甘味処へようこそ

    作者:猫御膳

    「いらっしゃいませ」
     何百年も伝統を受け継いだ、和菓子屋の自動ドアが開く。
     店内に居た女性の店員が手を止め、入り口へと反射的に綺麗なお辞儀をする。見事な接客業だ。
     笑顔のまま顔を上げる店員は来店する20代ぐらいの女性を見て、一瞬だが困惑する表情を見せる。その女性が着物姿なのだ。
     着物姿なら良い。普通に着物姿で来るお客様は居るのだから。だが、この女性は違う。クローシュ帽子を被り、白い着物を肌蹴けて肩や胸元、足元の裾まで着崩してるのだ。
     男性ならつい見てしまうだろう。女性なら止めるか、変な顔をするだろう。今の店員のように。
     肩まで伸びた白い髪を揺らし、店内のガラスショーケースを覗いてる変な格好のお客様をどうするか店員が悩んで居たが、
    「お、お客様……? 当店で、何をお求めでしょうか?」
     店員が勇気を出して、着物姿の女性を呼び掛けた。
    「ふむ、美味そうな物を揃えておる。種類も豊富で気に入った。全部じゃ」
    「……はい?」
    「全部と申しておる。安心せい、我が美味しく頂いてやろう」
     その女性は巨大化した腕でガラスショーケースを殴り壊し、強奪していった。


    「来てくれたか。早速だが、俺の脳に秘められた全能計算域(エクスマトリックス)で、お前達を導いてやる!」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、集まった灼滅者達へと高々と告げる。
    「ある老舗の和菓子屋が和菓子好きの羅刹に襲われる」
     やや怪訝そうな灼滅者達を気にせず、ヤマトは説明を続ける。
    「この和菓子屋だが、奥では茶屋も営んでるようなので、店内でも待ち伏せ出来るだろう。待ち伏せ以外の無闇な接触は止めた方が賢明だ。暫くすれば羅刹が1人でやって来るから、灼滅してくれ。2つほど対処法がある」
     対処方とは?と言われ、灼滅者は質問する。
    「この羅刹、和菓子の色や形も好きなようなので、ガラスショーケースに並んだ和菓子に釘付けとなる。つまり、そこを狙えば楽に不意打ち出来るだろう」
     だが、その場合は戦場が店内となるだろうな。とヤマトは言う。
    「もう1つは、ガラスショーケースに並んだ和菓子を見ている羅刹に声を掛け、外へ連れ出す方法だ。そうすれば店内への被害は無い」
     その場合は羅刹とガチでやり合う事になる、という事らしい。
    「羅刹の攻撃方法は主に、神薙使い相当の強力なサイキックを使う。それと、大きな刀を持っている。見かけによらず動きは早く、自己回復もするので力任せだけだと思うな。羅刹の能力は言わずとも、強い」
     だから決して油断をしないでくれ、と真剣な顔で忠告する。
    「お前達ならば、この羅刹を灼滅する事が出来ると信じている。だから行って帰って来い」
     老舗だけに和菓子は美味しいらしいぞ、とヤマトは最後に笑って灼滅者達を送り出した。


    参加者
    藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    裏方・クロエ(双塔のマギカ・d02109)
    三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)
    不知火・読魅(永遠に幼き吸血姫・d04452)
    園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)
    大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)

