遊園地で君を待つ

    作者:佐和

     その場所は静寂で満たされていた。
     楽しそうな遊具やいくつものアトラクション。
     建物も案内板も外灯も、そして足元のレンガ道も、全てが夢に溢れた色形をしていて。
     だが、そのどれもが凍ったように止まっていた。
     夜だから、という理由もあるだろう。
     しかし、昼間であったとしても、その遊園地は動かない。
     閉園から数年、取り壊されることなく残った、夢の抜け殻。
     その廃墟となった遊園地を訪れる者があった。
     人ではない。白く燃えるような毛並みを持った、1匹の狼。
     よく見るとわずかに緑色を帯びた、白緑の毛を揺らし、狼は遊園地を歩く。
     そして、深い緑色を称えた瞳で、ある建物を見つめた。
     そのまましばしの時を置いて。
     狼は、誰にも気付かれないまま、静かに遊園地を去る。
     遊園地に残ったのは、再び訪れた静寂のみ。
     ……いや。
     その静寂を破って、ある建物から歩み出る影があった。
     ふらふらと夢に冒されたように、おぼつかない足取りで進み出る人影。
     白い和服や、矢の刺さった鎧や、ボロボロの服を着たそれらは全て人形。
     じゃらじゃらと足に繋がれた鎖は、人形が出てきた建物の中へと繋がっている。
     建物の入り口には、おどろおどろしい文字で、お化け屋敷、と書かれていた。
     
    「遊園地に『古の畏れ』が?」
     聞き返す藤平・晴汰(灯陽・d04373)に、天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)は仁左衛門についた冷蔵庫からジュースを取り出しながら気楽に頷いた。
    「何だか、昔、戦に巻き込まれて滅びた集落があった場所とかで、地元の人は絶対に近づかないくらいのイワクツキのトコだったんだよねっ。
     集落の呪いで遊園地が潰れたーとかって言われたりしちゃうくらい?
     まあ、実際は、経営していた会社の倒産ってゆー、ごくごくフツーの理由なんだけどね」
    「その『呪い』が、ある意味本当になっちゃったんだね」
    「そ。スサノオが呼び起こしちゃったの」
     自らがいた元の組織、解体されて今はなき『病院』が発見したその存在を口にしながらも、さして関心なさそうにカノンはジュースを飲む。
    「お化け屋敷に放置された人形が、昔の服を着てたからかな?
     それを動かして、うろうろしてるみたいだよっ」
    「出張お化け屋敷、かぁ……」
    「あ、それいいかも。採用ー」
     晴汰のゆるい意見に、カノンがこれまた適当に頷いた。
    「人形は10体で、日本刀か解体ナイフを持ってるんだ。
     特にまとまった行動はしてないけど、鎖につながれてお化け屋敷からそう離れられないから、見つけるのは簡単だよっ。
     人形を壊しちゃえば、古の畏れも倒せるからね。
     人形が壊されたから別の人形に、なーんてイヤな展開はないから大丈夫っ。
     数はちょっと多いけど、1体1体はそんなに強くないみたいだし」
    「んー、まあ、油断はしないけど、気楽に行ってくるよ」
    「行ってらっしゃーい」
     にこっと笑って答える晴汰に、カノンもひらひらと片手を振る。
    「あとね、スサノオがどこ行ったのかは分かんないんだよね。どうも見えにくくてっ。
     でも、古の畏れが起こす事件を追っていけば、いつかは辿り着けるんじゃないかな?」
     そして、もう片方の手に持っていたジュースの空き容器を、カノンは、これまた仁左衛門に備え付けられたゴミ箱に、ぽいっと適当に放り込んだ。


    参加者
    藤平・晴汰(灯陽・d04373)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    志那都・達人(風日祈・d10457)
    山田・菜々(鉄拳制裁・d12340)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)
    安楽・刻(カルマキャンディ・d18614)
    鈴鹿・美琴(異端のカタルシス・d20948)

