年末パープルワ-ルド

    作者:灰紫黄

     年末商戦で賑わうショッピングモール。楽しそうな老若男女に混じって、退屈を持て余している少女がいた。少女の瞳も髪も、来ている服も紫で統一されている。
    「はぁ、やっぱり紫が足りないっすよ」
     やれやれ、と肩をすくめ、少女はスプレー缶を取り出した。そして、あたり構わず吹き付ける。途端にショッピングモールは紫色に染まり、ある者は凍りつき、またある者は泣き喚きながら死んでいった。
    「来ないっすかねー、灼滅者。せっかく紫にしてあげようと思ったんすけど」
     呟き、少女はショッピングモール全てを塗装していく。六六六人衆、序列五七七番・コノイト。それが彼女の名前だった。

     灼滅者が教室に着いたときには、すでに天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が待機していた。寝台に座す彼女の表情は硬い。
    「集まってくれてありがとう。……六六六人衆の動きを察知したよ。闇堕ちゲームっていうんだよね」
     六六六人衆。その名の通り、六六六の序列を維持する殺人集団であり、強力なダークネスだ。少し前までは一般人と他の六六六人衆を殺戮の標的としていたが、今は灼滅者を闇堕ちさせる『闇堕ちゲーム』を行うようになってしまった。
    「現れるのは序列五七七番・コノイト。世界を紫に染める、という行動理念を持ってるみたいだけど……ごめん、詳しいことは分からないや」
     利用できると考えるなら試してみてもいいだろうが、ダークネスの考えることだ。あまり真に受けなくても問題はないだろう。
     コノイトが殺戮を行うのは地方都市にあるショッピングモールのエントランスホール。その付近には30人程度の一般人がいる。彼らを逃がし、こちらを脅威と感じれば撤退するはずだ。コノイトはスプレー缶を武器としており、状態異常を多用する。一撃一撃はそこまでの威力はないが、対策は必須だろう。
     残念ながら、現在の力ではコノイトの灼滅は難しい。だが、犠牲をなくすことはできる。十分に作戦を練って臨むべきだろう。
    「一般人の殺戮を見過ごすわけにはいかないよね。でも、みんなも無事に帰ってきて」
     最後に、カノンは小さく微笑んで灼滅者達を見送る。儚いけれど、力強い笑みだった。


    参加者
    黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)
    橘・千里(虚氷星・d02046)
    高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)
    柳・晴夜(夢の旅人・d12814)
    リリウム・カスティタティス(無垢ではない黒百合・d13773)
    王・龍(ホルモンがあらぬ方向へ・d14969)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    イシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)