    ■リプレイ

    ●甘味処へようこそ
    「羅刹ってさ、今のボクの宿敵なんだよね」
    「急にどーしたん?」
     どこかぼんやりとした裏方・クロエ(双塔のマギカ・d02109)の台詞に、おいしーわー、と言いながらのんびりと食べていた桜色の椿餅から目を離し、藤柴・裕士(藍色花びら・d00459)は自分の向かい側に視線を向ける。
    「いやさ、やってることがセコい所為か今一つピンとこないなー、とね」
     んでも頑張らないとね、と苦笑しながら玉露を飲む。
    「セコいというか、甘い物好きに悪い人はいないと思ってたんですけどねぇ。そもそも羅刹には善悪の概念がないのかな?」
     来店した時にはしゃいでいた華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が、栗饅頭を頬張り、懐かしい味だと味わいながら次の大福に手を出そうとしてるのを見て、
    「そうかもしれませんね。深く考えてないだけかもしれません」
     水饅頭を黒文字で切り分けていた龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)は、これから来店する羅刹を思い浮かべ言う。
    「それって余計に店にとって性質悪いッスね」
     老舗の佇まいや店員の接客態度を見て感心してた三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)は、店を傷つけて欲しくないと言う心境を露わにしながら、ガラスショーケースを覗き込みしながら品定めをしている。
    「甘いものは正義です。甘いものを作る人達は神です! いくら甘いものが好きだからって、それを奪うのは許せません!」
     同じくガラスショーケースを覗き込む園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)は、気合を入れながら小声で宣言する。しかし、その視線は時折横の、
    「ほぅ、これらがお勧めなのかえ? では、それを10個を此処で頂こう。それとは別に土産用に30個を用意せよ」
     早速堪能しようと、店員に注文している不知火・読魅(永遠に幼き吸血姫・d04452)を何故か羨ましそうに見ている。そんなグループの隅では、大和・蒼侍(炎を司る蒼き侍・d18704)がほうじ茶を一口飲み、さり気なく店の入口を見張っている。
     エクスブレインが言うには、和菓子好きの羅刹がこの老舗を襲うらしい。その羅刹を灼滅する為に、全員で待ち伏せしているのだ。
    「それにしても何時頃来るのでしょうね?」
    「……」
     時間がゆっくりと流れるような感覚に、光理が全員の気持ちを代弁するように呟いたその時、蒼侍が音も無く立ち上がり入り口の方を見ている。
    「いらっしゃいませ」
     店員の挨拶が、自分達と同様に来店した人物をもてなす。全員が視線を向ければ、そこにはクローシュ帽子を被り、白い着物を着崩している羅刹が来店していた。

    ●和菓子好き
    「こ、これは……! 至宝! まさにこの上生菓子は和菓子の頂点に立つ、この世の至宝よのう! 色、艶、形……全てにおいて、これを超える上生菓子は我は拝んだ事も無い! それにこの大福、何とも上品な色使いで我を魅了とせんような貫禄……見事じゃ! 美味じゃろうな美味であろうな堪らんのうっ」
    「あ、ありがとうございます?」
     無駄にテンションを上げながらガラスショーケースに張り付くような羅刹に対して、ドン引きに近いような声色で返事する店員。羅刹は見た目が良いだけに、残念さが際立っている。
    「お、お客様……? 当店で、何をお求めでしょうか?」
    「ふむ、美味そうな物を揃えておる。種類も豊富で気に入った。全」
    「こんにちは、羅刹のおばさん。毎度おなじみ灼滅者です。ここで戦うと和菓子が台無しになっちゃいますから、表へ出ませんか?」
     勇気を出して声を掛ける店員に、威風堂々と答えようとする羅刹を遮るように紅緋が羅刹に対して笑顔で声を掛ける。
    「……なんじゃこの童は。我は見ての通り忙しいのじゃ、去ね」
     おばさん呼ばわりをされ、羅刹が青筋を立てながら手で追い払おうとする。その隙に、蒼侍が殺界形成を展開して念の為に周囲から人が来ないようにし、店員が羅刹や灼滅者から離れて店の隅へと避難した事を確認し、店を出る。
    「なー、ちょっとええ? ここで暴れたら、ここの甘味食えんくなるけど」
     裕士もまた、羅刹に声を掛けて外へ連れ出そうとする。食べられなくなる、という言葉に羅刹は反応する。
    「お主に、普通にお金を払って菓子を買うという発想は無いのかえ? それにこんな所で暴れたら、菓子が割れたショーケースの硝子でハリネズミの様になるぞよ」
    「人の価値観で我を縛ろうとは笑止。人の決め事なぞ知った事か。……我、金持っておらんし。和菓子に関しては我が守ってみせるわ!」
     読魅の言葉に本音を漏らし、そんなヘマはしない、と自信満々に答える羅刹。
    「ねえねえオバサンー。ボク達と店外デートしてくれないなら……コレ壊すよ?」
    「な、何をする気じゃ!?」
    「えっ」
     成り行きを見守っていたクロエの言葉に、声を荒げて振り向く羅刹と驚く店員。そこに重ねるように、
    「外に出てくれるなら、これを賭けて勝負です!」
    「ちょいと外まで付き合ってくれたらコイツもやろう。後はこの店もコイツの中身もアンタの自由にしな」
    「あいわかった」
    「えっ」
     事前に他所の老舗で和菓子を購入し、練り切りや色々な和菓子を見せる瑞鳥と美潮の言葉に、羅刹は即答して颯爽と外へ歩き出す。そして又もや驚く店員。
    「大丈夫ですよ。そんな事にはなりませんから」
     店員にフォローする光理と、土産を用意してて欲しいと頼んだ読魅が店を出れば、外には羅刹が巨大な刀をいつの間にか手にし、待ちくたびれたように待ち受けていた。
    「我の楽しみを邪魔をしようとし、我に勝負を持ち掛けた事を後悔させてしんぜよう」
     鬱陶しそうにクローシュ帽子を脱ぎ捨てて黒曜石の角を露わにさせて穏やかな笑みを見せる羅刹の姿に、灼滅者達をスレイヤーカードを起動して身構えた。