    ■リプレイ

    ●捨てられた遊園地
     夜闇の中、うっすらと浮かび上がって見える、動くことなきアトラクションへと目を向けて。
    「さて、古の畏れと対峙するのは……依頼では初となるな」
     遊園地の入り口で、一・威司(鉛時雨・d08891)はぽつりと呟いた。
    「畏れ、僕らの知らないダークネス……? あるいは、それを討つ灼滅者も存在するのかな?」
     呟きを聞き取ったらしい志那都・達人(風日祈・d10457)が、威司の隣で考え込んだ。
     古の畏れ。
     その存在と、先の新宿防衛戦で相対した者は少なくない。
     また、この場所以外でも、様々な形で現れたという報告を多く聞く。
     だが、まだ情報が少なすぎるのが現状で。
    「何なのか良くわかってないっすけど、とりあえず灼滅っすね!」
     あっけらかんと笑う山田・菜々(鉄拳制裁・d12340)の言う通り、それしかできない現状だ。
    「古の畏れ……スサノオ……
     イヤハヤ、気になるコトは多いデスガ、目の前の問題を片付けていきマショウ」
     ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)も、悩みを振り切るかのように笑う。
     そんな仲間の笑顔を見つめる達人の肩を叩いたのは、太治・陽己(薄暮を行く・d09343)。
     無言のまま、だがしっかりと頷く陽己を見て、達人は苦笑交じりに微笑んだ。
    「もっと詳しいことを知るためにも、ここは片付けないと、か……」
     改めて遊園地を見上げる達人に小さく微笑んで、安楽・刻(カルマキャンディ・d18614)は殺界形成を発動させる。
     乗り込む準備完了な雰囲気の彼らの元へ、
    「お待たせー。地図、写せたよ」
     藤平・晴汰(灯陽・d04373)、そして鈴鹿・美琴(異端のカタルシス・d20948)が駆け寄った。
     受付にはきっと園内マップがあるはず、と探しに行った2人だったが、閉園から年数が経ち過ぎていたせいか、パンフレットのようなそれらは見当たらず。
     代用として、案内板に描かれた地図を書き写していたのだ。
     でもこれでスーパーGPSが使えると、晴汰は手書きマップを仲間へ見せる。
     美琴も、再びその地図を覗き込んで。
     ある建物をそっと指差した。
    「お化け屋敷……季節外れではあるが、楽しませてもらおうか……」

    ●棄てられた人形
     アトラクションの影の間を、幾つかの明かりが揺れ動く。
     腰に下げたライトを揺らしながら、刻は、地図を手に先導する晴汰の背中を見る。
    「しかし、徘徊する人形、ですか……単なるアトラクションだったなら面白そうなんですけど……」
    「お化け屋敷に出て来るのが、只のお化けどころか古の畏れとはタチが悪すぎる」
     呟きに、隣を行く威司が苦笑交じりに応えた。
     刻は視線をちらりと向けて、
    「敵ですものね。しっかりと倒してしまわなきゃ、ですね」
     今度は威司の頷きが返ってくる。
     再び前を見ながら、刻は視線を前へ、そして意識を使っていたDSKノーズへと戻す。
     古の畏れがどこにいるのか、正確には分からない。
     なればこそ、不意打ちを警戒しての警邏行動だ。
     刻だけではない。
     最後尾を行くローゼマリーは、用意してきた玉砂利を後ろに敷き詰めながら歩き、達人は横手の路地の入り口へと、鈴の付いたロープを張っていく。
     不意打ち、そして挟撃されないようにとの備えだ。
    「離れすぎると危ない」
     陽己は、急く美琴の腕を引き、仲間同士分断されないよう、固まっての行動を意識して。
     ゆっくりと、油断せずに、灼滅者達はお化け屋敷へと進む。
    「寒いっすねー。人気がないと余計寒く感じるっす」
     その中で、ぶるっと身体を震わせたのは菜々。
     雪こそないものの、冬の夜ともなれば、凍えるのも必然だ。
     それ以上に。
    「……やっぱりなんか薄気味悪いっす」
     不安気に菜々は周囲を見回す。
    「夜に廃墟の遊園地とか、もう園内全体がお化け屋敷みたいなものじゃないですか……」
     地図を持っていることで何となく先頭を行くことになってしまった晴汰は、ドキドキしながら仲間達を振り返る。
     今この瞬間は、スサノオの行方なんてどうでもいいくらいの心境で。
     いつ人形が脅かしてくるのか、もとい、襲ってくるのかと、LEDの懐中電灯を頼るように握り締め、晴汰はびくびくと周囲を見回した。
     威司も視線で周囲を撫で、緊張しながら耳を澄ます。
     廃園となったテーマパーク。
     趣きは異なるものの、その寂れた雰囲気は、威司の記憶に苦く残るある場所を彷彿とさせる。
    (「グリュック王国……」)
     だが、今回はあんなことにはならないはずと首を振り、考えを追い出した。
    (「しかし……こんな所でもあの時の事を思い出すとは。
     余程自分の中で強制闇堕ちがトラウマになっているのだな……」)
     はぁ、と漏れてしまったため息に、耳ざとく陽己が振り向いて。
     伺うような視線に気付き、威司は大丈夫と小さく手を挙げて、また周囲へと意識を向けた。
     そうこうするうちに。
    「このミラーハウスの角を曲がったら、お化け屋敷が見えるはずだけど……」
     自分の位置と目的地を手製の地図上で確認した晴汰が、皆へ注意を促すように小さく呟く。
     その先に業を嗅ぎ取った刻が、肯定するように静かに頷き。
     緊張の高まる中、晴汰はそっと、建物の影から顔を出し、お化け屋敷の方を伺おうとして。
     目の前に、落ち武者人形の顔があった。
    「ひぃ……!」