    ■リプレイ

    ●紫来襲
     多くの客で賑わう年末のショッピングモール。その浮かれたに混じって、ひどく緊張している一団がいた。無論、灼滅者達だ。それぞれの視線の先にはエントランスホールの入り口がある。コノイトの襲来を見逃さぬよう、一瞬たりとも目は離さない。
     ホールに来てからどれだけ経ったろうか。短いようでもあったし、長いような気もする。正確な時間など分からないほど胸が早鳴りする。もし撃退に失敗すれば、周囲の一般人は殺されてしまうかもしれない。カップルや子ども連れ、あるいは年配の夫婦。彼らの命運は灼滅者達にかかっていた。やがて、全身紫の少女が現れる。
    「はぁ、やっぱり紫が足りないっすよ」
     間延びした声。コノイトに間違いない。少女がポケットに突っ込んだ手を出そうとした瞬間、灼滅者達は石火のごとく飛び出した。
    「てめえの悪行もここまでなのです!」
     珍しく勢いのあるイシュタリア・レイシェル(小学生サウンドソルジャー・d20131)アの声。同時、黒洲・智慧(九十六種外道と織り成す般若・d00816)が先陣を切り、攻撃を仕掛けようとするが。コノイトは武器を振り抜いた、その腕の上に立っていた。
    「灼滅者っすね。いらっしゃいっす!」
     楽しそうな笑みを浮かべ、スプレー缶を握った拳を顔面に叩き込む。コノイトは灼滅者を誘い出した方なのだ。先手を取った程度で、常に同類同士の奇襲を警戒している六六六人衆の裏をかくことはできないだろう。序列は高くないが、自分の身を守れるくらいには、コノイトは狡猾だった。
    「あなたがコノイトさんですね。初めまして」
    「そっちから攻撃しといて今更っすよ。それに服もなってないっす」
     智慧の服は、コノイトを挑発するような黄緑。これも一般人から気を逸らすためだ。
     そう、戦闘を仕掛けるのと同時、二人の灼滅者が一般人の避難に回っていた。高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)と王・龍(ホルモンがあらぬ方向へ・d14969)だ。
    「一般人の避難、任せたっす」
    「OK、任された」
     柳・晴夜(夢の旅人・d12814)達の殺界形成を起点に二人はそれぞれESPを用いて一般人を誘導する。
    「出入り口から離れてください。焦らずに落ち着いて迅速にお願いします」
     喧騒に打ち消されないよう、割り込みヴォイスを使用し、声を張り上げる龍。一方、奏のラブフェロモンは客の精神を舞い上がらせるだけで劇的な効果は得られなかった。とはいえ、マイナスにはならない。
    「……年末のクソ忙しい時に、迷惑なヤツ」
     ぼつりと、橘・千里(虚氷星・d02046)。言葉はコノイトには届かなかったけれど、怒りは斬撃となって紫の少女を襲う。
    「人々の虐殺も。仲間の闇堕ちも。どっちも、絶対にさせない……!」
     リリウム・カスティタティス(無垢ではない黒百合・d13773)の背後にどす黒い殺気が凝集し、次の瞬間にはコノイトを覆う。コノイトはそれを力ずくで振り払って、再び拳を握る。その前に立ちはだかるは、ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)。
    「紫一色で統一するのは趣味が悪いですわ」
    「そうっすかね? あ、お兄さんの眼もいい色してるじゃないっすか」
     間近で視線が交錯する。ベリザリオの菫色の瞳を見て、コノイトは薄く笑った。

    ●灼滅者対紫女
     一般人の避難を終えて誘導役の二人が戻ってくるまで数分。その間に、エントランスホールは紫色に染まっていた。けれど、灼滅者側は全員が健在。
    「お待たせっす」
    「これで心おきなく戦えますよ」
     仲間達の顔を見て、龍は小さく笑む。これで作戦の第一段階は完了だ。あとはコノイトを追い返すだけ。といっても、それが一番の難題ではあるが。
    「あ、一般人いないっす! 謀ったすね!」
     今になって灼滅者の思惑に気付くコノイト。不満をぶつけるように、缶を振って殴る。狙いは千里。けれど、智慧がそれを阻む。
    「あなたの相手は私ですよ?」
    「えー、うざいっすよ」
    「……テメェもな」
     攻撃を受け止めた智慧の影から、千里が彗星のごとき矢を放つ。コノイトは身をひねったそれを回避。さらに後ろから、月光の盾を掲げたベリザリオが迫る。
    「あなたの悪趣味に付き合わせはしませんわ。一般人も、仲間達も」
     ベリザリオがここに立っているのは、人々と仲間を守るため。何も失わせないと、過去に誓ったから。盾を回避できず、コノイトは後ろに吹き飛ばされる。
    「紫良いっすよね……ただしコノイト、てめーは駄目だ、てめーの紫はなってない。そんな紫より、俺は普通の赤と青が大好きっす」
     柱を蹴り、晴夜はコノイトの背後へ。右手から紅の盾を展開し、攻撃。コノイトは両手の缶を交差し受け止める。
    「散々な言われようっすね、紫いいじゃないっすかー。ねぇお嬢さん?」
    「紫は悪くないのです。悪いのはお前なのです」
     紫の髪に、紫の瞳。似た特徴を持つイシュタリアはコノイトの存在が許せない。思ったより紫が悪く言われていなくてよかったとか思ってない。
    「……もっと、がんばる……」
     リリウムはぎゅっと拳を握る。回復役として仲間を支え、ともに無事に帰る。そのために全力を尽くすと、決めた。光の矢が前衛に飛んで傷を癒し、さらに眠れる力を覚醒させる。
    「そんっなに紫が好きなら自身の肌の色も紫にしてみたら如何!?」
    「気にしてることをっ!」
     ありったけの苛立ちを込めて放たれる雷の奔流。コノイトの紫のコートを黒く焼き焦がした。口調が被ってるのも奏にとって許せない理由らしいが。
    「さぁ、今日の私は『白』、あなたのキャンバス、存分に塗り塗りしちゃってください! できるものなら!」
     白い白い服。今日の龍はとにかく白だった。威勢よく笑い、そして風の刃を繰り出した。避けきれなかったコノイトは吹き飛ばされ、柱に激突する。
     ここまでで灼滅者達はコノイトと五分。いや、少し押しているかもしれない。ダークネス相手に長期戦はしたくない。できることならこのまま押し切りたいところだ。
     しかし、
    「あーもう、痛いっす。でももう『混ざった』っすから、反撃するっすよ」
     と、コノイトは口を三日月にして笑う。どこまでも不吉な、紫色の笑みだった。