    ●羅刹
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
    「着物崩して安っぽく着るような痴女に老舗の味なんてわかるもんッスかね、ああ?」
     紅緋が片腕を異形巨大化させ、素早い動きで凄まじい力で羅刹に殴り掛かろうとすれば、羅刹は刀で綺麗に受け流し、美潮がWOKシールドで突撃しようとすれば渦巻く風の刃を叩き付けて逸らす。
    「先ほどからおばさんじゃ、痴女じゃ、好き放題言いおって……一撃で果てるでないぞ!」
     羅刹が刀を構え、全てを断ち割るかのような斬撃を複数の前衛達に放つ。その斬撃を各自は何とか武器で受け止め、仲間を庇う者まで居る。
    「ほぅ、これを耐えるか、面白い。じゃが、次は耐え切れるかの?」
     羅刹が再び動こうとすれば、
    「させぬわ。お主の思い通りにはさせぬのじゃ」
     読魅が前へ跳び出して緋色のオーラを龍砕斧に宿し、斬撃を遮るように放つ。羅刹は舌打ちを残しながら着物を翻して後方へ跳び、傷痕を最小限に抑える。
    「不知火さん、ナイスや」
    「立て直しましょう」
     裕士と光理がそれぞれ、浄化をもたらす風と祝福の言葉の風を放ち仲間の傷を癒す。
    「どうしたのです、羅刹のオバサン? 怒ったの?」
    「おばさんおばさん連呼するでない!! 貴様等が若いだけじゃろうが!」
     クロエもまた片腕を異形巨大化させて叩き潰そうと殴るが、羅刹は怒鳴りながら真っ向から刀で弾き返す。しかし、
    「隙だらけ、だ!」
    「ハァッ!」
     瑞鳥が吹き上がる渦巻く炎をサイキックソードに宿し、蒼侍が死角へと高速移動し、同時に斬り掛かる。
    「チッ、小賢しい!」
     同時の攻撃は羅刹へ確かな傷を残し、炎上させて着物を破かせる。その姿は見る者によっては視線を釘付けにしそうだが、灼滅者達は誰もが戦闘に集中する。
    「慢心じゃったか。良かろう、本気を出すとしようではないか」
     刀を静かに構え、ゆっくりとした足取りで灼滅者達へと歩きながら傷を癒す羅刹。その羅刹へと、炎を巻き上げ宿した日本刀で袈裟斬りする蒼侍だが、
    「何!?」
    「先ほどはやられたが、何度も喰らわぬわ」
     背後に回り込まれて避けられ、逆に異形巨大化された腕で殴り飛ばされる。
    「大和さん!」
     天使を思わせるような歌声で、空かさず蒼侍を癒す光理。ナノナノの鏡・もっちーも動き、しゃぼん玉を飛ばして傷を癒す。
    「ほな行くで」
    「わたしも行きます!」
     裕士の激しく渦巻く風の刃が避けようとする羅刹を捉え、紅緋が異形の腕を攻撃するかと思えば、フェイント気味に契約の指輪から赤い鈍い光の石化の呪いを放ち、足元から石化させる。
    「慢心は止めた筈じゃが、やりおる」
     自身の傷と石化を見ながら呟きながら羅刹は刀を一閃させ、冴え冴えしい月の如き衝撃が灼滅者達が襲い掛かり、前衛の殆どが避けれずに何人かが崩れそうな体を支える。
    「まだだ!」
    「私も回復させます!」
     瑞鳥が胸元のハートマークを具現化させて大きくし、傷を癒すと同時に攻撃力を高め、クロエがバトルオーラの力を癒しに変えて傷を癒す。続けて読魅、光理、鏡・もっちーもが回復に専念して何とか戦況を立て直そうとする。