    ●お化け屋敷からの迎え
     思わず悲鳴を上げて後ずさった晴汰と入れ替わるように、キャリバーの空我改に乗った達人が前へ出る。
    「Velonica、空我……行くよ」
     囁くような声に応えて、達人の影が長い髪の女性を象り、空我改はそのまま人形へ突撃。
     すれ違いざまに、巨大な爪となった達人の腕が振るわれた。
     その後を追うように、強酸性の液体が飛んでいく。
    「人形……溶けるかな?」
     振り切った右腕から酸を滴らせて、刻が呟き、首を傾げる。
     そんな疑問符の横を、威司の放った魔法の矢が通り過ぎた。
    「うひゃー。動く人形とか、なんかコンピューターゲームの敵にいそうっすね」
     陽気に笑う菜々を捕らえんと、落ち武者人形はぎこちない動きで日本刀を振り上げて。
     その刃すらも打ち壊す勢いで、陽己の巨腕が叩き込まれる。
     さらに、隙を見た菜々は落ち武者の後ろへと回り込む。
    「これでどうっすか」
     死角から放たれた攻撃に、落ち武者は急に力を失くしたように、がらがらと崩れた。
     倒れた人形をそうっと覗き込むように見下ろしながら、驚きから何とか立ち直った晴汰は、ふぅ、と安堵のため息をついて。
     顔を上げたそこには、5体の人形がこちらへと刃を掲げつつ向かってくる光景があった。
    「に、人形も久しぶりにお客さんが来て嬉しいのかな」
     引きつりながらも今度はしっかり槍を握って、晴汰は頭に白い三角の布をつけた人形を穿ち貫く。
    「ヤーイ、お前のハウスはオバケヤシキー!」
     念のためにとサウンドシャッターを展開していたローゼマリーが、囃したてながらシールドで殴りつけると、そのビハインド・ベルトーシカと刻のビハインド・黒鉄の処女が、並ぶように姿を現し、攻撃を揃えて追撃する。
     さらに美琴の逆十字が人形を切り裂き、白布がはらりと地面に落ちる。
    「さて、仕掛けのバレたこの屋敷……一気に叩いてしまおうか……」
    「せーの……」
     美琴の言葉に続くように、刻が杭を思いっきり地面に叩き込み、陽己の生み出したどす黒い殺気が人形達を覆い尽くした。
     遭遇した相手から順に、確実に倒していこうと、灼滅者達は攻撃を揃えていく。
    「いたーいお注射の時間っすよ」
     菜々が殺人注射器を手に、群れて現れたうちの1体、日本髪を乱すほど振り乱して襲い掛かってきた娘の人形へと立ち向かえば。
     晴汰の魔導書から放たれた魔力光線が娘を貫き。
     達人が機上から、ローゼマリーが地上から、サイキックソードと雷を纏った拳を叩き込んで。
    「針千本飲ーます……」
     さらに追いかけるように、刻が冷気で作り出した無数の小さな針が飛び行く。
     その針と同じ場所を狙ったかのように陽己の拳が連続して打ち込まれると、娘の人形は力なく崩れ落ちた。
    「残りは2匹……いや、6匹か」
     冷静に、未だ姿を見せていない人形も含めて残数を数えていく陽己。
     その呟くような声を自身でも確かめて、威司は夜霧を展開しながら、周囲を探る。
     戦場となったお化け屋敷の前だけでなく、建物や看板の影、前そして後ろに続く道の先へも意識を向けて。
     だからこそ。
    「お化け屋敷の向こう、増援だ」
     ちらりと見えた白装束にいち早く気付き、声を上げる。
     すぐに反応した晴汰が魔導書を開き、今度は炎を撒き散らして新たに姿を見せた2体を包んだ。
     まだ姿を見せない人形を警戒していたのは威司だけでも晴汰だけでもない。
     そして警戒を始めたのは、戦いが始まった時からですらない。
     じゃり、という小さな音を聞き取った達人は、空我改を反転させて後方へ戻るように突撃する。
     玉砂利を踏んで現れた浪人風の人形を跳ね飛ばせば、女性の姿を象った影が纏わり付くようにその動きを捕らえて。
    「如何な挟撃奇襲も……知られていれば、効果は半減だろ……」
    「ソノ通りデース!」
     策の成功に笑うローゼマリーが拳の連打を繰り出すと、美琴は破邪の白光を放つ強烈な斬撃で浪人を切り伏せる。
    「細切れになって」
     挟撃を防いだ仲間を肩越しに確認してから、刻は目の前に群れる敵の間を、槍を振り回しながら駆け抜けた。
    「あの1匹で最後だ」
     木陰から姿を見せた最後の人形に、陽己は数をしっかり確かめ声を上げて。
     だがまずはと、刻に続いて群れを殺気で覆えば、晴汰の炎が重なって、一気に人形の数が減る。
     ローゼマリーの拳で、挟撃を狙った1体は倒れ。
    「古い生地はよく燃える……畏れとともに灰塵になれ……」
     炎を纏いながらも動き続けていた1体も、美琴の緋色の剣が切り倒し。
     最後に現れた、最後に残った1体へと、達人が、淡緑色に光る結晶のように鋭く煌く巨腕を掲げて突撃する。
     空我改の勢いも加わって大きく飛ばされた人形へと、菜々が追いすがり。
    「夢の時間は終わりっすよ」
     ロッドと共に叩きつけられた魔力は、人形を内側から爆発、破壊した。