    ●紫の嵐
     コノイトの不気味な笑みに、灼滅者の警戒も自然と高まる。それでもコノイトは易々と灼滅者の背後をとり、スプレー缶を構える。戦況を一変させたのは、ぷしゅー、という間抜けな音だった。十分に撹拌された塗料は一瞬のうちに前衛を包む。色は赤紫。恐怖のマゼンタ。
    「まじっすか……」
     晴夜の口から思わず漏れる声。彼は見た。赤紫のどろどろした『何か』が自分に手を伸ばすのを。そのどれもが醜悪なのに、なぜか目を離せない。塗料を浴びた者を襲う幻影の群れこそ、赤紫の塗料の効果である。
    「もういっちょ! あははははははっ!!」
     灼滅者達の攻撃を受けながらも愉悦の叫びを上げ、今度は青紫のスプレー。前衛にさらに鮮やかに染め上げ、そして氷漬けにした。赤紫の幻影と、青紫の氷。そのコントラストが灼滅者達を追い詰める。
    (「面倒なマネをっ!!」)
     心底忌々しい。心中で毒づきながら、千里は弓と剣の刀身から祝福の風を送る。清らかな風は幻影と氷とをいくらか消し飛ばすが、全てとまではいかない。
    「イシュちゃんの歌の出番なのです」
     イシュタリアの幼さを残した歌声は凛と響き、幻影を切り裂きながら前衛の傷を癒す。アイドルのような振り付けも忘れない。コノイトもにやにや見ている。
     幻影のひとつが奏に迫る。冷たい手が緩やかに首を絞めてくるのを感じた。圧倒的な不快感に鳥肌が立つ。幻影の攻撃の度、氷漬けにされた体が痛んだ。それでも。
    「これくらいでやらられねぇっすよ!!」
     どんなに痛めつけられようと、奏の瞳から闘志が消えることはない。先端を尖らせた鉄パイプがコノイトの首を狙う。それを後押しするように、後衛のリリウムからも癒しの歌が届いた。
    「……がんばって、ください……っ」
     懸命な声は前衛を癒し、支える。少しずつ、幻影は少なくなりつつあった。
    「させないっすよ!」
     コノイトの戦い方からすれば、後衛の癒し手を疎ましく思うのは当然。今度はスプレーが後衛に向けられる。そこにベリザリオが再び立ちはだかる。
    「やらせないと言いましたわ!」
    「もう見てるだけとか嫌なんですよ!」
     思わず龍は叫んだ。叫んでいた。闇堕ちゲームに参加するのは初めてではない。これまでずっと煮え湯を飲まされてきた。今度こそ勝つために、彼女は刃を振るう。
    「ずっとあなた達の思い通りにはさせません」
     智慧の金の瞳がコノイトを射抜く。殺気を感じた瞬間には、槍は紫のコートに風穴を開けていた。
    「灼滅者ごときがぁ……せっかく紫色にしてやんすから大人しく……」
     ぶつぶつと何やら呟くコノイト。未だに愉悦の笑みを浮かべながらも、どこかその笑みは弱々しかった。