    「今ので誰も倒れぬか。ならば、各個撃破と参ろう」
    「美味いモンってなぁ、作った人間の研鑽と思いの結晶なんスよ。それをタダで持っていこうなんてなぁ。アンタの格好と一緒で品がねぇなぁ、オイ!!」
     羅刹が瑞鳥に狙いを定め、荒れ狂う風の刃を無造作に放つが、美潮が庇い真正面からWOKシールドで受け止め、血を撒き散らしながら挑発する。
    「……ほぅ、その度胸は褒めてつかわす。潰れるが良い」
     羅刹は目を鋭く尖らせ、一瞬にして距離を無くして巨大な異形の腕を振り下ろすが、同じような巨大な異形の腕が割り込み、羅刹を吹き飛ばす。
    「どや、同じ技を使われるんってどんな気持ちなん?」
     裕士が羅刹の攻撃に割り込み、殴り飛ばしたのだ。だが、
    「思ったよりは重い、と褒めてしんぜよう。じゃが、それだけじゃ」
     それでも羅刹は再度踏み込み、攻撃しようと動く。
    「逃がしません!」
    「だったら更に攻撃するだけ!」
     紅緋が激しく渦巻く赤い風の刃を明後日方向に放ったと思えば羅刹を斬り裂き、瑞鳥が赤く染まったサイキックソードの光の刃で斬り裂く。流石の羅刹も動きを鈍くした所へ、
    「止めだ!」
     納刀状態から一瞬にして抜刀した蒼侍が薙ぎ払い、羅刹はよろめく。
    「ハハ……あの店の和菓子、食べてみたかった、のぅ。……我の負け、じゃな。じゃが……1人ぐらいは、道連れじゃ」
     最後の力で風の刃を美潮へと放とうとする羅刹の前に、クロエが立ち塞がる。
    「しつこいです、羅刹のオバサン」
     クルセイドソードを非物質化させ、敵の霊魂を直接破壊するような斬撃に、羅刹は静かに倒れた。

    ●伝統の老舗
    「普通に買いに来れば、一緒に茶飲み話でも出来たやもしれぬのにな」
    「そうですね。和菓子好きには共感出来ましたし、出会い方が違ったら友達になれたかもしれませんね」
     和菓子を供える読魅の呟きに、瑞鳥がしんみりと同意する。
    「店は守れて良かったと思うんやけどなー。そや、お土産買ってこー」
     そんなしんみりとした雰囲気を和らげる裕士は、自分の分とは余分にお土産を購入している。お土産という言葉に何人も反応し、蒼侍もまたお供え用の和菓子を購入して帰った。そして何人かは改めて味わおうと席に着く。
    「あ、そうだ。私は旬の果物が入ったこし餡の大福を! 苺は外せませんよね!」
    「一仕事したら、また甘いものがほしくなりました。私も同じものを」
    「労働の後の甘いもんってなぁ、イイもんッスね」
    「ボクも今度はちゃんと頼もうかな。楽しみー」
    「お土産とは別に、また妾も頂くのじゃ」
    「大福に柑橘類も合うのですね」
     気合が入った声や、楽しそうな声、のんびりした声が店から流れる老舗は、まだ伝統を守れるのであった。

    作者:猫御膳 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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