    ●待つ者は居らず
     戦いを終え、どの人形ももはや動かないことを確認してから。
    「……今日までお疲れ様でした」
     晴汰は、原形を留めていた人形の1つに、そっと声をかける。
     これで本当に、この遊園地はおしまい。
    「ハーイ、最後までシッカリやりマショウ!」
     ちょっと湿っぽくなっていたところに、元気に声をかけたのはローゼマリー。
     しっかり箒を用意して、撒いた玉砂利を集めにかかった。
     ベルトーシカもちりとりを持ってその後に続く。
    「確かに、閉園しているとはいえ、荒らして帰る訳にはいかないな」
     苦笑する威司に、刻も小さく笑って、こちらは鈴つきロープの回収へ向かう。
    「あ、俺も手伝……」
     晴汰も参加しようと足を踏み出すが。
     りりん。
     残って置かれていたロープに足を取られて、ひっくり返って鈴が鳴る。
     LEDを持っていてもこの暗闇。ちゃんと足元を照らさないと危ない危ない。
     手を引き起こしてくれた菜々に誤魔化すように笑いながら、改めて晴汰は片付けに加わった。
     そんな仲間達を一瞥してから。
    「スサノオは居ないが、何か手がかりがあるかもしれない」
     帰る前にその場を調べようと、美琴は、まずはとお化け屋敷へ向かう。
     だが、その行く手を阻むように、横から手が差し出されて。
    「1人じゃ危ないよ」
     振り向けば、微笑む達人と、無言で頷く陽己。
     古の畏れを倒した今、遊園地はただの廃墟でしかなく。
     カノンでさえ掴めなかった『何か』が得られるとは思えない。
     それでも2人は、探索して美琴の気が済むのならと、制止ではなく同行を申し出る。
    「それじゃ、ちょっと行ってきます」
     片付け班へと声をかけて、3人はお化け屋敷へと向かって行った。
    「まだ遊び足りないっすかねー」
     もう充分と呆れる菜々の横で、晴汰も引きつった笑顔を浮かべて見送る。
    「き、気をつけてねー……」
     俺は逆に早く帰りたいくらいなのにと思いながら感心して。
    「サー、立つ鳥アトを綺麗デス! 頑張りマショウ!」
     ローゼマリーの声に呼ばれて、晴汰は玉砂利集めへと戻った。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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