    ●紫は過ぎ去りて
     ぷしゅー、と何度目かのスプレー攻撃。また前衛を幻影が襲うが、誰も倒れはしない。後ろから支える者がいるから。支えてくれるから前に立てるし、前に立ってくれるから支えられる。八人はそれぞれの役割をこなすことで、実力以上の力を発揮していた。それに、闇堕ちゲームが始まったころに比べれば、灼滅者達の力も増している。
     余力を残しつつも、コノイトは焦りを感じていた。こんなはずじゃなかったのに、と。
     彼女を撤退に追い込んだのは晴夜の一撃だった。幻影の攻撃を避けながらの苦し紛れの一撃。けれど、決定的な一撃。
    「当たった、すか?」
     ぎりぎりの状態で立つ晴夜の手にはもはや感触などほとんどなく。それでも白刃がコノイトの体を貫いたのは確かだった。剣を引き抜けば、鮮血が噴き出す。
     赤だった。あんなに紫にこだわっていたのに、体から出る血は残酷なほど赤かった。自らの赤い噴水を眺めて、コノイトはスプレーを手から落とした。
     カタン、と軽い金属音。時間が止まったように、両者は動かない。
     再び動き出したのはコノイトが先。壊れた人形みたいに首を傾けて、叫んだ。
    「む、ら、さ、きーーーーーーーーー!!!」
     灼滅者達もよく知る、基本戦闘術のシャウトだった。それで血は止まるが、すでに流した血は消えない。
    「はぁ。もういいっすよ、あたしの負けで。出直すっす」
     がくりとうなだれて、コノイトは踵を返した。灼滅者達もそれを追う余力などない。
    「……あ、来年も生きて会えるといいっすね。ちゃんと生き残るっすよ」
     コノイトは思い出したようにそれだけ付け加えて、入ってきた入り口から帰って行った。やがて背中が見えなくなり、ようやく灼滅者達は気をほぐした。損傷の大きい前衛は、塗料がお構いなしにその場に倒れ込む。
    「大丈夫なのです?」
     後衛で比較的ダメージの小さいイシュタリアが駆け寄る。フリフリのアイドルのような服もところどころ塗料が付いていた。
    「死ぬかと思いましたの……」
     なんとか上体だけ起こすベリザリオ。表情には疲れが滲んでいる。おまけにもともと紫の装いがさらに紫になっていた。
    「……む」
     お疲れさま、とスケッチブックに書こうとした千里だが、うっかり落としてしまった。当然、一面紫に。次会ったら生かしちゃおかねー、と心中で誓う。
    「龍さん、泣いてるっすか?」
     寝転がったままで、いたずらっぽく笑う奏。そういえば、龍は戦闘中も今度こそ勝つ、と言っていたような。
    「いえ、あの。そういうのではなくて。塗料が目に入って……」
    「……ご愁傷さまっす」
     痛いってレベルじゃないよね。サイキックによるものなので、放っておけばすぐによくなるだろうけど。
     智慧はふと思い立って、コインを宙に投げる。
    「……表」
     結果は、果たして。彼しか知らないけれど、口元の笑みを見る限り悪い結果ではなかったのだろう。
    「……リリ、がんばった……っ」
     全員が無事だったことに、リリウムはただ喜ぶ。小さな声は、誰に向けられたものだろうか。自分自身へ、あるいはここにはいない誰かへ。
     それからしばらくして、灼滅者達は疲れ切った体を引きずってショッピングモールを後にした。一人のの犠牲も出さず、八人揃って、だ。今の時点で、最大級の勝利だった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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