何時の間にか普段通り遊んでいて。
     最初は背伸びがちだったオリヴィエの声に、渡里も言葉を重ねた。
    「またあそぼうな」
     街に被害を出さないことが一番なのは、今も変わらない。
     けれど、媚びらず遊び相手になるつもりで挑んだのは、本心だったから。
    「学園へも遊びに来て欲しいし、また共闘したいです」
     司に続けるように、くるみと紫廉が楽しかったと笑みを深くして。
     ヒイロカミは新から貰った服を撫でながら、不思議そうに首を傾げた。
    『オレハ戦士「ヒイロカミ」。仲間イガイ、ナレアイシナイ』
     けれど、何時の間にか夢中になっていたのは、ヒイロカミも同じ。
     人型のまま歩き出した少年は一度だけ振り返り、ちょっとだけと口を開いた。
    『チョットダケ、スレイヤーノコト――!』
     突然の寒風が少年が精一杯紡いだ言葉を、悪戯にかき消す。
     決して分かり合えない何かを残したまま、駆け出した背は徐々に小さくなっていく。

     イフリートとノーライフキングの驚異から、街を守ることが出来た。
     戦い以外の方法で。しかも好意的に引いて貰えたことは、大きな戦果だろう。
     
     少年少女達はそれぞれの日常へ還り、答えを探さんと歩き出す。
     再び相見える時は、敵なのか。それとも――。

     それは、誰にも分からない。

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月21日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 4/素敵だった 22/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